「海」
「ふぐっ!」
「水上バイク」
「はぅあっ!!」
「一之瀬さん」
「あああぉおおっ!!!
忘れろ! 一之瀬にイキリまくってた部分だけでいいから! 頼むから忘れさせてくれぇえええ!! あああ…昨日の僕! マジでバッカじゃねぇの!?」
無人島生活も残すところ、あと丸1日くらい。
僕の心模様を反映するかのような曇天の下、東風谷に拷問のごとき仕打ちを受けていた。
「二三矢さん! なんですこれ!? メッチャ楽しいです!!!」
「こいつは本当に……。
いやしかし、左京はなんでこんな言葉でダメージを受けてるんだ? 昨日の一之瀬「はぉっぐ!」も楽しんでたみたいだし、左京がこうなってる理由がわからん」
「私にもわかりませんけど、今なら勝ち放題ですよ! 海!「うごおおお」ほらあっ!! あはははっ!」
「……東風谷がそれでいいならいいんだけど」
「よ、よくない……デコイ…じゃなかった綾小路を呼んでくれ」
「無茶言うなよ。それにデコイってお前な」
「ムムッ!? 夢月さん! 一之瀬「おぐぅ!」さん!」
ああ、地面をゴロゴロ転がりたいのに、東風谷が腕を引っ張るせいで否が応でも歩かなけれならぬ定め。市中引き回しとはかくも無残な刑罰であったか。
知りたくなかった。
特定ワードを聞くたびに、黒歴史がぶり返してきやがる。
叶うことならば、地に頭を打ち付けて記憶を消したいくらいだ。
デコイもこの場に居ないから使えない。
その上、名前を口に出しただけで無駄に勘に触ったようで、僕を引っ張る力まで増してしまった。
八方塞がりである。
しかし綾小路で閃いた。
山内には使わなかったっぽいが、綾小路には本当に記憶消去術的な技能はないのだろうか? 藁にも縋る態度で頼み込んだら案外いけるのではなかろうか?
とか、愚にもつかない思いつきすら試したい気分だ。
「精神崩壊したカミ○ユかよ。あんだけ左京を色々問い詰めたがってた神崎ですらツッコむのを止めるほどって、本当に何があったんだ?」
「ね? 委員長も、左京君はむしろ元気づけてくれたって言ってたのに……」
始まりは、朝にスポット巡りどころではない精神状態で丸まっていた僕だ。
それを見た東風谷が、四方から昨日の四方視点―――僕と一之瀬が遊んでたかと思ったら、合流した時には笑顔の一之瀬と我に返ってグチャグチャの精神状態になった僕だった―――を聞き出した事である。
そこで反応を見られながら検証され、僕の弱味を握った東風谷のテンションが爆上げという現状だ。ふざけんな。
もはや『例のあの人』をあまり名前で呼ばない安藤がオアシスのように思えてくるレベルな僕になんという酷い仕打ち。
僕の無人島生活6日目は、こうした(精神的な)疲労困憊状態から始まった。
なんとか市中引き回しと朝の点呼を終え、ここ数日の日課にしている李の林まで行って、パチっておいた食い物と消耗品いくつかを置いて戻ってきた。
きちんと昨夜置いた物もなくなっているので、龍園も元気でやっているはず。
金田にあれだけ言った手前、約束の履行は当然だ。故意に僕を利用させた以上、最低限の支援は押し付けてやるのである。
ただこれだけで僕は全ての気力を使い果たし、再度座り込んで丸まった。
近くにいるのは、東風谷がどこかから連れてきた白蛇だけだ。
都会っ子は基本的に生物に弱いようで、この蛇といるだけで話しかけてくる奴が激減するのだ。
これは昨日実証済みなので、これだけは東風谷に感謝している。
その東風谷は風祝のお仕事だとかで、珍しく昼過ぎから雨が降り出すと天気予報みたいな事を、焚き火跡でみんなに演説?している。何人かは足を止めて眺めて聞いているようだ。
僕も腕に巻き付いてくる蛇と共にぼんやり予報する様を眺めていると、なんとなく本当に言う通りになる気がしてる。
まぁこの曇り空と湿った風だし予報が的中する要素は揃っているのだが、巫女っぽい雰囲気をしてる時の東風谷が言うことはそのまま信じたほうがいい気がしているのだ。
それに、こころなしか蛇も頷いているように見える。自然界の生物だけあって、彼?彼女?も無粋はしないのだろう。
昼になると、蛇によるアニマルセラピーによってだいぶ精神を持ち直せてきた。少なくともワードを聞いてのたうち回る事はない。
東風谷の予報通りに雨も降り出してきたが、数日間を外の焚き火近くで寝起きしていた僕は、早くから想定して大きな葉っぱで傘を拵えていたから、濡れるのは最小限で済んでいる。
備えあれば憂いなしである。
それに雨自体は風情があって好きだ。
人があまり出歩かないのもあって、傘をさしてそぞろ歩くと雨音だけの世界にいるようで、1日中フラつくのも楽しい。
学校にいる時は、何故か雨の散歩中に東風谷と出くわすこともあるが、そういう時は特に話もしないのであいつも雨が好きなのかもしれない。変な部分で馬が合うものである。
忘れることはできぬ股間の方も、ふとした拍子に一之瀬や安藤などに反応してしまうことはあったが、あと1日ならなんとか持ちこたえられるだろう。
まぁ何度か終わったと思ってしまった場面もあるが、全て見て見ぬ振りをしてくれていた一之瀬には感謝している。昨日の僕のイキリっぷりを忘れてくれたら、感謝ゲージも最大値をマークすると思うのだが、まだ面と向かってそれを頼み込むまで精神は回復していない。
しかしどうでもいいが、一人でこれだったんだからテント内は一体どんな事になっていたのか。
テントに入れなくてハンモックで寝ている奴らも、起きてすぐは『降りられない』ようだったから、相当溜まってそうだ。
股間の山がひしめき合って乱立する地獄を想像すると、焚き火での一人寝が天国に思えてくる。
場所と役割のせいか懲りない一之瀬に声をかけられるのはアレだったが、彼女がそそり勃つチ○コをスルーしてくれる人格者で本当に良かった。おかげでなんとか野宿を続けられたからだ。
また、あと1日近く残っているから早いかもしれないが、他のクラス含めて体調不良によるリタイアはまだ出ていないらしい。Cクラスの分を差し引いても、これは奇跡と言って過言ではないだろう。
これは、調べていた四方がどういうつもりか僕に報告してきて……というか、それを聞いた僕の反応を観察するような雰囲気だったが、素直に喜ばしい情報である。知らなければともかく、僕が楽しんでる裏で飯が不味くなる事態になってなくて本当によかった。
……案外、今朝の東風谷の拷問を見て、僕を元気づけてくれたのかもしれない。
ただ昨日Dクラスで下着泥棒が発生したとかで、何か揉めているらしい。
女子会に行っていた東風谷から四方が聞き出したことを整理すると、何故か綾小路が疑われ、それを佐倉が庇って、盗まれた女子から面罵?されたようだ。そして更にそれを須藤が―――須藤? 平田とかじゃなくて? 綾小路は疑惑があるからともかく―――庇ったが、逃げ出した佐倉を遊びに行った東風谷と櫛田が保護したという。
うん。これだけじゃ、全然状況がわからん。
必要になったら助けを求めろとは言ってあるから、佐倉待ちだな。
その為には、一応は声をかけに行った方がいいかもしれない。東風谷が慌ててないし、回復してきた時にはすでに降ってたから今日は会いに行かないつもりだったけど、これくらいなら大した手間にはならないから散歩がてら行ってみようか。
「みんなーーー!
ちょっと雨が強くなりそうだから、今のうちにテントと傘を繋げて広めの雨宿りできる場所を作るよー! 手が空いてたら手伝ってー!」
そんな事を考えている時、一之瀬の号令がかかった。
確かにこちらも重要だ。夜の間も降り続けるのだとしたら、そうした場所があるのとないのではかなり違ってくる。
最後の正念場と思って、今日だけある程度固まってやり過ごすつもりだろう。
ちなみに傘とは、僕が使っている大きめの葉っぱに枝を組み合わせた適当なものだ。
暑さや雨風を凌ぐ程度には使えるが、流石に本当の傘のように持ち運んでは使えない。ただ昨日まで日差しを防ぐ目的で何箇所か作って設置していて、雨が振り始めても一定の効果があるのがわかり採用された。
それで一之瀬は、テントからはみ出す部分をカバーしたいようである。ハーブの虫よけと組み合わせれば、それなりに使えるだろう。
どっちにも関与している僕は誰かに手伝えと言われるに決まっている。なのでとりあえず蛇を下ろし、言われる前になるべく集団に近寄らないよう気をつけて作業に加わった。
8月6日の16時頃。
大きな雨宿り場所が完成し、クラスの半数以上はそこで駄弁っている。また近い位置の焚き火跡の傘の下も人気みたいで、僕は新たな安息の場所を求めて彷徨うことになった。
結局、自分の作業が終わったところで適当な木の下で休むことにした。蛇とそれが平気な四方は寄ってきたが、すぐにはDクラスへ向かえそうにないからだ。
なぜなら、東風谷が雨降る中で空を見たままでいて、様子がおかしい。
一之瀬や安藤は「濡れるよ」とか「こっち来たほうが」とか気遣っていたが、ガン無視である。勿論、僕と四方にも声をかけろよ、的な視線が来た。
ただ、この感じに覚えがある僕と四方は声をかけない。
考え事をしている僕や、集中している四方と似ているのだ。
ここで声をかけたりすると邪魔することになるし、もし神様と話してるなら無礼にもなりかねない。親しき仲にも礼儀ありである。
四方も神様はともかく、邪魔になると理解しているからこそのこの対応だろう。
そうしてしばし遠巻きにされている東風谷を眺めていると、いきなり僕と四方……いや、僕に巻き付いている蛇に東風谷は目線を向けて近づいてきた。
不思議なことに雨の中で、顎から雫が落ちているのに、濡れ鼠な感じが全く無い。それどころか、どこか神聖っぽい雰囲気を醸している。
そんな東風谷は蛇と僅かに見つめ合った?後、口を開いた。
「夢月さん。二三矢さん。
今しがた神様からのお告げがありました。何も聞かず、私に付いてきてくれませんか? 誰かが助けを求めているらしいのです」
ああ、佐倉に会いに行く予定は変更だな。
「ん。どこへ? って聞くのも野暮か。わかった。行こう」
「……お前ら…………本当にいつも突然すぎるだろ。付いてくけどさ」
「…………私を……神様を信じてくれるのですか?」
「「当たり前だろ?」」
「―――っ!」
四方とハモった。
まぁ普段がどうであれ、珍しく真剣になってる友達が言うことだ。
東風谷は何故か驚いているが、信じるのは当たり前といえる。
それにそれが人助けにもなるかもってんなら、疑うのも時間の無駄である。なら、さっさと動くべきだろう。
「一之瀬、神崎、みんな。悪い。
点呼までには戻るつもりだけど、ちょっと出てくる。だから夕食の準備とかできないかも」
「あと、もし点呼に遅れても探しには出ないでほしい。雨もまだ降り続いているし暗くもなってるだろうから危険だ。その場合、僕達は動かない選択をしてると思ってくれ。
こっちは僕以外、東風谷も四方も心配いらないステータスだから大丈夫。その僕は二人に助けてもらう気満々だから心配いらない論。ってことでOK?」
「夢月さん、二三矢さん……」
何かあったのかと近づいてきた一之瀬達へ四方が言った事に補足する形で、冗談めかした僕の言葉が続く。
冗談めかしてるだけで、本気で危なくなったら助けてもらうつもりなのは内緒である。
……僕だけ格好悪いとか察しても思わないように。傷付く。
整備してあるとはいえ、雨降る無人島とか東風谷や四方クラスの能力がなければ、危険かそれに類するモノは約束されたようなものだ。
だから、一応巻き込まない保険のつもりで言った。反省も後悔もない。心配はかけるだろうけども。
「…………3人共、気をつけてね」
「いいのか一之瀬?
なんなら俺や柴田も」
「ううん。なんとなくそれはしない方がいい気がするの。
それに……左京君がいるしきっと悪いようにはしないよ」
「帆波ちゃん?」
「あっ! 変な意味じゃなくてね。なんとなく…そう、なんとなくね?」
でも…あの、一之瀬?
僕を名指しで、なんかギャンブル狂の男を快く送り出す感を出すの止めてもらっていい? 自分がクズ男になった気分になってくるので。
まぁそれはともかく。
「さて、ともかく行こうか東風谷、四方。頼んだ」
「おうっ!」
「ふふ……ええっ!!! 任せてください!!」
出発直前にちょっと残念な一面を覗かせたクラス委員長だけは微妙だったが、なにはともあれ僕達3人は雨の中、何らかの目的の為に無人島を駆け回ることになった。
……自分で思ってなんだが、何らかの目的って明らかにおかしいな? 何をするかまだ具体的にわかってないから、しかたないっちゃしかたないが。
雨の中、誰かが喧嘩している。
諏訪子様に聞いたこの情報は私を悩ませた。
これは、およそ『普通』の生徒が知り得る情報ではなく『常識的』に考えれば、見て見ぬ振りするのが人の世の正しい処世術だからだ。
愛里さんの安全の為に諏訪子様が遣わしてくれたミジャクジという神様の言霊は、夢月さんや愛里さんなら多分信じてくれるが、他に言っても信じられないだろう。
二三矢さんですら、無条件では難しいかもしれない。
クラスメイトは……正直、私の方が信じられない。少し前までの思い込みは、いまだ私の中で根付いている。
だから続報の、喧嘩をしていた片方が倒れて、片方が他の何人かと去っていたという情報も困った。
これなら倒れている方の介抱に向かうべきだと判断したが、私一人で出向く理由が説明できない。説明できなければ、流石に誰もその行動を許してくれないだろう……夢月さん以外は。
夢月さん? そうだ。彼なら。
先日の愛里さんに危害を加えようとした一件でも、人知れず綾小路が黒幕であることを暴いて制裁していた。私の感謝の抱擁を無礼な方法で擲ってはくれたが、彼なら絶対に間違えない。
そう“思い込んで”なんとか最低限だけ口に出せた。
―――私は本当は怖かったのだ。
―――夢月さんも信じてくれないんじゃないかって、僅かに思っていた。
―――でもそれ以上に、神奈子様や諏訪子様すら認めた人への信頼が勝った。
―――私自身にもしっかり存在している彼らへの信頼が。
結果から言えば、夢月さんも二三矢さんもあっさり応えてくれた。
信じて後ろに付いて走ってくれている二人には、感謝とも感動とも言える感情が渦巻いて、もうわけがわからなくなっている。
ちょっと目から汗が出てしまうほど嬉しかったが、雨で流れてくれて本当によかった。
更に神奈子様が言うには、二人だけとは思えない信仰心のようなモノまでが、凄まじい勢いで流れ込んできたらしい。初日に渡して以来、使うこともなかった夢月さんの持つ風の御札を通して。それもあまり自覚のない私にさえ。
二三矢さんの分は半分以上夢月さんにも流れていたようだが、流石に真っ当な陰陽師?とかいう資質を持つ者だ。以前に聞かされた諏訪子様の話の通り、世が世なら引っ張りだこだろう。
そしてなにより夢月さん。
彼が居なければ、きっとこうはなっていない。
二三矢さんは勿論、愛里さんや桔梗さんとも、知り合うどころか認識すらしていなかったかもしれない。クラスでも腫れ物扱いのままだったかもしれない。
私がそんな状態だったら、行動どころか……言い出そうとすらしなかったはずだ。
入学当初のほとんど諦めていた私に、なんとなく声をかけて友達にした奇跡は彼でなければ起こせない。そんな確信さえある。
だから奇跡の現人神の末裔たる私が、目の前で奇跡を見せる『人間』に対抗心を持つのも、また当然の成り行きだったのだろう。
«早苗。進展~。倒れていた娘と誰かが合流して、ゆっくり南?東?に進み始めたって~»
諏訪子様の続報が来て、我に返った。
思考を切り替えていると、今の声が聞こえていたのか夢月さんがキョロキョロしている。
あなたが身体に巻きつけている蛇が御遣いの神様で、今はそこを中継して言葉を届けてるんですよ、と教えたらどんな反応するだろう? なんてイタズラ心も湧くが、すぐそれどころじゃないと思い直す。
先を越されただけなら別に構わないが、良からぬことを企んでいる輩を知る身からすると、一応現場を確認して安心しておきたいのだ。これまで島での生活は楽しかったのに、後味の悪くなりそうな事は早めに片付けておくに限る。
だから夢月さんにわからせるのは後だ。
私は頭の中で聞かされていた場所を描き、ざっとここからのルートを算出して、夢月さん達に告げた。
「今の目的地は島の北東の森です」
「今の?」
「はい。ゆっくり南東……というか多分浜辺方面に移動しているようで」
夢月さんはともかく、二三矢さんは何故それがわかるのか疑問だろうが、説明している時間的余裕はない。
それに予感のようなものがあるのだ。
早く駆けつけなければ、チャンスがなくなってしまうような。夢月さんや二三矢さんにお返しできなくなるような。
あるいは―――とても面白いことを逃してしまうような予感がある。
「この天候でゆっくりってことは、助けを求めるつーか、慎重に動いてるか怪我してるっぽいな」
「……おそらくそうでしょう」
「なら話すより早く向かった方がいいか」
それにしても絶妙に欲しいフォローを、欲しい時にしてくれるこの人は、一体何者なんだろう?
自然と話すより行動する流れにしてくれた夢月さんに改めて疑問が湧いてくるが、それは置いておいて私達は一度頷き合うと駆け出した。
もう何話かで無人島編はフィナーレです。
そのフィナーレの始まりが幻想関係とアレ系なのはアレだと思いますが、良ければお付き合いしてくれると幸いです。
※何気に原作よりかなり早い時間帯なのは、物語の展開上しかたない改変です。ご了承ください。