【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜   作:春華ゆが

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終わりです ありがとうございました


キングヘイローとテイエムオペラオーの終幕

 どうして。

 などと問うべき相手は、もういない。

 

 

 さて、諸君。こう思ったことはないか? 「どうして、私が」、と。「どうして、私は」、と。不意に訪れた不運を恨み、天輪に授かる幸運もない。ならば己はどうして笑い、どうして生きているのかと。我が人生に、見るべきものなどあるのかと。大袈裟な問いに見えて、きっと誰もが抱えたことのあるありふれた悩みだ。

 

「さあ今年もやってきました、年末最後の大一番! 有マ記念! 数々の有力ウマ娘が集まっていますが、なかでも最注目はこのウマ娘以外あり得ないでしょう! 年間無敗、前人未到のグランドスラムを賭けた一戦! 四枠七番──」

 

 もちろん、ボクもそうだとも。ありえないと笑われるかもしれないが、ボクは最初から持つべきものをすべて持っていたわけじゃない。己の持つものを信じていたから、前に進めただけでしかない。それだけ。それだけで、ここまで来た。それだけで、踏み締められる。

 特別になりたいか。

 英雄になりたいか。

 最強になりたいか。

 なれば、ただ。

 

「──テイエムオペラオーです! テイエムオペラオーが本バ場にやってきました!」

 

 怯むな。

 そして、殺せ。

 立ち塞がる者すべてを蹂躙し切った時、世紀末覇王は誕生する。

 屍の上の英雄譚、血染めに狂った舞台の終幕。

 されど、祝えと言ってのけるのだ。

 たとえすべてが奈落に墜ち、物語を終わらせる神さえも壊れたるとしても。それでも、喝采をもぎ取れ。誰も味方が居なくとも、どんな闇が行く手を阻もうとも、輝いて、己が輝いて、舞台の照明はそれで足りる。

 勝ち続けた意味はそこにある。負けが許されない意味はそこにある。座するは終焉、担うは恐怖。最果てを望み、深淵を羨み、しかして常に追われて殺す。そうして己が身を研ぎ切った先に、今日というフィナーレがある。ならばこの舞台の結末は、ボクの手のひらの上だとも。

 

「天候は綺麗な晴れ! 良バ場の発表! まさに年末にふさわしい、ベストコンディションと言えるでしょう! さて本当に、今日『も』テイエムオペラオーは勝ってしまうのか!」

 

 ──天より正しく地より尊い、傲慢と呼ぶなら呼べばいい。我が身は既に星より輝き、罪人より血に濡れている。勝利の積み上げは罪禍の積み上げ、見えぬ見ずとも断罪の刃が向けられる。

 すべてが敵。すべてに道を阻まれる。客席さえ、期待よりも怖れが上回る。「本当に勝つのか」と、信頼と疑念と恐怖が重く深く混ざり合う。今日の舞台は、断頭台だ。ボクにも負けはあると示すための断頭台だと、誰もが思っているのだろう、と。

 

「テイエムオペラオー、ゲートに入りました」

 

 ──嗤わせる。

 ボクの勝利を疑う者など、ボク以外には許さない。己の勝利を問う権利は、己自身にしか与えられていない。

 黙って見ていろ。

 さもなくば、ただ──。

 

「七枠十三番、メイショウドトウ! こちらもゲートインです!」

 

 ──ボクより、勝てばいい。

 勝者は常に、唯一人なのだから。

 

「各ウマ娘、ゲートイン完了」

 

 ……さて、と。

 神話を紡ぐわけではない。これから始まるものは、そんな現実離れしたものじゃない。

 

「最強を決める、最後のレース、いよいよです」 

 

 英雄になるわけじゃない。これから終えるものは、そんな世界に根ざしたものじゃない。

 もっと儚く、取るに足りない、誰しも切なく抱いていられる、そんな姿になるだけだ。

 それが、最強。

 その日の永遠であり、その年の刹那である。

 今日まで束ねて今年のレースは合計二十分、その舞台の上でしか生きられない──。

 ──人生の、主役だ。

 

「今一斉に、」

 

 歯向かえ。目を離すな。どうしたって勝たねばならないのだから、全力でボクに勝ってみろ。勝てるものなら、この最強に勝ってみろ。どこにでもいるありふれた傲慢、それを否定できるなら否定してみるがいい。

 

「スタートしました!」

 

 終幕の、開幕だ。

 

 

 なるほど。

 どうやら、

 

「各ウマ娘固まっています! テイエムは後方から三番手」 

 

 一筋縄ではいかないと、これまでだってずっと思ってきたけれど。

 

「オペラオーさん」

 

 そう、我が宿敵が呟くのを聞いた。

 耳元を通り過ぎ、前方に陣取った。

 

「どんな手を使ってでも、ですよ」

 

 ……目を離すな、などと言う必要はなかったわけか。

 

「前も後ろもぎっしりと詰まって、テイエム動けません! これは、これは苦しいレースになるか!?」

 

 ドトウと実況の声が言う通り、だった。勝ち続けた。勝ち進んだ。そうしてここで、年間無敗に王手をかけた。だけどそのぶん、数多を屠った。特にドトウには、何度も何度も辛酸を舐めさせただろう。紙一重だろうと積み重ねて、ボクたちの間に超えられない差を感じさせただろう。その結果、だ。

 前、左、右、後ろ。それぞれの進路に誰かがいて、ボクは走れど動けない。テイエムオペラオーへの全包囲網が、この日のために敷かれていた。確かに、ボクが主役のまま。確かに、ボクが最強のまま。その事実をこれ以上なく証明する徹底マーク。誰もの視点の中心に、ボクがいる。見ている。見られている。この時点で、最強は証明されている、とも。たとえ勝たなくとも、だ。そう言い切れるくらいに、このレースの結末は見えていた。幕引きは、ボクの幕引きは見えていた。

 

「……ふっ」

 

 完全に、道は潰えていた。

 ボクの舞台は、こうして終わる。

 偉大な覇王の最期なら、決して悲劇ではないだろう、と。

 そう言われたなら受け入れざるを得ないだろうほど、絶望的な状況だった。 

 

「ふーっ、ふーっ……」

 

 ああ、わかっているとも。憎いだろうと、羨むだろうと、そうでなくとも勝ちたいだろうと、ボクはよく知っている。皆の勝利を奪ってきたのが、このボクなのだから。だからこうして勝利を奪われる側になったとしても、誰も恨むことはないだろう。最強は証明した。主役なのは間違いなかった。

 これで負けたなら、仕方ない。「どんな手を使ってでも」、だろう。徹底マーク、動けば喰われる獰猛なる宿敵が前にいる。そして最早彼女だけでなく、すべてがボクの敵となった。どこへ動こうと、どこへも往けない状態になっている。レースは一対一ではないからこそ、すべてが敵になるこの状況だって飲み込むしかない。ならばこの結末だって、飲み込むしかないのだろう。最強故だ。主役故だ。故に、この結末だ。これ以上ない、飲み込むべきだ。

 最強は決まった。

 主役はボクだ。

 そのまま変わらず、ゴールする。

 「仕方ない」、というやつだ。

 そう、思った。

 

「第三コーナー回って未だ展開動かず! テイエムは後方三番手から動かない!」

 

 まだ動けない。まだ動かない。まだ、まだ。本当にまだ、とは、限らない。このまま、ということもありえる。むしろその方がふさわしい、とさえ言える。……誰かの言葉を思い出したのだ。終わることは、美しいと。終わることは負けることだと、その時否定したけれど。その言葉の是非は、終ぞつかなかったのだから。

 

「はあっ、はあっ……!」

 

 ……ああ、くそっ。

 どうして、どうして、どうして!

 負けを受け止める準備ばかり、頭に浮かんでしまうんだ!

「第四コーナー中間地点を過ぎている! テイエムオペラオー、前を狙っている! しかしまだ囲まれている! 完全な包囲網は崩れないー!」

 理屈は散々に捏ねた。負けるだけの材料は自分で揃えてしまった。

 理不尽だ、そう言える。

 だから仕方ない、そうも言える。

 こんな負け方許せない、あとでそう吠えられる。

 ボクが負けても、誰も咎めない。最強の名に傷はつかないし、それでも獲りたかった勝利だって悪くない。この舞台は、ボクが主役のまま美しい。そう思ってしまったのは、確かだろう。

 だろうと、どうやら思うらしい。

 どうしても、どうしたって、どう足掻いたって。

 どうして、ボクが。

 

「……ふざけるなよっ……!」

 

 ふざけるな。

 勝てないとわかったら、負けを飲み込む理屈ばかりだと?

 ボクにだってもちろん弱さはあるだろう、そんなことは知っている。だからこうして考えてしまう、そんなことは知っている。

 けれど、けれど。

「さあテイエムはどうする! 残り310メートルしかありません!」

 

 諦めないことが王道なのに、最強や主役で満足してどうするんだ!

 足掻け。死ぬまで。歌え。壊れるまで。笑え。果てるまで! 神話ではない、英雄ではない、されど、ボクが最強を求めるのは──。

 

「残り200を切った! 残り200を切った! テイエムは来ないのか!? テイエムは来ないのか!?」

 

 ──覇王たらんと、諦めないからだ。

 そう、

 

「……勝負です、オペラオーさん!」

 

 君はボクを「負かす」ことが目的でないと、必ず勝利を取りに来ると、それも信じて諦めなかったとも!

 

「もちろんだ、ドトウ!」

 

 最後の最後に、必ず包囲網は崩れる。前へ前へと、全員が動く。何故か? 皆、勝ちたいからだ。負けないためではなく、勝つために走っているからだ。ラストスパートのラストスパート、終曲の残り三小節。それ以上に心動かすクライマックスなど、ありえない。

 ……だから、目の前のドトウは必ずここで抜け出す。

 そして、だから、だ。

 

「……テイエム来た! テイエム来た! テイエム来た! テイエム来た!」

 

 だん。

 そこに出来た穴を見逃さないから、ボクは覇王で最強だ。

 勝たせろ。

 ボクに、勝たせろ。

 

「はああぁあーっ!」

「やぁああああーっ!」

 ようやく、ようやく踏み締められた大地があった。

 遂に、遂に開けた天空があった。

 けれどそこはまだ、ただの空白に過ぎない。 

 

「抜け出すか!? メイショウドトウと! テイエム! テイエム!」

 未知の果て、終わりの先。そこに根ざすは、永遠不変の絶対輪理。今日は一つの区切りであり、確かに舞台が終わる日だ。けれど次の舞台があるから、世界と未来は続いていく。世界は永遠である。未来は天輪である。どうやら、そうして。

 

「テイエムか! テイエムか!? わずかにテイエムかー!」

 

 ボクはまだ、勝負をしてもいいらしい。

 これだけやっても勝てるのだから、まだ向かって来るといい。

 勝っても負けても、勝負は楽しいものだから。

 

 

「いい勝負だったよ、ドトウ」

「……勝ちたかった、です」

「もちろん、これからも油断はしない」

「ええ、勝ちます。いつか、未来に、絶対に」

「楽しみにしている。まあ、今はひとまず」

「はい。おめでとう、ございますっ!」

 

 息も絶え絶えに言葉を交わしながら、やはり思う。負けたとして、観客の落胆はありえなかっただろう。失望させる走りなど、するわけがないだろう。それほどまでにボクは強く、期待を背負い続けている。それでも、今日は困難な戦いだった。いつもよりも特別で、いつもよりも勝ちたかった。そしていつもより、勝つことが遠かった。だからこそ、どうしたって、今日という日は。

 

「はーっはっはっ! みんな、ありがとう!」 

 

 この歓声は、ボクだけのものだ。

 自分でも驚くほど素直な台詞が、自らを讃えていた。

 どうやら、これで。まだ実感はないというのが正直なところだけれど、これで。このレースに勝って、これで。

 

「目標達成、おめでとう」

 

 年間無敗の偉業は、未来永劫刻まれる。

 「彼女」にも褒められて、万雷の喝采を浴びて。

 こうして、幕は降りる。

 

 

 ──いや、そうではない。

 多分、そうではない。

 このまま終わるのは、きっとそうではない。

 なんとなくいい雰囲気になって、なんとなく未来を感じて、なんとなく明日を疑わない。それはきっと、しっかりした終わりではない。舞台の幕引きとしては、二流三流。「一流」には、程遠い。

 どうかな、そうではないだろうか?

 

「さて、一つ問おう」

「何かしら、オペラオーさん」

「そんなもの、決まっている」

 

 そう言って、傍の人を見た。きっと今までで一番、憔悴しきった瞳だっただろう。激戦を終え、満ち足りて、受け止められない。だからこそ、剥き出しで渡り合おう。

 

「キングヘイローとテイエムオペラオー、どちらが今日の主役なのか、だよ」

 

 そう問うべきだろう、キング君? 

 

「……今勝負したばかりなのに」

「今の勝負の判定をするのさ」

「よくわかってるじゃない」

「ここにある喝采は、二つあるからね」

 

 極まる歓声、轟く喝采。そう、この熱狂はボク一人に向けられたものじゃない。それとは別の淡く澄み渡る声が、もう一人の王に届けられている。

 

「……みなさま、今までありがとうございました」

 ラストランを見守ってくれたファンへの、真摯で柔らかな言葉。観劇の終わり、役者を終えたあとの台詞ではない一言。そう言って観客に笑いかける君は、憂いの一つも浮かべてくれなかった。

 やっぱり、そうか。

 どうやら、まだ。

 どうしても、まだ。

 終わらない、終わりたくない。

 終わりたいとしても、終われない。

 だから、大丈夫。

 

「最後の話を、しましょうか」

「ああ。手短に、丁寧に」

「簡潔に、華やかに」

「……笑って終えよう!」

 

 一流のハッピーエンドに終わるのは、どうしたって決まっている。

 ただどんな意味もなく、主役の座が欲しいだけだ。

 これほどまでに素晴らしい舞台なら、最後は真ん中に立ちたいだけだ。

 始めよう。

 勝負はまだ、ついていない。

 

 

「悔しくないのかい、勝てなくて」

「あなたこそ、諦めそうになったんじゃない?」

「ボクの負けず嫌いは知っているはずだ」

「私の方こそ負けず嫌いのはずよ」

「じゃあ悔しいはずだね」

「それが悔しくないのよ」

「負け惜しみだ」

「負け惜しみじゃないわよ」

 

 そういう押し問答は、しばらく続けられた。

 多分色んな人が見守っていて、けれど聞こえる人の声はこちらに向いていない気がした。ここにもどこにでもある当たり前の喧騒の一つを、舞台の上で歌えていた。 

 

「……しかし、ラストランで四着か。まだ走れるんじゃないのかい、君」

「こんなもんじゃないわよ、私。もっと前から仕掛ければ届いたんだから。我ながら青いわね、憎らしいほどに」

「憎らしいほど強いのはボクじゃないのかな」

「一流の私が、他人を勝てない理由にすると思う?」

「……まあ、そうだろうね」

 

 そこは負け惜しみでもなんでもなく本音で、そうである限りボクが負かせる相手ではない気もした。つまるところ本音だと認めればボクの負けだが、本音なのはわかりきっていた。

 

「だって君、ボクのマークもろくにできてなかったから」

 

 今日のレース、一度も君を見なかった。

 どこまでも自分の道を進むのだと、当たり前のように示していた。

 

「あれだけボクを見ろと言ったのに」

「不器用なのよ。まだまだ発展途上。それこそ、永遠にね」

「それが一番強いなら、仕方ない」

「最後まで可能性を見せ続けるから、惜しまれながら終わることができる」

「……まだ走ってほしいと思うのは、ボクだけじゃないだろうに」

 

 ああ、どうにも。

 

「そうね。奇しくも私も同感」 

 

 どうにも、どうしても。

 

「それでも私は、未来に進みたいのよ」

「そう、かあ」

 

 やられたな、と思う。

 

「君の舞台の主役は、紛れもなく君だよ」

 

 玉座は、不可侵だ。

 それぞれの王道は、邪魔できない。

 どうしても、君の勝ちは奪えない。

 

「最後まで期待を持たせる走りなんて、反則じゃないか」

 

 ずるいなあ、と思って。

 他者の輝きが、眩しかった。

 

 

「ところで、純粋な疑問なんだけど」

「何かなキング君。ボクは君が何を言ってもムッとするくらいの機嫌だけど」

「いやそんなことじゃなくて、単純な話。……グランドスラムって、どれくらいすごいわけ?」

「え?」

「いや、私結構節操なしにレースに出てたから。真っ当なローテーションでそのまま勝つって、逆に想像できなくて」

「えーと、真っ当というわけでもないんだけどね。重賞八連戦、結構タイトなスケジュールだよ」

「……凄まじくない?」

「すごいだろう?」

「うん。すごい」

 

 なんだか子供のように当たり前に驚かれたので、拍子抜けだ。いや、すごいんだけど。ボクすごい。

 

「GⅡが三つ、GⅠが五つだね。いや、そこら辺は流石に知ってるか」

「当然、一流だもの。そもそも私、長距離も走れるんだから。獲ってないだけで」

「それなら年間無敗の説明、必要かな」

「必要よ。しっかり説明して」

 

 むう、頑固だ。とはいえやぶさかではないだろう、何故ならボクはボクだから! 偉業を讃える者が一人増えることは、喜ぶべきことだろう! というわけで、

 

「とりあえず初戦は京都大賞典で、トップロードさんを木っ端微塵にした。今日も勝った。ボクの麗しき好敵手が一人!」

「厚かましいって思われてそうね」

「トップロードさんは優しい!」

「甘えてるのね」

「次の阪神大賞典でも勝った!」

「引け目とかあるべきでないのはわかるけど、そこまで来るとすごいわね……」

 

 一つ一つ、

 

「春の天皇賞も勝った。トップロードさんに。ここが今年最初のGⅠだ」

「なんだかトップロードさんの方に親近感が湧いてきたのだけど」

「会いに行くといい! 君ほどのウマ娘なら歓迎するだろう」

「いや、何度か挨拶したことあるわよ? トレセン学園じゃあなたより有名人よ? ……ともかく、あなたの伝説は一歩そこで進んだわけね」

「伝説というほどじゃないよ」

「それは未来で決められるものよ」

「そうだね。ボクとしてはいずれ超えられる伝説と思っていたけれど」

 

 解きほぐしていって、

 

「……次は宝塚記念だ。ここでは悔しいことと、嬉しいことがあった」

「グラスさん、ね」

「そう。最強世代とのリベンジマッチ、待ち望んでいたとも」

「彼女の骨折は本意ではない。わかっていると思うけど」

「だから悔しいのさ。一度目で勝てなかったボク自身の拙さが」

「……なんだ」

「何かな」

「ううん、なんでもない。それより嬉しいこと、聞かせなさいよ」

「もちろん、宿敵の登場だよ」

「メイショウドトウさん、ね。よくもまああなたみたいなのについていけてると、私としては感心するばかりよ」

「そう! ドトウ! 我が最大のライバル! ……今日も、勝ちに来てくれた。彼女だから、戦えた。そこから先、トップロードさんとドトウと何度も鎬を削ったよ」

 

 そのまま、

 

「……そして、今日だ」

 

 今日の話になった。

 

「誰かはこう言うかもしれない。テイエムオペラオーにはライバルがおらず、だから勝てただけでしかないと。……羨ましかった。勝ち負けを拾い合う最強世代が」

 

 キング君は、答えない。多分、それで正解だ。今は、ここは、ボクの舞台。ボクの王道。ボクだけの、玉座だ。孤独に見える。孤高に見える。ならば、悲劇にも見えるだろう。

 

「……それでも、今ならこう言える。ボクは今日まで、勝ちたかったと。渡したい勝利なんて、一つだってない」

 

 でも、ボクはそうは思わない。ボクの王道は、破滅への道のりだとは思わない。

 

「だから、ボクは走り続けるよ」

 

 ボクがそう思うのだから、これが紛れもない正解だ。

 

「立ち向かって来る好敵手のためにも、ボクは勝利を譲らないのさ」

「……なるほどね」

 

 はあ、とため息を吐いたようだった。合点がいった、そんなふうに見えた。滔々と語り続け、ボクは君に何かを伝えられただろうか? ……なんて、そんな不安はなかった。言いたいことは言った。好きにするだけ好きにした。君が誰も見ないなら、ボクは誰もを見るだけだ。そういう結論に、たどり着いた。長い王道の先にある、未来に続く区切り。そんな中継地点に設置された、一つ目のゴールラインを──。

 

「あなたの勝ちよ、テイエムオペラオー。それほどまでの精神があってこそ、偉業は未来に刻まれる。あなたは確かに、永遠になった」

 

 ──二人一緒に、切った。

 

「……両者勝ち、か」

「引き分けとは言わないでよ」

「レースでも稀にあるからね、同着は」

「今日のレースはボクの勝ちだけどね」

「これから先の勝負はわからないもの」

 

 いつの間にか周りの視線はボクらにだけ向けられていて、ただ静かに聞き入っているようだった。穏やかだからこそ価値ある会話を、静寂が密やかに引き立てていた。

 しかし、これから先か。今日の勝負は、今日まで続けた主役争いは、二人勝ちだ。どうにも二人とも勝ちたいので、そういう結論は仕方ない。まあつまり、こうなるのも仕方ないというわけで。

 

「じゃあ、次の勝負を決めようか!」

 

 始めよう。次の舞台を。

 

「いいわね。私、一つ案があるのだけど」

「聞いてあげようじゃないか、諸君!」

 

 受けよう! 更なる喝采を!

 溶け込むような穏やかな舞台は終わり、遙か広き激動の舞台がこれより始まる。ボクが促せば観客は立ち上がり、忙しなく拍手の音が鳴り響く。ぱちぱち、ばちばち、雷鳴よりも閃いて。綺麗だと思った。美しいと思った。この瞬間が、本当の終わりだと思った。そして同時に、永遠になるのだと思った。永遠の、始まりに。

 終わらない、終わらない、この日の残響はきっとボクたち全員に刻まれる。遠い未来になっても、色褪せない思い出を作れる。終わることで、舞台は永遠になるのだと。そう、信じた。

 

「私とあなた、どちらが名を残すか」

「未来に向けて、永遠の勝負だ」

 

 信じているから、絶対になる。

 汗だくの手を握り合って、高らかに笑い合った。

 ──ああ、そうだとも。

 これだから、勝負は楽しい!

 どうにもたまらず、ボクたちはそう思った。

 

 

 かつて最強と呼ばれた者たちがいた。

 今最強と呼ばれる者もいる。

 それでも、いつか最強ではなくなる。

 そうしてたとえ彼女たちが、どれほど美しく幕引きを迎えようと。

 必ず次の舞台で、どこかでボクたちは生きている。

 どうしたって、勝負はやめられない。

 だって、あんなに楽しかったし。

 いつまでも、楽しいのだから。

 これにて、幕が上がる。

 

あなたのイチオシの幻覚症状は?

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