68、魔法
無人島での特別試験が終わった次の日。
丸一日寝まくった僕は、1週間の遅れを取り戻すのに必死になっていた。
予定では8月の半ば過ぎにとりあえず勝負が成立する程度の完成度になるはずだったのだが、旅行と特別試験で大幅なズレが生じているのだ。なので、僕は人の来ない船首デッキの展望室でひたすらパソコンと向き合う事になっていた。
ひたすらコードを打ち込んで、打ち直して、テストプレイを繰り返し、佐倉や高円寺を呼んだりしてチェックしてもらっている。すでに高円寺の契約はあと1回しか残っていないので、次が難度の最終調整になるだろう。
一方、佐倉に頼んでいる美しさのチェックは彼女がこだわりを強く出してくれたので、なかなか美麗な弾幕になった自信がある。使っているパソコンのスペック的に現代の最新ゲームのようにはできないが、これなら何度も挑戦してくれる期待が持てる同人作品に仕上がっている。
総じて、現時点では約8割の完成度と言っていい。
ただ問題もある。
テストプレイやデバッグをあと何人かに頼めれば助かったのだが、四方と東風谷が対戦相手になって頼めなくなり、僕の人脈が尽きているのだ。
佐倉と椎名だけはこれまでにも時々手伝ってくれているものの、あの二人はあまり身体が頑丈そうではない。大量のチェックを投げるのは気が引けた。佐倉は主力でもあるから尚更だ。
ちなみに櫛田や葛城・戸塚など他に頼めそうな者は忙しそうなので無理である。
ここまでは良くはないがまだマシだ。
好きでやってるんだし、多少予定が狂っても苦しくも楽しく作業していられる。仕事ではないのだから当然。そう思えないなら、そもそもやっていない。
だが―――。
「お前ら! なんでこんな場所に集まってくるんだよ!? 折角の客船旅行なんだから、バカンスに行けよ! 佐倉以外!」
こんな場所に人が集ってくる意味不明はいただけない。
改めて言うが、現在の僕がいるのは船首のデッキ。
この場所は近くに遊ぶ施設がほぼないためか、海を見慣れてきた生徒達には魅力がないようで、僕が来た時は閑散としていた。
だが佐倉がひょっこり顔を出してから、何故か続々とボッチどもが現れ、ついにはボッチじゃない者まで増殖してきているのだ。
その数、実に7人。
僕、佐倉、東風谷、綾小路、椎名、四方、一之瀬(来た順)で7人である。
アホか。特に一之瀬はリーダーで暇でもない人気者なのに、ドアホと呼んでも過言ではない。
佐倉がいるのは手間を省く意味でもわからないでもないが、他はまったく意味がわからない。僕が作業する横で、貴重な時間を本読んだり海を眺めたりで、なにするでもなく消費しているのだ。唯一、清隆と話してるとはいえ一之瀬までだ。
もう一度、言おう。
アホか。
「佐倉さんだけ残したいんですか?」
「変な言い方するなよ椎名……。佐倉にはさっき新しいシナリオを渡したばかりなんだから、感想くらい聞きたいんだよ」
「シナリオ?」
といってもたまたま本を読んでいただけで、穏やかに聞いてくる椎名に暴言を吐くわけにもいかない。
しかたなく、もう一つの理由を話す。
ゲームシナリオである。
イメージ通りの美しい弾幕に華を添える助けになるかと思って、簡単なストーリーを作ってあったそれだ。ちなみにバージョンは4である。
そんな本当に短いざっとしたストーリーと人物設定なのだが、さっきから佐倉は何故だか数枚の紙を何度も目を往復させて読み込んでいる。気に入ったのだろうか?
ああ。そのストーリーはこんな感じだ。
***
高度育成『学園』。
20年以上の歴史を刻むこの学園は、代々ブラックな人材を育成し、世界へと輩出していた。
そしてこの学園で頭角を表した人材が所属する“ブラックルーム”と、学園の在り方が気に入らない左京夢月と佐倉愛里。
彼らは、入学してすぐブラック企業の理念で運営されている事に気づき、嫌気が差していた。だから左京は『学園の姫君』である佐倉とともに機を待ち、一年間であらゆる手を打ち続け、満を持してついに対抗組織“ホワイトルーム”を創り出す。
一方、学園の理念の大半を否定する“ホワイトルーム”を目障りに思った高度育成学園生徒会は、左京夢月と佐倉愛里の連行をある生徒達に依頼するのだった。
“ブラックルーム”の最高傑作・綾小路清隆。
墜ちた陰陽師の末裔・四方二三矢。
学園の不敵な巫女・東風谷早苗。
それぞれに問題を抱えた天才達は、思うところがありながらもそれを承諾し動き出す。
今年、3人の風変わりな新入生と、2人の社会不適合者がこの学園に嵐を巻き起こす……かもしれない。
***
思い返してもストーリーに問題はない。
頑張って中二病を再発させても、あまり捻ったストーリーはできなかったからだ。
とすると、引っかかったのは設定のほうか? と考えていると、沈黙を破って佐倉が騒ぎ出したので対応する。
「学園の姫君ってなに!? なんかわたしの設定がすごい盛られてるんだけど!!?」
「気にするな。個人的に、佐倉はラスボスというより主人公属性を強く感じててな。参考の為に主人公側が悪、ボス側が善って物語もいくつか読んで、ノリにノッてる寝不足の夜に書いたらそうなってた」
まぁ四方を除いてだけど。
どっちにしろ学園物とスポーツ物は似て非なる分野だから、見た目的に四方がボス役では微妙だと思っていたのもある。
「寝不足だからそんな事になるんだよ!! もっと寝てっ!
それにわたしのどこに主人公っぽさが!?」
「ふむ。まずはピンク色の髪だな。プ○キュアならレギュラーは間違いない」
「ピンクの髪でプリ○ュアなのに変身できなかったら、ああいう物語では地雷でしかないよ!」
素で地雷っぽさを醸している佐倉ならその点もはまり役である。
東風谷と…四方もか? くらいしかピンク髪というのもわからないだろうけど……。
「2つ。人見知りのボッチなのに、メールやSNSなどではイキリ散らす点」
「あ、これ普通にスルーされるやつぅ!
……わたし、みんながいるからもうボッチじゃないもん!!」
「SNS上の評価と乖離した現実に歪んでいく自意識。自己評価の低さと、ネットの海にのみ存在するアイデンティティー。
心当たりはありまくるよな?」
「う」
時々やり取りするメールやメッセージなどは、最初別人かと思ったほどだ。実はアイドルだったという属性といい、もし四方が居なければ僕は確実に別方向に舵を切っていたことだろう。
だから僕は力説する。
「こんなにエグみのある要素を持つ美少女、常識的に考えて主人公に決まってるだろ! 物語にしたら絶対に特定の人種の胸に刺さりまくるって!」
「ほぐっ! 不意打ち来た! というか、美少女以外のプラス要素まったくないっ!?」
しかもピンク髪だぞ。
ギターとピンクジャージを付属させれば、この時代ではまだ世に出ていないギターヒ○ローとして一世を風靡するかもしれない。更に微妙に色違いだがベースを東風谷、ドラムを櫛田、ヴォーカル&ギターを一之瀬とすることで結○バンド結成も夢じゃない。
「3つ……」
「まだあるの!? もう駄目だって! よくわからないけど、色々危ないから!」
「……む。そうか」
「なんでちょっと残念そうなの!?」
それにしても、こんなに人がいる場所で内弁慶モードを見せて騒ぐ佐倉は珍しい。何人か目を見開いて驚いてるが、佐倉的に擬態は良いのだろうか?
折角だから聞いてみよう。
「ところで、そんな元気に騒いでいいのか? この場には佐倉があんまり知らない奴もいるが?」
「―――はぅあっ!! あ、ちがっ、違うの! わたっ…普段のわたしはもっと……あぅう、違うの…ですよぉ」
特に佐倉がほぼ知らない一之瀬(と椎名も入るか?)の視線で我に返ったのだろう。語尾が変なことになっている。
まぁ一之瀬に限らず、憐れんでいるような視線がほとんどなので、悪いことにはならないはずだ。それに際どい情報は出したが決定的な情報は出してないし、その辺は計算尽くである。
「夢月さん!! あまり愛里さんをからかわないでください!
大丈夫ですからね愛里さん。私が仕返ししてあげますから」
「ぇ…仕返しとかいらないから……わたしの記憶を…消してぇ」
「恥ずかしがっている愛里さんもまたいいですよね? だからそんな勿体ないことできてもするわけないじゃないですか」
「早苗さんもやっぱりアレだった!?」
「ごめんな佐倉。からかいすぎた」
当然、東風谷のフォローが入るのもだ。
ただ真っ赤になって東風谷に縋り付いたものの、あっという間に梯子を外された佐倉が、なんとなく数日前の無人島での僕を思わせたので謝る気分になった。
僕は東風谷と違い鬼畜ではないので、悪い事をしたと思ったら謝る事ができるのである。
しかし、佐倉が少し落ち着いたと思えば、今度は予想外の人物が騒ぎ出した。
黙々と佐倉が落とした紙切れの物語を見ていた綾小路だ。
視界の端っこに写っていた綾小路にしては、短文なのにいやに長い時間見てるなとは思っていたが、突如として普段の冷静さをかなぐり捨ててきた。
このタイミングで、無人島でのデバフが時間差で発動してしまったのだろうか。いつもの凍てつく波動はどうした?
「おぉおおおいっ!!! はぁっ!? なんだこれ!?
ブラックルーム……はまだしも、最高傑作とか……ほわっ、ホワイトルームぅ!!? ホントどういうことなんだこれ……!」
「いや、なんで綾n…清隆が引っ掛かってるんだよ? むしろお前の設定は、ボム以外はまともに設定したと思ってたんだが」
「「……ぇ?」」
なんだろう? 意味不明に荒ぶるの止めてもらっていいですか? と、言いたくなるくらいこれまでにない狂乱を見せる清隆。あまりに予想外で、名前で呼ぶと言ってたのを忘れるところだった。
だって一瞬、あれ? 僕またなにかやっちゃいました? と思ってしまったほどの豹変なのだ。
だが、先に挙げたように特別に捻った設定など作っていないし、何が清隆のスイッチを入れたのかわからない。
発言から推察するに、ブラックルームとホワイトルームが怪しいが、こんな安直で某国の大統領官邸のパチモン臭くてダサい名前の組織が実際にあるわけもない。
「確かに。でも俺の設定とかどっから生えてきたんだよって感じのもあるからなぁ」
「でも二三矢さん。よく見ると結構特徴を捉えてると思いますよ。
私に関してはニアミスと言っていいくらいには近いですし」
「ってことは、夢月の印象がそのまま出てるんだな。学校はわかるけど、俺の設定はやっぱり突飛すぎるだろ……」
人物設定を見ていた四方達がなんか言ってるが、清隆の珍しい百面相が気になって耳に入ってこない。
真剣な顔になったかと思えば崩れ、そうかと思えばこちらを探るような睨むような感じになり、半笑いで悟ったような遠くを見る顔に入れ替わる。
本当になんなんだ? 櫛田じゃあるまいし、無表情がデフォルトだったと思うんだが。清隆ってこういうキャラだっけ? 無人島でなんか心境の変化でもあったんだろうか?
僕の思いつく変化する要素は大道芸勝負くらいだが、劇的なものではなかったからそこまでは影響しないはずだったのだが……。
「落ち着け。清隆のは単純にバランスを取る為の設定だ。
四方と東風谷が幻想や宗教絡みなら、相反する科学系の…例えばそうだな。特殊な養成施設の最優秀クラスの人材って感じの奴が居たほうがいいんだよ。なんせ空を飛ぶんだから、それなりの理由がないとな」
「夢月お前…………本当はわかってるんじゃないか!!? なんでこう微妙に……」
「何が? 悪の組織の構成員や傭兵とかの方がよかったのか? 年齢的にどうなんだそれ」
「おまっ……ああ…………はぁ。コイツ、勘とか偶然とかで片付けていいのかコレ……」
「?」
こういうネタバレはあまり良くないと思うが、シューティングに必須級の飛行や弾幕を可能とする理由には『魔法』かそれに類するものが手っ取り早い。
ゲームの主人公達にもその理由は当然必要なのだから、幻想・科学、そしてどちらの要素も内包する宗教を、それぞれの自機が飛行や弾幕を放れる理由にしたというわけだ。
わけわからん事を言ってるが、清隆もなんだかんだで落ち着いてきたし納得はできたのだろう。彼はあまりゲーム関係に馴染みがないようだから、お約束に対して過敏に反応してしまったのかもしれない。
四方は至って普通に聞いてきたし。
「ああ。それで俺が陰陽術で、東風谷が神の奇跡、綾小路が科学技術で、空を飛んだり弾幕を放ったりできるのか」
「そ。タケ○プターとまでいかなくても、飛行機械なら小型のもギリギリありそうだしな。ゲーム内とはいえ、綾小路みたいなリアリストが魔法を使うとかあんまり想像できなかったから、ちょっとだけ頭を捻ったよ」
「………………そもそもなんで生身で飛行する必要があるんだ?」
「特に必要はない。
あえて言えば、歩くタイプも一応テストしたけど、このゲームに限っては飛んだ方が美しくなるし面白い。それだけだ」
「…………はぁーーー」
長い息を吐き出している綾小路が納得できたかはともかく、とりあえずこれで飲み込んでくれたようである。
「一之瀬と椎名は……」
「にゃはは…白い最終兵器の狂人。左京君、私のことそんな風に見てたんだ……? あは、あはは」
「動かないようで動く点S……Sは椎名のSですか。なかなか興味深い異名ですね」
「夢月っ! 椎名はともかく、一之瀬がヤバいぞ! 乾いた笑いしながら目がヤンデレのように!」
次は一之瀬と椎名か。普通にこの場の全員に回し読みされてしまった。
まぁ、こちらはストーリーではなく、自分達のキャラ設定だろう。
四方に言われるまでもなく、主に一之瀬がヤバそうだと思ってたから触れなかったのに、もう無視はできない。椎名は許可を取ってるから問題ないだろうが。
ちなみに各ボスに関しては、詳しい説明や一言台詞などを省略してこんな感じだ。
1面、チュートリアルの黒幕・左京夢月。
2面、動かないようで動く点S・椎名ひより。
3面、質実剛健な守り手・葛城康平(道中の中ボス、友情出演・戸塚弥彦)。
4面、白い最終兵器の狂人・一之瀬帆波。
5面、通りすがりの自由人・高円寺六助。
6面、学園の姫君・佐倉愛里。
というように、各クラスの知り合いを起用している。
4面のBクラス枠だけは元々四方と東風谷を交互に使おうと思っていたが、挑戦者に回って無理になったので、他に適確なボス格を考えると一之瀬しか残らなかったのだ。
「あー、一之瀬の設定は保険だからそんな風には思ってない。この中で唯一無許可で出演させたから、言い逃れられるようにわざとキャラを変えてあるだけだ。
だいたい一之瀬。お前こんな「お久しぶりです綾小路君。貴方に土をつけられて以来、73日と4時間10分ぶりですね」なんて言う狂人じゃないだろ? そもそも敬語キャラでもないじゃん」
「……ホント?」
「ホントホント。一之瀬を真面目に表現するなら、狂人じゃなくてもっとフレンドリーな善人かつ面倒そうな奴にする。善人枠が葛城で埋まってる事もあって、まともじゃない女子キャラを入れたかったって理由もあるけどな」
「善人…面倒……」
一之瀬が何とも言えない顔で黙り込む。
こっちはこっちで到底褒め言葉と言えないからだろう。
だが、それ以外の要素で僕が一之瀬帆波というキャラを作ると、お色気かヨゴレ担当になってしまいそうだから仕方ないのである。
結果、適任な目立つ奴を考えて、彼女を敬語&狂人キャラにしたわけだ。
なぜなら他のBクラスの面子は使えない。安藤や姫野とはほぼ付き合いがなく、柴田や神崎では絵面的に良くない。野郎がボスの半数以上を占めるより、なるべく美少女を使いたいのは世の理だろう。
ついでに属性過多な一之瀬ならいくらか変な属性を乗っけても大丈夫だと思って、東風谷用のボス台詞を流用したのは秘密である。
「ちょっと聞きたいんですけど、その台詞のどこが狂人なんですか?」
「あん? ふむ……椎名、現実で想像してみ?」
「え、現実で……ですか?」
「ああ、この台詞を現実に置き換えてみろ。久しぶりに再会してすぐ何日何時間ぶりとか分単位でひけらかしてくるんだぞ? この隠す気すらない思いの強さ超重量級の奴が狂人じゃなくてなんなんだ? せめてもの配慮で、年単位を口にする狂人レベルにしなかっただけマシだと思ってほしい」
「……たしかにそうですね」
「…………そういうものなのか。恐ろしいな」
これには椎名だけでなく復活した清隆まで同意してくれた。
この台詞はガン○ムWのぶっ飛んだ某ヒロインと、ガチの狂人だった佐倉のストーカーの書き込みからの引用なのでリアリティも抜群なのだ。
当然、心の傷を無闇に触るのはNGだから、混ぜてかなり改変しているが……見たところ佐倉はこれには反応してないな。大丈夫そうで何よりである。
一通り説明し終わると、僕は微妙にざわついたままの周囲を置いてゲーム開発に戻り……清隆との話も今日のところは諦めることにした。
佐倉が最初に来た時に、一応清隆を同僚に引き込んでいいかと、その為に佐倉のアイドル業を話していいかの許可は取れていたのだ。だから、できれば佐倉にも同席してもらって共通説明はしておきたかったのだが、まだ旅行中だし焦ることもないだろうと思い直した。
うん。学校への対策をした結果、佐倉…雫のフォロワー数と稼ぎ出した額がとんでもない事になってるのと、綾小路の父ちゃん関連の説明はそれぞれ後回しにしよう。
これは船に戻って確認した時に目を疑った進捗のせいだ。
青娥さん、鬼龍院先輩・高円寺の両親、松雄の相乗効果は、3者(4者?)が連携も取れてないのに短期間で凄まじい事になっている。清隆はともかく、佐倉がこの現状を知ったら腰を抜かすかもしれない。
でも一応そんな状態にした仕掛け人なのに、金持ちってすげぇんだな。そんな陳腐な感想しか浮かばないあたり、僕の器はしれたものなのだろう。
だから早く松雄に正式な社長の座を押し付け……任せたいものである。
60歳くらいの松雄にはキツい舵取りになるかもしれないが、僕みたいな若造が上でのさばってるよりは充実するはずだ。学校制度の変更に加え、言ってきた松雄の要望だけ最低限通したら社長を退く提案するので、それまで僕の部下であることは我慢してほしい。