「あ~、すまないがお前の名前を聞いてもいいか?」
「1-Bの四方だ。綾小路のことはさっき左京に少しだけ聞いたよ。今回は大変だったな」
「……左京はいつもこうなのか? いや確かに突然だったが、冷静に考えるとオレとしては利益の多い話なんだが」
「大人しい時もあるけど、大体な」
「そーなのかー」
「「ハハハ……ハァ」」
綾小路を加えた僕達は、話もそこそこに次の目的地へ向かっていた。
なにやら後ろで四方と綾小路が話しているが、ついてきてくれるのなら問題ない。
なんせ目的地といってもホームセンターで、昨日頼んでおいた品物を受け取りに行くだけなのだ。もう本日の彼らがやる事は僕に撮影した写真を送るくらいなので、他の面子とも合流して成果を回収したあとに全員に飯を奢って解散の予定だった。
ちなみに頼んでいた品物とは、ずばり佐倉用の痴漢撃退スプレーである。
ないとは思うが、万が一佐倉が一人で不審者と対峙してしまった場合を考えた対抗手段を用意しておく。本来店頭では買えないはずなのだが、試しに調べてみるとショッピングモールの専門店とホームセンターでPP購入可だったので、念には念を入れる形で揃えておくことにした。使わないに越したことはないが、今回使わなくても自衛・逃走手段が乏しい……というか絶無な佐倉にはあった方がいい物だろう。
しかし、これで綾小路達へ払う予定の報酬とこの後に使う資金を除くと、所持PPはほぼ0になった。無料商品の救済措置と生活関係の費用不要がなければ、流石の僕でも踏み切るのに時間を要したかもしれないので、この時ばかりは学校の制度に感謝した。
用事を済ませたホームセンターから寮への道。
情報交換したり適当に世間話しながら3人で歩いていると、ふと綾小路が真面目な雰囲気になって口を開いた。
「なあ、左京に少し聞きたいことがあるんだが」
「んあ? なんだ?」
「左京は何で別クラスの佐倉にここまでするんだ?」
「自分の為だけど」
「そこには何らかの別の狙いがあるのか? 例えば、佐倉を通してDクラスに借りを作りたいとか、恋愛的な意味で好きだとか……」
「そんなに変だったりクラスがどうとかの意味なんてないさ。ただ友達が自分で対処するには厳しそうな状況で中途半端に放置したら、僕が美味い飯食べられなくなるだろ。
だからやっぱり自分の為以外の何物でもないな」
「左京らしいな」
思うところをそのまま返すと、横で四方が微笑しながらどうとでも取れる言葉を漏らし、綾小路も心なしか雰囲気が柔らかくなっており、デフォルトの無表情がほんの少し崩れている。
彼らのように頭が良いと、大した事でなくともこんな風に言葉や物事の裏を考えて疑う癖ができたりするのかもしれない。想像するだけで大変で面倒そうである。
「……櫛田が言っていた事もあながち馬鹿にできないな。これは確かに信じてしまいそうだ」
綾小路の少し気になる独り言も聞こえてきたが、まぁ付き合いも浅いうちに良くて半信半疑くらいの割合なら充分すぎるのだ。
今更ながら、綾小路を含めてどんな理由や思惑があろうとこんな時期に手伝ってくれた者達には感謝である。
四方と綾小路を引き連れ、寮を通り過ぎたところにあるファミレスに入る。
ここが、柴田と神崎組、葛城と戸塚組との合流地点だからだ。
まさか連絡を取ったほぼ全員が即日承諾してくれると思わなかった為に、僕の段取りに不手際が起きて待ち時間が発生していたが、幸い四方も綾小路も退屈はしていないようである。
というのも時間潰しに店にあった将棋盤で、初戦と二戦目は初心者らしい四方を相手に俺TUEEEして煽りつつ遊んでいたのだが、二戦目から負けず嫌いな四方が夢中になり始めると、急激に上達して対抗してきた。
そのゲームこそなんとか押し切ったものの、次は負けそうだと思った僕が、次のゲームを食事奢りを餌に傍観していた綾小路へ投げて負けを回避しつつ、彼の暇も解消してあげたのである。
最初から奢るつもりであることを言ってなくてよかった。まだ知り合ったばかりだし、彼はほとんどの場合に無表情で感情を読みにくいので軽い頼み事に即物的な材料しか提示できないのだ。
まぁでも、今では一進一退の攻防戦が繰り広げられているので、面白い転がり方をした方だろう。
そんなきっかけで始まった勝負だったが、綾小路は四方に一歩も退いておらず、四方も鋭く切り返しては激しく局面が入れ替わる。この勝負は見ているだけでも結構面白かったが、一度でも四方に勝っていた僕は高みから見下ろす気分まで味わえたのは最高だった。
今、正面から勝負したらどっちにも負けるだろうけど、それは考えてはいけないのだ。
これが一粒で二度美味しいというやつだろう。いや、四方と綾小路も楽しんでいるっぽいのだから、三度美味しいのかもしれない。
「これは……」
「どうしたんですか? 葛城さん」
「おっ、葛城と戸塚。今日は手伝ってくれてありがとな」
気付いたら結構な時間が経っていたのか、僕の後ろから声をかけられた。いつの間にか葛城と戸塚が来ていたようだ。
「クラスは違えど、うちの生徒の危機なのだからむしろ当然の事だ。それより……この二人は?」
「友達の四方と綾小路。なかなかの名勝負だろ?」
「ああ。そのまま能力に直結するわけではないにしろ、これは侮ることなどできんな。どちらもBクラスか?」
「四方はBクラスだけど、綾小路はDクラスだな」
「なんだ、できそこないのDかよ。じゃあまぐれか偶々か?」
「弥彦! この勝負がまぐれであるはずがない。また仮にそうであったとしても左京の友人を貶めるような事を言うな。わかったな?」
「うっ、確かに。左京、すまん」
「……出来損ないのD。とすると、Bは馬鹿、Aはアホ、Cはカスか。なかなかのセンスだ」
「折角謝ったのになんてこと言うんだよ! 葛城さんも俺もアホじゃない!」
「そんなことわかってるさ。でもこういう冗談のセンスは大事にした方がいいぞ。人生に潤いが作り易い」
葛城や戸塚のような性格だとなおさらだ。
あえて言わないが、彼らには偶に力を抜いて適当に過ごしてみる事を勧めたい。
例えば、葛城は僕が怒っていると思ったのか目で謝ってきていたが、そんなことはしなくていいのだ。僕が言ったことはただの助言なので、怒ってもいないし皮肉でもない。政治家やお偉いさんじゃないんだから、失言も失敗も冗談で流せば無駄にギスギスしないだろう。
それに、四方も綾小路もこれだけ真横で(主に戸塚が)騒いだりしてたのに、気にした素振りもなく真剣に勝負を続行している。集中しているせいで単に聞こえていないだけかもしれないが、彼らは出来損ないだの馬鹿だのと言われることに大して意味を感じていないのだと思う。どちらも自分への絶対の自信があるから、同格以上でなければ悪口に限らず言葉は届かないのだ。
だから友達とはいえ他人である僕も、当人が怒らないようなことに目くじら立てるつもりはない。それに葛城達が気づいてくれればもっと気楽な関係になれるので、多少は苦労も軽減されるだろう。
「ふむ。四方がこれほど接戦になる相手が左京以外にいたのか」
「ふへぇ~、結構疲れたな~。左京、やってきてやったぞ~。だからなんかよこせ~」
「へいへい。柴田も神崎もあんがとさん。アイスコーヒーを人数分頼んであるから、とりあえず休んでいてくれ。葛城たちもな。二人の勝負が終わったら、全員まとめて紹介するよ」
「あ~、生き返る~」
「わかった」
「了解だ」
「……しゃあねえな」
話が途切れた時に柴田と神崎も合流してきたが、四方と綾小路の勝負が終わらないうちに話を進めると2度手間になるので、待ってもらうことにした。葛城達もそう思ったのか了承してくれた。
それはそれとして、休日に僕を除いても濃い野郎共が6人もこの店に集結してしまったが、営業妨害とかで追い出されたりしないよな?
店員の目を気にしながらとあるファミレスで始まった名勝負を観戦していたが、綾小路のいくつかの悪手の末に形勢が傾いていき四方の勝利に終わった。
「参りました」
「……………………なんとか勝てたな」
「フゥハハハ、四方3タテならずだな。両名、これから精進したまえ」
「ナイスゲーム。
―――左京は煽るんじゃない」
これだけ打てる綾小路が終盤に悪手を打つのはなんとなく不自然にも感じたが、わざと負ける理由も証拠もないし気のせいだろう。勝った四方もどこか納得のいっていない顔で将棋盤を見ているが、考え込んでも完全な答えは綾小路にしかわからないのだから、気のせいという事にしておけばいいのだ。
四方とこんな名勝負をしておいて最後だけポカをやって負けたところで、綾小路が実力者であることはある程度考えることができる奴にはもう明白である。その事も、あれだけの思考力があるなら自分で理解しているだろう。だから実力や思考力を隠すわけではなく、変な意味でもなく本当に偶々失着したのだ。しっくりとこないし意味もわからないが、そう考えるのが一番マシでスッキリできる。
ただ僕的には東風谷が綾小路を警戒(東風谷のは勘か神様の助言が理由かもしれないが)していた一端は、この意味のわからなさにあるんじゃないかと当たりが付けられたのが収穫といえば収穫だろうか。直に対戦した四方もあからさまではないにしろこれから綾小路を警戒するだろうし、クラスのリーダー格っぽいポジションの葛城や神崎にも一目置かれる可能性が高い。
もしかしたら天然マッドメイトでなければ綾小路の目的は、自分が警戒されることそのものにあるのかもしれない。しかし今そうする意味が全くわからない。……わからないのだが僕は今回だけは雰囲気や話の円滑さを考えて、綾小路の目的を妨害することになってもみんなの注意を分散しておくことにした。支障が出ることはないと言い切れないからだ。
ちょうど良い事に、その材料は既に手元にある。
四方は綾小路に勝ち、お試しの初戦と2戦目だったとはいえ、その四方に僕が勝っていることだ。
そう、つまり唯一にして真の勝者はこの僕である。
という理屈である。これがこじ付けだろうと無理矢理だろうと、適当な名分とその認識があってノリにノッてきた僕は、葛城に窘められても止められないし、止まらない。
「煽ってるんじゃない。敗者決定戦の対戦者二人に激励を贈っているだけだって」
「ハハハ……この野郎」
「敗者……」
「おやおやぁ? 四方君、いつものお顔と口調が崩れていますよ? 綾小路の冷静さを見習ってみては? 敗者の中の勝者らしく、な」
「うごごごご」
四方はまだほんの触り程度に軽く煽っただけだというのに、まるで隠し玉でも喰らった走者のごとく全力で悔しがっており、相変わらず普段と表面に似合わず負けず嫌いである。僕はその様子を見てもう二度と四方と将棋をせず、勝ち逃げする事を誓った。次やったら、逆襲されることは火を見るより明らかだからである。
綾小路は冷静に考え事をしてるだけに見える。少なくとも怒っている雰囲気はないが、推測した彼の目的が違ったのか、妨害されても修正できると思っているのか、あるいは煽りが効いてないのか全く読めない。流石にアポロと間違えるような人材には強者の風格もあるものだ。
というか雰囲気の調整や反応を分析したりするより、格上の四方と綾小路に偉そうにするのが楽しすぎて僕自身が冷静に考えられていない気がする。
なにこれ!? 癖になりそうなんですけど。これからこいつらが初見で僕に覚えがある分野とか見つけたら、積極的に勝負を仕掛けてみようかなと思い始めてる自分を発見したんですけど!?
「それが煽っていると言っている! 二人の名勝負を汚すような真似は俺が許さん」
「葛城さんがこう言ってるんだから少しは従えよ、左京!」
「それは左京もだと思うのだが」
「でも、こいつはこういう奴だよな。競泳の時からそうだった」
ただ後先考えずに調子に乗ったのだけは、少し失敗だったかもしれない。
熱くなってきた葛城だけでなく、他の3人も乱入してきたのだ。
しかし甘い。全員あわせても、この場で僕を止める意思と発言権を得るのには全くもって足りていない。
その為に必要な資格は一つである。
「ふはははっ! 文句があるなら王者である僕に挑むがよい。無論、将棋でな」
つまるところ、僕に勝てばすべて解決という事だ。
「望むところだ! その性根、叩き直してくれる」
「あの……葛城さん? なんか左京に乗せられてません?」
「ほう。今度は左京が打つのか。これは興味深い一局になりそうだ」
「つうか、話が脱線しまくってるじゃねぇか……いや、最初からレールに乗ってなかったわ」
「うごごごご」
「しかし、友達か。
……オレの高校デビューはここから始まるのか」
ところで、僕達は何故ここに集まったんだっけ?
葛城と開戦する直前、ふとよぎったそんな疑問が四方の悔しがる呻き声に埋もれていったのは、完全なる余談である。