【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
みんなで見れば
怖くない
きっと、私たちが出会うのはたまたまだ。たまたまの出来事で、たまたま同じ場所にいる。だからその日の雨も、たまたま降っていたものだろう。私が廊下で窓の外の雨を眺めていると、スペシャルウィークさんがそれに声をかけてきた。雨が降るのも彼女に会うのも、たまたま、だ。
「こんにちは、アヤベさん。何か、外に気になるものでもありましたか?」
「ああ、スペシャルウィークさん。……別に、特に何もないけれど」
そう言うと、なんだかピンときていない様子。スペシャルウィークさんだって、何もなく空を見上げることくらいあるのではないか、とは思うのだが。
「そうですか、私もよくやっちゃいます、ぼーっとするの」
「ほら、やっぱり」
「……やっぱり?」
「なんでもないわよ」
声に出てしまっていた。彼女の前では、ついつい気が抜けてしまう。スペシャルウィークさんは私より先にあの過酷なトゥインクル・シリーズに挑み、比類なき成績を収めているというのに。私が空に捧げるべき成績の、見本となるくらいの。
それなのに、彼女と私は違う。以前聞いた、彼女の母親の話。亡き母親の想いを受け継ぎ、それを眩しい光に変えている。……私とは、違う。
「どうしました、アヤベさん。……なんだか顔、怖いです」
「……ああ、ごめんなさい。少し、ね。気にしないで、いいから」
そう言うと、スペシャルウィークさんはそれ以上踏み込まない。それはある種当然で、私たちの関係を象徴するやりとりだ。彼女は光で、私は影。似ている点があるからこそ、表裏一体の交わり得ない点が見えてくる。
だから、それきりだ。少しの沈黙を挟んだ後、スペシャルウィークさんはまた口を開く。立ち去らず、まだ私のそばにいてくれる。
同じように、雨に濡れた窓を見て。その先に写る光景を見ているのが二人ともかどうかは、わからないけれど。
「アヤベさんは雨、好きですか?」
「そうね、嫌いではないかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「そんなに気になる?」
「はい、気になります」
そう直球で聞かれると、私の方が困ってしまう。私にはそれほどの価値はないのに。誰も私を顧みなくていいのに。きっと社交辞令のようなものに過ぎないはずの彼女の言葉さえ、酷く暖かく、突き刺さる。
「部屋でゆっくりするのは、嫌いではないから。雨が降っていれば、自然とそうなるじゃない」
「なるほど、なるほど。部屋ではどんなことをするんですか? そもそも、アヤベさんの趣味ってなんですか?」
「……今日は随分積極的ね、あなた」
「はい、雨の日ですから!」
その理屈はさっぱりわからないが、彼女なりの雨の日の楽しみ方ということか。閉じた空間、狭い世界。その中で独りを選ぶのではなく、誰かと共に過ごすことを選ぶ。その相手に、今日は私が選ばれている。
少し考えて、答えを吐く。返せる答えは、この上なく簡単で。
「趣味……と呼べるほどのものはないわ。ずっと布団の上で寝ているのよ。それだけで時間は潰せる」
答えてみれば、空っぽだった。空っぽの時間、空っぽの私。けれどきっと、私はそれでいい。
なのに。
「時間は潰せるって、それは立派な趣味ですよ」
「寝ているだけで趣味になるのなら、皆その趣味は持っているんじゃないの?」
「そんなことないですよ、私の友達にも寝ることが趣味の子がいますし。色んなところで寝てます」
「……それは私にはできないわね」
「ほら、それならそれがアヤベさんの趣味というか、こだわりですよ。寝るところへのこだわり。ふかふかの布団がいいんですよ、きっと」
「それは、あるかもしれない」
思ってもみない、無意識的な心の動きだったけれど。ただ時間を潰すだけでなく、私はそこに意味を感じていたのだろうか。微かな幸せという、密やかな意味を。それを、横にいる少女に気付かされた。
「はい。他にもアヤベさんが時間を潰すためにやることがあるとすれば、それは立派な趣味ですよ! なにか、ありますか?」
「そうね、他には──」
逡巡して、思い当たる。私の人生で、もっとも時間を割く行動。祈りを込めて、償いを告げて。新月の夜の、あの時間。
「──思いつかないわね。ごめんなさい、また考えておくわ」
けれどそれを彼女に伝えるのは、なぜか憚られた。きっと、私と彼女が出会ったのはたまたまだ。それくらいの、薄氷のような関係だ。けれど彼女にもしそのことを話したら、きっと彼女は理解してくれる。全て話さないとしても、事情があると慮ってくれる。薄氷は、分厚くなってしまう。
だからこそ、怖い。これ以上互いに踏み込むのが。彼女は私に母親のことを話したのに、卑怯極まりない話かもしれないけれど。それでも私は、私には許されていない。
彼女がそれを赦すならこそ、私はそれを避けねばならないのだ。
「いえいえ、私が聞きたいだけですから」
「そういえば、あなたはどうなの」
「どう、とは」
「趣味よ。せっかくなら、聞いておきたいじゃない」
そう、話題を転換した。もちろん本心でもある。それなりに、彼女と親しくしたい。おそらく私にも、そんな感情が芽生えていた。
「うーん、といっても、トレセン学園に来てから環境が変わりすぎて……まだ特定の趣味は……」
「なによ、あなたも私と同じじゃない。それなら何か、故郷での趣味はなかったの? 聞いておきたいの、後学のために」
そうからかってやると、スペシャルウィークさんはうんうんと唸りながら。
やがて、答えを出した。
「そうですね、それなら……」
少し、もったいぶって。きっと彼女には、そのつもりはなかったのだろうけど。
「天体観測、です!」
私には、致命の一言だった。
「私の住んでた北海道って、夜はほんとに星空が綺麗で。だからお母ちゃんと一緒に、よく星空を見上げたなあ……」
「そう、なの」
「知ってますか、星ってあれだけたくさん光ってるんですけど、周りの光があるとすぐ消えちゃうんです」
知っている、そんなの。
「だから一番綺麗に見えるのは、月の光もない新月の夜で」
知らないわけが、ない。
「あっでも、そうなると今日みたいな雨とは相性が悪いんですよね……星空は晴れじゃないと、特に新月の日は、せっかくだから」
「せっかくだから、晴れていて欲しい。晴れていなければ、困る。……そう、よね」
「はい! あっそうだ、よければアヤベさん、今度一緒に星を見に行きませんか? せっかくなら一番よく見える、新月の日に」
やめて。その誘いは、私には。必死に頭を振り絞って、苦し紛れの言い訳を返す。
「……悪いけど、お断りさせていただくわ。そうね、私の趣味は寝ることだから」
「あはは、そうでしたね。少し残念ですけど」
「残念?」
「人と一緒に星を見たら、色々悩みは晴れますよ? 私の場合はお母ちゃんでしたけど」
それはきっと正しくて、だから私には届かない言葉。私にとっての新月の夜は、あの子と二人きりで語らうもの。そう定義したのだから、それがどんなに正しくなくても。間違っているとは、言わせられない。誰にも、だ。
「そうね、それなら考えておくわ」
「本当ですか!? 楽しみにしてますね! ……あっ、そろそろ行かなきゃ! すみません、お先です」
「ええ、さようなら、スペシャルウィークさん」
「はい、また。アヤベさん」
そうしてまた、僅かな時間の会話は終わる。なんとか、緩やかに会話を着地させられた。どうしようもないところまで、話してしまえばあの子はたどり着いてしまう。だからここまで。私たちの距離感は、ここまでだ。たとえ彼女はそれ以上を望むとしても、私にとってそれは灼けつくような痛みにさえなりうるのだから。
彼女に誰かを傷つけさせるわけにはいかない。それだけを願い、窓の外を見る。
まだ、雨は降っていた。
きっと、今日は止まないだろう。
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