前話の予告通り、原作4巻&4章終了です。
僕は負けを確信していた。
カラオケで曲をセットして歌うだけなので合わせる必要のない僕は、対戦相手である早苗達が軽く音合わせするのを聴いて呟いた。
悲しげでしっとりとした曲ながら、早苗のピアノと高円寺のバイオリンが自由奔放に突っ走り、それを集中力全開にした四方のチェロがフォローする。ただそれだけで、練習だというのにコンサートとか開けば金が取れるだろうレベルの三重奏。
「あいつら、インチキスペックもいい加減にしろよ」
「……あはは」
もはやオーケストラを数回見に行っただけの僕が聴いてわかる演奏である。
愛里すら苦笑いしてるあたり、知ってて罠を張りやがったな四方達。ぱっと見で勝ち目は清隆との大道芸勝負よりなお低いとか、真っ当にやって負ける気が完全に失せた。
なので予定通り、勝ち負け自体をぶっ壊し+αを狙う方針を取ることにする。
すでに愛里も引き込んでしまったし、最悪無様を晒すのは僕だけでいい。
てか、このレベルの奴らが凡人一人に勝負を申し込むんじゃない。打つ手なんか邪道の2つか3つしか思い浮かばないだろうが。それに愛里が付いてくれなかったら、僕一人でこれに対抗しなきゃならなかったって、ふざけんな? ここまでくると勝負じゃなくて、能力の力押しとか圧殺とかいうんだよクソが。
勿論、あいつらにもプロと比べれば流石に連携や技量不足が原因のミスも僅かにあるが、それ以外では付け入る隙もない。少しばかり歌に自信があろうと、素人二人でどうにかなるわけがない時点で終わってるだろう。
しかも高円寺はともかく、四方と早苗はあんな事前情報を言っておいて、明らかに練習を積んでやがる。僕は演奏を聴きつつそれを感覚で理解し、愛里が教えてくれた情報から大まかな流れを組み立てた。
あの正統派な音楽と美しさに対抗するなら、それ以外のモノを使うまでだ、と。
切り替えた僕は、パソコンから音楽ファイルを引っ張り出し、愛里にギリギリまでその歌を練習しておくように頼む。それなりに古い曲の為か「これでやるの!?」と驚いていたが、カラオケのど自慢程度では勝負にもならない以上、勝利条件と場所の特性を利用させてもらう。
ふん。高円寺には悪いが、四方に早苗。僕に全力を出せる状況で無理ゲーふっかけてきたことを後悔するがいい。そっちがその気なら、天才様に勝負を投げ捨てるという僕の意地を見せてやる。
あらゆる手段で悪あがきする凡人とはどういうモノか改めて教授してやろうじゃないか!
ただ決意してから数十分後。
ちょっとした問題が発生している。軽い練習をしているだけの三重奏に釣られたのか人が集まり出しているのだ。先程までは数えられるくらいしか客もいなかったのに、今ではもう8割近くの席が埋まっている。
それだけの魅力に溢れる演奏なのはわかるし、こちらとしては好都合でもある。客の半分は船員や教師で、これは音楽に惹かれて来ただけだろうから存分に感動してもらいたい。
問題は残り半分で、全クラスのリーダーかその周辺、あと僕の友達や知り合いも相当数が来たことだ。
親切にも真っ先に寄ってきて素直じゃない感じに情報を落としてくれたツンデレ龍園によると、どうもどこかで試験の答え合わせ的な鍔迫り合い?やA・Bクラスは反省会をやっていたところに、四方と早苗がそれぞれ葛城と一之瀬、櫛田を呼んだらしい。そしてその連絡が届いた時に、周りにいた者達も付いてきたというわけだ。
ちなみに後で知ったが、部員全員が誰か友達呼ぼうぜってなことになってたみたいで、愛里は椎名、高円寺はなし。おそらく愛里が友達になったと言っていた椎名に興味が湧いて、早苗あたりが提案したんじゃないかと思われる。
清隆のことを、時々でいいから……思い出してください。ことあるごとに忘れられる彼が不憫でならない。知らんけど。
ま、それは置いといて、僕が知っている面子は。
Aクラスは葛城、戸塚、橋本。
Bクラスは一之瀬、神崎、網倉、柴田、浜口、安藤、白波。
Cクラスは龍園、椎名、アルベルト、真鍋さん達4人。
Dクラスは櫛田、清隆、須藤、平田、堀北さん、軽井沢さん。
あと牛グループのメンバーだった者達に、橋本と話してる知らない男女の生徒。ただ男の方は、アルベルトとほぼ同時に来店していた野武士っぽい生徒だ。なのでこの二人はAクラスの可能性が高そう。
多分、橋本や関わりが薄いか知らない奴らは偶然だろう。
しかしなんか各クラスの首脳陣っぽい奴らが集結しちゃったのは、試験が終わって暇ができたからでもあるかもしれない。
いやまぁ、アルベルトは僕以外の誰よりも早くから店に来たし、龍園は僕と……櫛田に軽く絡んだ後ですぐ帰っちゃったから、Cクラスは椎名とアルベルト以外、ほぼ知らないも同然の人ばかりだったが。
ともあれ、人が集まってしまった事により、愛里を前面で活躍させるプランは変更を余儀なくされた。
折角隠せてるのに、こんな余興でアイドルだとバレる可能性を上げるのは流石にNGである。やるとしたら、僕に注目を集めた上で愛里がノッてくれる形が理想だろう。
その為には―――。
「愛里」
「ひゃあっ! ど、どうしたの夢月君!?」
「悪い。すまんが少しプラン変更だ。最初は僕が一人で歌い始めるから、愛里は早苗達と居てくれ。そんでサビのあたりで僕の後ろあたりに入ってくるようにできるか? 勿論、僕が観衆を乗せられなかったら、そのまま人前に出なくていい」
「え、どういう」
「……この人数で目立つと雫だとバレるかもしれない。正直言って助けは欲しいが、だからって愛里の隠したい事を台無しにするのは嫌だ。なので、僕の歌にノッてくれた風なサクラ役的な感じで助けてくれないか?」
歌の反復中だった愛里のイヤホンを勝手に外し、他に聞こえないよう耳元で囁いた。
女子にすることではないので驚かせてしまったがしかたない。
「……ふふっ。わたしの名字と同じだね。サクラって」
「うん? ああ、そういえばそうだな」
「―――わかった。この歌ならわたしでもそういう演出はできるよ!」
「おお……! 頼もしいぞ愛里。ありがとな」
「…………こっちこそ……た、頼ってくれてありがとう」
ちょっと詰まって関係ないことを返されたので無理があるかと思ったが、愛里は大丈夫と変更を受け入れてくれた。
でもなんか嬉しそうな笑顔をされると、うっかり告ってしまいそうになるのでやめてほしい。
特に最近の愛里は、何かの拍子に可愛く見えてしまう時があるのだ。友達とはいえ、普通の美少女に微笑みかけられるのはマジでヤバい。
勘違いしてフラレない為にも、微妙に話を逸しておくのも大人の手練手管だろう。
「ところで、愛里が嬉しそうなのは」
「ううう嬉しそう!!? わた、わたしが?」
「へ? お、おう。古い曲だけど、気に入ったのかなって」
「ぁ…ああ、曲ね……うん。すごく明るい曲だよね」
「だろう!? 僕のお気に入りセレクションでもトップ10には入るから、夏の海にはマジでオススメ! もう一つと迷ったけどやっぱりさぁ……」
と、考えていたのだが愛里が挙動不審になったどさくさで変なスイッチが入ってしまい、ドヤ顔でオススメ曲を布教している僕がいた。
……ふっ。見よ! これこそがモテない男たる所以である。
そんな感じでやっている間に、23時になった。
すると今度は櫛田と一之瀬が、どこからか持ち出したマイク片手に司会のような事をやり出した。それに合わせて、呼ばれたり訪れたりしていた人波が一段落したところを見ると、打ち止めか誰かがあらかじめ決めていた設定時刻になったのだろう。
『お集まりのみなさん、いきなりこんばんはー! 一之瀬帆波だよー!
それで今夜は特別試験の打ち上げで、東風谷さんVS左京君の組に分かれて音楽対決するそうです! 次は何をやらかしてくれるか楽しみですねっ!』
『やっはろー! 櫛田桔梗ですっ!
帆波ちゃんと一緒に頼まれて、この音楽対決の勝敗を判定しに来ましたっ! 気が向いたら後で早苗か左京君の良かった方に一票入れてね!
みんなも試験結果には思うところあるかもしれないけど、今だけは忘れて楽しみましょー!』
また彼女らはそれだけではなく、これまで同級生や一般?客に説明・盛り上げなどの対応もやってくれていたりもする。
おかげで僕や反復を再開した愛里、早苗達のところには、最初にフライング気味に龍園が来ただけで助かってはいるが―――明らかに仕込んでるだろこれ。
櫛田は早苗が頼んだにしても、一之瀬も一枚噛んでいるみたいだから、四方の本気説がますます濃厚になってきたな。
人気者二人を用意したのは、人数を増やしてどちらも退けない逃げられない状況を作り、その上で僕が愛里に主役を任せすぎるのを防ぐのが目的くさい。僕の打ちそうな逃げ手は、先読みされていると見ていいだろう。
てか、僕相手にここまでするとか、常識人ぶっていたけどやっぱり四方もイロモノ枠だったということか。その本人は我関せずとチェロ弾いてるけども。
それにしても、一之瀬は頼まれただけで自然だろうからまだいいが、こういう場での櫛田のあざとさは本当に下手な怪談よりもゾッとするものだ。
彼女らが陰の者の元気を吸い取るスピーチ?をしている時、櫛田への視線が不気味なモノを見る目に変化していく堀北さんが視界に入って、なんか少し彼女に親近感を抱いてしまった。きっと帰りたくても帰れない何らかの事情があるのがわかって。
人のこと言えないけど、堀北さんもまたご愁傷様である。
小一時間の音合わせっぽいモノが終わったようだ。
自信と自負に満ち溢れた四方達から、先攻後攻を選ばせてくれると言われたので、僕と…今は話す余裕がない愛里は当然後攻をもらう。僅かに目があるとしたら後攻しかない。
また人数合わせにもう一人分助っ人を頼んでもいいらしく、カラオケの機械を操作する役として愛里が呼んだ椎名が頼まれてくれた。
それと、なんのつもりか清隆もピアノの腕を売り込んできてくれた(隣で堀北さんと須藤が目を丸くしていた)が、技量はともかく僕がやろうとしていることと清隆の性質が致命的に合わない為、別に割り振らせてもらった。
勝負までに椎名にカラオケの機械の使い方を教えてやってほしい、と。
そう頼むと、清隆と何故か堀北さんは凄まじく微妙な顔になりつつも、了承してくれた。ギリギリまで歌う曲をリピート再生して覚えている最中の愛里をチラチラ見ながら。
妙に愛里を気にしてるのは気になったが、四方と話していた一之瀬が店の中央付近に立って口を開いた為、突っ込むのを止める。
そして本当に時間が来たみたいだったので、愛里にそろそろ反復をやめるよう軽く背を叩きつつ、我がクラスの聖女が司会するのを聞いて祈りを捧げてみた。
『さーて! いよいよ肩慣らしが終わって先攻後攻も決まり、まずは東風谷組の演奏です!
東風谷さん、四方君、高円寺君。頑張ってねっ!』
いいぞ一之瀬。
もっと…もっとだ。
陽キャの全力全開パゥワーを早苗に浴びせかけろ。
邪悪なる者に光りあれ。
そして僕の時は控えめに頼む。
が、当たり前のように(少なくとも表面上は)効果はない。
僕に呪術の才能はないようだ。
しかし関係ないが、元気を吸い取るとか、一之瀬の正体はサキュバスかどこぞの極貧リッチーではなかろうか? そういう設定で夜のお供にしている奴もいそう。
そんな内心をよそに、滞りなく四方達の演奏が始まった。
やがて聞こえてきたのは天上の音楽といってもいい程のピアノとバイオリン、そしてそれらを包み込むようなチェロの音色。
更には弾き語りにも関わらず、声量抜群にして透き通る早苗の歌声。
こういう場合のステージなのか店の中央にある台の上で。
3人が3人共、威風堂々とした『らしさ』を出しつつ、それでいて深みのある三重奏が走り出し、そこへ早苗の孤高な本質を曝け出すような歌声が加わり響き渡る。
観衆も演奏が始まるまではあんなにざわついていたのに、今ではもう一音も聞き逃さないように聴き入っている。
それはふざけて変な念を送っていた事を僕が恥じ入るほどの―――これまでに聴いたことがない凄まじいまでの『音楽』だった。
本物のオーケストラを何度か聴きに行った経験もある僕がそう思うのだ。
音の魔力とでもいうべきモノに捕まって、大人である職員や船員も、勿論高1の同級生達も没入させてしまう。本格的な音楽をやっていた奴がいたとしても、これには心動かさずにはいられないだろう。
それほどの演奏。
横を見ると、愛里など目が潤んでいるくらいだ。
他の客と同様、いやそれ以上に感受性豊かな愛里は早苗達の演奏に感化されている。
惜しむらくは、曲から孤高や孤独を感じられるせいで悲愴成分っぽいモノが混入している点。感動させるほど心に染み入るような音楽は、愛里の表情に僅かな憂いを帯びさせる。稀に起こる意味不明な曇りを誘発させたというところか。
落涙レベルならそれはそれで目の保養であっても、美少女は笑ってる方が好きな僕としてはここからが腕の見せ所だろう。いかに愛里を乗せて僕ともども頭空っぽにできるかに、旅行のハッピーエンドが掛かっていると言っても過言ではない。
勝負の勝ち負けや試験なんかより重要なモノの為、僕は歌う前に気合を入れ直した。
歌い終え、最後まで素晴らしい演奏をしきった3人は、全方位に向けて優雅にお辞儀した。
『…………あ、ありがとうございましたっ! さ、早苗も高円寺君も四方君も凄い演奏だったね!』
役割分担でもしていたのか演奏が終わると櫛田の司会になっていた。動揺からか彼女の声は、いつになく上ずってしまっている。櫛田の仮面を揺るがすレベルの演奏だったということか。
ていうか、拍手喝采がなかなか止まないんだけど。スタンディングオベーションか涙すら流して余韻に浸る観衆の二択って。
……この後、僕と首尾良くいけば愛里が歌うんだけど、すげぇやり難い。
まぁでも先攻なら忘れ去られるだけだっただろうから、後攻なのはまだ細い道筋が残ってると言える。僕達が先攻で後攻にこれを聴かされていたら、どの道も残されていなかったと素直に思う。
「愛里。無理しなくていいからな?
やったら楽しそうって思った時だけノッてくれたら、それで充分」
「ぁ」
さて、道化で終わるか、窮鼠猫を噛むことができるか。
セクハラにならないように愛里の肩を軽く叩いて一言投げかけ、僕はステージに向かう。
櫛田もだが、何気に一之瀬がさっきの演奏に深く感動してるっぽくて司会が沈黙しているから、再起動してエナジードレインをかけられる前に自分で動いただけだ。
まぁ誰が応えてくれてもくれなくても、僕は僕のやることをするだけである。
「ふふんっ! どうでしたか夢月さ」
「おう、御三方。ナイスミュージック! よかったら僕の方にも『参加』してなー」
「「……っ」」
「ははは。君はいつでもbe oneselfだねぇ。それでこそ夢月とも言えるが」
「何のことだよ。タッチ代わりに褒めただけだぞ。
あっ、代わりで思い出した。途中まで愛里をよろしく。ちょっとプラン変更しちゃったから」
「……ふっ。任せたまえ」
すれ違いざま早苗に煽られかけたので、称賛で返しつつ愛里のことを頼む。
早苗と四方が何故か言葉に詰まったとはいえ、高円寺が快く請け負ってくれて後顧の憂いはなくなった。
これで心置きなく最初のパートを道化に徹することができる。
「準備できました。あとはスイッチを入れるだけです。
―――本当にいいんですね?」
「ああ。椎名もありがとう。助かった」
「…………では」
ステージに上がると、その脇に置いてあるカラオケ装置のところから椎名に声をかけられた。
彼女にも礼を告げると、心配そうではあったが頷いてスイッチを入れてくれる。
そして音楽が流れ出したのを確認して、僕は不完全なパリピ左京に自分を切り替え―――たまたまアルベルトと目が合ったので、なんとなく英語で第一声を放った。
「いえあっ! IT’S SHOWTIME!」
音楽が流れた直後、できる限りの大声を出した為か驚いた観衆に注目される。
あの天才3人衆と違い、僕には演奏経験は殆どない。技量だって声量だって早苗には到底及ばない。経験には多少自信があるけど、頭脳も容姿も魅力も四方や高円寺と比べれば平凡極まりない。ないないづくしである。
だけど、そんな僕だからこそ思いつく手というものがある。
「んばばっ!!!」
しんみりと三重奏の余韻に浸っていた何人かが、いきなり流れ出した先程とは真逆な方向性の音楽と僕が叫んだ謎言語に目を丸くしていた。
ちなみにスピーカーから流れてきた音楽は、前の『俺』ですら現役で見ていたわけじゃないとあるアニメのオープニング。
―――んばば・ラブソング。
『俺』の学生時代での想い出深い歌であり、またそれだけでなくその底抜けに明るい歌詞とメロディーは、一人で行ったカラオケで唐突に襲ってくる虚しさをいつも吹き飛ばしてくれた。
しかもなんというか、現状にベストマッチな南国を楽しんでる気分に浸れるのだ。
2週間にも渡る船旅の締めくくりと、感動的で正統派な音楽に対するにこれ以上のモノはないだろう。
「青い海が呼んでる 白い波も歌ってる
真っ赤な 真っ赤な 太陽追いかけて
走っておいでよ パラダーイス!」
しかし歌うだけならともかく、このあからさまに陽の者の専売特許的な明るさは、一之瀬や柴田といった者達の在り方を真似しなければ表現できない。その為のパリピ左京再びだ。だから誰彼構わず元気に片っ端から巻き込んでいけるテンションだけは無理してでも維持する。
それを愛里が助けてくれたら、火に風とばかりにゴリ押せるポテンシャルを秘めた曲だ。
「そよ風リズムで ヤシの木が踊るフラダンス
真珠の貝殻 浜辺いっぱい あげよう
いらいらするなんて いけないよ
もう何にも 心配 いらないよ
んばば んばんば 呼んでる
んばば んばんば 歌ってる
真っ赤な 真っ赤な 太陽追いかけて
走っておいでよ プリンセース!」
そうして悟空を待つクリリンのような心境で、界王拳(気分)を使いつつ歌っていれば。
ほら。歌詞のように、曇りを吹き飛ばしたような表情の愛里が駆けつけてくれた。今ならサクラ的なポジショニングもバッチリだ。
僅かな間奏にて、良いところで入ってくれた愛里と笑い合いながら、ハイタッチを交わす。時々見せる愛里の満点笑顔は、いつだって最高に僕のテンションを上げて楽しい気分にさせてくれる。
まさに鬼に金棒である。
本職のアイドルになれるほどスター性のある相棒の合いの手があれば百人力。
むしろ状況が許せば、僕が添え物になってもよかった。
歌詞だって間違えても問題ない。
ノリとリズムで適当に「んばば」とか歌って自由に楽しむ。
ただそれだけでいい。
高みに至った技術や声量は人を惹きつけるけど、凡人の作り出すノリやリズムだって場を選べば負けちゃあいない。
あの孤高を感じさせる素晴らしい演奏のあとだからこそ、なおさら陽気なメロディは反動で身体も心も踊らせるのだ。
なにより愛里がノッてくれたので最後の心残りも消えた。
やっぱり美少女は曇ってるより、楽しそうに笑っているのが至高である。
「「夜空のパーティー三日月も見てるショータイム
星屑のかけら 瞳いっぱい あげよう
くよくよするなんて いけないよ
もう誰にも 遠慮は いらないよ
んばば んばんば 聞こえる
んばば んばんば 叫んでる
でっかい でっかい ぼくらのラブソング
歌っておくれよ プリンセース!」」
四方達3人は天才と呼ぶに相応しいものをそれぞれ持っているだけに、自分や自分と同格に近い者が最も活かせるやり方を好む。だから勝利条件を勘違いしていたのだろう。ノリという勝負時は弱い手札のままで地の利を活かす道を、自分の実力への自負が覆い隠してしまって。
当然のことながら、格式張ったコンサートやコンテストとかでは通用しない手だが、こういう適当に歌って飲み食いするカラオケっぽい音楽系の店においては少々事情が異なる。この場での勝負を想定するなら、四方も早苗も場に合った陽気な手札を用意するべきだった。
負けを確信した凡人は、こういう悪あがきをするのである。
勉強になったかな天才諸君?
……なんて、いつもみたいに煽れないけどな。考えが読みきれていない以上、あえてこの道筋を残した可能性は捨てきれないし。
「「青い海が呼んでる 白い波も歌ってる
真っ赤な 真っ赤な 太陽追いかけて
走っておいでよ パラダーイス!
んばば んばんば 聞こえる
んばば んばんば 叫んでる
でっかい でっかい ぼくらのラブソング
歌っておくれよ プリンセース!」」
まぁ愛里は笑ってるし、僕も楽しかったので勝ち負けや決着は好きに決めればいい。僕は負けを認めている。
吹っ切れて晴れ晴れとした気分で歌い終えると、早苗が。四方が。高円寺が。いや、もはや何柱かの神様さえ含むみんなが。何故か笑いながら僕に一撃入れたり、ステージに来たりして、歌ったり踊ったりし始めた。
それ自体は少し困惑したが、歌にノッてくれたわけだからいい。
だが―――。
おい、対戦者の天才どもぉ!? お前らの一撃は重すぎんだよ! 大笑いして参加してくるまでは良いけど、僕のHPの半分はてめぇらが持ってったんだからな! 少しは自重しやがれってんだ!
こいつらに言いたいことがある。
内容は見ての通り。だが、直接言ってやりたくても無理だ。
なぜなら椎名が誰かの言い出したアンコールに応えて、もう一回歌えとばかりにまた曲を流し出したことで、歌うのを止めるわけにもいかなくなった。ここでそうすれば空気読めてないにもほどがあるだろう。
そんな収拾つかなくなってきた光景を見て何を思ったのか、最後まで司会っぽい役割を全うしようとしていた一之瀬と櫛田まで視界の隅ではっちゃけだしたのが見えて……。
「「「んばば んばんば 聞こえる
んばば んばんば 歌ってる
でっかい でっかい ぼくらのファンソング
歌っておくれよ プリンセース」」」
普段のブレーキ役が揃ってノリノリになった今。
もうこの勢いは僕の手を離れて止められないと悟り、限界までこいつらに付き合って歌い続けることを覚悟した。
ただ個人的には。最後の最後まで、ド突かれたり、ハグしてくる相手に愛里・椎名が早苗に独占されて参入しなかったのが残念でならない。少しは僕にも甘酸っぱい青春的な役得がほしかった。
代わりに何曲か歌った後、テンションの上がった野郎どもと野郎を物ともしない早苗に、代わる代わる絞め落とされたのが旅行最後の記憶であることは真に無念である。
……ところで途中から考えてなかった僕が言うのもなんだが。確か僕が負けたら天文部部長がどうとか言っていたと思うのだが、次は誰にするつもりなのだろう?
まぁ、部長交代はともかく。
人の企画で好き勝手に楽しんで、友達連中含む奴らも盛り上がれたっぽいし、2週間の旅行の締めとしては悪くないだろう。
とりあえず僕は疑問を忘れて切り替え、主に手助けしてくれた何人かに向かって、感謝の気持ちが伝わっていると信じて。思考を止めることにした。
ありがとう。んばば、んばんば、めらっさめらっさ。
ダメージレースNO.1な早苗のベアハッグによる痛みと苦しみを、そんな良い感じ風に綺麗な内心で誤魔化しつつ、僕は完全に意識を手放すのだった。