13日目の前半。
関係ないけど、聖書によると6月はイエス・キリストの誕生月らしいですね。最近までキリストの誕生はクリスマスだと思ってましたが、あっちは『太陽』の生誕祭と知り、改めて思い込みは駄目だなと。
宗教とセットで語られることも多い原理主義というモノに、僕は明確な嫌悪を抱いている。
仲間や身内とは仲良く(内部ゲバルト含む)しつつ、それ以外へ向けてくる敵意が鬱陶しく疎ましすぎるからだ。言うまでもなく、月城さんや南雲の改革前のこの学校の基本方針も原理主義の一種である。
また、おそらく清隆や天沢、そして八神を『ああした』ホワイトルームとやらにも原理主義の匂いがあった。八神を通して腐臭が漂うレベルで。
まぁ、最高傑作らしい清隆だけは異常個体と思われるので、なんとも思ってないかもしれないが。
ああ。宗教に誤解ないよう補足するが、イスラム教もキリスト教も信徒はほとんどこの原理主義者を嫌っていると思う。
なぜなら、原理主義者の主張は表面は違えど、いつも同じだからだ。
テロや戦争など物騒な情報飛び交うイスラム原理主義者は勿論、キリスト教の原理主義者もだ。
日本では結び付けられていないのかあまり聞かないが、国連が主導するグローバリズム、リベラリズム、男女平等主義、人種平等主義、LGBTQ、SDGs、脱炭素、多文化共生などの多くがキリスト教原理主義なのは明白だ。
なんせ本質は主題以外がほぼ同じだからな。隠す気もないのだと思われる。
本質はどれも『結果の平等』を求めて、身内で群れてそれ以外を攻撃する部分は全てに共通してるのだ。映画の人種を無理矢理変更したり、女の競技に無理矢理出場した男の選手とかがわかりやすいだろうか。
すなわち、自分(達)の言うことは正しい。だから間違ってる奴を潰してでも修正してやるよ。みんな仲良くしような、と。
そりゃ、こんな簡単に表現できる馬鹿馬鹿しくも恐ろしい主張をする奴らからは、気づいてしまえば嫌われるか逃げ出す。誰だってそーする。僕もそーしてる。
彼ら彼女らは、みんな仲良くわかり合おうと言いながら殴りかかってる自己矛盾に気づいてないのか。僕のような常識人にはコレガワカラナイ。
一之瀬や学の言っていた「みんな仲良く」と別物なのは明白だろう。
今はまだそこまでではないものの、『俺』の頃と同じように世界が進めば、これに気づいた者達は同じように愛想を尽かすだろう。『俺』だけでなく、僕の未来でも起こるかもしれないキリスト教離れはこういうことだ。
ましてユダヤ教原理主義由来の移民自由化を加えることで、更にややこしい事態になる。彼らは祖国を持たないために「郷に入れば郷に従う」が理解できず、自分ルールで好き勝手するからだ。
そう。僕の現在所属している高度育成高等学校の大部分とホワイトルームとやらのことだよ、クソが! たった1年で役満の確信が数え役満になるってどういうこと!?
本来はかなりアレに感じたはずの月城さんみたいな人を誠実に感じるってことは、裏を返せば……ねぇ? 疑心暗鬼ばかりで、もう嫌である。
だから、一部とはいえ。仮にそれが何処かからの指示や仕事、何らかの企てを含むとしても。坂柳理事長の実力原理主義にメスを入れてくれた月城さんと南雲に対して、僕は恩を感じている。
それぞれ清隆や一之瀬にしたことを差し引いても、返せるなら返しておこうと考えるくらいには───。
無人島サバイバルも残す所あと2日弱。
てか、僕達生徒がこの無人島に来てから13日も経過したのか。
最終日は15時終了だし、7日目の雨天中止で獲得得点2倍だけど、だいたいは結果が収束してきたな。最後まで気を引き締めていこう。
というわけで、とりあえず13時までの指定エリアを周回してると変化があった。ちなみに全て着順ボーナス1位を取得でき、33点も貰えてウハウハだ。
って、違くて、ポツリポツリと島の南方や中央に非常に獲得点数の低く簡単そうな課題が出現し出したのだ。クリアしても1点とか水のみとかザラである。
おそらく生徒は何らかの事情がなければ向かわないだろう。GPSサーチをすればほぼ確実な情報を得られるかもしれないものの、やる意味もあまりない。
だから僕はそちらに…最も手近だったI7の高台?へ急行した。
勘で『終わった』とわかったからだ。
うん。終わったと思うんだけども……。
「だから、言ったじゃない。覚悟を決める、と。覚悟もなしに割り込まないで頂戴」
「気に入らない……」
「気に入らなくて結構。でも必要なら『ソレ』をしないと勝てないわよ」
「あーもうっ! マジで最悪で最低。だけど、放っとくと1年なんかに潰されそうで、そっちは更に面白くない」
I7のエリアに入ったばかりの場所で、堀北さんと伊吹さんが言い争いながら天沢と対峙している。
僕からは後ろ姿しか見えないが、なんか主人公と最後には味方になる敵幹部的な一時共闘っぽいムーブ。彼女らが格好良い仕草で互いの腕時計を重ねる雰囲気の場に出くわしてしまい、その奥にいる天沢と目線を交わす。
えっと、もしかして僕ってお邪魔でした?
うん、まさに招かざる客ってヤツね。まぁ、この2人もそうだったけど。
帰るか迂回した方がいい?
いや? 多分、もう終わってるはずだから、この遊びが終わるまでそこで待ってたら?
天沢とこんな感じのやり取りをした……多分だけど。
呆れた顔してるし、対人コミュニケーションにブランクがあるので違うかもしれないが、面倒なのでどうでもいい。
堀北さんか伊吹さんに気づかれるまでは素直に待ちつつ、寝て休むことにした。離脱するには気になる点もあるし、彼女らの用件が終わるまで見物でもしながらゆっくりさせてもらおう。
どんな理由で対立してるかわからないが、堀北さんの後ろ姿は砂まみれだ。おそらくすでに天沢と軽く当たった後なのだと察せる。
某ゴンも「もし誰かのことをもっとよく知りたいなら、まず彼が何に怒り、なぜ怒るのかを知るべき」とか言ってるし、気づくまでは放っといていいか。
てか、堀北さんって、なんか僕が見る時はいつもこうだもの。キリがない。憎まれ口を叩いてる伊吹さんも同様に面倒そうな匂いが漂ってるし。
「先輩達って、ホント可哀想になるくらい間が悪いね。そして弱くはないけど、強くもない。2人合わせても、脅威を一ミリたりとも感じないんだよ」
挑発のような天沢の言葉は、堀北さん達からすると残酷だが心から思ってることだろう。事実、2対1なのに全く揺らいでいない。正面から当たれば万が一もないと確信しているのだ。なんせ、僕と通じてるか不明ながら意志疎通する余裕まである。
この場合、自信の源は暴力か技術。相手が自分に力押しできない相手なら僕は別の方法を模索するが、堀北さんや伊吹さんは正面突破一択なのかもしれない。
ただ、そう───普段なら、って但し書き付きだが。
「ふんっ! 上等よ、下級生。目にもの見せてやる!」
「待って伊吹さん。何かがおかっ───は……え?」
あ、堀北さんに気づかれた。
まぁ、僕は言い合ってる彼女らの後ろで休んでたから当然か。見事な二度見である。
「アハハ! アハハハハ!! ようやく気づいた!? ぜんっぜん気づかないから、もしかして本当はいないんじゃないかと思っちゃったよ!」
悲報。僕が幽霊やお化けのように思われかけていた。いや、そこまで存在感なくないわ。
でも、ちょうどいいか。早苗と違って天沢が余裕綽々とはいえ、女子の殴り合いなんかには割って入れない。
「いきなりなに? 後ろがどう…左京君?」
「あ、ども。伊吹さん、こんにちわ」
「ども、って……」
「アハハッ! いたっ! いたたたっ…ハハハ!」
僕を見た堀北さんがなんか固まり、それを不審に思ったらしい伊吹さんも振り向いたので挨拶してみた。これならある程度は場の流れも変わるだろう。
ちなみに、天沢はツボったのか笑いまくっている。それを見て、僕は確信した。
必要な予感は当たった、と。
「えっと、お取り込み中に失礼。
無粋なのは承知してるが、ちょっと天沢に用件があるから先に済ませてもらっていいかな?」
「……天沢さんに用件?」
「うんまぁ。保険とアフターケアのつもりだったけど、どうも取り越し苦労じゃなかったみたいなんで」
「貴方! まさか綾小路君の友達の左京君が……!?」
「何かはわからないが、堀北さんが考えてることとはおそらく違うと思う」
てか、僕のイメージよ……。
堀北さんから見ると、そんなにアレなのか僕。
いや、そんなのどうでもいい。早急に憂いを解消しないとモヤモヤするし、端的に指摘してしまおう。
「天沢。それ、おそらく胴体だろ? しかも時間もそれほど経ってないヤツ」
「え?」
「見せろ、ってのは一応女子にはアウトか。なら、早苗の作った湿布を持ってきたからなるべく早く自分で治療しろ。効果はあるはずだ」
「まさか…体調不良か怪我をしてるの? 天沢さんが……?」
「そうだよ、堀北さん。少ししか笑ってないのに、腹を押さえて痛がるなんて答えは明白だ。どんな事情かは置いても、そんな状態で殴り合いとかするんじゃねーよ」
月城さんから、仕事をしなかったお仕置き的なのをされたんだろう。言えない以上は濁すしかないが。
……いや、それ以前に堀北さんがここにいる理由は? 伊吹さんの方は堀北さんを追ってきたにしろ、堀北さんを動かせる、動かす理由のある奴は誰…って、天沢じゃないなら清隆くらいしかいないか。
そして天沢がここで立ち塞がってる点を加味して繋げていくと、清隆自身の助けというより『この後』を見せてやる、みたいな感じかな。
相変わらずこの補助輪付きのような道筋を同級生に敷く育成性癖は不可解にも思えるが、清隆はかなり前の頃からなんか堀北さんと…ついでに龍園と一之瀬には妙に気を使ってるのだ。
ま、いっか。清隆が何をしようが、大筋には影響させないだろ。友達とはいえ、他人の趣味に口を出すのはナンセンス。会った時にでも話の種にして流してしまおう。
「ふふっ、一応女子とか失礼すぎじゃない? 夢月先輩? とゆーか、やっぱりすぐ気づくよね」
「お前を女子に分類してるから、僕ができる最速のタイミングで来たんだ。傷痕とかが残ったらどうすんだよ。無理するくらいなら助けを求めろって言っただろ」
「ん? 助けを求める選択もあるんじゃ? とは聞いたけど、ハッキリは言われてないなぁ」
「あ、そうだったか? そうかも?
と、ともかく。ホニャララとやらはもう受けただろ? これ以上の無理は止めとけって。なんなら僕が役割を交代するからさ」
「夢月先輩じゃ、こっちの1人さえ止められないんじゃない?」
「殴り合いならな。でも早苗のサンドバッグを日々こなしてる僕を舐めるな。時間稼ぎに徹するだけでいいなら、いくらでもやりようはある」
本当に僕を攻撃してくるなら、対一之瀬用のセクハラな言動でヘイトを稼いで逃げまくる。ペットボトルの水や持ってる果物類をぶっかけまくって嫌気を誘発させる。等々、嫌がらせ特化の足止め方法は豊富だ。女子相手にこれをやったら問題大有りだが、最低でも目的は達成できるだろう。
ま、僕にもリスクが高い方法を使う必要はないだろうけども。
「……そもそもどうやってここを察知したの? GPSサーチ?」
「違う、勘だ。なんとなくこっちに行く方がいいって、朝からそんな気がしてた」
「勘、か……ホントなんなのそれ」
「当たったんだから深く考えるな。それにお前らは見てて痛々しいんだよ、色んな意味で。わかって見過ごしたら僕が美味い飯を食えなくなるだろうが。
しかも原理主義に浸って見えるせいで、もったいなく思えてしかたねーんだよ」
この『お前ら』は、清隆や八神などの苦行僧かそれに類する在り方の奴が対象だ。まぁ、堀北さんや伊吹さんも見た感じ近くはあるけども。
「原理主義……」
その時、なにを思ったのか堀北さんが脈絡もなく僕の言葉を拾って呟いた。
でも、好機だ。直球ではできないけど、学からの頼まれ事を今こそ果たそう。あまり普段は接触しない堀北さんだしな。
「暴君なんてレッテル貼られる歴史上の人物だって、おそらく原理主義の奴らの同類に付けられてるんだぞ。もしくは単純に知識のない馬鹿や無能か。堀北さんも気をつけた方がいい。同じ穴の狢になったら、学がガッカリするだろうからな。
なるべく友達の妹がそんな風になってほしくない」
「友達の妹……」
堀北さんがなんか複雑な顔をし出してるけど、僕は構わず強引に話を持っていった。
これはローマ皇帝ネロのことだ。
悪人っぽい評価をずっとされてるが、歴史と時代背景を知るほどそうは思えなくなってくる。善悪は個人の価値観だけでは限界があるのである。
ネロは、キリスト教徒にとってキリスト教徒を迫害した暴君ということにされているが、彼の治世はキリスト教が3つに分裂して互いに殺し合ってた時代だ。
その殺し合いに市民も巻き込まれたとあっては、軍を出して治安維持に努めるのはトップとして当然の責務。むしろやってなかったら無能だろう。
さらにネロの現役時代は、パクス・ロマーナ(ラテン語で、ローマによる平和)のご時世だ。
おかげで広い領地内から地中海交易によって安く物流が流れてデフレが起きるほど。オマケにネロの経済政策は、そのデフレ対策として物価を高くしておきたい悪徳商人や、物価安は認めても賃金安は認めないという理不尽な労働者団体の取り潰しだぞ? これをしたネロを暴君だの横暴や圧政だの評価するって、経済学を知らんのか。
実に愚かなレッテル貼りである。
あとネロとは逆の方面のレッテルだが、徳川吉宗、毛沢東、金日成の3人もだ。
彼らが推進したのは「どうしてそうなっている?」を考えずに馬鹿げた理論で、それまで上手くいっていた事を全て破壊したのと同義だ。
農業生産を増やすために稲を密集して植えさせる。休耕地でも作物を作らせる。里山などの集落と自然の緩衝地域でも耕作させて土地を疲弊させる。
いわゆる享保の改革、文化大革命、主体思想というヤツ。
何年も続く大飢饉を招いた共通点は、無能で考えなしのトップによる行動結果といえよう。この動かしようのない事実は、どんなに言い繕ってもそれこそ暴君でしかない。
オマケに近代に同じことをした毛沢東と金日成の政策は問題視しても、江戸時代の徳川吉宗を名君扱いする歴史家が多いのはマジで謎すぎる。
農業だけでなく、密告制度の目安箱とか明らかにヤベーだろ。
本当にそんな「環境破壊は気持ちいいぞい」とか「密告大歓迎。どしどし仲間や同僚を陥れてね」とかする最高権力者が名君だと思ってるのか。よりによって歴史家が。
原理主義者にも通じる恐るべき思考回路だ。僕には全くもって理解できない。
原理主義という逸脱や変化を一切認めない思想は、上記に挙げた例を知った上でそれでも暴君・ネロ、名君・吉宗の評価を変えないのだ。恐ろしすぎる結果の平等である。
そしてなにより恐ろしいのは、僕も在籍するこの学校の本質とこれまで聞き知ったホワイトルームが、徳川吉宗の『コレ』を部分的に踏襲してる点。
勘弁してよと言いたくなるのも、どんな理由であれコレに変化を加えてくれる月城さんや南雲に感謝するのも当然だろう。またコレを守ろうとしていた学などに考え直すよう言っていたのも……。
学の妹である堀北さんは、手間と気づきを与えてくれる存在…清隆や高円寺がいれば、多分まだ間に合う。どう見ても強い思想や信条がないからだ。
とすると、清隆はどちらに転んでも大丈夫なように、ここへ混ぜるよう誘導したのかもしれない。
何気によく清隆と話してる堀北さんで、察してはなさそうとはいえ先日も僕と高円寺や南雲の話を聞いてたからな。時間稼ぎついでに語ってれば、いつか理解には届くだろう。
ただ、彼女の連れ?に関してはその限りではない。
「伊吹さんはまぁ……堀北さんを追ってきたら、変なことに巻き込まれちゃったみたいだね。その、ドンマイ」
「はぁーーーっ!!? 馬鹿にしてんのあんた! あんたが来るといつもわけわかんない事になんのよ! 龍園の誕生会に始まって、今度は歴史の授業!? なんなのよ、あんたはさぁ!!」
「龍園君の……た、誕生会? どういう経緯で左京君が関係を?」
うむ。それには僕からだとノリとしか言い様がないので、それこそ伊吹さんか清隆から聞くとよい。
そのためには、僕はまず伊吹さんをなんとか宥めてなくてはならないか。
「い、いや、僕に言われても困る。なんというか前も今もノリと勢いでやってるから」
「……ぷっ、ふふふっ! 馬鹿だ! 馬鹿がいる! 夢月先輩、素で…アハハハハッ!! いたっ、いたた」
堀北さんの呟きから、ちょうど良いかと思って歴史の不自然とこの学校(当然ながらホワイトルーム関係は話してない)を絡めて話してみたら、ずっとポカンとした表情で聞いてた3人の女子。その中でも、伊吹さんは最後のエールが癪に触ったのかスッゲー勢いで怒り出した。
ちなみに自分の治療中だった天沢も吹き出し、痛がっている。馬鹿呼ばわりは見逃してやるから、大人しくしてろ。
「あー、笑ってる場合か天沢。大人しく治療しとけよ。なんならおっぱいは僕がやってやろうか?」
「笑わせて邪魔してくる夢月先輩が言う!? それと私にセクハラしたら『早苗』先輩に告げ口するよ?」
「あ、ごめんなさい。不埒な真似は決して致しませんので、愛里…佐倉と早苗にだけは何卒ご内密にお願いします。マジで頼む。死んでしまう」
「ふーん。せぇんぱ~い。敬語は最後まで、ね?」
「ぐっ、お願いします天沢…様。下級生にセクハラしたなんてバレたら物理的か社会的に死んでしまいますので、どうか見逃してくださいませ。平に、平にご容赦ください」
「ふっふっふー。これは思いがけずいい気分♪」
「コ、コイツら……!」
そして渡した湿布や薬で治療中だった天沢が、謎に笑って痛がってたので冗談混じりに注意したら、致死性の告げ口を返してきた。言葉通り本当にされるとヤバいから、堀北さんや伊吹さんの前で限界まで遜っていらん恥をかいてしまった。
最近の僕ってこんなのばっかだ。
ただ、ニヤニヤ笑いで確定させず、思わせ振りな『いつもの天沢』の態度か。早苗のことも名前呼びになってるし、どうやら心境に変化があったらしい。
ま、心配するまでもないのは良いことだ。って風に脳内を改竄して、怒りを誤魔化す僕だった。
だから、ポカンとしたままの堀北さんと怒ってた伊吹さんをスルーしたのは、いわゆるコラテラルダメージに過ぎない。僕自身のことでいっぱいいっぱいだったから、相手をしてる余裕がなかったゆえの致し方ない対応だ。
清隆や高円寺に通じる程度は言ってあるし、きっといつかは理解してくれるだろう。
と、その時。
「予想はしてたが……なんでこんななにもない場所に、こんな面子が顔を突き合わせてるんだ?」
「綾小路。わかっていたことだろう。後輩を絡ませると必ず予想は覆る、と」
清隆と鬼龍院先輩が連れだって現れた。
「やあ、お二方。湿布や生えてたアロエなんか持ってきたけど、手当てはいる? 天沢の後に診察擬きするから少し待っててね」
勿論、アロエは念のため持ってきた天沢と清隆の傷薬用である。
「またスルーか……」
「……くくっ。あの件をわかった上で、綾小路や天沢にそう接するか。ああ、怪我は大したことはない。どうやら私には手加減されたようだ」
「それはよかった。先輩は病み上がりですしね」
必要な確認がてら会話していると、堀北さんと伊吹さんが埴輪みたいに口を開けていた。そして天沢も堀北さん達ほどではないが、2人が来るまでに消えようとしてたタイミングを逃して苦笑している。
「まぁいい。治療する前に夢月、お前に伝言がある」
「ん? 僕?」
「明日、試験最終日の9時。お前の指定エリア付近にご褒美を用意しておいたから、活用してくれとのことだ」
「おぉう。なるほど。そういう形か。最後まで世話になるなぁ」
「オレは素直にそう思えないがな」
誰からとか、指定エリアは7時と9時どちらなのかとか、曖昧な部分はあるがなんとなくはわかる。これは純粋な返礼だろう。
ま、清隆がそう思えないのもわかる。おそらく清隆に対しては、『月城さん』は基本的に敵ポジションだっただろうから。
「そっか。んじゃ……えーと、今は14時の少し前か。だいたい丸1日あるし、それぞれの治療が終わったらとりあえず今日の自分の指定エリアを未達なら踏んで、僕の『15時の指定エリア』と思われるI2まで来てくれ。今夜はパーッと前祝いしよう」
「いやいやいや!! あんたら、なに言ってんの!? 勝手に話を進めてんじゃないわよ!」
「それよりも左京君! 時間前になぜ貴方は自分の指定エリアがわかったかのように言っているの!? まさか不正行為……!?」
「あの、人聞き悪い言い方は止めてもらっていいか、堀北さん。単純に2週間弱もあれば、次の指定エリア予測は難しくないだろ? 僕以外にもきっとそういう奴は多いはずだ」
「「また馬鹿にして……! ……っ」」
あ、伊吹さんと堀北さんの声が揃った。案外、相性良い2人なのかもしれない。
「いやぁ。いても極少数だと思うなぁ、夢月先輩みたいな人は……」
「天沢に同意だな。南雲や高円寺でかろうじて可能だろう。基礎部分の理解が怪しい者には尚更不可能だ」
「……むしろこんな手法を取り入れる生徒が多数いたら問題しかない。あまり真似できる者はいないだろうが」
「ははっ、またご冗談を」
「「冗談なわけがない」」
たしかにこれまで何人かに否定はされたが、話した時に高円寺は指定エリアも予測できてる感じだったし、突飛な方法ではないはず。
てことは、やはり天才どもお得意のできないフリか? 先輩だけはこれをする違和感があるけども。
ここは1つ、軽めにぶっちゃけておくか。
「凡人の嗜みですよ。楽な方向へ流されたいから、長いものに巻かれたんです。実に普通の凡人らしいでしょう?」
「普通の」
「凡人……な」
「この無人島サバイバル、考え抜いておかないとヤバい事が多そうだったので『清隆のプラン』に割り込んで、重要部分以外の小さな懸念にはなるべく僕が楽な対応を、ってね」
本来は月城さんの仕事に、だけども。鬼龍院先輩や掘北さんとかの前ではどこまで言っていいのか判断できないからな。清隆に擦り付けるくらいは許してくれるだろう。
「……綾小路先輩のプランを読んで、邪魔しないよう割り込める人がそんなにいるわけないでしょ。ましてや……」
ああ、続くのは八神のことかな。
でももう済んだことだ。清隆が無事であれば、それは恙無く月城さんのラインは越えたということの証明になる。
鬼龍院先輩についても、ぶっちゃけどちらかがやりすぎた場合の外付けストッパーである。しかも女子であり、実家の背景(先輩には不快かもだが)があり、八神の件まで関係した中で、怪我をさせずに抑え込むのは先を見据えられる者にとって、もはや必須条件と言えたから心配は極小だったしな。
ふんわりと近況を報告し合うと、おもむろに清隆が話しだした。
「で、そろそろ本題に入ってもいいか夢月。あらかじめ堀北を呼んでおいたのはこのためなんだよ」
「綾小路君まで!? また私を良いように利用して……!」
「おう、どうぞ? 何の用か『知らん』けど」
やっぱり事後承諾か。
清隆もこれまで相当被害を被ってるらしいけど……堀北さん。こんなハイスペック不審者が近くにいると、ホント大変だなぁ(他人事)。振り回されてんじゃねーか。
「ふっ、お前らしい。予測していたか。それなら───」
やっぱりここか。知らん振りするのが初日に清隆がしてきた櫛田の話の真意だったとか、僕が気づかなかったらどうするんだよ。気づけたから、なんとかここに辿り着けたけどさ。
「───左京夢月。オレからお前に命名決闘を申し込む。あらゆる手段を打ち破ってやろう」
「だろうな。了解だ。
───綾小路清隆。僕からお前にできるプラスαを返しつつ、受けて立ってやろう。後悔させないようにな」
だから諸々を片付けたら、こうなると想定はしていた。
おそらくこれが清隆なりの未知を蔑ろにする『実力原理主義』への反抗の狼煙代わり。
そして友達なら受けて立つのが僕なりの美学である。
……うむ。様式美はこれくらいでいいか。
煽り合いは楽しくはあるが、今やるわけにもいかんからな。清隆に思考レベルを合わせて効率的にいこう。
「んじゃ、そういうことで一旦は解散。今夜の祭りでまた会おう」
「こちらも了解だ、夢月。オレも食材は確保しておいた。楽しみにしていろ」
おお。もしやカレーか? 最初のキャンプファイヤー以来のガッツリした飯だといいなぁ。
「があああっ! なんっで決闘だっつってんのに、前祝いだの祭りだのになってんのよ!!? 頭おかしいんじゃないあんたらさぁ!!」
「頭おかしいのはそっちだ。清隆は明らかに今ひと仕事を終えたばかり。なのに、速攻で勝負するわけない」
しかし、僕が期待に胸を膨らませていると、なんか伊吹さんが吠えだした。
まったく、わけのわからないことを。まだ試験中ではあっても、気遣うくらいはしろよな。
「仮に疲労してなくてもだが、そんな状態で勝負させようとか、伊吹さんには人の心とかないんか?」
「あるわっ! 私を勝手に綾小路みたいなロボット人間と一緒にするなっ!!」
「ロボット人間……」
なんか清隆に流れ弾が発生して項垂れてるがスルー安定だ。少し前までは誰が見ても機械化してるような奴だったから、これは無理もない。
てか、ボッチ生活のせいかなんか伊吹さんの相手をするのが面倒になってきた。なんなら怖いし、誰か代わってくれないだろうか。僕にベクトルが向いてるから、今はしかたなく僕がやるけどさ。
「とゆーか、そこの1年をぶっ倒すために、堀北と組んじゃったのにどうしてくれんの!?」
「ええー。な、なんだってー。すごいなー」
「正確には倒すためではなくて、どちらかが倒されてもいいようにだけどね」
「そーなのかー」
「堀北うっさい! 勝負台無しにされて、オマケによくわかんないうちに全部終わってなにがどうなってんのよ!!」
「いや、凄い。凄いよー。天沢と正面からやり合おうなんて僕には考えつかないことだー。す、すご~くすご~くつおいんだなっ、君達ぃ。それに組んだのもきっと無駄じゃないさぁ。サイキョー素敵美人コンビの誕生だー。怖いなー」
「「「ぶっは! あはっ、ふははは!!」」」
「くくっ……すごいな、夢月。これ以上ないほどの棒読みだ……」
おい、そこの3学年別の天才3人。僕の悪戦苦闘を笑ってんじゃねーよ。
怒りの理由は不明ながら、僕が主に伊吹さんを伝家の宝刀で必死に宥めてるのが見えないのか? 何故か逆に怒り出してるけど、いっぱいいっぱいだから会話になってないんだよ。お前らが対応してくれ。頼むから。伊吹さんは苦手なタイプでこそないけど、ほとんど知らない女子とか何を話せばいいのかわからない。
しかし、誰も助け船は出してくれなかったので、誰とはなしに問いかけてみる。
「てか、素朴な疑問なんだが、そもそも伊吹さんは何をそんなに怒ってるんだ?」
「夢月。お前、その無自覚に煽っていく癖はなんとかした方が良いぞ。伊吹を見ろ」
見てみた。目がいつの間にか据わってた。
怖い…どころじゃなく、ゆっくり僕に近づいてくることに危機感しか覚えない。
「……そう。あんたが代わりにぶっ倒されたいわけね」
「ち、違う! さ、最高に良い女だって言いたいんだよ、伊吹さんは! だから…だから、ね? それ以上、いかにも蹴りを繰り出しそうな雰囲気のままこっち来ないで? 早苗や天沢ほどの威力はないだろうけ」
「あぁん!!? 喧嘩売ってるってことでいいのねっ!?」
やべっ、無駄に地雷踏んだかもしれねぇ。
スローに見えてきた伊吹さんのステップに、僕は最後の命乞いを敢行した。
「き、君みたいのに蹴られたら死んじゃう……どうか、どうかお慈悲を! いいい、いよっ日本一ぃ!」
「ああ、もう散々ムカつく挑発してきたあんたでいいわ。一回───逝ってこいっ!!」
無駄だったけど。
「ごっふぅ! な、なぜ……だ」
「くふっ、雉も鳴かずば撃たれまいに」
「夢月……お前は何故、いつも変なところで墓穴を掘る。そろそろ学習するんだな」
結果、謎に伊吹さんのおみ足を堪能することとなり、回復に10分ほど費やしたのは余談である。その間に、肩を怒らせながら伊吹さんは去っていき、堀北さんもついて行った。
しかもだ。
「……大丈夫か、後輩?」
情けないものを見るかのような清隆と鬼龍院先輩はまだいい。
「……」
問題は笑いも引っ込めて、信じられないような目で唖然としている天沢だ。
そうなっている理由は清隆が聞いてくれた。
「どうした天沢。騙されていたと気づいたかのような顔になっているぞ」
「違っ……え、いや…これは……。私『達』、なんでこんな人にあんな圧倒されたの……?」
こんな人!
流石に、それは酷すぎないだろうか。僕は僕にできる最大限でこれ以上なく常識的な対応をしたつもりなのだが。
「それは天沢もわかっていただろう? しかも中心的な実行犯はオレと東風谷だ」
「あ、ああ。それはそう…だね」
どこかホッとした感じで呟く天沢になんかイラつく。
「そ、そう。夢月先輩はただあの状況を作っただけ。前なんて偶然会った同級生に私の名前を名乗ったり、後ろに隠れたりとわけわかんない怯えを見せてたし。うん、本人が大したことないのはわかってたよ」
「それが最も難しいんだがな」
ゆえに、痛みを押して天沢の意識を誘導する第一手を打ってみた。
「なら、僕じゃなく清隆か早苗あたりに集中する方が」
「は? 夢月先輩には一定以上の注意は最低限必要でしょ。自分がやったことを考えてないの? 馬鹿なの?」
「愉快犯染みているわりには、後輩への警戒感がなかなか凄いな……」
メッチャ発言に被せてきやがったし、聞くだけで他への誘導は勿論、この件についてはおそらく取り付く島もない。
天沢に対して僕がやったのは、ちょっと清隆に頼んで足止めしてもらっただけなのに、彼女は何故こうも『僕を』視界に入れ続けてるのか。大部分を人任せにしたんだから、清隆とか任せた奴に向けてくれよ。
てか、清隆。マジでやりすぎてないだろうな。今度、落ち着いたら事情を聞き出した上でクレームを入れてやる(2度目)。
文句を心に深く刻んでいると、その間に立ち直ったと思しき天沢は憎まれ口を叩く。
「……ぷっ。伊吹先輩に覚えがあったとはいえ、女の子の一撃で沈むとかダッサ」
「まぁ、運動『神経』は悪くないが、運動『能力』をほとんど鍛えてないからなコイツ。ある程度以上の奴なら楽に倒せるんじゃないか?」
うっせぇんだよ。常識を知らんナチュラル不審者はもう黙ってろ。って言いたいのに、心も身体もなんか痛くて口に出せない。天沢も何気にいつもの調子を取り戻してるようで、仄かに漂うメスガキ臭を含ませた毒舌を食らわせてくるのに、それにも反論する余裕が僕にない。
用件はお互いに伝えきってたから当然だが、清隆と天沢も呆れた目で僕を一言評価だけして散っていった。
唯一、鬼龍院先輩だけは笑いながらとはいえ、僕の回復を待ってくれて一応は心配もしてくれた。
性質の差かもしれないが、1つ歳上なだけでこうも違うのか。
こうなると、やっぱ先輩だよな! イロモノ共は見習ってどうぞ。
伊吹さん達に述べたお世辞とは違う。心から良い女だと賞賛しておいた。比較対象がアレだったからか苦笑されてしまったけども。
今回の独自設定。
原作無人島サバイバル最終日の月城のイベントは、諸事情により1日前倒しになりました。ただ、おそらく前話までで察してる方がほとんどだと思いますが、原作に近いようでいて裏側は結構違ったりします。
この辺の裏事情はサラッと流すかスルーしますので、一応ここで提示しておきます。