ようキャ   作:麿は星

199 / 199

 無人島9日目。



178、未来

 

 C3にある池の畔で一夜を明かした翌日の朝6時半頃。

 僕は手早く飯だけ済ませて、シャワー代わりに池を自由に泳いでいた。少し冷たいが寝汗をかいていたのでそれがいい。

 水着を手に入れててよかった。あと一応、盗難対策で防水袋にバックパックごと入れて頭に括ってある。伸し泳ぎだとこういうことができるから好都合である。

 

「左───! …ざけ……ってこいっ!!」

 

 ん? 岸の方からなんか大声を上げてる人達がいる。

 そういえば、鬼龍院先輩と遭遇した山登り前にもいたっけ? 元気な奴らだ。手を振り返しておくか。

 でも桐山がいるのがわかるだけで他は知らない人達だし、勘が反応した。関わらんとこ、と。

 

 なので、とりあえず彼らはスルーして反対側の岸に上り、身体を拭いてジャージに着替える。そしてこちらに向かう足音から逃げるように森の奥へ───行くように見せて素早く葉が多く繁る木に登った。僕の逃走スキルなら音を立てずに登るのも容易いことだ。

 

「GPS反応は!?」

「まだ近くにいるはずだ、探せ!」

「いや、こっちに痕跡がある! 追うぞ! ここでまごまごしてたら、また逃げられる! 下級生に接触すらできず、妙な歌やシャウトを聞かされるわ、雨と異常なイベントで足止めを食らうわ、燻製の煙で焙られるわでここ数日は散々だ! おちょくられて逃げられましたなんてもう我慢ならねぇ!」

「待て三木谷! 冷静になれ! もう片方の奴と違って、GPSサーチを掻い潜ってくる相手だ! じっくり索敵できる朝にしか接触のチャンスがないんだぞ!? もっとしっかり」

 

 へー。誰かを探してるのか。痕跡ってなんのことだろう? えーと、ひーふーみーよー、って9人も男子がいる。

 樹上で話を聞いてると、喧嘩慣れしてそうな三木谷って奴が桐山に窘められてるし、この人数なら南雲の指示を受けた3年生かな。下級生とか言ってるし、大変だなぁ。

 てか、朝にしか接触チャンスがないって、時期限定の幻のモンスターかよ。そんなの探してるなんて、ホント大変だなぁ。心から同情する。

 

「うるせぇ桐山! ならその片方を押さえりゃいいだろうが! そっちの方がまだマシだぜ! あんの野郎、コケにし腐りやがってぇ……!」

「あっ、三木谷! 待てと言うに……! くっ、しかたないか。追走する。全員フォローできる位置を崩さないよう進むぞ」

 

 あ、行ってらっしゃい。もう二度と来ないでね。

 まったく。せっかく泳いで清々しい朝を迎えたというのに暑苦しい。話かける気さえ失せるじゃないか。

 ここは坂柳さん経由で一之瀬からもらったバナナでも食って、気分転換してから出発しよう。

 

 バナナを食い終わると、ちょうど7時の指定エリア通知がきた。D4だそうだ。

 少し東に向かうだけでいいなんて幸先良いな。

 大きく伸びをして先程の奴らを脳内から消し去り、僕は歩き出す。

 今日はいい天気だ。

 

 

 

 D4ではまた着順1位。いいね。

 波に乗ってる気がしたので、9時までに課題なんかも探してみちゃうか。

 そうして課題を流し見てると、面白い課題を発見した。

 

 簡易IELTS(アイエルツ)である。

 

 日本で通常の英語技能のキャリアと認められるのは英検やTOEICが有名で、大抵は知識系を抜いて英語知識のみにしたテストの点数が指標となる場合が多い。最低600点が~とか、大学院には900点前後が目安で~とかだな。

 しかし留学ならまだしも海外勤務になると、このTOEICは意外と日本限定のキャリアでしか役に立たなかったりする。なぜなら、英語能力のみだからだ。

 

 事実、海外では学術系も含む様々な分野を試されるIELTSやTOEFL(トーフル)が受験者のほとんどを占めていて、当時の同僚と一緒に外国語が苦手な『俺』の頃にそっちを受け直したこともあった。

 日本在住で英語能力が必要なら、ほぼ確実にTOEICの方を受けていたのに、である。

 関係ないが、こうした経験が何度もあったからこそ僕の暮らすこの国は一部の分野を軽視してると確信してしまう。

 

 ともかく、あの面倒な二度手間を避けるため、いずれは海外用か実践用?のTOEFLかIELTS、TOEIC®を受けるつもりだったから、この課題は良い予行演習になる。

 僕は高校卒業したら世界を旅するつもりなので、経験もフルに使ってこの苦手だけは克服しておかないとな。

 

 出現場所もD2の南らへんで、D4の北端付近にいる僕には行きやすい。人数制限は30人だ。

 これは行くしかないだろうと急ぎ足に向かってみたら、到着が遅れたのに意外と参加人数が少なくてギリギリ2枠(僕と遠隔参加の四方のぶん)に収まる事ができた。

 あ、それと最後の枠には高円寺が滑り込んできた。

 

 ちなみにこの課題に僕が来た時には少し驚いた顔の南雲や朝比奈さんもいたが、やはり頭や要領の良い奴にはこの課題が学校では珍しく先々で価値があるとわかったのだろう。

 獲得点数は参加賞の1点とスコア5.0以上(リスニングとスピーキングがなく、時間も30分。しかも簡易が付く以上は正式なモノじゃないだろうけど)で水だけなのに、こんな面子が揃ったのだから。

 

 月城さんの影響かはわからないが、なんとなくあの人がいたからこそねじ込まれたわかる人にはわかる実践に役立つ課題なのかもしれない。

……清隆や坂柳さんには悪いけど、もういっそ代理とか取り払って、ずっと理事長やってくれないかなぁ。おそらく僕が知る限りで、この学校に最も良き改革をもたらしてるの月城さんなんだけど……あの人の仕事からして流石に無理、か。残念でならない。

 

 特別試験を度外視したような課題のためか、今回は南雲達に話しかけられることなく、始まるまで高円寺と穏やかに世間話できた。

 なお、結果は僕と四方、高円寺、朝比奈さんが6.0~7.0で水をゲットできた。ちなみに南雲が7.5でトップだ。これ以外に5.0を突破したのは姫野、堀北、殿河の3人だけだった。

 それにしても、本物のIELTSだったらどうだったのか僅かに興味深いものだ。

 

「おい南雲! 何故、こんな非効率な課題のために得点を無駄にする!?」

「お前は状況わかっているのか!? 今は左京や高円寺も何故か同じ課題を受けに来てるみたいだが、どんどん差が開いてるんだぞ!」

「しかも上位には5位の1年宝泉グループ、6位の2年龍園グループ、8位の2年葛城グループ―――10位の綾小路グループだ! 早く対策を打たないと……!」

 

 課題終わりに朝にも目撃した桐山達の9人組が現れ、何人かが南雲に食ってかかっていた。たしか1人は三木谷、だったか?

 それにしても、清隆も10位まで上げたんだな。正直、ギリギリまで10位未満でのらくらやって、後半のスパートに賭けるかと思ってた。それだと足りないと考えたのか。

 

「へぇ? 俺が意味のないことをしていると?」

「そ、そうじゃねぇ! でも順位関係なく得られるものが少ない課題を受けてる場合じゃねえんじゃねぇかと」

「課題というか特別試験を疎かにするつもりはない。だが、これまでこの学校にはなかったタイプのこの課題は受けておく価値があるさ」

 

 ああ、南雲が言うならやっぱり月城さんが導入したのかもな、こういう課題。

 

「南雲。それは今でなければ駄目だったのか? 正直、上位の過半数を下級生に取られて、みんなだんだん焦ってきている。本当に大丈夫なのか?」

「なあ桐山。左京と高円寺がここにいる事実を考えてみろよ。後輩のアイツらはしっかりした将来のために必要な行動を取っているぞ。勿論、俺もだ。お前ならわかるだろ?」

「……」

 

 うわぁ、スッゲー不服そう。もっと余裕を持てよな。

 多分、桐山達が言ってるのは、付近で同時多発的に出現している高効率の学科課題のことだろう。1位10点のものが僅かな時間差で出現してるから、全部を効率的に廻れれば大量得点が期待できる。

 こちらは1得点に水だからな。試験だけを考えるなら比較にならない。

 

 ただ、高校卒業後への投資という点に絞ると、国際的な仕事も視野に入れているなら簡易とはいえIELTSは有益だ。おそらくこうした未来への先行投資な匂いがする課題は月城さんの仕込みだろう。

 高円寺が来てたのも納得というもので、南雲や彼の周囲にも国際関係の進路を考えている者がいたのだと思われる。逆に桐山や三木谷は進路より試験で勝つのが優先ってことだ。

 

 つまり、昨日から出現しだしたこういう課題と周囲の高効率課題は選別か。試験での目先の利益やコスパ・タイパより生徒自身の未来を重視できる奴の目星を付け───清隆やその同格レベルを『あるポイント』に誘導する、なんて感じ。

 実際、3日目に清隆と話した時、少し毛色の違う歴史の課題を受けたと言ってたし、実験的に最初から混ぜていたのだろう。そして月城さんポイント的なのが一定ラインを越えた時に、最後の試しに収束していくと。

 なるほど。それなら南雲や高円寺は、生徒会長や実家がどうとかでなく高く買われてるかもな。清隆『用』に作った網に引っ掛かったのだから。

 

「安心しろよ。巻き返すのはそう難しくない。そうだな、明後日に証明してやろう」

「……本当だろうな?」

「ああ……。勝つだけなら簡単だ」

「信じるからな」

 

 しかし、自分の考えはなく、勝ち馬に相乗り上等の風見鶏かよ。空気を読んでいると言えばそうなんだが、やはり聞いてて不快に感じてしまうな、桐山も含むあの取り巻き達の『信じる』って。

 

「Hmm……醜いねぇ。あれでは忠犬にもなりきれていない駄犬だよ」

「言ってやるなよ、高円寺。たしかにそうだけど、むしろ南雲が先を見すぎてるんだ。それに優秀程度の凡人が付いていくには経験値が足らないんだろうさ。それだけじゃないけど」

 

 桐山や三木谷なんかは能力や個性に差はあっても、『知らない』からこうなるのだろう。学校の価値観に染まっている証拠だ。試験&勝利第一主義っていうな。

 雰囲気からすると南雲は結果ややり方はどうあれ、これまでもこうして学年をまとめてきたのだと想像が付く。

 僕もそういう部分があるから少しわかる。話が通じないから放置や切り捨てに舵を切ってしまうのはしかたないことなのだ。南雲も高3の17、18歳でしかないからな。

 ちょっとくらい借りを返しとくか。

 

「おや? なにか思い付いたのかね?」

「あー、思い付いたってか、ちょうどお前もいるし、孤高と孤独の違いを示し───そして挑戦でもしてみようかな、と」

「孤独と孤独……?」

 

 うわっ、ビックリした。高円寺と話してたら、いつの間にか近くに堀北さんがいた。高円寺は気にしてないみたいだけど、なんか妙に僕達を見てるのはちょっとドキッとするな。ナニに反応したんだろうか。

 

「Hmm……岩場に見えるアレを利用するのか。だが、男に手を貸すのは気が進まないねぇ」

「結果的にそうなるかもってだけだから。南雲にはいずれ対策しないと先がキツくなるし、それならお互い気分良く競う方が楽しいだろ。ついでにポイントもそこそこ付いてくるんなら、やる価値はあるんじゃね?」

「ふっふっふ。いいだろう。ささやかな私のリベンジにもなる。では快進撃に転用させてもらうとするか」

「お、サンキュ。んじゃ、いっちょ誘ってみっか」

 

 前は僕が誘われたし、たまにはこういうのもいいだろう。

 

「おーい南雲ー! これからあっちで僕と勝負しなーい? 約束を果たす第一段だー!」

 

 とはいえ、近寄り難い雰囲気で話してる3年生達に割って入りたくなかったから、大きめな声で挑戦を呼び掛けてみた。

 

「あー!? ようやく挑んで来やがったか! 上等だよ左京この野郎! 受けて立ってやるよ!」

「南雲! 内容も聞かないうちから乗るな!」

「……うるせぇな。俺にとってはこっちの方が重要なんだよ。邪魔をするな」

「……っ」

 

 高円寺もそうだが、南雲もほとんど何も言わないうちに意図を汲み取ってくれるから、僕としてもやり甲斐がある。

 一瞬鋭い眼光を向け何事かを話して桐山達を黙らせ、こちらへ歩いてくる南雲に手のひらで先を示して答える。

 

「で、なにで俺に挑むつもりだ、左京?」

「アレだよアレ。前のクロスカントリーでは負けちゃったからな。今回はリベンジできたらなって」

「ん? 地理から考えてE2かE3あたりに出現する天然アスレチックのタイムアタック…のスタート、もしくはゴールか? タブレットにはまだ出現してないが」

「面白そうだし、報酬も期待できるかもしれないぞ? それに高円寺も乗ってくれるってさ」

 

 何故か南雲が来たあたりから手鏡で身嗜みチェックを始めちゃったけど、高円寺は有言実行の申し子。一度でもその気になって口に出したら、余程の事がない限り約束を反故にはしない。それは高円寺の考える美しい在り方に陰りをもたらすからだ。

 こういう部分も僕は少しわかるので、早苗や四方、清隆とは違う意味で気が合うのだろう。

 

 そして、ゆえにこそ桐山含む南雲へ抗議してた奴らに僅かに苛つくのかもしれない。目の前で『わざと』やっていた抗議を聞いてても、約束を守らないで自分の利益や目的のみが最優先な雰囲気がプンプンしてるのだ。なんとなくの勘と高円寺の言った事を勝手に解釈しただけだが。

 まぁ、勘に過ぎないのはわかってるから、敵にはなりえないか。

 

「……ふ、ふふっ。堀北先輩以来かもしれねぇな。勝負ってだけで、ここまで心が沸き立つ相手ってのは。できればお互いに最高の条件を揃えてからやりてぇが」

 

 この妙に勝負になるとテンションの上がる南雲はその限りじゃないが。というか、常に敵味方の境界線で反復横飛びしてるからケースバイケースなんだよな、コイツ。

 だから、僕としてはなるべく縁遠くなりたいのに……なんでこうなった? 天才なんて他にたくさんいるのに。

 

「そこまでは絶対にごめんだ。面倒すぎる」

「そうだな。今日のところは高円寺がいるってだけで満足しておくか」

「二度とごめんだって言ってるだろ、聞けよ」

「釣れないなぁ、左京夢月。

―――まぁ、過去は無限にやってくる。だから、今を楽しまなければ意味が無い。今の一瞬に敵う物はないからな」

「だからお前は乗ってきたのか。清隆とか…もうこの学校にいないけど学とかそのへんの同格を相手してくれよ、頼むからさ」

「ククッ。そこで目の前にいる高円寺じゃなく綾小路や堀北先輩を出すあたり、やっぱりお前は話が通じるじゃねぇか。それだけで俺とやり合う資格は充分だ」

 

 はぁ。自分サイコーで無謬なのを疑わない、って読まれて喜ぶとかホント…なるべくなら敵にはしたくない好事家タイプなんだけどなぁ。

 ただ、周囲が大変そうなのと借りを返すために、今回は一応全力を尽くしてみるか。勝ち負けはともかく……多分、そこそこのラインなら越えられるだろ。

 

 

 

 僕達が見つけたのは、以前のクロスカントリーで見たようなスタートやゴールっぽいテントで、しかも木や崖に旗らしきモノを付けている作業。

 おそらくあの旗をチェックポインにしてタイムを競うタイムアタックだろう。なにより好都合なのは、IELTSの課題跡地付近に見えるように設営している点だ。IELTSの参加者や上位者への優遇措置もあるかもしれない。

 

 そして駄弁りながら開始地点へ移動していると、その予想は間違ってなかった。

 IELTSや7時頃に行われたという近代史・司法試験の課題のどれかが参加条件の特殊課題だったのだ。ちなみに高円寺は近代史、南雲とそのグループメンバーは司法試験の課題も受けてたらしい。

 ちなみに南雲達が受けた司法試験擬きはともかく、高円寺の受けた近代史の内容がなかなか興味深くて話が盛り上がった。

 

「ホロコーストだよ。夢月はどのような推移でこの『火の燔祭』がそれぞれへ名付けられていったか知っているかね?」

「ああ。キリスト教の神様への捧げ物を火で焼き尽くして天へ送る生け贄の儀式が、最初は広島と長崎の被爆者を焼き尽くした核兵器の使用を意味することになったんだっけ。でも、それじゃあ核兵器を正当化したいキリスト教の国の都合が悪いから、1980年前後にナチスのユダヤ人虐殺を意味してた『ジェノサイド』を『ホロコースト』に変更したんだろ」

 

 どうしてその名前が付いたとか、言葉の意味が変化していく過程は学校や塾ではまず教えられないから珍しい。

 ジェノサイドの意味がユダヤ人虐殺から一般的にはただの虐殺になって、なんでそこからホロコーストに変化したのか。無差別爆撃の方のホロコーストが言われなくなったのは何故なのか。

 興味を持って自分で調べなければスルーしてしまうだろう。

 

「その通り。かつては原爆や焼夷弾による無差別爆撃のことがホロコーストで、ユダヤ人の虐殺を示す言葉として作られた言葉がジェノサイドだった。しかし、アメリカの国際法違反を誤魔化すのにこれでは具合が悪い」

「だから、用語をすり替えたんだろうな。せめて敬虔なキリスト教徒を気取る奴は違和感に気づけって話だが」

「無理だろう。不名誉なジェノサイドをホロコーストと呼ぶことにも反発すらほとんどなかったらしいよ。当時のメディアもテレビ番組を作って大々的にすり替えしていた、と聞くからねぇ」

 

 こうした例は調べるといくつか出てくる。

 まぁ、高円寺はぶっちゃけてるが、課題で出た問題の裏を読んであっさりここへ辿り着いたのだろう。天才達と話してると、ままあることだ。

 

「そういえば最初のユダヤ人虐殺事件の報道自体も、ニューヨーク・タイムズ紙のユダヤ人による実際に起こる前の捏造記事だったな。南京大虐殺と似た理由か。ま、ヒトラーというかナチスが売り言葉に買い言葉で、記事から数年後に記事通りにやり返してプロパガンダを実行したのが更に馬鹿すぎるが」

「あれこそ双方の自業自得だよ。世界最大の迫害国だった当時のソビエトやフランスを追い出されてドイツに保護されたユダヤ人が、技術貢献などの功績を笠に着て恩を忘れ仇で返せば、報復されるのはある意味で当然のことだ。僕だって殴られたらやり返すからな」

「ははは。夢月は本当に即座に動くからねぇ。あまり自分自身のことでは気にしない場合も多いがね」

 

 こういう“高校生らしい”話をするなら高円寺だな。

 基準を高円寺レベルに設定して一時的に自分をそこへ持っていくことで、高円寺本人のみならず南雲、早苗、清隆、天沢などにも一定レベルまで対応できるようになる。

 口には出さないが、高校生における師と仰いでも違和感ない男だ。

 

 つまり、やはり栄一郎や七瀬達がおかしかったのだろう。

 彼らの境遇からするとしかたないかもだが、高校生の基準が狂ってしまったのか。可哀想に。

 一般ルートへ引き戻すなら、今度また機会を見つけて高円寺や鬼龍院先輩、あるいは早苗との話を聞かせてみよう。完治は難しくとも、少しくらいは理解まで届くかもしれない。経験を多少は要したものの、凡人の僕でさえある程度は届いたのだから。

 まぁでも、今は適当に駄弁ってるだけでいいか。

 

「……あんまり日本も他所のことは言えないけどな」

「在日外国人か。主に何処の国とかは言わんけど」

「左京、お前。さっきからイチイチ発言が危ねぇんだよ。せめてここだけの話とか付けとけ」

「ここだけの話、南雲も結構危ないと思うぞ」

 

 そして南雲も丸暗記じゃなく、深くまで調べてるんだな。

 似た系統の話を鬼龍院先輩や早苗としたこともあるけど、大抵は微妙な着地点になったりするし、おそらく結構な割合を思い込みが占める精神構造などの要素が女全体の大局観に影響を与えているのだろう。政治や深い部分の歴史・経済なんかの話は、圧倒的に男の方がしやすい。

 

「しかし、お前らイイ性格してるな。あまりイジメないでやってくれよ?」

「そのつもりは欠片もないのだけどねぇ」

「右に同じく。ちょっと興味深くて熱が入っただけだ」

「無意識なのがまた……。俺としちゃ別に構わないんだかな」

「ならいいだろ」

「ふぅ。コイツらの同級生に同情するぜ」

 

 とはいえ、それも高円寺や南雲などの一部だけだ。見た感じポカンと聞いてるだけの桐山達3年生や堀北さんとかの大多数は、ホロコーストの話が当て擦りにも解釈できることに気づいていない。朝比奈さんは微妙な顔してるのでわからないが。

 

 簡単に言えば、これはこの学校がよくやる物事のすり替え、その歴史バージョンの応用でしかないしな。なんせ『社会の縮図』なんて言ってくる学校だから、たまには使ってやらないとね。

 尤も性格や能力の関係上、察してはいても言葉通りその気はない…というか、有象無象にほぼ興味がない高円寺にとっては、ちょっと不快だったから乗ってやったって程度だろう。

 

 てか、他はともかく、堀北さんが付いて来てる? なんで? まさかあのあからさまにアスレチックな課題に、彼女も参加するつもりか?

 一応は彼女にも参加の優先枠があるし、獲得得点も高そうだけど、怪我のリスクを考慮するならスルーして違う課題に向かいそうなものなのに。

……ま、高円寺や南雲が忠告しないなら多分大丈夫だろ。櫛田や龍園とかが関係してない限り、もう潰される立ち位置じゃないし。

 

 

 

 というわけで、忍者の鍛練みたいな課題の受付をした。

 あ、スタートが1人ずつだったから、順番は公平を期して担当だった3年Bクラス担任がくじ引きで決めた。高円寺がトップ、僕が2番手、南雲は5番手だ。

 

 ちなみに参加人数上限は20人で、1位から順に20点、15点、10点が獲得できる。更に1人あたり5分クリアが目安らしく、時間内にゴールできれば3得点とアルファ米セット(3食分)は貰えるようだ。それなりの大盤振る舞いのためか、新規参入の奴らも加えてすぐに枠は埋まった。

 

 崖の中程にチェックポイントの1つがあり、落下が予想される場所と全部で3つのチェックポイント付近には広めのネットやマットもある。安全策を取るなら慎重に時間をたっぷり使うのが無難だろう。おそらくそれでも5分はギリギリ切れるはず。

 ただ……高円寺や南雲が安全策でなんとかなる相手ならの話だが。

 

 タイムアタックのため、後発になるほどルート構築で有利になる。前の走者を参考にできるからだ。

 ネットを伝う箇所もあり、登攀・下降する必要もあり、単純にバランス感覚を要するルートも存在している。全てのチェックポイントを効率的に通過するルートでクリアするには、身体能力や判断力の次に重要な要素だろう。

 

 つまり完全初見の1番手である高円寺はそれだけ不利だったはずなのだが、なんと1分53秒という凄まじい記録で踏破しやがった。それも裏技染みた真似もせず、正面突破としか言えないやり方でだ。あの筋肉質な身体で軽やかに移動を繰り返す筋力や即座に最短ルートを選ぶ判断力は、おそらく誰にも真似できまい。

 まして上回る、もしくは追い縋るには、相応のリスクを背負わなくては足元にも及ばないだろう。

 だから、僕は相応のリスクを覚悟して課題に挑戦することにした。

 

「ふぅ、2番手だったおかげで一息つけて完全回復。さて、やるか」

「こういう時の左京は、本当に心臓に毛が生えてんじゃねぇかなと思うぜ」

「ね。どういう神経してるんだろ。高円寺君と雅の間の順番って、最悪一歩手前くらいのプレッシャーがかかりそうな状況なのに……」

 

 聞こえてんだよ、南雲この野郎。あと朝比奈さんも。

 そんなのは終わるまで忘れればいいだろうが。

 プレッシャーをかけられて仕事させられるのなんて社畜の日常なのだ。当然、僕は対処法を心得ている。

 

 なので、僕は高円寺のルートを自分のできる部分だけ参考にしつつ、ショートカットを狙うことに集中する。

 当然だが、ネットやマットは確認の上、タイムを計算に入れてギリギリまで可能なラインを見極めて実行した。

 具体的には、崖のチェックポイントから伸びてた蔓に飛び付いて、ターザン的な天然ジップラインで滑り降りた。

 

 下に安全のためのネットがあったし、着地点のマットに飛び込めば、近くで最後のチェックポイントの大きな樹木への大幅ショートカットになると思ったのだ。

 ターザンだけに「あっああーーー!!」と怖さを誤魔化す雄叫びが対外的にアレだったかもだけど、なんとか成功させることができた。

 

 しかし、そこまでやってさえ、高円寺の記録には届かず僕のタイムは2分30秒。固めだが、カップ麺にちょうど良いタイムである。しかも受付の先生に怒られ、高円寺と南雲以外からはめっちゃドン引きされた。高円寺と南雲はなんかいやにテンション上がってたけども。

 僕の身体能力だと、これが一番早いと思っただけなんだけどなぁ。何故に僕はこう一般ウケしないのか。

 

 腰が引けたような3番手・4番手を経て、5番手の南雲は……予想はしてたが、トップ層の中でも上澄みだろう運動神経抜群な動きだった。

 尤も、単純な身体能力やパワーなら高円寺に譲るかもしれない。だが、思考速度と身の軽さでは匹敵するか上回る可能性もある。

 

 事実、南雲のタイムは2分5秒で高円寺を上回りはしなかったものの、素晴らしい快挙を見せてくれた。

 これの何が凄いかというと、勝ち負けじゃない。南雲の独自ルート構築能力だ。

 そう、高円寺とも僕とも違う最短ルートを割り出すRTA染みた思考能力。僕がやったショートカットじゃなく、プロップフライやロングジャンプとかの実現も彼なら夢ではないかもしれない。いや、流石に空を飛ぶのは無理か? 跳ぶならともかく。

 

 ふむ。ゲームシステムを現実に描き出す夢は南雲と清隆に(勝手に)託すか。高円寺はチート系を嫌いそうだしな。

 なんにしろ、常識の範囲内なら間違いなく学内…どころか同世代最優候補の一角だろう。

 

 そして、なによりも見直したのは南雲の真摯さというか取り組む姿勢だ。普段がどうあれ、僕や高円寺の足跡を辿らないでなるべく同条件で受けて立つ勝負への心意気。

 高円寺がどう見たかは知らないが、個人的には挑戦者として見ると理想的な在り方だと思う。いつか乗り越えてやるとか、どんな方法を使えばいいかとか試行錯誤しやすいって意味で。

 

 前に学が警戒しつつも高く買っていたのもわかる。勝負事には真摯というのは、こういう部分だったのだろう。

 ま、スッキリした顔で非常にウザく僕に勝ち誇ってきやがった普段はともかく(二度目)。

 ハッ。お前の後ろで、焦ったのか現走者の桐山がネットに落下してんぞ、バーカバーカ! とか返してやった。

 

 全員が課題を終える前に高円寺が飽きて去り、僕も9時の指定エリア予測地点へ向かいながら喧嘩別れみたく負け犬の遠吠えっといた。

 最初から全てを見ていた朝比奈さんと堀北さんにすごく冷めた目で見られたが、見栄切って負けた照れ隠しなのでしかたない。

 ただ、これがいつも通りの僕達だろう。

 

 結局この日、僕は指定エリアで合計24点。IELTSと天然アスレチックの課題で計12点。あとアルファ米を3食が無人島サバイバル9日目の成果になる。

 196点にプラスして232点で2位か。

 

 だが、203点で3位の南雲グループは、ここから追い上げてくるだろう。なんせ普通に7人グループ全員で到着得点を得ていくだけで、最低でも1日に28点は確保できる。勿論、今日目撃したような課題で得点を狙える南雲を筆頭とした精鋭らしきグループメンバーやグループ外の3年生を統率する力も脅威だ。

 どういう未来を想定しているのか不思議と楽しみになってくる奴である。





 リザルト7(9日目)
 夢月グループは、到着得点4点で着順ボーナス20点の24点。IELTSと天然アスレチックの課題で12点(四方のぶん含め)。
 合計、232点。
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【2年生編開始】新入生のみなさん!よう実ラジオのお時間です!(作者:やさかみ)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

学校の放送権を使ってラジオ感覚で学校の秘密を流していく話にしようかと思えば放送権が1分五万だと知った結果、どんどん流す余裕なんてないじゃんとなった話。▼ 一年生編3/15完結。▼ 4期に合わせ4/8、2年生編開始。


総合評価:2361/評価:7.7/連載:76話/更新日時:2026年05月19日(火) 12:02 小説情報


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