一之瀬の話し方・笑い方で四半刻ほど悩んでしまった。
ゴールデンウィーク前半は星見と延々とだらだらできる充実した休日であった。ただ後半のバイトの日に、青娥さんの新しいパソコンの設定とLANケーブルの断線への対処が発生した。問題自体は大して難しいものでもないのですぐに解決して終わったのだが、後ろで僕の作業を見ていた青娥さんと佐倉が大げさに感心したり喜んだりしていたのが少し落ち着かなかった。
詳細は聞き流したが、なんでもこれからの佐倉の主な仕事はこのパソコンで行うことになるようで、ネットが繋がらないとどうしようもなかったとのこと。偶に青娥さんと出かけて撮影会したり、自撮りした画像や動画の使い道はこの仕事が理由らしい。
先月末の宣言通り佐倉は、勉強や運動ではないが頑張っているようだ。
必要なら手を貸すと約束したようなものだし、今回程度のことでも助けになるのならまぁいいかと、僕は笑いあっている二人を背後に使いやすいフリーソフトを入れる作業に戻った。
そのようにゴールデンウィークを謳歌した僕だったが、何事にも始まりがあれば終わりがやってくるもので、本日5月7日は登校しなければならない。本当はこのまま2度寝を決め込みたいのを我慢して、僕は連休前のルーチンに切り替え行動を開始した。
「四方、東風谷。おはよ」
4月中に繰り返していたルーチンは意外と正確で、ホームルーム直前のいつも通りといえる時間に登校できた。なんか珍しく四方の席の周りに人が集まっていたので、自席まですり抜けて行くのが少し面倒だったが、なんとかロスなくたどり着いて二人に挨拶する。そしてそのまま準備をしようとすると、四方の周りにいた一人である一之瀬から声をかけられた。
「あ! やっと来た! 左京君、もうすぐホームルームだから手短に言うけど、お昼に少し時間がほしいんだけどいいかな?」
「ん、わかった」
一之瀬が声をかけてきた理由は、おそらくPPの収集だろう。
休み明けに具体的な決定をすると明言していたし、銀行は設立できないにしろポイントは集めておいた方がいいという判断なのかもしれない。僕としても、全額徴収とか無茶を言われなければ異存ない。
それに考えてみると、一之瀬を含むほとんどの人と連絡先も交換してなかったし、Bクラスのグループチャットにも参加してなかったので、伝達手段が細い者に対する対処である可能性もある。
昼休み。
今日の昼食は学食の日だったので、一之瀬との話をさっさと終わらせてしまいたかった僕は、授業の終わりのベルがなって先生が出て行くと同時に席を立って一之瀬の元に向かった。ついでに一之瀬に用事もあったので一石二鳥だったのである。こういうことは勇気と勢いがあるうちに済ませておくのが僕のモットー、ということにしておこう。
まだ授業の片づけをしているクラスメイトたちを尻目に教室を横断して進む。普段ほとんど見ない奴が我が物顔で突っ切っているのが珍しいのか微妙に注目を集めているが、目的への最短経路が見えているのに回り道する気にもなれずそのまま一之瀬へ直進した。
「あっ、左京君。ちょっと待っててね。今」
「気にしなくていい。とりあえず僕がやれることだけ済ませるので一之瀬……さんはゆっくり聞き流しててくれ」
一之瀬の都合を無視するつもりはないので、まず彼女が聞いているだけでいい用事を済ませることにする。
「改めまして。左京夢月です。既に知っているかもですが、よく考えたらほぼ話したことなかったので忘れている可能性を考えて自己紹介を先に」
「いや!? 先週あんなインパクトを与えられて忘れる奴とかいねぇから!」
「何だよ、割り込むなよ柴田。そんなのわからないだろう」
「にゃはは、流石に左京君を忘れるのは難しいかな」
「えっ、そう? じゃ、もう一つの用事を。
……以前は無礼を働き、真に申し訳ありませんでした!」
どうも忘れられているということはなかったようなので、自己紹介を省いて次は謝罪に入った。きちんとした姿勢で90度に折り曲げた礼の謝罪である。これだけの本気を見せたのだから許されたと思ってもいいのではないだろうか?
「え? え? なんで謝られたの私!?」
「―――っ! ツッコミが雪崩と渋滞起こしてて、なに言えばいいのかわからねぇ」
「ふぅ。スッキリした。
ああ、あとこれ僕の連絡先な。登録は一之瀬……さんにお任せするよ。それから、クラス貯金の振込先はいつでもいいから教えてくれな」
これでとりあえず僕側からの用事は済んだだろう。
あとは一之瀬から何の話があるか次第だが、多少待っていればいいだけだ。ちょうど柴田が立ち上がって内なる敵と葛藤してるっぽかったので、柴田の席に座って待たせてもらうことにした。
「つまり、前に私や神崎君に偉そうな態度をとった事を謝ったと。そっちは忘れていた、というか気にしてなかったなぁ」
「これは言葉を省きすぎだろう」
「いや、神崎。言葉だけじゃない。行動自体や説明を含めて色々突然すぎる上に足らなさ過ぎる」
「……で、お前はなにをやってるんだ?」
「昼食のついでにおにぎり握って一食浮かそうとしてる」
しばらく待っていただけだったが、神崎と四方が介入したことにより事態は収束を見せていた。二人のおかげで、このままでは昼を食いっぱぐれる可能性に気づかされた者達が、共に学食に向かう選択を選ぶのは必然だったのかもしれない。そして、そうなればクラスの指折りのコミュ力・知性の強者達である。学食に行くまでの道程での聴取で大体のことがつまびらかになったようだ。
現在は学食で、一之瀬はなにやら物思いに耽り、神崎と四方は僕をディスりながら意気投合しており、柴田は僕が作っているお握りに興味があるのか質問してきた。
「それってやっぱ節約の為か?」
「節約の意図もあるけど、単純に放課後に屋上とか公園とか行って腹減ると面倒だから、予め夜飯になる物を用意するのが癖になってるんだ」
「だから、から揚げ定食と山菜定食二つも頼んでたのか」
「うん。学食に来る時はラップや水筒を持ってきて、再度食べる時用にもう1食になるよう調整するだけで手間もほぼかからないのがいい」
定食ならお握りの具にも困らないし、山菜のようにそのまま具にもおかずにもできる物も多く、味噌汁は1杯分を専用の水筒に入れれば、下手な弁当よりも豪華な夜食に早変わりだ。
そしてそれぞれの食事が終わり、一之瀬というかクラス貯金に3万PPを振り込んで、僕が連絡先を交換していなかった一之瀬と神崎と交換したり、グループチャットに参加して話が一段落ついたのを機に、一之瀬の話を聞いてみることにした。
「それで一之瀬……さんは、僕に何の話があったんだ、ですか?」
「クラスメイトだし、普通に話していいよ。
……実は定期テストの赤点対策について昨日グループチャットで会議したんだけど、勉強会をすることになってね。良ければ左京君と四方君も教師役になってくれないかなって」
「う~ん、悪いけど先約とバイトがあるからあんまり時間は作れないし、前の小テストの点数で教師役選定してるんだったら、偶々知ってることだったから高得点になっただけの僕より90点以上を普通に取った奴のほうが適任だと思うよ。
……それに」
実際、あの小テストの結果で教師役選定するのはやめた方が無難だと思う。
問題傾向とか以前の出題だったし、むしろあの難題を解いたのが僕のような2度目の奴以外にもそれなりにいる事が驚きだ。そういう解答できた奴から教えてもらうのが、真っ当な学力向上の観点からは有益だろう。
「それに、なんだよ?」
「いやぁ、僕って授業以外で勉強とかしないから、多分教え方めっちゃ下手だよ? おまけに退屈しだしたら、勉強してる横で寝たり本とか読んだりするよ? そんな奴に教えてほしいか?」
「あ、それ俺もかもしれない。流石に邪魔するようなことはしないけど、どうやって助言すればいいのかまったくわからない。それに誰かに教えたこともないし」
「……」
「四方、お前もか……」
僕は教師役には不適格すぎる。
それでも佐倉や東風谷のような遠慮が少ない友達にはなんとか教える段階にたどり着ける自信もあるが、名前すらほとんど覚えていないクラスメイト達には教えるどころか会話段階で躓くこと請け合いだ。
そして僕ほどではなくとも、四方もあまり向いていないのはなんとなくわかっていた。
四方は熱中したり夢中になったりして、集中した状態で真価を発揮するタイプだ。
これまでの付き合いで勉強にはそこまで熱心でないのが8割方判明しているので、授業では軽い、もしくは浅い集中状態で受けているのだろう。それでは教えるほどの理解度には届きにくい。
尤も四方の場合、そんな漏れたような余剰の集中力にも拘らず個人成績上位にいる時点で規格外ではあるのだが。
「そんなわけで、時間の問題と僕自身の適正から判断して、悪いけど今回の話は断る」
「俺も勉強会はともかく、教師役は辞退していいか? 正直、迷惑かける未来しか見えない」
「……そっか、しょうがないね」
「一之瀬、いいのか? 四方もだが、左京とは早いうちになるべく相談ができる状態にしておいた方がいいと思うが」
「焦っても仕方ないよ。今、無理にお願いしてもお互いに困るだけだしね」
一応僕への話は終わったと思うが、一之瀬と神崎から漏れ聞こえる話を聞くに、これ以上ここにいると面倒事を呼びかねない気がする。
そう感じた僕は、速やかに立ち去ろうとした。
「―――っ! 待て! 柴田!」
「おうよ!」
それは超反応で僕の左腕を掴んだ四方と、神崎の呼び声に応えて右腕を掴んだ柴田がいなければ成功していたことだろう。
「流石、Bクラスのはぐれメタル。四方、お手柄だ。まさかこのタイミングで逃げ出そうとするとはな」
「誰がはぐれメタルだ! 僕はただ面倒事の気配を感じて立ち去ろうとしただけだ! というか離せって」
「左京がそうやってしょっちゅう消えるからそんなあだ名が付くんだろ! 逃げないなら離すからとりあえず座れって!」
「ぐぅ、四方と柴田が両脇を固めていたから何かあるかもとは考えていたのに、不覚を取った」
「なにが不覚だよ。四方と神崎に言われてなければ反応できないような手際だったぞ。つうか何で逃げる必要があるんだよ?」
「柴田にはこの面倒事の気配が感じられないのか!」
「なにこれ?」
一之瀬は呆気に取られているようだが、これが仕組まれていた姦計である事は明白だ。
一之瀬は勿論、四方や柴田もしないだろう事から、おそらく、いや、確実に神崎が発起人だろう。なんの落ち度もない僕を面倒に巻き込もうと企て、四方と柴田を引き入れ、機を見計らって実行した。一之瀬にはあえて策を話さずに話させる事で注意を集め、洞察力・反射神経に優れる四方と身体能力に優れる柴田を左右に配置することで僕が立ち去るのを阻止する策だろう。
おそらく、この集団の参謀は神崎だ。
「見事だ、神崎。僕の特性や性格をほとんど接することなく見抜き、策でもって嵌めた事は賞賛しよう。しかしやはり僕は面倒事はごめんなんだ。虫がいいとは思うが交渉しよう」
「なに? 俺とか?」
「……最近特に思うんだが、左京の思考回路ってどうなってるんだ?」
「本能で動いてるんじゃね? サッカーやってると稀に見かけるんだが、当たり外れで滅茶苦茶印象変わる奴が多いんだよなぁ」
「待って待って! 何でいきなりこんな変な雰囲気になってるの!? 私は左京君と少し話してみたいなって思っただけで……あれ? なんかデジャブっぽい?」
口とは裏腹に策に嵌ったと見せかけて、僕はいまだ面倒の回避をあきらめてはいない。全員の思考を可能な限り止めて、どうでも良いと思わせてみせる。
そう、これは神崎が参謀だと見抜いた風に賞賛し、場をかき乱してタイムアップとあわよくば撤退を狙う僕からの反計である。
本当に参謀かはわからないが、その辺はどうでもいい。この場の主導権を握っているのは一之瀬か神崎で間違いないのだ。そして同じ初対面に近い者でも、話すのに緊張する一之瀬を狙い打つよりは神崎の方が成算が高いはずだ。
「とぼけなくてもいい。一之瀬はご覧の有様だし、四方や柴田が姦計を使うようには思えない。つまり消去法で神崎、君がこの策の黒幕だろう?」
「いや、確かに四方と相談して話し合いの場をつくろうとは考えていたが……」
「どっちかというと、俺が仕組んだと言った方が正解だと思うぞ」
「なん・・だと!? 四方、僕の裏をかいたのか?」
「ねえ!? その前にご覧の有様って、左京君から私ってどう見えてるの?」
「エゾナキウサギ?……じゃなかった、一之瀬は頼りになる学級委員長様にしか見えてないよ」
「絶対、言い繕ったよね! 私、ウサギみたいに見られてるの!?」
しまった。いきなり一之瀬に話しかけられたから、つい口が滑った。東風谷のせいだ。あとでどら焼きを贈ってやろう。いかん、わけわからない。僕も混乱しているのかもしれない。冷静にならねば。
一之瀬の乱入があったことで、ここから誤魔化しつつ帰る方に話題を誘導する難易度が上がってしまったが、無理矢理にでもやるしかない。
「さて、茶番はさて置くとして」
「茶番! 今、茶番って言った!」
「……さて置くとして、まさか四方に裏切られるとはな。僕は大変ショックを受けた。もう昼休みも終わるし、心の傷を癒すためにも僕は先に戻らせてもらおう」
「お前、面倒臭いからって色々有耶無耶にしようとしてるだろ?」
「昼休み、まだ半分以上残ってんぞ」
「左京、そろそろ諦めるんだな」
「本当にさて置かれた。でも……ウサギ……ウサギ。複雑なような、少し嬉しいような……」
一之瀬だけは違うことを考えているようだが、話の矛先を逸らそうと揺さぶろうと四方達3人の目線が離れてくれない。というか、なんで食後に僕たちはこんなところで頭脳戦のようなモノを展開しているんだろう。
そんなことを考えたせいか、僕の口から思っていたことが零れ落ちた。
「何でただ飯食って話してただけなのに、こんな四面楚歌というかカオスっぽいというかな状態になったんだ?」
「「「「左京(君)のせいだろ(でしょ)!?」」」」
「……君ら、息ぴったりだな」
初めて話したBクラスの首脳陣はとても仲が良いことがわかった。