【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
きっと、今日のこれもたまたま。梅雨時なのだから雨が降る日は多く、その気圧に影響されてしまう日もまたそれなりにある。だから気分が優れないのは、たまたま、だ。きっと、それだけのこと。
それ以外の変化の理由。それは、見ないようにしていた。同室のカレンさんにも、最近変わったと勘付かれてしまってはいたけれど。
私たちの関係は、一定の距離感を保ったもの。だからこそ続けていくことができるし、だからこそ心地よい。そう思ってしまったところで、私があなたとの関係に存続と心地よさを願ってしまっていることにも気がつく。見ないようにしていても、変わってしまっていた。
ここはトレセン学園の図書室。窓の外で跳ねる雨の音以外は、何も聞こえない静かな空間。独りになるには最適の場所だ。それ以外のどこにいても、あなたに見つかってしまう気がしたから。
時間を潰すのに適当な本を見繕い、ゆらりゆらりと、ずきんずきんと。少し頭が痛いし、体調は良くないのだろう。こういう時は慣れ親しんだ類の本を読むに限る。頭を使うには向いてない日だ。
『星座のものがたり』
そう題された本を開き、何度も読んだ物語をその本の中にも見つける。何度も何度も読み耽り、その度に私に重ねた物語。
双子座と、その成り立ち。ディオスクロイの物語を。
『ディオスクロイと呼ばれる双子の兄弟ポルクスとカストルは、二人で数々の栄誉を勝ち取りました』
神話に語られる英雄譚。それは二人が二人でいたから成し遂げられた。きっと二人とも偉大な英雄であったけれど、一人では成し遂げられなかった。
『ある時、双子の兄カストルが矢を受けて死んでしまいました。弟ポルクスはそれを悲しみ、自分と兄を共に星座としてもらうよう神に祈ったのです。ポルクスは不死身でしたが、それでも兄と一緒にいることを望みました』
だからきっと、そういう選択をした。片方だけで生きていくのではなく、二人で死を分つという選択。もちろん、現実には不死身はない。神もいない。私は必死に生を求め、そうである限り永遠にあの子と一緒にはなれない。
それでも私の選んだ道は、ディオスクロイに準じるものだ。あの子の想いを生かすため、私のどこかを殺すため。死んだ部分にあの子を埋め込んで初めて、私は走ることができる。
……少し、訂正するべきか。ディオスクロイの物語は悲しいけれど綺麗なもので、私のように拙く醜くはない。私のそれは、死への寄り添い方として肯定されるべきではない。私はそんなことをつい先日突きつけられたばかりだ。彼女の優しい言葉によって。きっと私を肯定するための言葉によって。
時間は回り、図書室にも人が増えてくる。雨はまだ止まないから、それを避けるために皆ここに来るのだろう。雨が止んだら、ここを去るのだろう。それなら私はいつ、この場所から飛び立てるのだろうか。そんな思考も、きっと気圧の変化のせいに違いない。
あいも変わらず少し痛む頭を抑えながら、また暇潰しにページをめくる。ぱらぱら、ぱらぱら。窓越しに香る雨の匂いに、少しだけ使い込まれた紙の匂いが混じる。紙というのは薄いものだな、などと当たり前のことを思った。
一つ一つは薄く、破ろうとすれば誰にでも台無しにできてしまうもの。それが連なって本という形を取れば、誰もがそこに書かれた文字列に意味合いを感じずにはいられない。他愛もないはずのものの積み重ねに、積み重ねたからこその意味合いが生じてしまう。
……これもきっと、たまたまだ。今の私は何にでも意味を見出し、それで己の身体を刺してしまう。そういう気分というだけで、本来はやはり大したことではないはずなのだ。私とあなたの関係は、きっと。
そうやってページを捲る手が、ある一つで止まった。多分これも、たまたま。偶然、私の手は一つの物語を捉えた。きっと、初めて読むわけではないけれど。幾度か読んだうちでは、初めて。初めて、あなたに重ねる物語。
乙女座の物語。一等星スピカを擁する、輝ける女神の物語。
『かつて、人々は争いもなく、神々と共に暮らしていました。そうして人々を見守る一人が、女神アストライアでした』
女神アストライア。慈愛に溢れ、その手には天秤を持つ。正義を計る天秤だ。彼女は常に、正しくあろうとした。
『やがて人々は欲望を知り、互いに争うようになりました。神々は次々と大地を去って行きましたが、アストライアは留まっていました。彼女はまだ、人間に正しさを説こうとしたのです』
人の善性を信じた。どこまでも正しくあろうとした。聞き入れないとはつゆほども思わず、人間の中に善さを見出そうとした。
『しかし、結果は変わりませんでした。アストライアは悲しみながら、それでも己とその天秤を星座として打ち上げ、今も人々を見守ることをやめないのです』
そして、この結末だ。報われない、救われない。彼女は何一つ悪くないのに、触れる相手が彼女の言葉など聞き入れなかったから。己の欲望だけしか見ていなかったから。人はどこまでも閉じ籠ったから、彼女の手はどんなに正しくても届かない。
まるで彼女のようだ、そう思わざるを得なかった。正しくて、優しくて、だからこそ救いようのないモノにすら手を差し伸べてしまう。たとえ神と人のように、永遠に分かり合えない関係だとしても。そう、他人事のように彼女を嘆いた。
そうさせているのは、自分なのに。
だからこそ私は、救いようがないのに。
きっと、私たちの出会いはたまたまだ。たまたま、私と彼女は顔を付き合わせる機会があった。たまたま、それから話すようになった。たまたま、互いのことを目で追うようになった。たまたま、二人で服を買いに行った。たまたま、二人で料理をした。たまたま、彼女の大切な話まで、聞いてしまった。
全てたまたまだ。全て偶然の成り行きだ。だから私は彼女に触れる権利など、最初からずっと持っていないままだ。
彼女は優しく正しいから、何もかもを私に見せてしまう。私にはそれを傷付けることしかできないのに。私があなたに見ているものは、きっと、あの子の幻影だ。そうである限り、私は彼女に何も打ち明けることはない。
他人は傷付けるのに、自分は傷付けられたくないから。
あるいは未だに彼女のことを、他人を傷付ける人間だなどと恐れてしまっているから。
そのどちらかか、両方だ。どちらにせよ、救いようがない存在だ。どこまでも正しい、あなたには。
……さて、雨はまだ止む気配がない。手慰みのはずの読書は、私の心を締め付ける。今日は苦しい午後になってしまうな、と思った。そうしてとりあえず本を畳む。これ以上読んでも、良くない見立てを増やすだけ。それは何より彼女に対して良くないことだ。星座は死を完成とするもの。死から想いを繋げている彼女とは、かけ離れた概念なのだから。
そう、思って。
本を抱えて、図書室の隅から本棚の方へ移動して。その途中、明るい部屋の中心部を、見遣って。
私は、ばさりと本を落としてしまう。両手で抱えていたはずなのに、そこにかかっていたはずの力はたちどころに抜けて。
その音に、周囲が振り向く。ほぼ全員が驚いてこちらを一瞥するのみで、それきりだったけど。一人だけ、こちらをずっと見る瞳があった。もう見慣れた眼だった。大きくて、丸っこくて、けれど綺麗で。星の海のような、吸い込まれそうな輝きで。
きらきら、していて。
こちらを見つけるや否や、その瞳を目一杯細めて笑ってみせて。
(どうして、あなたがここにいるの)
そんな問いはきっと、言えない。むしろ本を拾ったまま、私は彼女に近づいていく。わかっている、この程度のことは偶然だ。喜んではいけない。私にはその資格はない。私はあなたを最後には、拒絶するしかないのだろうから。
なのに、どうして。
まだ、雨は止まない。いつかはそれでも別れたけれど、今日は雨が止むまでは。
きっと、一緒にいられる。それを望んでは、いけないはずなのに。
アヤスペはそんな感じです多分
でも他のアヤスペも見てみたいですね
見せてくれませんか
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