【キンオペ編完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:つみびとのオズ
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きっと、それを私に聞いてきたのもたまたまなのだと思う。たまたま私が近くにいて、たまたまその時そのことを考えていた。そうでなければ、スペシャルウィークさんが私にそんな質問をするなどあり得ない。
「うぅ〜……どうしましょう、アヤベさん……」
「待って。まず一つずつ、整理しましょう。というかもう一度言ってもらわないと、状況が理解できない気がするわ」
そう言って、私は再度スペシャルウィークさんに説明を促す。その行為には本当にそれを私に問うていいのか、という意味も込めてはいたのだが。そんな私の考えを知ってか知らずか、彼女は再度現状を説明する。
「はい……。えっと、まず今度、雑誌の撮影があって」
「ええ。それ自体は、初めてじゃない」
「うう、それはそうなんですけど……。でもでも、今回はっ」
私たちトゥインクル・シリーズを走るウマ娘にとって、雑誌やテレビのインタビューというものは全く縁がないものではない。ことスペシャルウィークさんのような、優秀な成績を収めているウマ娘にとっては。
もっとも、それについては私も人のことは言えないのだが。主にインタビューの度に何を言えばいいのかわからない、という点について。
ただし、今回の彼女の悩みは一味違う。
「今回は、『ファッション誌のインタビュー』なんですよね……。つまり、私のファッションセンスが、全国に……。ああもう、もうダメです、アヤベさあぁん!」
「……それで私に助けを求めるのは、判断ミスな気がするけど」
つまり、そういうことだ。なんでも彼女は今回、ファッション誌からのインタビューを求められた。けれどファッションのいろはなど見当もつかず、私に助言を乞うてきた。
やはりそこで私を引き合いに出すのは、かなり妙な判断だとは思うのだが。なにしろ私もそういうことには全く明るくない。たとえば「髪を自分で切るのはおかしい」なんてことも、カレンさんに指摘されるまで思いもよらなかったのだから。
つまり、ここには身だしなみに気を遣える人間はいない。むしろそこに上下をつけるなら、私よりスペシャルウィークさんの方がよっぽど出来ている気がする。
「私、服なんてお母ちゃんのおさがりしか持ってないんです……それで、アヤベさんに聞こうと思って」
「それは、本当に申し訳ないのだけど」
「はい? えっと、どういう」
「私も、知らないわ。外行きの服、いつも同じセーターだもの」
「同じセーター!? 私でも流石に毎回違う服着ますよ!?」
そう驚かれても、そうなのだから仕方ない。適当なインナーを着て、その上にセーターを着る。……一応こだわりはあって、それなりに手触りの良いものを選んだ。でも、それくらいだ。季節によっての取り合わせとか、ましてや一日一日によって着こなすとか、もってのほかだ。
「そういうものかしら」
「そういうものですよ! うう、アヤベさんはおしゃれそうな雰囲気してるのに〜!」
雰囲気と言われても困る。スペシャルウィークさんは、私をなんでもできる、頼れる先輩だとでも思っているのだろうか。そんなことあるはずがないのに。
「申し訳ないけど、ご期待には沿えないわね。けど、どうして私にそんなことを」
「ああえっと、だってアヤベさん、その……」
「その?」
「……やっぱりなしです! ともかく、私はアヤベさんに聞きたいんです、ファッション!」
「それは、参ったわね」
まったく、この子はどうしてこう強情なのだろう。私に構って、どうなるというのだろう。彼女には他にもたくさんの友人がいる。それこそこの問いをぶつけるに相応しい相手もいるだろう。それなのに、どうして。
「どうして、私なの」
わからない。彼女にとって、私は一体なんなのか。
わからない。そんなことを聞いてしまうほどに、私が彼女に関心を示してしまっている訳が。
彼女が私に何かを見出している意味と、私が私自身の行動に理由をつけようとする意味。その両方が、わからない。だって私の生きる意味は、決してそこにはないのだから。
それでも。それでも彼女は、スペシャルウィークさんは私を見つめて。私のことを見つけて、話していた。
「どうしてって、その……今更言うのもなんですけど、アヤベさんにはお世話になってますし」
「あなたには他にも親しい人が大勢いるじゃない。インタビューなんて大事な仕事の相談を、私に任せなくてもいいはずよ」
「それは、そうかも知れません。トレセン学園に来て、私は色んな人に出会えました。……でも。アヤベさんも、その一人です」
彼女の言葉は、いつでも私を捉えている。その言葉の方角は正しい。正しすぎる。私が踏み込ませまいとする私自身の闇にさえ、届いてしまいそうなほどに。
「ほんとは多分、なんとなくわかってたんだと思います。アヤベさんが、そんなにおしゃれとか興味ないんだってこと。それなのにわざわざこんな相談をして、困らせて。……ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。それでも私に聞いてきた理由があるんでしょうし。それくらいなら、貴女のこともわかるわよ」
「はい。私が思ったのは……その」
「ここまで来て言い淀まれると、流石に少し困るわね」
先程からスペシャルウィークさんは、何かを言おうとしては止めている。そんなに言いにくいことなのだろうか。もっともそれでも、何も言おうとしない私とは大違いなのだけど。
「はい、すみません! えっと、言います。……その、アヤベさんって、綺麗だなって」
「……綺麗?」
瞬時にその意味を理解できない。言葉の意味ではなく、そんな言葉が向けられる意味が。
「ああっ、変な意味じゃなくて! 雰囲気とか、立ち振る舞いとか。……だからきっと、この人はしっかり育てられてきたんだろうな、って。もちろん、私もお母ちゃんにちゃんと育ててもらいましたけどね!」
「何が言いたいの」
「ああつまり、つまりですよ! つまり、そんなアヤベさんが綺麗な服を着たら、きっと素敵だろうなって……。それで二人でそんな話ができたらいいなって、思ったんですけど」
私へ伝える、彼女の言葉。私を心の底から褒め称えさえする、彼女の憧れ。そんな彼女の純粋な賞賛は、私が受け止めて良いものなのだろうか。言葉に詰まる。これ以上会話を続けることは、互いのためにならない気がしたから。たとえその語らいが、どれほどきらきらと瞬いていようと、だ。
「けど、それは一旦置いておいて。私の話もいいけれど、本題はあなたのインタビューの服装でしょう」
「あっ、そうでした……。でもアヤベさん、一緒に考えましょうね!」
「はあ……。そうね、ここまで来たら付き合うわ」
「やった! 実はですね、気になってた服屋さんがあって」
「買いに行くところが決まってるのなら、さっさとそこに行けばよかったじゃない」
「ひっ、一人は無理ですよ〜! だからアヤベさんと一緒に、行こうと思って」
「……私と、一緒に」
ようやく、彼女の企みが見えてきた。
「ファッション誌のインタビューがあるから、服を見繕いたい」「だけど自分一人では何もわからないから、誰かの付き添いが欲しい」「そして私が服装に無頓着だから、このタイミングでそんな自分以上にお洒落に気を遣っていない先輩の服も見繕いたい」
だいたいこんなところか。スペシャルウィークさんも大概服装など気にしないタイプに見えるが(事実今の私服は全て母親のお下がりらしいし)、それでも私のそれは目に余るということか。そこまで後輩に気遣われては、私としても断る術はなく。
「いいわよ。今度の週末でいいかしら」
「本当ですか!? ありがとうございます! 絶対ばっちり、おめかしして行きますからっ」
「服を探しに行くのに、その前から服装に気を配る必要はあるのかしら」
「えっ、どうなんでしょう」
「聞き返されても困るわよ」
ともかく、そうして約束を取り付けて。それぞれの用事の時間になれば、自然と私たちは別れる。私たちが出会うのは、いつでも偶然によるものだ。今日もたまたま、そういう話題があったからにすぎない。偶発的で断続的で、そうである限りこの関係が深化することはない。緩やかに、今のままでいい。そのはずだ。
でも。
でも、きっと。彼女はそれを望んでいない。スペシャルウィークさんは、私ともっと仲良くなりたいと思っているのだろう。だから、何気ない話を楽しんでくれる。だから、私のことを肯定する。だから、私と出会う「約束」を取り付けさえする。
出会いを偶然から、必然に持ち上げて。そうなればそこにある語らいは、時間を潰すためだけのものではなくなる。「私との時間を楽しみたい」彼女はきっと、そう思っている。私はあなたのことなど、なんとも思っていないのに。そうでなくてはいけないのに。
私が生きる意味があるとするなら、それは肯定されるべきものでも楽しむべきものでもない。誰にもわからない、私とあの子だけのためのいのち。そう決まっていて、それは誰にも揺るがさせるわけにはいかないものだ。どんなに親しくしてくれる人でも、全てをぶつけるべき競争相手にも。当然、スペシャルウィークさんにも。
彼女にとっての私は、最近少しよく喋る先輩。それもたまたま、だ。そんな薄い関係の私があなたに望めるのは、せいぜい一つだけ。
どうか、それ以上は近づかないで。
きっと、それだけが望みだった。
次回!デート!
友達未満のデート、ご期待ください