ようキャ   作:麿は星

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21、常識

 

 一之瀬達と昼食を共にしてからも表面上僕の生活が変わるようなことはなかった。

 一之瀬や神崎から声をかけられたり、メールが来たりするようにもなったが、頻度としては葛城や戸塚と同じくらいで指示もほとんどない為、基本的にこれまで通り気楽にやっていけている。

 

 ただ天文部員のうち四方はクラスの勉強会に参加するということで、テスト明けまで忙しくなるかもと言っていた。ちなみに勉強会に少しでも参加する割合はまさかのクラス内9割で、僕と東風谷を除くと2人しか不参加がいないそうだ。

 

 東風谷は小テストの結果が少し悪かったので、一之瀬や四方から勉強会に参加してくれるように誘ってくれ的な話もあったが、僕自身が参加しないし、したくもないのに勧めることなど当然できない。その為、無理とだけ返して、バイトがない日は授業後即座に東風谷と屋上に逃げ出して篭城する毎日を送っている。

 まぁ篭城と言ってもただ鍵を閉めて他人が入れないようにするだけなので、部員である四方や佐倉、あとは葛城・戸塚なら普通に招き入れていたりするが。

 

 そんな経緯で屋上で共に過ごす時間が増えている東風谷だが、授業中の印象通りにかなり真面目な部類だった。

 篭城生活をするようになってすぐ、自分の成績やクラスの勉強会を断っていることを気にして自主的に勉強を始めたのだ。佐倉がきた時も、葛城・戸塚がきた時も、パラソルを屋根代わりにした勉強スペースで黙々と問題集を解いていたくらいである。

 元々それなりの頻度で屋上に来ていた佐倉はそれを見て危機感を覚えたのか東風谷の近くで勉強を始め、わからない部分を僕に聞いてくるようになった。もう少ししたら、東風谷を含めて退学対策をしようかと思っていたので自発的にやり始めたのはいい。だが、Bクラスの面々といい、みんなやる気がありすぎではなかろうか?

 

 葛城と戸塚がきた時は、ちょうど二人がいい感じに集中し始めたあたりだったので、邪魔をしないように声をかけて鍵を東風谷に托してから、屋上を後にした。

 場所を移しながら簡単に事情を話すと葛城は二人に感心し、戸塚はまだテストまで3週間あるのに今から頑張ってるのかと呆れて葛城に叱られていた。でも正直、僕としては戸塚に同意したいところだった。

 

 

 

 

 

 そんな感じに東風谷が屋上で勉強するようになって、1週間と少しが過ぎた。

 今日は満月を鑑賞する予定である為、放課後から軽く昼寝して、食料も買い込んできているし、照明代わりのランプもバイト先から借りてきている。それに佐倉がバイトでいないので、前々から引っかかっていた事を解消しておこうとも思っている。東風谷は今も勉強しているので彼女達の分を含めて少し多めに用意しておいたのだ。

 

 この日の僕は無性に焼きせんが食べたくなっており、カセットコンロで肉や卵、焼きそばを焼いたりして準備を始めた。

 焼きせんとは、地元で呼ばれていた名前で正式名称は知らないが、えび太くんなどの大判せんべいに適当な具を乗せて食べるB級グルメの一種だ。今回の僕はすでに挙げた通り肉や卵、焼きそばに火を入れてマヨネーズで食べるが、リーズナブルなお菓子で簡単に作れるから好みでのカスタマイズも色々可能なので時々食べたくなったりする。

 

 ちょいちょい摘みながら、学食産のお握りを焼きお握りにしたり、味噌汁やお茶を淹れていると結構本格的な一食になっていく。調理の音や匂いも食欲を刺激してきていい感じである。なんとなく口笛を吹きながら、もうすぐ完成する夕食と本日のメインであるまだ薄いが出始めてきた満月を見て楽しい気分になってきた。

 

「楽しそうですね? 私が呪文みたいな英単語を必死に覚えているのに、横でお腹が減ってくる匂いをさせて「ああ! 今日は満月で見ての通り晴れ渡った空だ。なんか楽しい気分になってくるだろう?」……はぁ。もういいです」

「おっと、そうだ。東風谷達の分もあるから食べていかないか? 最近勉強ばっかやってたし、偶には月見をしながらの夕食で気分転換といこうじゃないか」

「……そうですね。ではお言葉に甘えて、ご馳走になりますか」

 

 東風谷が今日は勉強を早めに切り上げたのかこちらに来たので、月見と夕食に誘う。

 勉強疲れでもしているのか少し元気がなかったので、夕食にはまだ早いがお茶と焼きせんを紙皿に乗せてテーブルに一つずつ並べていく。

 

「……やっぱり気づいてるんですね」

「そりゃあ、あんだけ主張されたら流石に気づくさ。神様達の事だろ?」

「はい」

 

 テーブルを挟んで対面に座る僕と東風谷だが、僕の側には1つ、東風谷の側には3つのお茶と焼きせんを並べたのは、神様の分のつもりだったのだ。

 飲み食いできる存在なのかはわからないが、僕がお供え物をすると喜んでいた地元の小さな神様は知っている。嫌いな物じゃないといいと思いながら、折角のタイミングなのでお供えしてみた。東風谷や神様達には、一度ちゃんとしたお礼を伝えたかったので今日のタイミングは好都合でもあったのだ。

 僕は一之瀬にやったような冗談じみたものではない本気の感情を籠めて、東風谷と神様達に頭を下げ御礼を言った。

 

「これまで落ち着いて二人になる機会がなくて言えなかったが、プールでの僕や四方、それに佐倉の事や他にも色々ありがとう。特にプールは一歩間違ってたら大変な事になってたかもしれない。

―――心から礼を言う。本当にありがとう」

 

「あの、こちらこそ信じてくださってありがとうございますとか、左京さんが神様を信じて疑わなかった結果ですとか、巫女や風祝らしい事を言いたいんですが、この並んだせんべいやソースの匂いに気が散ってしまって集中できません。まず食べませんか?」

「確かに。冷める前に食べよう」

 

 実は御礼を言うタイミングが少し早かったんじゃないかなって途中で気づいたのだが、なんか話の流れ的に言う流れかと思って、つい早まってしまったようだ。ちょいちょい摘んでいた僕はまだしも、空腹だろう東風谷の腹の音が聞こえた段階で中断して食べ始めるべきだったかもしれない。

 そんななんか締まらない感じで食べ始めたのだが、ふと手をつけていない神様達の分が気になったので焼きそばを頬張っている東風谷に聞いてみる。

 

「……そういえば、神様達の分って何処かに供えておいた方がいいの? それとも僕達で食べちゃったほうがいいの?」

「はぐっ、むぐ。そのままで大丈夫ですよ。左京さんはある意味で守矢神社を信仰している信者さんより信仰してくれましたから、かな……神様方が受け取らない事はありえません」

 

 東風谷がそう言うや否や、黒い何かが神様達の分を覆い隠してすぐ消えた。勿論、お茶や焼きせんごと。

 しかし今更だが、神様へのお供えが焼きせんというB級グルメでよかったのだろうか? 自分が食べたかったものを優先してしまったが、団子とか高級感あふれるお菓子とか酒とかお供えにふさわしい物はそれなりにあった気がする。まして御礼を伝えるのだから、雰囲気や場ももっと考えたほうが良かったかもしれない。

 

「……でもお供えを受け取ってもらえたって事は、さっきの御礼は伝わったのだろうか?」

「ちゃんと伝わっていますよ。風祝の私が言うんですから間違いありません」

 

 僕の漏らした独り言が聞こえたのか、東風谷が太鼓判を押してくれた。

 時々東風谷の言う風祝というのが何なのかいまいちわからないけど、聞こえ方からするとおそらく巫女や祝子の風特化バージョンなのだろう。すると、この近くで焼きせんを食べているかもしれない神様のどちらかは風神様かそれに類する神様なのだろうか。プールでのことで、てっきり水関係の神様かと思っていた。

 

 まぁでも、そんな考察にはたいした意味はないだろう。僕は少なくとも不思議な力で助けてもらった事だけは確信して東風谷含む神様達に感謝しているし、それだけわかっていればやる事は一つである。

 しかし東風谷がああ言っているのに何度も口に出すのは好みではないので、僕はしばしの間、心の中で祈るように先程中断してしまっていた感謝をした。

 

 ありがとう。

 

 

 

 

≪貴様が信じた事で少しだけ猶予が延びた。一応礼は言っておこう≫

≪猶予ができたってのがいいことかはわからないけどね~≫

 

 不意に吹いた柔らかな風と共にそんな声が二つ、どこかから返ってきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「左京さんは、この時代では珍しく信心深いですね。本当に守矢教に入信しませんか?」

 

 僕は数分ほど祈っていたようだが、そんな東風谷の言葉で我に返った。

 東風谷はいつもの静かな雰囲気で入信を勧めてきたが、僕がどう答えるかわかっているのだろう。そういう顔をしている。

 

「断る。東風谷は友達だし神様達にも感謝しているが、面倒そうなことはしたくない」

「ふふっ。言うと思いました。神様を信じられないとか宗教だからとかでなく、面倒だからというのが左京さんらしいですね」

「それ以前に、僕がどう答えるかわかってて聞くなよ。察してただろう、さっきの顔」

「確かに察していましたが、だからといって左京さんを勧誘しないのはありえないのですよ。

……今回は諦めますが、気が変わったらいつでも言ってください。私は見た目によらず執念深いですから何度でも勧誘しますしね」

「……………………東風谷の場合、見た目通り執念深いの間違いだろ」

 

 実際、下手なことしたら祟られそうな気がしたので、せめてもの反撃として訂正してやった。

 

 

 

「えっ!? 東風谷の髪って、他の奴には黒髪に見えてんの?」

「はい。四方さんのような感覚が鋭い人には、緑にも見える時があるようですが大半の人には黒色らしいですよ」

「マジかよ。佐倉とかクラスの奴らに僕的にはありえない髪色が居たから、東風谷の緑髪も普通だと思ってた」

 

 東風谷による勧誘が一段落して、話しながら適当に用意した食い物を摘みながら月の出を待っている時、何気に雑談の中から入学以来の疑問の一部が解明された。

 

「あっ、クラスの方たちはともかく、佐倉さんの桃色の髪は霊的な素養を示しているので、私達以外にはあまり桃色に見えないかもしれません」

「はぁ? じゃあ、もしかしたら佐倉も神様やお化けとか見えたりするのか?」

「話した限りでは見えないようですが、人ならざるモノに目を付けられやすい事は間違いないと思います」

「……ああ、そういえば入学直後にそういうのがあったわ。あの時は幸運に転がったけども」

 

 なんかまだ1ヶ月半程度なのに、もうだいぶ前のような気がして忘れかけていた。

 あの件は、青娥さんと一応話がついて片付いた事になったが、佐倉からすればまだ解決していないだろうし、お化けを抜いても電器店の店員自体がアレな雰囲気だったのであれ以来現場にも近づいていない。

……佐倉、何気にお化け関係だけじゃなく変質者にも目を付けられやすい説まで浮上してきてしまったな。

 

「なにかあったんですか?」

「うんまぁ、東風谷なら理解あるかもしれないけど、ちょっと仙人の遊びと不審者が噛み合ったっぽい事態が起きてな。その狙いが佐倉だったっていう」

「仙人様ですか。それで佐倉さんには妙な気配を感じる時があったんですか……」

「一応言っとくと、その仙人って僕と佐倉のバイト先のオーナーだし、話もついてるからしばらくは大丈夫だと思うぞ。勘だけど」

 

 最近は特に仲良くしてるし、仕事を一緒にやってるところを見るとお互いに気が合っているのだろう。僕としても、青娥さんは享楽的というか気まぐれなところがあるから完全には安心できないが、あそこの居心地はいいし美味いコーヒーやお茶もあって大体の仕事は楽なので気に入っているのだ。

 

「基本的に仙人様は人間の味方とはいえ、自分たちを狙ってきた存在のところでよく働くことを決めましたね。左京さんはともかく、佐倉さんは意外でした」

「僕はともかくって何だよ。

……というか考えてみたら、佐倉は仙人とか黒幕とか知らないかもしれない。オーナーが告白してたらわからないけど、少なくとも僕は何も言ってなかった気がする」

「それ、本当に大丈夫なんですか!? なんというか常識的に考えて!」

「佐倉に言っても信じられるかというのもあるし、お化け関係で常識に囚われてたら何もできないだろう。結果良ければそれでいいって、多分」

「……………………まぁ、佐倉さんからもバイト先のことは楽しそうに話しているのを聞いてますし、わざわざ藪を突くこともない……んでしょうか? ちょっと心配だったり、納得いかない部分はありますけど」

 

 東風谷はなにか考え込んでいるようだが、考えてもしょうがない事を考えても時間の無駄である。

 それより、もう四半刻もすれば完全な満月が姿を現すことのほうが重要だ。腹もくちくなってきたことだし、天体望遠鏡やデッキチェアの設置とかそろそろ始めておいたほうがいいだろう。学校の屋上は最大20時までしか使用許可が取れないので時間は無駄にできないのだ。

 僕は東風谷や食べ物類はとりあえずそのままにしておいて、屋上扉の脇においてある道具を取りにいくために立ち上がった。

 

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