7日目後半。
なんか微妙に前話の後日談みたいな部分あるかもですけど、もう少し続きます。
「───わかるか、天沢。あれが左京夢月という男だ」
勝手に小大会と銘打って開催された拓也の懸賞金付き非公式課題。
ここは鬱蒼と繁る木々の中ゆえに目立たない。だから『あの場』に綾小路先輩がいないことだけを確認すると、私は少し高台になっている場所に生えていた木から飛び降りて、共に沈む覚悟でフォローに向かおうとしていた。
だが、それを阻む想定外中の想定外。
「動くな、聞け───天沢一夏。
お前『達』の敗因は夢月を甘く見すぎていたことだ。オレをここに配置したことも含めてな」
最も警戒していた綾小路清隆が私の着地と同時、背後に回っていたのだ。
意味がないはずと思い込んでて気づけなかった……私を止めつつ『助ける』夢月先輩の根回しに。
「どうして……こんな場所に綾小路先輩が……?」
「オレも半信半疑だったが、夢月がな。無人島の初日にふざけつつ大雑把に現状を言い当てていた。まぁ、天沢に関しては先日の砂浜で補足されたが、そっちに付くとな」
砂浜? 夢月先輩と一緒に行動していた時に。いや、まさか最初から読まれていた? それこそ私や拓也が動き出す前から? なのに演技とは到底見えなかった自然体で、私としばらく一緒に行動していた? 不要なリスクを承知の上で? わけがわからない。
「そ、そんなことができるわけない。第一、どうやって……」
「本人曰く、『勘』らしいぞ」
「は? 勘?」
「ああ。なんとなくの勘らしい。オレからしてもふざけてんのかと思わざるをえないが、あれで夢月はその『勘』が異常なレベルだ。それこそ誰にも…オレにも阻めないほどには」
勘なんてモノに私達はここまで翻弄されたの?
「夢月の起こす予想外な事象と有言実行を確実に遂行してきたことには、必ずと言っていいほど絡んでいる。ゆえに夢月とその勘を色眼鏡で見ていたお前達の急所に、これ以上ないほど突き刺さったのだろう」
色眼鏡……いや、まさかね。
綾小路先輩の言葉には、不思議な実感がある。この人でさえ翻弄された経験があるのかもしれない。
そもそも『あの時』に夢月先輩を潰せなかった私にはお似合いな状況なのかもしれないけど。
致命的な急所をこんな方向から一撃されると、もはや笑うしかない。
「あ、あはは。ここまでだった、か。こんなに積み上げられて今まで気づけなかったとか……」
「一定程度は理解できる。夢月は敵に回した瞬間から即座に理屈をすっ飛ばして元凶を目掛けて一直線になるからな。知らなければ無理もない」
駄目だ。
しかも会話でなんとか打開しようとしても、明らかに綾小路先輩の方が格上。背後を取られた時はまだ本気じゃなかったけど、私自身を仮に25~30くらいとすると、綾小路先輩は100前後はあるような実力差を感じる。やらないだろうけど、拓也とタッグを組んでも難しいかもしれない。
身体能力、頭脳、性差。どの要素でも『女』を全面に使った被害者を装う禁じ手しか打開の目がない。そして、こんなところでそんな手は使えないし、出るしかない時点で詰んでいる。
現在の拓也のフォローができなくなる上に、目の前のこの人をも完全に敵に回しかねないからだ。
「だが、安心しろ。お前も八神もおそらく葬られるまではいかない。夢月と多少でも接しておいたことは無駄にならないだろう。無論、八神にはそれなりのペナルティが課されるだろうがな」
「なっ、なんで……?」
「夢月が他者の視点でモノを見られる奴だからだ。敵を徹底的に叩きつつ、『次』を用意するのも忘れない。アイツは勝ちきることに価値を感じていない。ゆえに必要以上は求めないだろう」
「甘い……! 次の機会なんて私…私達には!」
「そうだな。しかし、その有用性は馬鹿にできない。
……おそらくやろうと思えば、オレに対しても今の八神のように追い込むことは可能で、退学や葬る方法も思いついてはいたはずだ。決してその『力を使わなかった』がな」
「使わなかった? 不可能だったわけじゃなく?」
「不可能なら1年以上前にアイツはオレに屈している。オレが本気を出してさえひっくり返してくるぞ?
例えば、東風谷あたりを効果的に利用すれば潰しきることもできたのに、重要局面では必ず自分自身で動いて必要なモノを揃え、何度もオレを阻み……時には単独でオレを倒してきた破格の男だ」
東風谷早苗や四方二三矢という私から見ても規格外といえる個の力。特に宝泉との決闘に割り込んだとはいえ、この人の腕を折れる戦果を挙げた東風谷先輩を使えば可能性はあると思う。
なのに、やらなかった。力を使わなかった。その過去と事実が綾小路先輩の言葉に更なる真実味を持たせる。
「わかるか天沢? これが他者の展望を見通して『次』を用意するやり方なんだ。それなら、八神…というより天沢には借りを返すだろう。たとえ一線を越える行為をされた他人を『助ける結果』になろうと」
それもたしかにそうだろう。
鬼龍院諸共に口封じするつもりが、何故かどうしても動けなかったあの時。いや、それ以前に自分から姿を見せてしまった。そして私を友達と呼んだ夢月先輩も、敵とか味方とかじゃなく、ただ自然な態度で私を受け入れていた。
そんな人は綾小路先輩とも拓也とも違う未知の生物のように思えた。だからこそ、私は動けなかったのか。
「だから不味かったのは、東風谷早苗をも本気にさせる悪手。夢月だけに危害を加えるところまではまだなんとかなった。だが、鬼龍院を巻き込んだのが最悪だった」
綾小路先輩の言葉通り、木々の隙間から僅かに見えたのは、ちょうど最終局面。私達と“相互に見える位置”へ真っ直ぐ目を向け、無造作にスタスタ歩いて来た夢月先輩。そして必死の形相で疾走する拓也へ笑いながら突如として乱入した東風谷早苗の蹴り一閃。
いくらダメージを受けて消耗していたからといって、拓也を一撃で倒していた。
あれなら、たしかに以前の東風谷先輩と私でやり合った時に夢月先輩が言った「本気じゃないとはいえ」って言葉も頷ける。
「アイツらが本気になる『トリガー』が仲間や友達に手を出すことだ。出せばああなる。ほとんど瞬時と言って過言じゃない速度での反応と手痛い反撃付きでな」
「それは……綾小路先輩も、かにゃー?」
渾身の蹴りを軽く捌かれつつ、無理矢理ふざけた口調を使ってみるものの、内容は全然ふざけられないものだ。どうやっても、もはや覆せない。
だんだん私の心を諦めが染め上げていく。
「……ああ、そうだ。流石にシンプルな知略や身体能力ならオレが確実に勝つが、それでは夢月を屈服させるビジョンが全く湧かない。あとオレ達で言うと、おそらく櫛田あたりを『オレへの』保険として配置しているだろう。気づかれている前提でな」
「櫛田先輩、ねぇ。あんな邪悪で性悪な性格ドブス女にまで……」
「酷い言われようだな、櫛田。まぁ、一応彼氏としてわからなくもないが」
おそらく拓也が利用する際に軽く脅しでもして、それを材料に協力を取り付けたのだろう。綾小路先輩の目付役やフォローに配置したのは名目だけで、真意は下準備の方が適材適所なのと、拓也の視界から櫛田桔梗という存在を外すことだ。拓也に限ってはそこそこ効果的かもしれない。
ただ、私はあのクソ女から絶対に視線を外さないけどね。船てやった人狼ゲーム前後で、綾小路先輩の彼氏マウント取ってきたのは決して忘れない。いつか何らかの形で報復してやる。
「ともかく、そういう奴なんだ。周到で策や保険を常に張り巡らせるわりに素直だからか、特にああいう奴には不思議な人望があるんだよ」
「はぁー……そっか。私を簡単に屈服させる綾小路先輩がそこまで言うのかー。ちょっと毛色の違う凡人程度に見えたんだけどなぁ」
無人島でも最初の頃に少し一緒に過ごしたけど、退屈しないって私にしては珍しい印象を持ったくらいだったのに。
「勘違いするな。夢月は基本的に優秀レベルの凡人だ。普段は呑気でお気楽で…発想と行動力は常軌を逸しているがな。ただ、本気にさせた時だけは。アイツほど『推進力』のあるのは……おそらく『あの男』くらいだろう」
「え、それって……」
ここから続く綾小路先輩の顔には、ホワイトルームでは見たことのない輝きがあって。最後に溢した言葉にも言い様のないナニかを何処かへ向けているようで。
「オレには未知だった『真の敗北』を学習させた男だ。『次』に仕掛ける時はそれを念頭に置いてやるといい。夢月も口ではなんだかんだ言うかもしれないが、受けて立ってくれるさ。
何事にも楽しさを見つけ出す奴だからな、夢月は」
言うなれば、一般的にそれは『信頼』というモノなのかもしれない。ホワイトルームではなかったモノだ。
あんな高笑いと策略で拓也を追い詰めて煽っていた『ワルイモノ』なのに、綾小路先輩は夢月先輩を認めている。認め合っている。念入りに『次』と何度も強調してくることが、言わずとも証明している。
それが何故か悔しくて、私は自嘲混じりの皮肉を返した。
「それ、面倒臭いから私を夢月先輩に投げようとしてない?」
「まぁ、たしかに夢月に丸投げとも取れるか。だが、アイツも容赦なく投げまくってくるからな。オレがやってもノーカンだろ」
「…………結局、綾小路先輩と夢月先輩って、どういう関係なの?」
「友達」
良いとも悪いとも言えない底が知れないほど暗く……それでいて透き通った表情で躊躇いなく零されたその一言に、どんな意味が込められていたのかこの時の私にはわからない。
ただ、私にとって崇拝の域にも至りそうなこの人と対等な関係を築けているみたいで、それを羨ましいと思った。
……ちょっとだけね。
結局この日、私ができたのは拓也の断罪ごっこのフォローどころか舞台へ辿り着くことすらできず、人目に付かない場所で綾小路先輩と2人きりの手合わせしつつ、お話しただけだった。
勿論、幼馴染みの拓也を切り捨てる…諦めたくなかったから手合わせなんてつもりもなく本気で突破しようとはしていたが、私が何をやっても通じなかった。暴力でも頭脳でも…夢月先輩がやっていたような口でも……。
ある程度は対抗できるかも? なんて甘すぎた。隠しておいた拓也の木刀まで持ち出してさえ届きもしなかった。
更にこの数日後、月城理事長代理の指示にこれまで従わなかった制裁を受けた時に聞かされたことだ。
綾小路先輩と組んで包囲殲滅しておきながら、先回りで月城理事長代理に『私と拓也』の穴埋め案を提示して、あらかじめ適当な落とし処…敗北の『先』を用意してダメージ軽減の守りまで施していたらしい。ちなみに、このためか制裁もかなり軽めだったようだ。
そして拓也に課せられた3つの処分である夏休み後1ヶ月の停学、被害者への賠償金、そして最後の処分…というか配慮? を聞かされ───私は…私達は『脱落以外』の真の敗北を知ることとなる。
拓也がどう受け取ったかはわからないけど、少なくとも私は───。
とりあえず早苗による断罪ごっこの幕引きがされたので、気絶した八神を手早く棒担ぎ用の木材に縛り上げ、更に念入りに手足の親指を細く頑丈なワイヤーでぐるぐる巻きにした。
これで意識が戻ったところで、流石の八神も動けないだろう。
ちなみに棒担ぎとは、未開地の部族とかが捕まえた人や獣をU字型にして棒に括り、前後を担いで運ぶっていうアレである。ま、言ってみれば、お神輿みたいなものか。某史上最強の弟子がやってた修行の1つ「スルメ踊り」の両手両足バージョンというのが、人によってはわかりやすいかもしれない。下の火はないけども。
八神を雁字搦めにしてると、優等生組から変な目で見られて居心地悪かったので、左京宅急便が御入り用の方はご一報を、って笑顔付きの冗談で和ませようとしたら、何故かその場にいた奴らから更にドン引きされた。でも効率的に船まで拘束した1人の人間を運搬するならこれだと思う。
てか、南雲や龍園、宝泉にまでそんな得体の知れないモノを見る目される筋合いねーから。興味深げに観察してただけの早苗や椿を見習え。
ただ、今は試験中の時間をあまり取らせるのもなんだし、と早苗の診察と治療を済ませた奴から、賞金支払いの確約、及びお礼を告げて八神捕縛連合を解散させた。だが、棒の片側を持ってくれた栄一郎や賞金はいらないと明言した早苗(今はいいけど、分け前で揉めないかな)。そして石上君や七瀬、椿など他数名は、少なくとも八神を引き渡すまでは付いてくるようだ。
3年生は南雲が付けていった殿河という生徒だけだが、なんにしろこうして学年が違っても和気あいあいとできる機会は、この学校で貴重である。
きっかけを作った八神には改めて感謝している、と気絶から覚めた時に運搬されている本人へ告げたら何か言おうとして……しかし言葉が出てこないようで押し黙った。僕が本心から感謝してたのを悟ったのかもしれない。それで理解不能みたく見られたのは非常に遺憾だが。
そのまま僕と早苗以外は、和気あいあい?と話しながら昼過ぎ頃にスタート地点まで辿り着き、なんか呆気に取られた表情をした月城さんに八神を引き渡した。
棒担ぎ状態のまま渡したのが不味かったのだろうか。実際に受け取ってくれた真嶋先生と司馬先生の背景に、宇宙と猫が見えた気がする。
それにしても、これから八神の処遇を決定する彼らには同情を禁じ得ない。
流石に全学年共通の敵に祭り上げられ、挙げ句の果てには木材に括り付けられて引き渡された生徒の前例とか少なそうだしな。特にどうにも悪い意味で保守っぽく固い印象があり思い込みも強そうな真嶋先生には、難しい舵取りになるかもしれない。
御愁傷様と陰ながら祈っておこう。
てか、何気に八神は道中で気絶から回復して我に返り、外聞悪そうなレ○プ目になって遠回りに僕を貶めてきた。
死してなお僕の評判に傷を付けるとはなんて奴だ。死後に強まる念でも持ってんのかよ。死んでないが。
除念師か清隆は何処にいるんだ。至急僕の外聞を回復に導いてくれ。
早苗以外の僕を見る目が、なんかこう…すごく居心地悪くて、帰りの道中ずっと早苗と、あとは栄一郎・七瀬くらいしか輪に入れてくれなかった。そこそこ人数いたのに……。
「お前という奴は……なんでこんな自由気儘に即行動ばっかなんだ。察知した時には全て終わってるとかなんなんだ、本当に。お前の勘、ホントにいい加減にしろ」
「真犯人に意趣返しを検討していたら、何故かすでに縛り上げられて目の前に連行、か。ここ数日動けなかった私が言えた義理もないが、動きが早すぎるだろう。気づいたらこうなっていたぞ……」
そしてそれは、雨の中、港で待っていた四方と鬼龍院先輩も。怒ってたというより呆れが強かったが。
更に一之瀬伝いに聞いて駆けつけてたと思われる八神被害者の会の網倉と西野は、八神の惨状を見て?神崎など優等生組と一緒に頭を抱えてたが、気のせいか彼ら彼女らは八神より僕を問題視してたように思えてならない。
拘束した上でレ○プ目のままだったけど、八神にはきちんと鬼龍院先輩に「すいませんでした」って言わせたのに……。
月城さん達へ引き渡した後に来て、ナニかを悟った思考停止顔で「これから真鍋のぶんも頑張る!」と改めて決意表明してた池や篠原を見習え。わからないことは、いっそ思考停止するのが全てを解決するのだ。
棒が肩に食い込んで、男1人分の重さがめっちゃキツい道のりを乗り越えてきた先がこれか。
でも特に八神捕獲用道具の残りを運んでくれた神崎と戸塚、自分から手伝いを売り込んできた石上君…のクラスメイトの1年生・高橋。そして栄一郎と七瀬は、棒担ぎの片側を交替で持ってくれて本当にありがとう。ご苦労様。
この7日目は、八神捕獲課題の影響でほとんど指定エリアをスルーしたため、3回目の減点が発生する……と想定していたのだが、八神を引き渡した頃から雨が強くなって試験中止の通知がきた。しかも、後日の獲得ポイントアップの補填付きだ。
なので、減点をストップさせた上でスタート地点で休憩することが可能だった。
ただ、元々早苗の観天望気と僕の気象予測でも大雨になりそうだったから、スタート地点で様子を見ようと考えていたのだ。それもあって八神捕獲を少々急いでこの日の早めの時間にしたわけである。
ともあれ、後半戦開始前の試験中止は、僕や愛里達、そして鬼龍院先輩にとってはじっくりと体力や精神力の回復、怪我を癒すまさに恵みの雨だ。四方も試験の途中参加は認められなかったものの、腹膜炎はほぼ完治。スタート地点に何らかのスポーツ課題が出てもきっと稼いでくれるかもしれない。
大きめの懸念事項の1つも片付いたし、世は全て事もなしってヤツで大変結構。
大雨の中で試験中止のため、出歩くことは無駄どころか不要なリスクを背負うことになる。こういう時は大人しく回復に努めるのがベターである。
八神の結末の見届けを目的として来た網倉や池、1年生達。天候を予想して港付近でやり過ごそうとしていた早苗達。治療のために滞在していた鬼龍院先輩など。他に何らかの理由でここにいる者は足止めを食うことになったものの、総合的にはプラスだろう。
というわけで時間ができたから、見舞いと報告がてら一旦医療テントに戻っていた鬼龍院先輩の所へ行ってみたら、珍しくノリノリの演技で出迎えられた。
港に着いた直後の態度を改めたのだろうか。八神は、このネタがマジになりかねない手強さだったし、それなら笑い話っぽく流そうとするのも悪くない。
「でもっ、後輩! …後輩の金とポイントが……!」
「安いもんだ、金やポイントくらい。無事で、よかった」
「今度はシャンクス……」
「ワンピースの応用幅はすごいな。なにやってんだコイツら、とは思うが」
いや、今更だがホントに安い。
元ネタの腕だったら即死だった。きっと泣き喚いてた。
「……ふふっ。夢月君っていつも変わらないよね。とんでもないことをしてるのに」
「証拠もないのに、2000万円をパーっと使って下級生を追い詰めましたからねぇ。愛里さんのクラス移動を台無しにしてまで」
「か、金は持ってる奴が使ってなんぼだから」
そっちはごめんて。
聞いてたか知らないが、早苗も愛里と一緒のクラスになるのを楽しみにしてたのかもしれない。それを無しにしちゃったのは悪かったと謝るしかない。
ついでに、謝罪と一緒になんとか言い訳を導き出す。
そう……富める者は富める者らしく金を使わねばならない。
たとえ僕の根性が庶民であろうとも、金持ちの消費はもはや義務だ。富裕層の個人消費は、庶民の個人消費と桁が違う………違わなければ格差社会で経済なんて成り立たない。
自分に合わないだとか、贅沢は敵だとか、今日の飯に困っている人もいるのに自分だけこんなに食べるのきっと良くないよとか、不平等だーなんてナンセンスを言ってはならないのだ。
贅沢は持つ者の義務なのだ。
必要な時は、高笑いして湯水のように金を使ってこそ金持ちの正しく真っ当な姿であり、経済というモノは金を動かしてなんぼである。
金に限らず、ただでさえ沢山持っているものを溜め込んで出し惜しみする───持ってるのにケチる。それこそが金持ちの害悪である。
とにかく使え。どんどん使え。
稼ぎがないから目的達成できないというなら、仕事や名目を与えたりして稼げるようにする。
制度とかでなく、個人でそれができるのが金持ちだ。使わなきゃならないからとにかく使う。
鬼龍院先輩や高円寺とかの筋金入りの金持ち子息達を見てるとわかるが、彼らは機会を見つけて金や物を惜し気もなく使うように普段から心がけている。
芸術はパンに従うという欧州の諺に則り、文化の振興と保護、義務である個人消費を兼ねる金の使い道を好んでいるわけで、援助もその一つ。
だから、さっき鬼龍院先輩がやった過去ルフィのパロディの真意は、彼女なりの照れ隠しの一種だろう。
そして、それを受けた僕が“できるだけ”返すのはなんら不思議なことではなく、むしろ当然だ。
って言っとけば、言い訳か笑い話になる? もはや開き直るしかできないわけだが。
「ふっ、あえて自分で言うが、ここまでくると金持ちのどら息子ムーブではなく、聡明なお坊っちゃんというか機知に富んだ英才といえよう。一人称も気品のある貴族っぽい『僕』だしな。
そこ、笑って良いぞ? むしろ笑え」
しかし、このような調子に乗ってイキった説明をしても、何故か誰も笑ってくれない。もしかして、わかりにくかったか、あるいは高校生に不適切な話題だったのだろうか。
でも高円寺はこれで笑ってくれたし、天沢を参考にした物理系会話よりは適切だと確信してるのだが。
高円寺はまだしも、清隆や天沢のせいで僕の感覚がおかしくなっているのかもしれない。
なんかそこはかとなく漂う沈黙に焦ってしまった僕は、栄一郎や七瀬もいることに着目し、去年の起業と一之瀬を無駄に絡めた話で誤魔化そうとした。
愛里のストーカーが捕まり、作った会社をどうするか考えた時、僕はまず学校に頼らない収入源の重要性に思い至った。当時に存在した学内通貨であるプライベートポイントがヤベーのは明確だったからだ。
ただ、そこで1つの問題にぶち当たる。初期の開業資金である。
一応はバイト先のオーナーである青娥さんは金持ちらしい。らしい、ってのは1年以上を喫茶・芳香でバイトして帳簿も見てるのに、いまだに使途不明金?隠し資産?のような金とかの全容が把握できないからだ。
なんか変な収入が、何処か(振り込み先不明)から湧いてきてると言えばいいか。
ともあれ、金持ちからすると、僕が当時に借用を頼んだ額は子供の小遣い程度だったらしい。この口座は好きに使っていいとポンと出された日本円の通帳を見て、逆に僕の金銭感覚がおかしいのかと混乱しつつ、青娥さんに当時の愛里と僕で2:1:1の利益配分の取り決めをした。
借用にしなかったのは、僕の小市民ゆえの小心さと、愛里が話を理解してないんじゃなかろうかって感じにボーッとしてたからだ。流石に悪い方向に転んだら不味い話に、理解させずに乗せるのはNGである。
ただ、利益配分について考えてたら、ふと思ったのだ。
あれ? 正式なモノじゃないけど、これって株券と同じじゃね? と。
株券。株主権をあらわす有価証券。
思い付いて、これはいけるかもしれないと同様の手段で出資者を募り金融商材を何種類か発行。
この頃、ほぼ初対面の鬼龍院先輩が、条件付きで大金の投資と鬼龍院財閥の口利きしてくれたのは前に述べた通りだ。そして、その間の神社でのガチャ商売といくつかの小口投資。本格始動前の最後の初期投資になった高円寺。
そう、何故か学校にいた金持ちの子息子女達のおかげで、高育に株式会社・桜プロダクションを設立し、軌道に乗せることができた。なんかなし崩し的に。
他に青娥さんのコネやなにやらも勝手にやられたりして、いつの間にか仕事が倍増する事態に発展していく。綾小路篤臣氏や松雄の件がわかりやすいだろうか。
なので、松雄へ段階的に権限を委譲しつつ、出資金額単位を小口に分割。責任の所在を明確化。出資に伴う権利は株券を介して自由に売買できる等々。
これらで体裁を整え、経営は今のところ順調。月ごとの波はあっても、大企業のバックもあり、軌道に乗ってきた以上は稼ぎがなくなるなんて相当低確率にできただろう。
外はザーザー降りの雨なので、こんな感じに誤魔化してみた。勿論、固有名詞や守秘義務的なのは暈した上でだ。
しかし、これだけ詳しく説明したのだ。曖昧だった部分の霧が晴れる心地だろう。少しくらい高笑いしても許される。
「ふはははっ! 我が武勇伝、恐れ入ったか! だから今回使ったクラス貯金の2000万も瞬く間に稼ぎ直してやるよ! なんか妙にあっさり言いくるめることができたけど、我に返った一之瀬が怖いからな!」
ここまでの成功は2財閥の人脈と財力、青娥さん、なにより松雄が不可欠だったのでアレだが、ちょっとくらい自画自賛していいはずだ。0を1にしたのは僕だし、目端の利く奴らが声をかけてくるようになったのも僕。たぶん、おそらく、きっと、メイビー。
なんにしろ、起業や株式会社の話題は誤魔化すのに適当だろう。なんせ、競泳課題の後に高円寺と大いに盛り上がった実績がある。その上、期末テストの政経での出題でもあり、僕はもちろん機密を守り、高円寺ほど深くまで語らず、高校生向けに触りしか話さなかった。推定清隆や天沢レベルなどもっての他だ。
「夢月さん……そんなわけのわからない事ができて、なんで着地点がそこになるんですか」
「社長。残念ながら今は通訳がいません。おそらく、みんな理解できないかと」
「んなわけがない。高円寺が退屈しなかったんだ。つまり面白いはず」
「ああ、そういえば遠泳の後にあの先輩と話してましたね。こんな話だったんだ……」
ま、今は株式会社についてまだ学校の授業でやってないだろう1年の七瀬がわからないかもと考えて、だいぶ大雑把にしたけどな。
「だから! 高円寺君がすでに外れ値なんですよ! 彼を基準にすると明後日の方向に行くって言いましたよね!? 今まさに理解の外側に飛んでってるじゃないですか!!」
「いや、能力はたしかに外れ値かもしれないが、高校生のバランス感覚は僕が知る中でピカ一だと思うぞ。しかも話しやすい。そんな高円寺を基準にしなくて誰をするんだよ」
「む、それは一理ありますね。私も時々は見本にしてるくらいですし、高校生の基準と言われたら頷けます」
栄一郎や七瀬は疑問を持ったようだが、早苗は僕に近い意見だ。
でも2対2でイーブンか。なら、単純に考えて半分くらいは高円寺が異常だと思ってしまう可能性がある。
「いやいや、ないですから! 彼が話しやすいとか社長と東風谷さんくらいですよ。僕や翼だって、いまだに空気扱いされるんですから。っていうか、東風谷さんまでボケに回らないでください! 収拾が着かなくなるじゃないですか!」
「はて? ボケたつもりはないですけど」
「あ、あの。左京先輩達は何をもって高円寺先輩を高校生の基準だと……?」
よろしい、できるだけ全ての疑問にお答えしよう。
時間もある上に、高円寺を色眼鏡で見られるのはなんか嫌だし、言葉を尽くすくらいはわけもない。それに話題を誤魔化すなら、こっちの方がウケが良さそうなのもある。
「ふむ。七瀬、そして栄一郎よ。これは鬼龍院先輩もだが、高円寺ほど常識的で、それでいて常識に囚われてない奴はなかなかいないぞ。早苗も言ってたが、同級生、七瀬は上級生で友達である今のうちに見本や手本にするが吉」
「ああ、それはそうかもですね。大きな会社の御曹司でしたっけ」
「そうだ。だから、おそらく学生の間にしか気安く接する時間がないだろうからな、アイツ本来の環境と性質からして。そして話すことで得られるモノも最大効率だ。当然それだけじゃなく、話してて面白い友達ってのも大きいが」
「ですね。麒麟児ってああいう人なのかと、いつも物事の見方に目から鱗が落ちますしね」
つまり高円寺は機転が利き、思考レベルは高いものの、大人の精神を持つ僕や色々と異端な部分が多い早苗が、気を使わず自然に話せるから基準に適切なのだ。
清隆じゃないが、高校生に合わせた高校生らしい会話とか意外と疲れるからな。それを考慮するなら、多少一般からズレるのはコラテラルダメージだと割り切れる。
「……思いのほか、真面目な理由なんですね」
「ああっ! 理にも情にも叶ってる話だったのに、なんで僕はこんなにモヤモヤとしてるんだろう……」
「エ、エイイチロー。これはもう、そういうものだと受け入れるのがいいんじゃないでしょうか」
何か栄一郎は葛藤してるが、七瀬がなかなか良いこと言ってるのでじきに整理もつくだろう。
そう、天才を語る時は諦めも肝心なのである。
一方、推定八神にグループメンバーをやられた被害者の会は、少し距離を取って何か話してる。
「つーか、マジでなに言ってるんだ、コイツら」
「ね、ねえ。この人達、ホントになんなの?」
「なんなんだろうね。1年以上もクラスメイトなのに、ここまでわからない人って」
「網倉もそうなの? うちは椎名がこの枠よ。普段は静かなのに、変なところで爆発力があるっていうか」
それを聞いて愛里と鬼龍院先輩、四方が沈痛な面持ちでフォローし合っていた。
「……ひよりちゃんにも流れ弾が」
「愛里、これはしかたない。しかたないことなんだ。だって椎名も完全にあっち側のイロモノだからな」
「多分それはフォローじゃないよ。トドメだよ二三矢君……」
「ああ、勿論わかってるさ。もはや俺にも椎名をフォローできないからな。高円寺と同じく」
「しかし、後輩に比べれば被害は軽微ではないか? 椎名ひよりはわからんし、高円寺もたしかに単独で南雲と上位を争っているが、2人ともあくまで真っ当なやり方でだ。それに対して、上位1位は運もあったにしろ、4日目から何度も3年生の妨害と捕捉を回避し続けて、ついには南雲自ら出向いたと聞いたぞ。おまけに今回の後輩は偉業を成したようなものだろう。
私が見るに、椎名がイロモノで高円寺が麒麟児に例えられるなら、後輩は異端児といったところか」
まぁ、フォローになってない上に、鬼龍院先輩は僕に不穏な情報も零してたが。
てか、妨害なんか一度もなかったはずだが、断罪ごっこ前に南雲がたった1人で僕のところへ来たのはこのあたりが原因か? 知ったことじゃないけど。
「……なんであれ、競う相手である3学年をまとめて動かしたからですか」
「そうだ。私はお前達より1年多くこの学校に所属しているが、隠された特別試験を模倣したモノを問題解決に応用する生徒は寡聞にして知らない。それどころか敵を敵とも思わぬやり方には、反感を買う者もいるはずだ。尤も、仕組みを『作る側』である南雲などにとっては喜ばしいイベントにもなっただろうが」
う~ん。名前を知ってるのだと桐山とかが候補かな。どうもあの人は苦手というか避けたくなるし、どっちにしろ会いたい相手じゃないから、それくらいならまぁいいか。
でも一応は警戒しとこう。
「あぁ……やっぱりやりすぎだったんだね、あれって」
「愛里。その、が、頑張れ? アレを抑えられるのは、おそらくお前だけだろうからな……」
「うぅ、わたしには荷が重いよぉ」
「くっくっく。あの男と同級生だと日々楽しそうだな」
「はぁ。楽しいですけど……時々、疲れます」
「羨ましい…実に羨ましいことだよ。私にとってはな」
……ふむ。今からでも、誰か替え玉に僕がやったことを擦り付けられないだろうか。なんか先輩達が話してるの聞くと、とんでもない事をしちゃった気がしてきた。清隆や一之瀬にならワンチャン…いや、おもいっきり南雲や八神と話しといてそれは不可能か。
しかたない。『次』に聞かれたらすっとぼけよう。
こういう時にこそ輝く「え? なんだって?」と「そーなのかー」っていう古くから存在する煽り言葉で。
天沢視点や無人島初日の綾小路との会話などで察してた方はいるかもですが、この八神への断罪ごっこは本作1年時の無人島前後(2章~3章)あたりで少し匂わせてた本来の「綾小路打倒計画その1」が元になってます。本編では1年生編の無人島ラストの大道芸勝負がその1で、自作ゲームはその2。
状況や時期、相手・人員など変更点はあるものの、その1に関しては何かが違ってたら綾小路相手にこれと近いやり方で立ち向かうつもりで、四方と早苗、そして綾小路本人には当時からふんわり話してたり。
いまさら作中日時で約1年前(リアル時間で3年以上前)の伏線を引っ張りだしてくんなよ、と思われるでしょうが、茶柱について言及した以上は八神との決着もこれしか考えられませんでした。ご了承ください。
ちなみに夢月の意思がある綾小路打倒計画をナンバリングするなら、その3が『いつも通り』で、その4が『プレゼント』、その5が『未知』です。
……よく考えたら、年間5回も友達の打倒計画を実行するorされる友達同士ってとんでもないことだな。ある意味で異常極まる友達関係なのかもしれない。いや、それ言ったら四方や早苗、高円寺も似たようなものだから今更か。
それと原作を読み返してたら発覚した順位ガバ。
何気に夢月の172点は、7日目の試験中止時点での南雲や高円寺の得点を上回ってました。ただ、誤差の範囲内なので夢月じゃなくて他を微調整していきます。
調整した現時点(7日目終了)の上位3位までの得点と簡単な理由。
1位、2年高円寺グループ 180点(八神捕縛イベントで南雲達3年生が一時不在となり、高効率な課題に穴ができたため)
2位、2年左京グループ 173点(八神捕縛前の移動中にたまたま指定エリアを踏んだため1得点プラス)
3位、3年南雲グループ 166点(得点は原作そのままだけど、内実は微妙に違ってたり)