ようキャ   作:麿は星

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 四方は登場しないけど、おそらく最後になるキャットルーキーのエピソードをオマージュした回。



182、ロマン

 

 11時。

 ついにI5の浜辺からスタート地点の港をゴールとしたレースが始まった。

 僕と早苗はちょっと言い合っててスタートが遅れたものの、多少なら誤差だ。清隆や1年生組なんて真北に向かったしな。

 結構な量のバックパックが置かれてたのを見た時は少し焦ったけども。

 そういえば、課題受付スタッフがそんなことも言ってたわ。

 

 13時頃にテントなど設営器材や到着が遅れそうな者を撤収させるための船が来るらしく、その時ついでに必要なくなった荷物を運んでくれるようだ。僕もありがたく恩恵に預からせてもらうことにした。

 だから必要ない荷物を指定の場所に置いてから、早苗と頷き合ってそれぞれの方向へ歩を進める。途中までは同じで、その後に僕は西、早苗は北西である。

 

 ちなみにこのレースのチェックポイント課題は、E8、D4、G6、H8、F9に光点がタブレットの地図に表示されていた。このうち組んだ者と分担するか自分で向かうかして最低3つをクリアした上で、15時までに港に到着していなければならない。

 

 しかし、E8はキャンプファイヤー。D4は高円寺や南雲とのアスレチック課題。G6は鬼龍院先輩との微妙に恥ずかしい一時。F9は言わずと知れた八神の断罪ごっこ。

 何気にH8以外は全て覚えがある場所なあたり、なんというか柄にもなく不思議な感慨が湧いてくる。

 

 ただ、この5箇所のチェックポイント課題の場所は島中に散っていて、単純にルートを考えるなら大雑把に北回り・南回り……そしておそらくまず選択しないだろう中央の山並みを直線で突っ切るルートの3つ。

 パッと見で最も安定するのは断然南回りだろう。なんせ高低差を含めれば少し遠回りにはなるが、2つのチェックポイントを経由できる。最後のチェックポイント課題も港付近なので、単独でも複数人でもこのルートを選ぶのが楽なはずだ。

 

「あ、私は北回りで行きますね? 綾なんとかは北へ向かいましたし、こっちの方が退治できる可能性は高そうです」

「ん、了解。じゃあ僕は中央の山越えしてG6か。そっちは妨害があるかもしれないから気をつけてな」

 

 尤も、僕と早苗はそのあからさまな誘導にはかからないがな。

 体力的に厳しくても、これまでの課題の傾向から考えて、南回りの比較的楽なルートにはなんらかの罠が潜む確率が高い。

 

 それこそ3日目だったかに僕が受けた真水を精製する課題っぽいヤツなど待ち時間がかかる系? レースで時間制限がなければそれもありだが、今回は何人かに勝つ必要があるので選ばない。早苗も性格的に察してさえいれば、面倒が予想される課題はやらない。

 となれば、距離や山越えのため、到達すら大変になるD4とG6は上手くすれば素通りレベルの課題である可能性がそこそこ高くなる。

 

「誰に言ってるんですか。この現人神を阻める者など存在しませんよ」

「高円寺もか? 多分、アイツは山越えのG6からのD4で港ルートを選ぶ。なぜなら、これが最もエレガントで美しい勝ち方だからだ。たとえ厳しくともアイツはやり遂げるぞ」

「……わかってはいましたけど、やっぱり六助さんを相手にするのは大変ですねぇ」

 

 表なら、だけどな。

 

「ま、僕はだいたい地理を把握してる。僕だけならショートカットを駆使してギリギリだが、アドバンテージがあるお前との2人がかりなら疲労も込みでなんとかなるさ」

「それはそうですが、綾なんとかを倒せなくなるのが……」

「うん、時と場合を考えて? 片手間で勝てる相手じゃないぞ、高円寺は」

「でも、こっちに来たら仕方ないですよね?」

「その場合はやってよし。一応だけど、早苗がやった場合の根回しもサラッと触れてるしな」

 

 ただ、試験に効率的なルート選択するならともかく、清隆の性質から読んでいくと早苗や高円寺と当たるのはできるだけ避けるんじゃないかなぁ。

 八神に付いてく前に堀北さんとかと話してたのを見るに、清隆はおそらくすでに試験結果を捨てているだろうからな。

 

「ふふっ。流石、夢月さん! やってくれると『信じて』ました!」

「なんにしろ、早苗は高円寺の先回りをするようにゴールを目指せ。んで、D4のチェックポイントをクリアしたら港近くのE8もクリアしてくれ。その頃には僕もG6を通過して港に向かってるはずだ。時間内に港に辿り着けるよう『祈って』てくれや」

 

 必要なら神様方が教えてるだろうし、なんか嬉しそうな早苗にはあえて言わないが。

 

「うっふっふ。私を含めた神々の祈りを要求するんですから、手抜かりは許しませんよ?」

「勝つ気になってる僕には愚問だな。第一、高円寺にも清隆にも……ついでに南雲にだって不義理な真似はしねーよ。たとえ、向こうがナニをしてこようとな」

「では、お互い勝ちに行きますか」

「おうよ。あ、でもその前に。

───助けてくれてありがとう、早苗」

「いえいえ。夢月さんが信じ抜いてくれたおかげですよ……」

 

 てか……あれ? 早苗ってこんな透き通った笑顔を浮かべる奴だっけ?

 

「───私がこんなに楽しい気分になれたのは」

 

 でも、気の合う友達が心から楽しげなのは僕も楽しい気分になるから好きだ。

 なら、素直に応えるのが僕だろう。

 

「そっか。んじゃ、最高のハッピーエンド目指してやってやろうぜ」

「はいっ、夢月さん!!」

 

 その言葉を合図にして僕達はハイタッチを交わし、僕は西の山道へ。早苗は山並みに沿うように凄まじい速度で駆けながら北西方面へ。

 それにしても、今日の早苗はなんというか一味も二味も違ったな。たまに見せる神聖というか浮世離れしてるというかな早苗、か。

……いつもああなら信仰ウハウハの人気者だったろうに。肝心なところで残念な奴だ。

 まぁ、早苗は早苗だし機嫌が良いならいいか。

 

≪夢月……肝心なところはね? 今…だったんだよ≫

 

 い、いやさ? わかってはいたんだけど、唐突な早苗の心からのお礼とか……ほら、ね? 真面目に受け取るのって恥ずかしいじゃん? 普段は自然に毒舌を交わし合う悪友でもあるんだよ、僕と早苗。前の八坂様が言ってたことがよくわかったもの。

 

 と、ところでさ? 無人島に来た時から気になってたんだが、早苗のいつも付けてる白蛇の髪飾りがね。なんか付けてないんだよ……そう、僕に白蛇を渡してる場合に限って。

 つまり僕が渡されてる白蛇って、もしかして早苗がいつも付けてる髪飾り……?

 

≪……≫

 

 白蛇から最近聞き慣れてきた声を受信したので疑問を付加して聞き返したが、しばらく待っても反応はない。早苗といえども女子には違いない。無駄に女の謎領域に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

 なので、とりあえず気のせいってことでなんとか折り合いを付けて、初日に愛里達からもらった麦わら帽子を被り直す。そして切り替えた僕は、10日ほど前の経験を生かして登攀部分の少ない楽な登山道へと向かった。

 

 

 

 4日目に登攀した場所から北にあった正規?登山道。

 僕はそこから速めのペースで山を駆け登る。いや、ホントに駆けたわけじゃない。あくまでイメージ的なものだ。

 テクテクと最適化を目指す足取りで、13時前くらいに僕はG6の山頂へ辿り着く。

 担当スタッフの近くに置かれた小さな机の入山帳?的なノートへ名前を書き入れるだけの簡単な課題だったので、サラサラっと済ませる。あと一応は僕の前に来た奴を確認。

 そこに書かれた名前は、予想通り高円寺と…南雲?

 

「よう左京。やはりお前はこのルートを選んだな」

「やあ」

「やあ…だと? それだけか?」

「は? 同じ課題で競ってんだし、鉢合わせるのもおかしくはないだろ。まして予想はしてたみたいだし」

 

 それに南雲がいる確率は半々くらいだと思ってたし、驚きはそんなにない。

 でも南雲がこっちを重視した上で殿河・溝脇のコンビがいないってことは、誰が代役するか知らないが龍園側はだいぶ楽になるだろう。僕はそのぶん面倒になりそうだが、南回りは十中八九、複数人グループ用だからだ。

 

「……まぁいい。俺はおかしいと思っていたんだ」

「何を?」

「あの時、八神の特別課題だ。お前は一貫して八神を学校へ『引き渡す』と言っていたな?」

「ああ。隠すことでもなかったし……」

「だから、退学どころか無人島サバイバルからのリタイアすらさせる気はなかったと?」

 

 食い気味に冷酷さを見せて遮られたが気にしない。

 時は金なりだし、一緒に進みながら僕と南雲は会話を続ける。

 

「当たり前だろ。僕は一般生徒。そう誘導することはできても、それ以上は越権行為だ。するわけがない」

「くっくっく。それで10日目から3日以上逃げ隠れすることになったってか? ほとんど誰とも接触しなかったのはそういうことだろ」

「気づいてたか。うん。流石に確認はできなかったけど、時々は八神か“誰か”の影を感じてたからな。断罪ごっこを無駄にしないためにはあれが僕にとって効率的な方法だった」

「やはりな。八神のGPS反応はなかったが、9日目あたりからお前は妙な場所で進行方向を変えたりしていた。こうなることを最初から見越していたってわけだ」

「もちろん。僕単独ならほぼ間違いなく手出しはされない。その確信は得ていた」

 

 無人島前からあった数々の天沢の不自然な言動によって、な。そして、だからこそ天沢は情が深すぎて策謀に向いてないと確信できる。無人島での一件に限るなら、特に序盤の同行と『事故直後』が決定打になった。

 ま、薄っすら察してるかもだが、無駄にピースを集めさせて月城さんやホワイトルームとやらのアレコレに巻き込むのは不義理だから、南雲には明確に教えないが。

 

「なるほど。つまり鬼龍院が怪我をしたのは」

「僕が巻き込んだな、十中八九。これだけはマジで悪いと思ってるよ。大きな借りができた。ただ、先輩の時の不覚を繰り返さないくらいの頭は僕にもあるさ」

「そこを1人で耐えきって、最終日のついさっき八神ごと1年の相手を綾小路に擦り付けてきたと」

 

……正直、清隆にも悪いと思ってるが、初日に話した時に合流まで僕が耐えたら助けてくれるって約束してくれたからな。

 代償に清隆と何らかの勝負をすることにはなったが、清隆にかけられてるという懸賞金の影響による1年生達のおかげで、なんとかアドバンテージは得られている。また月城さんへの借りも、一之瀬の件を含めてそれなりに返せたと思う。

 それにしても、南雲にはあまり関係ないことだろうに、よくもまぁここまで推察できるな。

 

「清隆ならあの面子相手でも抜けてくるよ。まず間違いなく」

「すげぇ自信だな。いや、もはや確信レベルか」

「真の意味で清隆は『天才』じゃないかもしれないが、それでも清隆の推定スペックはずば抜けてる。返り討ちにするのは当然として、後の事も考えた逃げ道で追い付いてくるはずだ」

「お前に、か?」

「ああ。早ければそろそろ……」

 

 なんとなく予感がして周囲を見回してみると、僕と南雲が大回りしていた大岩の上から声がかけられた。

 

「───ふぅ。察知されずとも見通されてたか。夢月の勘はマジでどうなってるんだ」

「よっ。お疲れさん、清隆」

「綾小路……清隆」

「しかも南雲生徒会長といるとか、次から次へととんでもない引きをしやがって」

 

 器用にそのまま滑り降りてくる清隆。

 待ち伏せてた南雲はともかく、僕はそれなりに速いペースを維持していたのに、スタートが遅れた上に1年生の妨害を振り切ってもう追い付いてきた清隆には言われたくない。

 

「ははっ、おまいう。想定でも最速のポイントで、しかも南雲までいる状態で声をかけてきたのは、逆に清隆の引きがスゲーんじゃね?」

「足止めに徹してきただけの八神はともかく、流石に宝泉・宇都宮・天沢の『倒しきっては不味い』4連戦は多少堪えた。オレの引きが悪すぎるのもあったが」

 

 他人の目が光ってる場で倒しきっては駄目(おそらく1年生の誰かをリタイアまで追い込んだら道連れ→退学コースに持ち込まれるため)と即座に理解して、鬼畜難易度の月城さんフルコースを乗り越えたか…またはやり過ごした奴の台詞か、これが? 相変わらずラスボス感の強い奴だ。

 

「ばっかお前。その中の1人でも普通なら対峙した時点で詰みレベルだ。こんな短時間であっさりあしらって、しかも僕に追い付いておいて引きが悪いで済ませるんじゃねーよ」

「……お前の入れ知恵だったか。大音響アラームでオレの注意を引き、違う方向から奇襲されたのは」

「いや、それやったの天沢か…八神じゃね? 天沢は何度か僕の前に似た感じの現れ方してたし。てか、なんでも僕に結び付けるな」

「はっきり入れ知恵とは言わなくても、完全にお前で実験してオレに実践してるだろうが。文化共生の世迷い事じゃあるまいに、妙な手口を吹き込むんじゃない」

 

 文化共生とはまた……。

 そんな荒唐無稽な説を言い出すってことは、暗に南雲がこの先に用意してるはずの網を示唆してるのか。相変わらず、回りくどく気づきにくいことで。

 あ、これも聞こえは良い綺麗事概念の1つなので軽く補足しとくと、実現不可能なのが明白なのに無駄に浸透させようとしてるからだ。

 

 国がある時点で国境がある。国境は全ての国に文化の違いがあるからこそ生まれる。

 普通に考えて文化自体を共生可能というなら、そもそも国境なんて必要なく、移民の作る◯◯人街なんてものが作られるわけがない。

 だいたい文化共生を声高に謳う奴らの名前や顔から少し調べただけでわかる。宣う輩は原理主義や共産・社会主義、あるいは怪しいグローバリストばかりだ。

 

 要は自分達に『のみ』都合の良いモノカルチャーの世界を作りたいっていう頭の悪い妄想的な世論誘導の一種だろう。

 だが、あんなものに引っ掛かる馬鹿なんぞいねーよ、って思ってたら意外と本気で実現できると考えてる人がいて驚いた昔の記憶。別に馬鹿でもなかった人もいたのにだ。

 信じる人が一定数いるのは知らなくもないが……現代は、国際政治学者サミュエル・ハンチントンの提唱した8大文明論よりも大きな枠組みでの共生は不可能というのが常識だ。まぁ、一国一文明の日本文明だけが浮きまくってるがな。

 

 で、文化共生というワードを踏まえた上で、清隆が伝えたいのはこうか。

 つまり、このまま進めば直前の清隆と似たような事態に遭遇する、と。

 想定内だったけど、一応はわかりにくい忠告とデコイ示唆に感謝しとこう。南雲がこの後、雑談系で話を引き伸ばそうとすれば確定ってことだよな。

 

「なんだ左京。普段は結構口が悪いのか、綾小路は」

 

 ビンゴ。さりげない目線を寄越した清隆に、僕はどうでもいい話題を流す。

 

「そうだな。ある時なんて、なんで言うことを聞かない? 折檻ダー! とか、わからせてやる! 性的に! とか。こんなことを言ってきてたから、僕もそうだが一之瀬なんか清隆と話す時はいつもドキドキビクビクと……」

「おい夢月! 人聞き悪いデタラメを広めるな! オレはそんなことを言っていない!」

「綾小路。お前、そんなイヤらしい奴だったのか……一之瀬になんてことを。羨ま…けしからんな」

「お前らふざけんな! 冗談ってわかってイジり散らすんじゃない!」

 

 正解か。

 さて、それならどうするのが楽だろう。

 

「ふぅー! ドS清隆をからかうのはいいね。疲れも吹き飛ぶ」

「たしかに。意外と楽しいな、コイツをイジるの」

「なに南雲まで加担して勝手に愉快な気分に浸ってるんだ! 生徒会長だろ!? 夢月に生徒の規範を示してやってくれ!」

 

 とりあえず馬鹿話しながら、何通りかの道筋を探る。

 だから実際に『ソイツら』が僕の前に立ち塞がる頃には、僕にとって最も簡単で当たり前の打開策一択にまで絞られていた。

 本当になったなら、無駄に聞こえているこの声に身を任せてみるのも悪くない。

 

 

 

……本当になったわ。

 やはり立ち塞がる要員は桐山と不愉快な仲間達か。

 大柄な3年生とかが、ニヤニヤとした笑みを浮かべて駄犬集団らしくなんかワンワン言ってるが聞く価値なし。

 まだ、南雲に意識を向けとく方が建設的だろう。今は清隆との勝負中だから頼れないしな。

 

「───ま、綾小路がここまで即座に駆けつけたのは多少予想外だったが、左京を潰すのに支障はないな。左京や堀北先輩から聞く綾小路でも、左京を担いで包囲を突破はできないだろ? これで詰み、だ」

 

 以前の鬼龍院先輩と下山した最短ルートの崖以外、比較的緩やかな下山ルートは待ち構えていた3年生に塞がれている。南雲の言う通り、清隆だけならどうとでもしそうだが、試験を捨ててる以上は清隆1人を通しても南雲の最終順位に支障は出ないだろう。

 

 そして僕を最後まで拘束した上で完走を妨害し、更に高円寺を封じ込めれば、南雲の特別試験での勝ちは確定する。

 南雲本人がここにいるし、おそらく高円寺・早苗方面は封じ込められないだろうけど、僕をゴールさせなければ繰り上がりで最低2位は固い。そうなれば元々のポイント差と南雲が用意してるはずの保険によって上位1位は揺らがないだろう。

 尤も清隆のもそうだが、山頂にいた南雲を見た時点で大雑把な想定はできていたから、もちろん僕も手を考えておいた。

 

「ふむ。なんなら勝負を一時休戦してオレが手を貸そうか夢月?」

「大丈夫。元々、僕は清隆に頼る気はない。てか、南雲と同じく勝負中に勝負相手である清隆に助けを乞うわけないだろ」

「だろうな。それならどうするつもりだ?」

「僕がやることは一つだよ。ただまぁ───こうなった以上、僕『達』の勝利に至る道筋は綺麗に拓かれたな」

「な、に?」

「夢月……? お、お前、まさか」

「さて、と。改めて宣言しようか、南雲雅」

 

 ムカつくだろう上から目線と笑みを南雲に向け、僕はジリジリと後退する。ちなみに僕の左右には清隆と南雲で、前には人壁付きの下山道を塞ぐ桐山達。後ろには……20メートルほどの崖だ。

 強く反応していた勘と『ありえない声』にタイミングを委ねて、心構えを万全に整える。ついでに清隆と南雲『以外』へ向けた煽りで負の感情を発散しておく。

 

「詰みまでの誘導、実に見事だよ。でもカンタンな逃げ道を忘れている。ま、言わば…無駄な努力お疲れ様♠️ ってヤツ?」

「なっ、なにするつもりだてめぇ!?」

「ふはははっ! こうするのさ!!」

 

 それだけ言うとおもむろに清隆や南雲、他の奴らに背を向けて、僕は唯一の勝ち筋目指して本来は踏み出しちゃいけない一歩を踏み出す。

 

「待て夢月!! そっちは───!?」

「逃げ道とは! 信じ抜くことと見つけたり!!」

 

 その時、一際大きな声の電波を受信したので迷いなく実行できた。

 

≪夢月さん、今ですっ!!!≫

 

 おっしゃ了解。この勢いはもう誰にも止められないぜ!

 

「っ! 自殺する気か馬鹿野郎がっ!!」

「無茶だ夢月! この高さではどう考えても」

 

 そう。常識的に考えて、人間は20メートル近い高さの崖を飛び降りられない。

 だが、常識を覆す奇跡と神様方を僕は知っている。その奇跡で僕を助けてくれると、僕は疑うことなく信じられる。

 ならば、この程度の非常識など乗り越えて行く。

 神経を針の先のように研ぎ澄ませ、幻想の声に耳を傾けて信じきれ。

 

「はぁーはっはっは! さらばだ明智君…じゃなかった清隆君と南雲君!」

 

 そして僕はついになにもない空中へ全力で跳躍した。

 男は度胸、女は愛嬌、僕は最強って言うからな。

 

「アイ・キャン・フラーーーイ!!」

 

 まぁ、翼も推進力もないまま、ただ大空へ飛び立っただけだが。

 なんか言われてたかもしれないが、ハイテンションな四方ばりの集中モードで自然落下する前後は何も聞こえちゃいなかった。

 逃げ道が存在しないなら、創り出せばいいのだ。そこへ思考を一点集中していた。

 僕は、知識にある五点接地着地法と受け身だけに意識を集中して自分の身体を制御する。当然存在する恐怖も躊躇も全て後回しだ。

 

 すると地面への墜落の直前───短時間とはいえ、僕1人を浮かせるほどの凄まじい強風…もはや暴風が上昇気流の如く吹きすさび、僕にかかる重力を大幅に緩和する『奇跡』が起こった。

 結果、僕は少しの時間、生身での単独飛行…飛翔? に成功した。

 

……この時はこれがいいアイディアだと思ってた(某荒野の七人風に)。

 なんかロマン的な飛翔をする瞬間に聞こえた気がした早苗の声が加わって、ついノリでやってしまったのだ。後悔は先に立たないものだと全て終わってしまった後に学んだ。

 

 ただ、墜落の衝撃はかなりのモノだったものの、幸いにもうつ伏せっぽい体勢になれたので基本に忠実な五点接地着地法は可能だった。

 僅かとはいえ絶大な空気抵抗と浮遊感に翻弄されつつ、完璧な姿勢とタイミングで。

 

 微妙に失敗バージョンのプロップフライを実現させる夢、図らずも僕が叶えてしまったか。天才すぎてごめんな、僕がロマンを託していた天才諸君。

 ま、未来のとある試合で実行するかもしれない四方に肖ったのと、早苗や神様ありきの無謀な博打みたいなモノだから、誇れるものでもないかもしれないが。

 

 ともあれ、ゴロンゴロンと自分でも信じられないほど転がって木にぶつかってしまったものの、衝撃は順次分散させられた。怖くて痛かったがこれくらいなら許容範囲だ。忘れてしまえば問題ない。

 あの崖下は、10日くらい前に鬼龍院先輩と一緒に落ちた場所である。比較的安全なのは身をもって知っていたしね。

 

 だから、すぐ起き上がって崖上にいる清隆や南雲に大丈夫アピールをしておいた。真似して誰かが怪我したらそっちの方が問題だしな。

 それにしても、改めて自分が飛んだ崖を見上げると、下手したら死者が出るんじゃね? とさえ思えるこの高さ。今更ながらブルってきたぜ。

 

「清隆ー。南雲ー。

 僕が言うのもなんだけど、良い子は真似しない方がいいぞー。死ぬほど怖いし、無事でも結構痛かったからなー」

 

……なんか遠目に大口開けてんのが見えるんだけど。アイツら、マジで僕に付いて降りて来ないよな? 反応が薄いと心配になるじゃないか。

 

「ぉ……おいおいおい!!? ウッソだろおい!? なに気軽にありえねぇことしてんだよ左京!!」

「いやー、実際にありえたんだから終わった事はもういいんじゃね?」

 

 ほら、清隆だって南雲の横で崖下…僕のいるところを覗き込みつつ、珍しくうんうん頷いてる。まかり間違って南雲にシンクロしてるんじゃなければ、僕の意見に賛同してるはずだ。

 現実に起こった事をありのまま受け入れろ、ってヤツだな。

 

「いいわけあるかっ! チートだチート! っんな奇想天外な逃げ方があってたまるか馬鹿野郎!!」

 

 それはそれとして、南雲はすぐに立ち直って口を開いてきたので僕もそれに乗って敗北宣言を出しておく。

 

「それをチートと呼ぶなら、使わせた時点で南雲の勝ちだな。はい、僕の負け。じゃあ、決着はそういうことで。南雲、お先に失礼」

「とんでも行動ばっかのくせしてプライドなさすぎんだよ、てめぇはよぉおおお!!」

 

 うむ。勝負に負けて試合に勝つとはこのことだ。

 普通は逆だったかもしれないが、今はどっちかというと四方のためにも目に見える実績の方が欲しいので、実より花をもらってもいいだろう。実にシンプルな結論で大変結構。

 それと流石に飛び降りては来ないだろと高をくくって、せっかくの機会に1つ布石を置いておくか。放っておいても清隆が近く…てか、南雲の真横にいるし、慎重に崖を降りるか安全なまわり道の2択にはなるだろうが。

 

「いっやぁ、何事も軽い方が逃げやすいのは常識だろ? そんなに捕まえたいんなら、6日目だかでもそうしたように南雲も身軽になってからそうすればいい。南雲1人が相手なら僕程度の凡人は軽いものさ。いくらでも負けてやる」

 

 しかし、手出しできない場所から無責任な言葉を上から目線で偉そうに投げかけるのって、なんでこんなに楽しいんだろうな。まぁ現在立っている場所の高さ的には僕が見上げてるし、南雲もわざと乗ってるみたいだが、興奮してるっぽいから彼にとっても楽しさを感じてるんじゃなかろうか。

 

「南雲はたしかに天才級だが、あまりに『真っ当じゃない実力』とやらに頼りすぎるってこと。だから真っ当な実力『以外』で反撃されると僅かに隙を生じさせるんだよ」

「……っ。ここは実力至上主義の学校で、俺はそこの生徒会長だ! 全校生徒の先頭を行く生徒会長が実力を行使し、立場を利用してなにが悪い!」

「そんなのは中世の暴君と同じ価値観だ。自分自身では歴史からも経験からも何も学んでいないのか? 南雲が?」

「逃げ足と経験値が取り柄のはぐれメタルがっ! この俺に説教垂れてんじゃねぇ!」

「いや、ありえないだろ……そんなこと。でも、南雲が学と違って自覚があるのなら―――」

 

 通じてるか半々ってとこかもだが清隆も一応いるし、こう言っとけば本気で先回りして『くれる』だろう。

 

「―――僕は借りがあるお前に、そんな暴君の価値観を持って欲しくない……!」

 

 南雲の能力と性格上、これを言っとくだけで多分理解できるはず。いやまぁ、上と下に分かれてて距離があるため、大声で言い合ってるのは端から見て諍いっぽくなってるかもしれないけども。

 

「お前、マジではぐれメタルかよぉおおっ!!」

 

 南雲の真意は経験値か? 僕を倒すと経験値ガッポリ的な? 買いかぶってくるなぁ。

 一方、僕と南雲がなんとなくやってみたらできたノリで言葉遊びを遊んでたら、なんか清隆が大笑いし始めた。南雲の謎テンションが感染したのかもしれない。

 

「ふっ……ふふ、ふはははははっ! あーはっはっはっは!!」

「綾小路もなに笑ってやがんだ! 目の前でありえない事態が発生しただろうがっ!? もっと慌てろやっ」

「なに、なにかっ……やるとは、思ってたが……ははっ! 愚かさが一周回って逆にっ……ふっははは!!」

「アイツ、なにわろてんねん……てか、清隆の大笑いは珍しいな」

 

 こんな詐術染みた即興の茶番劇の意味など清隆は即座に理解したのだろう。何度目かの大笑いを見せる理由は不明だが。

 面従腹背を体現したような無粋極まる桐山達取り巻きへ釘を刺す。

 南雲が乗って僕が火を付けてやった意味は、ただこれだけだ。

 

 一応言っておくと、南雲に従うのが悪いわけじゃない。3年生で南雲をスルーできるのなんて少数、あるいは鬼龍院先輩やあって朝比奈さんくらいかもしれない。だからそこは不快に思わない。

 だが、そうと決めたならきっちり仕事をするべきだ。

 桐山達…あそこで道を塞いでた奴らがなにより気に入らない部分は、自分で答えを考え出そうともせず南雲に寄りかかってるくせに反骨心が透けて見え、利用だけしようとしている点。しかも、考えや方針を頻繁にブレさせる無能の働き者ムーブなのでな。

 

 特に僕にはそれがよく見える。

 いつだったか葛城や戸塚にも坂柳さんへの対応を助言した時に似たようなこと言ったが、『俺』の頃からあからさまに強者を利用しようとする奴も巧妙にやる奴も多く見てきたからだ。

 そして、僕はその匂いを強く感じる奴がどうしても醜く感じてしまう。それこそ清隆のフォローに期待しつつ、南雲に発破をかけてやろうってくらいには不快なのだ。

 

 南雲や八神のような一時的に敵対した奴とは違い、僕は出来る限りこういうやるべき事をやってる奴の邪魔をするタイプとは関わり合いになりたくなかった。だけど、目の前に立ち塞がるならしかたない。早急に無力感を押し付けておくに限る。

 まぁ、なんにしろ目の前から逃げられた上に、僕と南雲のこの即席茶番劇を見せられたら…ねぇ? 真正面からの勝敗とはまた違った味わいがあるだろう(確信犯)。

 

 ともあれ、少しでも距離を稼ぐため、僕は南雲のクレーム?と清隆の笑い、その他の視線を背後に聞きながら港への道のりを走り出した。

 あと2時間弱だ。おそらく『妨害さえなければ』僕の体力と脚力でも、なんとかタイムオーバーまでには間に合うだろう。

 

……ただ、清隆の大笑いを見てふと思った事を予言したくなった。

 僕は遠くないその未来できっとこう供述するだろう。

 「ついカッとなってやった。今は後悔している」と。

 無人島サバイバル終了後に、愛里や一之瀬に飛翔のロマンを実現したことを告げ口する清隆と南雲。そして早苗からの電波に乗せられて、ノリと勢いに身を任せてしまったことをこれほど後悔したことはない。

 

 ちなみに後に高円寺から聞いた話だが。

 僕がアイキャンフライしたのと同時刻。D5のあたりで先を行く早苗を追走していた高円寺が、唐突に足を止めて空を見上げ謎の祝詞を唱えだした早苗をいぶかしみ、元に戻るまで待ってあげていたらしいのは余談である。

 しかし、早苗が僕を助けてくれたらしいのは勿論、高円寺がここで待ってくれた事実が僕の読み違いではなかった証明になるので、信じてよかったと思う。

 





 台詞なしとはいえ、ようやく全員登場させられたので、ちょっと補足説明。
 夢月の好むタイプは、筋を通す奴(四方や早苗、高円寺、鬼龍院など)や癒し要素の高い奴(愛里や椎名、橘など)。
 嫌う、というか関わりたくないタイプは、僅かでも敵対認定した奴(もう解除されてるけど南雲や八神、坂柳、綾小路など)以上に、やるべき事をやらない奴(茶柱を筆頭に今話の桐山や山内)。

 前の清隆との話でも言及してますが、夢月の敵対認定はオンオフがあるけど、関わりになりたくない奴に対してはそもそも接触を避ける(避けさせる)よう動くからです。だから、これを察していた堀北学も最後まで夢月には桐山とかを紹介していないし、学年末に山内が退学にされそうと確信した時も綾小路へ遠回りに一言だけして気にしてませんでした。
 ただし、目の前で立ち塞がる場合だけは躊躇なく動きます。

 ちなみに上記の嫌うor関わりたくない奴はほとんど早苗の敵視する奴にも重なりますが、彼女の場合は一度でも敵視したら夢月以外は滅多なことで解除できません。綾なんとかや坂なんとかと言い続けてるのはその現れです。思い込みの強さによる性質と男女差が要因ですね。

 あと、これ以外にも面白い奴(葛城・戸塚、櫛田、天沢他)、世話になった奴(堀北学、一之瀬、月城他)、興味深い奴(龍園、石上他)、関わりたくないというより苦手な奴(星之宮、堀北鈴音、軽井沢)などに対してもそれぞれ対応理由はありますが割愛。

 わかりにくかったら、お手数ですがだいぶ前の活動報告に『迷言』についての行動理由を載せてあるので、理解の助けにしてください。活動報告は友達とそれ以外への対応だし、周囲の人物や状況は変わってますが、ここらへんは1年生時点からほとんど変わってません。
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