あれは、僕がまだ俺だった頃。
ある仕事でデータベースの作成をしていた時のことだ。
それは、様々な実業家や起業家をひたすらデータ化して打ち込んでいくだけのつまらない仕事だったが、そのあまりのつまらなさにふとどんな起業家が成功する傾向にあるのだろうと、現実逃避気味に疑問を持った。
その時に、暇つぶしにちょうどいいか程度の理由で簡単にデータを整理して適当に分析してわかったのだが、起業する場合にそのまま本業を続けた起業家は、辞めた起業家よりも失敗確率が3割以上低かったのだ。
これはリスクを嫌い、アイディアの実現可能性に疑問を持っている人が起こした会社の方が存続する可能性が高いということを示している。そして逆に言えば、大胆なギャンブラーが起こす会社の方がずっと脆いのである。
おそらく、ある分野で危険な行動をしようとするなら、別の分野では慎重に行動することによって全体的なリスクを低減した結果だろう。ある分野で安定感があることで、別の分野では思い切った行動に出る余裕が生まれるのだ。
ゆえにこのデータを参考に、僕は学業にバイトor仕事を加えたものを本業として生活に組み込むのを第一段階として、趣味嗜好の安定化が第2段階。
そして、例外やハプニングに乗じて起こされた『何か』を発展させるのが第3段階と、これまでさりげなく意識してきた。
こうして順調に段階を踏んでいた時に、降って沸いたのが龍園とCクラスの問題である。
おまけにそこには東風谷の用件と彼女の高いモチベーションという追加要素まであり、冷静なつもりで案外浮き足立って調子に乗っていたのかもしれない。
今は、認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものは。って感じになっているが、自分の認識している失敗と恐怖は、赤い人っぽく流そうとしても無理があった。作り物の模倣をしたところで、当然のことながら事実は誤魔化せなかったのだ。
ここに至っては、龍園が本気でないと思い込んで、それでいて注意を怠らないようにするしかない。
そう切り替える為、もう多少強引でも一時はっちゃけてしまった方が精神衛生上いいだろう。
「いよっしゃーー! なんであれ、祝・目標全達成! 東風谷に一之瀬、ブワァーッと飯に行くぞ! 今日は僕の奢りだぁ!!」
「流石夢月さん! 私、お寿司が食べたいです!」
「お寿司ですか。久しぶりですね」
「……あの、いいの? それに椎名さんもいるよ? ちゃんと見えてる?」
というわけで、Cクラスからの直帰途中。
笑いの衝動が収まるころには、ヤケクソ気味なハイテンションになった僕が、二日連続の宴会を決行しようとしていた。
はっきりいって1万程度の残金でこれは正気の沙汰ではないが、この時は現実逃避に財と労を惜しまない気分だったのである。
普段の帰宅ルートから微妙に外れた寿司屋にて、2千PPで各人へ適当に握ってくれるよう注文してお茶を一服すると、ようやくテンションも収まってきた。
冷静に現状を確認すると、飛び入りの椎名がいたので少し予算がギリギリだが、大食いな奴はいないっぽいから何とかなるだろう。
「ところで今更なんだが」
「何です?」
「これって異変だよな?」
「異変…ですか?」
そうして4人で食べて落ち着いてくると、ちょっとした疑問が頭に浮かんできたので口に出してみた。
僕が女子3人と食事している状況も異変といえば異変だが、これはどちらかというと面子に関するものである。
「ああ。まず冷静に考えてみたんだが、椎名って変人だよな?」
「そうですね」
「本人を目の前によく言えますね」
「次に一之瀬がベストオブ変人なのは当然として、東風谷も相当だよな?」
「遺憾ながらそうかもしれません」
「待って! なんか当たり前のように、私がおかしい事になってる!」
酔っ払いは酔っていないと主張する酔っ払い理論からすれば、変人じゃないと主張する奴は変人である。
まぁ、そんな理屈を並べ立てるまでもなく、一之瀬が変人であるというのは、この場の共通認識といっても過言ではない。よって何か喚いている文句は、すべてスルー安定である。
「つまり、この場にいる常識人は僕だけということにな……」
「「「それだけはない(です)!」」」
「当たり前のように声を揃えるなよ。君らは変人であることを自ら証明したいのか?」
「なんでそうなるの!?」
「今までほぼ接点のない3人がいて声が揃うというのは、波長の合う変人が集結したということだろう。それに「変」という言葉は普通じゃない、または様子が違う事を指す。つまり君達3人は常識に囚われていない、という褒め言葉なんだ。ほら―――喜べ?」
「暴論です! ……ぼ、暴論、ですよね? な、なんというかその、揺らぐくらい惹かれる言葉なんですけども」
「東風谷さん! 左京君に騙されないで!?」
変人どもをからかうのはやはり面白い。3人が取り乱したり声を荒げたりするほど、僕自身の精神が落ち着いていくのを感じる。
人の嫌がることをやりなさいという教えは、自分を取り戻す為の手法として有効なのかもしれない。
しかし、まさか一之瀬を前にして落ち着くことがあるとは、今日まで思ってもみなかった。
「……改めて言い直すが、異常な変人の集い。略して異変に、僕のような普通の常識人がいるという事はおかしいのではなかろうか?」
「左京君。もしかして、酔っ払ってるんですか?」
ただこれは自身の沈静とからかいの意味もあるが、実は不可思議な事象に僕は自覚なく巻き込まれているのではないか? という真面目な疑問でもあるというのに、椎名はあろうことか酔っ払い疑惑を吹っかけてきた。
「失敬な。酔うわけないだろう。目の前にある和歌山の名酒・黒牛だって、年齢とPPを鑑みて我慢してるというのに」
「なんで高校1年生の左京君が、お酒の銘柄を知ってるんでしょうねぇ」
「それを言うなら、回らないお寿司屋さんにも結構慣れてそうでした」
「左京君……もしかして」
こいつら、ついには連携までとって、足元を掬いにかかってきた。
やっぱり波長の合う変人組だったのかもしれない。
いや、椎名が潤滑剤代わりになって、東風谷と一之瀬を噛み合わせている可能性もあるか。
そんな新たな疑問はともかく、こういう時の手札は仕入れてある。
適正のない僕が使用しても、雑に話を変えられる程度の威力はあるはずだ。
「あっ、これは良くない流れが来てる気がする。こういう時は、一之瀬がきの」
「左京君。ちょっと黙ろうか―――ね?」
「アッハイ」
しかし、メスガキの話題で誤魔化そうとした気配を察知されたのか、びっくりするくらい真顔になった一之瀬の迫力に僕は屈してしまった。
何かを察した東風谷と椎名も空気を読んで押し黙った。
これが権力を握った人間の横暴な振る舞いというやつだろう。
それからは寿司に舌鼓を打ちながら、何故か僕が説教を受ける状況へと変化してしまった。しかも、放課後になったあたりから遡ってだ。
よく覚えていられるものだとか内心で考えて聞き流していると、彼女から注意が飛んでくる。よってこれは、一之瀬が油断できない説教の使い手だという無駄知識が増えただけの出来事である。
ところで、一之瀬という高レベルな美少女からのソレをご褒美に思える猛者よ。
この権利を格安で譲るから、どこかで譲渡手続きできないだろうか?
……などと東風谷と椎名に目で訴えてもみたが無情にも無視された。やはりこういうのは、男子でないと理解できないのかもしれない。
とまぁ、そういった冗談は置いておいて、ここからが本題になるだろう。
食事と一之瀬の説教の切れ目を待っていたのか、僕が言い出すまでもなく東風谷が切り込んできた。
「ところで、夢月さんが言っていたガチャのことですが」
「ああ、東風谷とは話しておかないとだな」
ちなみに、これは忘れていたわけではなく、元々集める事ができて鍵を持つ人物には、時機を見てまとめて話そうと考えていただけだ。
どうせ現在は初期投資に必要なポイントがないので、焦っても意味はない。
ただCクラスでフライングしたから、この機会に東風谷にはきちんと説明して、あわよくば仲間に引き入れてしまおうという腹だ。アイディアだけ聞かせて早くやりたいと思えば、ポイントの負担もしてくれるかもしれないからな。
「まず僕の目的だが」
「ちょっと待ってください! ここには一之瀬さんや椎名さんもいますよ?」
「それは問題ない。まず一之瀬がこの話で動くとは思えない。それに椎名の方は、いっそ龍園に伝えるとかして出し抜いてくれると、ある意味僕も助かる」
「どういうことです?」
「それを今から説明する」
実際、一之瀬と椎名はこの話を聞いても聞かなくてもほとんど関係ないだろう。食べ終わったなら、残るのも帰るのも自由である。
もし僕が言ったとおりになってくれたら、儲けはなくなるが面倒も減るので、それはそれでいいのだ。
「そんで、えーと、なんだっけ。そう、表の目的は会社の予行演習がメインだ」
「会社の……予行演習?」
「ただ、Cクラスで言った信仰やPPの獲得も嘘じゃない」
神社でお参りすれば恋愛運が上がるといった噂を流したり、恋人ができるかもといった宣伝をすれば、興味を持つ者は一定数いるだろう。それに恋愛関係の状態異常になる・なられることを求めている者、ポイント消費を抑えたい者ならガチャに関わりたくなる確率は高い。
結果として、神社への信仰…まで行かずとも、認知度の向上と多少の利益は得られると思う。
「ポイントの消費を抑えたい者?」
「学食かどっかのカフェあたりと交渉必須だけど、1日1回特定の有料商品を無料にする代わりに、ガチャに入れる捨てアドや顔写真を何枚か提供してもらう。当然、その分の費用は交渉するが、できれば半額以下の負担までを目標にしたいな。女子の客も増えるだろうし、やってやれないわけじゃないと思う」
「出会い系でいうサクラですか」
「まぁ、似たようなものだな」
サクラみたいだが、どちらかというとハズレ枠だと個人的には言いたい。
当たりしか入っていないガチャなんて、存在意義が問われるものは作りたくないのだ。
当たりだけのガチャだと極端な話、早い者勝ちで一人が独占して中身を公開・転売・出会い系みたいに横入りする奴らが容易に想像できる。
そんなものよりは、まだゲーム性があって開けた時のワクワク感がある方が僕の好みだ。
「それと東風谷はアプリだと思ってるかもしれないが、今はアナログ形式でぼちぼちやってみようと考えている。
これは手間や管理の簡略化と、ガチャを回すコインをなるべく1人1~3回分に制限して、トラブルを起こしそうな奴や真面目系の奴に目を付けられる可能性を少しでも減らすためだ」
大まかにガチャには、アプリを作るか、リアルのガチャ機を用意するかの二通りがある。
アプリだと、PPへの対応システム構築や追加コンテンツを含めたある程度のクオリティを求めたいなら、本職SE並みの技量や初期投資が必要になる。いずれはともかく、今の段階だと避けたほうがいい。
一方、ガチャ機本体は2万程度で販売しているのを知っているし、学食と交渉することで即展開することも可能というお手軽さ。手始めにやるならこちらだろう。
まとめると、まず守矢神社の分社にガチャ機の設置。
学食には、恋人募集&学食で得したい女子向けに、捨てアド記入用紙・BOXを設置。
生徒会と交渉して周知・宣伝のビラを撒く。
表向きこんなところだろう。
ちなみに、ガチャの中身を女子に限定にするのは、下半身に支配された男子の方がより下心を持って、ポイントを落とすだろうという目論見である。
言い換えれば、状態異常:恋愛などという理解不能の病気より、抑えきれない性欲を狙った方がまだ僕に理解できる分野になるからだ。
勿論、そのまま言って軽蔑されたいわけではないので女子向けにもう少し綺麗に言うと、この閉じた学校の総生徒数450前後という数字と、その中の恋人募集中な女子の数字を考慮すれば、これでカップルが増加するわけじゃなく、宝くじより確率の高い夢を買う感じに近い。という感じで濁したが。
だから、ガチャを回す為のコインは最初1000PPくらいで販売するのが妥当と考えている。
宣伝や反響で多少収支の上下はするが、おそらくこの第一段階では良くてトントンがいいところだろう。
「ぶっちゃけたタイトルを付けると、アナログで内輪の出会い系もどき~守矢神社の宣伝も兼ねて~企画かな」
「それだと話の流れから、東風谷さんの神社の宣伝が裏の目的ってことだよね?
―――もしかして東風谷さんの為に今回みたいなことをしたの?」
「ちょ、どう解釈すればそうなる!? 前の報酬で懐が寒くなったから小銭稼ぎしつつ、東風谷への借りを返し、えーと…問題を解消する事でBクラスでの功績?とか地位も得る一石三鳥のこの行動は、僕自身の為以外に考えられないだろ!」
「夢月さん、照れなくていいんですよ? この私の…絶世の美少女の目を惹こうと借りを返してくれたんでしょう。だったら、勧誘に応じてくれるのが一番の」
「ハッ」
「鼻で笑われた!?」
何故一之瀬は人聞きの悪いことを、さも真の理由であるかのように言い出したのだろう。僕の反論にも納得した風に頷いているが、本当にわかっているのか心配になってきた。
さっきの説教といい、彼女は僕に何か思うことでもあるのだろうか? 一之瀬には特段なにかした覚えはないのだが……。
乗った東風谷も、自称の美少女部分は否定しないが、イロモノのくせに僕が惚れてる前提かつ『絶世の』まで付けるとは厚かましい奴である。いっそピーマンとかクソ緑とでも呼んでやろうか―――いや、だめだ。そういえば、こいつ普通は黒髪に見えるんだった。
まぁ、東風谷の場合は冗談半分ナルシスト成分半分だろうから、適当に流すのが一番マシだろう。
「動機はどうあれ、恋人ガチャは利益より宣伝重視ということですね」
「それなら、もしここで龍園君が出し抜いたら彼が損をしちゃうってこと?」
「そこは龍園次第だな。安易に手を出せばただ損するだけだと思う。だけど、このビジネスモデルを上手く発展させることができれば、大儲けもできるかもしれない。僕としては龍園と面識を得るのが目的だったから、そこらへんはどっちでもいいけども。
……まぁ実際会って話した限りの印象だと、椎名が全部話したとしても様子見すると思うけどな」
「私は同じクラスとはいえ、それほど龍園君を知りませんが、今の段階で出し抜こうとする方だとは思いません。どちらかというと……」
「利益が確定した時に掻っ攫う…じゃね?」
「ふふっ、そうだと思います」
あの暴力的とすらいえる独特の香ばしさを感じる世界観。
間違いない。
龍園翔。
彼は、中二病と高二病のハイブリットだ。
それも様々な可能性を予見させるほどクレバーなタイプ。
ああいうタイプは、何かに阻まれない限り自分のやり方を重視するから、初対面の僕からの話を素直に受け取らないはず。
知っていれば最初にガツンとやってから、こちらが退く方法をとりたかったが、さっきの逃げ腰を見られてしまったからには、方針を考えねばなるまい。おそらく天体観測の招待状に応じてはくれないだろうし、どこかでもう一度話をするタイミングを作るしかない。
それにしても、ここまでゲロって、あえて伏せた事も一之瀬と椎名に言われてしまったので、この際もう切り札以外は提示してしまおう。
「さて、大まかに説明したところで本題だ」
「本題?」
「うん。
―――つらつらと語っておきながら、現在の僕のPPは枯渇寸前なんだ。だから、やるかやらないかは東風谷次第、って事だな。正確には、すぐやるなら東風谷のPPで。一ヶ月くらい待ってもいいなら僕が出せるようになる。勿論、関わらないのもアリだ」
寿司の支払いがなくても1万程度だったことを考えると、すぐに動く場合に東風谷のPPをあてにしていたことは明白だろう。今回は僕よりも東風谷の方が結果的に得るものが多くなるので、対価を出せば即座に動ける選択肢も用意し、プランの説明をしたのだ。
これをよりわかり易くするためにPP残高を表示させ、東風谷と他3人に見える場所に端末を置く。ちなみに寿司の代金計8千PPは支払い済みである。
残高1231PP。
これが、現在の僕の残金なのだ。ない袖は振れない。
……ん? 東風谷と他『3人』?
「あら~、6月もまだ3分の2くらい残ってるのに、相変わらずギリギリで生きてるね~。左京君は」
「ひゅぃいっ! な、なぜ担任がここに……」
いつの間にか輪に混ざっていた担任を認識した途端、ジャーン、ジャーン! という銅鑼の幻聴が僕の脳内で轟き出していた。