会長と別れた後も、僕は確認を取った隠しカメラを一つ一つまわって情報を更新し、アクセス制限のないカメラからは情報を抜いている。
驚くことに半数近くで情報を抜くことができた。またストーカーも動体検知のシステムを利用していたおかげもあって、佐倉の他に何人かの隠し撮り画像まで保存されていたのが確認できたのは大収穫だ。
……ところで絶対にストーカーでも、そのターゲットでもないと確信できる金髪男が、相当数カメラ目線でポーズを決めていたのだが、ストーカーが佐倉の目の前に姿を現すまで焦れた遠因は、こいつが煽ったせいではなかろうか?
なんせ関係ない僕ですら、取得した画像数のほぼ半分近くを占める金髪男には呆れを通り越して尊敬までしそうになってくるのだ。目的を邪魔されたストーカーなら、焦れて怒り狂ってもおかしくはないだろう。
ただそれはおいておくにしても、一之瀬や櫛田、知らない女子連中の画像まで保護してあったのは幸運といえる。これは余罪を水増しして追い詰める上でプラスになるはずだ。罪状や証拠すらすっ飛ばして、感情的・生理的に無理と思う『被害者』を増やすほど人を動かしやすくなるのである。
いくつか起こりうる事態を想定しつつ、昼前まで歩き回って取得できた動画・画像を会長と担任に送信し、また次のカメラへと移動を繰り返している時に、朝にも会った会長と僅かに遅れて担任から呼び出しがあった。
両者共に、なにやら少し慌てた雰囲気で直ぐにでも学校まで来てほしいとのことだったので、そのまま学校に向かう。
校舎に入ると、玄関ホールで担任と会長が待ち構えていた。
この時点で微妙に予感的なモノはあったが、担任はいつになく真剣な顔で僕に付いて来るように言うと早足気味に歩き出す。歩きながら会長に目線を向けてみるが、こちらも口を開かないまま前をじっと睨んで進み出した。
この方向は職員室かと思いながら二人に付いて行くと、そこはあっさり通り過ぎ、生徒会室にも向かわず、今まで探索以外で立ち入ったことのない区画に進んでいるようだ。
ようやく担任達が立ち止まったのは、理事長室という普通なら卒業まで縁がない場所であった。担任がノックをするとすぐに中から許可が出たので、3人で「失礼します」と声をかけて入室する。
入室してまず目が向くのが、部屋の中央に座っているおっさん。
おそらく、というか部屋名からして確実にこの学校の理事長だろう。おぼろげに入学式で見たような記憶がある気がしないでもない。
次に、そのおっさんの後ろに飾られている『実力主義』の文字。他に似たような雰囲気の物もあったが、僕の好みではなかったのでこの部屋から出た瞬間忘れてしまう程度のつまらない部屋。そんな印象を受けた。
「日曜にすまないね。星之宮先生、堀北生徒会長。
そして君は初めましてだね、左京夢月君。
今日は少々聞き捨てならない報告があったので、呼び出させてもらった。
……ああ、左京君。私はこの学校の理事長で、坂柳というんだが覚えているかな?」
僕が光に反射してよく見えなかったネームプレート?に目線を集めていたことに気づいたのか、坂柳理事長がやんわりと名前を教えてくれた。
「覚えてなかったです。すいません」
「ハハハ、正直でよろしい。でも無理もないよ。私を新入生が見たのは、入学式の時だけだろうからね。
君とはゆっくりと話してみたいところでもあるんだけど、まずは本題から済ませてしまおうか」
声や態度からは結構余裕ありそうにも見えなくもないが、理事長は何かに焦っているのがなんとなくわかる。
この人は初対面の新入生相手に、前置きもそこそこに本題を切り出そうとする性質ではおそらくない。視界の端で担任が小さく驚いているのは、いつもと違うからだろう。本題とやらに関連した彼にとって何らかの不測の事態が発生、もしくは発覚したのだ。
だから焦っているとまではいかないかもしれないが、小さく動揺していつもと違う態度になっているのではないだろうか。
「さて、堀北君と星之宮先生から報告はもらっている。
わが校の女生徒がストーカー被害にあっている、との事だったけどそれは事実かい?」
ストーカーか起業の件でいずれ学校のお偉いさんに呼び出される覚悟はしていたが、あまりにも早すぎる。僕は最速で月曜のテスト結果発表の直後。想定通りなら数日。遅ければ1~2週間はかかると思っていたのだ。
ゆえに、時間稼ぎしている間は友達連中に護衛と遊撃を手配しておいたのだが……。
ここの敷地内は少し特殊っぽいが、学校という組織が動くにはまだ材料を揃えられていないし、警察は尚更だ。
だからこそ佐倉以外の画像を材料にして、他の盗撮被害者を水増ししつつ交渉すれば、学校が無視できないほどの『声』を確保できると思っていた。
「事実です。僕……私自身も金曜日に遭遇しましたし、脅迫と言っても過言ではない手紙や画像は、生徒会や星之宮先生に提出した証拠の通りです」
「では、今朝提出された写真は」
「あれは、今のところ盗撮されただけの被害者ですね。あるいは、狙いを絞る目的もあったのかもしれませんが」
「狙いを絞る……」
ただ理事長の事情はわからないが、これだけ早く呼ばれてこの状況なら利用しなければ損である。
会長も担任も口を出してこないうちに学校のトップを誘導したり口車に乗せられれば、危ない上に面倒臭い警戒や証拠集めを丸投げできる。
理事長の反応的に、被害者が佐倉単体ではなく複数になりそうだからか、もしくは特定の誰かを心配しているかのどちらかな気がする。それなら、そこを突いて一気に解決までスキップできる可能性があるだろう。
「不正に設置されていたカメラには、保護された画像が複数人・何種類かありました。それも先ほど提出したのですが、それだけに佐倉……狙われている女生徒以外にも目を付けていた可能性は否定できないはずです」
しかし、ここで雄弁に語りすぎるのも良くない。
例えば、理事長くらいの年代なら娘か息子が僕や佐倉と近い年代にいると踏んで、現時点の交渉材料で危機感とヘイトを向けるだけで充分かもしれないのだ。それなのにやりすぎて逆に冷静になられると、事を長引かせてしまうかもしれない。
だから極力聞かれたことだけ……それに一つ二つ付け加えてなるべく淡々と答える。
これは無能な上司を誘導・誤魔化して仕事してもらうための手法の応用なので、本来こういう学校の理事長相手には適さないのだが、8割方意思を固めている人への伏せ札を開示させる後押しにはなるのだ。
伏せられている札。
それを把握するか、都合の良いように書き換えてからが本当の交渉である。
好転する札ならそのまま流れに身を任せればいい。だが悪化する札である場合を考えて、リスクはあっても勝算の上がるハッタリによる保険は賭けておくのである。
ゆえに、最初にして最重要かもしれない目標は、相手の手札とその使い方を確認することだ。
ここからは必要な手順を間違えるわけにはいかない。
顔色一つ変えずに、この場の人を、言葉を、そして流れを読みきって、最短距離を突っ切って確かめてやる。たとえ僕がどんな目で見られようとも。
「それで君……左京君はこれからどうするつもりなんだい?」
「僕自身と狙われている友人達を守りつつ、反撃の機会を待ちますよ。
その為の環境はここ二日の間で整えましたし、決定的な証拠をつかんだ時点で終わらせられる準備をしたつもりです」
この状況、普通なら素直に学校へ対処を頼み込んだ方がいい。
しかし、あえて道を逸れる事で学校がどう出るか、もう出ているのかを確かめておく方が先を考えると良い予感がする。今ならそれほどリスクなく、学校の出方がある程度ならわかるのだ。
読み違えていても、僕が用意周到な馬鹿か、学校や警察はおろか何も信じていないサイコパスのように見られるかもしれないだけだ。
あるいは―――
「僕は自分と友人達には出来る限りの守りを敷いたので、あとはあのストーカーが『何か』で暴発して捕まるのを安全圏から笑って眺めようかと。
これで、めでたしめでたし、ですね」
―――自分勝手なヒトデナシか。
覚悟を決めて、笑顔を浮かべながらそう言い放った理事長室には、敵意のようなモノや重い空気が立ち込めて……いなかった。
今の僕は、理事長と担任からは苦笑され、会長からは呆れたような視線が向けられている。会長だけは予想と違わぬ反応だが、理事長と担任も似た雰囲気ということはハッタリは必要ではなかったか通用しなかったのだろう。
「星之宮先生、今年は面白い生徒が入りましたね」
「そうですね。普段は目立たないのですが、稀に台風の目になるので目が離せない生徒ですよ」
と、いうことはだ。
この後は、学校が対処してくれると捉えていいんだろうか?
あのハッタリで揺るがないというのは、僕の当てずっぽうが外れていたか、最初から対処をするつもりだったか。いずれにせよ、好転の札だったということ。
それにしては雰囲気がおかしい気がしていたので手を打たせてもらったが、何もしないか無難な選択が正解だったのかもしれない。
理事長が動揺していたように見えたのも、担任の不自然な態度も、会長が全然口を出さなかったのも、他になんらかの理由があったのだろう。
「意地悪が過ぎたね。
左京君達が集めた証拠の数々で、警備部を動かせるだけの名分は立ったよ。流石に今日中には無理だけど、明日の朝一であのストーカーには敷地からの強制退去させるように通達してある」
「これだけの証拠があれば、立件もできるから安心してね。きちんと警察に引き渡すから」
理事長と担任が口に出す言葉は、僕や佐倉から見れば非常に都合が良く動きも早すぎるくらいで、想定の中でもかなり上位の対応である。
ただこの二人から感じる雰囲気では、もっと腰を据えて構えた対応になると思っていたので邪推してしまう。学校側か、もしくは理事長にはなにか早急に動かなければなかった要因があったのではなかろうか?
まぁでも、まだ完全には油断できないがストーカー事件は学校がスピード解決してくれるならそれでいい。
こうなってみると、僕の知り合いを総出で巻き込んだ盛大な茶番にも思えてしまうが、本来問題対処をしてくれる人達がやってくれるなら、多少の徒労感や不審点はどうでもよくなるから不思議である。
ここ数日を脳内イメージで例えるなら、ひたすら回し車で全力疾走しているような空転具合だったから良い方向に転がってくれたのは安心した。
この土日の成果で、数日以内に学校が動いてくれなければ、佐倉を含めた知り合い以外の盗撮された者を利用して対象者を陥れようと思っていただけに、無駄な危険を冒したり、犠牲者を出さなくてよくなったのは大きい。
こうした危険を伴う工作が僕は得意ではないのだ。
その後は、会長含む全員から何故か探られるような目を向けられつつ、表面上は穏やかに理事長や担任の話を聞かされたりと雑談していただけだ。
いくつか懸念していた新たな面倒事や起業に関しては全く話に出なかった。
……それはよかったけど、親バカの娘自慢とか倫理・善悪諸々のアレコレなんて、僕に言うんじゃない。
直球だろうと変化球だろうと説教臭いのはいらないと思いながら、ただただ聞き流し続けるだけの無駄な時間だったが。
次の日の早朝。
佐倉のストーカーは、本当にあっさりと学校外へと連行されていった。
確認の為に早朝に呼び出されて、一緒にその光景を見ている僕と佐倉だったが、学校の警備員に引き摺られながらも喚いている執着心はあっぱれといえなくもない。その姿勢には、青娥さんの遊び相手としての素質を感じた。
個人的には、大口を叩いて準備を整えただけで結局ほとんど人任せだったので、佐倉とは顔を合わせ辛い気分である。もしどうしてこうなったかを聞かれても、僕には何故かこうなっていたとしか答えられないからだ。主要部分を人任せにすると、こうもいたたまれなくなるとは思わなかった。
B・Dクラスの担任二人が後ろに居るので、なにか言いたくても内弁慶な佐倉ではこの場で口に出せない点は不幸中の幸いだろうか。
「このこのっ! こんな可愛い子を守る為にやるじゃない、左京君!」
「今、一応シリアスな場面なんで、担任はお口ミ○キー」
「なんで私の口にミッ○ーを配置しようとするの!?」
そしてそれとは別に、僕は早朝に起きた眠気と女ばかりの空間で居心地悪さや緊張を感じていた。
今も星之宮先生がからかってくるのを、窓際に置いてあったミッキー人形を顔に押し付けてなんとかかわしている現状である。更には、それを佐倉のクラス担任である茶柱先生が無言のまま見てくるのもまた居心地悪かった。尤も教師達がいるので、佐倉に詳しい事情説明をせずに済んでいることだけは助かったと言えなくもない。
まぁ、そもそも一室で美女・美少女3人といること自体に奇行や妄言が零れるほど緊張していたから、居心地悪さやいたたまれなさは今更ではあったのだが……。
しかし関係ないけど、緊張のあまり体が微動しているのだが、この振動エネルギーを発電とかに回せないだろうか。
人格はよく知らないが、外見だけならこの場の誰よりもエロい茶柱先生に見られていると、緊張で震える自分を自覚してしまうから、そんな馬鹿げた思考でつい現実逃避したくなるのだ。
……最初は担任が茶柱先生に絡んでいたのだから、そのまま最後までだる絡みし続けて先生同士で注意を逸らしあっておいてほしかった、と思うのは僕の我侭だろうか。
そんな状態だったから、きっかけ以外は最後まで直接対面することもなかったストーカーを校舎から見ていた時も、当然特に思うことも湧いてくる感情もほぼなかった。
想定とは外れたが、青娥さんとの話もあるし、もう万が一はないだろう。
強いて言えば、手を打っておいたいくつもの対応策を使わずに終わったから、PPの借金と青娥さんに頼んだ起業関連の処理が少しもったいなかった気はしているものの、当初の目的はほぼ達成しているのでとりあえずよしとすることにした。
今回の明確な収穫といえるのは、佐倉と青娥さんを通した円の収入源だが、意味を持ってくるのはだいぶ先になるだろう。
所持PPのマイナスを突き破った全放出&借金と青娥さんへの借り。
願わくば、このデメリットの対価が功を奏すのを祈るばかりである。