余裕があれば助ける。
僕はこれを現実的な言葉だと肯定的に見ているせいか、助けやそれに類する行動に善行・偽善の違いや上下はないと考えている。
だが、しばしばこういう考え方は批判されたりする。その取り組む姿勢や内容によっては偽善と取られてしまう場合があるのだ。しかも身を切るように全力で他人を助けに行く者と比較してきたりして中途半端だと見てくる奴は、意外かもだがかなりの過激派だったりする。
これはもしかしたら中学時代の一之瀬や葛城なら、経験しているかもしれない。
自分に余裕がないのに、自分より他人を優先する事を異常なくらいに称賛して、それ以下だった者を批難するなんて、ボランティアなどに一度でも真面目に参加すれば何度も目にするし、下手するとどちらかを自分が受ける。という現実を……。
言い換えれば、そいつのキャパシティを超えた行為を要求して、成否に関わらず褒め称え……ついには信仰の域にまで至ってしまう。ここまでくると『信者』は盲目的になってくるので、協力を惜しむ者にさえ敵対的な言動になる事がある。これは守矢神社の信者になるのとはわけが違う。
なにより善行だとしても、本人が疲弊or寝不足になるほど(あえて言うが)タスクを強要するのはどうだろう。この上、要求レベルに達しない場合、偽善とか甘いとか責められるよくある胸糞展開になったら、櫛田よりも救いがない。曲がりなりにも世話になってる奴なんだから、最低限そんな未来に来ないように動くのは当然である。
また近いモノに、選り好みせず大勢の声に耳を傾けるという意識高い考えもあるが、これを文字通りに一人で実践すると聖徳太子みたいな特殊な資質がなければ普通は潰れる。誰かに入れ込んで変わったなとか、都合の良い事しか聞かないとか難癖付けられたりしてな。ちなみにこれはかなりソフトな部類の表現だ。……不愉快極まりない。
僕は人との接し方で他人がどうこう言うのはナンセンスだと思うのだがどうだろう。
まぁこの学校には、忍耐と努力、調整で一応これを成り立たせている櫛田。自分から自分にヘイトを集めるような振る舞いをしてる龍園といった変人もいるので、一概には言えないわけだが。
ともかく、本来は分担するものなのだ。
大勢を相手にする有名人や芸能人なんかは大抵やっているもので、悪意は直接本人に届かないよう事前にチェックする人が守っているのが普通。こうした少し前から僕や青娥さんが愛里…雫にやっているようなことは、当たり前の仕事として存在する。
そして、こうした限られた世界の『当たり前』を知らない奴が、加減せずに耳を傾け受け入れる事を実践することにより、悪意を受け入れることになって結果的に潰されるのが僕はマジで嫌いだ。
なんというかこう、自覚や悪気の有無に関わらず、善人を食い物にしてるみたいで、美学や誇りを欠片も感じない。
さっきは、一之瀬がいかに非凡だとしても、高1の女子に押し付け過ぎに見えてついやってしまった。流石にクラスメイトもそんな気はなかっただろうが、僅かでも兆候が見えるなら中身大人な僕が軽く対処しておくのが無難、とだけ後で言い訳しておこう。
少し前、僕は無人島で一之瀬に適度に逃げることを勧めたし、一定の理解は得られるだろう。これだけが唯一自分だけで手軽にできる自衛手段なのは自明である。
経験上、本質的に優しいと見えた人間は大切にしておいたほうがいいのだ。
これは一之瀬だけじゃなく、愛里や松雄にも言える。優しい人間の近くにいることが、自分も楽しく生きられる秘訣だと僕は思っている。
一之瀬ほどの善人になると僕自身では近づき難いが、変に捻じ曲げられそうになっていたらできる手助けはしておく価値があるだろう。日々の楽しさに相当な差が生まれるからだ。
そう。白状すると、僕達は一之瀬にかなりの負担がかかっているのが顔色から透けて見えて、無理矢理にでも休ませようとしていた。負担の何割かは僕や早苗関係かもだし、一之瀬が望んでの現状だとしてもブラックな生活に見える事に変わりない。
なにより一之瀬が疲れを見せていると、僕…『俺』が退社した直後を思わせる。放っておいて、後ろから討たれたり、喜怒哀楽が薄くなったり、なにかに強く依存する素振りを見せる事態になろうものなら、『俺』の古傷まで開いてしまう。一之瀬だけじゃなく、そんな事態は可能な限り阻止するつもりだ。知り合い以上の胸糞悪い展開は断固としてNGである。
つまり何が言いたいかと言うとだ。
一之瀬、騙してすまんが、大事になる前に今日だけでもゆっくり休んでくれ。
ついでに堀北さん、不調っぽかったのを利用してごめんなさい。
なんやかやで落ち着かせた堀北さんを担任の元へ案内する一之瀬の背に、僕は内心で言い訳がましい謝罪をしながら二人を見送った。
一之瀬と堀北さんの姿が見えなくなる頃には思考の切り替えも終わっており、網倉と白波、神崎に時間を置いて担任のところまで行き、一之瀬の端末を預かってもらうように頼む。
担任にメールで一之瀬を休ませることと、仕事っぽい事をさせない為に端末を取り上げ、それを誰か寄越すのでBクラスの女子に渡してほしい、と連絡を入れてあるのだ。
端末を一時預かるのは、同性で一之瀬の一番の友達に見える網倉が適任だろう。白波と神崎は念の為だ。
予想通り、彼女らも一之瀬の疲れには気づいていて、休むよう言っても聞かなかったとの事で快く協力してくれた。
てか、やっぱり直接言っても駄目だったか。この分だと、僕が言っていたら逆効果になっていただろう。
まったくもって面倒くさい。
一之瀬も四方に負けず劣らずの相当な頑固者である。
尤も、僕にも計算外な事があった。
それは―――。
「怠惰の策略に落ち、安らかに眠るがいい一之瀬。
くっくっく。はぁーはっはっは!」
「人が減って束縛から解き放たれた瞬間、急に魔王的なセリフ吐かれると反応に困りますね」
「聖女・一之瀬よ! ふかふかのベットでしっかり疲れを取ってくるといいわ!」
「言い直さないでください。そんなこと言う魔王は魔王じゃありません」
人が減ったことによる開放感。
これが僕を狂わせたことだ。
……連日のように人の中に居たことは、思っていたより僕と…早苗(早苗がズレたツッコミをしてくるのを考えると)にも負担が大きかったのかもしれない。
一之瀬に網倉や神崎、心配になったのか須藤が続き、いつもの面子だけが残ると笑いを堪える必要がなくなって、つい中二臭いセリフと高笑いが出てしまった。
これも全ては龍園のせいである。
あいつの悪影響は、やってる時は楽しいから始末に悪い。しかも我に返ると、黒歴史が更新されてしまう時限式なのだ。
僕は思考を切り替えながら、改めて龍園の危険性を認識していた。
「というか、堀北のことをもう完全に忘れてるだろ夢月」
「流石に忘れとらんわ。去っていく時だって、一応内心で謝ったんだぞ」
「まぁ堀北さんは、コイツにとって元々おまけみたいなものだったしなぁ。屈折しまくってる気遣いをする奴だよ」
「いや、屈折させなかった結果が網倉さん達だろ。頑固者には多少やり方を変えた方がいいんだよ……きっと、たぶん、おそらく、めいびー」
「なんにせよ、ゆっくり休んでほしいですよね」
「ホントだよ。一之瀬が素直に休んでくれてたら、おちょくられたり性癖っぽいのを晒されなかったのにな」
「……つまり堀北は、間が悪かったんだな。本当に不調気味だっただけ幸いというわけか」
尤もそんな認識について考えてたのも、いつもと何ら変わり無いコーヒーブレイクに戻りつつ、軽く雑談して散るまでだったが。
一之瀬が担任におそらく拘束されて、朝から夕方になるくらいの時間が経った。
その間、他の面子は何事かやることがあるらしく僕は1人になった。ここは船首以上に生徒が来ない船尾方面の大人向けエリアの一角。稀に先生や船員を見かけるくらいで、若い奴向けの施設がほぼないのでいわゆる穴場的スポットになっているのだろう。
近くにはフリーの休憩室もあり、僕が夜明かしした時や1人で作業に集中したい時には入り浸っていたりする。
なので時折ジャズっぽい演奏の流れるレストランの片隅に陣取り、今日もゲームの完成を急いでいる。長期休暇明け数日前にはとりあえずの完成に辿り着き、ゲーム勝負をしたいところ。
長期休暇の機会を逃すと、僕の性格ではズルズル長引きそうだからだ。
そして長引くほど、デバッグとかで遊びすぎて僕だけが上達する。そうなると、難易度が馬鹿みたいに上がる問題が起こる。事実、現時点でも高円寺に何度かそれは指摘されていて、攻略不可能な部分ができていた。
勿論、僕にできる最高難易度を作ろうとしてはいるのだが、無理ゲーになるのは本意ではない。それを避け、ギリギリのラインに調整するのが協力者達に求めていたものである。
綾小路達の胸を借りる以上、一緒に楽しめる物を作るのはせめてもの礼儀だろう。
それにしても、中学時代に何作かゲームを作っていた事やスケッチを楽しんでいた事が、ここに来て役立つとは思わなかった。完全な初心者だったらゲームでは挑まなかったかもしれないが、もし僕が初心者に近ければこの数倍の期間を要したことだろう。下手したら年単位で。
僕は感慨深く見慣れてきたゲームのオープニング画面を眺めつつ、思考の邪魔にならないジャズ演奏を聴きながら、物思いに耽っていた。
と、席を外していたもう1人が戻ってきた。つい1時間ほど前から同席していたのだが、これで彼との最初の契約は満了である。
僕は改めて心を込めて礼を口に出す。
「今回はありがとう高円寺。高円寺がいなかったら、確実にやりすぎて不可能弾幕が何箇所かできていたよ」
「ふっ。私にはたやすいことだ。本来、レディ以外にはこのようなことはしないのだが、気まぐれの幸運に感謝するといい」
「シェンロンかよ。高円寺って何気にノリもいいよな」
「ははは。私にそんな口を利けるのも夢月くらいなものだよ」
高円寺はそう言うが、なんというかコイツは話しやすい。
僕が特別というより、弁が立ちはっきり物を言う彼自身が、軽口を叩ける雰囲気を作り出しているのだろう。
これなら多分、一之瀬や櫛田と同じような人気者で忙しいだろうに、そんな中で手伝ってくれるとはありがたいものである。
余談だが、なんで高円寺がクラスリーダーじゃないんだ? という出会った当初からの疑問は、普段は面倒臭がって傍若無人なイロモノに徹しているから、といった結論が僕の中ではすでに出てたりする。
勝手な想像だけど、個人的にはすごい納得できる推測だ。事情は違っても、早苗や鬼龍院先輩あたりを知ってるとなおさら。
「しかし、いいのかね? この難易度では東風谷ガールに10回前後のトライ・アンド・エラーでクリアされてしまうが?」
「それでいいんだよ。クリアされないゲームに価値はない。
てか、わかってるだろ? 本気で勝ちには行ってるけど、これが1回目で拗れた時用の仲直り保険だったって」
「hmm……。それ以外の目的もありそうだけどねぇ」
「ま、当然あるけどな? 高円寺含む何人かには察せられるだろうさ。わざわざ綾小路打倒計画『Ⅱ』なんて付けたんだし、気にする奴に対する目くらまし程度の意味しかこっちにはないよ」
「……なるほど。主目的はテイルマンか」
「どうしてそこで四方が」
しかし話をしている中で気を緩めていたからか、足を組み優雅な笑みを浮かべた高円寺が突然切り込んできた。しかも疑問形でないあたり、確信まで持たれている。
口が軽くなっていた隙を突かれた……というより狙っていたのかもしれない。
それにしても全く繋がりを出さなかったはずなのに、どこからその推論が出てきたんだ?
常識的に考えて、清隆や愛里についてなら計画名や制作の柱でもあるからまだわかる。早苗も、高円寺の視点では目立つだろうからおかしくはない。でも親しくはしていても、僕がなるべく頼らないようにしていた四方がそこで真っ先に挙がるとか、どういう道筋でそれに至ったのか全くわからない。
それでも僕は一応、一縷の望みに縋ってみるが、やはり高円寺は甘くなかった。以前の鬼龍院先輩のように、僕を軽く見透かしてくる。いや、別に何か隠そうとか騙そうとかしてたわけじゃないが。
「いかなるゲームもルールの上で成り立っている。一見ではどれだけ違っていようと、どんなゲームもいくつかの根源的なルールに辿り着くことができる。
つまり夢月が何をゲームの設定目標にしているかさえ導き出せるなら、効率的・高確率な手段を逆算して、勝利条件に近づけるというわけだ。
それを踏まえれば、チャレンジャー達…いや、テイルマンがここまで辿る道筋を見極めることこそ、夢月の目的ではないかね?」
「……はは」
意図して話をズラされたが、ここまで見抜かれていると、もはや笑うしかない。
嘘やハッタリもありえない。まだ最終調整こそ不十分だが、すでに現時点のゲームクリアという証明はなされているのだ。たったの4時間弱のテストプレイで。
凄まじい反射神経とセンス、直感である。
「これなら利益を度外視してまで、ほぼ初対面だった私に賭けた理由にもなる。まぁ、そこでジョーカーを引いてくる吸引力には少しだけ不可解に感じたけどねぇ」
また体つきや無人島での事からわかる身体能力関連のみならず、頭脳も相当なもの。
頭で即座に問題を理解でき、実行し得るだけの要素を余すことなく持ち合わせている高円寺。これに身を置いていた環境も加えると、同時に動いていたらほぼ全ての分野で到底敵わないだろう。
鬼龍院先輩の時にも思い知らされたが、高円寺の気質と巡り合わせに僕は感謝していた。
ふと話が途切れたので外に目を向けると、話に集中していたのかいつの間にか19時を回り、窓から見える景色が橙から紫になっていた。そろそろ夜のようだ。
これで高円寺とのバイト契約は終わりかぁ、天体観測に呼んだらまた来るかなぁ、とか現実逃避気味に思っているとおもむろに高円寺が口を開いた。
「ああ、そうだ。事が起こる前に、一度夢月と話しておくことがある」
「ん? さっきのやゲーム関係じゃない話か?」
「その通り。レディでもないテイルマンに関しては基本ノータッチが私の性質なのでねぇ。これからの話しこそが私の本題だよ。心して聞きたまえ」
「あ、ああ。何のことか予想できないが、そういうなら真剣に聞こう」
だったらなんでさっき頭脳と言葉で僕を圧倒したんだよとツッコミたいが、何らかの意味はあるのだろう。無意味なことをほぼしない高円寺は、変則的ではあっても非常にシンプルだ。僕の知らない事情で動いているのかもしれない。
「夢月……卒業後、高円寺コンツェルンに来る気はないかね?」
「は? まさかのスカウト?」
ともかくそんな高円寺からの本題は勧誘だった。
僕とか、人材としては明らかに使い勝手悪いだろうに、この学校に来てから妙に誘われたりするのは幸運期…俗に言うモテ期みたいなものに入ったのだろうか?
「YESだよ。
気質、発想、行動力、計画性、柔軟性。これらを私“も”高く評価している。間違いなく夢月はこれから台風の目になる、とね。
奇貨居くべしとどこかでも言われていることだし、君という刺激を上手く投入できれば高円寺コンツェルンには益々の隆盛が期待できるだろう」
なんか予想外に高く買われてない? 誰でも……それなりの頭がある奴ならできることしか僕はしてないのだが……。
いやまぁ、借り物とはいえ数十億単位を運用して色々ぶち抜いたのを高円寺は知ってるから、『高1としては』破格の存在に見えるのか? ただ広い視点で経済を知る高円寺からすればなんてことないはずだが、自分が所属する学校に変革の素を撃ち込んだ僕には、また違った印象を持った可能性はある。
あっ、考え込む前に返事はきちんと返しておかないと。
「う~ん。すまんが断る」
「ほう。理由は?」
「早苗や先輩に対して断ってるってのも理由の一つとしてあるけど、なにより僕には卒業したら最低数年くらい旅しようって約束があるんだ。それを果たすまでは、ガッツリどこかに所属するわけにはいかない。
結果的にでも、僕の美学に反することはしたくないからな」
「ふっ……ハーハッハ! 断られる事は予想通りだったが、美学とはねぇ! やはり君は面白い」
将来的に大企業への内定に等しい話を受けないのはもったいないとは思ってるが、小さな神様との約束は破りたくない。ゆえに鬼龍院先輩の時と同様、なるべく丁寧に説明してお断りを入れるしかないだろう。機嫌良さげに笑ってはいても、親しき仲にも礼儀ありというからな。
「約束破って就職するのも、不義理をして旅に出るのも、どっちにしろ美学も矜持も感じないだろ? だから誘ってくれるのはありがたいが、卒業後の約束はなるべくしないようにしてるんだ。
……早苗のところだけは、在学中でも入信したら抜けさせてくれなさそうだから、面倒の一言で断ったけどな。言うまでもないだろうけど、早苗には言うなよ」
「ははは。言わないさ。レディを泣かせる嘘ならともかく、むしろやる気を出させる発破になっているからねぇ。こちらも面白いことになりそうで、話に乗っても良い気分になってきたよ」
「不吉なこと言うんじゃない。なんか僕が大変な事になりそうで不安になってくるだろ。
―――って、待て。高円寺。最後、何の話だ?」
高円寺が話に乗る?
それは流石に聞き捨てならない。場合によっては、心の準備や切り札、諦めが必要になってくる。
まぁ、こうして匂わせだけでもしてくれる時点でありがたくはあるので、そこは比較的中立だといえるのかもしれないが。
「ふっ。東風谷ガールとテイルマンによる余興というやつだねぇ」
「よ、余興? なんか僕には不穏に聞こえるんだが気のせいか?」
インターバルの夜。
そうは思っても、僕の疑問に答えないまま端末を取り出して操作する高円寺に、なんとなく嫌な予感を感じてしまうとある喫茶店での一幕。
予感が当たっているか否かは、神のみぞ知ることだろう。
高円寺との話は、早苗は『常識』『才能』で、鬼龍院は『P、綾小路清隆』『旅行』で、ちょっと関係したモノをそれぞれ出してます。鬼龍院のエピソードは、ダイスで高円寺が天文部に入部してしまい泣く泣く削ったので匂わせてただけですが。
これで察するかもですが、元々は高円寺の位置に鬼龍院がいる予定だったり。