無人島サバイバルの8日目。
8日目には何の心配もなく彼女らと別れて、再び無人島サバイバルに旅立った。といっても、指定エリアが港近くだったので早々に踏んで、あとは保存食を燻製に燻したり干してたものを回収した昼頃に本格的な出発だ。
今度はなるべく行っていない北回りで散策してみようと思っている。ちなみに先輩は北東、愛里達は東に向かった。
あ、それと鬼龍院先輩には頼み事を1つした。ぶっちゃけ、するつもりはなかったのだが「どうしても」と珍しく先輩から押しきられたので、保険を増やす手を願って頼んでおいた。
苦笑してたけど、受けてはくれたし問題ないだろう。
それよりも昨日の大雨でぬかるんでいる箇所のある地面が少し困る。足を取られたり沈んだりで歩きにくい。
尤も、植物をタブレットで撮影しながらのゆっくりした道行きなので、気持ちの良い散策だ。誰かのペースに合わせるとかがなければ、実に僕好みな特別試験である。
久方ぶりのホクホクした気分で、興味を引かれた植物を撮影しては移動を繰り返していると。
「夢月君っ!!!」
「げっふぅ……!?」
何処からともなく現れた何者かのどーん! と効果音が鳴り響きそうなタックルに側面から押し倒され下敷きになった。そこが日当たり良くて乾いた地面だったのは不幸中の幸いか。
「ああ本当に無事なのはよかったけど無茶に無茶苦茶を重ね続けないで心配だから! いや甘い誘惑や口車に乗って詳細の確認を怠っちゃった私も悪かったけど怪我したかと思ったら今度は1年生の捕縛劇!? しかも南雲先輩や龍園君まで巻き込んで!? もうっ! 桔梗ちゃん達に聞いて心臓止まるかと思ったよ! なんなのこの人!? 付きっきりじゃないと心配が止まらない! 必要な時にはいつもいつも目の前にいてくれるのもホントにもうっ! でもこんなところで会えるなんて思ってもみなかった! もう離さない! ああそれよりも大変なことが───」
なんだ、何が起こった? てか、鼻をどこかにぶつけたらしく、めっちゃ痛い。いや、それよりも視界が真っ暗で異様に暑く熱い。これはもしかしなくとも、抱え込まれてる?
そして句読点のないマシンガンのごとき戯言まで垂れ流されてる。熱量とモーモーと聞こえる牛のような鳴き声?とともに、なんか異様なほど耳に残った。
「い、一之瀬、か……?」
ただ、撮影に集中してた上に完璧な奇襲タックル→抱え込まれて顔も見えないせいで、最初は誰かわからなかった。しかも、やたらとテンション?がおかしく早口すぎて分かりにくかったが、冷静に声や僕にこんなことする奴をリストアップすれば、消去法で一之瀬が浮かび上がる。
「……お前は2年Aクラスの一之瀬帆波だったな。クラスメイトの左京を巻き込むか」
「おやおや、左京君ですか。不純異性交遊は厳罰に処すと最初に通達しておいたはずですが」
ん、また違う人の声が。これは…司馬先生と月城さん?
ってことは、やっぱりこのクソ暑い物体は名前を呼ばれてる一之瀬で間違いない。なら、さっき僕の鼻を直撃したのは一之瀬の無駄に突き出したおっぱいか。
愛里でよく知っている爆乳おっぱいとは柔らかいモノなのに、タックル中に受けるとラッキースケベなんて思う余裕もなく、本気で痛いだけの脂肪の塊なんだな。鼻血とか出てないだろうか。
おっぱいビンタ?の真の威力なんか知りたくなかった。
だが、とりあえず内心の新発見は置いといて、僕にしがみついて視界を塞ぎ続ける一之瀬本体を慣れてきた手つきでペイッと剥がして転がす。妙な疑惑をかけられてはたまらないからだ。
なので、身体を起こし、一之瀬を転がしたまま弁明、というか挨拶に入る。
「あ、あー。失礼しました。司馬先生に月城さん。お疲れ様です。で、えっと、一之瀬か僕に何かご用で……も?」
んぇ? 一之瀬さん? 真面目な場面では、一度転がしたら二度目は控えるって暗黙の了解はどうした。なんか再び這い寄ってきたんだが。
今日の一之瀬は、いつもニャハニャハあなたの隣に這い寄る混沌なの? ついに聖女からニャル子級の邪神にクラスチェンジしたの?
早苗が増殖したみたいで頭痛が痛い想像だな、却下で。
「おい一之瀬、離せ。クソ暑い。それに先生方の前だぞ。あとせめて司馬先生には反応を返せ。失礼だろ」
「ぁ……う、うぅ。は、はい。私は…一之瀬、です」
言っても、ようやく顔を少し上げて答えたくらいで、何故かコアラのごとく僕の背中にしがみついた姿勢のままだ。まるで人前で怯える愛里のような一之瀬とは……。
流石に何かあったと察しは付く……が、その『何か』の候補は限られてしまう。これはどっちの選択の方がマシなのか迷うところだ。
普段ではありえないくらいぎこちない会話を始めた一之瀬と、月城さんや司馬先生の振る舞いに面倒事の匂いが強まっていく。
「どうしてここに?」
「その、腕時計が故障してしまったみたいで……見てもらおうと」
「なるほど。周囲に左京以外のGPS反応がなかったのはそういうことか」
予想範囲内か。
おそらく、一之瀬は偶然かGPS反応がない状態で何らかの場面に出くわしてしまい慌てた。その際に、物音を出したか気配を察知されたとかで月城さん達に気付かれ逃げ出した。そして、たまたま逃げ出した先にいた僕にぶち当たり、一方の月城さん達は一之瀬を追ってきた、という感じかな。
……確実に面倒事じゃねぇか。
一之瀬が悪いとは言わないが、とにかく運と間が悪すぎるトラブルメイカーっぷり。コイツの平常運転は、本当に僕の平穏を乱してくれる。
僕がいても話を続行するというのはそういうことだ。
会話になっていない会話を聞くとはなしに聞かされて、諦めが肝心な現状を悟った。
「そうではありません。聞いていた、という前提で私はお話ししています」
業を煮やしたのか、ついに本格的に脅しにかかってきてる月城さんを含めたやり取りに遠い目になりつつ、僕はしかたなく一之瀬と彼らを遮るように立ち上がった。掴んだままの一之瀬に引っ張られて、つんのめりかけたが。
「夢月、君……?」
「ほう?」
なぜなら、ふんわりと濁した話を聞いてた限りでは、彼らだけだと交渉どころかいつまで経っても会話にならないからだ。月城さんや司馬先生も表面ほどには余裕がないのか『不可能』な脅しに移行しかけてるし、一之瀬もスペランカー・メンタルになってて埒が開かない。
これでは纏まるモノも纏まらないだろう。
そもそも高2の子供に月城さんや司馬先生みたいな相手は荷が勝ちすぎだ。逆に月城さん達だって子供の対応は“困っている”だろう。まさか本当に手袋を装着した司馬先生から想起されるような愚挙には出ないだろうし。
なら、いっそ埒を外側から開けてしまった方が比較的に楽である。
一之瀬がいるし、どこまで把握してるかわからないので言葉を選ぶ必要はあるがな。しかし素直なのは美徳と言っても、リーダーがちょっとした不測でこうなるのはいただけない。
「お話を遮って失礼。
ですが、そのようなリスクの高い真似をしなくとも、月城さんのお仕事に支障はないと僕が『誓約』します。ただ、特定の者にだけ理解できるサインを出して頂ければ、僕がそれの実現に可能な限り支援すると。勿論、誓約を破ったと月城理事長代理が判断した場合は僕を退学にして構いません」
「夢月君!!?」
「なるほど。左京君にはそれができると」
「可能です。なにより対象自らが進んで試されに来るのと、状況的にしかたなく試されてやるのでは、どちらが効率的かは言うまでもありません。なら、対象の気分も考慮に入れるのが良い方法でしょう?」
うんまぁ。個人的には清隆をモルモットや実験体みたく扱うみたいでアレだが、本人も月城さんもそれを受け入れてるんだから、ある程度まで配慮されるくらいはあっていいはずだ。
「ふむ……左京君とあれだけの関係を築けている対象のその扱いは許容するのですね」
「本人がそれを望みましたから。僕は友人としてその意思を尊重しますよ」
「大した覚悟です。下手に大層な看板を持つ子供よりも、やはり『わかって』いますね」
イエス! 呑み込んでくれたな。
ぶっちゃけ、一之瀬がいることで言葉を選びまくったから通じるか不安だったが、これなら穏便に帰してくれるだろう。
「なので、ここは1つ、僕『達』を見逃してもらえないでしょうか? 当然ですが、後で一之瀬にはきちんと話して理解を促す所存です」
一之瀬のクラスメイトなら僕もそうだし、退学を脅す相手は目の前にいる僕を対象にするのが、それこそ表向きは効率的。直近の八神への件もあって、適当な罪状を作りやすい僕を退学とするのが妥当なのだ。
だからこそ、僕自ら切り出す。
ここは誠意を信じてもらうべき場面だ。それがWINWINな交渉として繋がるのである。
「これは……ふふっ。なんとまぁ、素直でストレートな命乞いをするものですね、左京君」
「「……」」
って感じの意図で発言したわけだが、月城さんには笑われてしまった。意外と何かがツボだったのか、彼の仕事の一部をやりやすいよう僕が仕込んでおいたのが伝わったのか、少なくとも一之瀬を脅してた時の雰囲気は霧散している。
まぁ、一之瀬と司馬先生は微妙にわかってなさそうで沈黙したが、この月城さんの感触ならおそらく問題ないだろう。
「……ククッ、なるほど。つくづく左京君は異端な考えをするものですねぇ。
司馬先生。八神君の件といい、どうやらお礼をするのは此方のようです。一之瀬さんに関しても心配いりません。左京君の案を『信じる』ならそうした方が効率的ですからね」
しばらく小さな笑いを溢すと、月城さんはいつもの静かな佇まいに戻ってくれた。この返しであれば、言葉の真意も伝わっているはず。異端ってのは引っ掛かるけども。
これで思いのほか、余裕の在庫があると考えてくれたら幸いだ。僕も清隆に言っておいた甲斐がある。
「ああ、左京君がいるので必要ないかもしれませんが、スタート地点の港はここから300メートルほど先です。壊れた腕時計を取り換えるのでしたらお早めに。
それと老婆心ながら一之瀬さんがこれ以上、道を外れないよう忠告しておきますか。余計な事に首を突っ込む愚かさは捨て置きなさい。次はないかもしれませんからね」
月城さんはそう言うと、ある方角へ指を差し、一之瀬に彼女の物と思われるバックパックを渡して行くべき場所を伝えた。
「さて、これ以上の時間を費やすのは『お互い』望ましくありません。左京君、一之瀬さん。気をつけて試験を続行してください」
「はい、どうもありがとうございました。月城さんと司馬先生もお気をつけて」
「は、はい……」
「では失礼します」
とりあえず僕も朝出てきたばかりのスタート地点に向かうか。この愛里化したような一之瀬を放置するのもなんだし、僕のか一之瀬のか、汗ってかもはや汁がすごいからシャワー浴びたい、切実に。
ムシムシする場所で暑い時間帯にくっつかれるのマジ勘弁。愛里でさえちょっと迷うのに、それ以外だと美少女でも熱量のある奴は近くにいてほしくない。なんか涼しいというかな雰囲気のある早苗や椎名なんかは、あまり気にならないのだけども。
もう面倒臭くなって、一之瀬を少し引き摺っていた僕が考えてたのはそんなことだった。
少しだけ月城さんの指し示した方向へ進み、月城さん達が見えなくなったあたりで僕は一言クレームを入れた。
「一之瀬、お前なぁ。月城さんの助け船をことごとく撃沈させてどうすんだよ。なに? お前って艦隊指揮して水上の名将でも目指してんの? だけど、パニクってたにしろ、助け船まで沈めることないだろ。相手がそうしてくれようとしてたんだから会話しろ、会話を」
一言で終わらなかったけど。でも説教など柄ではないが、礼儀を弁えなかったのは話しておかないといけない。
コイツの能力なら経験さえ積めばコツを掴むのも簡単だろうし、好意を理解しないのは誰にとっても面倒の種になる。
司馬先生はわからないものの、多分あれは最初にかなり強めに「部分的に○○を知っちゃいましたが、絶対に口外しません!」とかって宣言しとけばあっさり見逃してくれる雰囲気だったのに、ことごとく自分の逃げ道を自分で潰しやがって。そもそも逃げずに素直に聞いたことを吐いてればよかったのだ。
だけどしかたなくない? いや、何を知ったか知らないが、一之瀬が冷静に対応するだけで、きっともっと穏便に終わったんだぞ。退学って言っちゃったことからも話を逸らす必要ができたし、ところによって面倒なスペランカー・メンタルだ。
まぁ、高校生が突然なんか危なそうな話とかを聞かされたんならパニくっても無理はなく、所詮は後知恵に過ぎないが。
でも、いなくても問題なかった僕を巻き込んで対応を丸投げしてくるとは、とんでもないリーダーである(ブーメラン)。
「む、夢月君」
「なんだよ」
文句が止まらなくなりそうになっていた僕に対し、一之瀬はおそるおそる後ろを振り返って……何故かピタッと動きを止めた。
「あ、あの。ごめんね。に、にゃはは。ちょっと、その……さ、支えてもらっていいかな。安心したら今頃になって震えが止まらなく」
「いいけどさ。なら、せいぜい僕の手を引っ張るなよ、一之瀬」
「夢月君。それを言うなら足だよ」
「……」
何気にポンコツ極まる言葉とともに、いまだに掴んでいた僕の腕に伝わる振動。その挙動で冷静にツッコミ入れてくるとかどんな神経してんだ。
てか、素で間違えた。これまでも今も手にばかり掴まってくる奴なので。
だが、それはそれとして。
コ、コイツ……! 藁にもすがる気満々でいやがる。って、誰が藁やねん! 僕以外いねぇじゃねーか!
いや、内心で誤魔化そうとしたけど、これは恥ずかしいウッカリ! ってことで、何事もなかったかのようにクールに去るか。
「…………さて、僕はそろそろ行くよ。次の指定エリアはどこだろなっと」
「ま、待って!? ごめん、ごめんってば! 今の私を1人にしないで!!?」
「ざけんなっ! てか、暑苦しいんだよ! まず手を離せや! 話はそれからだ!」
「お願い夢月君! 前に助けを求めてもいいって言ってくれたじゃない! ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから! ね!? ねっ!!?」
スタート地点に向かう予定を脳内で即座に撤回。
だが、異変を察知して逃げようとしたら、これまでにない力で再びしがみついてきた。この必死さにはなんとなく覚えがある。
「お、お前さ……まさかとは思うんだが」
「そのまさかなんだよ! 窮地から脱した瞬間に腰が抜けて動けないの! 気を抜くと座り込んじゃう! お願いだから私をこんなところに置いてかないで!!」
め、面倒くせぇ……!
前に清隆に運んでもらった時の僕自身っぽい。証拠に一之瀬をよく見たら、手だけじゃなく足の方もガクガクしてる。おまけにへっぴり腰だ。産まれたての子牛のよう。ばるんはるん跳ね回る乳の大きさ的に小鹿じゃなく。
くっ、脳内清隆め。目の前に居なくても乳派閥に洗脳しようとしてくるとはやるじゃねーか。ふざけんな。
てか、怯え震えるのは僕の専売特許なのに、なに一之瀬は僕の役を取ろうとするんだよ。
だが残念…むしろ幸運か? 僕は涼しい朝のうちに、愛里にハグされてアイリニウムを充填してもらったばかり。禁欲中の性欲以外はなんとか誤魔化せる…脳内が五月蝿いな。
脳内から清隆と愛里を追い出し、現状に頭を切り替えよう。
そう───一之瀬をどうしよう、という現状に。
え、でもこれ。冷静に考えるとヤバくね?
司馬先生曰く、僕達の他は誰も周囲にいないらしいけど、もしも今、他の誰か…特に先生方に見られたら誤解一直線じゃね? 僕が野外プレイをやり過ぎて足腰立たなくした風にも見えなくね? 実際に愛里にやり過ぎた時の記憶が脳裏をよぎってくるし。
もしくはレ○プ事後……ひぃいいい! 特定の何人かに露見したら下手な破滅よりもヤバい。
なぜなら、必死な引き留め。全身でバイブレーション機能を作動させている。汗とかで微妙に下着が透けてる上に、乾いた泥まであちこちに付着している服。顔を紅潮させつつも薄っすらと涙を浮かべて……。
ドスケベボディな美少女・一之瀬が、こんなアレな状態で目の前にいる。
スリーアウトの事案発生ですね、わかります───わかってたまるか!
事実無根のオンパレードだけど、端から見たら絶対に状況証拠満載だと確信した。下手しなくても、去年の無人島を越えるピタゴラスイッチが押されてしまう。八神越えもありえるかもしれない。
この点に気づいた僕は、宥めることに全力を尽くすことにした。
「お、おちおちち落ち着け一之瀬。僕はどこにも行かないから、少し声のボリュームを落としてくれ。危険なことになるかもしれない」
主に僕の社会的信用が。
さっきから暑さで流すのとは違う名を持つ汗が背筋を流れっぱなしだ。
これぞ雨降って地固まり、水に流される。雨上がりの翌日だけに…ってやかましいわ。
「ホ、ホント?」
「ホントホント。僕、嘘つかない」
「じゃ、じゃあ、夢月君から手を握ってもらってもいい?」
「は? 寝言は寝て言え、馬鹿がよ。このクソ暑い中、僕が自分からそんなことするわけないだろ」
「……」
とはいえ、僕は僕でしかないので、つい思ったことをそのまま吐き出してしまうこともあるわけだが。
しかし、いつまでもここでウダウダしてるのも時間がもったいない。さっさと一之瀬を港あたりに運搬して、シャワー浴びたら再び顔を合わせる前に出発するのがベターか。
よし、これでいこう。一之瀬も無言になったし、ちょうどいい。
「え?……ええっ? ちょっ、夢月君!?」
なので、とりあえず一之瀬の荷物を掴んで僕のと一緒に身体の前面で吊り下げ、まだ微動している一之瀬の脇から手を回しておんぶした。俵担ぎしようとしたら、荷物×2が邪魔だったのだ。
勿論、ミシャグジ様は前面側に移動させてもらった。一之瀬は都会派寄りなのか、どうも蛇というか生物が苦手っぽいからな。
幸い、鬼龍院先輩の時ほど距離はないし、お互いに怪我もしていない。多少汗や泥で汚れてもシャワーは全てを解決してくれる。実に常識人的な振る舞いだろう。一之瀬の意思や同意の有無を確認してないことを除けば。
いや、だって色々と面倒になったし、目的達成さえできればもういいじゃん、ってなったのだ。背負ったら不思議なほど大人しくなったし一石二鳥だろう。
しかし、たしかに一之瀬は大人しくはなったが、問題がないわけじゃなかった。
「う、んぅ…ふっ……ん」
一之瀬にもそんなつもりはないのだろうが、ちょっと強めに揺らしちゃったり、落とさないよう持ち直す時に太ももや尻を掴んだりすると漏れてくるこの声がエロすぎる。
お互いに汗まみれのおんぶ状態で、死ぬほど暑いからかろうじて下半身は反応してないが、下手すると僕の体力がギリギリだった鬼龍院先輩の時より別の意味でヤバい。一之瀬の身体が時折ピクピクしつつ、僕を強めに後ろ抱きしてるのも冷静に考えてだいぶマズい。
だって考えてみろ。
一之瀬はイロモノ属性がてんこ盛りのヤベー女子だがガワは凄まじい美少女だ。そんなイロモノな本質を吹き飛ばすように、サキュバスな誘惑されてる錯覚が止まらないんだぞ。声や仕草的に。
彼女持ちとはいえ、禁欲中の野郎には毒すぎる。
野外の試験中で愛里の存在があるから本気で変なことするつもりはないが、愛里との経験があるからこそ類似点を思わせる一之瀬(髪とかおっぱいとか)は危険だ。不思議と押せば押し倒せそうとさえ思えてしまう。
愛里はともかく、マジで鬼龍院先輩で耐性付いててよかった。行動にはどのみち出なかったにしても、下半身が反応してた可能性は高い。そうなってたら、港付近に辿り着くまでに僕は『立てなく』なっていただろう。
関係ない豆知識だが、戦闘態勢のチ○コをトイレットペーパーの芯に収められるのが平均サイズの目安らしい。それが通常時でさえ難しい別名Tレックスキングである清隆や高円寺、アルベルトあたりもか……そして非常に遺憾ながら僕が戦闘態勢になると到底隠しきれないので、女子諸君は僕達と同等に気を使ってほしい。
僕はみっちりした中にガンガン突き入れるより、お互い程よいサイズでお互いの気持ち良さと心地良さを追及するのに憧れがあるのだ。って、なに考えてんだ、僕。いけない、禁欲しすぎてどうしても変な方向へ行ってしまう。
と、ともかく! 今まさに一之瀬に言いたいのは、だ。
「あっ…あの夢月君。私、重くない? んっ」
「重いってより暑い。おまけに汗がヤバい。お互いに」
「う、うぅ…汗……匂い、が…ん、うぅんっ」
「……それより、あまり動かないでくれ。持ちにくい」
「ご、ごめん…ぁ」
コイツ、マジで誘ってないよな? ってことである。
話す合間に僕の首元にかかる熱っぽい吐息や背中で乳を擦られる感触が、執拗な「当ててんのよ」案件に思えてならない。端的に言うと、エロく感じてしかたない。
でも流石に月城さん達との件があった直後に、よりによって彼女持ちの僕へそんなポンコツorビッチ行動に出る卑しき女でもないか。素でサキュバス風味なだけだろう。いや、素でえっちなのはいけないと思います!
……一之瀬の彼氏になる奴は、善性の強さや性格、スペックも相まって裏表の両面で相当大変だろうな。
勝手な印象でなんだけど、コイツが目覚めたら性欲が凄い強そう。自分だけで抱え込む性質でもあるし、爆発した時が……いや、爆発『した後』が怖いんだよなぁ、こういうタイプ。エロ方面だけじゃなく。
うむ。やはり、なるべく稀少種として動物保護(封印)しておく方が平和だな。
というか現状を重ねると、何気に昔からの謎が解けた気がする。
それはRPGやラノベなどファンタジー系の物語とかで、仲間やパーティーメンバーだからと美男美女の男女が同室で平然と寝る謎だ。それでいて何故に手を出さないことが多い? と、ずっと思っていた。
しかし、今の一之瀬のように汗まみれ泥だらけな異性は、いかに美少女、もしくはイケメン(女なら)だろうと手なんか出す気にならないのではなかろうか。旅やクエストなど移動・仕事の後なら疲労や怪我まで加わるので尚更だ。サバイバル中の現状はそれに近いだろう。
実際に僕も初回はともかく、普段の愛里相手なら風呂に入ってからの2回戦からが本番だ。やはりお互いに綺麗な状態の方が気持ちよくハッスルできる。
本質がモテない陰キャだからか、相手は元より、自分が汚れてるとなんか性欲より遠慮が先に来ちゃうんだよな。また他のことで体力を消耗するに従って、回数も減少傾向になりやすい。
ふっ、また真理の扉を開いてしまったか。我ながらバカだな、再び来てしまったのか。ということは……ナニか対価を持ってかれる!? なんということだ。こんなことで失うモノなど……!
……よし、この調子で煩悩から逸らすため、次は事務的な会話を引っ張り出して道中の煩悩を誤魔化そう。
「そういえば、一之瀬」
「んっ…どうしたの?」
「いや、椎名や櫛田とかのグループメンバーは一緒じゃないのかなって」
≪ここで出てくるのが他の女の話題とか……≫
だ、誰だか知りませんが勘弁してください。わかってても何を話せばいいかわからないんです。
「さっきも先生に言ったけど、あ、ん。わ、私の腕時計が壊れちゃったからね。桔梗ちゃん達に迷惑かけるのは申し訳なくて…ふぅっん、途中から1人で来たんだよ」
「そうか……。でも、できる時はなるべく1人行動するなよ。お前ってすごい美少女なんだし、危ないぞ」
「う、うぅんっ…あっ。冷静なつもりだったけど、ちょっと焦ってたのかも…ぉ」
てか…………ちょいちょいモゾモゾするくせに、そのたびにR指定が入りそうな吐息っぽい声を耳元で出すな。股間に悪いんだよ。禁欲中の野郎の欲望と勘違いを加速させるんじゃない。
それに汗のせいか湿っぽいし、だいぶ体温が高い気が……あっ!
不意に思い至った考えに、冷水をぶっかけられた心地になった。煩悩も下半身も一瞬で完全鎮火だ。なので、急いで本人に確認する。
「おい一之瀬!」
「にゃっ!? にゃ、にゃに急に!?」
「お前、変に寒かったりしないか? もしくは目や喉が乾いてたり、頭痛や目眩、倦怠感を感じてたりしないだろうな?」
「……え?」
「悪い。一旦下ろすぞ。すぐ港だけど、とりあえず水を飲め。そして、ジャーキーを持ってるからそれで塩分補給しろ。終わったら、なるべく急いで運ぶ」
詳しくは診断できないが、熱中症や日射病か? 考えてみれば、震え…というか痙攣も初期症状の1つじゃないか。去年にも堀北さんがかかってたっぽいし、もっと早く気づくべきだった。
また判断ミスか。鬼龍院先輩の時といい、最近少し多いな。
体力や精神力は万全に近い状態を維持できてると考えてたが、微妙に最大値が削れてるとかあるかもしれない。暑さやら月城さん関係やらで通常時と言えなかったとはいえ、まさかバックアップの要である一之瀬の不調を見逃しかけるとは。
「え? そ、そんなに無理して急がなくても……いいよ? あ、夢月君の用があるならしかたないけど。
それに水? ジャーキー? いきなり何を」
「戯けたことを抜かすな。必要な時は言えっつっただろうが」
「ふぇ?? 真剣な顔になったかと思えば、いったい───ぃあ、にゃあっ!!?」
こちらこそわけのわからない困惑はスルーして、軽く診断して確信を持つ。
明確に何と断言できなくても、これは平常時ではありえない一之瀬だ。座らせて正面から向き合い、手を取ってかなり早い脈拍を数えながら指摘すると、やけに慌てて奇声を上げて顔を背ける。症状を判別するために無理矢理向き直らせ、両手で固定して近くで顔面を観察すれば、吐息が僕に届くくらいには息が荒く顔も赤い。
緊急アラートこそ鳴っていないが、何らかの不調を我慢していたのかもしれない。
「さっきからどうも不自然な挙動だと思ってたが、この脈拍数に体温の高さと発汗量、それに顔が真っ赤じゃねぇか。明らかになんらかの状態異常だろ。なんで言わない?」
「じょ、状態…異常。い、いや、これは顔が近くてっ……んっぐー!? んぐんぐぐっ!!?」
内心焦った僕は、ぬるい水の入ったペットボトルを顎クイして少し上に向けた一之瀬の口に突っ込み、水分補給させる。見た感じ意識ははっきりしているようで、強引でも飲ませられるのは助かる。
そして一之瀬が目を白黒させて水を飲み下してる間に、荷物から先日に栄一郎からもらったばかりのジャーキーを取り出す。
「よし、水は飲んだな。なら、次はジャーキーを咥えてろ。今度は少し速めのペースでなるべく振動を伝えないように意識する。溢すかもしれんが、多少なら汚してもかまわん。行くぞ」
「……ぁ───駄目だ、これ。また…もっふ!?」
くっ、不調の一之瀬をサキュバスっぽいとか思ってたなんて、僕としたことが禁欲が長引いて色ボケしてたか。一之瀬の言う通り、また駄目な方の不覚だった。
だが対応こそしくじったかもれないし、水で少し一之瀬の口元から下の服やチョーカーを濡らしたが、代わりに口をカパッと開けたおかげでジャーキーを突っ込みやすくなったから、まぁ…ヨシッ。躊躇わずタオルで顔面をゴシゴシした後、その口へ乾燥肉を押し込む。
細かい事は後回しで最低限の処置を済ませると、なんとも言いがたい表情でジャーキーをしゃぶる一之瀬をおんぶし直して早足で進み出す。今は一刻一秒が惜しい。
「はぁーーー」
急ぎ気味に進み出すと、ジャーキーを咥えながら僕の首筋をもゾワッとさせた一之瀬。盛大なため息を吐いて幸せを逃がしつつ、熱い吐息をぶち当ててきたせいだ。
「これは───本当に駄目だ。この糸が切れた凧みたいに爆進し続ける人には、私自身が付いてないともう安心できない。それにお互いに足らない部分を補い合えれば一石二鳥。今度2人でお話する機会を作って、よぉーっくよぉーっく言い聞かせて……私以外は見ざる聞かざる言わざるを徹底指導して……尋問と制圧を完璧にしておけば佐倉さんにも……」
再びおんぶしてから、より強く巻き付いてきてた一之瀬は、ジャーキーを食べ終えてからも僕の背中でブツブツ言っていた。しかも途中からは、なんだかワルイモノに憑かれたような雰囲気と言葉を漏らしてたがスルー安定である。
クソ暑かったからね。しかたないね。
「……キッショ」
「何か言った?」
「いや、何も?」
「私をこうしたの夢月君だからね? わかってる?」
「ふーん。大変だね」
「他人事!……もうっ! ほんっとうにもうっ!!」
まぁ、最低限は返したが、不調なくせにわけわからんところで突っかかってくる奴だ。首に着けっぱなしのチョーカーにふさわしくモーモー鳴く牛ムーブが再発してしまったから、以降はずっと生返事しててひと欠片も記憶に残らなかったのは余談である。
尤も、チョーカーは耳標やカウベルとは別物だが。
笑顔とは本来攻撃的なものである、と言ったのは誰だったか。おんぶの肩越しに至近距離で見たこの時の一之瀬の笑顔は、猫科の肉食獣を彷彿とさせるモノだった。僕は勿論、荷物の方に移動させたミシャグジ様で心の平穏を保って放置した。
僕に異常な熱量を放つ這い寄る混沌はノーセンキューなのだ。関係ないと自分に言い聞かせて忘れよう。
それにしても、4日前に鬼龍院先輩。昨日は八神。今日に一之瀬。僕はいったいなんでこんなに人を運搬ばかりしてるのだろう?
どれも何事もなかったとはいえ、もうやらないからな、って意思に満ちていたのは言うまでもない。
安全と思われる港エリアに辿り着き、そーい! と怪我しないよう優しめに転がすと、今度は捨て猫のような目を向けてくるポンコツリーダーに、これだけは言っておきたかった言葉を残して僕は表面上クールに去った。
「じゃあな、一之瀬。実を言うと、僕は暑いのが苦手なんだ」
「なんのことっ!!?」
暑さもさることながら、色々と面倒臭さが限界だったのだ。
それにしても不覚だった。純粋な体調不良など、ありえる事態としてきちんと想定しておくべきだった。
この不覚に比べれば、月城さんの仕事内容が確信に変わったことなど小さなことだ。
そう───おそらく『誰かからの指示』で清隆の限界を見極める、ってヤツ。
この誰かは普通に考えて、清隆の父親である篤臣氏だろう。
つまり月城さんも司馬先生も、ヤバい世界の住人であり仕事人なのは確定か。わかってたけども。
なら、やはり最初から何を知られようと、司馬先生が何をしようと、一之瀬に危害を加えるつもりはなかったらしい。それはそれとして、口止めに確実性を持たせたかったから脅したのだろうが、僕に察知させて双方をフォローさせるための意味合いもあったのだろう。
生徒会にも一定以上の信用があり、高い証言能力や学生とはいえ目立つ中心人物の1人である一之瀬に明確な何かをすれば、大人としての『弱味』にしかならないからだ。ヤバい世界の住人だからこそ注意する。
何らかの情報を知られた程度で殺害(死か昏睡レベルでないと、後々にマイナスの材料にしかならないため)まで至るのは三流以下だもの。
まぁ、月城さんがそんな下手を打つはずがなく、落ち着いた一之瀬が切れ切れに零した話から繋げるにこういうことだろうな、多分。
あっ、当然だけど、この件は僕に預けてもらえるよう一之瀬には口外しないよう固く言い含めた。月城さんとの約束でもあったからな。
ついでに「最終日に僕と清隆が揃っていなかったら助けて? 代わりになんか困り事があったら僕に投げていいよ」って、保険も込みで一之瀬に頼んだら一応の安定感が戻った感じだったので、変に暴走することもないはずだ。
ちなみにその後は医療用テントに一之瀬を放り込んだし、たまたま港に居た担任の星之宮先生に任せたので、これ以上僕にとって特筆すべき出来事はない。せいぜいシャワーを浴び、坂柳さんに報告を入れ、四方にも一応一之瀬を拾ってきたと伝えておいただけだ。
なんにしろ、指定エリア切り替え時間にかかってたこの一之瀬の件もあって、昼前に1つだけB6のランダム指定エリアをスルーしてしまったものの、13時のC5と15時のC3は着順ボーナス1位も付いてきた。勿論、7時の指定エリアであるE9を踏んでいる。
課題は相変わらず全く受けてないが、現時点で僕のグループは196点。試験とついでに植生レポートの進捗は順調と言っていいだろう。
今晩の夜営地にした池の畔で天体観測しながら考えてたのはそれだけだ。
僕と周囲になんか異様なほど熱量と認識の差があるように感じるのと、まだ無事に試験が終わらない予測から目を逸らして……。
まぁ、気のせいだとは思うが。
この月城と一之瀬のイベント、原作と1日ズレてますが仕様です。
月城は彼がするだろう八神への対応が入ってきたのでその対処に当たっていて、一之瀬は聞いた内容と腕時計が壊れるタイミングがズレました。
リザルト6(7~8日目)
7日目は1得点、8日目は23得点。それまでの172点に加算すると、196点。
ちなみに夢月が着順ボーナスを得られるのは、他のグループが最低限しか踏んでないのと、雨天中止の翌日で課題に集中してるグループが多いからでもあります。一之瀬を運んできた港付近に人が少なかったのも同じ解釈。
あと夢月は4日目の偶発的に発生した山登り課題以降は全くしてませんが、人と交換したり分けてもらってたり、また島を散策しながら作ったりして食料は集めてたり。