機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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SEED本編
プロローグ


 コズミック・イラ70年。

 

 地球と宇宙。その二つの存在が大きな勢力として世界を二分していた。

 ナチュラルとコーディネーター。対立を生む二つの人種は、世界の全てを舞台として憎しみの連鎖を巻き起こしていた。

 

 そんな歪み切ってしまった世界。

 止められることも、抑えられることもなかった人類の業は世界を蝕み続けた。

 言葉を交わし、罵詈雑言を投げ、拳を振り、銃弾を撃ち込む。

 互いを隔てる溝は徐々に深まり、互いを疎む心は隠せない程に肥大化していた。

 そんな世界にとうとう、一つの切っ掛けが生まれてしまう。

 

 宇宙に生きるコーディネーターの居住区。

 砂時計型のプラントと呼ばれるコロニーに打ちこまれた、一発の核ミサイル。

 幾らコーディネーターの高い技術が生み出したコロニーと言っても、所詮は建造物。それも宇宙空間の中に生み出された絶妙なバランスの下に保っている世界だ。

 たった一発の核ミサイルによって、プラントは難なく崩壊。そこに住む多くの人々を巻き込み宇宙の藻屑となった。

 

 突如襲った余りにも犠牲の大きすぎる悲劇。

 プラント“ユニウスセブン”を襲った悲劇をコーディネーター達はその日にちなんでこう呼ぶ。

 

 

 ──血のバレンタインと。

 

 

 宇宙に住む誰もが泣いた。

 コーディネーターの誰もが怒りを上げた。

 

 

 何故こんなことをしたのだ、と。

 

 これが同じ人間のする事なのか、と。

 

 

 大きくなる声は留まる事を知らなかった。

 許してはならない。泣いてばかりではいけない。

 大切なヒトを失った者達の慟哭は、コーディネーターすべてに伝搬し、彼等は報復を行った。

 

 地球に降り注いだ数多の兵器。“ニュートロン・ジャマー”

 

 特殊な磁場により原子核を攪乱。

 この核分裂の反応を抑制するニュートロン・ジャマーによって、地球上の原子力エネルギーの全てが無に帰した。

 世界レベルで起きた電波障害。原子力エネルギー喪失による莫大な数のライフラインが断たれる。

 生活、経済、文化。ありとあらゆる地球の環境がひっくり返った。

 

 地球に住む人々は怒り狂った。

 命は数で比較するものではないが、それでも波及した被害規模はユニウスセブンと比べるべくもない。

 世界規模で起きたエネルギー恐慌がもたらした影響は、億の単位を持ってすら下らない命を奪った。

 

 

 許せるわけがない────青く美しいはずの地球を、このような地獄へと変えた者達を。

 このまま終われる訳がない。失われた命はあまりにも多すぎた。

 

 

 

 

 こうして地球と宇宙。その二つの世界に生きる者達の戦いが今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、私にカガリ様を探してこいと?」

 

 静寂に包まれる執務室。

 地球にある列島の島国、オーブ首長国連邦の代表首長であるウズミ・ナラ・アスハの執務室にて2人の人物が言葉を交わしていた。

 一方は部屋の主であるウズミ本人。もう一方はオーブの軍服に身を包む少年。襟章から恐らくは二尉であろう。

 見た目の年齢から察するに随分と出世頭の様だ。声の感じからも精々16か17といった所。大人びてはいても大人ではない年齢といえる。

 

「“タケル”、今は親子として話している。便宜上国防本部の二尉であるお前を呼んだが、今回は兄として……あのお転婆娘の妹を無事に連れ戻してほしいのだ」

「これは失礼。

 でも父さん、一体全体何故僕を? これでも父さんの息子って肩書のせいでそれなりに忙しい身なんだけど」

 

 少し棘のあるウズミの声に応えておどけた様子で返す。言葉から分かるように少年はウズミの息子タケル・アマノ。嘗ての名はタケル・イラ・アスハである。

 その若さでありながら父親譲りの才覚を発揮し尉官に。さらには国防軍においてMS開発のとりまとめをしている所謂エリートだ。

 

「家出娘の連れ戻し……国防軍を動かして行うわけにもいくまい。さらに言えば兄であるお前であれば、万が一の時の責任の追及もしやすくなる」

「そりゃあ、身内の不始末ならどうとでも責められるだろうけど……他人に任せるにはそれなりにナイーブな問題だしね」

 

 そっと苦笑を見せるタケルと、目頭を押さえるウズミ。

 話題の当事者である大切な家族の1人に向けた、2人のなんとも言えない気持ちが表れていた。

 

「──あのバカ娘はともかく、お前はどう思っているのだ?」

 

 ウズミが言うバカ娘が家出した理由の事であろう。

 プラントと地球連合で二分された世界において、中立を謳うオーブ。

 そのオーブが、一部の者達の軽率で連合の新型MS開発に加担していたのだ。

 非戦争を掲げるオーブの理念を覆す愚行に、件の家出娘は憤り、開発が行われている現地へ向かうべく飛び出していったわけである。

 

「僕? 別になんとも。

 確かに一部の氏族が勝手にやったこととは言え、裏で新型MS開発の為に連合に加担していたなんてこと、そう納得できるものではないだろうけど。僕とエリカさんの結晶ともいえるアストレイの技術まで流されちゃってるしね。

 ただ、清濁併せ呑むっていうのかな? それで得られるものは不名誉ばかりじゃない。技術提供はそのまま完成された新型のデータを得られる事にも繋がる。

 開発費用は向こう持ちで新型のデータを得られるんだ。こちらにだって大いにメリットがある」

「軍人的な考え方だな。やはり、お前に政治は向かん」

「どっちかっていうと政治家寄りな意見だと思うけどね。ただそれで納得しちゃう僕と納得できないカガリの差が、僕達の行く道の差なんだとは思うよ」

「アレはまだ子供なだけだ。そういう話以前の問題だ」

「そんなことないよ。僕はそういう面もあると受け入れただけ。カガリは違う。

 間違ってる、そんなことあってはいけない。強く変わらない芯があるからこそ、オーブの道を正しく受け継いでくれる。そう思ったから父さんは後継ぎにカガリを選んだ……でしょ?」

 

 投げられた問いに、ウズミが表情を歪めた。

 2人の関係性は、元親子である。

 幼き頃より、ウズミの娘である片鱗を見せた妹に対し、兄であったタケルの才覚は工学や軍属に適していた。

 その為、後継ぎを妹に決めたウズミは、軍人の家門であるアマノ家へとタケルを養子に出したのだ。

『捨てられたアスハの子』

 口さがない者は彼をこう貶めた。

 本人は全く気にしていないし、これまでを見ればわかるようにウズミとの仲も良好で、何のわだかまりもなかった。

 

「──すまない」

「父さんが謝ることじゃないよ。僕はどうにも流されやすいからね。きっと人の上に立つには向かない」

 

 どこか自嘲めいた笑みであった。

 ウズミからすれば、タケルを養子に出したのには他にも理由があった。だが、それを語るにはタケルは幼かった。それは今もである。

 タケルを邪険にすることも無ければ、愛情をもって育てていたことも事実であった。それでも、養子に出された事実はタケルの中でしこりとなり、大人しい気質ともあいまって卑屈にさせてしまったのだろう。

 

「とりあえず、任務については了解したよ。

 丁度、アストレイの開発者責任者としてヘリオポリスには招聘されていたから好都合だしね」

「そうだったか。ならば頼む」

「必ず連れて帰ってくるよ。大切な……妹だからね」

 

 タケルの表情と声には、何処にも暗いものが無かった。正真正銘、本心を言葉にしている事がわかる、まっすぐな眼差しがウズミへと向けられている。

 反射的に、ウズミは目をそらしてしまった。

 

「お前のその想いが、当のカガリに伝わっていないのが……私は不甲斐ないと思う」

「まぁ、僕と違ってまだ籠の中の鳥だったしね。だからこそ、今回は良い機会になるかもしれないよ」

「前向きな受け取り方だな。私は既にカガリが帰って来た時の叱責ばかりが頭にあるというのに」

「それも必要な事だよ。

 それでは、任務に向かいますのでこれにて失礼いたします」

 

 最後に、親子から肩書の関係へと戻ったタケルは、ウズミの執務室を後にした。

 再びの静寂が執務室を包み込んだ。

 残されたウズミは、先程までのタケルとのやり取りを思い返す。

 

「私の想いもまた、お前には届いていないのだろうな……」

 

 呟かれた言葉と声音は、どこか暖かくて悲しくて。

 そしてどこか、痛かった。

 

 

 

 

 

 オーブ首長国連邦、モルゲンレーテ社の工廠。

 ウズミの執務室を出たタケルは軍用車で移動してIDカードを見せると工廠の敷地へと入っていく。

 過ぎ行く景色を見ながら、タケルはこれからの事を考えていた。

 

「僕のアストレイは持っていこう。もうアサギ達も互いに模擬戦はできるだろうし。アストレイの技術を持っていかれたんだから、模擬戦でもなんでもしてせめて向こうの技術なり性能なり持ち帰らないと面白くないよね。カガリは現地でどうにか探すとして……あれ、でも護衛は誰かしかついてないのかな? まって、確かカガリ勝手にシャトルに乗っていったとかって話だったよね?」

 

 今後の事とやるべきことを整理していくうちに、とんでもない情報にたどり着いてしまったようだ。

 

「護衛、いないんだろうなきっと。これは探すのに苦労しそう……」

 

 とほほ、と言った様子で駐車場へと車を止めたタケルは項垂れた。

 急がなきゃいけない理由ができた。今回の任務が難しくなることも分かった。お先は真っ暗であった。

 

「はぁ~ホント、お転婆なのも大概にして欲しいよね」

「何がですか?」

「わぁ!?」

 

 窓を開けていたせいだろう、独り言を漏らしていたタケルの傍らから声がかかり驚くタケル。

 視線を向けた先にはトレーニングでもしていたのだろう。夕暮れ時、夕日を背負いながらトレーニングウェアで佇む少女3人組がいた。

 

「あ、アサギ……マユラにジュリも。脅かさないでくれよ」

「え~、アマノ二尉が勝手に驚いたんじゃないですか!」

「そうですよ。駐車場に停まってる車からぶつぶつ独り言が聞こえるから気になって声をかけたのに、酷い言い草です」

「ふ、2人とも。落ち着いて」

 

 3人集まれば姦しいとは良くいうものだ。

 彼女たちはモルゲンレーテに所属するテストパイロットである。

 量産されたM1アストレイを乗りこなすべく日々励んでおり、タケルは彼女達の教官役でもあった。

 タケルの失言ではあるが、騒がしくなる3人を見てタケルは1つため息を吐く。

 

「とりあえず、丁度よかった。エリカさんに用があるんだけど、何処にいるかな?」

「主任ですか? マユラ、わかる?」

「私もちょっと……ジュリは?」

「私達のトレーニング後に格納庫にまた顔を出すって言ってましたよ」

「格納庫ね、ありがとう。それじゃ、ちょっと急いでるからまたね」

 

 モルゲンレーテ技術開発局主任、エリカ・シモンズの所在を聞くなり、慌てたように去っていくタケルを見送ると、アサギ達は不思議そうに顔を見合わせた。

 何やら女の勘がおもしろそうな気配を察知していた。

 

「私達も急ごうか」

「うん」

「はい」

 

 彼女達の頭が特別ハッピーな魔法にかかってるだけかもしれないが、御存知の通り何も面白いことなどない。

 トレーニング後の身体に鞭打ってまでシャワー室へと急ぐ理由などないのだが、彼女たちは疲れた様子など微塵も感じさせずにタケル同様その場を走り去っていった。

 

 

 世界はともかく、オーブは今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 この日タケルは、エリカ・シモンズに要望を伝えその日の内に自機のM1アストレイと呼ばれるモビルスーツをスペースシャトルに搬入してもらった。

 目的はヘリオポリスへ招聘されたタケルが、開発された新型機との模擬戦を依頼する為である。

 叶う叶わないの前に自機を持っていなければできない相談だ。

 エリカとしてもそれで新型機の情報が手に入るならと快く受諾。アストレイの技術は流れている以上、多くを得る為には是非もなかった。

 そんな真剣な話をしていた2人が部屋を出れば、ドアの所で聞き耳を立てていたであろう、例の3人娘達。

 トレーニング後は機体の調整に格納庫にいるはずの彼女達の姿に、教官としてのタケルもお冠となった。

 

 “3人ともまだまだ元気そうだね。地獄のシャトルランいっとこうか”

 

 地獄のシャトルラン……それは高い運動性を持つM1アストレイだからできる地獄の訓練。

 巨大な人型兵器であるMSに乗って広い敷地を走り回るのだ。

 当然ながら二足歩行するMSに乗って全力でランニングをしようものならコクピットは激しく揺れる。

 対G耐久や、三半規管の強化にはもってこいの訓練なのだが、その過酷さは容易に想像がつくだろう。

 シェイカーに放り込まれた液体の如く、機体の挙動に振り回される身体は、次の日グロッキーになる事請け合いである。

 

 その日彼女達の瞳から光が消えた。

 

 オーブは今日も平和である。

 

 

 そんなこんなでタケルは、翌日にはヘリオポリスへと向かい出立した。

 

 これが大きな戦いのうねりとなり、自身を……世界を巻き込むような事になるとは欠片も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和とは何か──平穏とは何か。

 静かに暮らす人々が享受するそれは、儚い虚構に過ぎず。

 戦火は前触れもなく穏やかな暮らしを呑み込んでいく。

 無関係であるはずの人々に、争いの矛先が向けられる時。

 少年達は戦火を知り、世界は、終わらない戦争への(きざはし)を登り始める。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『偽りの平和』

 

 争いの火の中で、目覚めろ、ガンダム! 

 

 





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アニメ1話分でマリューさん風次回予告挿入中。

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