【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
きっと、それもたまたまだろう。いや、たまたまでなくては困る。ショッピングモールに入って、まずはと目指した一つ目の服飾店。ちなみにスペシャルウィークさんは何も下調べをしていなかったので、なぜか私が先導しているのだけど。それはともかく、これはたまたまだ。
フリルがひらひら、リボンが目一杯。全く詳しくない私でもわかる。この店は普通じゃない。たまたまでなければ、こんな店には入らない。もちろんまずはの一店目で、すぐにこの店を出るという選択肢もあったはずなのだけれど。
「お客さま、もしかしてロリィタファッションにご興味がおありですか?」
「ろり……ぃた?」
「ああ、まずそこから説明いたしますね! でもきっとこの店に入ってくださったからには、必ずお客さまの気に入る服を見つけさせていただきます!」
「わあっ、ほんとですか!? ありがとうございます! よろしくお願いします!」
横に並ぶスペシャルウィークさんが、あれよあれよと完璧に営業トークに丸め込まれるのを見て。
なんとなくこの店からは出られないな、と直感したのだった。
「まずはロリィタと一口に言いましても、何個か種類がありまして──」
「ふむふむ──」
流れるようにはじまった講義を尻目に、私は店内を歩く。まさかスペシャルウィークさんを置いて他の店に逃げ出すわけにもいかないし。確かにそうやって店に飾られた服を見てみると、色々な系統があるようだ。
同じようにフリルやリボン、レースを中心として形作られたファッションであっても、色合いや細かいデザインの差、パーツの組み合わせでその印象は大きく変わる。少し興味深いと思った。服飾とはパズルのようなもので、存外奥深い。もっと見ていたい、とも。
私は一つのマネキンに近寄る。何かを見つけたかのように、導かれるかのように。
「すみません、これ」
「はい、なんでしょう」
そう言って私が店員さんに指したのは、ピンクと白を基調としたコーディネートを成されたマネキン。ふわふわのコートとレースの靴下が可愛らしく、まるでお姫様のような雰囲気だ。多少着こなすのは難しそうだが、これくらいなら。
「これを、あそこにいる彼女に着てもらえないかなと思って」
彼女のような素敵な女の子なら、どんなものだって似合うだろう。それくらいはわかる。いままでのか細い付き合いでも、それくらいなら。ちなみにスペシャルウィークさんはまだあそこで別の店員さんの説明を受けている。その頭から煙が出ているかのような幻が見える気がする。おそらく大量の情報を処理できていないのだろう。
それならば私が選んでやったほうが、都合がいい。そんな気がした。
そう、思ったのだが。
「お客さま、お言葉ですが」
「はい、なんでしょうか」
「ご自分で気に入った服なら、自分で着るのが一番だと思います」
「……それは」
「もちろん人によって、似合う似合わないはありますが。そこは我々にお任せください。その人の望むコーディネートをサポートするのも、私たちの役割です」
そんな意識外からの発言で、私の思考はしばらく止まる。私の望む。私のための。そうか、だから私は。
私の心情というものがあるのなら、それは空虚でがらんどうだ。だから、私の望みはない。だから、私のためには何も起こらない。そのはずだった。
けれど今の私は、我が身を着飾る服に惹かれていた。それもどこか浮世離れした、今の私とは違うものに。私自身が、それを着たい。そう、変わりたい。きっとそう思ってしまったから、この瞬間に手を伸ばしてしまったのだろう。ならば、それならば私は。
「いえ、やっぱり大丈夫です。すみません、呼んでしまって」
それならば私は、伸ばした手で何かを掴むことだけは避けなければならない。私の全てが空っぽだとしても、それはあるべき姿だから。どんな色も光も、そこには必要ないのだから。
「そうですか。それなら私どもとしましても、無理強いはできませんので」
「すみません」
「いえ、それは店員の仕事ですから。大丈夫ですよ」
そう言って、その店員さんは去っていく。仕事だから、ということを理由にするのなら、それは私の生き方そのものと似ているのだろう。けれどそれらは決定的に違うところがある。今去って行った彼女には自分自身の日常があって、私の日常は何もないということだ。
強いて何かがあるとすれば、新月の夜の語らいだけ。私はやはり、そうあらねばならない。そのはず、だ。
なのに。
「あっアヤベさん、お待たせしました〜! すごいですね服って、なんだかいろんな種類があるらしいですよ、全然覚えられなかったですけど」
なのに、どうして。どうしてあなたは、私の視界に存在するの。きっと、私たちの出会いはたまたまだった。だからそれ以上にはならないと信じて、きっと私はそう信じていたからあなたと関わった。そのはずだった。
けれど何度か会えば、それに従い言葉を交わすようになって。いつからか互いの姿を目で追って、言葉で呼び止めさえするようになって。
「大丈夫よ、スペシャルウィークさん。待ってないから。少しこちらでも、考えことをしていただけだから」
そして今こうして、私とあなたは同じ時間を過ごしている。言葉をかけ合い、離れてしまえばまた一緒になるのを待ち続ける。そんな関係。
そこまで、私たちは深く関わっている。
そこまで、光は侵蝕している。
「アヤベさんは、何かいい服見つかりましたか?」
「……いいえ。他の店を見てみるのもいいかもしれないわね」
スペシャルウィークさんは無邪気に問う。でもきっと彼女は直感的に、私がこの空間を気に入ってしまったことに気づいているのだろう。あなたはそういう子だ。鋭くて優しくて、だからこそ私はあなたが怖くてたまらない。
だから嘘を吐いた。私があなたを裏切る限り、絶対にこれ以上親密にはなれないはずだから。
「そうですかあ……。実は私、もうここで服買っちゃおうかなぁって思ってて」
「分かってると思うけど、ここの服は一般的なファッションじゃないわよ。ファッション誌のインタビューには向いてないかも」
「それは、そうなんですけど。でも、さっきの店員さんに説明を受けて。本当はあんまり何言ってるかわからなかったんですけど、これだけははっきり覚えてることがあって」
「何かしら」
「『ロリィタファッションは、幼い頃の夢を叶えるファッション』、なんですって。確かに今の私とは違って手は出にくい服装ですけど、その考えは素敵だと思って」
「なるほど、要するに。店員さんの言葉に感化されたから、ここで服を買ってしまいたい。そういうことかしら」
影響されやすそうな子だとは思っていたが、案の定という感じだ。そのくせ他人にも強い影響を与えてくるから始末に負えないのだけど。そんなふうに言ってやると、少し照れくさそうにスペシャルウィークさんは頬を掻いて。その後に一つ、言葉を付け足した。
「それで、よかったら。アヤベさんも一緒に買ってくれたらー、なんて……どうでしょうか」
「……はあ。一応、そう提案するに至った理由を聞かせてもらおうかしら」
「えっと、そうですね。やっぱり一人で買うというか、着るのは恥ずかしくて」
「それなら着なければいいんじゃないの? というより、それじゃインタビューなんて受けられないでしょう」
「でもでもっ、一度着れば怖くないと思うんです。……そしてそれは、アヤベさんもです」
なんで。唐突にも思える名指しに、私の心は揺れ動く。
「なんでそこで、私が出てくるのかしら」
なんで私が怖がっているのが、あなたには分かってしまっているのか。
「だってアヤベさん、ずっとその横にある服、気にしてますよね?」
「そうかしら」
「そうですよ。もう流石にちょっとくらいなら、アヤベさんの考えてることもわかりますから」
なんで私自身すら気づいていなかった心臓の高鳴りまでも、あなたは聞き取ってしまうのか。
なんで、なんで。なんでどこまでもあなたは、私に触れてしまうのか。
「だからせっかくだから、ここで買いましょう。……きっと二人一緒なら、怖くないですよ」
そう、あなたは言葉という手を差し伸べる。私は、その手を振り払いたくて。なのに振り払うためには、一瞬あなたに触れなくてはいけなくて。その一瞬ですら、あなたが私を灼くのには充分足りてしまうだろう。だから、振り払えない。
「……はあ。なら、あなたの服も選びましょうか」
「やった! せっかくですし、もうここで着替えちゃいましょうね!」
「いや、それは」
「だめですよ、そうしないとアヤベさん、絶対買いっぱなしにするじゃないですか」
「……仕方ないわね」
そんなふうに、あれよあれよと話は進み。スペシャルウィークさんが買ったのは、フリルとリボンが存分にあしらわれたドレスのような一式だった。いや、一応ワンピースなのだけど。本当にこれを日頃のファッションとして紹介するつもりだろうか。度胸があるというか、怖いもの知らずというか。その片棒を担いでしまった私には何も言う資格はないので、粛々と二人で会計を済ませる。
「……服ってこんなに高いんですね……」
「そういうのは店の中では言わないことね。後で帰ってから返してくれればいいから、ここは私が払うわ」
「うぅ、すみません……」
マネキンを指して店員を呼べばコーディネートがそのまま買えるというのはありがたいシステムだが、思ってもみないパーツの多さには少々驚いた。意匠の多いファッションだから、それなりに値段はするのだろう。それだけ着るのも大変そうだと、数刻先の予定にため息を吐いた。
更衣室をそのまま借りて、それぞれ服を持って個室に入って。こんな申し出を受け入れてくれた店員さんには感謝しないといけないな、と思いつつ、着替えるべき服を手に取る。……このコート、ふわふわだ。ふわふわで、もこもこだ……。思わず軽く感動してしまう。高級なブランドのふわふわとは、かくも素晴らしいものなのか。気持ちいい。ずっと触っていられる。思ったより数倍、いい買い物をしたかもしれない。……半分下着姿でそれは誰も見ていないとはいえ流石にみっともないと気づいたのは、しこたまふわふわを堪能した後だった。
最初にジャンパースカートを着て、ブラウスを上から重ねる。さらにその上にふわふわのコートと、マフラー……。今更だが、ここの服はこれから夏だという時に着るものではない気がする。インタビューにも浮いてしまいそうだし、当初の目的からは随分ずれてしまっていた。
まあそれでも、悪くない。
「スペシャルウィークさん、着替えたわよ」
「はい、こっちも着替えましたから、せーので見せ合いっこしましょう!」
「いやに元気ね……まあ、構わないわよ」
「はい! じゃあ、せーの!」
「せーの」
そうして、二人同時に更衣室のカーテンを開ける。そうして恐る恐る、あるいは期待に満ち溢れながら横を見る。お互いに目を見開いて、あなたの顔はぱあっと花開いて。
私の方はそこまで表情豊かには出来ないけれど、自分も言葉で言い表せない素晴らしさを伝えられていたらいいな、と思った。
「えへへ……どうですか、アヤベさん」
「素敵だと思うわ。……本当に」
薄い筋の通った何層もの白い生地の上に、赤いリボンがいくつも添えられているスカート部分。上半身の部分は黒地に花びら風のレースが組み合わされていて、本当に可愛らしい。まるで絵本から飛び出たお姫様のような格好だけれど、それがしっかり彼女に似合っている。
『幼い頃の夢を叶える』、だったか。そんなファッションのコンセプトを体現している、素人ながらにそう見えた。
「ありがとうございます! アヤベさんも、とっても可愛いです!」
「……可愛い?」
「そんなところで自信無くさないでください! ほら、ここに姿見ありますから、ほら」
そうやって、促されるままに。私は鏡に映った自分自身を見る。私の姿を。見たことのない、私を。
(これ、は)
レースをふんだんに使った淡いピンクのジャンパースカート。そしてそれよりすこし柔らかく濃いピンク色の、ふわふわなファーコート。衿元や袖のリボンや服の端にあるレースがワンアクセントになっていて、総じて小さく可愛らしい印象を与える服装だ。きっと普段の私の印象とは、かけ離れた服装だった。
「どうですか、すっごく可愛くないですか! なんだか新しいアヤベさん、って感じがします」
「……ええ、そうかもしれないわね」
新しい。今まで見たことがない。そんな彼女の印象は、おそらく的を射た表現だろう。彼女ですら気づかないほどに。だってこれは、きっと。
ずっと不思議だった。何故私が、この服に目をつけたのか。きっと私とはかけ離れているのに、服装なんて気にしたこともなかったのに。店員さんも言っていたように、「私が気になった服」は、「私」が惹かれた服なのだろう。ようやく、その謎が解ける。この服に惹かれた存在。その本当の意味は。
(私はあの子の代わりに、この服を着たいと願ったんだ)
「幼い頃の夢を叶える」それがロリィタファッション。そして私は、幼いままのあの子と二人で一人。だから私は、ここに惹かれた。だから私は彼女のために、「彼女に似合う」服へと導かれたのだ。私がそれを着ることで、彼女がそれを着ることまでも再現していたのだ。あの子の夢を叶える。それだけのために生きてきた私にとって、そこに近づけた感覚は、どうしようもなく愛おしくて。
幼い頃の夢という言葉は、私にとっても切り離せないフレーズだった。スペシャルウィークさんにとって、母親から託されたそれが今でも支柱になっているように。それはきっと、私と彼女で同じこと。それに今、やっと気づけた。だからこそ彼女のおかげで、今日一つのことを成し遂げられたのだ。スペシャルウィークさんのおかげで、だ。
「アヤベさん……? そのもしかして、泣いて」
「ごめんなさい。……ごめんなさい。でも、ありがとう」
「大丈夫、ですか? でも本当に、似合ってますから。アヤベさん、素敵ですよ」
きっと、そうなのだろう。あの子に、この服は似合っている。だからたとえ私がどうなろうと、この瞬間の「私の姿」には意味があるのだ。
つーっと、頬を撫ぜる透明な雫。しばらくの間、それは止まらなかったけど。
きっと、幸せだった。
「さっきはごめんなさい。それにしても確かに、ここのお店美味しいわね」
「ですよね! ……じゃなくて、そんなこと気にしないでください! 今日は本当にありがとうございました」
そうやって装いも新たにしたあたりで、ちょうど昼ごはんの時間帯だった。スペシャルウィークさんおすすめのお店がこのショッピングモールにはたくさんあるらしい。そういうわけで、そのうちの一つの洋食屋に入ったのだ。この服装でも入って良さそうな店、という点も含めたチョイスだった。
わかりやすくじろじろと見られるというわけではないが、当然目立つ格好だ。個人的には特に腕あたりの肌触りがいいので、それはそれとして置いておける程度の問題だが。
「それにしても、本当にその格好でインタビューを受けるつもり?」
「はい! だってせっかく、アヤベさんと選んだんですから!」
「何がせっかくなのか、よくわからないけれど」
予算も使い切り、今更他の服を買う余裕もない。となれば確かにスペシャルウィークさんの言う通りなのだが、彼女はそれでよかったのだろうか? そういった疑問の提示のつもりだったが、屈託もなくそう返されてはどうしようもない。
「アヤベさんも、似合ってますよ」
「それは何回も聞いたわよ」
「何回でも言っちゃいます」
「……はあ、仕方ないわね」
そうやって、二人で少し目立つ格好をして。そのまま外食をして、他愛もない話をして。そんなふうにして、時間は緩やかに過ぎていく。心地いいと、少し思った。この関係がどういったものかは曖昧だけれど、少しだけ心地いい。そんな私の考えを見透かすように、スペシャルウィークさんも同じようなことを言う。
「なんかいいですね、この感じ」
「そうね。私も、悪くない」
「ふふっ、それならよかったです。今日が始まるまで、実はうまくいくかどきどきでしたから」
「うまくいったと言っていいのかしら」
「それはもちろん。仲良くなれましたから」
仲良くなる。それは多分、一般的には素晴らしいことだ。人と人が分かり合えるのなら、それ以上のことはない。それが人間の理屈。けれどそれは正確には、生者の理屈で。私があの子のことを想うには、それを避けねばならないはず。
それでも、私は誰かと関わりを持つ。そのうちの一人がスペシャルウィークさんで、今までの私はそれらの関係と距離を置くことで自身の現状を成立させていたはずだ。だから当然彼女とも、そうしようとしたはずだ。けれど、出来ていない。彼女と私の関係に、他と違うところがあるとすればそれだ。
距離は置いている。そのはずなのに、わたしの心は揺れ動いている。彼女の放つ陽光に、私の体は晒されてしまっている。どうしてそうなってしまったのか、どうしてそれを止められないのか。
きっと、たまたま出会っただけのはずなのに。
「あのアヤベさん、笑わないで聞いてくださいね? 今ふと、思ったことなんですけど」
「……いいわ、何かしら」
そして、その理由は。私にはきっと気づけなかったその答えは、彼女にはわかっていた。屈折し歪曲した私という存在を、やはりその眩しさは暴き立ててしまう。
「アヤベさんって、お姉さんみたいだなって。私のことを助けてくれる、お姉さん」
彼女が唯一わからないことがあるとしたら、その発言がどれだけ残酷なものかということだけだろう。
もちろん、彼女に罪はない。罪悪を重ねたのは、そう感じさせるような接し方をしてきた私の方だ。ずっと私はあの子の影を見ていたのだ。いつものように。「スペシャルウィークさん」ではなく、あの子を。それを見抜かれていた。彼女は、見抜いてしまっていた。
「……アヤベさん? どうかしましたか」
「いえ、大丈夫よ。……ごめんなさい」
「何も謝られるようなことはしてないですよ。それより、いつもこっちが感謝してるようなものですから」
やめて。
「私が変なことをしてたら、気にかけてくれたり」
やめて。
「私が話しかけたら、どんなことでも親身に聞いてくれますし」
やめて。
「今日だって、一緒に買い物までしてくれて! 本当に、ありがとうございます」
もう、やめて。
それらは一つだって、あなたのためにはしていないことだ。あの子を失った私の代償行為。私が積み上げた罪の証。そんなものに、あなたの気持ちを使わないで。
そう、今すぐ全てを言ってしまいたいのに。何もかもを、終わりにしたいのに。
「……いいえ、大したことはしていないわ」
「もう、アヤベさんはすぐ謙遜しちゃうんですから」
私にできる絶叫は、そんなか弱い譲歩の形を取ることだけだった。
そのあと少し食事をして、また世間話をして。それは先程までとなんら変わらず、先程までの続きにあるものだったけど。たとえば何かが変わったわけではなく、今までの見え方の意味がわかっただけ、だけれど。
世界が色褪せているように思えた。
きっと、そうに違いなかった。
「じゃあアヤベさん、寮に着くまではこの格好ですから」
「……ええ、そうね」
「一人ならびっくりされるかもですけど、二人なら大丈夫ですよ!」
「……ええ、そうね」
帰路に着く頃にも、まだ空は青かった。梅雨時だけれど、今日は雨は降っていなかった。
今すぐにでも降って欲しかった。
「アヤベさん、聞いてますか?」
「……ええ、そうね」
「聞いてないじゃないですか! それなら」
そんなふうに上を見上げていた私の視界の下半分に、場違いな格好の少女が映る。そうしてそのまま、彼女は。
「ほら、行きますよ!」
「うわっ、ちょっと」
手を引いた。私の手を。時さえも閉じ込める牢獄から、まだ見ぬ外へ連れ出すように。
「スペシャルウィークさん、何を急に」
「だって、急に元気なくなるんですもん! そういう時は走るって、ウマ娘の鉄則です!」
そう言いながら、彼女はスピードを上げて。私も釣られて、やがて更に加速して。並んで走る頃には、手を繋ぐ必要はもうなかった。
走るのにはどう見ても向かない格好で、どこまでも駆けて行くウマ娘が二人。気持ちの面まで並び立てているとは、とても私には言えないけれど。
あなたはどこまでも、私を見ている。私がそれに報いれているとは、決して言うことが出来ないのに。これからだって永遠に、報いることはできないのに。
なのに。なのに、彼女の言葉を振り払えない。あまつさえ彼女の存在に、私自身への救いを求めてしまう。求めるのはあの子の幻影で、彼女自身ではない。それは不誠実で不純で、唾棄すべき動機だ。そもそも自分自身のことなんて、どうだっていいはずなのに。そうずっと、私はそうしてきたはずなのに。
ぼろぼろだった。わかるのは、今なぜか手足が必死に動いていること。横には、楽しそうに笑うあなたがいること。そしてそれに置いていかれたくないと、そんな望みを持ってしまっていること。私が近づくのは、彼女のためにならないとわかっているのに。何もかもが私の行動を、否定して止めようとしてくれているのに。
それでも私の心が今持つ感情は、一つだけ。壊れた機械のように、その一つだけを遂行する。
たとえ、私があなたを見ていないとしても。
どうか、あなたのそばにいさせてほしい。
きっと、いつか地獄に堕ちるとしても。
これからもこの文字数にはならないと思います
信じてください
この文字数になっても読んでください
あなたのイチオシの幻覚症状は?
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アヤスペ
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キンオペ
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セイトプ