【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜   作:春華ゆが

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図書室完です
佳境です
アヤスペも満遍なく効いてきた頃だと思いますが


スペシャルウィークとアドマイヤベガと図書室後

 きっと、その話題に切り替わるのはたまたまだった。この雨の日、まず私が図書室でたまたま時間を潰していた。そしてたまたま、スペシャルウィークさんは補習の課題に悪戦苦闘していた。だからそれを私が手伝うところまでは、流れとしては自然なものだけど。そこから彼女の勉強不足を指摘した時に、スペシャルウィークさんの持ち出す話題が意味ありげなのは予想外だった。私からすれば偶発的な話の転換、だからやはりこれもたまたまだ。

 ざあざあと、雨足は少し強くなっていた。私たちはこの図書室に閉じ込められてしまったようなものだ。雨が止むまでは出れないし、その前に図書室が閉まってしまえば泣く泣く寮に帰るしかない。そんな時限式の鳥籠は、独特の空気を作り出していた。

 

「どうしたの、スペシャルウィークさん。そんなに言いにくいことかしら、勉強をせずに調べていたものというのは」

 

 いつのまにか彼女を詰問するような形になっていた。まあ、基本的な公式や漢字の問題が解けないとなれば私としてはそう詰め寄るのも無理はないと思いたい。こうしてついつい世話を焼いてしまうのは、あの子と重ねてしまっているからかもしれないが。

 

「えっと、そりゃ言いにくいですけど。でもでも、せっかくですし」

「なにが『せっかく』なのかはわからないけど。それならせっかくだから、聞こうかしら」

 

 そう促してやると、ようやくといった感じで。少し顔を赤らめながら、まるで隠していた秘密を明かすかのように。彼女は少し不安げに、けれど言葉を絞り出す。

 一歩を踏み出す。私とは、違う。

 

「実はその、勉強の合間にというか、調べてたことがありまして」

「補習の追加課題を受けるほどそれに熱中してしまっては、意味はないと思うけど」

「それは、すみません……。でも、ずっと思ってたことで。それでその、それもあってさっきアヤベさんを見つけた時、嬉しくなってしまって」

「……私?」

 

 予想もしていなかったタイミングで、私の名前が出てきた。いいや、本当はわかっていたのに見ないふりをしていたのかもしれない。彼女が私を見つけた時の表情に、「たまたま」以上の感情が込められていたことなど。何故なら私もとうの昔に、「たまたま」だったそれを手放せなくなってしまっていたのだから。

 けれど、もう私は答えを見つけている。正しさ故に愚か者にすら手を差し伸べるあなたを、私に触れて傷つく前に優しく遠ざける方法を。

 

「はい、実はアヤベさんにお願いがありまして。勉強を手伝ってもらった矢先で、申し訳ないのですけど」

「いいわよ。まあ、何でも聞いてあげるわ」

 

 あなたの「お願い」。それがなんであっても、親身に薄っぺらに対応し続けること。そうすれば、私は。私とあなたの、関係は。

 

「ありがとうございます! えっと、今度一緒に出かけようってお誘いなんですけど。それについて調べてたんですよね、実は」

「なるほどね。前は下調べしてなかったものね」

「はい、お恥ずかしながら……」

 

 なるほどそういうことかと、腑に落ちる音がした。彼女と出かけるのは、まだ二回目。けれど初めてではない。それなら、断る理由はないはずだ。もうそれは既に通過した地点で、それによって進展することなどない。なにより、私はもう前には進まないと決めたのだから。

 

「それで。今度はどこに行くのかしら」

「えへへ、それはですね」

 

 そう楽しげにもったいぶって、彼女は椅子の下の鞄を漁り出す。水平の視線では見えないほどに身をかがめて、それでもひょこひょこと動く耳と尻尾が彼女の気持ちをこちらに伝えていて。私はそれを自然と目で追ってしまっていた。やがて彼女が目的のものを取り出す、運命の瞬間まで。

 一冊の、薄い本。私はそれに見覚えがあった。同じ本を、トレセン学園に来た頃に買っていたからだ。きっとそれは彼女は知らないことだ。だから私はそれを隠す。その気持ちを隠すので、精一杯で。

 

「これ、『天体観測スポットまとめ』の本なんですけど。一緒に観に行きませんか、アヤベさん!」

 

 そう彼女が指差す写真の場所にも、私は酷く見覚えがあった。あの子と語らう、私にとってかけがえのない場所だった。

 

「……どうして」

「どうかしましたか、アヤベさん……?」

「……いえ、なんでもないの。いいわよ、いつ行こうかしら」

 

 どうして、あなたはそこまで私に近づいてしまうのか。これがたまたまの偶然だと言うのなら、運命などではないというのなら。私は一体、誰を呪えばいいのだろう。誰がこんな巡り合わせを、残酷な奇跡を私たちに与えたのだろう。

 それでも、何とか言葉を絞り出す。あなたの中の私の姿まで、今の私のようにならないように。そうすると、決めたのだから。

 それでも、スペシャルウィークさんの言葉はやはり正しくて。どこまでもどこまでも正しくて、私が触れたら灼き尽くされてしまいそうで。

 だから、その返答も当然のことだった。当たり前の論理の帰結。どこまでも、正しい。

 

「今度の新月の夜、一緒に見に行きませんか」

 

 新月の夜が、一番星がよく見える。以前にも彼女とこの話はした。故郷での彼女の趣味が天体観測だというのも、やはり既に聞いた話。つまり天体観測に向いた月の暦があることくらい、その時点で彼女だって知っていた。だから全ては、とうの昔にわかっていたことだ。いずれ私たちの間に、この話題が浮かび上がることは。

 口を噤む。脂汗が流れそうになるのを必死に誤魔化す。脳の中身は冷水をぶちまけたようにどこへも纏まろうとしなかった。髪の毛の一本一本まで、怖くて震えているような気がした。

 彼女と関わるなら、ここまで来るのはわかっていたのに。そしてそれでも彼女の願いに徹する存在になろうと、つい先ほど決めたばかりなのに。それでも恐れるのが、私の弱さだ。目の前にいるのが正しさと慈愛の女神だとしても、それすら疑うのが、私の愚かさだ。

 

「……どう、ですか? 嫌、ですか?」

 

 不安気に、その深い瞳でこちらを覗き込んでくるスペシャルウィークさん。……そうだ、彼女だって怖いものがないわけがない。私に断られるのは当然怖くて、それでも私に星見を提案しているのだ。彼女はいつでも私に手を差し伸べてくれるけれど、その手が震えていないはずがない。

 なら、私は。彼女の願いがそれならば、私は。

 

「……いいえ、構わないわよ。今度の新月の夜、ね。夜間外出申請は忘れないように、ね」

「……はいっ! ありがとう、ございますっ!」

「声が大きい」

「ああっ、すみません」

「それと、もう一つ」

「はい」

「星は、静かに見ましょう。その日は、静かに」

「……はい。わかりました」

 

 ねえ、「あなた」は許してくれるかしら。二人きりで話すための時間に、私が誰かと一緒にいることを。暗い昏い新月の夜なのに、こんなにも明るい太陽をそばに置いてしまうことを。私にとって大切な星空が、月に一度の大切な時間が。

 私だけのものでは、なくなってしまうことを。

 ……そんなことばかりを考えてしまっていた。スペシャルウィークさんへの懺悔から舌の根も乾かぬうちに、私はあの子へまた罪を告白する。どうしようもないほどに、咎と楔は私の全身を覆っていた。

 これも、私への罰なのだろう。あの子の影をスペシャルウィークさんに求めて、だからあの子自身のことも本当は見ていなくて。私は誰のことも、大切になどできていない。

 

「……さて、そろそろ帰りましょうか」

「えっと、課題は終わりましたけど……。雨、まだ降ってますよ?」

「私は構わないわ。帰ると言ったのも、私だけの話よ。……それじゃ、さよなら」

「ああ、待ってください! それなら私も、帰ります。走って帰れば、そんなに濡れずに済みますよ」

 

 少し雨の勢いは収まっていたが、それでもまだ止まずに降り続けていた。きっと、私がその中でも帰ろうとしたのは、もう限界だったからなのに。欲深くあの子とスペシャルウィークさんの二人を求めて、それ故に何も得られるはずはない。そんな自分がこれ以上誰かに浸るのに、そんなふうに許されるのに耐えられなかったからなのに。

 それでも、伸ばされたあなたの手を振り払えない。私はあなたの願いを肯定するのだと、定めてしまったから。

 

「……じゃあ、一緒に帰りましょうか」

「はい! 一緒に帰りましょう、アヤベさん!」

 

 一つ、決めたことがある。あの子との語らいの日、スペシャルウィークさんと一緒に星を見ることについて。優柔不断で愚鈍な私に、やっと決められたことがある。本来ならこうなるより前に、もっと早くに対処すべきことだったのだろうけど。それでもその差は己の血で贖おう。何も成せない私では、あのポルクスのように神に願いを聞き入れられるはずがないとしても。あなたのためにいのちさえ捧げると、それだけは生まれた時から決まっているのだから。

 決めたことは一つだけ。スペシャルウィークさんが私に伸ばした手が、あなたと私の繋がりに一寸でも触れそうになるのなら。

 私は迷わずその手を振り払い、二度と関わらないように拒絶する。

 きっと、ではない。絶対に、断じてだ。たとえ、取り返しがつかなくなるとしても。それが私の、誓いだ。




アヤスペを流行らせてください
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