ようキャ   作:麿は星

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65、迷言

 

 雨雲のせいか、森の中なせいか、まだ真夏の16時過ぎだというのに少し暗くなってきた。それもあって、この辺は毎日通っていて見慣れている森だというのに怖い雰囲気を感じる。

 と、怖がりながらも異変を見逃さないように進んでいる時、なにか大きな物が滑る音が聞こえた。

 

「あっちは確かキツめの崖があったはずだ! 誰か落ちたかもしれないぞ!?」

「急ぎましょう!」

 

 四方が即座に状況を把握し、提案する。

 僕達はぬかるんだ地面に気をつけながら、急いで音が聞こえた方へ向かった。

 幸いにも先程まで降っていた大粒の雨ではなく、小雨になっていて視界は確保できる。これなら僕はともかく、他が見落とすようなことはないだろう。

 不安材料は四方の言った崖に落ちた可能性だが、滑る音が聞こえたということは近くの傾斜の方に落ちた可能性が高い。よかったとは言えなくとも、まだマシと言えなくもない。

 そして小道を外れ音のした方へ向かうと、そこに居たのは―――。

 

 地に倒れ伏した女子を見下ろし、冷たい目をしているラスボス風味な綾小路清隆だった。

 

 まぁでも、正直東風谷の急ぎ具合で、途中からなんとなくそんな予感もしていた。

 良くも悪くも東風谷に影響を与えられる奴で近くにいないのは、佐倉を除けば綾小路だけだからだ。その上で、助けに行こうってのに嬉しげな雰囲気も僅かに漂わせてくれば、結果論だが綾小路をはっ倒せるチャンスでも来たのかなぁ? という憶測が無理矢理成り立つ。

 

 だから四方はともかく、僕には恐怖はあっても動揺はない。そう自分に言い聞かせればあら不思議。その通りっぽい気分になってくるではないか。

 東風谷に至っては、好機到来とばかりにテンション爆上げ再びである。こういう時は頼もしい。おかげで一瞬にして冷静に戻れた。

 

「あーっはっはっは! ついに尻尾を出しましたね、この小悪党が!!! この私が成敗してくれます!!」

「はぁっ!!? なんでここにお前らが!?」

 

 状況を見るが早いか高笑いしながら、傾斜や泥濘をものともせず迷いなく飛びかかる東風谷と、驚きつつも即座に応戦する綾小路。

 しかし、東風谷の台詞内容自体は状況的にも正義っぽいのに、ぶっ飛ばしたい私欲を色濃く纏っているあたりどうしようもなく悪だ。もしこれで綾小路まで「オレ様の道具ごときがぁ!」とか言い出したら、完全に悪VS悪の構図である。

 

 一方、心構えができていた僕は、即座に救助から行動指針を切り替えることができた。

 だから、ほぼ不意打ちの飛び蹴りを受けたことでそれなりに距離が離れた綾小路へ、東風谷の物理とは別に精神から追撃を加えておく。

 

「あ~あ。やっちまったな綾小路。

 ま、安心するといい。友達のよしみだ。骨は拾ってやるよ」

「「!?」」

 

 とはいえ僕は東風谷の行動に便乗して、ジョークを飛ばしてみただけだ。

 すると、勢いよく僕を見る綾小路…とついでに四方。

 あっ、そのせいで綾小路にいいのが一発入った。油断大敵ってやつだな。まぁ、僅かに混乱しつつも計算尽くなわけだが。

 

 しかし客観的に見てだ。

 さっき聞こえた人が滑り落ちるような音。

 倒れ伏す女子。

 その女子を、雨の中冷たい目で見下ろす綾小路。

 

―――どう見ても3アウトの事案発生です。ありがとうございました。綾小路先生の来世にご期待ください。

 

 とか言いたくなる状況なのは間違いないだろう。

 たが正直言って綾小路がそんな考えなしの馬鹿ではないことは、この場の誰もがわかっている。東風谷でさえだ。

 ヤルとすれば、完全犯罪以外を狙わない男だ。

 なので多分、純粋に間が悪すぎた結果の現状なのだろう。

 

 ただそれはそれとして、東風谷のついでに僕にも幸運の日が訪れていた。

 まずは無駄にしないよう綾小路を東風谷に倒してもらって、危ない事にならない保険に四方を残し、僕は雑事を片付ける……フリをしよう。

 といっても、見ている以外では倒れてる女子を船に運ぶ程度しか他にやることはないが。

 

「東風谷~。倒せるなら倒してもいいけど、無理めなら適当に時間稼いどいて~」

「了解…っでっす! はっ!」

「おまっ、左京っ! ぐ、気づいてるだろ!? 止めろよ!! うおっ」

「うん無理。諦めてやられてくれ」

「軽すぎるだろ!! そんな簡単に諦めんなよ!」

 

 そんな考え事をしながら倒れている女子のところへ行くと―――げっ。堀北さんじゃん―――軽く診察してみる。

 素人診察だが、多分風邪だとは思う。ただこんな体調で雨に降られて急激に悪化しているっぽい。更にいくつか殴られたような打撲痕まであり、付着する泥から予想はできていたが、さっきの何かが滑り落ちる音は堀北さんか綾小路、もしくは両方で確定だ。

 

 しかしタイミングを図りながら観戦していると、戦っている二人の凄まじさがよく分かる。

 この環境下での東風谷の身のこなしも凄まじいが、特に最初の不意打ちと言葉による盤外攻撃の時以外、雨と泥濘の中でクリーンヒットを貰わずに躱し続けている綾小路はどんな目と体幹をしてるんだ? 何らかの武術の有段者クラスとかなんだろうか。

 

 喧嘩には詳しくないが、これは金が取れるレベルではなかろうか?

 ド素人の僕から見てすら相当迫力がある。早すぎてよく見えない事を除けば……。

 これだと東風谷がやりすぎないように見ているのも難しい。だが今は少しでも確率を上げたい。そのジレンマが鬱陶しい。

 

 何故かいつものように殴り合いを止めに入らず、静かな目で見ている四方も微妙に気になるが、ジレンマを振り払う意味も込めて、ブラフを用いて綾小路にデバフを重ねがけしておこう。

 でももういっそ東風谷がクリティカルとか出してくれないだろうか? それだと流石にまずいか。

 

「四方は、あいつらがヤバいことにならないよう見張っててくれるか? 僕は堀北さんを船に運どくわ」

「本当にそr」

「おいぃいいい!! 左京! 東風谷を止めてくれっ!! お前ならできるだろ!? 終わる! このままだと勝っても負けても、俺の高校生活が終わってしまう!!」

 

 すると四方の返答を遮るように、絶叫とまではいかないが東風谷の攻撃を掠らせながら、見たこともないくらい必死に訴える綾小路。能力的にはまだ四方に頼んだ方が目があると思うのだが、それを聞いてちょっと余裕を削りすぎたかと反省する。

 東風谷も攻撃しながら通報を仄めかして煽っていたので、尚更不名誉で不利な事になる予測が綾小路の内部で焦りを加速させていたのだろう。

 またまた方針変更だ。

 

「あー、東風谷? 悪いけど、譲ってくれない?」

「夢月さんにですか? 構いませんよ」

「なあお前ら…ちょっと切り替えが早すぎないか……。見ててハラハラしてしょうがないんだが」

「……本当に止まった?」

 

 だからデバフがけを中断し、ついでに詫びを込めて割り込む。

 思った通り東風谷は冷静さを保っていたが、素直に止まってくれた事には感謝だな。

 正直、まだ少し早い気もするが切り札を1枚切ろうと思う。

 

 

 

「ま、つーわけで…だな」

 

 しかし、この流れならどうにか押し切れる。

 宣戦布告の時間だ。

 

「―――僕と勝負だ綾小路」

 

「……なに?」

「いつか約束した通りに、ぶっ倒してやるよ」

「っ! ここで切ってくるか」

「夢月さん……!」

 

 これ以上やって万が一、東風谷がやりすぎて綾小路が本気になってしまうと、勘だが東風谷の方が僅かに分が悪い気がする。それならこの状態を引き継いで僕が交代するのがベターだ。

 ただ勝負の前に片付けはしとかないと、別の後味が悪いことが発生するかもしれないと思ったので、あっちは東風谷に頼んでおく。

 

「東風谷は倒れてる堀北さんを船まで運んでくれ。他クラスとはいえこの場には女子がお前しかいないし、意識がなく結構な熱もあった。悠長にしてられないかもしれん。特急で頼む」

「はぁ。しかたないですね。私が天誅を下したかったのですが」

「悪いな。綾小路もそれで納得してくれ」

「…………ああ、わかった。今はそれしかないみたいだな」

 

 東風谷なら、人を背負っても一人で安全に動ける。

 そして、さり気なく綾小路にも条件を呑ませる。

 これで後顧の憂いはほぼなくなったと見ていいだろう。

 

「あれだけ嬉々として殴りかかってたのに、随分あっさり譲るな」

「二三矢さん。私は、どうあっても気に食わない綾なんとかが痛い目に遭えばいいんですよ」

「左京が勝つかはわからないじゃないか」

「本気で言ってます? 夢月さんがこの場面で負けるような人だったら、この私や神様方が認めることはありえませんよ」

「……」

 

 東風谷と四方の会話を聞き流しながら、頭の中で言葉と流れを組み立てていく。

 交代して綾小路を観察・対峙したからこそわかることもあるのだ。

 おそらく東風谷は本気は本気で殴りかかったんだろうが、彼女の切り札は切っていない気がする。底知れないポテンシャルである。

 

 この点を考慮に入れると、殴りかかったのはどちらかというとサポートの意味合いもあったのではなかろうか?

 目立たないよう腹を抑えている綾小路のダメージは、多分僕の交代を受け入れさせ、かつなにをするにしろ僕が有利になる程度に見える。

 東風谷自身じゃなく、僕の方が気持ち良く勝つと信頼されているとしたら―――。

 

 それに応えなきゃ僕じゃないよな。

 

 東風谷の期待に応えて、やる気になり始めている綾小路を更に追加で無駄に煽ってやろう。

 

「おい綾小路。言われてるぞ。どうあっても気に食わないだってさ」

「いや、何で勝負するかは知らないが、お前が…『夢月』の方が、逆に窮地にいるんじゃないのか? 想定外の勝負だが、ここまで破られた以上、今までの考えは一度捨てるつもりだ。

―――オレは夢月との勝負で出し惜しみするつもりはない」

「望むところだ」

「そしてお前が何をしようと、夢月とオレの1対1なら勝算には圧倒的な差がある」

「その通りだな」

「―――っ。お前は……」

 

 僕の狙いを見抜かれているのかもしれないが、それでも綾小路は望む言葉を返してくれた。綾小路の性格的に八方塞がりの東風谷戦を回避さえできたら、なあなあで流そうとする可能性もあったのだ。

 これは、綾小路も少しは僕自身を認めていると思っていいのだろうか?

 そう考えると嬉しくて、もう一味加えたくなってきた。

 勝手なリクエストに応えて、凡人転生者のやり方で天才様に一泡吹かせてやろう。

 

「しっかし、窮地ねぇ」

「……東風谷が言っていることを考えれば、負けたら認められていた事を裏切る事になるだろう? 夢月なら東風谷から見放される可能性も考えられるはずだ」

「素朴な疑問なんだが、それをもって今の僕の状況が窮地? ははは。いつになく面白い冗談だ」

「笑える要素なんか…あったか?」

 

 不思議そうに聞いてくる綾小路が本当に面白くて笑いが漏れる。

 単純な殴り合いならいざしらず、“見当外れ”な窮地と、ほとんど僕にルール設定を投げたような流れでの驕りを、完膚なきまでに打ち砕かれた綾小路を想像するだけで面白い。

 まぁ逆の立場だったら、ここぞとばかりに代わりのアドバンテージを取りに行っていただろう僕基準で考えるのもなんなのだが……。

 なんにしろこの油断と好機を逃す手はない。

 いっそ勝ちに行こう。

 

「東風谷と言い争った時のように。葛城と将棋した時のように。

 最終地点がはっきり見えた僕を止めることなんてできないと教えてやるよ」

 

 普通なら僕単独では綾小路には勝てない。

 当然、それはわかっている。

 その上で、勝つのが当たり前のように振る舞う。

 これこそが僕の美学だ。

 

「まだ気づかないか?

 この状況は確かに想定外だし、遭遇戦みたいなものだ。だけど……悪いな綾小路。こんな事もあろうかと、お前にも通用する手札はいくつか用意してある。弱点を突く奇策から、凡人御用達な脳死のゴリ押しまでだ」

 

 不思議なモノでも見ているかのように目を見開いている綾小路に、先制の大ボラをぶちかます。

 今からお前の“求めていた”敗北ってやつをプレゼントしてやるよ。

 

「あえて言おう。

 この状況は待ちに徹した僕が作り出したものだ」

 

 ハッタリであるのは誰の目にも明らか。

 それでもこの言葉で場の流れを全て僕に引き寄せてやる。

 こういう凡人の戦い方をなんていうか知っているか綾小路?

 

「―――今回は、負けるビジョンが浮かばないんだよ。たとえほぼ全ての能力で僕の方が圧倒的に劣っているとしても、な」

 

 力押しっていうんだぞ?

 

 

 

 

 

 まず手始めに場を食った。

 綾小路レベルだと焼け石に水だろうが、譲ってくれた東風谷のご期待とあらばしかたない。僕自身が全力で楽しみつつ、煽りでギャラリーも楽しませないとな。

 

「四方には審判をお願い。

 物騒な勝負は提案しないけど、綾小路が受けてくれるかがまだ微妙にアレなんで」

「いや……さっきの宣戦布告に加えて、夢月とは約束もあるからな。受けてやるさ」

「ふっ。いい度胸だ。まだ勝負内容も話してないのにな」

 

 地味に綾小路につられたのか、四方もいつもの寝ぼけ眼から真剣バージョンの顔になっている。

 ただこんな人のいない場で四方の札を綾小路に晒すのは愚策になるので、安全の為の保険に起用しつつ、さり気なく綾小路を観察できるポジションにしておく。

 

「……でもお前、東風谷のことがあったとはいえ、こんな場面でいきなり勝負を挑むとか、どうしていつも過程をすっ飛ばすんだよ」

「それが僕だからだな」

「答えになってないぞ?」

「気にするな。綾小路を相手にして、勝率が僕換算で1割弱もある真剣勝負の機会はあんまりなくてな。無駄にはできないと思っちゃたんだよ」

「1割・・だと? それが理解できてオレと……?」

 

 ちなみにこれも本音。

 実際、坂を転げ落ち、東風谷の数発を受けた状態の綾小路とじゃなければ、正面対決では確実に勝率1割どころか1%すら届かない。

 なので、すぐに元に戻るとわかった上でも手を抜かず、綾小路にまたしても想定外というデバフをかけていく。凡人が天才に唯一対抗することを許されたハッタリで。

 

「1割弱『も』ってお前……」

「前々から思ってたんだが、夢月のオレの評価が異常に高くないか? なにをもって判断してるんだ?」

「勘」

「勘……!?

 それにほぼ勝てないと思ってるなら、それこそ四方や東風谷を」

「それじゃあ約束が果たせない。お前を最初に倒すのは僕だ。綾小路打倒計画その1で、それを証明してやる」

「おい、それって」

 

 四方と東風谷には少し話してあったが、その内容が違いすぎることに戸惑っているようだ。

 まあ今は綾小路優先である。

 やはり綾小路には、重ねがけしてもすぐにデバフ解除されてデフォルト状態に戻る。

 あの精神性の上に凍てつく波動持ちとか、やっぱり綾小路はラスボスだろ。キャットルーキーには登場してなかったはずなのだが……。

 だがそれが正しいとしても、なんてことない凡人にひたすら精神を削られた経験など天才様にあるかな? じわじわ削って勝負までに更なる油断を呼び込み、僕の勝率を上げさせてもらう。

 

 僕達が来た直後の綾小路の目を見る限り、僕でなければ勝ったとしても、綾小路は機械的にリベンジを狙うだけになる。四方であれ、東風谷であれ、同格の天才が勝つのでは駄目な気がするのだ。

 そしてそんなつまらない関係にするくらいなら、しんどかろうが約束通りに僕が倒す。

 

 綾小路の幻想…根底にあるモノをぶっ壊してでも、綾小路に僕含めた友達だけは駒のように使わせるものか。

 僕が気付けるうちは、綾小路に決定的な一線を超えさせはしない。

 絶対負かして心を折って在り方を変え、悔しがらせてやる。

 

「あまり僕を乳首るなよ? たとえ10回中1回しか勝てなくても、最初にその1回を引っ張ってこればいいだけだ」

「見くびるな、な。ここでふざけるなよ」

 

 軽い撹乱であってふざけたつもりはないのだが、四方に無駄に入っていた力が抜けたようなので、結果オーライだろう。

 

「ま、気楽にやろうじゃないか。僕が勝つのは確定事項だ」

「……」

「さっき左京は勝つ確率1割とか言ってたような……?」

 

 四方のツッコミから努めて目を逸らして、話がひと段落?したその時、妙に静かにしていた東風谷が目を輝かせて―――あ? なんで獲物を横取りした上、あそこの堀北さんを運ぶだけのコイツがこんなに上機嫌なんだ?―――口を開いた。

 よくわからないが、快く頼みを受けてくれるようなら問題ない……のか? コイツだけはマジで四方や綾小路以上に行動原理が読めない時があるから困る。

 

「ふふっ。二三矢さん。見てればわかりますよ。確率なんて夢月さんには意味がないってこと……」

「それはどういう」

 

「―――夢月さんを相手するなら、常識に囚われてはいけないのですよ!」

 

 しかもなんだ、この……迷言?

 遠回しに、僕に常識がないみたいに言わないでくれよ。

 自信満々に嬉々とした笑顔を浮かべながら言うから、無駄に説得力や雰囲気が出てるじゃん。

 

「じゃあ私はあの人を運んできますので、あとはよろしくです」

 

 東風谷は言うだけ言うと、倒れたままだった堀北さんを軽く持ち上げ、あっさり船の方へと歩いていった。

 よくわからなかったが、僕の煽りは彼女を満足させられたのだろうか?

 これで譲ってもらった分とサポートの分がチャラになってくれると、綾小路を倒した後の面倒が一つなくなるのだが。

 

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