【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜   作:春華ゆが

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長いですちょっと


スペシャルウィークとアドマイヤベガと天体観測終

 きっと、それもたまたま。天気予報が外れることもある。その程度のことに誰も裏切りなんて感じない、誰だってたまたまのこと、よくあるわけじゃないけどありえることだと思うだろう。午前二時になろうかという頃、私とアヤベさんの天体観測中に降り始めたのもそういう雨だった。

 はじめはぽつり、ぽつり。その頃はこれくらいならすぐ止むと思って、あるいは願って星見を続けていた。今日は大切な、大切な日だ。それくらいで途切れるはずがないと、あるいはそう信じたかったのかもしれない。

 それほど雨雲が出ていたりはしなかった。それでも明確に染み渡るように、土が濡れるにおいと共に雨の気配がし始めていた。いつかアヤベさんが、「雨は嫌いじゃない」と言っていたのを思い出した。私はどちらかというと苦手だった。空を閉ざしてしまうから、雨の日は苦手だった。今もただずっと、雨が降ってもそれでも空を見上げているアヤベさんとは違う。

 思えばその時点で既に、私たちの間には溝があったのかもしれない。必死に見ないようにしていただけで。

 二人とも、押し黙ったまま。やがて雨は勢いを増す。そんなこと考えもしていなかったから、傘など持ってきていなかった。今日がどんないい一日になるか、そのことだけ考えていたかった。

 ぴしゃぴしゃと跳ねる水の音、それに応じるように濡れていく髪の毛。耳に水滴が当たるたびに僅かにびくんとなってしまう。尻尾も雨の当たる上側から濡れてきて、否応無しに反応する。生理的嫌悪感、だった。私たちが生きている限り、びしょ濡れになるのもそれで体温が下がるのも嫌なことだった。

 アヤベさんも、そのはずなのに。

 水気を含んだ制服も段々と身体に張り付いてきて、身震いしてしまいそうな冷たい世界の中で。それでも私たちはまだ、まだそこで星を見ていた。

 ……いいや、星を見れていたのはアヤベさんだけだったかもしれない。私の頭の中はアヤベさんのことでいっぱいだった。降りしきる雨の中、微動だにしないままのアヤベさん。私の動揺だって当然わかっているはずなのに、それでもひたすらに星だけを見るあなた。星見は静寂と共にあるもの、そう二人で約束はしたけれど。

 それでも、わからなかった。アヤベさんは今日初めて天体観測をしているはずだ。私の誘いで。だから私が打ち切りを言い出すまで待っているのだろうか。それなら私は天体観測の取りやめを宣言しなければならない。この沈黙を破って。

 一瞬、迷う。焦りから破った約束が、取り返しのつかない結果を招く琴座の神話。それを思い出し、喉まで出かかった言葉がぎりぎりでつっかえる。ここにあるあなたの時間を、私は今から壊してしまうのだろうか。……それても、だった。

 それでも、雨脚は一層強くなる。こんなに濡れては風邪をひいてしまうかもしれないし、それはアヤベさんのためにならないことだ。体調不良それ自体ももちろんあるけど、それだけではない。

 自分のことを大切にしないなんて、そんなふうにはなってほしくはない。だから。だから、それだけの思いを込めて。

 

「アヤベさん」

 

 声は震えていた。

 

「アヤベさん、帰りましょう」

 

 身体も震えていたのは、寒さのせいだけじゃないかもしれない。

 

「このままじゃ風邪ひいちゃいます。だから、お願い、ですから」

 

 それでも、あなたに届いてほしい。その一心で、私は私たちの約束を破る。それが永遠の別れを引き起こすかもしれないなんて、そんな覚悟はないけれど。考えは及ばない。思考は浅い。それでもその表層だけで、抑えきれないほどあなたを想うから。

 けれど一向に、あちらからの返事はない。ただひたすらに、微動だにせず星見を続ける。このままじゃだめなのに。

 いつも私のことを気にかけてくれたアヤベさん。ときどき私のことをおかしそうに見つめるアヤベさん。そんなアヤベさんは、今この瞬間私を見ていなかった。星だけで、それ以外は何も見ていなかった。そのまま永遠に、どこかに行ってしまいそうな。

 それだけは、嫌だった。だから私は、立ち上がって。今度こそ聞こえるように、ただ響きが失われてしまわないように。

 

「アヤベ、さん……っ! 帰りっ、帰りましょうよ!」

 

 そうして、あなたに手を伸ばす。今度だってきっと、あなたを繋ぎとめるために。

 それなのに。

 ぱしっ、と、力無い音が雨音に紛れて消える。けれど私には聞こえる音だった。私たちに亀裂が入る音だった。アヤベさんが私の手を払い除ける、その音だった。

 

「帰るなら、一人で帰りなさい。私は帰らない。あなた一人で、帰ればいい」

 

 そう言ってアヤベさんはこちらを振り向く。いつもとは違う、その瞳に宿る意志は。明確な拒絶の意志、それ以外の何物でもなかった。

 一度入ったひびは、雨の日のそれはすぐに広がっていく。粉々の言葉が、私たちの間に降り注ぐ。もう二度と元に戻らないぐらい、粉々だった。

 

「私は今日、星を見るの。それはずっと決めていること。あなたには絶対にわからないこと。だから、帰りなさい」

「……いや、です。アヤベさんを置いていくなんて、できません。アヤベさんの言う通り、アヤベさんのことはわかりません。でもだから、わからないから一緒にいるんじゃないんですか。そうすればいつか、そう思って」

 

 私は必死に言葉を繋げる。アヤベさんが断ち切ろうとするそれを、必死に。

 けれど、その言葉は振り解かれる。冷徹に、残酷に。致命的に。

 

「わかるため、ね。ならあなたは、私のことを何かわかっているのかしら」

「いっぱいわかります。優しいことも、私のことをいつも気にかけてくれていることも。……そして、何かを隠していることも」

「そうね。じゃあ、何を隠していると思う?」

「……それは、わかりません。でも」

「ほら、わからない。そしてそれはあなたが私をわかろうとする限り、私があなたから隠してしまうから。私が、そういう人間だから」

 

 冷たく、切なく。アヤベさんの声は無感情であろうとしていた。そうであろうとしていたけれど、ずっと微かに震えていた。

 

「まずあなたに隠していたこと。『私にとっての天体観測は、初めての体験などではなく定期的な行動である』。新月の夜には必ず、この場所に来る。あなたがたまたま選んだ、この場所に。ええ、きっと罰なのだと思ったわ」

「そんな、そんなことで罰なんて」

「そしてもう一つ。『私が天体観測を行うのは、生まれたその日に亡くなった双子の妹との大切な時間だと考えているから』。だからその時間をあなたと過ごすことは、本来許されることなんかじゃない。だから、これは私への罰なのよ」

「……そん、な。それって、それはアヤベさんのせいなんかじゃ」

 

 彼女は極めて他人事のように、自らの秘密を曝け出した。それを隠していた理由は、その素っ気ない口振りから逆に痛いほどにわかってしまうのに。そして、それを暴いたのは私だった。わからないからあなたのことを知りたいと、無邪気に愚かに望んでいた私だった。

 

「あなたのせいだとでも言いたいの? 無神経に私に近づいた、あなたのせいだとでも」

「……そうです。悪いとしたら、それは私で」

「それは、違うわ。断じて、絶対に」

 

 その言葉に込められた意志が、一番強くて痛かった。どちらも血まみれにしてしまう、諸刃の剣だった。

 

「あなたはただ、わからないだけ。無知を罪だとするのなら、教えない、教えられない方に罪の根本はある。……そうよ、あなたにはわからない。あなたに私のことなんて、永遠にわからない」

「そんな、そんなことなんか」

「また、そうやって。そうやって、いつもいつも。そうやって他人のことをわかろうとできるあなたには、私の言葉なんて伝わるわけがないじゃない!」

 

 ざあざあ、ざあざあ。わたしたちをずぶ濡れにして、それまで築いた関係全部を洗い流してしまう雨でも。アヤベさんのその叫びは、しっかりと聞こえてしまう。私に、届いてしまう。

 

「私はあなたに何も言えない人間なの。今日この日まで、ずっとあなたに近寄ろうともしなかった人間なの。あなたがどんなに私に自分のことを話せても、私は一向に話せない。そんな、どうしようもない人間なの」

「……っ、でもっ」

「でも、でも。そうやってあなたはいつも、私の今を否定するのね。……当然のことではあるわ。あなたから見れば私はどんなに愚かで、どんなに哀れか。何もかもを明るく話せてしまう、あなたと違って」

「もうやめてください、そんなこと思ってるわけないじゃないですか」

「……そうね、あなたはそうは思わない。私からは、そう見えるのに。だからあなたと私は、違う」

 

 決定的な違い。何もかもを隠していたあなたと、そんなことすら知らずにあけすけにしていた私。そしてそれでも歩み寄ろうとする私と、歩み寄ることなど最初から望んでいないあなた。

 全てが、違うのだと。

 もうどれだけ濡れようが構わなかった。ただあなたと一緒にいたかった。あなたが濡れるのが嫌だった。だから一緒に帰りたかった。

 それだけだった。

 きっと、それだけすら叶わなかった。

 

「帰りなさい」

「……嫌です。絶対、ぜったいに」

「そう。なら、はっきり言わせてもらうわ」

 

 そう言って、アヤベさんは私の瞳を見る。どしゃ降りの雨粒越しに、絶え間なく視界を遮る滴の先の、それでもその先に確かにある、私の瞳を。

 ──はじめて、私を見ていた。今までずっと一緒にいて、はじめて。そんな気がした。

 

「あなたと私は、わかり合えない。だから、私にとってあなたはいないほうがいい。……そう、最初からずっと、そうだったのよ」

「最初から、ですか。私たちは、最初から」

「最初から、会わない方が良かった。……事故みたいなものよ。あなたにどうにかできたことじゃない」

「……そう、なんですね」

 

 ようやく、私たちの会話はどこかに辿り着く。つい先程までずっと続いて欲しかった夜が、いつのまにか今すぐにでも終わってほしいものに変わっていた。そのはずなのに、ここまで話し込んでしまった。身体中ずぶ濡れで、顔もぐしゃぐしゃで。……そんなふうに自分を俯瞰して見て、やっと私は私の今の顔に気がついた。

 私の両の目から、今もなお私たちを包む豪雨と混ざり合うほどの涙が流れていたこと。そしてアヤベさんはそんな私を見て、その上でその言葉を選んでいたこと。

 きっと、ようやくわかったことだ。だから私は、私もアヤベさんに向けての言葉を紡ぐ。もう、繋がらない。

 

「私、アヤベさんのことが好きでした。アヤベさんがなんと言おうと、私はアヤベさんのいいところをたくさん知ってるつもりでした。いつかアヤベさんが秘密にしてることを聞けたら、その時はどんなことでも受け止めるつもりでした。……そのつもり、でした」

「そうね。あなたはそういう子。ずっと、変わらない」

「でも今日、アヤベさんの秘密を聞いて。アヤベさんの気持ちも聞いて。私はずっと、アヤベさんに何も出来ていなくて。私なんかいない方が良かったって、アヤベさんの言う通りで」

「……そうね」

「……でもっ、でも! 私はアヤベさんに、もっと何かをしてあげられたらって思うんです。今でも、思っちゃうんです。……だめなのに。私じゃ、アヤベさんの力になることは出来ないのに」

 

 どこまでも雨は降っていた。雨の終わりを区切りに出来ない今、私たちは言葉で断絶を作るしかなかった。星はまだ光っていたのに、私には見えていなかった。きっとアヤベさんにも見えていなかった。それも、私のせいだ。

 

「こんなに私は何も出来ないのに。こんなにあなたは、私のことを拒絶しているのに。どうしても私は、いなくなってほしくないって思うんです。アヤベさんがどこかへ行ったら嫌だって、思っちゃうんです。……そんなこと、思っちゃいけないのに。私には、そんな資格はないのに」

「私はどこにも行かないし、そもそもあなたのそばに歩み寄った覚えもない。そういう人間よ、私は」

 

 どうしようもない私は、この期に及んでアヤベさんに手を伸ばしてしまう。きっとそれは差し伸べる手ではなく、掴み返して欲しいと求める手。そんな愚かな私の手は、あなたの正しい手に振り払われるだけで。

 

「こちらへ寄ってくるのも、どこかに去っていくのも。全てあなたの勝手にすればいい。あなたの自由。私のことを考えるなんて、無駄よ」

「……そう、ですか。そう、なんですね。アヤベさんは、そう言ってくれるんですね」

 

 ……断絶によってのみ生み出された会話は、どこまでも相容れないことを示していた。最初から。最初から、あなたはそう言っていた。だから、この会話を終わらせるのに必要なのは。

 雨に濡れても気にならなかった。幸せな時間が壊れてしまったことも気にならなかった。ただあなたを傷つけてしまったことだけが嫌だったのだと、私にはそのことがようやくわかる。

 一寸先も見えない闇の中、互いの顔だけは見える夜の中。私はアヤベさんに見えるように、とびっきりの笑顔を作った。自分でも不思議なくらい、自然と笑えた。涙と雨に見分けなどつかないから、これはきっと、完璧な笑顔だった。

 

「……ありがとうございます、アヤベさん。アヤベさんには、色々お世話になりました。最初は時々会って、爆弾おにぎりの話をしたりするくらいでしたけど。ファッションの話とか、料理の話とか。アヤベさんだって得意なわけじゃないのに、私のために付き合ってくれて。私はアヤベさんに、たくさんの時間を使ってもらいました。たくさんのものを、貰いました」

 

 ぺこりと一礼して、また顔をあげて。まだまだ元気いっぱいというふうに、いそいそと手荷物を片付け始めて。

 

「だから、ごめんなさい。今までずっと、ごめんなさい。無神経な私と一緒にいるの、辛かったですよね。大切な時間を邪魔されて、苦しかったですよね。……だから、ごめんなさい」

 

 ああ、やっぱりだめな私。最後くらい、あなたに傷を残してはいけないのに。どうしても最後に、何かを残したくなってしまう。

 

「さようなら。……今まで、とーっても楽しかったです!」

 

 そうやって最後まで、私は本心でしか喋れなくて。わんわん泣きながら何度も何度も転びながら、一人きりで山を駆け降りて。寮では誰も起きていなかった。私一人だった。アヤベさんはまだあそこにいるのだろう、と思った。ずっとずっと、私からは手の届かないほど遠くに。それでいいのだと思った。それがそれぞれのあるべき場所なのだと思った。

 きっと、私たちの出会いはたまたまだった。だから、それがいつ終わってもおかしくない。支障はない。それぞれにそれぞれの日常があって、元いたそこへ帰るだけ。

 きっと、それだけのこと。それは運命などではなく、ましてや奇跡なんて素晴らしいものじゃない。

 出会うべきじゃない不幸な事故。そう呼ぶのが、相応しかった。

 

 

 ※

 

 

 私はあなたに必要ない。あなたが私を見遣ることは、己の古傷を抉ることに等しいのだから。知れば、あなたはまた亡くした肉親という共通点を自分の中に見つけるのだろう。そうして私のために、自分の中の大事な感情を明らかにしてしまうのだろう。それを秘密にしておくべきなのは、あなたにだって言えることなのに。

「私になら言ってもいい」なんて言わないで欲しい。それは確かに誰かに話すべきことだとしても、誰かのために話すことじゃない。あなた自身がその気持ちを大切にするために、そのために紡ぐべき言葉だ。

 あなたはいつだって、私のことばかりだった。だから私はあなたに私のことを話すべきじゃなかった。そうしてしまえばあなたはきっと、それを私と分かち合おうとしてしまう。痛みも、傷も、何もかも。それは相手を癒すとしても、自傷行為にすら等しいのに。

 他者に自己を捧げることは、自分の痛みに気付ける人間がやることだ。傷んでも構わない私のような存在だけが為すべきことだ。だから、あなたがこれ以上、大切なあなたがこれ以上自分自身を傷つけてしまう前に。

 私はあなたを拒絶して、救いようのない存在だと見限られる。最後には人を憐れみながらも星へと昇った、清く正しい天秤の女神のように。あなたはいつまでも、私に縛られていていいはずがないのだから。

 きっと、私たちの出会いはたまたまだった。あなたにとっては不幸な事故で、何も得るもののない時間。何もあなたに成してあげられない私が、たださまざまのものを与えられては活かせない虚しい時間。たまたま長く続いただけの、遠い遠い周り道だ。今の私に願えるのは、あなたもそう結論付けていて欲しいということだけ。ここまで散々私たちは違っていて欲しいと言っておきながら、最後に一致を望むなんて虫が良すぎる話だけど。

 互いの認識が一致すれば、同じことを考えれば。それで話は終わる。それだけで、この関係には終止符が打たれる。

 きっと、そのはずだ。それだけが唯一、私からあなたに返せるものなのだから。

 




次回完結です

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