【完結】たそがれより世紀末まで〜98×99三強カップリングがイチャイチャしたりするかもしれないしドロドロするかもしれないしの幻覚話〜 作:春華ゆが
きっと、この状況はたまたまだ。奇妙な光景。私とアヤベさんが二人で一緒に、ハンバーグを作っている。ちょっと前まではあり得ないとさえ言えるような、滅多にない状況。でも今なら、たまたまの確率くらいなら。
きっと、それくらいなら起こり得るようになった、そんな偶然で、だけど今だからこその状況。
二人で一緒に料理をする。そんなどこかではありふれた、それが私たちが今過ごす時間。
「さて、そろそろ次ですね! 玉ねぎが炒め終わったら、次はいよいよひき肉……じゃなくて、そうだそうだ、忘れてました」
フライパンの火を止めて、私はアヤベさんに次の指示を伝える。玉ねぎを炒め終わったあたりで登場する、ここが私のこだわりポイント。お母ちゃん直伝の、ひとアレンジだ。
「ここにある、にんじん。これも細かくみじん切りにして、また玉ねぎと同じように炒めます」
「なるほど、それがあなたの家のにんじんハンバーグの作り方、というわけね」
「はい! もちろん普通のハンバーグより、手間は増えちゃうんですけど」
にんじんを刻んでひき肉に混ぜ込む。お母ちゃんがいつもやっていた、にんじんハンバーグの作り方だ。なんでも一本そのまま火を通してハンバーグに突き刺すのは、結構テクニックが必要で難しいのだとか。
「こうなったら乗りかかった船だから、手伝うわ」
「ありがとうございます! 結構大変なんですけど、これはこだわりたいところなので」
「こだわり、ね。あなた、お母さんを大切にしてるのね」
「えへへ、そうかもしれません」
アヤベさんにそんなふうに言われ、素直に照れてしまう私。けれど隠すようなことでもなく、私はお母ちゃんのことを大切に思っている。私に叶えたい夢をくれた、お母ちゃんのことを。
そしてそれは、一人だけじゃなくて。
「……実はこのレシピ、それなりに歴史がありまして」
「『聞いて欲しい』って顔してるわね。いいわよ、興味があるわ」
「ありがとうございます。えっと、お母ちゃんがいつも作ってくれたって言ったじゃないですか」
「そうね」
「それは、育てのお母ちゃんの話ですけど。この作り方自体は、育てのお母ちゃんが生みのお母ちゃんから教えてもらったものだそうなんです」
「……それは」
「だから私にとって、このにんじんハンバーグは二人のお母ちゃんの思い出の味なんです。小さい頃からずっと食べてきた、大切な味なんです」
生みのお母ちゃんは、私が生まれてすぐに亡くなってしまった。けれどその大切な友達だった育てのお母ちゃんが、私の子育てを引き継いだ。もちろんお母ちゃんから直接聞いたことはないけれど、そこには他の誰にだって秘密の、二人だけの会話があったのだと思う。
そしてその二人の繋がりのおかげで、今の私は生きている。生みのお母ちゃんのことも、育てのお母ちゃんのことも。何も忘れず捨てず消さずにこうして今を生きられるのは、想いを受け継いでいられるから。そう育ててくれた、おかげだ。
「……そう、だったの。きっとあなたの二人のお母さんは、二人ともあなたのことを大切に思っていたのね」
「そうだったら、嬉しいですね。私も同じように二人のお母ちゃんのことを大切にできていたら、もっと嬉しいです」
「きっと、できているわ。私なんかが言っても、信用ならないかもしれないけど」
「……そんなこと、ないですよ」
とんとんと、包丁の音が協奏する。その上で二人きり、言葉だけが跳ね回る。静かな舞台の上だけど、そこにはもういっぱいの。
「アヤベさんは優しい人です。それは私にもわかります。そして多分、厳しい時は厳しく言える人です。お世辞なんか苦手だと思います。……だから、アヤベさんの言うことは信用できますよ」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんですか。褒めてるんですから、しっかり受け取ってください。そうじゃないと寂しいです」
「いえ、私は」
そう言って、顔を背けようとするアヤベさん。この人は時々強情だ。多分きっと、自分を褒めるのに慣れていないのだと思う。それは個人の性格だし、私だって誰かに慰めてもらわないとなかなかできないこと。でも、だからこそ。
ぐるり。包丁を一旦手元に置いて、アヤベさんの顔を両手で押さえて。その少し柔らかいほっぺたをこちらに向けて、私はあなたにお願いをする。このやり方は少しずるいかもしれないけど、それでも伝えたいことだから。
「アヤベさん、言ってみてください。『ありがとう』って」
「何よ、急に」
「急にじゃないです。ずっと思ってたことです。アヤベさんはもっと、自分への評価を素直に受け止めたほうがいいです。たとえば前服を買いに行った時も私は可愛いって言ったのに、なかなか納得しなかったし」
「そうかしら」
「ほら、また。そういうところ、ですよ。まあ、とにかく」
ぱっと両手を彼女の顔から離す。そうしても、そのままこちらを向いていてくれた。ならきっと、言葉は繋がる。そう信じて、そう願って。
「はい、言ってみてください。『ありがとう』」
「えっと」
「ほら、『ありがとう』」
「……ありが、とう」
よし、言わせられた。少し、いやかなりもじもじしながらだけど、まずは一歩。卑下も謙遜も何もない、純粋に称賛を前向きに受け止めた「ありがとう」。それが返ってきた。初めて返ってきた。また、一つ。その一つに、私もすっと言葉を返して。
「こちらこそありがとうございます、アヤベさん!」
きっと、そうやって。互いに歩み寄るのだろう。
「あとは、全部を混ぜるだけね。大きすぎるし、これも二人でやった方が良さそうね」
ひき肉も卵も玉ねぎもにんじんも一つのボウルにぶち込んで、ビニール手袋でなんとかそれを混ぜる。二人で一つのボウルに集中しないと、混ぜ切るのにかなりの時間がかかってしまいそうな量だ。つくづくアヤベさんがいて助かった。それにしてもお母ちゃんはどうやってこれを一人でやり切っていたのだろう? さっぱりわからない。
「はい、あと一歩ですね! アヤベさん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。これならちゃんと、夕飯時には間に合いそうね」
そう言いながらひき肉を力いっぱい混ぜ込むアヤベさん。その姿を見て、そういえば、と思った。すぐに聞いてみる。なんで、今まで気づかなかったんだろう。
「そういえばアヤベさん、アヤベさんは晩御飯どうするんですか?」
「私?」
「そうですよ、すっかり忘れてました。食べる予定とか、ありますか?」
「まあ普通に、食堂に行くかしら。特に考えてはいなかったわね」
よし、それなら。タイミングがいいというか、アヤベさんならいつも通りなのかもしれないというか。ともあれこういう成り行きなら、この先にある結論は一つだろう。
「ならアヤベさん、よかったら、なんですけど」
「何かしら」
きょとん、と首を傾げるアヤベさん。全く何を言われるか思いもよらないという顔だ。私としてはむしろ、アヤベさんの方から主張してもいいくらいの権利だと思うのだけど。
まあ、それならそれでこちらから言おう。気付いていないことを気付かせるのも、助け合いの一つだから。
「一緒に食べませんか、このハンバーグ」
ほんの少し、勇気が必要な発言だったけど。それでも私は確かに、あなたに手を差し伸べる。その手を取ってくれるかはわからないとしても、それでももっと近づきたいから。あるいはあなたもそう思っていると、私の中ではもうわかっているから。
きっと、確かに信じているから。
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