「うぐおおお! おもっ…重すぎる。アンコ出る……圧死するぅ」
「失礼な。私の体重がそこまでなわけがないじゃないですか」
僕はとうもろこし畑で東風谷に潰されていた。
不服そうに言いながら、それでも僕の必死さを察知したのか片足だけは下ろしてくれたが、依然として僕は踏まれている。
それも体重移動を制御して、僕が立ち上がろうと力を入れた部分を抑える完璧さをもって……!
「とうもろこしを10本近く抱えてるのはまだしも、全体重乗せたら軽くても重くなるわっ! つーか両足下ろせや、クソ緑が!」
「ああ~。それにしても、夢月さんを見下ろす事のなんといい気分なことでしょう! だいたい転んだ背中が目の前にあった奇跡を、私が無駄にするわけないじゃないですか」
「聞けよ! なんでも奇跡にすりゃいいってもんじゃないから!
てか綾小路が横に居たんだから、そっちを蹴り転がしてやれ!」
「おいっ!」
「え? 普通に嫌ですけど? 蹴るのはともかく、踏み続けるのを綾なんとかにやるなんて絶対に嫌ですね」
「だからって僕を踏むな!」
「……」
「…………綾小路……俺の方に来とけ。悪いことは言わないから」
クソ。本当にコイツはなんなんだよ。
どこでこんなに性格を終わらせてきたんだ。最初の頃はもっとこう、大人しめだっただろう。これじゃあ櫛田といい勝負じゃないか。
ん? 櫛田といい勝負? これはもしや……。
「さっきから騒々しいですよ夢月さん。私みたいな美少女に踏まれて嬉しいでしょう? ほら、もっと喜んでください」
「てめぇ! ふざけんなよ!! 僕をド変態みたく言うんじゃない!」
「あらあらあら。違いますよ? ド変態な夢月さんには相応しい鳴き方があるでしょう? ブヒブヒって鳴いてくださいよ」
コイツ! 嗚呼、何かしらの使命感を感じる。
こんな性格破綻者のド畜生を世に放ってはいけない!!
だから今この時、僕は本気になろう。
本気で叩き潰す。
「神に仕える巫女らしく星にでもなったらどうだ!? 星はお空で瞬いてこそだろうが! なんなら僕自ら、星座の一角に蹴り飛ばしてくれるわ!!!」
はっ! しまった。
あまりに巫山戯たことを言ってくるせいで、せっかく打開策が浮かんだのに、反射的につい僕まで熱くなりすぎてしまった。
COOLだ。COOLにいこう。
その為に、まずは一度深呼吸だ。
そして反撃の狼煙を上げる事が勝利への道を作り上げると信じろ。
氷の冷静さと炎の煽りを併せ持ってこそ、邪悪な存在に打ち勝つことができるのだ。
「ふぅーーーっ。
東風谷よ。今すぐ足をどければ、謝るだけで水に流してやる」
「……なんです急に」
「―――お前を断罪する策を思いついた。そう言えば伝わるか?」
「断罪? 神であるこの私を? うふっ。身の程を知りませんねぇ」
「神を自称する“先走り”はともかくだ。
これ以上狼藉を繰り返すなら、僕は全力をもってお前を倒す」
「あっはっはっは!! 貧弱な夢月さんにそれができると思っているのですか?」
「できるさ。あまり僕を舐めない方がいい」
「ふふっ。面白いですね。
いいでしょう、やってみてください! 夢月さんが屈服するまで、私は決して足をどけたりしません!」
東風谷、お前は今、敗北確定の書類に判を押したんだ。
この場、この状況でした自らの判断を悔やむがいい。
「いや、どけろよ。なんで夢…左京といい、東風谷といい、ブレーキが壊れたような奴ばかりなんだ……」
「こいつらのことはほっとけ綾小路。また巻き添え食うぞ」
「あぅう……何か…何をすれば……うー☆ たわー!」
外野がなにやらうるさいが、状況は揃っている。
さあ、征くぞ。
大きく息を吸って、一発ぶちかます。
「佐倉ぁあああ! 助っけてーーー!!! この櫛田にも匹敵する邪悪を打ち払ってくれぇえええ!!」
恥も外聞も投げ捨てて佐倉に助けを求めるのだ!
「はぇ? わたし?」
「…………はっ! な、何を巫山戯たことを……。思わず絶句しちゃったじゃないですか。───私が桔梗さんに匹敵するほどの邪悪なわけがないでしょう!?」
「そこかよっ!? こいつら櫛田に何の恨みがあるんだ!?」
「しっ! 綾小路。目を向けるな」
おろおろしていた佐倉が、唐突に舞台に上げられてキョトンとなったがこのまま押し切る。
勝機は我にあり。
綾小路のツッコミは四方が抑えてくれるみたいだし、東風谷が僕の狙いに気づけば自然とこの暴虐は止むことだろう。
「今現在、物理的に踏みにじられている僕を信じてくれぇーー佐倉ぁあああ!! 少なくともこの東風谷が櫛田と同類なのは明白だるぉおおお!?
つまり逆説的にこの世の悪とはコイツのことなんだ!!」
「ああああっ! さては愛里さんが桔梗さんに苦手意識を持っているのを知って、私を重ねさせようと!? なんて卑劣で狡猾なっ!」
今更慌ててももう遅い。
動揺から踏む力が不安定になっている。
これなら最後のひと押しでタイミングを合わせれば脱出完了だ。
「助けてくれぇええ佐倉! 櫛田のように暴虐なる魔の者の手から僕を! 頼むぅううう!!!」
「あああああ「ぐぇっ!」あああっ! 愛里さん違うんですよ!? 私は桔梗さんみたいな邪悪な存在ではなくてですね……むしろ善なる神様に近い存在と言うかなんというかでして」
「あ……れ? ええっ!? なんでわたしがいつの間にか…………どういうことなの??? んえ?」
東風谷のヤロウ……! 最後、僕の背中を力一杯踏み抜いていきやがった。
しかしそれ以外は上々の結果である。
ようやく動けるようになり、嘯きながら勝鬨を上げる。
「ふっ。なんとたわいのない。完全で瀟洒な僕に挑むには10年早かったようだな」
≪完全で瀟洒……なんかそのフレーズいいですね≫
≪あはははっ! 言われてるよっ! 早苗が…早苗がこの世の悪って、暴虐って……ハハハッ≫
「夢月さん!! 桔梗さんは友達でそれなりに好きですけど、言って良いことと悪いことがあるでしょう!? 諏訪子様も笑っている場合ではありませんよ!
私をあんな邪悪な人と私を重ねるなんて!!! 愛里さんに本気で取られたらどうするんですか!? 酷すぎます!」
すると、どこからか電波が混線してきた。
東風谷が知らない名前を様付けしてるところを見ると、後者は東風谷の神様なのかもしれない。前者はどこか懐かしい気がするので、僕関係っぽいが。
まぁそれはそうと、残酷な真実を告げる時だ。
「酷い、ねぇ。だが、何をどう言おうがお前らは同類だと思うぞ。気づいてるか知らんけど」
「なっ!? こ、この私が……あの邪悪と同…類? そ、そんな馬鹿なことが……」
「ふ、二人共。櫛田さんのこと…どう思ってるの? 本当に友達なの?」
「「そうだ(です)けど?」」
「声を揃えて迷いなく!?」
思ってる本音を答えると、即座に素に戻った東風谷と被った。横ではなんか佐倉が慄いているが、先日はきちんと褒めたのでこれでプラマイゼロのオールOKである。どちらも本人には聞かれてないし、バレなきゃ問題ない。
東風谷も敗勢濃くなっているし、これは完全に流れを握ったと見ていいだろう。
勝ったな。我に返った東風谷の弁解の声を肴にとうもろこし食ってくる。
なんにしろ、東風谷が佐倉に駆け寄ったことで拘束が外れたので、埃を払って悠々と立ち上がる。
佐倉に抱きついて弁解を再開した東風谷達を通り過ぎ、四方と綾小路のところへ行くと感想戦のようなモノをやっていた。
「呆れたな。あの状況で東風谷を相手にして、本当にひっくり返してしまうとは……」
「いやあれ、反則だろ。
てか、櫛田が邪悪な存在って……しかも全員の共通認識みたいになってたし」
「反則とは人聞きが悪いぞ綾小路。
味方を増やしたい時は共通の敵を作れって言うだろ? それを応用して、味方だとかえって困る存在を少し大げさに吹いただけだ」
「少し? 邪悪がか?」
「……いやまぁ、本音が少し漏れた。案外、余裕なかったのかもなぁ」
櫛田、すまん。だがお前のおかげできゃつを討伐できた。ありがとう。
ただ今更だが僅かに罪悪感っぽいものが湧き上がってきたので、櫛田に内心で謝罪と感謝をしつつ、後でなにかお供えすることで鎮めておこう。機会があったら。
ようやく戻ってきた僕の平穏を胸に、友達との雑談に方向転換する僕だった。
ところで、何故こんなことになったのか不思議ではなかろうか?
そう、僕がとうもろこし畑で東風谷と決闘をしていた理由である。
これを説明するには、少し時間を遡らなければならない。
といっても、説明するような事はほぼなく、初日に高円寺が何かを匂わせたらしい場所へ綾小路が行ってみたいと言うのでついてきただけだ。
そして僕達は、巻きつけてあった佐倉のハンカチ(綾小路が頼んだらしい)が目印になって発見したとうもろこし畑にて、みんなで収穫していた。
勿論、これは綾小路や佐倉の功績を挙げたいというのが主な理由ではなく、発言権の強い奴の庇護を佐倉(と言わないし、必要ないだろうけど綾小路)が受けられるようになるかも、という考えを話したところ東風谷が乗り気になったのだ。それに発案者の僕と四方も賛成し、僕達の分だけ確保して残りはDクラスに運ぶ事に決まった。どうせ5人じゃ食いきれないし……。
終わったら、またCクラスのビーチに行ってバーベキューセットを借り、焼きとうもろこしにして食べてしまえば証拠隠滅完了である。
ただ全部で50本弱もあったとうもろこしを5人で運搬するのは不可能だった。
単純に考えると持ち運ぶノルマは一人あたり10本ほどの計算になるが、その量を東風谷と綾小路以外はとても持てなかったのだ。具体的には、僕と四方が半分ちょい、佐倉は半分いかないくらいしか持てない。
これはそこそこの距離を運搬するのが難しいのであって、持つだけならなんとかいけるが。
無理に運ぼうとした僕などあまりの持ち難さに、綾小路の横で転んでしまう始末。
そこへとうもろこし10本を両脇に抱えたまま全体重を乗せて奇襲してきた狼藉者が東風谷である。
これを邪悪と言わずしてなんと言う。
ここから冒頭に繋がり、現在に至る。
なので僕は返り討ちを確定させて東風谷が落ち着くと同時に、逆襲の夢月となってここぞとばかりに彼女を煽り散らしていた。
「あれれ~? おっかしいぞ~? 僕を貧弱とか言ってたのに、容易く言い負けちゃった誰かさんがいるよ~?」
「ぐぬぬっ……! 愛里さんを利用するなんて…この外道が」
「負け犬の遠吠え乙っした! ヨホホ。負け犬のパンツ見せてもらってもいいですかぁ~? ヨホッ、ヨホホホッ!」
「くぅうう! こんなホネだけの音楽家気取りの人なんかに不覚を取るなんて……!」
「左京君……」
でも名残惜しいが、ちょっと佐倉の目がやりすぎ、みたいになってきたので、そろそろ真面目に決着といこうか。
僕はキリッとした顔に意識して戻し、これまでのストレスを昇華して発散した。
「お前の敗因はたった一つ。非常にシンプルな一つの答え。
―――煽っていいのは、煽り返される覚悟がある奴だけだ!」
万感の煽りを込めて、上から目線で敗北感を植え付けに行く。
「東風谷。お前には覚悟が足りなかった」
ふぅ~! 気ん持ちぃいい~~!!
ヤバいな。マジで癖になりそう。
どうでもいいが、こういう煽りはノリと勢いなので、覚悟とか関係ないじゃんとかツッコんではいけないのである。
「ふっ、これから僕のことはビックボスとでも呼びたまえ」
「新庄かよ……」
「そして毎月美味しいお菓子を上納するように」
「……それ、ビックボスってよりビックマムなんじゃ?」
「来てください葛城さん! 騒がしいと思ったら左京ですよ!」
こんな馬鹿話をしつつ、僕達…主に僕が脳汁をドバドバ出していると、何人かが騒いだのが原因か新たな来客が現れた。
戸塚だ。
それと名前を呼んでいる以上、葛城もいるのだろう。
「騒がしいのはお前だ弥彦。すまんな左京」
「うむ。苦しゅうないぞ葛城に戸塚。今の僕は大変上機嫌じゃ」
「……四方、綾小路。左京はどうしたんだ? 初っ端からエンジン全開なんだが」
「あー、東風谷を撃退した直後だからテンション上がってるんだろ。端から見れば、どっちもどっちだったけどな」
「…………前もそうだったが、こいつは調子に乗らせたら駄目だな。オレでもちょっと手がつけられない吸引力だ」
なんか話してるが、ちょうどいい。
祝勝会に誘って、この場の全員でバーベキューに行こう。
友達と海でバーベキューとか陽キャみたいだが、一度やってみたかったのだ。
「よっしゃ! みんなでとうもろこしを焼きにCクラスのビーチ行くぞ!
あ、でも37本はDクラスの近くまで持ってって置いてからな。そういう約束だったし」
「はぁっ!? なにを勝手な」
「いいからいいから。細かいことは後だ。
折角こんな島にいるんだから、たまにはパーっとやろう!」
佐倉と綾小路、それにリタイアした高円寺を除くとDクラス全員分で37本。
ここにあるとうもろこしは全部で49本。
Cクラスへの手土産分も入れて、12本もあれば充分すぎるだろう。
その後、運搬を葛城達が手伝ってくれたこともあって、無事にDクラスの拠点がある川の傍までとうもろこしを持ってくることができた。
あとは綾小路にひとっ走りさせて回収してもらえば、こちらがやることは完了である。
ついでに駄目元で櫛田も誘ってもらった。来てくれるかわからないし気休め程度だが、彼女へのお詫びは早めにしておきたい。
そういう理由だから、綾小路と佐倉は「マジかよ!?」って目で見てくるのやめろ。本人が居たら、さっきのが露見するかもしれないだろ。
東風谷と四方は、先にまだ巡ってなかったスポットを周ってくるそうでDクラスに届け物した後に一旦別れた。今日のスポット巡りのノルマをこなしてくるとのことだ。
僕は龍園にバーベキューセットを使っていいか頼まないといけないので、当然佐倉のいる組。とうもろこしを真っ先に食べたいとかいう理由ではない。
思いのほか簡単に運搬を手伝ってくれた葛城と戸塚は、綾小路と揉めた詫びだとか道中で言っていた。
すでに月見で謝ってはいたらしいが、それとは別に偵察に来た綾小路と違う派閥のなんとかかんとか……。
高1でもう派閥とか、Aクラスは大変そうである。
単独で合流してきた櫛田を加えて(勿論、彼女のぶんのとうもろこしは僕が確保している)Cクラスのビーチに到着すると、そこは昨日とは打って変わって10人に満たない数しか居なくなっていた。既に撤収寸前なのだろう。
ビーチには椎名も居なかったが、まだ龍園が寛いでいて、呆れながらバーベキューセットの使用許可を出してくれた。使用料……とうもろこしを数本で。
ちなみに東風谷が居ない間、佐倉が僕の後ろから離れなかった事を追記しておこう。
櫛田もさることながら、龍園がメッチャ怖かったとあとでこっそり教えてくれた。
わかる。僕も彼が中二病と高二病のハイブリットじゃなかったら、絶対ビビり散らしていただろう。
問題というとそのくらいで、それも東風谷が合流してからは安心できたのか、いつもより控えめではあったが佐倉も楽しんでいた。
それと目的の一つであった櫛田への詫びも……と言いたいが、何故か彼女は笑っている綾小路を驚愕の眼差しで凝視していて、楽しんでいるか不明だった。
でも状態異常に罹ってるわけでもなさそうだし、櫛田の陰口っぽいモノで東風谷を言い負かした事もバレなかったっぽいので、綾小路を重点的に笑わせて口を封じたのは我ながらなかなかの策だったと思う。
ただ綾小路を笑わせるのはなかなか骨だったので、僕のことは高育のパノンとでも呼んでほしい。
夕方になり、オレンジの景色が広がるまで僕達は思い思いにバカンスを楽しんだ。単独風味な奴らが多かったので、話はそれほど弾んでないけども。
「飛び散る血溜まり、辺り人だかり、僕は即効黄泉送りってことにならなくてよかった。命拾いしたな、僕が」
「……ノリノリの語呂合わせじゃねぇか。なんだ、コイツ」
「相変わらず左京はよく舌が回るな」
「はぁ……コイツはまたわけのわからんことを」
「なんにしろ、この状況を作ったのがコイツ、か……」
こんな感じに葛城や龍園も交えて冗談も言い合えた。
何人かは困惑してたっぽいけど……大丈夫だ、問題ない。僕はそれなりに楽しかったので別にかまわないだろう。
葛城と戸塚、櫛田は用事があるらしく“Cクラスの余分な人員が船へ撤収する前に”自分の拠点に戻っていったが、誘った奴らがだいたい楽しめたのだとすれば僕が突っ走った甲斐があるというものである。
おかげで今日は久しぶりにのんびりできた。
それも折れた大木のあたりで、終わりを迎えようとしていた。
ただ別れ際、ちょっとした予感が頭をよぎったので、思わず佐倉になんとなく浮かんだ言葉を投げかけていた。
「佐倉!」
楽しい日の最後にケチを付ける気はなかったのだが、はっきり口に出して伝えておいたほうが良い気がしたのだ。
佐倉はどうも言いたいことを言えない悪癖がある。
押し付ける気はないが、そんな彼女には平成の主流である「他人に迷惑をかけない」という考え方よりも、昭和の「お互い様」という考え方をなんとか伝えておきたい。
「必要だと思ったら躊躇うな! 僕でも東風谷でも誰でもいいから迷惑をかけろ! 必ずフォローする!
―――思うままにやれっ!!!」
迷惑をかけないようにするのは、裏を返すと他人を利用していることに気づかない事だ。
僕ならともかく、佐倉にはそんなのは似合わない。
時代錯誤とか知ったことか。
昭和の考え方とか僕も知らないから適当だけども。
突然のこれが佐倉にどう聞こえたかはわからない。
でもこの予感が杞憂で済んでくれればいい。
佐倉と綾小路、綾小路から守ると言っていた東風谷の3人が振り返りながら去るのを見送り、僕はそう願っていた。