あ~。気疲れしたし、口に出すの怖かった。今回は仕方ないけど、もうこんな貧乏クジは絶対引かない。絶対にだ。メッチャ怖かった。
でもとりあえず、言いたいことは言えたし帰るか。
礼儀には反するけど、これまで外部接触禁止の規則には違反しないよう必ず青娥さんを通すという面倒な工程は欠かさなかったし、怒られる事はあっても大きく罰せられない最低限の保身はしていた。当然、規則の抜け道を使い倒せって学校の教育方針通りに、犯罪や規則違反は犯していない。
だから、後ろ盾も意識しながらグレーゾーンのギリギリで立ち回った僕は、理事長であろうと相当な無理をしない限り排除できないはずだ。なら引き際を弁えて、多少失礼になってもさっさと帰ってしまった方がいい。
そしてついでに僕と違って拒否もできただろうに、何故かこんな鉄火場へ自分から付いてきた高円寺に目で帰るか聞くと、小さく笑ってついてきた。
無駄な行動はしない奴だから、何らかの目的はあると思ってたんだけど普通についてくるのか。結局、高円寺は話さなかったけどなにしに来たんだ?
僕は責任を追及される流れだったらともかく、理事会で聞かれるだろうことはまず松雄に片付けさせてからきたから、報告と宣言だけしてさっさと退散するつもりだったんだけど。
友達で大口スポンサーの一人でもあるから、いてくれただけでも助けにはなったが、退屈だったんじゃなかろうか。
「ま、待ちなさい!」
「理事長。外部接触禁止とPP廃止に他諸々。あと松雄栄一郎の途中編入の件もありますし、これから忙しくなるんじゃないですか? 政治家や財界人の方達との折衝も増えるでしょうし……。
僕のような一生徒にあまり時間はかけない方が、きっと『実験』の状況は好転しますよ」
「っ! 左京君! それでは、あまりにもったいな」
先に高円寺を通し、僕も出ようとした時、理事長が僕を呼びとめた。ただこれ以上話しても意味がないので、暗に大人同士・お偉いさん達で話してくれと実行犯達へ丸投げする。
予測できる穴埋め案も松雄や青娥さん、ついでだったので生徒会方面へは葛城に託してある為、でしゃばりすぎるのはよくない。引き際を見誤ると本気で僕が危ないかもしれないし、他の領分を犯すのはなるべくしない方が良いのだ。
理事長がまだ何かを伝えようとしているのはわかっていたが、曲がりなりにも総責任者で大人なんだから、僕と遊んでいる暇などないと話を切る。
短くとはいえ、もうお互いに必要な言葉は交わした。生徒と理事長ではどこまでいっても対等にはならないし、続きはお偉い人達とやってくれ。恩もある人ではあるが、どうも友達を侮られたように感じてちょっとムカッときているのだ。
理事長以外に一人、車まで迎えに来てくれた月城さんの雰囲気もヤバくて注意を割かざるを得なかったが、もう僕と会うこともないだろう。だから無礼で攻撃的だとは思っていたが、思い切らせてもらった。
集中して観察していたのでわかる。
月城さんはともかく、この場のお偉いさんは空調の効いたこの部屋で汗が隠せていなかった。また直接会話した理事長は、考え込む時に指を遊ばせる。答えに迷えば机を撫でる。
このようにブラフかもしれないが、わかりやすいサインがあった。これで押しまくらないのは駄目だ。尤も、後先考えず啖呵を切ってしまったのは反省点である。
でも、ほとんどの外の交渉事は松雄と彼を通じてその息子に全権を渡して、青娥さんという切り札もブラフに使っただけなので、理事長や政治家の先生方、高円寺・鬼龍院2財閥などのお偉いさんの目からせめて僕くらいは吹き飛んでいくといいな(希望的観測)。最後の方で理事長は誘導しようとしつつ、謎に僕を持ち上げていたが正しく凡人だとは認識できていることだろう。
あとは……集めた金は、使ったぶんと見せ金にしてたぶんの回収見込みも少しはあるし、いざという時の為に保険の手も打っておいたから、返済の心配はないはず。これでよほどの予定外が重ならなければ、物理的なモノはほぼ精算できる。
なんせ交渉過程でそれなりに性質もわかってきた大企業をバックにした保険だ。子供の伝がある学生を裏切って無駄に破滅させるより、このまま流れに乗る選択をしてくれるくらいには信用している。
しかし今更ながら、2財閥の子女子息がいたとはいえ、政府から学校に圧力をかけさせて、制度を根本から変え、ついでに混乱に乗じて松雄の息子の編入をネジ込ませてしまったことに、自分のやったことながらちょっとビビってる。編入に関しては、松雄の入社時の約束だったのでしかたない面もあるが……僕の将来、もしかしてヤバいのではという思いが湧き上がっていた。
特に扉が閉まるまで、細目を開けて鋭く見てきた月城さんに手の震えが止まらない。勿論、クスリとかの禁断症状ではなく純然たる恐怖である。
こちらに関しては想定がまだ甘かったと痛感しつつ、僕は高円寺とともに理事長室を後にした。
これほどの規模の学校の理事長だと、腹心?懐刀?もメッチャ怖いんだなとか、葛城みたくもっと石橋を叩いて渡る慎重さが欲しいところとか、なるべく自分の考えを逸らしながら。
最善の速攻終了がなされなかった為に、わざわざ手間を掛けて途中から船上試験を真面目に受けたのは愛里の周りに人を増やすのが主目的だし、少しでも僕に注目を集めて松雄への援護射撃する為でもあった。また愛里が単独にならないように、陰ながら早苗や椎名、櫛田に頼んでいるのも、同級生以上に学校への警戒に他ならない。
それほど僕はこの学校を警戒している。
少なくとも、いきなり自国でやるには不安だからと、実験するようにまず世界初のL○BT法案とか民営化とかのアレな政策を他国にやらせる某国と、右から左とばかりにそれを実行する某国くらいには。どちらの国とも似た匂いがするからだ。
でもこれでその警戒は必要だったと確信できた。
僕含めた友達の中で学校から不要と判断されるのは、僕が何もしなかった場合はおそらく愛里>僕&東風谷>四方の順。理事長との話から読み取れたこの方針が正しければ、これからもできるだけ愛里周りは固めておいた方がいいだろう。
そんな事を考えながら理事長室から出ると、鬼龍院先輩に……何故か生徒会一同+αが勢揃い(担任などの教師もいるし、多分知らない奴は役員だろう)していた。中には、ついさっき別れたばかりの一之瀬と葛城もいる。
「左京! はははっ!! やってくれやがったな、てめぇ! ふはははははっ!」
その中にあって、真っ先に駆け寄ってきて上機嫌にバシバシ僕を叩いてきたのが、ほぼ話したことのない副会長なのはどういうことだ? これでは可愛い女子が近づきづらいだろうが。どうせなら橘書記あたりに、キャー左京君素敵! とか、カッコイイー抱いてっ! とか言われたいんだよ僕は!
恐怖心が雲散霧消したことには感謝するけども。
「なんかやらかすなら一言言えっつっただろ!? 学校制度の根本改革なんて面白そうな話を独り占めしやがって左京この野郎! しかも決闘とか、外を利用するとか、プッ…ははははっ!! 最高だぜこの馬鹿野郎!」
「ちょちょちょ……痛い痛い! 副会長痛いです!」
「うっせぇ! 俺のテンションを限界突破させたお前が悪い!」
わけのわからないことを言いながら、僕にヘッドロックをかけてくる南雲副会長。
周囲も気にせず我関せずに歩を進め、いち早くこの場から離脱していった高円寺。
副会長に先を越された、みたいな顔をして固まっている鬼龍院先輩。
助けてくれる気配もない唖然としているようなギャラリー。
結束力も統一性の欠片もない集まりである。
あっ、やべ。高円寺に渡しておく物があったんだった!
副会長に、なんだこいつ? とウザく思いながらも、ある用件を思い出したので僕はなんとか副会長を振り払い、去りかけていた高円寺を慌てて呼び止める。幸い、副会長は堀北(兄)が止めてくれた。
「高円寺!」
「ん? まだ何かあったかね?」
「悪い! 約束の物を渡すのが遅れた。これに入ってるから確認してから収めてくれ」
「約束の物?」
個人資産の投資と、実家に口添えしてくれる代わりに、2000万PPを用意するのが僕と高円寺・鬼龍院先輩が交わした約束だ。期限は高校卒業までだったが、用意できた以上は早めに渡しておいた方がいいだろう。
中身は当然、外に学校の目を向けさせておいたついでに、桜プロダクションと喫茶・芳香で報酬や仕入れなどをフル活用してマネー(ポイント?)ロンダリングした綺麗なポイントだ。半分くらいは松雄栄一郎の編入の為に使ってしまったが、それでも二人と約束した額には届いていた。
これは愛里…雫の人気爆発のおかげである。
雫の魅力もさることながら、青娥さんと松雄が奮闘したあれがなければ、少し足りないまま学校に対策されて、特別試験で得た100万や愛里の50万に手を付けて補填することになったかもしれない。それでも足りない可能性はあったが。危ない綱渡りだった。
僕は他に決定的な情報が伝わらないよう注意して手早く説明しながら、“約3000万PP”が入った天文部会計用のカードを高円寺に差し出した。
「……まさかあの程度の口約束と投資・口添えだけで、これほど早く用意してくるとはねぇ。本当に予測を外してくる男だよ君は」
「高円寺と鬼龍院先輩がいなかったら、こんな短期間の計画では破綻してただろうから当然だろ?」
「……っ」
「僕は本当に感謝してるんだ。ありがとう!」
このお礼も心からだ。
視界に捉えている鬼龍院先輩も含めて、僕はできる限りの感謝を二人に伝えた。
高円寺はあの程度と言うが、一般人には到底不可能な手助けをしてくれた。また鬼龍院先輩だけではコネクションが足りず、高円寺だけでは始動が遅れただろう。どちらかがいなかったら、松雄の頑張りがあったとしても達成には当初予測の冬前までかかったはず。
つまり対策を打たれる前に速攻できたのは、二人が協力してくれたおかげなのだ。
前に言われた鬼龍院先輩の見立てでも成功率4割程度だったらしいし、本来なら妨害なり横槍なりがあったとすれば感謝してもし足りない。
「それと宴の負けもあるから、高円寺はそれを持つ代わりに天文部の部長か会計どっちかに就いてくれ。肩書だけ付けとけば、部活用のカードを持つ名目は立つ。勿論、自分のカードに中身を移せば、面倒事は増えるけど肩書はいらない。
どっちでも好きな方を選んでくれ」
生徒個人のカードだと、ポイントや金の動きが学校に筒抜けになる。
鬼龍院先輩には意向をあらかじめ聞いていたからそのまま振り込んだが、高円寺が面倒事を嫌うなら肩書を付けて風よけになる程度のアフターサービス的選択肢はある方が親切だろう。ここまで恩を受けたのなら、できるだけ返せるようするべきだ。
当然、肩書を渡したからといって、何かを要求しようなどと考えてはいない。高円寺がもし部長の席を望んでも、言われない限り仕事はこれまで通り僕がやるつもりだ。
恩には恩を返すのが、僕の流儀である。
「―――くっ! ははは! ハーッハッハッハ!!」
そしたら確認してすぐに大爆笑された。
「ジョーカーを引いておいて! ははっ。そ、そんな、そんな……バ、馬鹿ッ…馬鹿正直に! ふはっ! やりきった清々しい顔で自分の利益を全て差し出してくるとはねぇ! ふっははははは! ハハハハッ!」
高円寺は腹を抑えて身悶えるように、記憶の限りでは最大級に笑い転げる。
日頃からよく笑う奴ではあるが、ここまで大笑いして人を…僕を『褒めてくる』高円寺を初めて見た。いや、言葉だけなら悪口にも聞こえるんだけど、常に優雅さを意識してる高円寺の口からスラングっぽい言葉が出ると、貶す意図を感じないのもあって遠回りな称賛にしか聞こえないのだ。つまり早苗や龍園と違ってムカつかない。
ただ、なぜ突然こうなったかは半分以上不明である。それほど高円寺を理解するのは難しい。
僕が疑問符だらけになっている間も高円寺はしばらく笑い続けた。笑う理由がわかっているような顔をした鬼龍院先輩が寄越したミネラルウォーターを当然のように飲み干すまで。
2人の絵になるやり取りを経て高円寺はようやく落ち着き、こころなしか真剣風味に口を開く。
「よく覚えておくといい夢月。
たとえ他の誰が認めなくとも私が認めるよ。君が勝敗にこだわらないまま成し遂げた事と併せてね」
「……?」
「誰にも異論は唱えさせない。天文部部長は君で、会計は私が引き受けよう。
この私を動かしたことを誇りたまえ」
「? おう。サンキュ。仕事はないようなものだけど、高円寺の好きなようにしていいからな」
「ふっ」
僕はただ約束を守っただけなのだが、この意味深で別の意味が含まれてそうな言葉によくわからない迫力?説得力?を感じる。なぜなら高円寺の口元には笑みが形作られ、眼差しからは敬意すら浮かんでいたからだ。
それは僕に結構な衝撃と困惑を齎した。
だが具体的な形にできなかった僕がとりあえず普通に答えを返すと、高円寺は再び小さく笑って今度こそ去っていった。
「ふふっ。私も聞きたいことはあったが、今なくなった。それではまたな後輩」
「ふぇ? あ、はぁ。先輩も今回はありがとうございました」
その高円寺の後姿に僕の勘が良くも悪くも強く反応して困惑しているうちに、自由人同士で共鳴したのか鬼龍院先輩まで去っていく。それはなんか不思議と彼らからの『信頼』を感じさせるもので―――。
まぁ先輩の場合、2020万PPを振り込んだ事についてが用件で、高円寺との会話から全体像を察しただけなのかもしれない。
だからというわけでもないが僕はもう止めることなく、いつになく上機嫌な二人の友達が去っていくのを見送った。なんとなくランナーズ・ハイになったかのような気分になりながら。