入学から3日目。
今日、4月6日は土曜ということもあり、学校は休みである。
本来なら昼まで寝て、昼からは日向ぼっこに出かけ、気が向いたらスケッチしたり昼寝したりして過ごすのだが、バイトの手続きがあるのでそうもいかない。ただやることはほぼ決まっている上に、そう時間もかからないとは言われている。
入学から忙しく動いている時が多かったので、佐倉と合流したらさっさと用事を済ませて公園のベンチとかでボーっと過ごそうと思う。
僕の提出書類の自分の記入欄ももう埋めてあるので、あとは雇い主である青娥さんに記入してもらい判子を押してもらうだけだ。仕事や給料、他諸条件も昨日話して納得している。
佐倉は初めてのバイトだと浮かれながらも客商売に不安そうでもあったが、おそらく彼女の心配はほとんど杞憂に終わるだろう。
なにせ喫茶店なのに客が来るとは思えない客入り具合なのだ。昼過ぎから宵まで、僕と佐倉、青娥さんの三人で宴会してても誰も訪ねてこなかった時点で普段の閑古鳥が窺える。普通ならむしろ潰れてしまう心配をするのが妥当なんだろうが、あの青娥さんが困窮している姿が想像できない。
別の本業の収入源があるとか、元々金持ちの道楽とか予想はできるが、つかみどころのない部分は昨日色々みたので青娥さんに聞いてもはぐらかされるだけだろう。
「ちわっす」
「お、おはよう」
青娥さんとの約束では昼食を食べながら形だけの面接をとのことだったので、昼前に学校の事務所側のホールで佐倉と合流して佐倉の分の書類を入手した。
またしても引っ込み思案が発症していたのか12時ちょい前だというのに朝の挨拶だったり、事務員を呼ぶ事が出来なくて代わりに僕が呼んだり、記入箇所の疑問点を教えたりといった一幕はあったもののおおむね問題なく予定を消化していき、今僕たちは青娥さんの待つ喫茶店へ向かっている。
「左京君はバイト経験あったりするの?」
「ないな。だけど元々高校にきたらやろうと思ってたことの一つだったから、一応の下調べだけはしてた」
道中で佐倉に聞かれたのでこう答えたが、下調べなど勿論していない。
僕の内心を読めるものがいたら嘘・誤魔化しと取られるだろうが、『今』のみに限定すれば確かに経験していないから誤魔化しではあっても嘘ではない。ただ前の人生での経験や知識を使うことを躊躇わないだけだ。所詮、僕は貯金を使って少しの楽をしている凡人に過ぎないのだから、楽ができるところではとことん楽をしていきたい。
「そっか。すごいね」
「あー? すごい?」
「うん。やりたい事をはっきり言葉にできて、実行できるってすごいよ」
「そういうもんかねぇ。逆にやりたくないことは最後までやらないから、帳尻はあってるんじゃね?」
「ふふ、わたしはわかりやすくていいと思うよ」
「あ! 一応釘刺しとくと単純ってわけじゃないからな……たぶん」
「うふふ。自分で言って自信なくしてる」
「うっさいわ」
佐倉は事務所ではおどおどしてたくせに、人が少なくなったとたんにまた浮かれてるっぽい雰囲気に戻っていた。
コイツ、実は内弁慶だな。と、出会って二日目にして確信した。
喫茶・芳香に到着すると、昨日は余裕がなくて気づいていなかったが、いい味を出している建物や植物が昨日と同じように僕らに静かな顔を見せている。それらに風情を感じながら通り過ぎ、教えられていたベルを鳴らすと、すぐに青娥さんが迎えて入れくれて、食事のいいにおいが流れてきた。
「左京さん、佐倉さん。いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」
今日の青娥さんエプロンをしていることもあって、昨日より人妻風味が強くて一瞬入るのを躊躇ってしまったが、雇い主になる人にそれではこれから疲れそうなので何とか頭から変になりそうな考えを追い出す。
こういう時に人妻・N○R属性があれば喜べたのかもしれないが、個人的にあれともう二つは何度生まれ直しても理解できない属性だと思う。
「青娥さん、今日はお招きありがとうございます。それと面接よろしくお願いします」
変なことを考えてしまったのを気取られているかは不明だが、僕は用意していた台詞で最低限は礼儀を示す。佐倉も心の準備はしてあったのか静かにお辞儀していた。
「ええ。久しぶりのお客様でもあるから腕を振るったの。まずは料理を楽しんでくださいまし」
そんな感じで始まった食事会は、昨日の宴会とは違って穏やかに過ぎていった。
料理はどれもおいしく、僕も佐倉も語彙力を失くしておいしいとしか言わなかったとか、食後に持ってきたお茶を青娥さんと佐倉に淹れてみたりとか、佐倉がカメラで三人の写真を撮ってみたりとか。それらに誰よりも青娥さんが喜んでいる風だったのが個人的には少し意外だったが、僕も佐倉も楽しめたのでWINWINで有意義な時間だった。
面接では、書類の不備を軽くチェックした青娥さんが直ぐに店側の欄を埋めて判子を押してくれたので、変に緊張感が高まらなくて僕はともかく佐倉にはありがたかっただろう。
仕事内容は、大方予想通り料理・掃除や庭の世話、変り種では大工仕事やパソコン関係で青娥さんが出来ないことやわからないことを教えるなどで、あとの時間は好きにしていてよいとのこと。
しかしやはり接客はないんだと悟る結果となった。
ただ待遇面は破格で、月に13日出勤で勤務時間は16~21時の間4時間。月給は10日支給の10万固定で、時給換算すると約1900PP。体調不良・学校行事などでこれなくなる場合は要連絡。
相当な好待遇で、いまだ青娥さんの“恩”パレードはとどまるところを知らないようだ。
やるべきことは終わったので、今日のところは帰っても少し休んでいっても、またお話ししていってもいいと青娥さんに言われた。なので僕は佐倉を待つ間、気になっていた広場で日向ぼっこすることにする。佐倉はフィルム写真を現像できる暗室にできそうな部屋があるそうで、そちらを見たり必要な物をリストアップしたりしてここで現像するために張り切っていた。
ちなみに佐倉が買っていたカメラはデジタルなのだが、喫茶・芳香にもフィルムカメラがあり先ほど撮影したのはこちらだった為に現像が必要になったのだ。
一応僕にも現像の知識はあったのだが、佐倉が張り切って調べたりしていたのを見て手を出すのは無粋と感じ、こうして日向ぼっこに精を出している。あくまで、邪魔をしないためであり丸投げしたとかそういうことではない。
そういう理由で、僕が何も考えずにボーっと座っていると足音が聞こえた。
「こちらでしたのね」
「青娥さん?」
「少々、左京さんにお聞きしておきたいことがあるのですが、お隣よろしいですか?」
「はぁ、勿論ですが」
小春日和にボーっとしていた為、気の抜けた返事になってしまった。
急いで意識を切り替え、隣に座った青娥さんの方を向く。
「単刀直入に聞きます。左京さん、仙人になる気はありませんか?」
「は?」
「仙人となれば、不死でこそありませんが不老となり、絶大な力を得ることも可能です。竜の血や人魚の肝などを食べればある程度の修行をスキップすることもできるでしょう。わたくしの弟子となって共に歩みませんか?」
「……」
「左京さんは、わたくしが佐倉さんにしようとしていたことに昨日には勘付いていましたわね。いくつかの術に関しても。
今日の面接も左京さんが佐倉さんに話してしまえば、あるいはなかったかもしれない。わたくしは、むしろその可能性の方が高いと考えておりました。
……だから今日お二人が来て本当に嬉しかったのです」
まぁ考えてみれば、お化けや神様がいるくらいだし仙人だっていてもおかしくはない気はする。もし僕がそんな超常の力を手に入れる事ができたら、今の自分よりもどれほど人生楽しくなるのだろうか。
「佐倉さんでは素質はともかく器が足りていないので難しいですが、わたくしの術を見破ることができる左京さんには可能でしょう。
一度きりの人生、力を持つ者になってみませんか?」
「……それで」
「決心がつきましたか? では、すぐできる事はまず肝と血を体内に取り入れ」
「あ、いやそうではなくて」
なにか勘違いさせてしまったようなので、失礼ながら言葉を遮らせてもらった。
「なんでしょう」
「力を持つことができた僕はともかくとして。
……その、青娥さんのメリットは?」
「長い時を共に生きることができる、ではいけませんか?」
「いえ、いけないというより……その、それって嘘、ですよね?」
「あら」
そういってしまうと、青娥さんは得たいの知れない笑みを深めた。
もしも僕が青娥さん以外の超常的存在を知らなければ、前の人生経験がなければ、騙されたり受け入れたりしていたかもしれない。
でも僕は知っている。デメリットを隠した提案に、都合のいいだけの話に乗るとしっぺ返しがくることを……よく知っているのだ。
青娥さんは一見穏やかだし優しくておまけに美人だ。でも享楽的な面も見え隠れしているのを僕は感じている。
青娥さんとの雇用契約はその享楽的な面の一例でもあるだろう。契約とはいってもいつ切られるかわからない。楽しくない、興味を失った。こんな理由で見限られても驚かない印象を僕は青娥さんに既に持ってしまっているのだ。
断っておくと、それが悪いとか嫌いだといっているわけじゃない。もしそう思っているなら、雇用契約はともかく、親しく接したり楽しい時間を過ごしたりはできない。
まだ出会って僅かだが、青娥さんが見せた様々な顔は良くも悪くも執着しすぎないような『人』に見えていた。僕自身も少なからずそういった面はあると自覚しているので、なんとなく居心地がいいのだろうと思う。
それに―――。
「……なにがおかしいのですか?」
僕はいつの間にか笑っていたのか、青娥さんが心なしか真顔風味で僕を見ていた。
「不老。力。あるいは何らかの超常の知識。僕は何がどれだけ手に入るとしても、枠外にあるチートやルール違反を使うのは好みじゃないだけなんです」
「それは信じていないからではありませんか? 左京さん自身の事も含めて」
「確かに僕は『それ』を手に入れた自分を信じられないです。だけど、今の好みや心配を無視して無理に信じたりする要領の良さや度胸は僕にはない。僕は凡人なんです。
だったら最初から信じられなくていいと僕は思ってます。」
「……」
青娥さんはしばらく目を大きくしてこちらを見ていたが、やがて天を仰いで諦めと呆れが含まれたため息を漏らした。
「はぁ。無理でしたか。まさかこんな人間とは思ってもみませんでしたわ。同じことを繰り返す毎日やストレスがたまる生活。退屈に思っていたんじゃありませんこと? 左京さんはわたくしの同類だとみていたのですけど」
「話してた限りで思ったんですけど、たぶんルールの違いなんじゃないですかね」
「ルール?」
「はい。ある程度共通のルールの中で残機0の舞台は日本。目的は決まってないけど、色々遊んだり条件や範囲を限定したりして楽しいかどうかを競う人生という娯楽。だから残機無限アップの不老チートや超常の力を使ったルール違反を、僕の好みのスタイルじゃないから断った。僕はそんなに深く考える質でもないし、たぶん短くまとめたらこんな程度の事だと思いますよ」
elonaの影響か少しゲーム臭のする例えになってしまったが、自己分析する限りでは本当にこんな感じに考えて、ただ2度目の人生を謳歌しようとしているだけだろう。
「まぁ実際には一度生まれ直しているから残機1だったんで、今は人生ボーナスステージと思って気楽にやってるってとこですかね」
「あらあら。転生、というやつですか? 私も長く生きていますが同じ人間になって記憶まで残っている事例は初めて聞きました」
「ああそうでした。そういえばお化けとか見えるようになったのも、生まれ直してからで……」
「それに似た事例はあったりしますね。たとえば事故が原因で頭を……」
僕と青娥さんは僅かな間を挟んで、中途半端ではあるが今日の話はもう終わりという暗黙の了解でもあるかのように、無言のうちに話題を変えていた。最後の最後まで結論を出すのをお互いに避けた結果だろう。
その後は、佐倉が呼びにくるまで青娥さんと日向ぼっこをしながら取り留めのない話をしていただけだ。
青娥さんの事は、言うまでもなく完全な一件落着というわけではない。あえていうなら、一件不時着とでもいうべき状況に落ち着いたと見るのが良いかもしれない。お互いに佐倉の件をほとんど話さなかったのも、(青娥さんはわからないが)正直そこまでの義理や必要性を感じていなかったというのもあるが……ぶっちゃけていえば、無理に決着しなくてもいいだろ的な面倒事を適当に避ける癖が発動しただけである。
まぁ、とりあえず他事はおいといて、今日の僕にとって重要な事は一つ。
祝バイト確定!
それだけである。
青娥はこれからあまり登場しない予定なので、本編では明かされない人物と裏話を少し。
霍 青娥(かく せいが)
東方原作では、東方神霊廟の4ボス。今作では喫茶・芳香のオーナー。
実はこの喫茶店は仙界の一種で、手順を踏まないと人払いの結界に阻まれて入れない。
青娥は基本的には他人に関心がないのだが、前述の結界を突き破って現れて自分の領域で掛け合いを繰り広げていた左京と佐倉に興味を抱き、客の来ない喫茶店に雇い入れた、ということになっている。
実際のところは青娥も左京も薄らとしか気づいていないが、見られている状況を打破しようとしていた左京が無意識に元凶の青娥のもとまで向かい暇つぶし程度の軽い邪心を挫いた事で、左京自身の問題だけは解決したのが今回の真相だったりする。
ちなみにキョンシーの宮古芳香は幻想郷外では基本活動できないので、奥の大型冷蔵庫で眠っている。青娥にも大半の術は使えない制約があり、道具はあれど壁抜けも気軽には使えない。事実上この青娥は、能力だけで見ればただ長寿でちょっとした術と結界を貼れるだけの仙人。ただし彼女の真価は性質と悪知恵にある為、気に入られるとメリットとデメリットが気まぐれに降ってくるようになる。
余談だが、元々は左京が占ってもらっていた青の道のメインキャラだったりもする。