十数秒から十数秒の空の旅。終わったと思ったら、次に訪れるのは、水の旅。
(水の中ですか・・・・・あの、湖に落ちたんですよね?)
コポコポと口の端から空気の泡を水面に上らせながら彼女、皐月雪音は周囲の確認をする。
そこがある程度深いことを確認しながら、彼女は水面へと向かう。
「―――――ぷはっ!・・・・・・・ッ、はあ・・・・・・・?」
止めていた息を吐きだして、立ち泳ぎで周りを見渡した雪音は途中で岸辺に上がった二人の
男女を見つけてそちらへ向けて泳ぎ出した。
「・・・・・・・・・・あ」
その途中である事に気が付いた。
「替えの洋服ってありましたっけ?」
雪音は基本的に桜と椿の模様のある和服を着ている。
だが、今回。急に湖に落とされて何も準備が出来ていない。仮に着替えを持っていたとしても、
異空間に繋がっているポーチのどこかなので、実質的に水に浸かった時点でアウトである。
探すのが面倒くさいなどと考えている間に湖岸についてしまった。
浅くなってきた湖底に足をついてから、水をかき分けて岸に上がった雪音はそのまま湖岸に
腰掛けて羽織を脱ぎながらギュッと絞る。
すると、女性の一人がなにか話し始めたようだった。
「貴女の名前を聞いていいかしら?」
「へ?わ、私ですか?」
「そうよ、そこの和服の貴女。貴女だけ、名乗っていないもの」
「あー、成程、成程。私の名は皐月雪音です。まあ、よろしくお願いします」
「そう、よろしくね。雪音さん」
彼女は黒髪の女性に挨拶しながら、周りを見渡す。そこには、黒髪の女性の他に
茶髪の少女、なんだか軽い反応をしている金髪の少年がいた。
「私の事よりも、今はこの状況を知る方が先決なのでは?」
「あら、私はどっちが先でもいいわよ?」
「・・・・・・・・同じく」
「俺もだな」
「何でそんなところで意気投合しているんでしょうか?ほら、そこの茂みに隠れている方も、
そうは思いませんか?」
「あら、気づいてたの?」
「空から見えましたからね。それを言うならそっち二人もでは?」
「ヤハハ、かくれんぼじゃ負けなしだからな」
「風上に立たれれば嫌でも分かる」
「へぇ・・・・・・それは面白いですね」
そんな会話がなされ、四つの視線が茂みへと突き刺さった。
これに焦ったのは、問題児達を遠巻きに観察しようとしていた召喚主。
タラタラと冷や汗を流しながらも、このままでは埒が明かないと意を決して彼女は立ち上がった。
「あ、あははは。嫌ですねぇ四人様方その様なオオカミもかくやと言わんばかりの目で見られて
しまっては、黒ウサギの矮小な心臓が悲鳴を上げてしまいます。古来より、孤独と狼はウサギの
天敵!どうかその視線の矛を降ろして、皆様私のお話を聞いてはいただけませんか?」
「断る」
「却下」
「お断りします」
「頑張れ」
「あは♪取りつく島もないとはこのことですね!」
「あと、お一人様ありがとうございます!!」
約一名に感謝しつつお手上げだというように彼女、黒ウサギは両手を挙げた。
しかしその内心では、
(この状況で拒否の言葉を即答できるのは、良い気概です。とにかく、何としてもコミュニティに
入ってもらわなくては!)
結構したたかなことを考えていたり。
だがしかし、相手は世界の問題児達。そんな彼らの目の間で気を抜いてしまえばどうなるか。
「・・・・・・・・・えい」
「ふぎゃ!?い、いいい一体何事ですか!?」
「あ、感覚あるんだ」
「ちょっ、初対面で黒ウサギの素敵耳を鷲掴みにするなんて―――――」
「良い手触り」
「話を聞いてくださいよ!?」
ぐわしっ、と掴まれた黒ウサギのウサミミ。掴んだ茶髪の少女は、モフモフとした手触りわ堪能するばかりで
黒ウサギの抗議を気にも留めない。
ついでに問題児達の興味も彼女に向いた。
「私も触っていいかしら?」
「へぇ、本物なのか、コレ?」
金髪少年と黒髪少女の意識も黒ウサギに向けられる。
「そこの声援を送って下さった人、貴女は助けてくれますよね!?」
「ごめんね。黒ウサギ」
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ」
(暇だし、何処かに行きますか。)
そうして雪音の姿は空気に溶ける様にその場から消えていった。まるで、最初から彼女は
存在しなかったかのように忽然と。
一時間後
「あり得ない、あり得ないのですよ・・・・・・!まさか耳を触られるだけで小一時間も潰れるだなんて!」
ヨヨヨ、と泣き真似をする黒ウサギ。彼女の自慢のウサミミは触られまくって毛羽立ってしまっていた。
とはいえ、
「・・・・・・満足」
「良い手触りね、敷物にもよさそうだわ」
「ん?」
ホクホクと顔をほころばせる茶髪の少女、春日部耀と黒髪少女、久遠飛鳥は満足な様子で
自分の手を見つめたりついてきた三毛猫を撫でたりしている。
だが、金髪少年、逆廻十六夜はある事に気づいて眉を上げた。
「なあ、あの和服少女何処に行った?」
「え?」
「・・・・・・・そう言えば」
問題児三人が辺りを見渡そうとも、既に和服少女は影も形もない。
「面白いな、アイツ」
「・・・・・・・臭いも、残ってない」
「まさか、幽霊だったりしないわよね?」
「いや、あいつには実体があった。それに見ろよ、あいつの座ってた場所は水で濡れてる。綺麗に形が残ってるだろ」
「あら、そうね。それじゃあ、彼女は何処に消えたのかしら?足跡は・・・・・残っていない
みたいだけど」
「さあな、そこは分からねえよ。空を飛べるのか、若しくはテレポートか。臭いは残っていないだろ?」
「・・・・・・・うん」
「それじゃあ、テレポートか。音もせずに俺の前から消えるとか、やってくれるじゃねえか。面白れぇ」
好戦的な笑みを浮かべる十六夜。しかし、彼にも雪音を追う術は無い。
この後、黒ウサギが雪音の居ない事に気づいて再び慌てることになるのだが。それはまた別の話。
すいすいと足場が悪い森の中を、道を通ることなく雪音は横断していく。
不可解なのは、彼女が歩く道だ。足音は愚か、草花が踏まれる音や擦れる音も一切してこないのだ。
(本当に便利ですね、コレは。習っておいて正解でした)
異端の技術を駆使しながら、雪音の感想はこの程度。
彼女が向かっているのは、空から落ちている際に見えた天幕のある巨大建造物のあった方角。
理由は、暇だったことと興味があった為である。森の木々を抜け、草葉を踏みしめる事無く
踏破してやがて雪音は、石造りの壁の前にやってきた。門の向こうには沢山の人の姿があった。
(良いですね、ここでならこの刀もどうにかできるかもしれませんね)
門の先はやはり異世界。人類という種族のみならず、獣人や人型の無機物等その数は様々。そんな
人込みの中を、雪音はすり抜けるように動き回った。彼女に気づく者は誰もいない。
そのまま町中をウロウロしながらやがて、彼女はある店に辿り着いた。
辿り着いた店は、武具店であった。刀から直剣、メイスや盾などの様々な武具が所狭しと並んでいた。
(お邪魔しまーす)
気配を消したまま雪音は入店を果たすのだった。