【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
「どうして、君は」
真夏の夜は寝苦しい。暑くて短くて、ちっとも休める気がしない。どうにも起きていたい、起きてしまう日はあるというもの。夢など見なくていいから、現実を見つめていたいというもの。だから、一人でだって起きていられた。波の音と砂の跳ねる音があれば、それだけで眠れなかった。
でも、多分。どうやら、本当は。
「そんなことを、言えるんだ」
私はずっと、夢を見ていて。真夏の夜に、狂想の夢を見ていて。起きているつもりで、見ていなくて。あなたのことを、見ていなくて。
「勝負を終えるなんて、笑顔で言えるんだ……!」
オペラオーさんが私に言った台詞は、多分そういうことだった。あなたが怒るなんて、きっと殆どの人が見たこともない状況。その相手に、私がいた。
私のラストランまで、四ヶ月を切っていた。そこまで敷いた私の王道は、間違ったレールの上らしかった。みんながいなくなってからの私の道のりは、この区切りは、彼女にとっては許せないものらしい。そんな、そんなふうに全部台無しにした。いや、私が台無しにしたのだと、言ってのけられた。なら、私は。私の、人生は。そう冷静に、愕然としていた。
ぽとりと額から汗が垂れる。蒸しているのに唇が乾く。瞳は揺れて、それでも激情を捉える。なんと、なんと答えようか。なんと答えれば、彼女が絞り出したものに応える台詞となるだろうか。この舞台を、潰えさせずにいられるだろうか。せめて、せめて。彼女の抱いた想いを壊したのなら、彼女のための報いとなろうとしたかった。なのに、それすら叶わなかった。
「……ボクは、すべてに勝たねばならない。空前絶後であり、過去と未来と現在に勝たねばならない」
わからないまま、歌うように語るオペラオーさんを見る。空を見上げて、だけど私に向けていた。紛れもなく、私を刺し殺す台詞だった。その敵意に怯えてしまって、やはり何も言えなかった。「最強」とは、こういうものなのかと。
どうして、ここまで怒れるのかと。
「ボクのライバルは皆強敵でね。そして冬からは、新しい世代が現れるだろう。無論、その先も。君にも覚えがあるだろう、新世代に追い立てられる感覚というものは」
私のために、焦がれるのかと。
私は答えない。私は答えられない。当然あるだろう言い返しが、口から出ない。彼女にぶつけるにはあまりに弱くて、飛び出せない。怯える私はきっとみっともなくて、先輩の風格なんて無くなっていた。そんな私をきっと知りながら、獰猛に詰め寄るあなたがいた。私らしくない私の前で、あなたらしくないあなたが進んでいた。それでも私に言わねばならないと、そういう台詞に見えた。
「……だからボクも、追いかけなければならないのさ……いや」
ざり。私が崩した砂の山を、踏み潰して。
ぐいっと。悔しさを滲ませ切って、歯を食いしばり。
戦慄。つんざくような瞳は、目元から薄く充血して。
「追いかけさせろ。キングヘイロー」
私の眼前で、密やかに吠えた。
「ボクを、見ろ」
私を、見ていた。
どうして。
どうして、私は。
どうして私は、彼女を見ていないのだろう、と。
諦めていた自分に、気づいた。
※
ボクにとって、最強世代は憧れだった。走り始めた時から、ずっとその名を聞いてきた。ボクの王道において、最強を名乗る道のりにおいて、必ず墜とすべき敵のように思えた。
だけど、彼女たちは去っていく。黄昏に消えていき、華々しく去っていく。決して、ボクに負けてはくれない。ボクはずっと、最強に勝てない。そのまま最強を名乗れるか? 最強と勝負しないまま、最強を決めれるか? 覇王は、覇王たり得るか?
最強不在の最強などごめんだ。なんとしてもお前たちと雌雄を決してやる。最強のまま消えるな。ボクを、最強を、見ろ。
ボクと君たち、どっちが強い?
そういう疑問は、当然のようにあったのだ。
だからどうしても、君に勝ちたい。
※
最初から、比べられてきた。期待されてきた。実績より先に、重荷があった。勝って当然の私が、厳しいライバルに囲まれた。勝つことは難しい、とさえ言われた。実際、その通りだった。
追いかけさせろ? 自分を見ろ? それは、私も同じなのだ。最強世代の繋がりは、ある種の軛でもあったから。彼女たちと並び立つ限り、一流の走りの上に天性のセンスをぶつけられる。最強の括りにいるうちは、競い合うことばかり見ているうちは、最強になるためには勝たねばならないと思っているうちは、私は私でいられない。そう気づくのには、それなりの時間が必要だった。
最強に縋るなら、あくまで私は最強を演じよう。あなたが最強世代を見るなら、当たり前のように最強世代の一人になろう。
だけど、もう私は一人なのだ。
そんな結論は、変わらないけれど。
寂しいことでは、ない。
※
「最強世代が一角、キングヘイロー。焦がれるとも、憎いとも」
ぶつけられる抜き身の感情。腑まで切り捨てられる私の諦観。諦めて、いたのだろうか。いいや、諦めていたのだ。先程まで。もしくは今も。諦めない方法さえ、長き時で失った。うだるような夜が深まる中で尚、どろどろに煮えていた。煮えて煮えて、私は原型を留めない。テイエムオペラオーという炎の勢いは、それほどまでに激しかった。
どうして。
どうしてそんなに、私を。
そう、思った。
「だから勝ちたい。だから挑んだ。何故か? まだ終わっていないからだ! ボクの最強を証明するために、未だ根深い旧き最強と雌雄を決さねばならない! ……本気だとも。自惚れだろうと憧憬だろうと、まだ追いかけなければならないさ」
まるで歌劇のように、長々と台詞を語るあなた。その声は朗々と響き、ひしひしと悲劇を歌っていた。そう、やはり悲劇だった。舞台装置が壊れても続く歌劇は、どうしたって悲劇だった。
「……それなのに」
私が去ることを、受け入れられない悲劇だと。取り返しのつかない台詞が、粛々と並べられていた。
「何故終わる? どうして戦わない? ボクとの勝負が楽しいのなら、走るのだって楽しいのなら、どうしてそれを諦めるんだ」
答えられない。答えたくない。だって、私は。その「だって」が、一度も口から出て行かなかった。だけど、確かに思うばかりだった。どうしても弱音ばかりで、終ぞ台詞にならなかった。仲間たちは皆去ってしまった。私だって十分走った。もう、できることはやった。そう思っていた。そう思いたかった。華々しく終わりたいと、当然のように思っていた。
「……私は、あなたを見ていなかったのかしら」
ぽつりと、やっと絞り出した台詞は。
「ボクだって、そう思いたくなかった!」
吐き捨てるように愛おしむように、縋る想いに殺された。
「君はどうして走るんだ! 諦めないから走るんじゃなかったのか! ボクと君と、それぞれの王道で諦めないのだと!」
「そう、ね」
「それがなんだ? ラストランは、ラストランはボクの舞台なのか!? 君のラストランだぞ! ボクの年間無敗がかかった舞台を、どうして喰らいに来ないんだ? ……答え、たまえよ」
何より私は、その「最強」に勝つ必要を感じていなかった。それが私の、諦めだ。
あなたと勝負をすることは、私の王道に入っていないと。そう思っていたことは、なんて失礼なことなのだろうと。そして、愚かなことなのだろうと。まだこんなにも美しい輝きが、私を追いかけるのに。いつも追いかけてばかりだった私を、追いかけてくれるのに。
なんと言い訳をしよう。なんと道化になろう。あなたの憧れを道化に仕立てて、そんなことが許されるだろうか。それは悲劇を無理やり喜劇にする、最低のデウス・エクス・マキナだ。ここで私が己を蔑めば、すべてが終わり、すべてが台無しになる。そう思った。絶望の淵で、そうわかった。
一つ、わかった。
もう、後戻りはできないと。
進むも地獄、戻るも地獄、どうしたって、この夜ですべてが終わるのだと。あなたのおかげで、わかった。
だから、私は。
「ねえ」
「なんだい」
そう、わかったからこそ。
あえて、私は。
「どうして、私を見ているの」
「……何?」
あえて、私から問いかけよう。
どうやらついに、台詞が湧いた。
根拠はない。答えが見つかるわけでもない。ただなんとなく、このままは嫌だ。
「言われっぱなしは癪だという理由だけで、喧嘩を買わせてもらうけど」
どうしたって、あなたには。
「何も知らないあなたが何故、私に焦がれられるのかしら」
負けたく、ない。
やっと。
どうやら、もう一度。
「……上等だ」
あなたに勝ちたいと、そう思えた。
あえて過ちを認めない。あえてあなたに疑問をぶつける。正しいはずの敵にも、敢然と立ち向かう。そう、そうしてきたはずだった。どんな道のりでも、私の道にしてきたはずだった。
「ありがとう」
これは本心。偽らざる、第二幕の幕開け。
「一流の視界に入りたいというのなら、それなりの覚悟は必要よ」
あなたのおかげで、私に気づけた。
それでも、彼女の瞳は飢えたまま。僅かに戻った光は、私が与え続けなければ失われてしまう。餌を、敵を、試練を、勝負を。そうやって舞台は作り上げられ、私とあなたは高めあう。それくらいはわかる。それがわかれば、十分だ。
「なるほど。ボクと君の」
「ええ。私とあなたの」
「勝負か」
「ご名答。最後に正しかった方が、勝ち」
時間はまだある。夜明けまでに幕を閉じればいいだろう。誰も寝てはならぬ、というところだ。
しかして、どうしたものか。どうやら今までの状況、私が彼女に礼を失したばかりらしい。あれほどまでに怒りを抱かせ、取り返しのつかないところまで沈み込ませた。二人の関係は、崩壊した。そう、言ってもおかしくない。
「じゃあ、始めましょうか」
だからこそ、あえて、私は。私の過ちという前提から覆し、あなたを追及する必要がある。なりふり構わないし、後ろ盾など何もない。気高さ一つで、この舞台に立つ。あくまでそんな私を見据えるあなたがいるからで、まだ主役はあなたのままだけど。
「ここからの主役は、私よ」
私がそう定めたのだから、この道は私の道だ。
「……ほう」
「あえて、問いましょう」
……一つ、突破口の当てがないでもないのだから。これは、直感だ。
誰もが去っていく。誰もが終わっていく。誰もが一人は怖い。王であることは、弱さを持たない理由にならない。あえて、あえてだとも。私の引退が諦めと充足感に満ちていると、あなたを見ていなかったのは本当だとも。それが間違いだというのなら、正して引退も撤回しようとも。潔い、諦めのいいウマ娘なら。だけど私は、キングヘイローなのだから。過ちを認めるくらいなら、開き直って正しさにしてみせようとも。それが私の弱さで、強さだ。長い歳月で見つけた、私の王道だ。
「どうして、あなたは」
……まあ色々言ったが、実のところは一つだけ。
「私の視界に入れるなどと、そんな傲慢を抱けるのかしら?」
私の負けなんて、認められない。
そう思い直したのだから、こう言い返すのは必然だ。
それでもあなたは、私に勝ちたいと思うのかしら?
とりあえずは、これだけだ。私から言えるのは、私が勝つに決まっているということだけだ。ならばあなたの怒りは必ず未熟であり、正すべき過ちである。無論私も諦めかけていたのだから、その点あなたに正してもらったわけだけど。それだけで負けを認めないから、私は私なのだ。
「……傲慢、だと?」
「そう。あなたは、間違っている」
「なるほど、そう来たか。それだけの台詞を歌う、覚悟が君にはあるのだろうね?」
まだ怒りを滾らせながら、テイエムオペラオーは睨みを効かせた。──そう。視線を合わせろ。視界に立ち塞がれ。憤怒を浮き立たせろ。ここからしばらくとりあえずは、私がリードしてあげる。思い上がりだと断じたぶん、攻撃の手番は入れ替わる。だけどこのままでこの夜を、この勝負を終えるな。私が台詞を語ったら、必ずそれに台詞を返せ。先程までの私のように押し黙ったら、私のようにそのまま負けてしまう。それは許さない。負けを認めるなど許さない。悔しがりながら、焦がれながら、憎みながら、私に向き合え。私の過ちを正すのなら、あなたの過ちも正してやろう。喰い殺された方が、悔い改めるのだ。
「もちろん。あなたの覚悟を見定めるために、私の覚悟を語ってあげる」
「覚悟はないと断じたはずだが」
「あなたが私を目覚めさせてくれたのよ」
「お姫様にしては獰猛だね」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
舞台は巡る。舞台は終わらない。潰えず、燃える。
二人の調子はいくらか戻り、けれど取り返しはつかないのだろう。一度ぶつけた感情は永遠に残るし、私はその上で更に感情をぶつけていくのだろう。あなたは未熟だと、きっと怒りをぶつけるのだろう。そうなれば、どんどんと舞台は壊れていく。壊れて、壊れて、唯一無二になる。だからこそ、私は──。
「そこまでして追い求める『最強』に、なんの価値があるのかしら」
──全力で、勝負を挑むのだ。
「孤独と孤高を見誤り、玉座に座することを至上として。それがあなたの言う、『諦めない』? 笑わせるわね」
一つ、見つけた。土壇場だろうとなんだろうと、一つあなたの綻びを見つけた。強さの源だとしても、それを正さない理由にはならない。あなたの王道の原点だからこそ、私はその綻びを暴く。あなたが私に気づかせたように、私もあなたに気づかせる。
「最強世代と呼ばれた君が、そんなことを言うのか」
……ほら。
「そう、そこ」
「何が言いたい」
「あら、そんなの一つだけよ」
どうやら。ようやく、見つけた。
あなたはどうしても、私を踏み躙れなかった。
ならば私もそうだろうと、あえてこの言葉を吐こう。
「……ふざけないで」
睨みつけた。あなたの瞳を揺らした。もう一歩、更に詰め寄った。だけど見据えたままだから、私たちは決して逃げ出さない。最後の最後の決着がつくまで、永遠の舞台を二人で征こう。
「あなたは、『私』を見ていない」
そう、意趣返しをしてやった。
熱く燃える激情。冷たく吹き荒ぶ冷徹。氷炎せめぎ合い、やがてどちらかが消え去るのみ。この関係が骨まで砕ける時、私たちは答えを得る。ただ一人の勝者のために、取り返しのつかない喧嘩をしよう。
立ち向かい、見つめ合い、しかして捉えて勝つために。星明かりよりも爛々と、私たちは光っていた。
あなたのイチオシの幻覚症状は?
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アヤスペ
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キンオペ
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セイトプ