【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
きっと、私たちの出会いはたまたまだった。そんな私たちの関係なのに、私とあなたはこうして語らう。こうして一緒に出かける。こんな夜更けに。誰もいない時間に。だって今日は天体観測、星見を彩る新月の日なのだから。だってそれが、私たちのした約束なのだから。
地図に防寒着に懐中電灯に望遠鏡に、荷物はあらかた用意した。アヤベさんはとっくのとうに準備を終えていたけれど、時計を見ればなんとかまともな時間帯だ。
「じゃあ、そろそろ出発にはいい時間ね。目的地に着く頃には、ちょうど深夜一時くらいかしら」
「はい。実はちょっと、ドキドキしてますけど。……アヤベさんと一緒なら、大丈夫です」
「……ありがとう」
「いえ、こちらこそです。それじゃ、行きましょうか」
「ええ。行きましょう」
ぎい、と音を立てて寮の扉を開く。自然と視界に入る空には、月はかけらも見つからなくて。すっかり少ない街明かりに照らされた星空が、あたり一面に見えていた。
「うわあ……」
「……綺麗ね」
「はい。こっちに来てからは、普段星空を見ることなんてなかったですけど」
「そうかも、ね。都会の星はか細くて、見つけようとしなければ見つけることはできない。……さて、それはそれとして。ここで満足してはダメよ、スペシャルウィークさん」
「あっ、そうでした」
「まさか、忘れてたの?」
「そんな、まさかあ! ちょっと見とれちゃいましたけど、ガイドによればもっと綺麗に見えるそうですから! ここからちょっと離れたところにある、丘の上です。坂道も結構あるので、しっかり気をつけて案内しますね」
「ええ。お願いするわ」
そして一度、目線を空から下に下ろして。懐中電灯で道を照らしながら、地図と方位磁針を頼りに道を行く。夜の道でこけてしまわないように、二人で並んでゆっくりと歩く。スマートフォンは置いてきたから、頼りになるのは故郷から持ってきていたアウトドアグッズだ。ちなみにアヤベさんもその手のものをしっかり準備してきていたので、二人とも万全といった感じ。……それにしても。
「そういえばアヤベさんは、意外とアウトドア派なんですか? 前話した時の感じで、インドア派だと思っていました」
「あら、前何か話したかしら」
暗くて数メートル先も見えない夜道で、声だけを頼りにあなたと会話する。そんな時間もきっと、特別だ。
「話しましたよ、ちょっと前! ほら、趣味がどうとかの時。アヤベさんの趣味はふかふかの布団で寝ることだって」
「……ああ、そんなことを言ったかもしれないわね」
ううーん。興味なさげというか、いまいちピンとくるほど思い出し切っていないというか。アヤベさんの返事はそんな感じだ。アヤベさんとの会話を弾ませるのは結構難しい。最近はそれなりにうまくいくようになったと思っていたんだけど。でも楽しい。それはいつでも、変わらない。
「言いました言いました! だから私はてっきり、アヤベさんは部屋で読書とかをするのが暇の潰し方なんだと思っていたんですよ。なのに」
「なのにと言われると、まるで予想外のことがあったみたいね」
「ええ、そりゃもう! だって今日のアヤベさん、アウトドア完全装備じゃないですか! びっくりしましたよ、すごくびっくりしました」
「私からすれば、あなたが最初望遠鏡一つ担いだだけで行こうとした方が驚いたけれど」
「うぐっ、それは……。でもでも、アヤベさんに今まで抱いていたイメージと違うっていうか、それでびっくりしたというより、なんというか」
「落ち着きなさいな……何が言いたいのか纏まってないわよ」
アヤベさんのヘッドライトの明かりが、僅かな角度の揺れによってこちらに向けられる。私の方を向いて、歩くのを止めて会話の続きを促す。少し立ち止まって話をするのも悪くないな、と思った。まだ夜は長い。今日はきっと、素敵な夜だ。だからきっと、この道のりだって楽しいのだ。
少し、息を吸って。そして、そのまま吐き出して。やがて私は想いを口にする。初めての気持ちだった。
「嬉しかったんです。アヤベさんの、今まで私が知らなかったことが知れて。……私はまだ、アヤベさんのことを全然知らないと思います。でもこうして仲良くなれて、少しは知れたと思います。……それはこれからもそうだったら、とっても嬉しいです」
きっと、素直に思ったそのままのこと。やっぱりアヤベさんの言う通り纏まってないかもしれない。それでもそのままを、そのままの気持ちを口に出した。きっと、それが一番だと思ったから。あなたに示せる私の言葉の中では、それが一番正しいやり方だと、そう思ったから。
暗くて顔は見えないままだけど、隣からはあ、というため息が聞こえた。呆れたような、けれど少しほっとしたような声も混じっていた気がした。アヤベさんはいつもそうやって、私を見守ってくれているのだ。時には危なっかしい私のことを、道を外れないように導いて。
きっと、これからもそうなのだろう。アヤベさんは私の言葉を受けて、それに対する返答を述べる。ゆっくりと、確実な言葉を選ぶように。私が、どこかへ行ってしまわないように。その言葉に込められた意図があるのなら、そういったものかもしれない。なんとなく、思っただけだけれど。
「……そうね。あなたはやっぱり、優しいのね」
「優しい、ですか」
「そう。優しくて、正しい。素直なのよ。だから正直、見ていて怖いところはあるのだけど。……でも、それはきっと、あなたの良いところなのよね」
「そう、なんですね。ありがとうございます。アヤベさんが言うなら、きっと、きっとその通りです」
「それは私を買い被りすぎよ」
「もう、アヤベさんはいつもそうやって」
そう言って、私はアヤベさんの方へ懐中電灯を向ける。足元を照らして、身体全体が見えるように。そうして明かりで照らした制服姿のスカートの下からは、しなやかな脚が伸びていた。鍛え上げられた、柔らかくてけれどばねのような筋肉の秘められた脚。どんな道でも、どんな世界でも駆けていけるような強さを感じた。
ひと目見ただけで、この人がどれだけレースに全力で取り組んでいるのかわかるだろう。私にもわかる。アヤベさんはきっと、アヤベさんなりの理由で走っているのだ。譲れない特別な想いがある。叶えたい夢がある。私と同じ。そんなことを今更再確認した。今更だけど、今更だからこそ。
「えっと、どうしたのかしら。私の足元に何かある?」
「わっすみません、アヤベさんの脚が綺麗だなって」
「……そんなことを真正面から言われると恥ずかしいわ」
そう言われて、慌てて下から目を逸らす。そうなると目に入ってくるのは、身体の上についているもの、つまりアヤベさんの顔であって。つい今度はそちらに目をやってしまう。
改めて見ると、アヤベさんの顔はあまり手入れをしていないように見える。肌が若干荒れてるし、唇もちょっとかさついてるかも。いやでもそれは致命的じゃない、気がする。だって、綺麗だし。
普段あまり目を見開くタイプじゃないからわからないけど、アヤベさんは目の形が綺麗だ。少し切れ長だけど、瞳の形はよく見える。目尻まですーっと睫毛が通っていて、印象的な目つき。上の睫毛も長くて艶やかで、うーん、もっとちゃんとすればもっと綺麗になりそうなのに。
……いや、私にもおしゃれはよくわからないか。アヤベさんの同室のカレンさんの方が詳しそうだし、なんとなく既にアヤベさんは講義を受けている気がする。その上で多分、あんまり頓着していない。逆に言うとそれが私なんかでもわかるくらい、元の素体が良いってことなんだろうけど。
「どうしたの、私の顔に何かついてるかしら」
「いえそんなことは! ただ、綺麗だなって」
「……さっきからなんなのよ、もう」
「ああすみません、変な意味じゃなくて!」
「変な意味だったら今すぐ追い返してるところよ。……ほら、早く行くわよ」
……やっぱりアヤベさんは、あんまり褒められるのには慣れてないみたい。それは見た目だけじゃなくて、他のことでも。今までもずっとそうだった。まるで自分には価値がないみたいに。そんなことは絶対ないのに。
いや、今のは私の褒め方が変だったんだけど。アヤベさんの顔をじっくり見たことはないことはないはずだけど、そんなふうに見たのは初めてだったかも。そもそも私も、あまり自分の見た目に気を配っているわけじゃないし。そういう意味でも珍しい。きっと、たまたま。たまたま目についただけなんだろうけど、ね。
それでももしかすると、その変化も重大なことかも知れなくて。何気ないことの積み重ねで出来ている私たちの関係は、何をきっかけに更に進展するのかなんてわからない。だからこの気持ちも、大切にしまっておこうと思った。アヤベさんには内緒で。
そしてまた、二人並んで歩いていく。誰もが寝静まり明かりを消していく時間帯で、私たちだけの音と光が存在する。土を踏む足の音。歩みと共に揺れるライトの明かり。私たちだけが、この世界で動いている。そんな気さえした。そう思ってしまうような、幻想的な星の海。そしてその最奥はすぐそこだ。私たちの目的地は、すぐそこだ。心臓の高鳴りが自分に聞こえてしまいそうなくらい、楽しみでたまらなかった。
きっと、素敵な時間になるだろう。これまでで、一番。一番の思い出が、私とあなたを待っている。
アヤスペ〜
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