ようキャ   作:麿は星

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3、キャットルーキー

 

 四方で全員の自己紹介が終わり、局地的で一時的な氷河期が来ていたが我らがBクラスの一之瀬はめげなかった。東風谷さん、左京君、四方君ありがとう、とまとめて拍手してフォローしてくれたのだ。

 すると自己紹介初期の頃の空気感に解凍されて雪解けが訪れたのだ。

 

 一之瀬以外にも、ぱらぱらと申し訳程度に拍手や「よろしく」コールを贈られ、僕は満足だった。

 これからクラスの中心は彼女になるかもしれないと思わせる一幕でもあったので、心の中で一之瀬のことは女神と呼称することにした。

 

 そんなこともありつつ、和気藹々とした雰囲気のまま入学式に出席し、この後はクラスみんなで歓迎会をやろうと盛り上がっていたが、残念なことにバイトについて聞きに行く用事があったため一人別れて事務室へ向かうことにした。

 

 四方には、今日は色々忙しいので明日以降にゆっくり話そうと約束してあるので、バイト関係と荷解き、買出しはできれば今日中に終わらせたい。

 今は好きだった漫画そのままの『主人公』が目の前に現れたことで少し動転しているような気もするが、それもやることをこなしていくうちに収まるだろう。

 

 

 

 事務員に聞いてみたところバイトをするために必要なことは、まず事務室でバイトの申請書と許可証(あわせて2000PP)を購入し、許可証を希望バイト先に提示することで僕は履歴書と申請書の記入欄を、バイト先が申請書の残りの必要事項を記入してくれるシステムらしい。

 最後は事務室に提出と、写しをとって生徒会に提出すれば完了とのことだ。

 何故生徒会への提出義務があるのかはわからないが、特殊すぎる学校なだけに新入生にはわからない事情でもあるのだろう。

 

 もらった2枚の必要書類をクリアファイルに入れて鞄にしまい、買出しとバイト先探しを目的にまずはショッピングモールやスーパーがある方へと行くことに決めた。

 だが、地図で見るとショッピングモールとスーパーは反対方向とまでいわずともかなり離れていたので、まずはスーパー近辺で消耗品や食料品の買出しを済ませてから寮まで行って、荷解きと生活周りを整えることを今日の目的に設定した。

 

 スーパーでは、念のためバイトを募集していないか確認したがどうやらしていないようだ。

 ついでに買出し途中、これまでにスーパーなどでは見たことがないコーナーがあった。

 

 なんと無料コーナーである。

 

 初めて目に入った時は、目を疑ってしまった。

 質が極端に悪いのかと思って何種類か確認したが、普通の商品だった。採算とかどうなってるんだろうと思ってしまう。

 

 店員を捕まえて聞いてみたが、この学園の救済措置と言っていた。

 そんなに無駄遣いする奴が多いのか、10万貰えるのは最初だけなのか、それとも罰金系の何かがあっていくらポイントがあっても足らないのか、他の何らかの理由か。

 凡人である僕の頭ではいくら考えても答えは出せないだろう。

 

 しかしクラスメイトの四方が、キャットルーキー原作の四方であれば頭脳明晰だろうから情報さえまともに渡せれば代わりに答えを出してもらえるかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎるが、いくら同姓同名で似ていようと、現実世界に漫画の登場人物がいるわけがない。まして、あの漫画は時代設定すらかなり前の話だ。スマホどころか携帯電話さえ大多数が持っていなかった頃のはず。

 

 しかし仮に僕がキャットルーキーの世界にいるとかそういう系の創作物的展開であったとしたら、時代が違う上に僕という異分子が存在する以上様々な齟齬は出てくるから、四方がプロ野球選手にならないIFもありえたりするのだろうか?

 

 確か四方二三矢のトムキャッツ入団は、高校卒業してしばらく親父の手伝い。その最中に、1部・雄根小太郎の電波ジャックからのリーグ優勝を見たことが切欠だったはずだ。雄根は四方の2~3歳上くらいで、時系列も似ているなら現時点では高校3年生か入団直後。そして電波ジャックと1部は、雄根の入団2年目か3年目。

 

……今の時代で、電波ジャックなんて事がプロ野球選手とはいえ一個人に可能なんだろうか?

 

 僕は頭を振って、考えても仕方ない不安をやるべきことに紛れさせる。

 考えても仕方ないことは、さっさと切り替えてしまう方が精神衛生上、一番いいと思っているのだ。

 事務室での待ち時間で書き出しておいた買出しメモを見ながら、無心で物資を買い込み寮へと急いだ。

 

 

 

 寮の自室には入学案内のとおりに荷物が届いていたので、まずミニ冷蔵庫に電源をつないで買ってきた食料品を詰めていく。

 普段使いの道具もそれぞれでまとめて風呂や台所、物置なんかに放り込んでいく。

 布団とちゃぶ台を荷解きしたら端に寄せて、座布団を3枚重ねて布団の上に。

 慣れているのでささっと荷解きが片付いた。

 落ち着いてきたので、お茶を飲むために湯を沸かして、水筒を軽く水洗い。

 急須へ茶葉を入れて準備しつつ、ついでにダッチコーヒーの仕込みもしておく。

 

 お茶を一杯飲んで人心地ついたら、いつの間にか夕方になっていた。

 残りの湯でお茶を出し、水筒に入れて肩から提げる。

 仕込んでおいたダッチコーヒーを冷蔵庫に保管したら、鍵と学生証、スケッチブックと鉛筆だけ持って出かけることにした。

 

 思考整理の為の外出なのでショッピングモールへは行かず、適当な広場を見つけてそこで絵を描き始める。

 そうしていると、先ほど紛れさせておいた不安が顔を出してくるが、一旦時間を置いたことで今の僕は気分は変わっている。

 なので、解決策というよりも「どうにかなるさ」みたいに考えることができた。

 

……うん。

 バイト探しはともかく、キャットルーキー関連はもうある程度適当でいいや。

 万が一、ホントにキャットルーキーの世界にいるかもしれないから、とにかく1年生の体育祭で四方が活躍することと、野球部にスカウトされて入部するか迷うようならなるべく後押しするようにすればOKだろう。

 

 考えてみれば高校時代なんて、原作の四方にとっては前日談みたいなモノだし、僕としても好きな漫画の主人公に似てるか本人と、同級生で友達になれるんだから悩む必要も問題もなかったわ。

 電波ジャックとかも何とかなるかもしれないし、そもそも雄根がいるかもわからない時点ではどうしようもない。

 なら残るのは、縁があった四方をキャットルーキー関係なく手助けしつつ、ついでにこっちも助けてもらう的な友達になる方向性だけである。

 

 考えがまとまった後は、気ままに絵を描いて、腹が減ったら焼肉屋で入学祝のつもりで一人焼肉を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝といえばコーヒー。

 コーヒーといえば、ブルマンNO.1。

 これは多少値が張ろうとも譲れない僕の至高の習慣である。

 幼少期にコーヒーセットを買ったのを始まりとし、現在まで続く月に最低4000円を払い続けた意思と拘り。外界と隔離されようと、円がポイントになろうと、朝のブルマンNO.1と夜の川根茶それぞれの一杯は変わらない。変えさせない。 

 

 直近の最優先目的は、ショッピングモールあたりでコーヒー専門店・日本茶専門店を発見することである。

 外から持ち込めた分量はおそらく2ヶ月分程度、節約して使えば3ヶ月、お茶に関してだけなら出がらしで我慢しても半年持たないくらい。それを超えた時に店を見つけていなければ、物理的に飲めなくなってしまう。

 

 そのような許せぬ事態に陥らないためには、店自体も探す必要はあるがポイントの確保手段を増やしておくことも必要だろう。

 月初めの支給日だけでなく、バイトなどでの別の入手経路確保は急務だ。

 

 どういうことか『無料』などという明らかにおかしいコーナーがあるスーパーの件や、昨日の担任の答えられない発言から、CPの数字含めた伏せてある情報も嫌な感じがしている。

 正直、10万PPは4月だけで、来月からは何かで稼いでね、的な事を言われているような気がしてならない。

 前の人生で、似たようなだまし討ちをする会社に出向した経験から疑心暗鬼になっているだけかもしれないが、僕のブラック企業探知センサーはこういっている。

 

―――ここはクロだ、と。

 

 事情通の誰かの協力を仰げれば、こうした確信に届きうる情報収集の効率アップを望めるかもしれない。

 だが、今までに情報を集めたり活用したりしそうな雰囲気があったのは自己紹介をする空気感を作り出したクラスメイトの一之瀬か、昨日少し一緒になった葛城。

 四方や戸塚はそういう面では普通の奴な気がしているし、僕の勘も学級委員長的な雰囲気のある二人のどちらかが適任だといっている。

 しかし片方は人気者美少女、片方は別クラスの中心で話していた男。どちらも話しかけるハードルは高い。

 

 とりあえず話しかける勇気と状況が搾り出せれば一之瀬、無理そうなら人が周囲にいない機会を見て(傍にいるのが戸塚だけならセーフ)葛城に相談してみる方針でいこう。

 勿論、それまでに自力で情報を得られたり店を発見できれば、それに越したことはないわけだが。

 

 次に今の優先度はそれほど高くないが、持ち込めなかった天体望遠鏡。

 夜空を見上げるだけならいらないが、天文部に入部、なければ創部するつもりなので、天体望遠鏡はほしい。

 欲を言えば、文化祭展示用にある程度高性能なカメラやスカイセンサー・赤道儀も欲しいが流石に予算が足りないだろう。

 

 僕はモーニングコーヒーを飲み干しながら、バイトとお茶・コーヒーに関する計画と情報をなるべく早く得る決意を新たにした。

 

 

 

 

 ところで決意を新たにした直後、ふと思い至ったのだが。

 昨日の入学初日にほとんどの時間を一人で過ごした僕は、情報収集などというコミュニケーション能力が要求されるミッションに頭を抱えた。

 そして学校のことにしろ、コーヒーやお茶の店にしろ、誰かに話を聞くより、いっそ自分の足と偶然に頼る決断へと傾くのは、僕にとってごく自然なことだった。

 

 

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