【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜   作:春華ゆが

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忙しかったです


キングヘイローとテイエムオペラオーの第一幕

 どうして。

 どうして。

 どうして。

「……ふざけるなよっ……!」

 

 どうして、こうなったのだろう。

 平静なオペラオーさんなら、多分こう形容する状況だった。

 

「どうして、君は」

 

 悲劇、と。

 

 

 誰も寝てはならぬ。そう、誰も寝てはならぬ。何故ならボクが起きているから。非常に珍しく何となく、眠れないから。暑いからだろうか? それともボクが美しすぎて妖精が悪戯をしているのか? 嗚呼嘆かわしや、誰に問うても答えは出ないのだ。というわけでナウ夜空の下の宿舎外、彷徨えるボクは佇む自販機に語りかけ──。

 

「……あら、オペラオーさんじゃない」

 

 どうにもたまたま、出くわした。

 

「こんばんは、キング君。君も眠れないのかい?」

 

 というわけで、自販機の代わりに話しかけてみる。確かに自販機は光り輝く絢爛であるが、しかしてキング君の艶やかな鹿毛もまた麗しく、甲乙をあえてつけるのならばやはりキング君に軍配が上がるだろう。……なぜならやはり、そこに在るのは王だからだ。なので自販機君からは麦茶一つ注文して、それを取り出しながら彼女の方へ目を遣る。

 

「そうね。だから見ての通り」

 

「走り込みをしていたところ、だね。いやはや、流石というべきか」

 砂に塗れたジャージ姿で、キングヘイローはそう答えた。なるほど、ボクに答えたのだ。

 

「眠れない夜は、走りたい時なのよ」

 

 ボクの悩みの、答えを。

 

「ふむ。それではボクも負けてはいられないね!」

「目をしぱたいているように見えるけど。寝たら?」

「まさか! 君に負けないためにボクは起きていたのだから! ジャージを! ジャージを持ってきたまえ! ジャージを持ってきたら王国を」

「そのセリフ通りなら、誰も持ってきてはくれないわね」

 

 なるほど仕方ない。しかし走りたいものは仕方ない。動ける王は自ら走ると、そういう戯曲でもあるかもしれない。眠くなってきた気もするが、やはり誰も寝てはならぬのだとか。などなど。というわけで、冷えた麦茶を一口飲んで。

 

「では、待っていてくれたまえ!」

 

 そう言って走り去ったボクを、キング君は律儀に待ってくれていた。

 それが当たり前であるように、そんなふうに思ってくれていた。

 だから。

 だから、そのうちに。

 

「……お待たせしたね、ごきげんよう」

「いいえ、夜空を見ていたから」

 

 最強を名乗るか。

 

「そうだね、綺麗な空だ」

 

 最強の前で、最強を名乗るか。

 

「じゃあ、一緒に走りましょうか」

「エスコートは、よろしく頼むよ」

 

 ならば。

 

「なんといっても、君は世代のキングだからね」

「もちろん、そのつもりよ」

 

 その肩書きを、喰らい尽くすのみだ。

 撃ち落とさせろ。

 だから、それまでは。

 

「……本当に、綺麗な空だ」

 

 天輪よ、頂に座せ。

 

 

「……はっ、はっ、はっ……」

「ハーッハッハッハッ!」

「うるさいわよ!」

 

 というわけで、砂浜の上を並走中。海も空もあんまりにも静かなので高笑いをしたら怒られた。ボクの笑い声がうるさいというのはきっとあまりの美声に驚いたということの照れ隠しであり、本音はこの静寂極まる舞台がお気に召すということだろうか? ……あまり変わらない? いや、深く考えても仕方ないか。走ってるんだし。走っている時はなんであっても楽しい、ウマ娘の鉄則だ。

 足並みを揃えて。呼吸を一致させて。心拍すら、等しくして。並走というものはレースとはまるで違って、二人だけの舞台なのだ。騒がしく囲まれるのがボクの本望と言えど、こういう静かな演目も悪くない。多分君は、そう思っている。ならばボクもそう思わねば、並走は成り立たないというものだ。

 なんといってもあのキングヘイローと、共に走ることができるのだから。

 

「はーっ、はーっ、はーっ……」

 

 汗が見える。眼が見える。息が聞こえる。どうしたって、実感できる。

 ボクは今、憧れと共に走っているのだと。

 ──前の安田記念、ボクは当たり前のように直に観戦していた。距離も合わない、ボクの覇道では通れない道を、どうしても。どうしても、見たくなったから。そこに出走するキングヘイローというウマ娘のことを、見たくなったから。

 「最強世代」と呼ばれたうちの最後の一人のことを、見たくなったからだ。

 スペシャルウィーク。グラスワンダー。エルコンドルパサー。ツルマルツヨシ。セイウンスカイ。そして、キングヘイロー。引退、長期休養、そんな様々の幕引きがある中で、「今」走っているのはキング君だけ。奇しくもボクと同じ「王」だけが、孤高に孤独に走っていた。もがいて、足掻いて、残光を引いていたからだ。世紀末において、唯一残る金色の光。手に入れなければ、勝たなければ、覇王は最強を名乗れない。

 もちろん、負けるつもりはないとも。連戦連勝の世紀末覇王たることは、重圧ではなく自負であるとも。負けたくないから、戦ったのなら必ず勝つとも。だけど、だからこそ、どうしても──。

 

(君に、勝ちたい)

 

 そう、思うだけだ。

 誰も寝てはならぬ。夜の帳が降りたとしても、カーテンはまだ降りていないから。大勢の前で決着をつけよう。見届けさせてやれ。君の輝きとボクの輝きを、真正面からぶつけてやれ。……そう、そう思って、そう思っていて、と──。

 

「……どうしたんだい、キング君」

「……ある程度、走ったもの」

 

 緩やかに、ブレーキをかけるでもなく。ただただ力が抜けていくように、砂浜を駆ける荒い音が失くなった。キング君の手(足か?)によって、並走は唐突に幕引きを迎えたのだ。やれやれ、彼女はもう眠いのだろうか? 走るのをやめるなんて、いやまあそりゃボクはねむ、眠いが……。

 

「……かくん」

「いきなり立ったまま寝ないでちょうだい!?」

 

 意識が落ちる前、そんな声が聞こえた気がする。

 

 

 どうやら、

 

「……はっ」

 眠っていたらしい……とまぶたを開いて気づく。そういや走っている途中だったような、一区切りだったような、そんな覚えが──。

「おはよう、オペラオーさん」

「まだ夜だよ」

「それでも目を覚ました姫を見たら、王子はおはようと言うものよ」

 

 ──夜空の下、潮騒の中、そして膝枕の上だった。うっすらと意識と記憶を取り戻していくと、砂浜の上で立っていたあと途切れている。そして、これだ。……なんということだろう。……なんと! 

 

「……なんと素晴らしい!」

「うひゃっ!?」

「ブラーヴァ! まさか、まさか! この覇王たる歌劇の主役しかありえないほどの煌めきを持つボクでさえ、救われるヒロインにしてしまうとは!」

「……びっくりするのも飽きてきたけど、なんとも慣れないわね」

 

 むう。乗っかってこない。直角に起き上がって再び砂浜に立ったのに「うひゃっ!?」だけだ。ドトウやアヤベさんやトップロードさんのようにはいかないか、などなど。同年代といえど世代は違う、ならばやはり彼女にふさわしい会話の空気というものがあるのだろうか? とはいえそれにボクが合わせるのも違うだろう。ただ今はボクたち二人だけだから、ボクたちだけにある関係性であるべきだ、と。そんな特別な意味じゃない、いつものように勝負をすればいい。なんとなくそう思ったあと、なんとなくそうではない気がした。つい。

 

「ふむ」

 

 つい、見下ろせない。彼女の方を見ないまま、前を向くふりをする。まだ届いていない気がするのだ。まだ勝てない気がするのだ。「最強」を食らうには、足りないものがあるはずなのだ。寝起きの感覚というものは不安定かつ鋭敏だ。そんな時だからこそ、「キングヘイロー」の底知れなさを感じた気がした。栄枯盛衰の果て、千年帝国の終わり。そこにいる、老王。だからとても大きく、

 

「しかし、その」

 

 討ち倒せないまま、

 

「そうなると、どうしたものか」

 

 黄昏の先へ、消えてしまいそうな──。

 

「とりあえず、立ち上がったままはよしなさいな」

 

 ──とす、とす。砂の山が、静かに崩された。

 

「……じゃあ今日は、王子様のお言葉に甘えようかな」

 

 なんだ、と。考えてみれば、当たり前のことだった。軽やかな台詞を述べるのにぎこちなくなってしまうなんて、ボクとしたことがとんだ失態だ。

 彼女は最初から、ボクの目覚めを待っていてくれたのだ。どうしてか、膝枕をしてくれていた。

 彼女は最初から、ボクの勝負を引き受けてくれていたのだ。どうなっても、全力を見せてくれた。

 なら、決まりだ。この夜のためにこの夏はあるのかもしれないと、そんなふうにも思いながら、キングヘイローの横に座った。どうしてもそうしなくちゃいけなくて、どうしてもそうしたかった。最強世代の最後の一人、その隣に今座っている。立つのではなく、座って止まっている。だからこれはやり取りであっても、勝負ではない。

 

「まずは私から、話をしましょうか」

 

 己の王道を、唄うだけ。

 キング君の台詞で、カーテンは上がった。

 

 

「まあ、私の戦績なんて散々なものね。出られる重賞に出ては負け、それでもめげずに出ては負け」

「それでも、君は最強世代だ」

「いい勝負をしたからね。勝てたことは殆どないのだけど」

「勝敗のみで輝きは決まらない。しかして勝つのはボクだけどね!」

「そう。そうやって負けないと思っているから、私は私の道を行ける」

 

 夜空を見上げながら、一見自虐のような話が始まった。けれどその口元は笑っていて、だから寂しそうに見えた。

 

「砂浜、苦手なのよ。なのに毎年走ってる」

「おや、そこはボクの勝ちだ。ダートには思い入れがあるからね」

 

 星砂を手のひらに掴みながら、溢しながら、言葉を零す。ぽつりぽつりと、ジャージと身体にまだらの砂がついていく。二人とも、だ。

 

「私だって思い入れはあるわよ、フェブラリーステークスに出たんだから。そしてそこできっちり思い知ったわけ、砂埃は合わない。どうにも慣れない、気が散るわね」

「それでも、毎年走ってるのかい」

「ええ。夏合宿だもの。海辺を走ってこそ、でしょ」

「それだけじゃないだろう」

 

 そう言ったら、少しばつの悪そうな顔をした。今日は勝ったり負けたりで、やっぱりそもそも勝負じゃない。たまには、そういう日がある。

 

「思い出すから。今までの、私の道を」

「同感だ。だからボクも、砂浜を走るんだ」

 

 心を通い合わせる、ただそれだけの日が。

 

「デビュー戦で骨折してね」

「それは聞いたことがある気がする」

「光栄だね」

「敵情視察は当然よ」

 

「なら、その顛末も。ボクの再出発は、最初に走り出してすぐだった」

 あの頃は、と思い出す。遠くなったな、と。同時に隣に座る君は、もっと遠くに見えているのだろう、とも。たった数年前のデビューなんて、遥か昔の出来事だ。

 

「ダートからの再出発。だけどもちろん目標は……クラシック三冠だった」

「追加登録制度があるとはいえ、無茶なスケジュール」

「そうだろうね。でも、それこそが覇王への試練なのさ。だからこそボクは、ここで毎年走る。あの時の焦りと希望を思い出せる。この砂を踏む感触が、一つの存在証明だ」

「……よく言った」

「言われなくとも。だが、やはり光栄だ。世代の王たる君に褒められるのは、誉であろうことだね」

 

 そう言ってみると、ため息が聞こえた。薄くて、深い。長くなくて、短くない。話し始めてから時間がどれほど経ったか、まるでわからなくなっていた。

 

「世代のキングは、がむしゃらよ」

「己が道だ」

「一流とは言えない無茶ばかり」

「君だから走れた」

「そもそも大して勝てなかった」

「ボクをいくら試しても、君自身の答えには敵わないよ」

「……そうかもね。なら、ここは私の勝ち。まあ、」

「今日は勝負じゃ、ないけどね」

「そう。あなたに私が、宣言する日」

「ボクが君に、宣言する日でもあるね」

 

 一つ一つ、はめ込んで。かけ離れたピースを探して、噛み合うところを見つけて。憧れだとも。勝てないままだとも。

 

「認めましょう」

「うん。認めよう」

 

 だけど、そんな認識さえ。

 

「私たちは、唯一無二の王である」

「孤高に闘い、至高に座する」

「そう言い切れる、走りをした」

 

 ボクたち二人は、一致するのだ。

 どう考えても、偶然だけれど。

 どう見ても同じなら、それでいいじゃないか。

 

「諦めなかった」

「諦めないさ」

「だから勝てた」

「勝つとも、この先も」

「故に私は、キングヘイローなのよ」

「ずいぶんと傲慢だ、悪くない」

「あなたほどじゃあないわよ」

「そうだねえ。ボクはいずれ打ち倒される哀れな愚王であるかもしれない!」

「そんなことを思っているようには見えないわね」

 

 それはもちろん、図星だ。隠すつもりもない。隠したくなんかない。勝利への渇望は、勝って当然と言われてなお滾るもの。拳に砂を握り締め、それでも全部を掬おうとするもの。一粒だって、取り落とさない。

 

「そうとも、ボクは傲慢な覇王なのさ。だけど最後に笑うのが、王というものだろう?」

 そう、ずばっと。ばしゅっと、言い切ったのだが。

 

「あなた悲劇観たことないの?」

 

 そんな冷静なツッコミが飛んできたので。

 

「ボクが主役ならああはならなかった!」

 

 ぺちん。ぶっ飛ばしてやった。

 

「なんで頬を触るのかしら」

「これは愛のビンタだよ」

「いつの間に継母役になったわけ? 王様より悲劇的だろうと思うけど」

「それでも笑う! なんといってもボクだから! 覇王は! ボクは! テイエムオペラオーは! 美しく素晴らしいのだから!」

「……あなたは笑っていて、というのは。残念ながら、同感ね」

 

 そう言って、笑った。

 つられて、ボクも笑った。

 大胆不敵に。

 繊細華美に。

 少女のように、二人で笑った。

 だから、こう言えた。

 

「さて、ボクらは王である」

「故に、互いに王道を持つ。理念を持つ。天輪を、我が手に収める」

 

 どうしたって、こうとしか言えなかった。

 

「うむ。ボクの王道は」

「私の王道は」

「諦めないことだよ」

「諦めないこと、よね」

 

 どうやら、一致した。

 

「ふふっ」

「……ふふふっ」

「あははっ! あはははっ!」

「ハーッハッハッ!」

「それはうるさい……なんて、冗談よ」

 

 一致しているのなんて、ずっとわかっていた。最強の王として、二人とも譲れないものがあるに決まっていた。なのにそんな当たり前を確認しただけで、とても嬉しかったのだ。宿敵というには運命が足りない。仇敵というには怨嗟が足りない。だけど相手への渇望だけで、ボクと君は勝負できる。最強の王に、互いに手が届く。

 

「ねえ、キング君」

 

 どうやら、この舞台は極上である。

 

「何かしら」

 

 どうにも、この気持ちは止められない。

 

「ボクは今年、一度も負けるつもりはない」

 

 どうしたって、勝ちたい。

 

「そう。それは結構な目標ね」

 

 どうして、君も同じらしい。

 

「だから」

 

 どうしても、最強を討ち果たしたいらしい。

 ボクが君の立場なら、必ずそう思うだろう。

 君がボクの立場なら、必ずこう思うだろう。

 

「年末の有マ記念、ボクにとって年間無敗がかかった一戦。そこで、ボクと勝負してほしい」

 

 どうなったって、君に勝ちたい。

 

「ああ、そうね」

「そうとも。どうだいお姫様、王子様がボクでは不満かな?」

「もちろん、いいえ」

 

 そうして、幕は降りる。第二幕、第三幕、全何幕と続けられるだろうか? ありがたいことにボクは、ボクたちは、また一人負けられない相手を見つけたのだ。薄くて遠い繋がりだからこそ、手に入れたそれは手放さない。そんな物語が、歌劇が、二人の前に現れる。ヴァルハラの如く永遠に続く勝負の物語は、きっとこう形容できる──。

 

「……だって私、そこをラストランにするつもりだったもの」

 

 ──舞台装置が壊れて、役者が奈落に落ちたなら。

 

「あなたの覇道の最後に名を連ねられるなら、本当に悔いはない」

 

 どんな演目のどんな場面であろうとも、その時点で絶対にこう形容する。

 

「ありがとう。おかげで、最後まで楽しかった」

 

 悲劇、と。

 天輪には、届かない。

 

 

「ちょっと、オペラオーさん?」

 

 どうしたのだろうか、と思う。

 

「ふらついてない? また眠いのかしら」

 

 多分相手は平静で、ボクがおかしい。

 

「そろそろ夜も遅いし、宿舎に戻るわよ」

 

 それでも、だった。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 

「ほら」

 

 当たり前みたいに、親しげな手が伸びてきて。

 どうした。

 どうした。

 どうした。

 どうしたんだ、お前は。

 

「……ふざけるなよっ……!」

 

 ──ぱぁん、と。

 乾いた音で、優しい手を弾いた。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして、そんな目で見るんだ。

 どうして、困惑しているんだ。

 どうして、理解できないんだ。

 どうして、こうなったと。

 

「どうして、君は」

 

 ああ、本当に。

 どうして、こうなったのだろう。

 

あなたのイチオシの幻覚症状は?

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