【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜   作:春華ゆが

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スペシャルウィークとアドマイヤベガと天体観測後

 きっと、出会いはいつも偶然のもので。

 きっと、歩み寄りはいつも偶発的で。

 だけど、私たちはここにいる。

 私とあなたは、ここにいる。

 

「ふう〜……。もうすぐですね、アヤベさん」

「坂道なんだから、よそ見しないの」

「あはは、すみません」

「でも、もうすぐなのはその通りね」

「はい。これだけ山の上まで登ってくると、周りに明かりなんか全然なくなって。……そこの星がどれくらい綺麗なのか、想像もできないですね」

 

 星海の目的地まで後少し。私とアヤベさんは、目的の丘に続く山道を二人で登っていた。懐中電灯に照らして時計を見ると、とっくの昔に到着予定の午前一時を回っていた。道中で話し込んだせいで、少し予定より遅くなってしまったみたい。

 もっとも、どっちにしろ普段なら寝ているような時間だ。夜というのは寝ていればすぐだけれど、起きてしまえばこんなにも長い。そんな当たり前のことを、自分の感覚で実感する。……うう、ちょっと眠いかも。

 

「ふわあ〜ぁ……」

「星を見ながら寝てもいいけど、風邪はひかないようにね」

「寝ませんよ! 風邪もひきません!」

「そう。それなら安心なのかしら」

「はい! 大船に乗ったつもりで、着いてきてください! あと半分ってところです!」

「眠そうに見えたけど、まだまだ元気ねあなた」

 

 確かに言われた通りというか、我ながら眠いなりに元気だ。夜更かし特有の興奮、というやつだろうか。今はそれでいいのだけど、明日、いや正確には今日の授業は大丈夫だろうか。セイちゃんみたいに居眠りしてしまいそう。

 それは確かにちょっと不安ではあるのだが、この瞬間はどうでもいいことに違いなかった。今はあなたと一緒にいる。それが一番大事なことだから、それだけを考えて。

 

「ほら、行きましょうアヤベさん」

「何かしら、その手は」

「夜道は危ないですから、手を繋ぎましょう。二人なら安心です」

「……まあ、一理あるわね」

 

 そうやって、私はあなたに手を伸ばす。そしてあなたはその手を握ってくれる。だから、私たちは分かり合える。

 きっと、いつか。その時は、すぐそこまで。

 そうして、もう少しだけ歩いた。アヤベさんの手は私のものに比べるとひんやりしていて、その点は二人の眠気の差かなあと思ったけど。それでも人の体温があった。握り返してくる微かな指の力があった。だから、大丈夫。私はあなたを繋ぎ止められている。

 きっと、どこにもいかない。

 そうして遂に、たどり着いた。

 

「……ここ、ですね」

「ええ。……ここからなら、星がよく見える。新月の夜、だもの」

 

 トレセン学園から、都会からは少し離れた、少し山道を歩いた先にある丘の上。視界の下半分は街なみの明かりで、上半分はあたり一面に散らばる星空だった。どちらにも共通していることがあるとすれば、そこにあるのはいのちの光だということ。輝いて瞬いて煌めいて、それは刹那の閃光でも那由多の燐光でも美しいものなのだ。

 一歩脚を踏み入れると、踏み締めた草のにおいが鼻をくすぐる。青い、青いいのちのにおいだった。私たちを出迎えてくれていた。この神聖な空間は、私たちを受け入れてくれている。今は私たちだけのために、この小さな丘はそのためだけに開かれている。そんな気さえした。

 

「じゃあ、準備をしましょうか。レジャーシートを敷いて、あなたは望遠鏡もセッティングして」

「はい。それで全部出し終わったら、静かに、ですね」

「そうね。……きっと、あなたにとっていい時間になるわ」

「アヤベさんにとっても、ですよ」

 

 既に場所の方は私たちを待ち構えている。ならばあとは私たちの方がそれにふさわしくなるだけだった。レジャーシートを敷いて、その上に二人で座る。お尻にレジャーシート越しの草のチクチクした感触が伝わってきて少しくすぐったい。

 アヤベさんの持ってきたレジャーシートは一人用のものらしく、二人で座るには少し狭かった。二人の肩が触れ合うくらいに。二人の世界が繋がってしまいそうなくらいに。先程まで手を繋いでいた時よりもより一層、あなたが近くに感じられた。

 それでももう、私たちの間に言葉はなかった。その状況をどちらも受け入れているという事実だけで、充分だった。先程までの会話が、すっかり途切れてしまったというだけで。私とあなたはそれだけで、今がどういう時間か理解していた。

 さあ、地面は暗くて何も見えやしない。なら、そんな時は上を見てみよう。遠く高く、空の方を見てみよう。

 今まで見たことがないほどに、眩しい星空が私たちを出迎えてくれるはず。

 きっと、それは必然だ。

 

 

 ※

 

 

 言葉はなかった。それはそういう取り決めだったけど、そのことすら忘れるほどに息を呑んでしまっていた。視界に収まりきらないほどの星空は、私なんかが一度に受け止めるには大きすぎて。望遠鏡を覗く余裕もなく、私はただ星を見遣る。身体は動かさず、首だけを動かして。隣に触れるあなたの星見を、邪魔してしまわないように。あなたもきっと、この光に感じ入るものがあるはずだから。幾千億年と続く、いのちの光の姿に。

 流石に故郷で見るそれほど輝きの数は多くなかったけれど、それでも久々に見るぶん感動はより大きかった。多分それだけじゃなくて、アヤベさんと一緒に見ているというのは大きいのだろうけど。それは後で伝えよう。今はただ、このままでいい。このままが、いい。

 やがて私はただ圧倒されるだけだった空の中から、一つ一つの星の繋がりに目を落とす。この時期の星空は、春の大三角と夏の大三角が唯一同居する時期だ。デネボラ、アークトゥルス、スピカから成る春の大三角と、デネブ、アルタイル、ベガから成る夏の大三角。有名な天体がよりどりみどりだ。とりわけ今の私の目を引くのは、北東の方に輝く琴座のベガだった。ベガといえばやっぱりアヤベさんを思い出してしまうし、それに見合った綺麗に青白く光る星なんだけど。織姫星としても有名なベガには、もう一つ琴座そのものの言い伝えがある。一年に一度とはいえ再会を約束された七夕とは趣を異にする、永遠の別れの物語。

 この琴は元々、オルフェウスという音楽家の持つ琴だった。彼には美しい奥さんがいたのだけど、ある時その奥さんは毒蛇に噛まれて死んでしまう。それを嘆き悲しんだオルフェウスは、琴の演奏で冥界の神をなんとか説得し、現世へ愛する妻を連れ帰ろうとするのだ。ただ一つだけ冥界の神から言い渡されたのは、「決して振り返るな」という約束事。

 オルフェウスは奥さんの手を取って、長い長い道のりを帰っていた。手は繋いでいたけれど、決して振り返らずに。現世に帰るまではそうしていなければ、永遠に別れなければならないから。

 ……けれど結論から言えば、彼はあと少しというところで振り向いてしまった。約束を破ってしまった。だから、永遠に出会えなくなった。オルフェウスはそれに絶望し、自らの命を絶った。残された琴が、彼の代わりに永遠に星座となった。約束を破るな、という、いわば教訓めいた話だ。昔お母ちゃんに聞いた話だ。

 けれど、お母ちゃんはこうも言っていた。失った人のことを想いながら、そんなふうに人は冷静でいられるだろうかと。どんなに正しい道をわかっていても、それをそのままできない時はある。そういうことをわかってあげられるようになりなさい、そんなふうに言っていた。今の私がそんな状況になったとして、それがわかってあげられるのかははっきりしないけれど。

 そんなふうに少し心の内側を見てしまっていても、視線を戻せばまだ空は星に満ちていた。まだ夜は長い。アヤベさんの方をちらりと見ると、じっと視線を空へ向け続けていた。星に照らされた髪の毛が、流水のように艶を閉じ込めていた。あなたは今、何を考えているのだろう。その瞳に映り込む星は、あなたに何を教えているのだろう。それはきっと私にはわからない。わからないけど、アヤベさんがそれで救われるなら、私から他に言うことはないのだ。

 そのまま、星空を眺めていた。二人で、ずっと。ずっと、ずーっと。

 このまま朝が来なくてもいいと思うくらいに、私たちはずっと。そのはずだった。

 きっと、そのはずだった。

 

 

 ※

 

 

 ぽつり、ぽつり。最初のその感覚は、どこかに汗が垂れたのかと思った。天気予報ではそんなことは言っていなかったから。けれど確かに、やがて確実に。

 きっと、通り雨。たまたま、今だけ降りかかってきただけ。私たちの間にある違いを洗い出してしまうには、充分すぎる量だとしても。




終わると思ったか終わりません
話自体はもうすぐ終わります
あと少し、お付き合いください
良かったらアヤスペ〜って感想に書いといてください

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