ようキャ   作:麿は星

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明けましておめでとうございます。

帰省して実家で書こうと思ってたら、いつの間にか実家全域が禁煙に。
仕方ないからタバコを我慢したら、全く書けなくなってました。
帰省から戻っての喫煙再開で普通に書き進められましたが、こういう事本当にあるんですねぇ。
あと初心者がこう表現するのはおこがましいですが、こういうスランプ?的なの初めてだったので、ひょっとしたら文章とか雰囲気とかが何か変わってるかもしれません(自覚なし)。
それでもよければ今年もよろしくお願いします。



新年初回は、綾小路視点。

流石、原作主人公というべきか、削りに削っても1万字も残るほどの長さ。



P、綾小路清隆

 

 

『力を持っていながら、それを使わないのは愚か者のすることだ』

 

 

思い出したくもないその言葉が正しいのなら、左京は愚か者なのだろう。

なぜなら東風谷や佐倉が状況を左右する『力』を持っていると察していながら、最後まで決して使わず、使わせなかった。使おうというそぶりさえなかった。

逆に徹底的に佐倉や四方、東風谷を話の中心から遠ざけようとすらして、彼女らもそれに応えていた。

それでいて龍園の言っていたように、本来左京には関係ないことで体を張った。

そして―――ついには、その自分の言葉と行動だけで、あの危険な匂いを放つ龍園という男に退くことを選択させたのだ。

それは殴られた顔を腫らして歪め、転がって埃があちこちに付き、見ようによっては無様ともいえる姿だったが、オレはその在り様にどこか心動かされていることを自覚していた。

 

だから、左京を初めて見た部活動説明会の時のような静寂の中。

状況が味方したとはいえ。

結果はどうあれ。

ほぼ一人で絡まった問題をシンプルに解決し、自然体で去っていく左京が愚か者であるとオレには思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左京達がDクラスに来る前日。

元々、オレと櫛田が左京達をDクラスに呼んだのは、須藤が明かした目撃者が佐倉と東風谷である可能性が高かったからだ。

須藤によるとその目撃者は、蛙と蛇の髪飾りをつけた長い黒髪の女と、俯いて顔がわからなかった地味な女だそうだ。

それを聞いた櫛田は、後者は絞り込めなかったが、前者を特徴から東風谷だと断定した。それなら後者は佐倉以外ありえないだろうと推測し、二人に聞き込みをすることになった。

 

そのうち東風谷は昨日ガチャで集まった時、櫛田が聞き込みをしてあっさり事実であるとの確証を得た。

しかし彼女は目撃者ではあったが、同時に去り際の須藤に「チクんなよ」と佐倉が脅された事で静かに怒っていた。それこそ佐倉がいなければ、そしてCクラスの3人が血を出して倒されていなければ、その場で東風谷VS須藤の2回戦が勃発していただろうと思わせるほどに……。

 

それを押しとどめたのが佐倉の存在と、櫛田の薫陶(左京曰く、優しくすることで人望を得る手法)で、なんとCクラスの3人を佐倉と二人で介抱することを優先したそうだ。

佐倉はともかく、よりによって以前Cクラスに殴りこんだらしい東風谷から介抱された3人の心中は察するに余りある。さぞ、困惑したことだろう。

 

ともかく、これでは東風谷に証人になってもらうことはできない。

櫛田はまだしも、彼女からあからさまに距離を取られているオレが説得することも無理だ。

しかも無理に頼めば、これ幸いと須藤を攻撃しかねないからやめておいたほうがいいと、四方と櫛田の意見が揃った。

 

だからもう一人の証人(バイトに行っていてこの場にいなかった佐倉)に打診する事を考えたのだが、佐倉はある意味では東風谷以上に接触が難しい。

なにせ、あの櫛田が話こそ僅かにできたらしいが、ほとんど目も合わせられないのだ。オレなど話どころか、素顔を見たことすらないも同然の有様。

 

「BクラスのUMAが左京と東風谷だとするなら、DクラスのUMAは佐倉と高円寺といえるかもしれない」

「……他のあだ名もアレだけど、なんで僕がUnidentified Mysterious Animal、つまり未確認なんだよ。僕も含めて普通に名前が確認されてるだろうに」

「まあまあ、そんな矛盾はよくあることですよ。私も昔、色々呼ばれてました。

ところでそんなことは置いといて、あの脅してきた人を退治すればいいんですよね?」

「置いとくな、戻せ。僕達が変な感じに知れ渡ったらどうするんだ」

「もう手遅れじゃないか? というか、東風谷。退治って本末転倒にもほどがあるだろ」

「二三矢さん、そんなことは退治してから考えればいいんですよ。とにかく私は悪者を叩きのめして、気持ちよくなりたいんですっ!!」

「むぅ、手遅れ……。しかし僕の分くらいなら櫛田に協力してもらって、実はUMAは一之瀬だったとして流すように誘導すれば、今からでもワンチャンあるか? 流石に難しいかな」

「だから、その悪者?が東風谷達の介抱した3人だったかもしれないって話をしてたんだろっ! それと左京は左京でなに言ってんだよ!?」

 

あまりの前途多難さに思わず口から零してしまったら、関係ないことへの反応が返ってきた。

四方以外、ろくに話を聞いていないことがこの会話から丸わかりだ。特に左京。

現状、佐倉とまともにコンタクトを取れるのが東風谷と左京で、次点が四方だという事実に頭を抱えたくなる。

 

「早苗達に頼みたいのは、冤罪を何とかする為にうちのクラスへ来て早苗達から佐倉さんに話を聞いてほしいだけだからねっ! 今、須藤君を退治されたら、私達が困っちゃう! ヤルなら、迷惑にならない場所と時間を選んで!!」

「……櫛田はそれでいいのか。このままだと今すぐではなくても、本気で須藤が退治されてしまうような気がするんだが」

「にゃっ!?

……あっ、そうだったね……てへっ♪」

 

しかも話の流れに焦っているのか、この面子だからか、櫛田もいつもの仮面がはげかけて本音がのぞいている。

指摘すると気づいたようで、笑って誤魔化しやがった。

その仕草も、裏面を考慮に入れても非常に可愛かったのは複雑だったが……。

 

ともかくその後、軌道修正した櫛田の説得でまず東風谷を口説き落とし、東風谷が滅茶苦茶やらないかの監視に四方が。暇だし櫛田とついでに綾小路に借りを返せるかもと左京が。なんとか次の日にDクラスへ来てくれることを約束してくれた。

 

ただこの時点では、期待していたのも警戒していたのも、圧倒的に東風谷早苗の割合が多い。四方はブレーキ役。左京はやる気がなさそうだったのもあって、東風谷が暴走した時の代役程度にしか考えていなかった。

……注視すべきは左京だったと、オレにはまだわかっていなかったのだろう。

 

 

 

次の日の放課後、須藤が佐倉に詰め寄って脅し始めた時、まずいと思った。

今呼んでいる東風谷が来たら、手助けしてくれるどころではなくなる。

そう確信していた。

櫛田も同じだろう。

焦った顔で、須藤を止めようと立ち上がっていた。

そして何故かそういう時にこそ現れるのが―――あえて一人だけ名指しするが―――左京夢月という男なのだと、オレは思い知ることになる。

 

オレよりも、櫛田よりも、いち早く駆けつけようとしていた平田よりも。

腰を浮かせかけていた高円寺や、目の前の二人を止めようと手を伸ばしていた四方よりも早く。

左京以外で真っ先に動いた東風谷すらも出し抜いて。

 

―――特に優れた身体能力でもない左京のドロップキックが須藤に突き刺さっていた。

 

重力に従って落ちながら左京が叫ぶころには、東風谷の恐ろしく研ぎ澄まされた掌底が追撃で放たれて須藤は崩れ落ちていたが、それはもはや問題ではない。

 

オレは驚愕していた。

ただ一手でオレの想定していた流れを崩された。

立て直そうにも修正不可能な位置まで即座に持っていかれ、すでに強引に想定外の結末へ向かっている。

左京を中心にして。

 

これは、判断と行動が早すぎる。

時に支離滅裂な言動になることはあっても、左京の理性と知性はそれなりに高いものだと認識していた。

四方にすら止められなかった東風谷を上回って左京が先に行動するのは、理性的にも身体能力的にもほぼ不可能だ。にも関わらず、実際に誰よりも早く動いたのは左京だった。

 

そしてそんなオレの内心をよそに、そこからは左京の独壇場だ。

あっという間に場の空気を掌握し、四方や東風谷や佐倉に指示を出して、Dクラスのリーダーと見た高円寺(本当は違うと言いたかったが)と交渉していた。

その際、いくつかの勘違いで詰まる場面はあれど、一之瀬や龍園が来てからも、堀北会長に電話していた間も、須藤に殴られようと、目的だけはブレさせずに最短距離を渡りきったのだ。

 

なにより目だ。

須藤に殴られた時、左京はオレと堀北の近くまで転がってきたのだが、目的しか見ていない目をしていた。真っ直ぐ前だけを見ていた。

それを見て気圧されたかのように須藤の動きが一瞬止まり、その隙に平田が、少し遅れて堀北が間に入っても左京は変わらない。

よろけながら立ち上がり、ただひたすら龍園に集中して、殴った須藤すら眼中になかった。

 

ここからは何とか理解が追いついてきた。

おそらく左京には目的が3つあり、全てを平行して達成するつもりであったから、鍵になる龍園の決断以外は些事と考えていたのだろう。

その目的とは。

 

佐倉に危害を加えた罰を須藤に与えること。

佐倉や東風谷に注目が集まらないようにすること。

そして―――オレや櫛田との約束通りに須藤の冤罪を何とかすること。

 

左京の言動から、この3つが導き出せる。

思いがけず龍園という男が来た事で、そうして両立できないはずの目的を、冤罪を晴らす…ではなく冤罪自体をなかったことにしたことで、東風谷や佐倉の握っていた『力』を匂わせるだけで使わない方向に持っていったのだ。

 

残るのは佐倉に危害を加えた、という須藤自身が起こした一件の罰だけだ。それも堀北会長に洗いざらい話したことでほぼ達成している。

ここまでしたからには、呼び出されても左京が殴られた部分についてはすっとぼけるに違いない。必要以上を求める男ではないからだ。

 

だが、これだけ考えることのできる奴が、何故あんなことをしてのける?

 

オレなら仮に思いつけても、これだけ勝算の低い手は打てない。

もし龍園が突っぱねていたら?

佐倉が証拠になる物を持っていなかったら?

殴ってきた須藤が平田や堀北に止められず、再度攻撃してきていたら?

 

ぱっと思いつくだけでも、これだけ失敗に繋がる要素がある。

まず佐倉の持つ情報を確認した後、裁判で時間を稼ぎ、龍園がいない場を狙って、他の3人を嵌めて裁判を取り下げさせる策を採るのが安全だったはずだ。勿論、これにも賭けの要素はあるが、協力者が増えるほどリスクは減っていく。

左京であれば、こうしたことを考え付かないわけがない。

 

オレは左京を、基本的に裏表がもろに顔に出るリアリストだと見ていた。

そしてリアリストの特徴は、リスクとリターンを天秤に乗せて計算でき、より大きいリターンの為ならある意味冷酷な判断もすること。

なのに、今回の左京が打った手は、リスクは莫大な割に、リターンは微々たるもの。

数々のリスクに身の危険や自身の停学すら度外視して綱渡りするかのような事をしておいて、リターンは借りを返すことと佐倉達に注目が向かないことだけ。

 

なんだそれは?

月見の件、佐倉の件、ガチャの件。

オレの知識では、これまでに左京が打った手を見る限り、先を読んで物事に対処するリアリストだと示していた。

だが、これではあえて間違った方向に進む愚か者……という解を導き出せてしまう。しかも、愚か者でありながら結果を叩き出したという不可解な存在に。

 

いや。オレは思い違いをしていたのかもしれない。

左京を日常やガチャの運営などだけで見ていたから、そもそもリアリストであると誤認していた可能性はないだろうか?

孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉もある。

いい機会だし、左京の起こす予想外な手筋に勝つにはより分析・予測して敵になった時に―――。

 

 

 

―――オレは、今、何を考えた?

―――友達である左京が、敵になると考えたのか?

―――Dクラスの問題に巻き込んでしまって、それで停学になりつつも、櫛田のついでとはいえ、オレにはなんの事かもわからない借りを返してくれた左京を?

―――いつまであそこにいるつもりなんだ、オレは?

 

 

 

……オレは事なかれ主義なんだ。

これ以上は、やめよう。

 

とりあえず今は、殴られた時に左京が落としていった端末を届けよう。

左京が去って、東風谷や四方、佐倉がそれを追い、その更に後に一之瀬達と櫛田が追い始めていた。

オレもそれに続けば自然に合流できる。

 

近くでは堀北や平田が、左京が電話で言っていた「威嚇や脅しを反撃できない者にすることを、会長は軽く考えすぎている」というような言葉や監視カメラの事を須藤に言い聞かせていたが、届け物を理由にオレは抜けることにした。

どの道、堀北に功績を立てさせてオレの隠れ蓑にする思惑は一時凍結だ。

もうここにいる意味は薄いだろう。

 

(須藤も停学が確定したので完全にとはいかないものの)徐々に教室が元のざわめきを取り戻していくのが、何故かやけに耳障りだと感じながら、オレは櫛田達を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから櫛田達に追っていくと、左京は思いのほか簡単に見つかった。

自販機から購入したと思しき水を顔に当てながら、ベンチでだら~と手足を伸ばして先に追っていた四方達や鬼龍院先輩と会話していた。

 

「また派手にやられたものだな」

「コラテラルダメージってやつですよ。やることは大体やったからしばらく休めるし、問題ありません」

「いやそれもだけど、停学になったのは問題だろ」

「そこらへんは別にいいよ。この学校、内申とか意味ないし、退学さえ避ければどうとでもなるさ」

 

Aクラスなら進路は希望通り、それ以外には何の保障もしないと言われていた。

それを踏まえるなら、確かに停学は大してマイナスにならない。

左京のように全く気にせず、目的の為なら自分から停学になりにいく奴はまずいないだろうが、本人次第で挽回が可能な処分ではあるだろう。

 

「ふむ。確かにそういう考え方もできるが、後輩はもう少し周りを見たほうがいいな。友人に悲しい顔をさせるのが君の美学なのか?」

「うぐっ。それを言われると……。

その、停学明けたらちゃんと謝るけども。

みんな、勝手してごめん。特にそれぞれのクラスには前例からして……CPもいくらか減点されるかも?」

 

左京はいつものように飄々と答えていたが、流石にバツが悪いのか素直に謝った。

櫛田や一之瀬達が来ていることにも気づいていたのだろう。謝った後にオレ達へ向けても頭を下げてきた。

 

それと察することができたことがある。

聞こえてきた話を聞く限りの推測だが、おそらくここで休んでいた左京に最初に接触したのは、鬼龍院先輩だ。

今は、怪我をしている左京に先輩が話しかけたところに四方達が追いついた、といった状況なのかもしれない。

流しそうめん以来、この先輩は左京をやけに気にかけているように見えるので、話しかけても不思議ではない。

 

「でも、悪い。

僕は借りを作ったら、それを返さないと気がすまないんだ。今回は佐倉と櫛田・綾小路だったけど、なにかあった時にできると判断したらまた勝手にやると思う。

……まぁそのついでに過程も結果も楽しむし、僕自身の為でもあるだろうから、これに懲りなかったらまた付き合ってくれ」

「えっ!? わたしにも……返すもの? わたしが…じゃなくて左京君が?」

「ん。詳しくは時間がある時か、察してる四方か……あるいは綾小路に聞いてくれ。今は多分もうすぐ呼ばれて、それからは停学だと思うから。

……一応聞いとくけど、四方も綾小路も察してるよな?」

 

一つ一つ状況を整理していると、見てないようで見ていた左京からのキラーパスが入った。

これだから油断できないんだよな、こいつ。

 

というか、四方はまだしも左京のオレへの評価が異常に高い。

思考力を見抜かれるような事はしていないはずなのだが、左京の洞察力をまだ低く見積もっていたのかもしれない。

 

「まぁ一応な。でも軽くは説明するけど、お前もするんだぞ。綾小路はわからんけど、俺は大体しかわかってないんだからな」

「あんな状況でよく周りの反応まで見ていたものだな。

ただオレは察してるか微妙だと思うぞ」

「あの場で冷静だったのは、東風谷と高円寺以外にはお前ら二人だけだろ。そして冷静であれば、洞察力や思考能力が凄まじいお前らが察しないはずがない。能力はともかく、冷静じゃなかったり、そもそも考えてもない奴には難しいかもだけどな」

「左京君……」

 

冷静じゃなかった奴はあの場にいたほぼ全員だろうが、考えてない奴は東風谷だな。

東風谷は左京が停学になることが確定的になった今ですら、たいしたことではないとでも言うかのように平静なまま。

左京も東風谷も、この程度では揺らがないと確信出来るほどマイペースな性質だ。

 

「ま、そんな大層な意味はないからな。なんかあった時に助けてチョーダイ、ってな事を言う為って感じな受け取り方でOKだ」

 

一方、考えている間に左京は謝りながら、軽く笑ってそう言っていた。

それは不思議といざという時の頼もしさを感じさせる雰囲気で、沈みそうになっていた空気を吹き飛ばしてくれた。

 

「……くっふふ。後輩。君は実に面白い。

だが、それだけに惜しい。

今の君の狙いは、非常に小さい穴に遠距離から通すのと同義だ。今のままではな」

「はっはっは……怖っ! 先輩、僕と会うの4度目ですよね?」

 

鬼龍院先輩には左京の考えが読めているのか忠告と思われる助言をしていたが、笑みを引きつらせてはいたがそれでも左京は普段と変わらない。

考えや冗談はあれども、基本的に嘘はない自然体。

オレを友達だと言ってくれた左京のままで、誰よりも先を行った。

 

「そうだぞ。しかし、現時点では4割合っているかどうかといったところだろうし、後輩はこの程度で焦るタマでもないだろう?」

「はぁ、これだから天才ってやつは……。

ある状況に対応できる用意をしてるだけなんで焦ることはありませんけど、怖くなるのでやめてください」

「ふふっ、次から気をつけよう。

―――さて、私はそろそろ失礼する。後輩、それの使い処を誤るなよ。言うまでもないだろうがな」

「りょーかいです。

先輩、気が向いたら天体観測にでも来てください。特に役割のない時間をプレゼントしますよ」

 

左京とわかるようなわからないような会話をして、この場のほとんどに関心どころか目すら向けずに鬼龍院先輩は去っていった。

オレと四方にだけ意味あり気な目線を寄越して。

それはまるでオレ達に―――。

いや、それは今はいいか。

 

 

 

「つーわけで、先輩のことは置いといて。

佐倉、櫛田、綾小路。ちょっと変則的だけど、これで借りを一つ返したぞ。須藤って奴は停学だから、完全にとはいかなかったけどな」

 

オレを含めた者達に向かって左京がそう言った時、この場で左京と最も話したかっただろうBクラスの者達が動いた。

 

「一之瀬、あんまり時間はないが、今しかないと思うぞ」

「…………四方君…………うん。決めた。これ以上、左京君を野放しにしておくと、何をやらかすかわからない。

だから、前に学級委員会で決めた―――私の言うことを聞く権利を行使させてもらうよ」

「は? 一之瀬…いきなり何を」

「これから左京君は1ヶ月に1度は私と話し合いすること、それ以外でも何か問題が起こったら報連相を徹底すること。この二つを約束してもらうよ、左京君」

「……ははっ、それでも一之瀬はやっぱり甘いな」

 

左京はもっと厳しい対応を想定していたのだろう。

一瞬、呆けて笑ったからだ。

勝手をしてクラスに損害を与えた左京を責める事も問い詰める事もせず、強力な言う事を聞かせるカードまで使って甘い処分で済ませた。そして東風谷や四方は勿論、神崎や柴田も異を唱えないところを見ると、この一之瀬の発言をリーダーの決断だと認めているのだ。

 

「甘いかな? でも今までやさっきの左京君の方が甘いし危なっかしいよ。これで少しでも自分の事も考えてくれるといいんだけどなぁ」

「むしろ僕は自分の事しか考えてないんだけどなぁ。

―――わかったよ。でも詳しくは停学明けてからにしてくれ。僕と須藤は停学とCP減点以上の処分にはならないだろうから、まだ機会はあるはずだ。今はちょっと他の用もあるからな」

「うん。クラスのみんなには今回の一件をある程度説明しておくね。でも左京君が戻ってきた時にも説明することっ! これだけはやってもらうよ!」

「当然。一応、補填の見込みもあると思うから、その時にクラスへ弁明すると約束する」

「弁明じゃなくて説明ね? 左京君がやった事を、褒めはできないけど個人的に私は否定できないし……。

―――あっ、割り込んじゃってごめんね」

 

櫛田が勧誘されていた時に、左京が並外れた善人だと評価していた一之瀬。

確かにこれは善人だ。

オレや櫛田、佐倉に向けてすまなそうに謝る一之瀬を見ると、左京の評価はおそらく正しい。

左京が一之瀬をリーダーと認めている風があるのは、能力や性格などではなく、こうした部分に対してかもしれない。

 

この上で、左京を一之瀬が使いこなせる器量があればBクラスは脅威となるだろうが、この対応と判断を見る限り一之瀬はリーダーというよりはマネージャーの適正の方が高いだろう。

そのままでも手強い存在にはなり得るが、逆に左京が一之瀬を使いこなすような事になれば、手がつけられなくなる可能性もあるという事だ。

この時のオレは無意識にその可能性を想定していた。

 

「あーっと、すまん。話をぶった切るけど、もう時間ないから必要になるかもしれないことを手短に言う。

もしも僕の停学中にガチャ関係の規制がされちゃったら、バイト先のパソコンに商売の畳み方マニュアルみたいなのを作ってあるから参考にしてくれ。

佐倉、デスクトップの方に僕の名前のファイルがあるから必要な時は頼んだ。四方と櫛田、それに綾小路なら多分上手く使えるから、ちゃんと言うこと聞くんだぞ東風谷」

「なんで私を名指しするんですか!?」

「えー、だってお前、気分や感情で動くじゃん。必要な時は誰からだろうときちんと吸収しろよ? 僕が言えた義理でもないけどさ」

「うぐぐ、わかりましたよ。でも代わりになるべく早く停学終わらせて、今度のテストも助けてください」

「代わりにならんのだがそれは……。しかも期間は僕が決めるわけでもないし」

「あの…左京君……それはわかったけど……」

「ん? ……ああ、佐倉がなんか冤罪の証拠だかを持ってるって話もあったっけ? どっかに提出されると龍園に不義理な感じになっちゃうし、最悪また狙われるかもしれないから、形があるものは龍園に会う予定がある僕に預けとくか? SDカードとかならデータ抜いた後に返すか弁償するからさ」

 

どうやら自分がいなくても大丈夫な商売の畳み方まで準備していたらしい。

抜け目ないというかなんというか。こういう部分を見るとやはりリアリストのやり方に見える。

一方、佐倉からあっさりと証拠映像(と思われる物)を預かり、それを使うこともせずに龍園に渡してしまうだろう部分は、到底リアリストのすることではない。

 

この不思議な男が目指しているものが何なのか、オレにしては珍しく―――いや、初めてかもしれない―――興味を掻き立てられていた。

 

『1年Bクラス、左京夢月くん。1年Dクラス、須藤健くん。生徒会室まで来てください』

 

ちょうどその時、穏やかな効果音の後、無機質な案内が学内に響いた。

タイムアップのようだ。

 

「おっ、意外と早かったな。んじゃ、みんな、また停学明けに。

それと四方、東風谷、佐倉、櫛田、綾小路。

―――あとは任せた」

 

休んだことでいつもの調子を取り戻したのか、もうフラつくことなく立ち上がると、いつも通りの調子で挨拶した左京は軽い足取りで進みだしていた。

本当に軽い感じにオレや友達連中に後のことを託して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりにあっさりといなくなった為、左京が見えなくなるまで全員でなんとなく見送っていたが、誰ともなしに我に返ると今度は一番事情に詳しそうな四方に注目が集まった。

一之瀬達途中から来たBクラスの面々も、ほとんど蚊帳の外に出されたまま全てが終わってしまったので、せめて事情くらいは知っておきたいのだろう。

櫛田もここに加わり、四方に補足していた。

東風谷だけは佐倉の手を引いて、皆から少し離れた位置で何か話し始めていた。

 

ただ、どちらも今のオレにとってはどうでもいいことだ。

どうでもいい、は言い過ぎかもしれないが、優先順位は低い。

四方達と何かを話すよりも、東風谷や佐倉に確認や聞き込むよりも、したいことがオレにはあった。

今なら急げば追いつけるはずだ。

その初めての衝動のままに左京を追いついて、つい問いかけていた。

 

「左京」

「んぁ?」

「お前にオレを葬ることができるか?」

「アホか。できてもやらねーよ。何が悲しくて友達を葬らにゃならんのだ」

 

即答だった。

それは、『あそこ』やそれに類する場所では到底出ない発想。

……実はもう確信していた。

発想と行動力で、あの時の左京は確かにオレを上回っていた。

気づいてしまえば、認めるのが合理的だろう。

 

認めた上で、衝動のままこんなことを唐突に問いかけてしまったオレ自身に対しても、それを確信させた左京に対しても、不思議と内側から湧き上がってくるモノがある。

制御できないほどに『楽しい』という感情が。

オレにこんな強い感情があるとは思ってもみなかった。

 

「ははっ。なんとなくお前ならそう言うと思ってたぞ。

だけど、左京との勝負は面白くなりそうだ。気が向いた時にでも誘ってくれ。左京ならいつでも受けて立つ」

「へいへい。んじゃ折角だし、いつかぶっ倒してやるよ。

あっ、倒すであって、葬るじゃないからな? そこんとこそっちも…というか、そっちこそよろしく。綾小路に葬られるとか冗談じゃないし」

「ああ、わかってるさ。そのいつかを楽しみにしておく」

「わかってるならいいや。

そんじゃあな、綾小路」

 

そう言い置いて、今度こそ左京は去っていった。

相変わらず力の抜けた自然体で、これから停学になるとは思えない態度だ。

半ば敵意に近いモノすら籠めた問いかけをしてもペースを崩せず、か。

本当に変な奴だ。

 

左京との約束。

“今度は”勝ちたいが、一体どうなることやら。

予想以上でもなく、以下でもない。

予想『外』で風変わりなオレの友達、左京夢月との勝負自体を望んでいることに、この時のオレはまだ気づいていなかった。

 





ちょっとした裏話。

綾小路が何をもってこうしたのかは、いくつか候補はありますが実は決めてなかったりします。
……ただ暗躍ムーブしてるのに目立つ謎行動が多い綾小路には、謎の方向性が違うアプローチが効くと思いませんか? そう思ってくれる人は少しだけ理解できるかも。
それとこの綾小路は、地味に内心混乱しているので一部の主人公への考察に誤認も混ぜてあったり。

主人公を敵視せず、それでいて純粋に勝負を楽しみにする綾小路が見たかった。例えるなら、スポーツ系の物語の友達兼ライバル枠っぽい立ち位置ですね。
ぶっちゃけ、この2章の個人的目標の一つがこれだったり。文字数の関係で堀北(妹)へ向ける心情をがっつり削ったので、成否に少し不満が残ったけども。



ついでに、前話の龍園について。
石崎達から佐倉や東風谷に手当てをされた報告はされているので、左京が証拠を握っていると知っている(と思ってる)。なのに、それをチクることも振りかざすこともしないで無駄に殴られて他のクラスで自分と『だけ』対峙した事で、深読みが発生していた感じ。
まぁ、情緒なく端的にいえば損切りに近い判断、ですかね。

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