ようキャ   作:麿は星

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 前半は早苗寄りの3人称っぽい怪しい???視点で、もう一つの競争。
 後半は夢月視点に戻ります。



183、風祝

 

 信じる者は救われる、という言葉がある。

 

 キリスト教の新約聖書に書かれているルターの教えを簡潔に表現したものだ。

 しかし高度育成高等学校や…綾小路など一部の特殊な者を実際に信じた場合、足を『掬われて』しまうことがある。

 だから不要なリスクを背負ってまでそれをする必要はなく、ケースバイケースに対応するのが一般的だろう。

 

 ただ、夢月や佐倉愛里のように危険を承知の上で、あえて信じる事で開かれる道を突き進む者も稀にはいたりする。

 早苗しかり、四方しかり、高円寺しかり。彼女らはそれぞれの性質は微妙に違えど、どんな形であれ自分が認めた者に信じられることで真価を発揮する。意識・無意識問わず、夢月はそれをなんとなくわかっているから彼女らが必要な時は決して迷わず信じ抜く。

 

 特に半分以上は幻想の世界に存在している東風谷早苗が、その価値をわからないはずがない。

 自分を……神様を信じ抜いてきた夢月には必ず応える。

 早苗の信仰、四方の在り方、高円寺の美学に影響を与えてきたからである。

 ゆえに、これまでになく早苗は本気になっており、高円寺もそれによく応えていた。

 そう。真面目になんとか特別試験を乗り越えようとしている者にはとても不幸なことに───。

 

 

 

 坂柳に保険の役割をこなすよう指示された橋本正義は、北回りのD4経由で課題をクリアして港へ向かっている道中で早苗、次いで高円寺に遭遇した。

 ちなみにここまで橋本が先回りできていたのは、早苗のスタートが少し遅れた上に“寄り道”していたためで、高円寺は山岳踏破を極めて短時間でこなしたとはいえ直線的に進んでいなかったためだ。また、早苗が祈祷で一時的に停止し、高円寺はそれが終わるのを待っていたのもある。

 しかし、それも限界に近づきつつあった。

 

「六助さん、このままだと埒が明かないですよねぇ。E8か邪魔者や障害物を抜けるまでは共闘しませんか?」

「ふっ。グリーンガール、それが何を意味しているのかわかって言っているだろう? だからこそ面白い。乗るのも一興か」

「嘘だろ、おい。全然スピードが落ちねぇ。いや、それどころか……!」

 

 それでも、かろうじて少しの時間だけ追いすがる事ができたのは橋本だったからだが、だからこそ不運なことに興味も向けられない自由人達のわざとらしいやり取りに翻弄されることになった。

 

「きゃっ。吃驚した、いつぞやのネズミですか」

「誰だね? 誰だろうと私の進撃を邪魔しないでくれたまえ」

「俺は眼中にないってか!? だがお前らには悪いが、それが俺の仕事なんでなっ!」

「仕事ですって? ネズミの癖に偉そうですね」

「はぁはぁ…そんなことはない。ネズミの仕事を馬鹿にするな。俺みたいな奴はこうするのが生きる道なんだよ……ぜぇはぁ! ぐっ、クソ! ひ、引き離される!」

 

 そしてただでさえギリギリだったペースを上げられ、あっという間に置き去りにされた。

 

「ネズミなのは否定しないんですね。誰だか知りませんが、自分をよくわかってるのか、ただ無粋なだけか……」

「両方だろう。妨害できるほどの力もないのに、実にナンセンス。無駄な努力ご苦労様だねぇ」

「っくしょおおおっ……!」

 

 消耗は置いても、あまりにも基本能力の差が圧倒的すぎたのである。

 早苗は才能や能力がどれだけあっても誠意のない者を嫌う。その筆頭が誰かは言うまでもないが、似た部分を持つ者にもいつもより少し厳しく当たることがあった。橋本はそのセンサーに引っ掛かってしまったのだろう。

 

「ああ。これがみんなは1人のために、1人はみんなのためにってヤツですか! ……楽しいかもしれない♪」

「Hmm……それは少し違うのではないかね、と指摘するのも無粋か。それなら、美しくそのまま受け入れるとしよう。夢月のように」

 

 元々、2人の視界にも入っていなかった橋本が最後に聞いた声は、本当に橋本のことを何とも思っていないと伝わるものだ。

 それは、早苗と高円寺にとっておそらくなんとなくの気分で。いっそ無慈悲と言えるほどで。橋本は無力感を押し付けられながら遠ざかる2つの背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 規格外の存在達の快進撃はまだ続く。

 

「───来たよっ! これは……とんでもない速度!」

 

 トランシーバーの通信によって高台から偵察していた朝比奈の声に、2年生の要注意人物2人を待ち構えていた3年生達の間に緊張が走る。

 対する片方は、この無人島サバイバル2週間において南雲以外をあしらうようにして寄せ付けなかった高円寺。片方は、1年前の体育祭で生徒会長だった堀北学を相手に大立ち回りを演じた早苗。学校でも屈指の2人が、凄まじい速さで接近しつつあったからだ。

 

「六助さん、最短距離を突っ切りますよ!」

「ふむ。道は塞がっているか。引き返すか回り道するなら今のうちだよ、グリーンガール」

「貴方らしくない無粋な問いです。道がないなら作るだけの簡単なお話。行きます!」

「それは失礼。確かにその通りだ。

 しかし……ふははっ! ショートカットか。面白い、突破してやろうじゃないか」

 

 南雲かその仲間がゴールするまでの時間稼ぎが目的とはいえ、精鋭チームを左京に当てて残ったフリーグループ(勝ちを狙わずサポートに特化させたグループのこと)は人数にして約20名。

 ある者は笑みを浮かべて強がり、ある者は人数差を理由に嘲笑し、ある者は『諦め』を内心に隠しながら、正面突破を図ろうとする挑戦者を待ち受けた。

 

「ははっ、はぐれメタル以外にも活きがいい奴が多いじゃねぇか、面白ぇ」

「油断するな。損得も計算できない馬鹿とはいえ、そんな馬鹿に抜かれるようじゃ面子が丸つぶれだぞ?」

「…みんな、来るっ! 男女別に穴を塞いで遠回りさせるだけでだいぶロスができる! ストレートには抜かれないで!」

 

 そこへ東風谷早苗と高円寺六助が無造作に突っ込み、すれ違いざまに早苗の口が開く。

 

「───次々と鬱陶しい。邪魔よ鈍亀ども。道を空けなさい」

 

 端的極まる数個の言葉だけで、全ての生徒が戦慄し、凍りつく。

 早苗を押さえつけようとする男子も。高円寺が避けざるを得ない女子も。

 隘路で多人数に道を塞がれようと、そのまま前後で挟まれようと、減速どころか一瞥すらしない。

 遥かな高みから睥睨するような冷めた眼差しと言葉を残し、稲妻のごとき動きで僅かな隙を突き最小限に人を避けて一息に駆け抜ける。それはあたかも風神と雷神の加護を得た疾風と迅雷の如し。

 

「普通に突っ込んで来やがったぞ!?」

「速えっ…! なんなんだアイツら!?」

「くっ、無理はできん! 一旦抜かれた以上、このまま追えば後続組に衝突する。事故を起こすのは勘弁だ」

 

 ただ、最初からこの2人を待ち構えていただけあって、朝比奈が率いる3年生の集団もただではやられない。“ほぼ”確実に通らなければならないポイント(道の左右は大岩と深すぎる藪)には、スクラムを組んだ男女10名ほどでなんとか対応しようとしていた。

 まぁ、大岩を目掛けて三角飛びした高円寺と、鬱蒼とした藪に突入しながらも不思議と速度も落ちないどころか全く枝や葉に引っ掛からない早苗には、普通に突っ切られたのだが。

 

「嘘でしょ!!? この人数で一瞬すら足止めできないの!?」

 

 冒険家は道がなかったり塞がっていた場合、より労力をかけなくて良いルートを瞬時に算出して導き出すという。

 2週間ほどで人や獣(尤も、この島に大型の獣はいないが)が通ってできた道は確かに比較的進みやすいが、最初に切り拓いた者次第で案外直線にはなってなかったりする。岩や川、高低差による地形の制約などがあるからだ。だから彼女らの場合、それが可能なら直線で進むのが最適解となる。

 

 そして最適解を選べるなら、人が行き来して道っぽくなっているルートなど無視すればいい。

 勿論、怪我のリスクはあったものの、それこそ今更すぎる。自分達を信じた存在に応える以外の選択は、今の早苗と高円寺にはありえなかった。

 ただ軽く、お互いに目を合わせて頷く。それだけで行動開始である。

 夢月が初日から実践していて、無人島の途中で雑談混じりに早苗と高円寺それぞれへ伝えていたこの話を、2人の規格外は容易く現実に応用できていた。

 

「特別な利益になるわけでもないのに、『勝手に』無駄な危険を犯してまで信じてくれる人がいた。そしてたくさんのモノをくれたのです。私がこれくらいやってみせなくては我が守矢神社の名が廃りますよ……」

「ふっふっふ。君もまた美しく楽しい。やはり私が関わるなら君『達』がいいねぇ」

「今回は負けませんよ、六助さん」

「それは私も同じだよ、『東風谷早苗』」

 

 認め合いつつも、競い合う。

 彼らの中に混じることができる存在がいるのなら、それはきっと―――。

 

 

 

 邪魔をする存在がなくなり、ここからは正真正銘、早苗と高円寺の一騎打ち。

 一応は抑えていたペースも、ゴールの港が近いE6に差し掛かったあたりで最高速へ引き上げる。天文部員の仲間同士ではあってもお互い容赦なしだ。

 早苗も高円寺も気兼ねなく全力で競い合える相手と状況に、自然と笑みが溢れて止まらない。

 

 ぶち抜く。

 細かいことは考えず、ただそうするだけでいい。この今を整えた存在はそう願って、つまらない『些事』を自分で引き受けた。

 ならば、もう自分を止まらないし、止めさせない。誰が止められるというのか、この自分を!

 テンションが際限なく上がってきて、すごく楽しい勝負なのだ。最後に勝って有終の美を飾ろうじゃないか。お互い『勝手に』シンクロしつつ、似たような内心で突き進む。

 

「ふっ…ふはははっ! 予想以上にやるじゃないか、早苗!」

「六助さんこそ! 正直、この私と正面からやりあえるとまでは思ってませんでした! 退屈する暇もないくらいとても楽しい……!」

「こういうのだよ! こうして私と高め合うことのできる存在は、私を更なる高みへと押し上げてくれる! 退屈なんて夢月に乗った以上はありえないしねぇ!」

「退屈なんてさせませんよ! なんせ私が勝つんですからね! 六助さんには、悔しさをバネに更なる努力と精進を望みます、なんてね? あーっはっはっは!」

「はははっ。この私に努力と精進か! では、日頃の成果を示してやろうじゃないか! 君が付いて来られるならね!」

「上等です! ブッチギるどころか付いていけないなら、端からこんな無茶苦茶な事に関わったりしませんよ!」

「……ククッ、そうか。それも尤もな話だ!」

 

 煽り合いはしているが、早苗につまらない考えはなく、勝利に執着しているわけでもない。夢月と同じく、早苗も試験結果などに然したる関心は持っていなかった。

 ただ、信じられているという確信と自分に流れ込んでくる力が早苗を最高のテンションに持っていく。

 早苗は半ばノリに乗っているだけで、高円寺も自分の全力でさえ圧倒できない存在の『ソレ』に引き摺られるかのように、全力以上を引き出せている。当然、裏など無粋なモノもない心情をわかった上でだ。

 

 利用できるモノや地形は全て利用する。最大の武器であるスピードを一切殺さない。

 人の壁を持ち前の身体能力でごり押し罷り通る。

 結果、早苗と高円寺の双方がこれを軽くこなし、抜きつ抜かれつの均衡を保つことで成立する奇跡的な名カードがここにあった。

 

 頭の中で島のマップを思い浮かべ、ありえる障害物を計算に入れ、早苗達は自分が進むべき道をそれぞれ見通す。

 夢月のような勘はなくとも。四方ほどの集中力はなくとも。彼女らの能力からすれば、引かれた導線を俯瞰しているようなもの。

 あとはそこへ沿って直進すればいい。

 

 ほぼ直線なれど木々が方向感覚や土地勘を狂わすルートだが、お互い以外が対応する暇も与えない速度で駆け抜ける。地図を把握するだけでは決して見えない真の最短ルートを疾風のように走破。

 そしてついに森を抜け、E8の砂浜…最後のチェックポイントが目視できる距離に。あそこに先に到着した者が実質的な勝者だろう。

 現状は男女差か早苗が僅かに後ろ、高円寺がトップだ。

 しかし、その差は本当に一歩分もない。

 

「ほうっ、引き離せないか! 流石……!」

「負けない……! 絶対に負けたくない!!」

 

 本当はこの機会、この気持ち。綾小路という輩に向けて完璧に潰したかった。

 だが、夢月にあれだけ釘を刺されたらしかたない。

 それを抜いても彼は充分に色んなことを早苗に教えてくれた。これ以上邪魔するのは、それこそ綾小路と同じ場所へ落ちてしまう。

 

 だったら、身体や思考回路がショートするくらい強い嬉しさに。

 胸から想いが溢れんばかりの仲間に対する義理固さに。

 なにより、信仰を儚き人間の為にと、よりによってこの東風谷早苗に宣う『信仰』に。

 夢月さんに最高のお返しをするのは今しかない!

 後のことは考えず、ただ今できる全力を───。

 

「たとえ本人が勝敗なんか気にしない人でも、この私を信じ抜いた者を負けさせなくないッ───!!」

 

 そうした早苗の想いが届いたとでもいうのだろうか。

 自然と『風』を纏うような早苗が徐々に追い上げていく。

 

「くっ、これは……!?」

 

 本来、純粋な身体能力では早苗は高円寺に一歩及ばないだろう。彼には高校生離れした体力と脚力がある。互角に渡り合い、お互いに全力を尽くせば、勝ち目は低いと言わざるをえない。

 だが、この時の早苗の気迫と雰囲気はまさに奇跡の風祝。

 『信じられた力』を使いこなせたか否かが勝敗を分けたと言えるだろう。ルール違反染みたチートではなく、これまで培ってきた信念の強さがこの結果を生み出したのだ。

 人はそれを『奇跡』と呼ぶ。

 

 E8のチェックポイントで給水という課題を走りつつ済ませてそのままゴールした早苗は、出迎えた愛里に久しぶりの全力を出して疲れた身体を預けた。

 自分が使えるモノを全て使って走破した……“信者”達に考えうる最高のお返しができたのだ。特にあの大抵の物事に執着しない奇妙奇天烈極まる人のくせに自分を凡人などと嘯く不定形魔物もどきなら、自然に察して良いように解釈するだろう。

 早苗のするべきことはもう終わり。

 なら、ちょっとくらい柔らかくて心地好い感触の海に溺れてもいい。と、早苗は抱きついている愛里の身体に身を沈めて外野の声を遮断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清隆が僕を追走してきたということは、アイツが申し込んできた命名決闘の中身も自動的に判明する。

 すなわち、『高円寺』が示唆していた目的を妨害するか否かだ。

 具体的には、このレースで…ひいては無人島サバイバルで高円寺が上位1位になったら、高円寺にブレーキをかけることが可能な奴が不在になるので僕の負け。直接的手段を取らず、それ以外の結果なら清隆の負けっていうな。

 

 この結果を導き出す解答は、僕をゴールさせないか、早苗を妨害するかのどちらかが妥当だろう。

 おそらく本命は南雲と1年生。そして清隆のことだから、あといくつか手を打っているはずだ。予想も付く。

 ならば、ここに至って策を弄する必要はない。

 正面突破あるのみ。

 

 ちなみに余談だが、天才というモノは歴史的に見ると地方出身であるのがほとんどである。

 勿論、都会や中央から生まれる天才もいなくはない。だが、割合は明らかに片田舎の地方での輩出率が圧倒している。また、地方出身の天才が不遇に見舞われる確率も……。

 ここで言う天才とは記録だけではなく、記憶に残るほどの人物のことだ。

 

 例えば、モーツァルトやベートーベン、ショパンなどは音楽分野の知識が少ない現代人でさえほとんどが名前や曲を知る天才音楽家だろう。しかし一方で、彼らの晩年は干されていて作品もあまり発表できなかった、という事実は意外と知られていない。

 特にモーツァルトは成人すると時代の流行より20年も早く優雅で情緒的な曲を作り始めたため、急速に売れなくなっている。死後10年後にモーツァルトの曲に時代が追いつくまで埋もれていた遺作が発表された後の大ヒットまでだ。

 

 そして彼らの同期は当時の流行に乗った曲を次々と発表し、生前だけなら比較にならない天才扱いだったが……この同時期の『有名』音楽家のうちで名前がパッと出てくる者はいるだろうか。ああ、音楽の父と名高いバッハを除いてだ。

 

 また絵画ではゴッホの例もある。『ひまわり』などの有名作品を出さずとも、彼も長らく干されていた天才なのは周知の事実だ。

 いかに発表の場やパトロン、出版社とかから干されようと、記憶に焼き付くほどの素晴らしい作品はいつか誰かの目に止まる。逆に流行に乗っただけの作品は後世の記憶には残らない。

 これら後世に残る作品を生み出す天才は、その多くが地方出身である。

 

 偏見混じりかもしれないが、おそらく中央で英才教育を受けて秀才の最高峰になることはあっても、真の意味での天才はほぼ出現しないのではなかろうか。まぁ、日本以外に限ってはそもそも近代に至るまでの中心都市の識字率も関係しているかもしれないが。

 なぜなら、意外かもだが欧州の都市全体の識字率も数%程度で、計算にしても後世に名の知られた大学者でも簡単な暗算もできない人が珍しくない事実が存在するからだ。

 欧州では19世紀まで桁合わせするという発想が、イタリア商人の中だけで使われる秘術扱いになっていた事からも導き出せる。

 

 大都市に暮らす大多数が、計算屋という職業があってそこで作られた様々な数表の中から求める答えを探すという計算法?を使っていたらしい。

 そのため同時代の日本では10歳前後の子供が10分かける程度の計算を、学者が数表を手に何日もかけて計算していた記述をあちこちで見かける。

 この計算屋という職業は20世紀初頭まであったので、高等数学は識字率(読み書き)と同様にかなり特殊技能寄りな位置付けだったのだろう。

 

 一方、日本は戦国時代ですら庶民の識字率が6割近い。

 当時数年ほど日本に滞在していたイエズス会宣教師・フランシスコ・ザビエルの残した手記に、庶民の暮らしが記録されているのが裏付けになるだろうか。

 ザビエルが旅の途中で立ち寄った茶店で接客をした町娘が、本を読んで笑いつつ、暗算で会計してお釣りを返してきたことに大変驚いたという記録だ。笑っていた記述からすると、おそらくコメディ色の強い小説を読んでいたと思われる。

 

 戦乱期でさえ、お上のお触れを正しく理解できるようにか貸本屋や各種作家などがすでに存在しており、庶民にも本を読む習慣があった。ゆえに当時の日本の識字率が6割近くある一説は、それなりに説得力がある。

 更に昔から教育は読み書きソロバンが基本の日本。暗算も庶民…商人は勿論、一般の町人にとっても当たり前だったのだろう。

 

 長々と脱線したが何を言いたいのかというと、成長する環境に依存する天才は秀才の究極型にしかならないのではなかろうか、ってことである。

 こういう環境型天才は、学力が常識外れに高いとか、スポーツ選手もかくやといった身体能力とか、大人の職業軍人にも勝るような戦闘力だとかはありえると思う。何処にでも、こういう例外が稀には出現するのを僕は経験で知っていた。

 

 だが、まだ世に出てないか開拓中の分野、芸術や技術、あるいは長い目で見ないと結果がわからないことなどへの発想は乏しくなる印象だ。

 記憶より記録に残る系で、清隆含むホワイトルール関係の奴らや坂柳さんとかだな。

 

 一方で野生の天才はこうではない。

 それこそ型や常識に嵌まらないので上手く表現できないが、僕の友達や知り合いの天才に限定しても記録より記憶に残る奴らだろう。四方や愛里、早苗、高円寺、南雲あたりが顕著だな。

 なお、清隆はここに僕を含めている節がある。今回の命名決闘自体を環境型天才による最終試験に利用したかのように見えるからだ。

 実に面倒臭そうな事を考えてるっぽいがしかたない。手を借りた分くらいは返しておくのが美学である。

 

 でも無人島サバイバルは、彼ら彼女ら様々なタイプの天才に全員ひっくるめてそこそこ借りを返せる良い機会だった。

 能力が天才級であろうと、偉くなるに従って生じる重責に潰される者は多い。事実、学や一之瀬、少し違うが櫛田は周囲のフォローなどでそうならなかったものの潰されかけていた。

 

 しかし、この重責によって輝きを増すタイプもまた稀には存在する。こちらは高円寺や龍園、南雲が顕著だろう。

 信念や目的を掲げてこの非常識な学校生活を駆け抜けようとする彼らに僕が感じるのははたしてなんだろうか。

 う~む。憧れ、感銘、無力感……どれも微妙に違う気がする。

 

 なんにしろ、特別試験や競争を真剣に行う者達が舞台俳優だと見なすなら、僕や四方、清隆などは裏方の役割をしていたに過ぎない。

 早苗や高円寺のように華々しく競いあったり、櫛田や坂柳さんのように有利になる策を講じたり、石上君や椿のように状況を操ったり、龍園や南雲、一之瀬のように人を率いる立場にならない限り、僕のような凡人が彼らと同じ舞台に立つ想定など無意味な妄想だろう。

 そう。僕は普通の凡人なのだから、それだけは決して失念してはならない。

 

 

 

 つらつらと意味もなくそんな事を考えながら早足で港へ向かっていると、異常極まることに清隆の姿が視界に入った。

 思わず遠い目になって、諦め混じりの懇願をしてしまった。

 

「うん。だから、餅は餅屋に、リーダー・参謀はリーダー・参謀に……天才は天才を相手してくれないだろうか?」

「夢月、お前なぁ……。そういうとこだぞ」

 

 なんか最近、みんなにそう言われてる気がする。

 

「怖くなかったのか?」

 

 主語はないが、おそらくアイキャンフライの件だろう。

 正直に答えた上で話を逸らしておこう。思い出すと怖くなるからな。

 

「怖かったが、そこはもう克服するしかないだろ、あの局面なら」

「克服ってより、忘却してた感じだが」

 

 お、早速チャンス到来。

 

「同じだよ。『恐怖』を克服することが生きることだ。そう───」

 

 いっぺん言ってみたかったんだよな、このネタ。

 

「───世界の頂点に立つ者はッ! ほんのちっぽけな恐怖をもッ! 持たぬものッッッ!」

「それは……なにか有名な台詞、なのか……?」

 

 清隆は呆れ果てたという風にしてるが、まさかジョジョも知らないというのか。なんと娯楽知識が乏しい…偏った奴なんだ。逆に読ませてみたくなるんだが。

 ちなみに世界の頂点とやらも恐怖を克服とかも、僕とは縁がない事実はスルー安定である。

 

 いや? それ以前に、さっき崖の上下で別れてきたばかりなのに、もう僕に追い付いてきた清隆に呆れられるのは違うだろ。南雲含む多数もいた場所から、どうやってここまで来たんだよ。

 少し疑問も湧いてきたし、聞いてみるか。

 

「てか、清隆は高円寺ばりの速度であの崖を降りたの? それとも下山道を疾走してきたの? いとも容易く時空を無視して常識から外れんじゃねーよ」

「ナチュラルに自殺行為のリスクを踏み倒して、当たり前のように無事なまま突き進むお前が言うな。オレは常識的に普通のショートカットで崖を降りただけだ」

「南雲がここにいない時点で、普通のショートカットではありえないんだがそれは」

「あっちは手駒が足手まといになってたからな。じきに追い付くか先回りしてくるだろう」

 

 僕が無理して全力で走れば南雲の先を目指せるかもしれないが、正直そこまでの体力はない。

 今だって最短距離じゃなく、前に鬼龍院先輩に肩を貸してゆっくり進んだ平坦な道を選んでるくらいだ。それでも時間制限には間に合う計算だが、勝ち負けは早苗に託してある。高円寺相手といえど、おそらく早苗が勝つんじゃないかと思ってはいるが。

 まあ、僕は必要な時に必要な事をできる余力を残しておく方がいいだろう。

 と、その時、進む先を倒木が塞いでいるのが見え、なにを思ったか清隆が僕にこう言った。

 

「よし、夢月。オレを足場に登れ」

「そんな!? 清隆を足場にするなんてヤバいだろ、おい清隆。足場が動くな。登りにくいだろ」

「?」

「まったくよぉ。しっかりやれよな」

「???」

 

 だから、ありがたく好意に甘える。当然だが、僕が上から手を伸ばして清隆を引き上げ、貸し借りはトントンにしておく。

 なお、清隆は軽いやり取りの後、しばらく無表情の中に疑問符を大量に浮かばせていた。まったくわけのわからない奴だ。

 

「だが、光栄に思いたまえ。見方を変えれば最大級の賛辞だ」

「……字が違うんだよ。なに言ってるかわからない惨事だ」

「ふっ。自己紹介か。惨事拡大をしょっちゅう起こす清隆が言うと説得力があるな」

「不名誉すぎる評価。オレが惨事を起こすわけじゃない。惨事がオレに寄ってくるんだ。夢月だって面倒事に好かれまくってるからわかるだろっ」

「お、おぉう。返す言葉が見つからねぇ……。止めようか、この遊び」

「……ああ、止めよう。お互い傷に塩を塗り込み合うのは不毛すぎたな」

 

 障害物を乗り越えたり、走りながらする話題じゃないな。

 これ以上続けても気分が落ち込むだけなので、サクッと切り替えよう。

 

「そ、そう! 元々は福祉系予算を確保する臨時措置だった消費税の話でもしよう! 新たな見方を発見できるかもしれない」

「消費税ってお前……。たしか1980年代の日米構造協議で導入するよう日本に圧力をかけていたんだったか?」

 

 うん、唐突な話題を出しても付き合ってくれるコイツは、やっぱりイロモノだけど面白い。

 てか、こうなると清隆は僕を助けに駆けつけたってことか。口に出すのはアレだから、内心だけで感謝しておく。

 その上で、種を仕込んでおこう。

 

「情報公開はまだ少し先だけど、ほぼ確定だろうな。あの国のやり口とその後からして」

「まぁ、日本には強引に導入させておいて、アメリカは全く導入してないからな、消費税って」

 

 改めて僕が言うまでもないが、消費税は経済活動を悪化させるのが明白な制度だ。余程の経済危機でやむを得ずの臨時措置ならまだしも、馬鹿やスパイでもない限り、倍率を上げたり、まして自国へ導入なんてしない。

 そんなモノを、自国では物品税や付加価値税を消費税と言わせて誤魔化しつつ、過去から現在にかけて日本には導入→定着させたんだから大した策略だとは思う。

 

 ただ、他の国でも消費税はやってる的な宣伝にはメディアも一役買ってるし、ここらへんがメディア全般をただの反日機関じゃね?と僕に思わせる大きな要素の1つだ。

 なんせ実際の消費税なんて他国にはあまり導入されてないからな。

 

 特に政府や大手の報道機関がこれを知らないなんてありえないし、もし本当に知らないならありえないレベルで無知・無責任にもほどがあるだろう。

 物品税などで偽装されたのを信じ込んでそう思い込まされてるにしろ、「経済大国なのに工作活動で経済悪化させるのチョロッ」とか思われてるに違いない。

 

 こうした事例は他にもある。

 ある一件があって大量の難民が発生してからの対応だ。ここでもドイツに対して移民を大幅に増やすように求めてたが、アメリカは一応受け入れるつつ審査はかなり厳格だった。

 つまり言い分はこうだ。自国では移民審査を厳しくしつつ、ドイツやヨーロッパには緩めろ、と。

 罠かよ。明らかにヤバい事をまず他国にやらせて実験し、自国の影響を最小限に抑える手口は恐ろしいものだ。

 

 しかもこれらの情報は普通にアメリカが公開してたのに、陰謀論で片付ける理解不能な者達もいる。更に、ここまで情報が暴露されて過去の目論見まで表に出てさえアメリカに言われた政策を続けようとしてる財務省や経産省、厚労省などの愚かしさも見えてくるわけだが、今更なのでそれは諦めた。

 僕が感銘を受けたのは、このアメリカという国含む大国の数々の信用を落とし、米ドルまで暴落させるだろう情報公開に踏み切ったT大統領の見えている『先』だ。

 

 つまり、T大統領は自国に通貨発行権を取り戻す目的でやったのだろう。

 現行の連邦準備制度だと、本来自国の政府が握る通貨発行権が他国にも握られてしまっているからな。経済を重視しているT大統領としては、目先の不利益とリスクに目を瞑ってもなんとかしておきたいのだ。かなりヤバい橋を渡ってる気はするがな。

 

 並々ならぬ覚悟で望んだことだと思われる。

 米ドルという名前なのにアメリカで自国通貨を発行していない捻れを正常化しようっていうな。アメリカ史上最多の3度の暗殺を乗り越えてってだけでも、T大統領の凄まじい本気を感じる。抜きん出た経済センスは置いても、専門と言えるほど詳しくないと思われる軍事や政治を適材適所へ投げる賢明さもあるし。

 

 賛同できない部分が多少あろうと、彼は『本気で政治をやってる本物』の1人だったのかもしれない。安倍元首相と…鬼龍院先輩曰く鬼島現総理も。

 IFがナンセンスだと承知の上で、返す返すも惜しい。

 安倍元首相の暗殺テロがなかったら、彼らにはどのような構想があったのだろう。今となっては想像するしかないが、友人なのが納得の本物のトップ同士である。

 

「僕も肖りたいものだ」

「肖る? なんのことだ?」

「天才や傑物を僅かでも理解できるくらいには、自分の視点をなるべく高くへ持っていきたいってことだよ」

「夢月の視点はかなり特異だと思うが」

 

 今世の鬼島総理にも、こうした政財界や軍事系統の友人兼ライバル的な存在がいるのだとしたら、できる支援はしておくべきだ。

 少なくとも暗殺テロなんかで終わらせてたまるか。鬼島総理は当然として、彼が信頼を置ける存在にもだ。

 

 僕程度じゃ大したことはできないとしても、将来手を貸せる要職に就く可能性を感じさせる高円寺や清隆には視野を広げる助けになればいい。それが巡り巡って望む未来への道筋と恩返しになるならやるだけやってやる。

 まぁ、高円寺は経済系、清隆は官僚系と微妙な性質差はあるのだけども。

 

「視点といえば夢月」

「どうした? またおちょくって欲しいのか? 欲張りな奴だな、疲れてるから今度な」

「違う! 立て板に水のごとくまくし立てるんじゃない。高円寺と東風谷のことだ」

「ああ、それな」

 

 脈絡なく高円寺達の名前を出すから、考えを読まれたかとビビったわ。

 

「夢月は東風谷が勝つと考えているのか?」

「勝てれば最高だなってだけ。一応は舞台を整えて僕の考えも『読ませた』けど、どうなるかはアイツら次第だろう」

「どちらでも借りを返せるからか……」

「ちょっと違う。僕には一定以上の天才がもたらす結果なんか読みきれん」

 

 本心を吐いたのに、なに言ってんだコイツ? みたく清隆に見られたのでちょっと補足。

 

「……四方が無人島サバイバルに参加できなかったからか、早苗にも高円寺にも不完全燃焼感が燻りそうだったんだよ。なので、全力でやりあえる同士をセッティングした。それだけだ。基本的に僕が助けてもらってるのに、不義理な真似なんかしねーよ」

 

 船で人狼ゲームやった時、僕に合わせて清隆を挑発しまくってたし、少なくとも早苗は退屈しかけていた…んじゃなかろうか。

 けど、それが転化して『早苗視点で歯ごたえのあるムカついてしかたない敵』である清隆狙いの動きをされると、下手すればホワイトルーム関係よりヤバかった。月城さんの仕事もあったから尚更だ。

 

 少し前に七瀬を焚き付けて、宝泉の喧嘩に自分も参戦してきた真意がおそらくこれだからである。

 すなわち、清隆を完膚なきまでに潰すっていうな。

 邪魔した僕と本気の立ち合いまで望んで実行しようとしてたから、早苗にとって余程許せないナニかを清隆がしたのだと思う。

 

 ゆえに、ちょうど自分を止めてくれる相手を探していたと思われる高円寺と相殺することで、早苗達の双方のガス抜きを図ったわけだ。

 結果がどうなろうと、全力で楽しめる相手同士だろうし、友達が楽しめるんなら僕は満足だ。きっと華々しい頂上決戦で付いていけるかも定かじゃない観衆を巻き込みつつ、笑いながらやりあったに違いない。

 そして、これをなんとか止めたのが僕が清隆に返せる試験外の借りなのは言うまでもないだろう。

 

「……正直、助かった夢月。代わりに、あとはオレが守ってやる」

「そういう台詞は女に言え。だいたいお互い様だし、友達間のWINWINな持ちつ持たれつに余計なモノは不要だろ?」

「ふっ。そうだな。お互い様、か……」

「そ。んじゃ、どこぞの風祝の勝ちを願って、もうひと頑張りだ」

「はははっ。なら、オレは堀北か高円寺の勝ちでも『願って』おくか」

 

 どっちが勝とうが、僕も清隆も無事に笑い合えている時点で目的はほとんど達成された。

 これなら『早苗と高円寺の双方』にも、それなりに借りを返せたことだろう。やった甲斐があるといいな。

 

 僕にとって無人島サバイバルの勝敗はオマケ程度だったから、あとは早苗が勝った想定で不甲斐ない真似をしないよう完走を目指すだけだ。早苗が高円寺に勝って、僕が完走できなかったら画竜点睛を欠くなんてもんじゃないからな。

 

 一応、僕と清隆は勝負している最中だというのに、いっそ奇妙なほどいつも通り(内心はともかく)に駄弁りながら、共に無人島サバイバルのスタート地点であり、レースのゴールである港へ“助け合いながら”進む。

 いやまぁ、清隆的に勝負は決着したからなのだろうけども。

 とまれ、収束点はもうまもなく。

 

……それにしても最近ようやくわかってきたけど、清隆は謀略系の話になると意外にノリノリになるのはどうにかしてほしい。怖いわ。

 





 投稿が遅れた言い訳。んなもん見たくないって人はスルー推奨。
 ちょっとパソコンの調子が悪くて、スマホで打ってたら遅れました。
 しかもパソコンの機嫌次第だけど次も遅れるかも。フィナーレまで残り少ない時にすいません。

 あと本当は7月5日くらいには今話はできてたんだけど、何気なく調べてみたら2016年の旧暦の七夕が8月9日で、天体観測に絶好な美しい星空だったらしい。てことは、原作で7月20日スタートの無人島サバイバル終了が8月3日でそれから1週間は船旅のはずだから、ちょうど船旅終了の直前くらいが旧暦の七夕か。
 いっそ現実の日付も誕生日(夢月&一之瀬)から始ま…った方はどうしようもないから、旧暦七夕で合わせた投稿がいいかもしれない。
 って、天体好きな血が騒いで、つい無駄なこだわりと特に意味はない思いつきを実行してしまった。いや、なんとなくのノリと雰囲気で。
 ただ、流石にそんな長期を投稿せず待機はアレだったので、新暦七夕に投稿を合わせてみました。
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