朝食の後に逃げるのが面倒になったので、寝直したら昼になっていた。
この時は、なんだかんだで柴田が起こしてくれたので礼を言う。朝に叩き起こされたせいで少し不機嫌だった僕に気づいていて、水に流す気遣いをしてくれたからだ。それはそれとして、一之瀬や神崎に塩対応したことには一言あったが。
柴田によると、なんでも僕が寝た後に神崎と再訪した担任が愚痴り合いを始め、苦笑した一之瀬が場所を変えてなだめてくれたと聞いた。こっちもありがたくはあるけど、ちょっと東風谷あたりに協力を頼んで手を打つ必要があるかもしれない。
でも柴田や四方の自然な気遣いは素直にありがたかった。これなら自分が子供扱いされても納得はできる。押し付けがましくない美徳は、僕のような者にとっても好ましい。
話し終えた柴田が部屋に残る四方に挨拶して先に出たので、僕も挨拶と身支度を終えて牛グループの部屋に向かう。
入室すると、ほとんどの面子が揃っていた。何気にやることもないのにやる気のある奴ばかりで偉いことだ。これが若さというものか。肉体年齢は僕も同じくらいだけども。
ディスカッションも3回目ともなれば、大体の空気感というかメンバーの人柄がわかってくる。適当な仕切りでも何かしらの反応は返ってくるとなんとなくわかってきたので、この頃から僕は自分の口から出る言葉に身を任せる方針を固めていた。一言でいうと、出たとこ任せである。
「本日もほとんどの生徒が集まった。正確には勝手に集まった」
「いや、一応試験なんだからそりゃ集まるだろ」
「望まれずとも集まるみんなのやる気がツライ。主に適当に寝て過ごそっか、みたいなこと言えない部分が」
「蜜に群がる虫みたいな例え方が微妙に嫌だな」
「そもそもその例えが侮辱的なんじゃ?」
渡辺や姫野は空気を読むのが上手く、試験時間前なのに仕切るのを微妙に補佐してくれたりする。初手、無視とかスルーは悲しいから助かる。
そして友達の愛里と椎名、戸塚はともかく、他のほぼ話したこともなかった者達に関しても、駄弁るようになって少しずつ普段の顔が見えてきた。
「さて、まだ開始まで時間はあるが、先に聞いておきたい事がある。
今回、何をするか誰か案はないだろうか?」
「あっ、わりぃけど寛治がちょっと遅れてるから待ってやってくれ」
「悪い。お待たせ! なんとか時間には間に合ってよかったー」
「……須藤。池を責めないであげてくれ」
「そうだよ。やめてあげて。池君がかわいそう」
「責めてねぇよ! 待ってやってくれっつっただろうが!?」
例えば、Dクラスの松下さんは一見クールな美人っぽいのに、頭やノリが良くてこんな風な軽口にも乗ってくれる。須藤の発言直後にちょうど池が登場してくれたので軽くおちょくっても、短く的確な言葉でリスクの少ない追い打ちフォローを食い込ませてくる手腕はなかなかのものだ。
「池は泣くんじゃない。遅刻したんだから、まずはみんなに謝ってからな?」
「泣いてねぇ! それに謝っただろ!?」
「ふふ。会話が…うふふっ、成り立ってない」
「庇ってから謝罪させようとしてるあたりが支離滅裂すぎる」
「……ふふっ」
池や戸塚は何気にムードメイカーやツッコミとして、リアクションが優秀だ。特に僕へだけじゃなく、笑いながら割って入った椎名の発言をより的確な表現に変換できる戸塚は、コミュ力や察する能力も高いのだろう。
またこうした場では、目立たないよういつも気を張っている愛里を笑わせる芸人魂も見習いたい。
……やっぱりどっちかが仕切り役になった方が良いんじゃね? 僕よりは適任だろこいつら。代わってくれないかなぁ。
「謝罪に関しては須藤だろ」
「うぉい! 俺に飛び火させんな!?
……場合によってはブチ切れるからな」
「前も池が泣きながら、ブチ切れた須藤に謝罪してたもんな」
「寛治と左京は昨日の昼に会ったのが最初だろうが! なに捏造してんだよ!?」
須藤はこうして話す機会がなかったら、悪い奴じゃないけど乱暴者、という印象を変えるのは難しかったはずだ。ちなみに僕の謝罪=須藤のイメージは、以前に僕と停学明けに謝りあったからである。
「ふっ。真実を曲げても正しく歩み続ける。それが僕だ」
「左京こそ、いつも曲げてるんじゃね!?」
「みんな楽しそうで何よりだ」
「コイツ、こんな空気にしておいて満面の笑みを……!」
牛グループ全体として見ても、なかなか気楽で良い面子が揃ったんではなかろうか。ちょっと一部で対立関係になってて、何故か僕に当たりがキツい場合があるけども。
試験開始時間になったので、僕は今回の議題を切り出した。
個人的に、ちょっとだけ松下さんの前に置いてあるトランプやUNOが気になっているが、アレは後回し。それより、ちょうどいい暇潰しの材料がある。
そう。昨日や朝に、一之瀬達から言われた噂を否定する材料集めという話の種がな。興味を引くために、そのままじゃなく少しアレンジも加えるが、高評価間違いなしな自信のある言葉も用意してきたのだ。
「試験が開始されたし、他になければ今日は女子を口説く言葉大会をやろう。独断と偏見、それに仕切り役特権で審査員はこのグループの女子達だ。異論反論あろうと勝手に敢行するので、みんなは諦めてくれ」
それがこの口説き文句大会だ。
これなら男女の興味を引け、噂の否定材料集めに応用もでき、僕がモテるかもしれない一石三鳥の職権乱用を可能とする。
付き合う気はないけど、モテモテにはなってみたい。そんな男の夢を、試験に乗じて実現(推定)させる自分が策士すぎて怖い。
「あ? 左京、お前いきなりなに言ってんだ?」
「うむ。とある筋からの情報で、僕がわけわからん事ばっか言ってるなどという根も葉もない噂を聞いてな。ただ一応確認くらいはして、もし存在するなら払拭しておいた方がいい気がしたので、この暇な時間を私物化して証明しようかと」
「それですよ。その発言内容がわけわからないんですし、証明されましたね」
「……さて、と。まずは言い出しっぺの僕から女子を胸キュンさせる言葉を食らわせて、主に椎名の口を封じることにしようか」
「スルーしても、一瞬で論破された事実はどうしようもないわよ。でもなに言うかちょっと興味あるから、聞いてはみたいかも」
椎名はスルーして、姫野のリクエストにお答えする。
てか、早く女子に黄色い悲鳴を上げられたい。誰かに惚れられたらどうしよう。困ってしまうな。
「ふっ。いいだろう。僕の口説き文句はこれだ。
―――ほーっほっほ。参考までに言っておくと、僕の月収は20万超えですよ? ですがもちろん、相手がいる女子に本気でアプローチすることはありませんのでご心配なく……」
僕は逸る気持ちを我慢できず、口説き文句を某宇宙の帝王に寄せて堂々と言い放った。
その結果は―――。
「くっくっく。男は顔じゃない───金だ。多くて10万前後の生徒がほとんどの中でのこれには、流石に女子達も振り向かざるをえな」
「う、うわぁ」
「しょぼいフリーザ様……」
「しかも発言内容が典型的なモテない男」
「成金ムーブにしてもセコすぎるでしょ」
総スカンだった。
期待のぶん、その衝撃は凄まじいモノがある。
「……何故だ。僕の考えた最高の口説き文句が」
「いや。あんたは自信満々だったみたいだけど、正直ドン引きだったよ。確かにこんなアプローチしたら100%振られるわ」
「だよねぇ。むしろ納得したくらいかも」
「……」
今どきの高校生には、金は通用しなかったか。などと誤魔化そうとしても、フルボッコにされている現状では口撃がくるたびに負けを悟り、黙らざるをえない。
というわけで、某裸エプロン先輩に倣って、さん、はいっ!
―――また勝てなかった。
これが場に適した文言だろう。心の中だけで、口には出せないけども。
「完璧に論破された時って、人は無言になるんですね。勉強になりました」
「なんてモノを学んでるんですか椎名さん! えっ、この人はまともなんだよな!?」
「野村君。落ち着いて。椎名さんは教室にいる時からおかしかったでしょ? だからこれも平常運転だよ」
「何故、私までおかしい人扱いに……」
結果、愛里まで微妙な視線で見てくる中で、予想を外した僕と……どういうわけか椎名が項垂れることになった。
まだ僕しか大会()に参加してなかったが、これ以上続けても傷つくだけなのは明白なので閉会することにした。
「…………あっ、ごめん。
ちょっと口論に負けそうだし、心も折れそうだから話題をすり替えさせて」
「おまっ、なに勝手なこと言ってんだ!」
「馬鹿野郎! これでもし他の奴がモテモテになったら悔しいだろうがっ! 畜生、モテると思ってたのに……こん畜生!!」
「酷い逆ギレを見た」
「というか、負けそうじゃなくてボロ負けしてたと思うけど」
「姫野! 正論でDVしてくるのはNG! たった今、そう決まった! 各方、よろしくお願いいたす!」
「……それはまぁ別にいいけど、じゃあ何するの?」
すると、やる気になっていたっぽい池に文句を言われそうだったので、無理矢理インパクトのあるおちょくりを挟む事にする。事実を突きつけてくる者達は当然スルーである。
ともかく好都合なことに、昨日一之瀬達から逃げ出した時、ポケットに入っていた物品を持っているのだ。これはすでに口に入れる気がなくなっていたから、ここらで消費してしまうのが良いだろう。誰かに押し付けられればなお良し。
不都合な事を記憶から消し去り、小さくはっちゃけることで僕は切り替えを図ることにした。
「うむり。ここはまず空気を変える為、怪しい白い粉でもキメてバイブス上げようと思う」
「左京がいきなり危ないこと言い出した!?」
「つーか、切り替え速すぎだろ! さっきまで全力で落ち込んでたじゃん! なに一瞬で立ち直ってるんだよ!? 慰めようかなとか考えた俺が馬鹿みたいだろうが!」
「いやいや。話題をすり替えるって言ったろ? そしたら気分も変えるに決まってるし、問題ないってことだ。で、話を戻すぞ。
これ、何気にイイ粉なんだよ。みんなにも分けてあげよう」
「こ、こいつ……!」
「イイ粉……い、いらねぇから!」
「ヒィ~ヒッヒッヒ」
「その笑い方、怖ぇよっ!」
こぼれないよう紙に包んだ怪しげなそれを振ってみんなに見せ、特に反応の良かった池と渡辺に執拗に絡む。目指すは、ウザくキモいアウトローである。
「あげるってぇ~。遠慮するなよぉ~。イイ粉は文字通り、すっげぇイイから」
「やめろお前……それ、法に触れるもんじゃねぇだろうな!?」
「フヒヒヒヒ……池君。渡辺君。共にキメようじゃあないか。イヒヒヒヒ」
「キメねぇよ! 不気味に笑いながら近寄ってくんなし!」
嫌よ嫌よも好きのうちというし、嫌がる反応をされると更にエスカレートさせたくなる。でも他の呆れた感じの雰囲気を見るに、ここらが切りどきだろう。話も完全に流れたし、ネタバレしつつ素に切り替えて試験に戻ることとしよう。
「ま、これ砕けたラムネなんだけどな」
「ラムネかよ!?」
「紛らわしいわ!」
「いや、こんな監視の行き届いてそうな場所で……てか、どこだろうと、法に触れるようなことするわけないじゃん。一応言っとくと、成分はブドウ糖、コンスターチ、クエン酸の純度100%ラムネだ。この中だと僕のオススメはクエン酸かな。掃除にも使える優れもの」
ドラッグかなんかと勘違いしたんだろうが、退学を通り越して逮捕一直線の犯罪を意味もなく敢行するほど馬鹿じゃないぞ僕は。須藤すら呆れた感じを出してるのに気づかないなんて、この2人のノリやすさと扱いやすさは尋常じゃないな。
と思いながら解説しつつ、ちょうど近づいていた池のポケットにラムネを滑り込ませ、自分の席に戻りがてら渡辺にも同じように滑り込ませた。最後にさりげなく仕上げの注意喚起をすれば厄介払いも完了である。
「ぶっちゃけただのジョークだよ。君達、詐欺に引っかかりやすそうだから気をつけてね☆」
「「く、くぅうう! この野郎!」」
櫛田だの清隆だのを相手にするのと違って、滅茶苦茶安心する。これこそ普通の高校生の反応だ。
裏を考えなくていい会話で、僕自身の精神安定を図る策は成功といえよう。
どさくさ紛れに、前日レストランで転がったせいで粉々になったラムネを渡辺と池に押し付けることに成功した。目ざとい何人かには呆れた目を向けられたが、話を逸し、使い道がない苦手な物を消費できたのだ。成果は上々と言えるだろう。
むせるから、ああなったラムネは苦手なんだよな。
更に二人にポケットの中身に気づかれる前に、素早く次の手を打つ。というか、個人的に気になっていた松下さんの前に置いてあるトランプがやりたくてしかたなかったのだ。
「冗談はこれくらいにして、今日はトランプを持ってきてくれた人がいる。なので、悲願を達成させたい」
「悲願? そんな大げさなものには繋がらないと思うけど」
「いやいや。松下さん、ありがとうだよ。一人用じゃないゲームとか僕には思いつかなかった。
というわけで、はるか昔のブームの時に遠くからやってる人を高頻度で眺めていたカードゲーム、大富豪をやっていこう。てか、メッチャやりたい」
「―――え? 大富豪? 左京君ってやったことあるんですか?」
椎名に意外という感じで聞かれたが、当然の疑問だろう。僕達に縁遠いモノには違いない。
まぁ話を通すためには、自信を持って返す他ないが。
「ないけど大丈夫。昔、イメージトレーニングは万全にしておいた。ルールはぼんやりとバッチリだ」
「どっちなのよ……?」
「なんでそんな悲しいこと言うんですか? 昔の左京君は私なんですか?」
「今度は椎名さんまで本格的に乗っかるの!? え、でも。これは流石に冗談だよね? 普通に話してるし、冗談であってほしい!」
胸に秘めた野望と知識の有無を主張すると、松下さんが自問するかのように小さくこぼし、疑問ができて立ち直った椎名は悲しげな表情を作って再度質問してきた。
しかし僕が二人に答える前に、どこかの琴線に触れたのか思わずと言った感じで自分のキャラを忘れた愛里がツッコんでくる。
こんな人前で、内弁慶モードが出てきてしまったか。ゲーム設定の時といい、最近はその場に誰か友達がいるだけで油断するようになってきているのかもしれない。そこを突いて、ついでに一手を打とうとしてる僕が言えた義理もないが。
でも後で浮くとかわいそうなので、あらかじめ元気付けておこう。さっと目を向けると、椎名もそのつもりみたいだしな。
「ははは。愛里。
―――僕達ワンチーム。椎名含めて友達で仲間で同類のワンチーム。冗談でないことは君にならわかるはずだ」
「そうです。初めてのお友達が左京君と言っても過言でないくらいのボッチ仲間。それが私達が共有する唯一の絆でしょう? 高校に入るまで友達と遊んだ記憶がある人は、私達の中にはきっといませんよ」
僕らのそれが効果的かは置いといて。
「……と、友達……仲間。
じゃなくて! 声かけられなくて仲間に入れないにしても、大富豪くらいはあるでしょ! 私はちゃんとパソコンでやったことあるよ! なんでそんなわたしまで胸が痛くなる黒歴史をおおっぴらに公開する必要があるのって言ってるの!?」
「人、それを五十歩百歩と言う。見ろ周りを」
「え? あっ」
これまで空気のように過ごしてきた一見地味少女の力強いツッコミは牛グループ内に衝撃を与えたようで、愛里は驚きや憐れみとともに注目されている。
この瞬間、愛里は間違いなく僕や椎名と同列と認識されたのだろう。
そう。ぼっち体質だと。
「その……前はカッとなっちまって悪かったな佐倉。でも今は左京達がいるんだろ? よかったじゃねぇか」
「あ、あの。佐倉さん。今度、私達と遊んでみる? ちょっと居心地悪いかもしれないけど、最初だけだから。フォローもするし、軽井沢さんにも言っとくから。ね?」
「あ、ああ……。また夢月君に乗せられ…………あぅううっ」
それに気づいた愛里には、もはや須藤や松下さんの最大限に気を遣ったフォローやお誘いを受けるどころか、返答を返す余裕さえなかった。一応は試験中ゆえに、逃げ出すわけにもいかない。
こうしてにっちもさっちもいかなくなり、愛里はうめき声を漏らしつつ、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏した。
今回はからかう意図もなく、ほぼ愛里の自爆のようなものだが、後で椎名も誘ってケアしておこう。じゃないと、僕が愛里をからかったり乗せたりするのを趣味みたく思われる恐れがある。
邪仙や悪友どもと違って、僕にはそんな趣味はないと認識してもらわないとな。
毒舌家の多い周囲の中で、唯一と言いきってもいいオアシス。それが僕にとっての佐倉愛里だ。事実がどうあれ、やめられない止まらないかっぱえびせん的存在に嫌われる可能性は極力排除しておかなくてはならない。
……それに、これが愛里がクラスのどこかのグループに入り込める一助になったら幸いだ。
女子のかわいい奴が排斥されたりイジメられたりする場合、大抵の要因はその対象が『独り』であることだ。女子じゃない僕含む天文部関係者や椎名もそれはほぼ同条件だが、対抗手段に乏しいのは愛里だけである。なので僅かに心配していた。できれば前に東風谷が相談していたように、愛里を櫛田の小グループにネジ込みたかったが、本人が櫛田を苦手に思っているのではしかたない。
代替案として心配性でおせっかいだとは思っても、愛里が最低限溶け込める一手は打っておくべきと考え実行しただけだ。
ともあれ、僕は耳まで赤くなっている愛里の後頭を見てほっこりした後、決意も新たに愛里のその様を椎名にお任せすることにした。
愛里とそれに寄り添う椎名を除き、人数の関係でトランプ組とUNO組にクジで別れ、ついに悲願成就の時がやってきた。僕は勿論、特権でクジを引かずにトランプ組の大富豪である。
しかしふんわりとしかルールの把握をしていない僕では、しばらくは負けを糧に戦法を構築することになるだろう。
ということで、大富豪6人組にて僕は初戦から6連勝の後に、メンバーを景気よく煽り散す。そしたら、危ない目になった松下さん指揮の総攻撃を受け、都落ちの憂き目にあっていた。計算通りである。やはりゲームは本気でなくては面白くない。僕が負けた時になんか松下さんがアチャーって顔になったが、本気じゃなさそうだったから雑に流れに乗せた事とは関係ないはずだ。
まぁそれはともかく、以降はこの日カード運が良くなかった渡辺と池とドベ争いをしながら雑談していた。
「数学って将来何の役に立つかわかんないんだよなぁ。そのせいでイマイチやる気にならないっていうかさ」
「あー、俺も。でもやらないと退学がなぁ」
そんな中、敗戦処理していると、池が典型的な勉強できない奴ムーブをかましだし、渡辺も同調し始めた。
その雑談を聞いて、先んじて上がっていた同じ大富豪組の松下さんやAクラスの沢田さんの彼らを見る雰囲気がゴミを見るようなモノに変わり、股間がヒュンッとする。僕には高度な性癖が備え付けられていないのだ。
てか、個人的には発言に問題ない気もしてるんだけど、自他ともに努力だの成績だのどうでもいい。ってのは、意外と少数派なのかもしれない。
しかし、結構あからさまな変化だったが、こいつらマジで気づかないのか? そう言いたくもなる。だってさっきまでは空気も読んでたし、気づくだろ普通。それにシックスマンことCクラスの野村は勘付いているっぽい。気づいていて言い出せない。そんな印象。なぜなら居心地悪そうだからだ。
このまま放置するとちょっと面倒になりそうな気がしたので、僕は薀蓄で空気を変えることにした。
「数学は汎用性が高いし、役に立つ場面も結構あるぞ。僕の場合だと、無人島での地図作成や簡単な測量、プログラミングに使う場面は多かった。そうでなくても……具体的には、そうだな。三角関数なら、ちゃんとやればマイ○ラなんかのゲームにも応用が利く…と思う。座標からアークタンジェントで最短の帰り道を割り出したりとか」
ゲームに絡めるのは安直かもしれないが、案外こういうどうでもいいことから勉強を始めたりする奴はいたりする。何を隠そう僕が半分そうだ。ちなみにもう半分は読書や論文関係。
これの目的は女子連中の思考誘導なので、池達が勉強とかをやる気になってもならなくてもいいというのがいい。主に手間がかからない部分が。
なんにしろ、勉強やりたくねー、という意思を別方向に誘導するなら、小ネタや身近な体験談などで『適度な』関心に変換するのがきっかけ作りの常道。これは学生でも社会人でも変わらないはずである。
「左京。お前、馬鹿じゃなかったのか!? なに賢そうな事を言ってんだよ!」
「ふははっ。僕はそれなりに賢いのさ。
しかし知識マウントは思いのほか、いい気分だ。いい気分ついでに言うと、ソシャゲとかのダメージ計算なんかにも役に立ったりするから、効率的な攻略を目指すなら必須級といってもいい。ゲーム無双の道は数学から始まる……なんちゃってな」
「ああ、池……。こいつ、馬鹿に見えるけど、うちのクラスの成績トップ陣の一人。俺も信じられないけどな」
「はぁ!? この左京が? マジかよ……」
ただ池達には意図が外れて自慢話みたくなってしまったが、これはこれで気分がいい。
ざまぁ系や俺TUEEE系の疑似体験でいい気分もできた上で、とりあえず女子の放つ空気は変わった……はず。なんか何人かから妙な視線を感じるけども。まぁ野村もホッとしている感じだし、多分もう大丈夫だ。もう問題など起こらないだろう。
そう楽観していたが、その後もこうした小さい冷戦的なモノがあったり、UNO組の須藤や戸塚・西などがちょっとした問題を頻発させ、何度か奔走することになるとはこの時のいい気分になっていた僕には知る由もなかった。
……もう二度と適当な組分けなんかしない。
ディスカッションが終わる頃には、そう考えるくらいには仕切り役が面倒くさかったとだけ言っておこう。もし次があったら、何か手を打つ必要性を感じるくらいに。
今回の独自設定。
ディスカッションの3、4、5回目とその前後、あと下船以降の時系列が微妙にわからなかったので、必要にかられていくつか設定しました。ご了承ください。
とりあえず、3・4回目は干支試験2日目(8月11日)の13時・18時です。次の日はインターバルで、試験4日目(8月13日)の同じ時間に5・6回目。一晩、最後のクルージングをして8月14日の昼前に下船 → 学校・学生寮へ。って流れだけざっと設定してあります。
それと椎名についてですが、協調性が佐倉並とされていることから、現時点ではクラスメイトからこんな感じの扱いになってます。ただ稀に龍園(左京関係とか)と話しているのが目撃されるので一目置かれてはいるんですが、椎名の性格や迫力的にほぼボッチ状態なのは変わりません。
……というか、そう考えないと椎名のこの時期を想像できない。