「クックック。久々に切れちまったぜ」
「ああ、またなんか言い出した……」
「話題がな」
「まだたいしたこと話してないだろ」
「……というわけで帰っていいか?」
「いい加減にしろ。話が進まないだろうが!」
非常にやりにくい。
いまだ四方と柴田に包囲されている現状では口しか出せないというのに、その口から出る言葉が切れかかっている。こういう時に友達である二人、特に四方は厄介だ。何をやろうと話そうとロックオンされ続けているのだ。
それに前方では多少撹乱したとはいえ神崎が目を光らせているし、一之瀬まで復帰を果たしている。
会長の説教地獄の時ほど絶望的な状況ではないが、逃げられる道が見えない。
「左京君って、こんな人だったんだ」
「一之瀬、油断するな。はぐれメタルというだけあって、逃げるバリュエーションも豊富なようだ。念入りに警戒するに越したことはない」
「しっかりして神崎君! 乗せられてるよ!? 最初は普通に話してみたかっただけで、そしてそれだけだったじゃない!」
「…………そういえば、そうだったな。いつの間にか左京のペースに乗せられていたようだ」
そして最後の希望であった神崎の混乱も一之瀬によって解除されてしまったようだ。
―――これは詰んだ。
「クラスの運営方針について意見を聞きたい?」
僕が諦めた事で話し合いできると思われたのか、一之瀬から切り出された話は意外なものだった。面倒そうなのは変わらないが、予想とはその方向性が違うというのだろうか。
なにせクラスの運営やら方針やらと僕はこれまで関わった事もないし、目立ったと思われる行動も先週のクラス会議だけだ。とすると、これは僕個人に意見を求めているのではなく、広く募ってクラス中に聞いて回っているのかもしれない。わざわざクラスとかかわりの薄い僕にまで聞くほど人材が枯渇しているわけではないのは、四方の存在が証明しているのだ。
こんな話なら始めから普通に話しておけば、あっさり解散になっていたかもしれない。逃げようとすることでかえって面倒を引き起こしてしまった例として、肝に銘じておくのがいいだろう。
まぁ、それはそれとして。
「なんで僕に? 自分で言うのも恥ずかしいが、僕はこれ以上ないほど普通の凡人だぞ。方針とかそういうのは優秀な奴、例えば一之瀬自身や四方、神崎の方がいいんじゃないか?」
「ふむ。
入学直後にバイト探しや創部に動き出し、次の週にはそれらをほぼ達成する行動力。
競泳では普段の自身の実力を超えるだろう四方や柴田を上回る結果を出して、顧問獲得の交渉を成功させる交渉力と勝負強さ。
小テストでは一之瀬とも同率の1位95点を取る学力。
先日のクラス会議では、信用創造という誰も考えていなかった案を言い出す発想力。
……これが自称凡人がこれまでの1ヶ月で成した実績と見せた能力なのだが、これを聞いても意見を聞く価値もないとでも?」
「確かにそれだけ聞くとほっとけないわな」
「それに四方君から聞いたけど、4月中にCPについても予想が付いてたって」
「ああ、プールの少し後だったかな。確認したいと言われて聞かれたなぁ」
「あれのおかげで少しはCP減少も抑えられたと思うんだよね」
そんな事実ではあるが異常に持ち上げられた評価を聞いた僕は、落ち着くためにふぅ、と一息吐いて神崎達を見つめた後、自信を声に乗せるように堂々と言い放った。
「それは誤解だ」
「こんな誤解っていう言葉の使い方する人初めて見たよ!」
「褒められてるんだから素直に受けとけばいいだろうに」
「まぁ、落ち着いて聞け。
バイトと創部は偶々良い巡り合いをした結果だ。学力についても、小テストでは解かせる気しかない問題と解かせる気のない問題の構成で、偶々解かせる気のない問題の方を知っていただけ。信用創造の件も偶々僕の他に言い出す奴がクラスにいなかっただけで、銀行と聞いて思い浮かべた者はいたはずだ。
……さて、これで誤解は解けたか?」
「何回、偶々って言うんだよ」
「ありえないと思うのに、左京の場合、本当にそう思ってそうだから謎に説得力すら感じてしまうんだよなぁ」
「ああ、それとCPについては会長や葛城・戸塚と話してる時に偶々判明していったから、僕の功績じゃない。ついでに、偶々は最後含めて5回だけだ」
これだけ言っておけば僕の過大評価に至る誤解はある程度解けただろう。
それに加えて、元々の質問というか意見についても現時点の思うところを言っておけば納得させられる可能性は更に上がるはずだ。
「あと一応言っておくと、今はクラスの運営方針とかに不満や何か言いたい事がある訳じゃないから何も言わないけど、意見を言う必要ができたら言うよ。勿論、一之瀬達が困ってたり問題が起きた時には微力ながら手を貸すしな。まぁ、僕自身は何が何でもAクラスを目指したいわけじゃないから、場合によっては断るかもしれないけども」
「やっぱり左京はAクラスの特権に興味なかったか。俺は実家の商売があるから卒業だけできればよかったけど」
「四方もかよ。もしかして案外特権目当ての奴って少なかったりするのか?」
「そんなの知るか。僕は若い内は世界を旅したいから、その辺に融通の利く大学や職場へは推薦なしの実力で行くことがせめてもの礼儀だと勝手に思っているだけだ」
正直、一之瀬のクラス会議での手際を見る限り、運営だの方針だのへの口出しは無用どころか害悪ですらあるだろう。一之瀬が健在で問題が起きるとしたら、学校や攻撃的な問題児とかのクラス外への対処あたりではないかと思う。
「一之瀬、どうする?」
「……私の意見だけど、とりあえずこのままでいいと思う。左京君がそれで良いなら口を出す事じゃないし、手も貸してくれるみたいだしね。私としてはもっと前に立ってくれると助かるけど、会議での約束があるとはいえ無理強いしたら左京君がどう出るか全く分からない。今まで見たことがないタイプだから、計りかねてるっていうのもあるかな?」
「俺がこれまで友達やってて知った左京は、朱に混じって赤みもささないような奴だから、上手いこと動かすには何らかの仕掛けがいるかもしれない」
「どうしても左京を動かす必要ができたら、動かざるを得ない状況を作り出すのが良さそうだな」
「そうかぁ? オレはキチンと頼めば渋々でもやってくれそうな奴だと思うけどな」
今回は、本当に予想したような面倒ではなかったようだ。
それはそうと、4人が仲良きことは良いのだが僕への対応が杜撰なのではないだろうか? このままでは便利屋のように使われたりするかも知れないので、釘を刺すと同時にタイムアップを知らせることにした。
「お~い、皆さん。本人の目の前で考察したり堂々と面倒事に巻き込もうとするのやめてもらっていい? なんかあれば一応手伝うって言ってるんだから、もうこの話は終わり! さぁ、そろそろ本当に昼休み終わるから教室に戻ろう」
「にゃはは、ごめんごめん。つい、ね。
……ホントだ! いつの間にか時間経っちゃってたね。みんな少し急ぐよ」
一之瀬は軽く謝りながら時間を確認すると号令を下して教室へと向かい、神崎と柴田が小走り気味についていく。
僕はあえてゆっくりと席を立って遅めに歩き出し、3人の姿が此方を少し気にしながら徐々に遠ざかっていくのを見て、ようやく息を吐いて緊張を解いた。
「お疲れ」
「はぁ、本当に疲れた。しっぽー、全然助け舟出してくれないどころか、なんで一之瀬達に手を貸してるんだよ。柴田は、まだわかるけどさぁ」
僕と同じペースで歩いていた四方が労いの言葉をかけてきたので、文句を言ってやった。実際、柴田は付き合いの深さから見て一之瀬達に付いても仕方ないけど、四方の性格的にこういう場合は中立寄りになると思っていたので少し疑問ではあった。
「俺にも色々考えてる事があるんだよ。それにお前は良い意味でも悪い意味でも結構注目されてたから、遅かれ早かれだったと思うぞ」
「マジかよ。もしかしてあの過大評価が原因か? 今回で完全に誤解が解ける……ってのは流石に楽天的過ぎるかなぁ」
「左京は過大評価というが、事実ではあるからな。前に一之瀬や神崎と話してた感じ、それ以外の要因もあるっぽいし」
「……………………もう、なるようになればいい。考えてみると、敵意を向けられるんじゃなければなんでもいいや」
四方の言う事が本当なら、なんかよくわからない部分でも一之瀬達の関心を買っていたようだが、僕はもうこれ以上考えるのが面倒臭くなっていたので放置することにした。
一之瀬が言っていた事を信じるなら、多分これまでとそう変わらないに違いない。
今日は簡単な確認だけだと高をくくっていたら、微妙に疲れる昼食になった。
午後の授業に間に合うように調整したペースで四方と歩きながら思ったのは、そんなどうでもいい感想であった。