異端の武具職人が神の領域を目指すのは間違っているだろうか 作:のん野のん太郎
今回はキリがいいところまでと思ったら、めっちゃ長くなりました。
いつもの倍くらいあります。
読む場合はご注意ください。
迷宮は静かだった。先程までの大逃走が嘘だったかのようにモンスターの気配もなく、俺達全員の荒い息遣いだけが薄暗い岩窟内に響いている。
全員が砂にまみれ、受けた傷周りには流れ出た血液が赤黒く凝固してこびりついていた。
ただ進む事に精一杯で誰一人として言葉を発さない。
「すまん……」
「気にすんな……」
俺の耳元で呟かれる弱々しい声に、簡潔に返すことしか出来ない。
肩を貸しているヴェルフの表情は苦痛に満ちており、痛みによって汗が滲んでいた。
隣で歩くリリルカも息を切らしており、ベルと俺だけが辛うじて戦闘可能な状態だ。
崩落後のヘルハウンドを倒した俺達は、話し合っている真っ只中に乱入してきたモンスターの大群によって大きく戦力と道具を削られた。
一匹減らしても変わらないほどの大群には逃げることしか出来ず、崩落によって足の潰れたヴェルフを半ば引きずるように撤退したのだ。
そして撤退の最中にバックパックが齧られ、破られたことによって多くの道具を失った。
「リリ、カルロ、残ってる道具は……?」
「
「回復薬二つに
この状況でこの
それにしてもこの状況はマズイ……
撤退中に縦穴から落ちた。つまり、今俺達がいるのは14階層、若しくはもっと下。
ダンジョンにここまで上手く嵌められ、ダンジョンの悪意を強く感じるのは初めてだ。
小石の音にさえ敏感になっているベル達に深呼吸を促すが、それでも不安はかき消すことなど出来ない。極度の緊張は体力の減少を加速させた。
「……っ。行き、止まり」
そして、再び行き止まり。やはり記憶にある迷宮の地図と照らし合わせても、一致する部分がない。
「一度、休憩しよう」
そう声をかけるとベル達の焦燥を色濃く写し、熱を持った瞳が少し冷める。
そして全員が荷物をドサリと下ろして座り、ダンジョンの一角で堂々と話し合いを始めた。
「まずは、パーティの装備を確認しましょう。治療用の道具ですが、リリは回復薬が四、解毒剤が二。カルロ様は回復薬が二、精神力回復薬が一ですね?」
「ああ」
「ベル様達は?」
「俺は何も残っちゃいない」
「僕はまだ、レッグホルダーに回復薬がいくつか」
リリルカのバックパックから取り出された水筒を手渡され、回し飲む。
量が少ない為口に含む程度だが、それだけで随分と頭がスッキリした。
「次に武器です。リリはボウガンを先の崩落で失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で……」
「ベルは大剣に、後は短剣と小型盾をなくしたか」
「う、うん。でもナイフはどっちも無事」
「俺はハルバードとナイフ、投げナイフとクロスボウだな。リリルカ、クロスボウは任せる。黒い筒は普通の矢で、白い筒は刺さった箇所を吹っ飛ばす特殊な矢だ。使い所は任せる」
そう言ってリリルカにクロスボウを押し付ける。先程まで使っていたものと比べてグリップや引き金の距離が少し大きいだろうが、我慢してもらおう。
リリルカはありがとうございます、と言って受け取る。
「『サラマンダー・ウール』も、まだ生きてるな」
その言葉にただの布切れとなっているマントを触る。まぁ俺の手に渡った時からそうだったんだが。
「わかりました……今後の方針ですが、生きて帰還する為には出来る限り接敵、そして戦闘を避けるしかありません。逃げられるならば、逃げの一択です」
俺はあぐらをかき、ベルは片膝をついた体勢で、ヴェルフは腰を地面に落としている。
ヴェルフの背中にバックパックを置いて支えながら、異論は無いと頷く。
「カルロ様、確認したいのですが、今の階層はわかりますか?」
そしてリリルカが見計らったように口を開いた。
「……いや、わからない。ただ、14階層のこんな道は知らない」
立て続けに行き止まりに当たったが、そんなものは知らないのだ。
それを聞いたベルは顔を青くし、ヴェルフは眉間の皺を更に深くした。
だがリリルカはそれが分かっていたかのように続けた。
「そうですね……これはリリの主観にはなりますが、縦穴から落ちた時間を顧みるに、15階層の可能性が高いです」
「そうか……」
15階層。俺がソロでもまだ足を踏み入れていない領域だ。それを負傷者のいる、誰も万全に戦えないパーティで帰還する、そんなことは不可能と言ってもいいだろう。
思考が止まり、生きるための模索が漂白されかけたその時。
「ここからが本題です。上層への帰還が絶望的なことは間違いありません。ですからあえて、下の階層、18階層に避難するという手があります」
リリルカが説明する。
その瞬間、止まりかけていた思考が再び動き出した。
「リ、リリッ、待って。これ以上下の階層へ向かったら……」
「いや、『迷宮の楽園』、『遠征』、縦穴……! 無理じゃない。それどころか上を目指すよりは効率的な上に現実的だ……!」
目を見開き、希望を見つけた興奮に任せて言う。それなら、いける。不可能じゃない……!
それにベルは驚き、ヴェルフは薄く目を開いた。
「カルロ様のおっしゃる通りです。リリ達の現在位置がわからない以上、数え切れないほどある縦穴の方が上層の階段よりも発見することが容易です。それに加えて【ロキ・ファミリア】の『遠征』は約二週間前。階層主を確実に仕留めている筈です」
「な、何で確実なの?」
「17階層の階層主、『ゴライアス』は18階層に続く道の前で陣取るんだ。遠征組にはレベル2の連中もいる。それなら倒してしまった方が安全だ」
「『ゴライアス』の次産間隔は二週間前後……まだギリギリ産まれ落ちてない可能性があります」
つまり、今なら階層主を相手取ること無く17階層を越えられる、かもしれない。
「正気か、お前ら……?」
上ではなく下という提案に、ヴェルフは呆然としながらそう零した。
それも当然だろう。危険度は下れば下る程大きくなっていく。効率的、現実的と言葉で示されても信じられないはずだ。
「……あくまで選択肢の一つです。素直に上層を目指した方が差し当って安全ではありますし、他所のパーティと出会って助けを請えるかもしれません」
リリルカはそう言うがそれは全て運任せであり、中層の冒険者パーティは上層と比べて非常に少ないことを考えると博打がすぎる。下も博打ではあるが。
「このパーティのリーダーは、ベル様です。ご判断は、ベル様にお任せします」
「……リリルカが言った通りだ。俺もベルに任せよう。どちらも間違いではない」
ベルがこちらを向いた為、そう返す。本音を言えば下を目指す方に賛成だが、事前にリーダーはベルと決めてある。こういった二択の最高決定権は、ベルにある。
そしてベルは次にヴェルフへ振り向くと、顔を歪めながらも笑いかけた。
「いい、決めろ。俺はお前を恨みはしない」
しばらくの沈黙の末、重責から湧き出る汗を垂らしながら、ベルは手を握りしめて口を開いた。
「進もう」
汗が、再び首筋を伝ってシャツに呑み込まれた。
生温い湿った空気に辟易としながら、重たくなった服で顔の汗を拭う。
先頭はベル。次にリリルカ、そして俺とヴェルフで歩いている。
バックパックを一つにまとめてリリルカが背負ってくれている為先程よりは楽になったが、それでもキツいことには変わりない。右肩をヴェルフに貸し、左手で『大樹』を杖がわりにして歩く。
それにしても、臭い。
「っ……リリスケ、その臭いはどうにかならないのか?」
リリルカの背中に目を向けて声を飛ばすヴェルフ。
それに対し、背中からでもわかる程体をふらつかせながら、リリルカは返した。
「お言葉ですが、リリの方がこの悪臭の発生源に近いんです。それに、これが続く限りはモンスター達は近寄ってきません」
憔悴しているのではと心配したが、声色を聞くにまだ気力は残ってそうだ。
リリルカの言う通り、『
今まで聞いた事もない道具だが、効果は今まさに実感しているところだ。先程からモンスターが近寄ってこない。
すると30M程先にヘルハウンドが現れ、火炎攻撃の予備動作を行う。
マズイと思い、ヴェルフを下ろして投げナイフを取り出そうとした時。
「任せろ……」
すぐ隣でヴェルフがそう呟き、ヘルハウンドへ掌底を真っ直ぐ向ける。
「【燃え尽きろ、外法の業】」
ヴェルフの口から発せられたのは、超短文詠唱。
たちまちヴェルフの掌からヘルハウンドへと陽炎が放たれた。
「【ウィル・オ・ウィスプ】」
そして次の瞬間、ヘルハウンドの口の中で爆発が起こり、自爆した。
「
リリルカから驚愕の声が出る。
『
「成功したか……」
「ヴェルフ、今のは魔法か?」
「俺の魔法は特殊らしくてな……一定の魔力の反応を爆発させるらしい。モンスターで試したことはなかったんだが……上手くいったな」
そう言って無理矢理笑うヴェルフ。
「ああ。助かった」
「うんっ。助かったよ、ヴェルフ」
そうしてヘルハウンドの攻撃はヴェルフに、それでも近づいてくるモンスターはベルに任せていると、遂に縦穴を見つけた。気づかせないような巧妙な縦穴は、13階層で見るものよりも深く、恐ろしいものに見える。
「リリルカ、下の階層の床が見えたら白い筒に入った矢を地面に飛ばしてくれ」
「は、はい。わかりました」
少し不思議そうな顔をしながら、クロスボウに矢を装填するリリルカ。
そして合図と共に俺はヴェルフを抱えて全員で縦穴を飛び降りる。浮遊感と共に加速していく感覚。そして薄らと床が見えた瞬間、リリルカの持つクロスボウから一本の矢が放たれた。
矢は俺達よりも早く地面に突き刺さり、一拍置いて爆発する。すると強い爆風が落下の勢いを緩め、負傷することなく着地した。
「ダメ元だったが、上手くいったな……」
そう呟く。
そして16階層をしばらく歩いていると、異変に気づいた。
「臭い袋が、なくなりました……」
リリルカの、少し震えた、緊迫した声。
その宣告と同時に、周囲にあった気配が一斉に向かってくるのを感じた。
そこから放たれる重圧。
前方と後方、両側から同等の圧力が襲いかかる。
「……リリルカ、任せる」
そう言ってヴェルフをリリルカに任せると、俺は背後を向く。そしてベルも前方を睨めつけ、臨戦態勢に入った。
ベルの方は分からないが、俺の方に現れたのは『ミノタウロス』。9階層で見た時と比べると圧力は少なくなったように感じるが、それでも大きな体躯と膨大な筋肉は凄まじい迫力を持っていた。
『ヴォオオオオオオオオオオッ!』
背後から咆哮が聞こえる。
そしてすぐに。
『ヴォオオオオオオオオオオッ!』
それに答えるように目の前のミノタウロスも咆哮を放った。
初戦がこんな形になるとはついてない。頭の中で悪態をつきながら、走り出す。
手に持っている天然武器のリーチは『大樹』と比べて非常に短い。
荒い鼻息を吹き出しながら腕を振り上げるミノタウロスを観察する。
そして振り下ろす直前に足を止めることで躱すと、いきなり首を狙わずに落ち着いて武器を持つ腕を斬り飛ばす。
腕を失ったミノタウロスはその痛みから声を上げながら、体重をのせていた腕の支えを失い、体勢を崩した。当然その隙をついて背後から穂先で首を貫いてトドメを指す。
そして息をつく暇も無く、奥からミノタウロスが三体現れた。
想像していたよりもミノタウロスの筋肉は断ちやすく、速さも対応出来る。
無謀ではない。そう確信して三体に向かった。
三体のうち中央と右は天然武器を持ち、左は素手。右手で『大樹』を持ち、左手で投げナイフを持って近づくと、ミノタウロスは攻撃を仕掛けてくる。やはり技を感じない。
攻撃前の明確な隙に投げナイフを差し込むと、吸い込まれるように両目に投げナイフが突き刺さり、暴れ始める。
その無我夢中の暴力は隣のミノタウロスに命中して怯ませた。
そこで浮いた素手の一匹を狙うと、大きく両手を振り上げて叩きつける。それを躱さずに『大樹』を下から上に突きつけると、ミノタウロスと俺の力で首を穿ち、行動不能となった。
そして俺を忘れて争い合うミノタウロス達は背後から落ち着いて首を飛ばす。
その直後。
ドガァアアアアアアアアアン
と、背後から轟音が鳴り響いた。何事かと見ると、肩を揺らしなから佇むベル。モンスターの姿はなく、通路が崩壊していた。
そして遂に、17階層へと到着した。その頃には既に回復薬も精神力回復薬も尽き、全員が辛うじて歩けている状態。
しかし、モンスターからの襲撃がパタリと止んだ。不気味に思いながらも長く、だだっ広い一本道を歩いていくと、先程までとは比べ物にならない大広間に出た。
広大で、長大で、足が竦む程高い大広間。
凹凸一つ無い、『嘆きの大壁』と呼ばれる『ゴライアス』のみを産む、巨大壁。
ダンジョンは、静かだった。
「なんで……」
ベルの呟きがやけに大きく、響いて聞こえる。
足音も、転がる石も大きな音を立てている。
そして、モンスターが現れない。
気配はあるが、こちらに向かってこないのだ。先程から不自然なまでにモンスターとの遭遇がない。
嫌な予感がした。
背筋が冷たくなり、悪寒が走る。
先頭のベルも同様らしく、歩みが徐々に速くなっていた。
奥に見える洞窟、そこに辿り着きさえすれば俺達の勝ち。
そんな俺達を、焦燥と希望を嘲笑うかのように。
左からバキリ、と、鳴った。確かに鳴った。
ベルは思わず足を止めて壁を見ている。
その表情から、全てが察せられた。
「ベル、走れ! リリルカを頼む!!」
あらん限りの大声を飛ばすと、ベルがハッとしてリリルカを横抱きにして走り出す。
そして俺もヴェルフを担ぎ上げて走る。
左耳の鼓膜を揺さぶる轟音を気にしないように、左から転がってくる破片に足を取られないように。
徐々に大きくなっていく破壊音に、飛んでくる破片に急かされるように速度を上げていく。
そして遂に、ズンッ、と、何かが、巨大な何かが大地に足を着けた音が。
見てはいけない。見ると、足が止まる。
そう叫ぶ理性とは裏腹に、首が独りでに回っていく。それはベルも同様であり、俺達は縫い付けられたかのように足が止まり、それを見た。
生物としての規格が違う。太い首に太い肩、太い腕に太い脚。シルエットは人型だが、灰褐色の肌と七Mにも届こうかという巨躯。
今まで見た中で、最も巨大で強大な生物。
言葉を何一つ発せられず釘付けになっていると、土煙の中で、巨大な目玉がギョロリと動き、こちらを見据えた。
そして巨体をゆっくりと動かしてこちらに向き直る。
その瞬間、止まっていた時が動き出した。危険を知らせる信号が、警鐘が大きく鳴り響いた。
『オオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
駆け出す。けたたましい咆哮を上げてゴライアスは追ってくる。
巨大な足が地面にめり込む度に地面が大きく揺れる。
巨大な圧力と殺気が自身の肩を今にも捕まえるのではないかという焦燥感。
立ち向かう気など露ほども思わなかった。
肺が痛くなり、血の味が口の中に広がる中で、徐々に大きくなっていく洞窟の入口にひた走る。
届け、届け、届け、届け、届けぇええええええ!
轟音に掻き消されながら、口から血を吐きながら足を回す。
そして、ヴェルフを全力で投げ、続くように地面をあらん限りの力を込めて蹴った。
そのまま空中に投げ出される。飛んでくる破片が背中に突き刺さり、それを次に来る岩が押し込む。
だが洞窟に飛び込むことは成功した。
受け身も取れずにベチャリと着地する。
その直後、洞窟の入口で、すぐ後方で衝撃波が発生した。
「がっ!?」
捲れ上がる地面と衝撃波に抗うことが出来ずに吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられながら洞窟を下っていく。
薄れていく意識の中で、高速で動く視界の中にベルとリリルカ、ヴェルフを確認すると、意識を手放した。
長ぇ……明日は更新お休みするかもです。