結婚相手が殺されたのは、これでもう七度目です。私が悪魔に魅入られているから:あるいは、アスモダイオスの身勝手な恋   作:木村直輝

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除幕:アスモダイオスの身勝手な独白

 俺はセーラが好きだ。

 だが、俺は悪魔だ。悪魔である俺が、人間であるセーラと結ばれることなど決してない。

 だが、それでも俺はセーラが好きだ。

 だから。だから俺は、セーラに手を出そうとする男たちを殺した。俺は奴らが許せなかった。俺は奴らがセーラに触れることが我慢ならなかった。

 だから、俺は奴らを殺した。

 

 俺は色欲の悪魔だ。

 そんな俺が、見目麗しいセーラに目を引かれたのは当然と言えるだろう。

 大きく可愛らしい目、柔らかく美しい肌、すらりとした綺麗な体躯。セーラの容姿はどれをとっても魅力的で、人の愛欲をかき立てるものだった。

 俺のセーラの第一印象は、最高に魅力的な素材だった。俺はこの逸材をどうしてやろうかと、胸を躍らせ、近づき、眺めた。

 俺とセーラの出会いは、なんのドラマもない、そんな日常のワンシーンの一つでしかなかったのだ。

 俺は運よく見つけた最高の道具であるセーラを、どのように使うのが一番よいかとじっくり考えながら、その性能を見極めるために日夜観察した。そしていつしか、俺はセーラに、恋をしていた……。

 

 特に劇的なきっかけがあったわけではない。叙情詩(じょじょうし)戯曲(ぎきょく)になるような、そんな面白おかしい事件など一つとしてありはしなかった。

 ただ、何気ない日々の中で、俺は気づけばセーラの美しさに心奪われてしまっていたのだ。見た目の美しさにではない。その、魂の。その、在り方の美しさに、俺は(見・魅)入ってしまったのだ。

 

 だから俺は、許せなかった。

 セーラに手を出そうとする男たちが、その色欲に塗れた汚い手が、セーラに触れることが許せなかった。

 セーラの魂の美しさを知りもせず、本当の美しさなど見ようともせず、ただその上っ面の美しさだけに欲望を向け、汚い手を伸ばし群がってくる男たちの全てが許せなかった。

 だから俺は、奴らを殺してやったのだ。この手で、その首を絞め、その汚れた魂を地獄へと導いてやったのだ。

 

 もちろん、わかっていた。

 俺は色欲の悪魔だ。だから古今東西、多くの恋・愛(Love)を見てきた。

 Loveのきっかけなど、些末なものだ。多くの社会で人間は、よく知りもしない者と結婚し、家庭を築き、その中でLoveを見つけていく。きっかけは縁談でも成り行きでも不本意であっても、その先でLoveが育まれることは決して珍しいことではない。ありふれたことだ。

 見た目の美しさに魅かれた者が、ただ肉体を求めただけの者が、その先でLoveに至ることだって珍しくはない。色欲から始まるLoveもある。そんなもの、ありふれている。

 それどころか、強姦から芽生えたLoveだって俺はいくつも見てきた。耐え難い事実から心を守るための、すっぱい葡萄のようなLoveだ。反吐が出る。

 だが、所詮Loveなどそんなものだ。所詮Loveなど幻想だ。所詮Loveなどカゴの中のつがいが抱く欲望に過ぎないのだ。

 軍隊で、牢獄で、女学院で、永遠のLoveを誓い合った男同士、女同士が、そこを去りいとも容易(たやす)く異性へと乗りかえる様を俺は何度も見てきた。

 奴らは真に同性へLoveを向ける人間ではなかったのだ。そんな奴らでさえ、同性しかいない場所では、時に己を歪めて同性にLoveを求める。

 なぜならヒトは本能で、さびしさで、弱さでLoveを作り出すからだ。

 Loveなど所詮はそんなものだ。

 

 それなのに、神の教えなどという見栄(みば)えだけの幻想を信仰し、己を騙し世界を虚飾で飾りたて、崇高なLoveに(すが)り苦しむ人間共のなんと滑稽で愚かなことか!

 だから俺は、囁いてやっていたのだ。人間が獣本来の魂を取り戻せるよう、導いてやっていたのだ。色欲を、愛欲を、情欲を、お前たちの本当はそこにあるぞと教えてやっていたのだ。それが俺、色欲の悪魔、アスモダイオスだった。

 

 だが、そんな汚い世界にいながら、セーラはとても美しく見えた。

 それはいつか、どこかで見た、泥沼に咲く白い花のようだった。泥を浴びても泥に染まることはなく、白く美しいまま咲き続けていたあの花のようだった。

 きっと、だから俺は、そんな美しいセーラを好きになった。セーラを思う時、俺は狂ってしまいそうな苦しみに全身をさいなまれた。

 それでも俺は、セーラが好きだった。いや、好きなのだ。

 

 だが、俺は悪魔だ。そんな俺を、人間であるセーラが愛してくれるはずがない。それに、そんなことは絶対にあってはならないことだ。

 人間に汚さを取り戻させるべく存在する俺は、美しいセーラにとって、憎むべき色欲の悪魔であり続けなくてはならない。

 だから、美しいセーラと結ばれるわけにはいかない。美しいセーラに愛されてはいけない。美しいセーラに認められてはいけない。

 そして、そんな俺には、俺にはセーラを幸せにすることなどできなかった。

 どんなに好きでも、こんなに好きでも、俺にはセーラを幸せにする資格がそもそもなかったのだ。

 

 でも。いや、だからこそ、俺は我慢ならなかった。

 セーラの本当の美しさを知りもせず、見ようともせず、汚い手でセーラの体に触れようとする男たちの全てが許せなかった。

 セーラには、幸せになって欲しかった。セーラには、セーラの本当の美しさごと愛してくれる男と結ばれて欲しかった。だから、俺は奴らを殺した。

 この手で、一人残らず、首を絞めて息の根を止めてやったのだ。

 

 しかし、セーラはその所為で苦しんでいた。さびしい思いをさせてしまった。悲しい思いをさせてしまった。つらい思いをさせてしまった。苦しい思いをさせてしまった。

 俺はセーラを苦しめ、傷つけ、害している。俺はセーラの幸せの邪魔でしかない。

 それは俺にもわかっていた。それでも、悪魔である俺には、そんな風にしかセーラを愛することができなかった。そんな風にしか、セーラの幸せを願うことができなかった。

 俺はどこまでも身勝手な、身勝手な恋をした、悪魔だ……。

 

 

 だが、ついに、ついに現れたのだ。

 セーラの本当の美しさに気づき、セーラのその本当の美しさを愛してくれる、セーラにふさわしい男が。

 何より、セーラがその男を愛していた。セーラが初めて男を選んだのだ。その本当の心で。だから俺は、この身勝手な恋を終わらせることにしたのだ。

 

――我が名はジューン・トビア・ラファエル!――

 そう名乗った男は、その強さも申し分なかった。

 俺が姿を現すと同時に繰り出す一撃をよけられた男は、かつて一人もいなかった。だが、その男だけは違った。

 まるで風のような身のこなしも剣の腕前も、実に見事であった。俺に首を絞められても、的確な反撃で即座に切り返す対応力もあった。

 元より腹は決まっていたが、この男にならセーラを任せても大丈夫だろうと安心できた。

 

――ジューン様!――

 セーラが男を心配する声にも、愛情が感じられた。

 ただのさびしさでも、結婚への憧れでも、義務感でもなく、心の底から愛する者にセーラが出会えたことが、俺は嬉しかった。

 

――大丈夫、セーラさん。僕は死なない。貴方をこれ以上、不幸にはさせない!――

 男はそう言った。俺はその言葉を、確かに聞いた。

 そして、次の一撃で終わりにしようと、そう決めた。

 

 ああ、セーラ。セーラ……。

 俺は溢れる好きを抑えて、最後にセーラの顔を一目見たいという衝動を抑えて、真っ直ぐに目の前の男を睨んだ。

 俺と目が合ったセーラの顔は、いつだって恐怖に染まっていた。だから、だから、もう見ない。もう見ないと、何度も決めたんだ。今日こそは、今日こそは見ない。最後だから。最後くらいは……。

 

――はぁーあっ!――

 男の剣が、俺の体を切った。

 猛烈な痛みを胸に、俺は倒れた。

 だが、俺にはまだやることがあった。

 俺は男を見上げ、口を開いた。

 

「……言ったな。しかと聞いたぞ。貴方をこれ以上、不幸にはさせない。その言葉、確かに聞いたぞ。できるものなら、やってみるが……よい。……その覚悟。覚悟がっ。ある……の……なら、ばっ……」

「!?」

 

 頼んだぞ。セーラが選んだ男よ……。いや、ジューンよ……。

 ああ、セーラ。セーラ。どうか、どうか幸せに。

 セーラ。セーラ。どうか幸せに。

 ああ、セーラ。幸せ……に……。

 セー……ラ……。

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