僕の問いかけに最初に前向きな返答をくれたのは、2番手だと予想していた龍園だった。やはり本命は上手く動けないと見ていいだろう。
「……ククッ。いいぜ? 今回はてめぇにノセられてやる。一之瀬とは無関係に、牛グループは指名しないよう言っといてやるさ。ひより。お前が見張っておけ」
「はぁ。それは構いませんが、よろしいのですか?」
「念を押さなくとも要点はわかってんだろ。その価値はある」
「どちらになっても私達の利点はある、ですか。そうですね。私でどうにかできることなら、そこは抑えることにします」
「ああ、それだけでいい。左京を潰すのは『次』だ」
「…………そういうのマジでやめてくれよ。乗ってくれた礼は言うけど、イジメ良くない。絶対」
この背筋が凍るような脅しとも犯行予告とも取れるモノが返ってくると想定していたから、本命には動いてほしかったがしかたない。椎名が居てくれただけマシと思っておこう。
「クックック。言ってろよ。
で、てめぇはどうするんだ葛城」
「冷静に考えてみれば、左京の案にはうちに損害を与える要素がない。それどころかクラス全体としてみれば、利益があるだけだ。それなら互いに利益がある話を俺が断る理由はない」
「……っ」
「つまり?」
「いまだにお前は…龍園は信用できないが、左京のグループだけの話なら俺も乗ろう。尤もAクラスの『不確定要素』を考慮に入れるなら、俺の方を信用できないかもしれないが」
「なに言ってんだよ葛城。クラスはともかく、お前ほど信用を得た奴はそういないだろ。つーか龍園と違って、これまでの所業から葛城が裏切りとかするわけないじゃん。万が一あっても本意じゃないだろうから、お前か戸塚に借りてるものを使ったとでも思っとけ」
「左京……」
正直、僕の考える最もありえない可能性の裏切りは葛城・戸塚だ。あり得たとしても、ほぼ確実に他者の思惑が絡む。彼らの場合、頭の出来がどうこうというより、裏切ることや出し抜くことに向いてなさすぎるのだ。
「おいおい。俺は裏切るとでも?」
「理由があればな。でも龍園は意味もなく、次を失くすような馬鹿な裏切りはしないだろ。だからやるとしたら―――まぁこれは言わない方がいいか。無粋だしな」
反対に、理由ができればほぼ確実に裏切ると思われる龍園だが、こちらも龍園の無人島での戦略から大体の方向性は読める。そこから大きく逸れない限り、今の時点で裏切る意味は薄い。また椎名のやる気次第で強弱は変化するとはいえ、平和主義の彼女の口添えも期待できるはずだ。
それでも理由ができるとすれば、状況の急変や誰かの暴走などなんらかのきっかけが発生した時だろう。
「橋本。お前に言う義理はないが」
「ははっ。みなまで言わなくていい。ここで協力しないなんて言えるわけないだろ。信用できないかもしれんが、姫様には俺から言っとくさ」
いくつか想定していると、葛城が橋本を疑わしそうに見ながら話していた。
しかし姫様? 作ってるゲームは知らないだろうし、愛里のこと……じゃないよな。話の流れから、最近何かと葛城達の話題に上る坂柳さんのことか? 理事長の娘らしいから、あだ名が姫様でも一応納得できるかな。
葛城の態度が橋本に敵対的なのは、橋本が対抗派閥とやらの奴だったからのようだ。……うわぁ、めんどくせぇ~。
「ただ―――左京」
「ん、僕?」
「やり方ならいくらでもあるって覚えておけよ」
「橋本!」
そう言うなら、上手くやれよ橋本。意図が透けている脅しなんて、葛城の反発を買うだけで草も生えない。それが目的なんだろうけども。でも、やるならもっと清隆や高円寺を見習え、と言いたい。
「一応、Aは指名しないでとは言ったけど、別に強制でもないからやりたきゃやれば? あんまりお勧めはしないけど、僕は報復とかもしないしご自由にどうぞ」
「……それは貰えるはずのポイントを貰えなかった奴の恨みを買うってことか?」
「いや? あ、でもそれもあるか。だけど僕が言いたいのは、龍園も葛城もあえて言及しなかった誰かが裏切った場合の事や、こうした学校で独走体制に入るリスクとかも考えとけよ、っていうアレ。あー。あと汚れ役もほどほどにな。自分の意思じゃないなら尚更だ」
「どういう意味だ……?」
「……」
「ハッ。親切なことだな」
「混ぜっ返すなよ龍園。試験はまだしも、リスクはあんま考えてる奴がなぁ」
「リスク…………あ~、クッソ。考えがマジでわかんねぇ! コイツ、どっか根本的な部分のネジが外れてるんじゃねぇの!?」
このように橋本が利益を度外視してでもなんとか話題を誘導しようとしている意図は読めるし、裏も透けているのである。ただ仮想単位でいうと、対峙した時の0.3清隆ほどの圧力しか感じない。僕でさえ逆用して混乱させることが容易いのだ。誰に……多分噂の坂柳さんだろうが、ただ意地悪で面倒なだけの手にしか見えないモノに踊らされそうになっている手駒候補、って感じなのかな。いらない世話かもだが、早期の脱却をお勧めしたい。面倒だし自分から望んでる可能性もあるから、これ以上言わないけども。
なんにせよ清隆から仕掛けられた誘導や嘘と比すれば、橋本には圧倒的なスペック差と経験値不足を感じる。
ん…あれ? いや、もしかしてこれは清隆達が規格外すぎるだけか? 東風谷や清隆と軽くやりあった時とかに知恵を絞りすぎて、僕の基準がおかしくなっている疑惑が浮上してきた。驕りの領域になると問題だし、少しずつでも調整しておいた方がいいかもしれない。僕自身のスペックを勘違いしてはいけないのだ。
ただ基本スペックは置いても、社会人経験を総動員してギリギリ……なんて高校生はそうはいないと信じたいが、四方に東風谷、清隆、高円寺、鬼龍院先輩などに多少でも対抗するには……って、結構いるじゃん!? なんなら生徒会のトップ二人も入ってくるし、次点クラスも僕よりは格上であることが多い。更には知らない奴も当然存在するだろう。
ますます慢心している場合ではないな。凡人がそうなれば良いカモ以外の何物でもない。なにより調子に乗った僕は世界で一番嫌いな部類の人種だ。何事も程々に抑えておかなくては。
となると、橋本のこれにも偽装工作などの線を頭の隅に置いておくほうがいい。わかってて引き下がる手もあるし、これからも僕に関わってくるつもりだから、あえて思惑を透かしてみせた、という可能性もないわけじゃない。葛城達に対抗している奴らだ。油断はできない。あやうく橋本をそこそこ程度の奴と印象固定するところだった。
まぁともあれ、橋本のこれは実質降参(話し合いでわからないは降参と同義。異論は認める)ということでいいだろう。あとはDクラスだが、ここは言質とかが意味のある現状じゃなさそうだから、これからの行動で分岐するだろう。
「失敬な。僕ほど画一的な優等生はいないというのに、なんて事を言うんだ。お互い儲けられる提案だっただろうが?」
「貴方は二言目にはお金や儲けの事を言うのね。品性はお金では買えないわよ左京君」
僕の中では決着が付いたので、橋本の挑発をのらりくらりと躱しつつ、目で葛城を抑えつつ、どうやって幕を引くかと考えていると、今度は堀北さんに喧嘩を売られた。こちらは橋本より更にわかりやすい人でよかった。
「ハッ。浅い見解だな。人は金に余裕ができてこそ上品になるものだよ堀北さん。クラ○カと一緒に出直してきたまえ」
「ク○ピカ? 貴方は何を言ってるの?」
「ブフォッ! そんな返し、初めて聞いたぜ。どっから出てくるんだよその発想」
「当然といやぁ当然だったが、やはりコイツじゃねぇな。ククッ。だが敵とさえ見られず、口だけで格下だと証明されるなんてなかなか面白れぇ見世物だったぜ。どんな気持ちだ? 『堀北』」
「……どうしてそうなるのかしら。左京君はわけのわからないことを言って、話を煙に巻いただけじゃない。格下の証明なんてされてもいないのだけれど」
まぁどっちも正論だよな。
けど、さっきの橋本もそうだったけど、言い合いでは勝利条件は場合によって変わっても、無条件の負けは話がわからない方って事になりがちだ。双方の知識や得意分野を把握して同レベル以上で言い返せないと、僕や龍園みたいなタイプからはこう見られる。
要は彼女は思考も言葉もマトモすぎるってことだ。格下かは判断が分かれるが、龍園は堀北さんを見切り始めているのだろう。
多分堀北さんは、兄の会長に似てIQの内訳が偏っているタイプなのだと思う。どっちも知的な雰囲気はあるが、交渉能力を求めるEQは低めと見た。
本来、EQが高い人は相手の考えを想像するプロファイリング能力も高いのでIQも高いはず。逆もまた然りだけど、人には得意不得意があるので偏ってしまうのはあり得ることなのだ。
ちなみに、IQの内訳は学習能力、理解能力、概念形成能力、情報処理能力、論理・理性適用能力のレベル。こうして並べると、なんとなくIQとEQはリンクしている事がわかると思う。
ところで唐突な余談なのだが、現代で学力が高いのは平均よりも少しIQが高めな奴らだ。本当にIQが高い能力の奴は、うちの学校含めた現代のほぼ全ての学校システムでは厄介者扱いされて排除される。これは二度の中学時代で実例をいくつかこの目でも確認しているので、以前に挙げた例外を除いて間違いない。
そしてリンクしているが故に、EQでもそれは似た事情となる。人付き合いの幅が広いのは、本当はEQが平均より少し上で、感受性が鈍感だからこそ気にもしないということ、というようにも解釈できるのだ。
つまり真にEQの高い奴は、他人の悪意をまともに浴びてしまって、心が疲れ切ることになってしまう。よほどの目的か桁外れの忍耐力がなければそうなるはずなのだが、僕の友達には一人、それを承認欲求を満たす事でかろうじて乗り切っている人物がいた。
「だよね! 堀北さんのことはともかく、私も左京君と知り合ってからずっとわけわからないって思ってたよ!」
そう。ここにきて突如として乱入してきた櫛田こそがその実例で、本来は本命の交渉相手と想定していた奴である。
「え、あの、櫛田…さ、ん?」
「櫛田さん?」
「だからってわけじゃないけど、左京君にはまず一言言いたいことがあるんだよねっ」
ただいかにEQ・交渉能力が高い櫛田でも、心が疲弊し続けている状態で、理解のある仲間もほぼいないのでは半分もその能力を活かせない―――と、思っていた。
櫛田は何のつもりか満面の笑みを浮かべながら、橋本や掘北さんが発した降参の言葉に力強く同意して僕に向かってきた。そのまま戸惑っている平田や掘北さんにも返事せず、にこやか~な顔のまま僕の近くまで来ると、耳元でボソッと一言。
「邪悪」
……
…………
……………………
「ひ、ひぃいいいっ! 何故その言葉を僕に!? 気づかれ…いや、知られている? どうして? どこから漏れた?」
「ふふっ。さて、どこでしょう?」
その油断は僕への奇襲となって襲いかかってきた。交渉のカードと関係ない部分で。
だから手ぐすねを引いて必殺の一撃を狙っていたその一言は、僕の背筋を凍らせたのだ。一気に恐慌状態一歩手前である。
勿論、いまだに櫛田の笑顔からは全く怒りの気配を感じない。彼女の外面は強固な笑みの形で内側を覗かせない。しかし性格的に東風谷とのアレが知られているなら、怒っていないとも思えない。
隣を見ても、部屋内で今のが聞こえていただろう左の一之瀬(こっちは櫛田と反対側だし、微妙に聞こえてないか?)はともかく右の愛里が怯えているし、恐怖を感じる邪悪な笑顔なのは間違いない……はず。
なにより櫛田がこの場で乱入する必要性はないのにどうして……? 櫛田の性格を考えても、この行動はリスクしか生まないとわかるだろうに。
いや、こういう場合での謎の行動は、困惑よりも恐怖を増大させる。まさかそれを承知で、僕に何かを仕掛けるつもりか?
真相を探るべく恐る恐る櫛田さんを見る―――が、その輝くご尊顔に浮かぶ笑みは相変わらずお美しい。うん。僕が白雪姫に出てくる鏡ならば、世界で一番美しいのは櫛田様と答えてもいい。
だから、ね? 背景に見える黒っぽいオーラを収めようじゃないか。美しさが損なわれてしまう。それは世界の損失である。ご機嫌麗しゅくならないともったいないぞ☆
とかいっそご機嫌取りしたいのに、恐怖で頭は回っても口が回らない。何故だ? なんだかんだで、さっきまでの僕は有能ムーブ的なモノで場を支配していたはず。それがどうしてこうなった。てか、ご機嫌麗しゅくならないとってどんな日本語だよ!? ☆とかふざけてんの僕の脳内!?
「左京君」
「ひゃ、ひゃいっ! なんでございましょうか!?」
「にゃはっ♪ なにそれー♡ なんで私相手にそんなに固くなってるのー♡ まるで、ざぁーこ♡ みたいだよっ♡」
「いえ、そのようなことがあろうはずも…ござい、ません」
空回りする頭に加え、恐慌中の突然のソレには対応できず、僕はどこかの政治家のような返しをしてしまった。
考えなしに感情で動いているのでなければ、東風谷にも匹敵する読めなさ。本当に、今日の櫛田様は一味違う。
「私が今日ここに来たのはね。試験とか関係なくてね。久しぶりに左京君とお話がしたいなー、って思ったからなんだけどー」
「ははぁーー! 全て櫛田様の仰せのままに!」
「あはは♡ 左京君おもしろ~い♡ じゃあ今日……は一之瀬さん達の用事がありそうだから、明日以降に連絡するねっ!」
「はっ! 連絡、お待ちしております!」
反撃手段を思いつかない今は、ひたすら下手に出るのが無難だろう。
うぅ。それにしても、さっきまでビシッと決まったと思ってたのに、今では櫛田以外、呆気にとられた表情でこちらを見ている。そんな目で僕を見ないで。あと逃げ遅れていた愛里と椎名、ついでに一之瀬はうんうん頷かないで。そうされると、毎回こんな感じみたいじゃないか……思い返すと結構な頻度でこんな感じにもなってたわ。
「あと左京君は知らないかもしれないから、一応言っとくけど」
「…………ぉぐぅ」
まだなんかあったのか。
話が終わったと思って考え事に逃避してたから、思わずカエルが潰れた時のような声が出てしまった。
でもこれで彼女がこの場でしたい話は最後なのだろう。珍しく周囲の空気を気にせず再度僕に近づいてくると、念を押すかのような口調でトドメを放ってきた。
「―――私からは逃げられないよ」
「……」
もはや僕からは言葉も出なかった。蛇に睨まれたカエルの気持ちを現在進行系で味わっていた。
どうやらラスボスは清隆じゃなくて、櫛田だったようだ。
某大魔王の台詞を使いこなして退出していく櫛田にはそれだけの風格がある。
この学校で僕に恐怖を感じさせた生徒ランキングでは、紛れもなく―――櫛田がNo.1だ。
それでも、かろうじて収穫と言えるモノがあっただけ不幸中の幸いと言っていいかもしれない。忘れていたもう一つの不確定要素さえなかったら、だったが……。
一応、櫛田について補足しておくと、
―――私(の情報網)からは逃げられないよ。
ってことです。
あと橋本はこういう接触だと本領を発揮できないと考えたので、最初は左京に低めに評価されていたり。