ようキャ   作:麿は星

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73、演技

 

 1回目のディスカッションが終わり、だいたい1時間ほど経った。

 ディスカッション後には各クラスのリーダー達が押し寄せてきて問答が始まり、最後には櫛田が全てを持っていき有耶無耶になってフィナーレ。それが終わったかと思えば、僕は櫛田ショックから我に返った一之瀬と神崎に両側を固められて連行された。

 さっきまでの話し合いで一之瀬や神崎が後半ほぼ発言しなかったのは、ディスカッション後に僕を拘束する事に重点を置いていたからかもしれない。

 でもあの面子とあの場で話すまでもなく、僕の発言が今回のBクラスの方針にある程度沿っていた……とかだったらいいなぁ。望み薄だけども。

 

 連行される時、何気に最後まで残ってくれていた愛里や椎名も、他のみんなも呆気に取られてて助け舟は出してくれない。挙げ句、話があるとか言ってわざわざ来訪したというのに、葛城もまたの機会を楽しみにしているとか言い出して結局帰ってしまった。龍園や橋本、掘北さん、平田もそれぞれで微妙に態度は違えど普通に僕を見捨てて帰った。薄情な者達である。

 

 まぁ、これで勝手に牽制し合って、牛グループの奴らに結果1を目指してくれるようには言ってくれるなら上々の成果という事にもできる。少なくとも、それがDクラス以外にとって最も得な結果だと一定の理解はされたはずだから打つ手は限られてくるだろう。

 この上で僕が指名されたら候補が相当絞られるから、そんな奴が出ないことを願いたいものだ。……個人的には、出てくれてもいいけども。むしろ出てきてほしいとすら思うけども。

 

 

 

 そして現在。

 僕は場所を変えながら、クラスメイトが多く集まるレストランでクラスの色んな奴からヤーヤー言われ、それを聞き流し続けていた。今は一之瀬が僕にほうれんそうの重要性をキツく説いていて、当然のようにわかった風を装い神妙に頷いている。

 連続で起こる喫緊の問題に、内心頭を抱えながら。

 

「わかった?」

「そんなの10くらいは承知だ」

「あ、これはあんまりわかってないでしょ。百も承知のうちの十ってことだよね? ほとんどわかってないじゃないの」

「……ぐっ。僕をわかってきてるな」

 

 そのせいで集中できない理由もあって、また正直に内心を吐露してしまい誤魔化せない。度重なるイベントによる精神的疲労で、頭のキレが鈍っているのを隠せなくなっているのもある。

 それでも僕の口八丁を見破るとは、一之瀬もまた僕を追い越していった者の一人になったのだろう。こういう変人には、僕のような常識的感性では計り知れない成長速度があるのかもしれない。

 というか、一之瀬がまたどこかおかしくなっている。それがどこの部分かは明白なのだが、僕からは指摘しにくい事情をも一之瀬は作り出していた。これを自覚した上でデバフ込みでやっているなら、なかなかの策士である。

 いや、待て。こうして何度も見破られ、封じ込められるということは、つまり一之瀬は最初から僕の遥か上にいた?

 そう脳内で思い込んで次に打つ手を編み出す。

 

「ふっ。一之瀬、免許皆伝だ。もう僕などに構う必要はない。やっちゃったことは仕方ないし、これからは気をつけることを約束しよう。

 だからな? いい加減、手を離そう?」

「大丈夫だよ左京君。妹が小さい頃には毎日繋いでたし、これは小さい子が迷子にならない防止だからね」

 

 しかし乗り越えられた後方師匠面する策はまたも失敗に終わった。更に勇気を出して、やんわりデバフの根源を指摘しても梨のつぶて。菩薩の如き悟りきった笑顔で僕を子供扱いしてくる。

 そう。現在の喫緊の問題とは、小さな子にするように一之瀬が僕の手を握り続けている事なのだが、こうなった理由は勿論不明だ。また柔らかな手の感触のせいで思考がまとまらなくて、内心が垂れ流し状態&失敗続きになっている。ボケとスルーを駆使する一之瀬に対し、せめてもの悪足掻きでツッコミに回るしかできない。

 東風谷といい、櫛田といい、なんでこうも面倒を起こす奴が次々と湧いてくるのだろう。

 

「なに言い出したのこのとぼけた美少女は!? 僕は妹どころか男で同級生の他人なんだけど!?」

「び、美少女……ま、まあまあ。この試験の間だけだから。私の妹になったつもりで」

「そこはせめて弟だろ! いや弟でもないけども!? てか、なんで一之瀬は時々突拍子もない面が顔を出してくるんだよ!?」

「そんなに変かなぁ。左京君が行方不明にならない対策なんだけど……」

「変以外のナニモノでもないわ! さっさと手を離せ! このポンコツ委員長!」

「お姉ちゃんをそんな風に言うなんてひどいなぁ」

「ああああっ! 話が通じねぇ!? お客様の中に通訳の方はいらっしゃいませんかー!?」

「それは毎回こっちの台詞なんだよ左京君」

 

 話し合いと櫛田ショックの後、気が抜けたような雰囲気で次々と解散しようとしている中、愛里と椎名に癒されようとしていたら、一之瀬が奇妙な勢いを発揮して僕の手を繋いできた。そのせいで再度呆気にとられた皆の隙を突かれて、レストランの大部屋まで連行されたのである。

 おかげでそれから緊張&混乱しっぱなしで仕方ないし、一之瀬と話に来るクラスメイト達もクラスの象徴に拘束されている僕を変な目で見てくる。非常に居心地が悪い。

 普段は抑えている精神のストッパーが外れ気味だから、結構怒られそうな言葉選びをしているというのにほぼスルーされるなど、平常のチョロい一之瀬ではありえない。もっと感情的になってくれれば、誘導する選択肢もできるのだが……。

 なんとか普段のチョロ之瀬に戻す方法はないものか。

 

「まぁなんだな……夢月が一之瀬に迷惑と心配をかけすぎた自業自得だな。一之瀬が安心できるようになるまで、役得と思って楽しんどけ」

「役得なら役得らしくパフパフの一つでも……あっ!」

 

 四方の他人事みたいに投げやりな言葉と返しで、また一つ思いついた。

 そうだ。勇気を振り絞る事になるしリスクはあるが、これをやれば一之瀬は僕から離れるに違いない。

 僕は電飾が光る天井を見上げ、独り言で気合を入れ直すと魔法の呪文を諳んじた。電灯は意外と眩しかった。

 

「っしゃあ! やってやる。やってやるぞ!」

「ど、どうした夢月?」

「……ぐ、ぐへへ? 一之瀬……ね、姉ちゃん。おおお俺様と手を繋ぎたいなら、亀仙人のごとき要求をされるって覚悟の上だろうな? パ、パイパイを…その、つつツツかせろ。あるいはパ、パフパフだ。パフパフを要求するぞ? どちらも嫌だろ? 嫌に違いない! ゲ、ゲースゲスゲス???」

「左京君。なにその……笑い?」

 

 うおおあああっ! それでも死ぬほど恥ずかしい! 一之瀬どころか誰の反応も見れないほど恥ずかしい! 僕、何やってんだと人生を振り返りたくなるくらいに!

 

 本当は繋がれてない方の手をワキワキさせつつ、更にセクハラ言葉を重ねるつもりだったが僕には無理だ。すでに臨界点を突破して頭が沸騰しつつある。

 でもこれで僕は、クラスの嫌われ者にランクダウンすることができる。なんといっても、公衆の面前でクラスの中心にセクハラをかましてやったのだ。今のところ思ったよりも周囲の反応は薄いが、一之瀬シンパまでいる中での暴挙には批難轟々だろう。

 できるならこの手は使いたくなかったが仕方ない。ただ、この後は逃げ道になる言葉を用意すれば、ミッションコンプリートにできるはずだ。ここまでやってしまった以上、軌道修正はできても退くことはできぬ。続く言葉は真逆だけども。

 

「だが僕は退くし、媚びるし、顧みる。手を離せば要求を取り下げ、謝罪もしよう。行動を起こすなら今のうちだぞ一之瀬」

「左京君。そのざっこいサウザー様はやめて? イメージ崩れちゃう」

「そこじゃない! 手を離さないとパフパフを要求するって言ってんだから、ここは嫌悪感たっぷりに僕から離れる場面だろう!?」

「? さっきからなに言ってるの?」

「ま、まさか……パフパフが何かわからない…のか?」

 

 絶望だ。

 僕の圧倒的絶望はボケと無知の形をしていた。このギャグみたいなセクハラ言葉を知らないとなると、直接的な表現をするしかない。更にゲスっぽくした上でだ。

 果たして僕にできるだろうか。いや、やるしかないのだ。

 

「……てか、一之瀬って北斗の拳は知ってんのかよ」

「当然。中学の時に行ってた美容院に置いてあったから、待ち時間で全部読破したよ」

「マジかよ。女社会どうなってんだ」

 

 それにしても、おかしい。

 通じなかったとはいえ、勇気を出してこれほどゲスっぽく振る舞ったのに、柴田と話す一之瀬の声音には変化がない。いくら一之瀬でも「きも」とか「近寄らないで」とか「童貞乙w」とか罵倒を繰り出して……は性格的に流石にこないか? でも近い表現の異論反論はあってしかるべしだと想定して心構えしていたのだが、まさかここでボケスルーとは……。恥ずかしすぎて顔が見れていないのでどこまで効果があったかも微妙だが、声にはそのような気配が感じられない。

 

 てか、なにさり気なくセクハラ耐性を身に付けてんだよ。無人島から僅か数日で彼氏とかから仕込まれたのか?

 誰だよ、余計なことしたの。そのせいで今の僕が苦労してるのがわかってるのか。その彼氏とやらか、あるいは良からぬことを吹き込んだ奴が推測通りに存在するなら、意趣返し程度の仕返しはしてやろうと僕は決意した。

 とりあえず後で僕に対し「おうおう。俺の女になにしてくれてんだ」みたいに美人局してくる奴が一之瀬の彼氏候補最有力だな。

 ふん。もし来たら、返り討ちにしてくれる。だって彼女持ちにだけは負けたくない。僕が他事ありすぎて作ろうとすら思えないのに、一之瀬みたいな彼女を作ってるリア充など羨ましすぎる。

 そんな奴に僕はぜってぇ負けねぇ!

 

 いやいや。そんなことはどうでもいいことだった。問題は耐性関係なく、女子として怒るのが当然な言葉と態度をスルーしてきたことだ。

 一之瀬は当然として、ここに来ている女子連中や僕と同室の四方達からも責められる覚悟があったのに、そんな気配すらないのはどう考えてもおかしいのだ。摩訶不思議アドベンチャーなのだ。亀仙人だけに。脳内のノリツッコミがうるさすぎるわ。

 北斗の拳の話で盛り上がってきた奴らをよそに、内心でわちゃわちゃしながら疑問に思っていると、白波や網倉さんまで参戦してきた。

 

「情けないですね左京君。無理もありませんが、帆波ちゃんと手を繋いだだけで鼻の下を伸ばしちゃって。まぁ、妬まし…羨ましい……あー、とにかく情けないですよ」

「お前の目は節穴か!? 伸ばしてねぇわ! むしろ浄化される危機に戦々恐々してるよ!」

「というか左京君さあ。そういう台詞は帆波ちゃんの顔を見て言ってこそだと思うよ? 真っ赤になって上を見ながら言っても、無理して言ってる感がどうしてもね~」

「あんなアホな台詞を言うだけで恥ずかしいのに、顔なんか見れるわけないだろう!? つーか、手ぇ握られてる時点で一杯一杯だっての!」

「なるほどー。やっぱり左京君はこういうのも苦手、と。じゃあ手を繋ぐのは正解だったね」

 

 白波達にした僕の精一杯の反論にも、一之瀬からは確信を得たように頷く気配だけでやはり嫌悪感など負の感情が僕に向いている気がしない。

 耐性が付いて無敵か? いや前に精神ダメージを受けていた事例はあるし、短期間でヤりまくってたとしてもそうなるはずがない。ならば、伏せ札のあぶり出しとさらなる低みを目指して、よりパワーアップさせてトライアンドエラーである。僕は再度天井を見上げて考え抜いたセクハラを言い放つ。なぜ誰とも目を合わせないようにこうしたかというと当然───恥死するほど恥ずかしいからだ!

 

「正解じゃないから! ほ、ほら、えーと…僕が一之瀬をどっかに連れ込んでエロいことする心配とかあるだろ! 年頃なんだし、警戒心をもっと持て! 待ってろ。もう1回演技するから、見逃さずちゃんとドン引け!」

「ちゃんとドン引けって……」

「いくぞ! ぐへへ……いや、やっぱりこっちの方がより下劣っぽいか? よし!

 ゼ、ゼハハハッ! これ以上僕の手を繋ぎ続けるならお前の、一之瀬の……ちちち乳に顔をう、埋めてやるぞ! えぇ!?? おい!!! 吐き気を催すほど嫌だろう!??  ゼハ、ゼハハハハハッ!

―――離さねぇなら!!! パフパフ祭りはぁ!!! 終わらねぇ!!!」

 

 だが元ネタとはかけ離れてしまうものの、よりゲスさを際立たせる口調なら個人的にはこれが一番だと確信している。

 幸い、爆笑して緊迫?した雰囲気をぶち壊してきそうな東風谷がこの場にいないから、僕にできる限界までゲスく直接的にできた。というか居たら、東風谷を身代わりに誘導することもできたのになんで居ないんだ!? いらない恥をかいたじゃないか! あいつも問題を起こしたらしいとは聞いてるし、説教される対象だろうが!

……クソ。居ない奴はともかく、途中ちょっと声が震えてしまったが、この程度なら誤差だろう。

 更にはわかりやすくパフパフがなにかの解説も付け加えておいた。ここからだめ押しの警告を入れれば完璧である。

 

「天に見ろ! 地に聞け! このゲッスい笑い方と要望を! 僕の想像だが女子が身の危険を感じるだろう低俗な下劣さだぞ? つまり一之瀬が狙われてるんだ。クラスのみんなも早く僕から一之瀬を引き離さないととんでもない事態に発展を」

「いやー。それこそ自分で言うことじゃないだろ。演技って言っちゃってるし、夢月が黒○げというのは無理がある」

「うん。それに形だけ真似ても必死さが滲み出すぎてて、欠片もそういう事しそうな目をしてないよね」

「……残念ながら、私にも本当に実行しようという気が全然見えません。もっと真面目にやってください」

「ち、ちげーし!? やらないってよりやれねぇんだわ! でも万が一はあるって考えろよ!? 一之瀬の身の安全がかかってんだぞ!」

「万が一、とか……はぁ。無礼ではあっても、そうする気はないって言ってるようなものじゃないですか。そういうトコロですよ左京君」

 

 ぐぅ。一之瀬の狂信者の癖に味な真似を……! 白波なら白波らしく、冷静にダメ出しとかせず暴走でもしてろよ。見れないけど、気のせいか一之瀬から優しげな雰囲気と言葉まで漏れ出してきたじゃないか。

 

「左京君…………もう諦めよう? 迷子にならないって私が確信できたら開放してあげるから」

「一之瀬は一之瀬でいつまで言ってんだ!? だから迷子なんかなってないっつってんだろうが!」

 

 しかし何故だ。何故ここまで言って誰も怒らない? 理解できるよう解説まで加えたのに、何故僕の完璧なエロガッパの演技が誰にも通用しない? ファンタジー的な何かからジャミングっぽい攻撃でもされているのか? この手繋ぎ状態で、低俗でエロ系な言葉まで出しても、一之瀬の筆頭シンパである白波すら煽れないとは……。本当にどうなっている?

 

 だが想定が外れても、反応がおかしくても、何も通用しなくても、僕は諦めるわけにはいかない。

 もういい加減憐れんでいるようにも聞こえてきた一之瀬の優しげな言葉を、しかし絶対に受け入れるわけにはいかなくて何度目かの否定を繰り返す……ように見せておく。勿論、同級生で誕生日まで同じ奴に、子供扱いなど断じてさせるわけにはいけないのは本気だが。

 

 

 

 これが通用しないのなら―――かくなる上は、全てを押し流す自爆覚悟の奇策第二弾に打って出るしかあるまい。

 

「そもそもなんで昨日は行方不明になったんですか?」

「神崎達から女子が部屋に来るってメール来てたから、僕はてっきり誰かがみだr───ふがっ!」

「柴田、四方! 緊急事態だ! 左京の口を塞いで取り押さえろォオオオ!! 巻き添えを食うぞ!? 手伝えっ!」

「ええっ!? 神崎君!?」

 

 だから改めて白波に聞かれた時に、いっそ伏せていた方の情報開示を行おうとしたら、信じられないほど迅速に僕の口を塞いで指示を出した神崎に阻まれる。

 まさに、あちらを立てればこちらが立たず。

 

「あっ! あれか!? って、やべぇ!」

「あー。流石にそれはバラされるとマズいか」

「むぐぅっ!」

「暴れるな左京!」

 

 それは無理な相談である。口を野郎に抑えられて暴れない奴などいない。また少し遅れて、柴田と四方も動き出す。

 だがそれは置いても、八方塞がり……かと思われたが、よほどシモ系の話をバラされたくないのだろう。焦った四方達3人がバラバラに僕に、ひいては僕と手を繋いでいた一之瀬に殺到する素振りを見せたことで新たな光明が見えた。

 

―――好機!

 

 ここしかないと、僕は一気に思考速度を最高速に切り替える。

 他に意識が向いて微妙に力が緩んだ一之瀬と僕の口を塞いでいた神崎を後回しに、士気に差がある四方と柴田を見て取って心の余裕を作ると、位置関係と全体の状況を把握して最速で最適解を導き出す。

 3人+一之瀬がいかに僕より多数で格上だろうと、突発事態ではやりよう次第でどうとでもできると教授してやろう。

 

 まず間違って一之瀬に怪我させない為と精神にかかっているデバフの負荷を失くす為に、素早く丁寧に手を外して両手を自由にする。二度目はないかもしれないので辛抱強く機会を待ち、あえて繋がれた手を力で外そうとしなかったのはこの油断を誘う為だったのだ。

 首尾よく手が外せたことで、僕に更なる余裕と普段の思考能力が戻ってくる。同時に先程までの自分のアホさ加減も自覚してしまったが、自己嫌悪は忘れてしまうことにした。

 

「ぁ……手、離れちゃった」

 

 そして微妙な寒気を催す一之瀬の呟きをスルーしつつ、格段に楽になった肉体と精神でもって、神崎ごとさり気なく体の向きを調整して備えておく。更に自由になった両手で必要分だけ力を込めてタイミングを合わせ、慌てていて突進する勢いになっていた柴田を四方のいる方向へと流すように軽く押す。危険行為ではあるが、僅かに体勢を崩して正面衝突を誘導しただけなので二人の運動神経ならば誰も怪我なく無事落着することだろう。

 ヨーイ、ドンのスポーツ・競技や喧嘩なら無理だったが、突発的なアクシデントへの対応なら、クレーム処理に定評のあった僕を優越する者は同年代にそうはいないはずだ。四方級の奴と直接当たらなければ、身体操作に応用して対峙した相手同士の方向をぶつける事も不可能ではない。

 

「うお、あっぶねっ!」

「おわっ!」

 

 それを実行すると予測通りに、四方と柴田は直前で自ら転がり正面衝突を避けた。怪我をさせるつもりはなく、数瞬さえ稼げればいい僕にとってベストな結果である。

 ここから次の障害&壁候補になるのは一之瀬だったが、良い目が出たのか手が離れてからは戸惑うばかりになっており、神崎にほとんどの意識を割けたのは幸運だった。

 なぜなら、ぶつかりかけて転んだ四方と柴田に注意がいった神崎の目くらましに、できるだけ素早く動いて一瞬でもノーマークになる必要があったからだ。それには慎重かつ大胆な立ち回りが要求される。余裕があるに越したことはない。

 

「なに!? 左京が消えっ!?」

 

 最後は急速にしゃがんだことで僕を見失った神崎の焦点がブレたと確信できた瞬間、足に溜めた運動エネルギーを開放して、目を付けておいた誰もいない所に飛び込みながら場を離脱した。

 無人島での生活は、僕の逃走スキルにさらなる磨きをかけている。今の僕は、僅かな隙でも自由への道筋を描き出すことができるのだ。

 そもそもなんで逃げ出したかって? 精神と面倒臭さが限界だったからだよ!

 

「感謝するぞ神崎! 助かった!」

「左京ぉ! ふざけ―――」

「神崎、四方! 悪い! 油断した!」

「やられた! 夢月が逃げるぞ!?」

「―――くっ。左京を逃がすな! 誰でもいい! 店の入口に回ってくれ!!」

 

 好機を作ってくれた神崎に礼を述べた僕に対し、神崎が吠えた。てか、逃げるなじゃなくて、逃がすなとか関係薄い奴らへも警戒と包囲を促すとか、神崎はプロかよ。なんのプロか知らんけど。

 また転がりながらも逃走を阻止しようとしてきた四方と柴田もいたが、他の奴は状況がよくわかっていないので指示があっても即座には動けない。唯一動けるはずだった神崎も、転んだ四方達二人と突発事態に戸惑う一之瀬が壁になるよう飛び込む前に位置取りを計算しておいた。この状態では、仲間を躱し、または飛び越えて僕を追うなどできようはずもない。他を押し退けるほどの理由もないし、止められる者ももういない。これぞ僕式リアル振り飛車である。

 

「ふぁーはっはっは!! もう遅いわ! さらばだ明智くん! じゃなかった一之瀬くん!」

「馬鹿なっ!!? この状況で逃走を許すだと!?」

「…きょ……ん…! …………て……う…!!」

 

 転がる勢いで立ち上がるやいなや、最速で最短でまっすぐに一直線に。

 進路上にいた生徒やボーイ・ウエイトレスの間を縫い、僕は悠々とレストランを抜けた。思わず某怪盗の捨て台詞を気持ちよく吐き出し、あっという間に姿が見えなくなった神崎の遠吠えと誰かの声が優雅な調べに聞こえるほど、素晴らしい開放感を感じながら……。

 それは今日イチで格別の気分であった。

 

 ともあれ僕は早足のまま見事逃走を果たすことになる。

 当然、常識的な優等生の多い我がクラスメイトは、これ以上非常識な追走もできず歯噛みするばかりだっただろう。

 自分で自分を褒めてあげたい。よくぞ僅かな隙を見逃さなかったな、と。

……ただ非常時だったので、レストランで数々のマナー違反を犯したことは許して欲しい。僕の未来に、下船するまでにこのレストランへ謝りに来る予定が追加されたのは完全なる余談である。

 

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