寮の5階に位置する自室。
僕は佐倉と彼女に付いてくれていた東風谷を呼び出し、痴漢撃退スプレーの説明をしながらテイクアウトしておいた夕食と一緒に渡していた。差し入れには、冷めても美味しい唐揚げやドーナツを選んだから無駄にはならないはずだ。
必要ないかもしれないが、一之瀬と橘書記の分も買ってきたので、差し入れがてらお礼の言伝も二人に頼んですぐ帰るように促す。
進捗すら簡単にしか説明できなかった為か二人は何か言いたげではあったが、昨日青娥さんから借りてきたノートパソコンでの作業途中であることも前面に押し出して、早めに帰ってもらった。
口には出さなかったが、女子が男子の部屋に長居することで生じる弊害は、こうした閉じた環境下では致命傷になりかねない。東風谷はまだしも、佐倉には同クラスに一之瀬のような庇護者か友達が確認できるまで、できるだけ僕の部屋に呼ぶのは避けた方が無難である。
ともかく防御役の二人の様子を見たところ不具合はなさそうだ。
まず佐倉から時々名前が出るくらいだから、少なくとも橘書記には信頼を置いていると思われる為、こちらは元々心配ない。
佐倉と会った事もなかっただろう一之瀬はわからないが、あの善人気質であり、佐倉と仲の良い東風谷から太鼓判が押される事を考慮に入れると、佐倉近くに配置したのはプラスに働く……といいな。ただ一之瀬と東風谷の仲が悪いとは言わないが、なんかお互い苦手意識のありそうな様子を思い出して一抹の不安がよぎるだけだ。
……まぁ、女子同士の関係は苦労するのが僕ではないし、佐倉に丸投げしよう。そうしよう。
尤も、本来コミュ力の高い一之瀬は、橘書記や生徒会との橋渡しや補助などの遊撃として配置するのが適切な気もするのだが―――
会長の周りが一時ハーレムみたくなりそうなのが気に入らない。
ただそれだけが、その配置にしなかった理由である。
僕が野郎まみれか一人で動いている時に、会長は橘書記をはじめ一之瀬、東風谷、佐倉と楽しくやってるとか羨ましくて妬ましい事この上ない。冷静に会長の性質含めた安全性や関係を考えればそれが良い手かもとは渋々思うが、これは感情優先で却下させてもらった。
なので僕自身が会長とやり取りすることになろうと、一之瀬と東風谷が苦手同士と知っていても、この配置しかなかった。劇薬の匂いをぷんぷんさせている櫛田をそこに混ぜなかっただけ、僕にしては気遣いしている方である。そのしわ寄せが佐倉に行ってそうなのは、会長が女子ではなかった故の不幸なのだ。
僕は寮に戻って直ぐに佐倉達を呼ぶと同時、収集した情報の確認・精査をしてもらおうと会長と四方を通して担任にも送信している。二人には昨日の時点でもある程度現状と情報を伝えていたので、進捗を報告して確認してもらうのと説得力を増加させる為である。
そしたら意外と大事にとられたのか土曜の夜にも関わらず、そう時間を経ずに両者から返信があった。
このうち担任への対応は、四方が頼まれてくれたのでまだマシだと思うべきだろう。
後で面倒に発展するかもしれないが、四方と東風谷にだけは佐倉がアイドルであることを含め僕が知るほとんどの情報を開示してある。交渉ではなく、伏せる情報を取捨選択しながらの説明が主目的なら、僕よりも四方が適任だろう。
誤算は会長の方である。
メールでは不十分だと言い出して連携の申し出まであったのだ。これは僕が、青娥さんから借りてきたノートパソコンで収集した情報を整理していた時に電話で言われた。
生徒会と教師は、学校との繋ぎ役や確認だけでも動いてくれれば御の字と考えていたが、佐倉か橘書記あたりが何かしたのか他の理由か想定以上に協力的だ。僕は少し戸惑いつつも、それから会長と長電話する事態になっている。
「左京、そちらに学校のものではないと確認した画像に印をつけて送っておいた。そのカメラの内部情報を収集してこちらに送れ」
「それは明日です。今は学校の敷地マップに印のあるカメラや画像と場所をリンクしていますんで、それが終わったらそちらにも送信して今日はもう寝ます。なので、会長も寝てください。何時まで仕事するつもりなんですか」
何故、僕が会長と電話でこんなやり取りしているのかというと、経緯はこんな感じだった。
そして会長のワーカホリック魂をなめていた事を実感とともに味わっていたのである。
そろそろ0時を回るというのに、連携を申し出られてから一向に詰める勢いを止める気配がなく、それどころか電話越しに熱意まで感じさせてくる始末なのだ。
つまり現在の状況は、苦手な会長と電話、眠気のトリプルパンチにKOされそうになりながらも、学校や警察への交渉材料を整えている状況ということである。
勿論、学校への提案と訴えに手を貸してくれるのは非常に助かっている。会長も生徒とはいえ、権力がある程度使えるのは戦略の幅を広げてくれるからだ。僕も自分と友達の危機がかかっているのだから、手抜きも出し惜しみもするつもりはない。
駄菓子菓子。
もとい。だがしかしだ。
もう1日の成果とは思えない情報量を何とか資料レベルに落とし込んだので、明日の日曜に裏取りすることで交渉材料には充分なのだ。つまり寝る時間を削る必要はないのである。
会長としては、凡人の手際に不満があるのかもしれないが、これ以上は僕には厳しい。思うに今回、手足と耳目になってくれた友達連中が優秀すぎたのだ。集めた情報量にふさわしい手際を合格基準にしないでほしい。
そんなわけで、僕は半ば無理矢理に会長からの通話を切って、作っていた資料を各方面に送信して本格的に寝に入った。
次の日の早朝6時。
起きて軽くシャワーを浴びた僕は、ストーカーの設置したと思われるカメラ情報を抜く為に寮を出た。
可能性は低いと思うが、アクセス制限されていないカメラがあることに賭けつつ、最もかかる確率が高いだろう寮前の隠しカメラが写る位置の寮所有Webカメラに、動体検知で画像を保存する仕組みで罠も張っていたのだ。3日間かつ夜間のみという条件で寮の管理人から許諾を得た罠だが、これはストーカーの姿が撮影できればラッキー程度で、それほど期待していなかった。もっと高性能なカメラが使えれば多少楽ができるのだが、使える手札になかったものは仕方ない。代わりに足を使うことにしたのである。
ここまでくれば、僕が何を材料にストーカーを追い詰めるのかは誰の目にも明らかだろう。
そう、ストーカー規制法に加えて個人情報保護法、他諸々である。
ストーカー規制法だけでは、警察が動いてくれたとしても現状では罰則なしの警告だけで終わってしまうのもありえてしまう。なので少しでも証拠と罪状を積み上げ、逮捕されればそれでよし。警告だけで終わってしまっても、最低限学校側がこの敷地からの追放処置をできるだけの有害さや危険性を示したいのだ。
「早いな、左京」
「ゲゲッ、会長!?」
「そう嫌そうな顔をするな。朝の鍛錬ついでに、裏取りの確認をするだけだ」
僕が回収したカメラに撮影された画像を寮の脇で確認していると、ジャージ姿の会長が姿を現した。昨夜の電話後を考えると、寝るのが遅くなった僕よりも会長は寝ていないはずだ。
ナポレオンや曹操じゃあるまいし、この人の睡眠時間ってどうなってるんだ?
しかし人のいないだろう日曜の早朝なのに、よりによって会長と出会ってしまうとは……。
「……お前は、孤高と孤独どちらだろうな?」
「はぁ、どっちもボッチじゃないですか。つまり僕がボッチだと? もしかして喧嘩売ってます?」
「ボッチ……か。ククッ、違いない」
「ちょっと! 何笑ってるんですか。ホントに喧嘩売ってるなら、絶対買いませんからね。無理に買わされても、泣いて謝る事になるだけですからね。主に後輩の僕が!」
なんとか気にせず確認作業をしていると、少し後ろにいた会長が脈絡もなく喧嘩?を売ってきた。
ただ反論する時に思わず振り向いたら、珍しく……というか初めて会長が笑っているところを見た。そして、そこに悪意はないと感じて言葉に詰まる。
これは何かを思い出していて、ふと口から零れたのを偶々僕が拾ってしまっただけのようだ。
でも、暗に僕をボッチ呼ばわりしたかと思って少しムカッときたので、答えのない問答でマウント返ししてやろうと思う。
「ところで話は変わるんですけど、会長は色々な意味で余裕あります?」
「俺に……今は余裕など必要ない。僅かの力や時間すら無駄にしたくないからな」
「はい、ダメダメ決定。無駄こそ楽しむ為の秘訣で美学です! 全て予定通りなんて悪夢と変わらないでしょう。折角だから、お偉いさんになっても美学を考えて楽しく行きましょうよ」
ふぅ~、やっぱり無駄な言葉には無駄な言葉で返すのが気分良いな。こういうのは実際に勝ったかどうかはどうでも良く、例えわけのわからない屁理屈でも言いたいこと言って気分が良くなった者勝ちなのだ。
会長みたいなタイプに無駄談義は相性最悪なので、これならイキれると思ってやった。反省も後悔もしていない。そしてついでに、普段偉そうな会長に上から目線な感じになれて、説教まで封じられるのが最高である。
ここまでなら怒らないライン、と予想できる奴にしかやれないけども。
「む。口ほどに手を動かしてから言え」
「残念でした~。僕は、目も手もきっちり動かしながら話してますよ。説教魔人もやることやってる奴には無力ですよね」
「誰が説教魔人だ。お前は本当に煽り性能だけは高いな」
「会長は僕に言われただけだからまだマシ。僕なんか自はともかく他が認めるBクラスのはぐれメタルですよ。苗字はともかく、せめて夢とか月とかの名前と絡めたあだ名にしてほしかった―――っと」
そのまま会長と居ながらにして説教を回避する秘策、マホトーン(なるべく喋らせないだけ)を使いつつ雑談していると、目当てのモノを見つけた。
交渉材料になりそうな画像である。
そこには、普通に変質者が気持ち悪い顔でカメラの入れ替えをする犯行現場が写っていた。更には、後姿丸出しで茂みに上半身突っ込んだ汚い尻までばっちり撮影されているのは、どう考えればいいのだろう。
「左京、どうした?」
「いやまぁ……ともかくコレ見てください」
「ふむ……変態だな」
「罠とかじゃないですよね?」
「なんの罠だというんだ。やっていることのわりに迂闊だが」
確認してみると、撮影時刻は午前2時前後。
辺りが暗い為に写りは悪いが、電灯の付近に設置されていたカメラに狙いを絞ったおかげか顔も行為もばっちりである。その顔は、確かに金曜に僕と佐倉へ異常な目を向けていた男で間違いない。間違いないし、証拠の一つにもなり、僕や佐倉にも都合が良いが…………正直、ここまでタイミングと都合が良すぎるのが気になる。
呼びかけた者達がテスト直後にもかかわらずほぼ全て集まって協力してくれて、情報収集も少数かつ半日で信じられないほどの成果を出し、罠を仕掛けて即日で顔写真や犯行現場という証拠を取得できた。
こんな事があるんだろうか?
「良くも悪くも、事態が進む時は意外とこんな物だぞ。そんな時に大事なのは、自分の許容量を超える流れだったとしても、良い方向にする努力を忘れない事だ」
「そんなものなんですかね? なんかあんまりにもトントン拍子だと、逆に自分がしっかりやる事やれてるか不安になります。
……それと、さり気無く説教を挿入しないでください」
「しかし、左京にもそういう意識があるとはな」
「僕は、基本そういうことしか意識してないですよ。自分にメリットか危険がないとやる気にもならないですし」
考え込んで口が止まったからなのか、会長に説教の隙を与えてしまった。
でもそのおかげでやるべきことに集中できるので、どう思えばいいのか悩ましいところである。
「だが、そこで一歩立ち止まって考える事ができるなら充分だ。勢いに任せて行動しないのは、そういう意味で良い事だろう。左京は自分に正直なところが結果的に責任感になっている節があるからな」
「そういうトコロですよ、会長」
どういう言葉を放っても説教臭くなるのは会長の性質なのだろう。
まぁ深く考え込んでもしょうがないし、疑心暗鬼になりかけていた所を留めてくれたと解釈しておくことにした。