先に謝っておきます。
一之瀬と白波、某派閥の方、ごめんなさい。
理系には大雑把に言って、工学系と理学系の二つがあると僕は考えている。
工学系は、思考を下から積み上げていくビルドアップ型。反対に理学系は、全体を見ながら思考を掘り下げていくトップダウン型。
開発の現場とかにいると、この違いは顕著にわかる。
工学系は部分ごとに開発して1つずつテストしていくので、進捗がとても早い。しかしテスト期間中に機能が衝突したりして出てくる不具合を直す作業が加わる場合もかなり多い。
一方、理学系は全体のバランスを調整しながら作るので、テストまで時間がかかってしまうのである。ただ最初から全体の整合性を考えているので、テストまでたどり着いてしまえば後は楽だ。問題は、期限や納期に間に合わないケースが出てくる点だろうか。
また実験失敗の反応を例に、それぞれの問題解決のやり方を考察してみよう。
工学系の多くは、実験が失敗に終わると手順の最初からやり直して不具合を見つける。
理学系の多くは、失敗結果から失敗の原因を絞り込んでいき、不具合を発見したりする。
例えば、この方式で文系でも無理やりこの場にいる面々を独断と偏見で分類すれば、四方や神崎、白波が工学系になるだろう。そして僕や東風谷、我が派閥に引き入れた綾小路は理学系な印象である。
ちなみに一之瀬や柴田などの出さなかった名前は、意見を表明していない中立派閥だ。
なお一応言っておくと、これはどちらがいいという話ではなく、思考が種族や文化すら違うのではないかと考えたくなるくらいに違うと言いたいだけだ。
つまり、その両者の意見が食い違えば戦争になる―――かもしれない。
「もう結果は決まってんだろ。東風谷も綾小路もこちらにいるんだ。
そちらは白波と神崎の二人、こちらは三人、中立四人。明確な優劣が目に見えていると思うが?」
「まだです! まだ中立の誰かが意見を表明すれば数の優位はひっくり返せます。特に帆波ちゃんがまだ中立のままなんですよ!?」
「ふっ、無駄な足掻きを。確かに一之瀬を引き入れれば同点どころか逆転も狙えるだろう。ただ……これまでの一之瀬を見ていれば一目瞭然。
―――賭けてもいい。一之瀬は選ばない」
「くぅ、悔しいけどそんな気もします。だけど、それでも一縷の希望に縋らずにはいられません! 好きな気持ちだけは誰にも負けたくないんです!!
帆波ちゃんは、どちらが好きなんですか!?
私…私は本当に好きなんです!!!」
「そうだな、一応聞いておこう。一之瀬、どちらを選ぶ?」
「え~と、考えたことなかったけど、どっちかというとたけのこ、かな?」
ただこの第一次きのこたけのこ戦争は、勃発直後のこの時点で我がたけのこ派閥の完勝が確定したといっても過言ではないだろう。相手の見積もりが甘く、意図せず一之瀬を引き入れることにも成功したのだ。
これは勝ち誇らずにはいられない。
「くっくっく…くはははっ! 白波ぃ、墓穴を掘ったな!? 優勢な我が派閥に大駒まで贈ってくれるとは……お可愛いこと、なんてな」
「―――ッ!!! そ、そんな……帆波ちゃん…………何故!?」
「千尋ちゃんにとって、これはそこまでのことなの!?」
この戦争の発端は、行きつけの飯屋がサービスでやっている飲み物に付くちょっとしたお菓子だ。白波は、きのことたけのこの利点を各派閥でプレゼンしているうちに熱くなったのだろう。
だが僕もここに来るまで白波から、わけもわからず睨まれたり、突っかかってこようとしてはやめるみたいなストレスの溜まる対応をされたので、反撃の機会を狙っていたのである。そして丁度いいことに、僕の推しはたけのこだったので、こだわりがなさそうだった東風谷と綾小路を言葉巧みに引っ張り込んで、本気で叩き潰したのだ。だから、小さな娘に大人気ないとか言わないでほしい。
白波の敗因は、なかなかのプレゼンをした神崎を引き込めた事で調子に乗りすぎ、一之瀬を読みきれなかったことだろう。意気込みや熱量に差があるのにも気づかず、一之瀬の性質すら考えていない。
そんな白波では、一之瀬がきのこを選んだ場合も想定して「選ばない」と予防線を敷いていた僕には到底―――。
「で、賭けに負けた左京は何をするんだ?」
「ぱーどぅん?」
『―――賭けてもいい。一之瀬は選ばない』
勝利の余韻に浸っていた僕に意味不明な言いがかりをつけてきた四方。その手に持つ端末から、僕の声が流れた。ついでに僕の背中にも冷たい汗が流れた。
「一之瀬は、たけのこを選んだが……もう一度聞こう。
左京は何を賭けたんだ?」
「……」
この状況から導き出される答えは……四方は隠れきのこ信者?
言質を取られるだけではなく録音までされては、白紙の小切手を握られたに等しい。まさか予防線を逆用されるとは……。
しかし幸い賭けと言ったのは僕だけだ。
ここは東風谷と綾小路に援軍を―――。
「って、二人とも居ねぇ!?」
「さて、墓穴を掘ったのはどちらだろうな? ああ、東風谷と綾小路なら早い段階でいなくなってたぞ」
「馬鹿な! あの二人が数の優位を自ら捨てる判断をしたのか!?」
まずい。
この場のたけのこ派閥は、僕と新人の一之瀬だけになってしまったのに、きのこ派閥は白波と神崎に加えて隠れていた四方を加えて、数が逆転してしまった。仮に残る柴田と網倉を一之瀬で釣り上げられても、四方が虎視眈々とこの時を待っていたのだとしたら、詰みまでの道筋に手落ちがあるわけがない。
まさか、この僕が負けるというのか?
一之瀬を手中に収め、磐石と思われる体制を築いた直後に?
―――そんな馬鹿げた話があってたまるか!
「ふん。数で逆転されたからなんだというんだ?」
「何だと?」
「ここにいる僕は、これまで数々の難題を乗り越え、経験値だけなら同級生の中でも百戦錬磨の覚醒左京。その気になれば革命前夜の自爆テロすら辞さないぞ。だから詰んでいると思っても、気をつけたほうがいい」
「何が言いたい……いや、何をするつもりだ?」
「こうするんだよ!!」
「きゃ、あ…?」
僕は白波を宥めていた一之瀬の肩を抱き寄せた―――瞬間、触れない距離かつ触れているように見える位置で自らの手を固定する。
周囲からはなるべく乱暴に見えるように、それでいて実際に触れないよう細心の注意を払いながら、肩を抱くふりをして彼女のように扱っているのを見せつけたのだ。
つまり、きのこ・中立派閥の誰かの暴走→うやむや、的な流れを狙うのである。
四方や神崎どころか中立派閥にすら見破られるだろうが、ほぼ初対面の僕でもわかる執着の強さを覗かせる白波のパッションを一之瀬への馴れ馴れしさで煽れば、四方や神崎がいくら論理的に収めようと無駄だ。
一瞬とはいえ、一之瀬を抱き寄せるのはかなり躊躇いがあったが、やった甲斐はあった。
思った通り四方と神崎は冷静なままだが、沸点の低い白波は見るからに我慢の限界に達してそうで、女子がしてはならない顔になっている。あれならもう一押しすれば、暴走させられるかもしれない。
これは…行ける!
「人数で負けていようと、一之瀬がこちらのモノという事実は変わらない。そして、一之瀬さえいれば戦力差など簡単にひっくり返せる……というのは、さっき白波も言ってたことだよなぁ?」
「ぐぎがげごごご」
「おい! 白波、落ち着け! 人様に見せられない顔になっているぞ!」
「そこまでやるか、左京」
追加で、挑発して暴れだしそうになる白波を四方と神崎が抑える隙を突いて、気取られないうちに起死回生の言葉を一之瀬にささやく。上手くすれば、神崎や四方にすら通用する見込みもある奇策だ。
抱き寄せた瞬間こそ焦りが見えた一之瀬だが、触っていないことに気づいて以降は不思議そうなキョトン顔を僕に向けていただけだ。演技に気づかれるから出来るだけそれもやめてほしかったが、今は思考がスポンジみたいになっている方が好都合。
言い換えれば、空白になっていた心の隙間に、僕のささやいた言葉は順調にしみこんでいくからである。
なぜそれがわかるかというと。
「ざ、ざぁこ♡ ざぁ~こ♡
ホント私達相手に反論もできないなんて、君達よわよわだね~♡ もしかして~♡ 悔しくもないのかな~? きゃははは♡」
一之瀬が直後、僕のささやいた言葉を昇華させたメスガキ口調で周囲をなぎ払ったからだ。
最初はぎこちなかったが、だんだんノってきてからは演技に熱が篭っていた。佐倉と違い、おそらくこっち方面の素質もあるのだろう。見込んだとおりである。
このように普段は言わないような事を言い放ち、本人自らアレンジまで加えてきのこ派閥の口を封じてくれたのだ。
たけのこ派閥に賛同したのは、僕の内心を読み状況を波立たせない為かと邪推していたが、彼女こそたけのこを真に思っていたのかもしれない。
現在、この場には地獄のような静寂と「きゃははは♡」という幻聴のような山彦が未だに響いて聞こえる。
一之瀬は我に返ったのか呆然としたまま赤くなって震え始めたが、本日のMVPは彼女で決まりだろう。
僕は心の中で彼女に感謝の祈りをささげた。
この新たな黒歴史を作った彼女に祝福を!
一之瀬がマルチタスクの容量限界を超えるか、予想外の何かを質か量のどちらかで基準以上ぶつけると鸚鵡返しする癖があることには気づいていた。
だから僕はそれを見越して、その際にできる隙を利用したのである。勿論、正確には予想していただけだったが、どうやら今度の賭けには負けなかったらしい。
明日までに報酬のPPを払ってスッキリしたらきちんと面倒事も聞くので、今日の処はこの派閥の勝利でもって利用したことは見逃してほしい。
それにしても、一之瀬みたいな普段は明るく優しいかつ自分が可愛い自覚の薄い美少女に、上から目線なメスガキ口調はなかなかのギャップ萌えを発生させるものだ。また自分が放った言葉が徐々に浸透して羞恥心を呼び覚まし、ようよう赤くなりゆく横顔も風情ある良き光景である。
「……………………にゃ、にゃぁあああああっ! 忘れて! みんな、お願いだから忘れてぇええ!!! なんかつい言っちゃったのぉおおお!!」
「だ、だ、大丈夫だ。オレの中ではストライクだったぞ?」
「ほ、ほら。柴田君もこう言っているし、恥ずかしがることないよ、帆波ちゃん」
「そうだ。今のは、この場にいる全員の脳裡に刻み込まれる威力だった。
―――ふっ、安心しろ。これから一之瀬の持ちネタとして、ことあるごとに思い出させてやるからな」
「バ、バカ! ストレートに言いすぎだ左京!」
「ほんとにやめてぇええ……! ああああぁ、私、何であんなことを」
しかし、まぁ……うん。こう…冷静になって真っ赤になって絶叫する一之瀬を見ると、手段を選ばないのはやっぱりダメだな、と思えてくる。なんか僅かに謎の罪悪感までわいてくる取り乱し様だ。
というわけで、これから一之瀬と言い争う事があれば、ここぞという所で「ざぁこ♡」や「よわよわ~」という言葉を使うのがいいだろう。それに多少は適正があると思われる東風谷か櫛田あたりにメスガキ語や概念を習得させるのも有効かもしれない。使いどころは応用を利かせればいくらでも思いつく。
付け焼刃だった今回ですら、真正面から受けた白波と神崎は完全に動きを止めて固まっており、周囲の状態変化で四方も動けなくしたほどなのだ。
これは一之瀬の切り札として一考の価値があると、今度進言しておこう。きのこたけのこ戦争に関して、完全に忘れ去られているこの威力は捨て置けない。
個人的にも、宣言どおり一之瀬で逆転したのは痛快だったしな。
一之瀬は戦争が始まる事こそ阻止できなかったが、戦争を即座に止めるという快挙を成し遂げたのだ。
流石、慈愛深き我らBクラスの学級委員長。
(僕の)目的は大体達成してくれつつも自爆して注目を独り占めまでしてくれるとは、もはや英雄といってもいい働きである。MVPを取ったことといい、もう新人などとは呼べないだろう。
そこに痺れる憧れ……憧れはないかなぁ。
真っ赤になって取り乱している姿は、カリスマブレイクしてしまったように見えるから不思議である。
ともあれ一段落ついたところで、東風谷や綾小路も先に帰ったみたいだし、僕も速やかに帰るとしよう。リーダー格が動けず、四方も周囲を動かせない今が好機である。
まごまごして一之瀬やみんなに冷静さを取り戻されて綾小路がいなくなっていた事に気づかれると、面倒事を切り出す余地を与えてしまう可能性がある。
それにしても、こんなくだらない事だったのに、まるで甲子園で敗退したエースを励ましているかのような状況にできる一之瀬の魅力とBクラス首脳陣の団結力は凄まじい。激励されているのが、真っ赤になった一之瀬自身でなければもっと絵になる光景だったかもしれない。
唯一、僕から視線を外さなかった四方に見送られながらその場を去ったので、その後のことはわからないが、今日はBクラスの首脳陣にとってきっと美しい思い出になったことだろう。
記念に何枚か写真を撮っておけばよかった。
僕は、眼福な光景を見せて好機まで生み出してくれた一之瀬に敬意を示し、気分良く全員分の支払いを済ませて店を出た。
なんであれ特筆すべき出来事も起こらず、平穏無事に帰ることができて何よりである。
爽快な気分で帰り道に見上げた夜空は、いつにも増して僕を魅了してやまない美しさに感じていた。
えー、時期と状況に少し手を加えましたが、一之瀬の改変演技シーン&白波の告白?イベント終了です。
一之瀬の演技シーンとは、綾小路とのチンピラ演技コンビを再構成したものになります。でも、綾小路は流石に混ぜられませんでした。
それともう片方ですが……わかっています。
一之瀬や白波を好きな人がいたら、異論反論罵詈雑言あるでしょう。しかし私には同性愛とか恋愛とかの描写がまともに書けなかったので、一之瀬に犠牲になってもらい、白波へオカズを提供しつつ強引に告白を引き伸ばすくらいしか思いつきませんでした。