『私は天才ではありません。 ただ、人より長く一つの事柄と付き合っていただけです。 間違いを犯したことのない人とは、何も新しいことをしていない人だ』
これはアルベルト・アインシュタインの言葉だが部分的に変更して、ついでにどこかで聞いたことがある気がする私見を加えることで指導者や凡人についても言及してみよう。
天才は、僅かでも情報が得られた時から行動を開始する。
優秀な指導者は、情報が2割の段階で判断する。
頭が良い人は、3割で判断する。
凡人は、5割を超えたあたりで判断を始める。
無能は、全部の情報が揃わないと行動しない。
馬鹿は、答えが出揃っても例外を恐れて動かない。
これに照らし合わせると、僕は少しだけ頭が良い人寄りの凡人に該当することがわかるだろう。更にアインシュタインの言葉を『人より長く一つの事柄』ではなく、『二つの人生』に変更すればまさしく僕の主張と同じである。
僕は、伏せられた情報が5割未満では直接的な行動に出ることができない。だから間接的に情報を集めて5割の壁を超えるようにしたり、どうなってもいいようにいくつもの対応策と不必要なほどの戦力を揃えようとしてしまうのだ。
前のストーカーの件も、もし最初に巻き込まれたのが僕ではなく、四方や一之瀬、あるいは東風谷や綾小路であれば、天才や優秀な者らしく格好良くスマートに解決していたに違いない。それこそ物語のヒーローのごとく快刀乱麻の大活躍の末に、ヒロインな立場っぽかった佐倉も成長したり恋愛物語に発展したりしたかもしれない。
その後の展開も、アイドルな事や素顔のカミングアウトをして学校の人気者へジョブチェンジさせたり、その為に内弁慶な性格を克服させたりと、色々考えられる。そうでなくとも、隣に寄り添って友達とともに苦難に立ち向かう成長物語になっていた気がする。
しかし、現実には僕が巻き込まれたことで急かされるように動き続けた結果、ストーカーにすらほとんど関わらず、当然目に見える変化や成長どころか大々的なカミングアウトもなかった。予想外に短期間で解決したから、一之瀬や綾小路といった先を考えると有為な人材との交流すらほとんどなかった状態のはずである。
おまけに起業やアイドル業は限られた者にしか知られていない。
外と遮断されている現状で、PPではなく円を稼ぐ手段の一つに選んだから、戦略上はなるべく秘匿した方が知る者全員にとって何かと有利なのだが、佐倉だけは別だ。本人が「変わりたい」と言っていたその絶好の機会と手段を失わせ、代わりに来るかわからない先の利益と保険に変換してしまったのである。
四方と東風谷、柴田にも借り1だが、これは佐倉にも何かを返さなければいけないだろう。
自分自身が受けた恐怖と打った策で、佐倉の本気を邪魔してしまった事は、僕の美学に反するからだ。
……………………という感じに偉人の言葉を隠れ蓑にした適当な理論武装しておけば、だいたいの人への言い訳と真相を曖昧にする理由付けになりそうだ。
よし、佐倉か事情を知る誰かに問い詰められたら、この方向性で行くことにしよう。
先の事件解決、または中間テストの結果発表から約1週間経った6月10日。
天文部はほぼ平常運転に戻っていた。
少し変わった点は、バイトがない日などに一之瀬や神崎、綾小路などが訪ねて来たり話しかけてくるようになった事か。
ただ綾小路はともかく、一之瀬と神崎にはまだ報酬が出せていないので、どうしてもばつが悪くなる。最近は東風谷のバリアもあまり効かないし、四方や柴田などは逆に手引きしたりする事すらあったから油断できないのだ。
尤も、流しそうめんの時に会長と報酬の事を話しているのを見ているはずだから、僕が譲らないのは承知しているだろう。だから彼女らの話している内容や性格的にもPPの受取拒否や取り立てではないと思うのだが、面倒事の予感があるためについ避けてしまうのである。
今日の夕方にバイトの給料が入ったら2人に振り込んで、それにより以前のような距離感に戻ることを密かに期待していた。
「入学から敷地内を歩き回ってて思ったんだけどさ」
「どうしたんだ?」
「この学校って、風水とか四柱推命とか結構考えて造られてる?」
なのでそれまでの時間稼ぎも兼ねて、四方に話の種を蒔いてキャットルーキーをきっかけにかじった易?のような知識を確認したりして好奇心を満たしている。
あまり人が立ち入れないような話題の条件は厳しいが、四方や綾小路だとそれなりにニッチなネタを振っても大丈夫だとわかってきたから、色々応用できて重宝するのだ。
「ああ、たぶんきちんとした風水師がついてるだろうな。規模はそれほど大きくないけど、四神相応の理に基づいて設計されているのがよくわかる」
「やっぱりか。それって北はどうか知らないが、東西南の三方にそれぞれ目立つ道と川と池があったアレだよな? 詳しくないからなんだけど」
「いや、充分詳しいと思うぞ。俺も確認したけど、知ってなければ意味があるかなんてわからないからな」
それに今日は佐倉がバイト、東風谷は掃除当番でいないので、四方と二人である。
同クラスなのに、今まで意外とこういう機会は少なかったというのもあって、本職の手伝いができる知識を持つ四方と話してみると面白い。
ちなみに四神相応の理とは、西に白虎の住む道(バス停のある道)、東に青龍の住む河(公園を流れる川)、南に朱雀の住む池(畑地帯にあるため池)、北に玄武の住む山。これらに守られた地形という意味である。
四方が言うには、北の商業区画も微妙に高台部分にあるようなので、おそらく意図して風水的な守りを施しているとの事だ。
科学の発展した学校にこうした仕組みがあるのは興味深い。
もしこれをしたのがキャットルーキーの登場人物なら、第一候補はダイオーグループの相談役?九条静山だろう。失礼ながら、四方の父にはあまりこういう大規模な事業に関わるイメージがないのである。
しかし、九条か。
アポロがいると思われるんだから、四方のライバルである孫の九条数真も存在するんだろうなぁ。何人か実例が確認できたし、もういい加減キャットルーキーが現代化したような事実を認めなければなるまい。
九条数真。
2部・四方のライバル兼天敵のピッチャーだ。
四方と共に高名な陰陽師を祖とし、特異な精神と洞察力、優れた応用力や独創性を持つ上に、自分だけではなく他人にすら実現可能な道筋まで考えることができる。
直接対決は勿論、盤外戦術にまで対応できる頭脳には四方すら及ばない部分が多く、その洞察力で裏をかいたり様々な策を編み出したりと、洞察力や正確性もさることながら、特に知略で未来の球界1・2を争う人物だろう。
キャットルーキー原作で四方と勝ち負けを繰り返していたが、個人的な全体の印象としては九条が勝ち越していた感じがするくらいだ。
考えてみれば、綾小路に全体的に廃スペックなアポロを重ねて少しびびってたけど、まだ九条と重なる奴じゃなくてよかったと思う。野球の括りがない九条(っぽいタイプ)と競うと仮定すると、四方や東風谷を計算に入れても凡人の僕が対抗するにはかなりのリスクを負わなくては足元にも及ばないだろう。
だからといって四方や綾小路、アポロが組し易いというわけではないが、手段を選ばなければいくつか通用すると思われる手札もあるのだ。
しかし、その手札を見通して手を打ってくる九条タイプだと、対抗策が非常に限られる。その上、僕の知り合いでは東風谷か戸塚くらいしか効果的に使えないだろう。僕自身だと、初手でかろうじて引き分けに持ち込むのがやっとになるはずだ。
漫画でしか知らないが、現実で考えると九条数真は天才レベルの高IQタイプだ。
しかもIQに最も影響の強い地頭の部分であるS因子の数値が高い状態にも関わらず、教養部分であるG因子の数値を上昇させる挑戦や学びを怠らない本物である。
原作で少し話に出ていた留学やノーサイン投球(投球フォームに入ってから、バッターを洞察して球種変更とかどう考えても不可能だろ)、魔球開発などが、このことを裏付けている。つまり四方やアポロとS因子の数値はそう大差ないかもしれないが、G因子の数値は時が経つにつれ開いていく可能性が高いという事だ。
そんな九条と予備知識なく初対面に近い状態で対峙すれば、例え四方や綾小路が最初から本気でも『初戦』は確実に負ける。実際、四方もアポロも初戦では負けているから、僕の勘に基づいた確信に間違いはないだろう。
この追随できる者も稀な頭脳と洞察力、機械とすらいえる正確さが、遊びや何らかのゲームとかだったとしても、こちらに向けられると思うと想像でもマジでぞっとする。
まぁ、原作通りなら現在はアメリカ留学中だろうし、九条みたいな四方への特効持ちがそうそういるわけがない。
……なんか綾小路の時も似たような事を考えた気がするけど、本当にいないよな? この思考がフラグじゃないよな? 四方の天敵だと性質が近い葛城や一之瀬とかにも特効ありそうだから、九条本人も九条っぽい奴もノーサンキューなんだからな?
……………………もし本当に存在してあまつさえ敵対とかしちゃったら、綾小路か東風谷にぶん投げよう。あいつらなら大丈夫だろう、きっと。
風水師から連想してしまった不安にも解決策?を見いだしたし、少し考え事に熱中して無視したような形になってしまった隣の四方を見ると、いつの間にかデッキチェアで寝始めていた。集中力を考えると、たぶん四方も似たような失敗をしたりするから、その対処法が『ほっとく』なのだろう。
悪いと思うが、四方で助かった。
これが陽キャの誰かなら、話しかけられたりして思考を散らされてモヤモヤしたものが残ったかもしれない。僕が陽キャに苦手意識を覚える要因の一つで、仮称・話をしていないといけない症候群(偏見)である。
そうして四方とのんびりしていると、遅れていた東風谷を皮切りに綾小路、柴田、神崎、一之瀬、白波、網倉が続々と入って……って、ちょっと待て。
―――なんで? ここ、放課後の屋上だぞ。
百歩譲って綾小路と柴田まではともかく、他の面子に面倒事の匂いを感じてしかたない。
一之瀬と神崎は屋上に来たことも初めてだろうし、白波と網倉にいたっては接点が学級委員会と宴会くらいしかなかったはずだ。名前を知ったのも、宴会の時だったくらいだしな。
逃げ出したくなるが、以前に食堂で逃げようとしたことでかえって面倒を引き起こした前例がある。ここは先手を譲って出方を見るのが無難だろう。
そう考えた直後、僕は視界に入った東風谷の面倒臭そうな雰囲気を見て思わずまた逃げ出したくなっていたが、なんとか衝動を堪えている隙ににこやかな一之瀬が話を切り出してしまった。
「いきなり押しかけちゃってごめんね左京君。ちょっと話がしたいんだけど、今いいかな?」
「いいけど、ここだと人数分座れないから場所変えていいか?」
「勿論! どこか希望はある?」
「寮近くまで移動する事になるけど、行きつけの飯屋だと助かる」
「了解だよ! みんなもいいかな?」
夕食にはまだ早い時間だが、屋上の戸締りしてからゆっくり移動すれば、着くころには5時は過ぎているだろう。
その時間帯なら僕には充分食べられるし、他の人は適当なモノをつまめばいい。それになにより、移動中に落ち着いたり思考したりする時間ができる。
そして落ち着いて片付け始めるふりをしながら一之瀬から視線を外して観察すると、だいたいの状況は読めた。
この場では口を開いてはいないが、ナンバー2っぽい神崎の視線と意識の方向を考えると、おそらく綾小路がいることで本来の用件を切り出せない状況のようだ。
ということは、切り出したかった話はBクラス絡みの面倒事と予想できる。たまたまだろうが、綾小路グッジョブだ。
場の流れが少し見えてきたので、手早く後片付けして移動を開始する直前。
手伝ってくれた綾小路へ笑顔で親指を立てると、怪訝な顔が返ってきたのは余談である。