天体望遠鏡を月に合わせて、デッキチェアを設置していると、イロモノ二人に挟まれて辛かったのか綾小路が逃げ込んできた。
彼自身にもイロモノとしてなかなかの素質を感じていたが、彼にはまだ自らがイロモノであるという自覚がないようなのである意味仕方ないのかもしれない。
「左京は月が好きなのか?」
「月っていうか、星も太陽も天気も空関係は全部好きだぞ。綾小路のおっぱいに対する思いにも負けない自信がある」
「……………………オレの印象をおっp……胸から少し離してくれないか」
「無理だ」
「……そうか。即答か」
そんな感じに綾小路とポツリポツリと談笑しつつ、天体望遠鏡で満月を見せたり、薀蓄を語ったりしてみたが、彼と話せば話すほど四方に似ている印象が深まるのを感じる。
ただ四方は天然、綾小路は無表情のせいか人工のような印象の違いもある。
そして、綾小路に対する既視感は、確定ではないがおそらくこれが原因だろうと思われるものに見当はついていた。
アポロ・アーウィン。
キャットルーキー3部終盤に登場する敵チームのライバルキャラである。
四方と同様に、集中することで人間の運動能力の限界を超えることができ、頭脳や洞察力、発想力まで高レベルで兼ね備えた作中屈指のスポーツの天才。四方は天然、アポロは人工という違いはあるが、ほぼ同タイプといえるだろう。
ただ四方と違いアポロは父親の研究成果、悪く言えば実験体やモルモットとして生活していた弊害か基本的な感情表現がかなり薄くなっているという話があった。
キャットルーキーでは登場機会が少なかったというのもあるが、友好的に接した者へはちょろいとすらいえる友好を、敵対的に接すれば敵意を返していたシーンと最後くらいしかまともな感情の描写がなかったと思う。
四方という実例を知った上で綾小路を見ていると、彼がアポロ・アーウィン本人なんじゃないかという憶測が頭を離れない。漫画での顔や名前こそ違うが、四方や四方父に感じた既視感に似た何かも感じるのだ。
それに僕は、入学後にキャットルーキーに登場していた人物で現時点で活躍している選手を調べている時に、アポロの父親と思われるゼオス・アーウィン教授が執筆したスポーツ科学の理論が掲載された雑誌も見つけている。その中には個人スポーツで次々に結果を出す息子の記録が記されていた。つまり実在はしているのだ。
更に先ほど扉のところで見た綾小路の速度と腕力は、僕に競泳の予選で見た本気の四方を彷彿とさせた。
その本気の四方を彷彿させるほどの人物が、アポロの他にいる確率はいかほどか。無表情のまま座り込んでいた綾小路に、勝利を掴んでも喜ぶでもなく無表情のままだったアポロがここでも重なる。
ここまでアポロの印象や特徴に酷似ししている綾小路と世界のどこかにいるだろうアポロの存在を掛け合わせると、綾小路清隆とは何らかの事情で偽名を使ってこの学校にいるアポロ本人なのではないかと思えてしまうのだ。
とはいえ、初対面の友達の彼氏……いや、今更だが櫛田って友達枠に入るのだろうか?
……まぁ考えてもしかたないし友達って事にしておくとして、友達の彼氏っぽい奴に「綾小路って偽名?」とか聞くのはどうかと思う。正直、滅茶苦茶気になっているが、流石に失礼だし忍んでいるのなら敵対行為にもとられかねない。
「ところで綾小路に聞きたいことがあるのだが、少しいいだろうか?」
「なんだ? 胸の事なら答えないぞ」
「違うわ。お前は、おっぱいの事しか頭にないのか。そんなおっぱいで頭いっぱいじゃ夢も詰め込めないだろうが」
「おっぱいで……夢いっぱい」
「ブッ……って、ムッツリの言い分はどうでもいいんだよ」
「……ムッツリ…………」
ただ好奇心が猫を殺すとしても、アポロが無表情の裏でおっぱいに情熱を燃やす人物だったら面白いし、アポロの事を抜いて人違いでもそれはそれで面白いので聞いてみようとしたら、想定以上に綾小路のムッツリ度とおっぱいへの思いがでかかった。
なんだよ、おっぱいで夢いっぱいって。
そんな返しをされると思ってなかったから、一瞬吹き出しそうになったわ。こんな愉快な返しを即座にしてくる時点で少なくとも頭脳の方も只者ではないな。
僕はなんとか思考を整理して笑いの衝動を押さえ込むと、単刀直入に切りこんだ。
「アポロ・アーウィンって知ってるか?」
「は? 櫛田でも胸でもなくアポロ…………なんなんだ一体?」
「アポロ・アーウィンだが……その様子だと、どうも人違いだったっぽいな。なんか綾小路が似てるような気がしたので勘違いしたようだ。すまん」
本名を言い当てられたにしては、質問を櫛田や胸の事だと思っていた反応ではおかしい。惚けてたり、嘘をついているようにも見えない。ということは四方やアポロと同等レベルの別人の可能性が高くなってしまった。
……え? 天才である可能性が高い奴が本物のアポロを除いても入学から3人目!? この学校どうなってるんだ。胡散臭い部分もまだ多いし、2度目の僕すら今まで見たこともないような異才にポンポン出会うんだけども。
僕がある意味、この学校にきて最大級の戦慄をしているとも知らず、綾小路は自分に似ている奴に興味が湧いたのか質問してきた。
「オレに似ている奴がいるのか?」
「んー、個人的な印象だけど、綾小路とアポロってかなり似てると思うんだよな。会ったことはないけども」
「会ったこともないって……まあいい。それで、どんな奴なんだ?」
「アポロはアメリカの大学教授の息子らしいんだけど、その教授がとあるスポーツ理論を出してて、アポロを実験体みたいに扱ってるんだとさ。んで、色んなスポーツですごい実績を挙げ続けてるアポロの事を含めて雑誌に載せてたけど顔はわからなかった。顔がわからなかったから、もしアポロが綾小路本人か近しい奴だったら面白そうだなぁと思って試しに聞いてみた」
「……実験体。オレはそんな感じに見えるのか?」
「ああ、違う違う。どっちかというと、さっきの扉付近で見せた身体能力と無表情で座り込んだ姿が僕の想定するアポロの印象に被っちゃった感じだろうか」
「待て。さっきのは咄嗟に出た火事場の馬鹿力みたいなもので、オレは普通の高校生だぞ」
「ダウト。あの急加速と豪腕で『普通』は無理がある。
それにアーウィン教授のスポーツ理論は、端的にいうと火事場の馬鹿力のコントロールだ。それを偶然でも何でも的確な場面で使えるなら、そいつは……綾小路は天然・人工問わずアポロに近い何かを持っているのはほぼ確定だ」
四方みたいにな。
それに加えて、漫画知識のアポロと綾小路の特徴が僕の見るところかなり被っているのもあるが、これは信じられるものではないし言うことではないだろう。
それはそうと、なんか綾小路がいやに食いついてきた。無表情の中にも何かを必死で掴もうとするような意思を感じる。僕が言った何かが綾小路を刺激してしまったのかもしれない。
確かに、お前はモルモットに見える、みたいに聞こえなくもないから不快にさせてしまった可能性は高い気がする。
なので、お詫びの意味でもなにか言ってあげたいが初対面では何を言えばいいのか判断つかない。勢いで話を進めてしまうとこういう時に困る。
残念ながら僕の知っていることはそう多くないのだ。
だから答えられることにはなるべく齟齬が出ないように、雑誌の記憶をひっくり返しながら会話に答えるのが僕のせめてもの誠意だろう。
「…………それはもう、とりあえずいい。それで、そのスポーツ理論というのは」
「僕も軽く読んだだけだけど、『優れた人間を作るためには、肉体とともに脳や精神も鍛えなければならない』という考えの下、催眠療法や脳の覚醒みたいな怪しげな物も使って、様々な訓練をさせながら超人みたいな人間を作ろうっていう理論だと思う。実際、アポロの実験データというか実績も載ってたから、ある程度の成果は出てるんじゃないかな」
「……」
思い出した理論をざっくり説明すると、綾小路はもう言葉もなく、なんかえらく真剣な顔で考え込んでいた。おっぱいへの執着は少し違うが、唐突に何かに熱中するところや端的な言葉が多いところなど、やはり綾小路は四方や想像上のアポロに似ている気がする。
そんな綾小路の琴線に触れるような部分を興味本位で引っ掻き回してしまったかもしれない。悪いことをした。
でもまぁ、アポロでもその関係者でもなさそうなのはわかったし、好奇心もそれなりに満たせた。唯一の話し相手は黙ってしまったし、もう質問がないなら僕はあと僅かになった月見の時間を楽しみますか。
僕は考え込んでいる綾小路の事は脇において、デッキチェアに寝転がって綺麗に輝く満月をタイマーが鳴るまで見上げ続けた。
ピピピピッという電子音が屋上で発生し、本日のメインイベントの終了を告げていた。
少し引っかかっていた東風谷と神様達へも御礼できた。
偶然櫛田が来たので、東風谷に紹介できた。
綾小路と話しながらの時間もあったが、ゆっくりと綺麗な満月を鑑賞しつつ、ついでに好奇心も満たせた。
総じて、今日は充実した月見だったんじゃないだろうか。
「綾小路、そろそろ時間だ。20時までに出ないと怒られるから、そろそろ帰宅の準備をしてくれ」
「……ああ」
綾小路が横にいてボーっと夜空を見上げていたので、声をかけて正気に戻す。
月見の後に改めて見た綾小路は、月の狂気や魔力というべきものが逆におっぱいへの思いとかを浄化したのか落ち着いた雰囲気になっていた。それに天体望遠鏡やデッキチェアを片付けていると、綾小路がデッキチェアを運んでくれる親切さまで見せたのだ。
やはり月は偉大である。
屋上を見渡すと、ランプで明るくなっているテーブルのところにはまだ東風谷と櫛田も残っていて、仲良くなったかはともかく一緒にいても問題はなくなったようだ。
二人にも声をかけてゴミと残り物を分けて詰め、テーブル周りを片付ければ、あとは出しっぱなしの東風谷の勉強スペースだけなので、ランプを持ち運び形態にすればいつでも帰ることができる。
ふと櫛田と綾小路が月明かりしかなくなった屋上で変態心が騒いで再び奮い立つかもと心配にもなったが、流石に時間制限もある為にそういうことにはならないようで、ただ二人とも無言で見つめ合っているだけだった。
……ケッ、このリア充共が。
まぁ、こうした内心を抑えてこそ大人だろう。僕は肉体年齢はともかく大人経験があるし、櫛田がイロモノである認識もあるので羨ましさや妬みもそこまで湧かない。
ただリア充爆散しろとささやかに願うのみである。
それを考えれば東風谷は立派なのだろう。警戒こそしているが全くそのように思っている風もなく、いつもの静かな佇まいには一種の貫禄を感じる。
「よし、もう忘れ物はないな。さあ皆のもの、帰ろう」
「ああ」
「「……」」
綾小路しか返事を返してくれなくて少し寂しい。
櫛田は綾小路ばっかり見てるし、綾小路も返事は返してくれたけど櫛田に注意を向けている。ただいつもと違って東風谷が声を出さないのは、綾小路に謎の警戒心を持っているのとバカップルに関わりたくないからだろう。後半の気持ちはわかる。僕も単体ならともかく、屋上露出プレイを見せつけようとする二人組とは関わりたくない。
そんな事を考えながら屋上扉の鍵を閉めている時に、顧問の東山先生が急いだ感じでやってきたので応対する事になった。
ちなみに今回の屋上使用や夜間活動なんかの許可申請は東山先生が手配してくれた為、前回と違い大変楽ができた。特に生徒会室に行かなくてよくなったのは大きく、僕の先生への態度も自然と丁重になっている。
「左京! 見に来たがもう終わってしまったか!?」
「東山先生、お忙しい中ありがとうございます。今、解散するところですよ」
「すまん! 一度はきちんと活動に参加しようとしてるんだが、大会や定期テスト以外にも仕事が溜まってしまってな」
「とんでもない。僕が無理を言って顧問を引き受けてもらったのに、忙しい中で気にしていただけるだけで十分ですよ。元々名前だけ貸してもらう約束でしたし」
「そう言ってもらえるとありがたい。だが秋には少し暇ができるので、その辺の天体観測には呼んでくれ」
「了解です。秋は月に星、澄み渡った空に紅葉、花鳥風月の全てが素晴らしい季節なので、ただ見上げるだけでも楽しい時期ですよ」
「ハハハ、楽しみにしておく。それではそっちの3人共々気をつけてな」
「はい。それでは」
東山先生と別れ、校舎を出たところで月を見上げてみると、意味もなくテンションが上がって走り出したくなったが、後ろの3人が無言でブレーキをかけてくる。
この3人からは屋上で揃ってからずっと技撃軌道戦でもやっているのかというような緊迫感が漂ってくるのだが、何故か3竦みになりながら一緒についてくるのだ。
寮の方向に歩いているのだから一緒なのは当然といえば当然なのだが、散開しようとすると東風谷や綾小路がなにか目力の篭もった懇願的なモノを送ってくるし、櫛田は人とすれ違う度に変な百面相をしていて不気味なので、よくわからないブレーキが多方面から複数かかる。
その微妙な均衡の為、無言で帰宅する4人組ができてしまっていた。いや、僕は別に無言でいようと思ってるわけじゃないが、誰も口を開かないだけだ。
結局、寮にたどり着くまで解散できず、僕達『3人』が乗ったエレベーターを降りるまで妙な空間で過ごすことになった。自室に入って思わず安堵のため息が漏れたのも当然といえるだろう。
……関係ないが、エレベーターの扉が閉まる直前、バックステップして自分だけあの空間から早々に離脱した綾小路にはいずれしかるべき報いが訪れることだろう。
占いの三つの道を活動報告に載せてみました。
興味があれば見てみるのもいいかもしれません。