機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-78 暁を染める声

 

 

 翌朝──日の出を目前にした朝早くという時刻。

 政府高官が待機する臨時議会の部屋でウズミとユウキが対面していた。

 

「結局、回答すら無し……か」

「敵となれば、その言葉にすら耳を傾ける必要はない。そう言う事なのだろう」

 

 苦々しく、2人は口にした。

 

 昨日の侵攻戦の直後にも、オーブ側は大西洋連邦へと会談の要請を出している。依然としてオーブは、平和な解決策を模索していた。

 しかし、一夜を空けても大西洋連邦からの正式な回答はなかった。

 既に、沖合では増援を迎え入れて再度の侵攻に向けた布陣をしている。日が昇ればそう時を置かずオーブへの侵攻は再開されるだろう。

 

「息子が提出した作戦については?」

「私の方でも了承はした。既にカガリにも言葉を持たせている」

「そいつは上々。とは言え、結果は変わらんだろう」

「今日の結果は変わらん……だが先の未来は変えられる。あの子達にとって、国を支えるための確かな一歩となるはずだ」

「そうか。すまない……俺の準備が足りなかった」

 

 悔恨の表情をもって、ユウキはウズミに謝罪を述べる。

 議会のモニターに映される、新たな地球軍艦隊。

 ウズミとユウキは既に、別の増援部隊の動きを察知していた。

 

「こうまでして来るとは思わなんだ」

「昨日の抵抗が余程効いたのだろう。中立のオーブに侵攻した時点で連中に体裁など求めるべきではなかったという事だな──俺の失態だ」

「よい。既に種は撒かれ、芽を出し始めている──後は、託すだけだ」

 

 そうして再び、2人はモニタに映る連合艦隊を見つめた。

 

 定まった未来のその先を憂いて、その表情は少しだけ悲しさと切なさを湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 オーブ国防軍も、アークエンジェルクルーも日の出前には共に警戒体制へと入っていた。

 大西洋連邦の侵攻は既に国防本部より予想されている。

 今すぐ攻めてこないとも限らない状況に、キラもフリーダムへと乗り込んで待機する予定である。

 

「キラ」

 

 そんなキラの背に、声がかかった。

 

「──アスラン」

 

 赤いパイロットスーツに着替えて、アスランも準備を終えている。

 とは言っても、その表情は決して良いものではなかった。

 周囲を一度確認してから、アスランは顔を寄せて小さな声でキラへと告げた。

 

「キラ、どの道オーブに勝ち目はない……お前も、わかってるだろ?」

「うん……そうだろうね。でも、きっとそれは皆同じだと思う」

「だったら──」

「それでも、勝ち目がないから戦うのを止めて……言いなりになるなんて。そんなこともできないでしょ?」

「それは……そうだが」

「大切なのは何のために戦うかで……だから僕も行くんだ。戦わないと守れないものもあるから」

 

「キラ・ヤマト!」

 

 突然格納庫に少女の高い声が響く。

 キラが声の出所へと視線を向けると、そこにはサヤ・アマノの姿があった。

 

「君は、確かタケルの……」

「妹のサヤ・アマノです」

 

 どこか剣呑な雰囲気と共に名乗るサヤの様子に、キラは僅かに訝しんだ。

 初対面……ではないが、キラが彼女と対面し言葉を交わしたのは初めてである。

 だと言うのに、サヤからキラに向けられる視線は少し刺々しい気配を纏っていた。

 

「えっと、何かな? 僕何かしちゃった?」

「いえ。不躾な視線を申し訳ありません……少し虫の居所が悪かっただけです。

 お兄様から貴方への指示を預かっています。お伝えしても?」

「タケルから……うん、聞かせてもらえる?」

「では──戦端はこちらが開くので、開戦と同時に海上へと出て連合の新型を引き受けて欲しい。機を逃さない様に、とのことです」

「戦端を、こっちが開く?」

 

 サヤから伝え聞くタケルの言葉に、キラは疑問を覚えた。

 オーブはあくまで専守防衛の姿勢だ。行政府はまだ大西洋連邦との会談要請を続けているし、先手を打って攻撃などしてしまえば攻撃の意思有りと取られる。

 それはオーブの理念にも反するだろう。

 

「それは、どういうこと?」

「私から申し上げられることはありません。全てお兄様とカガリ・ユラ・アスハ次第だと」

「タケルと、カガリ次第?」

「用件は以上です。それでは、失礼します」

「あ、うん。ありがとね」

 

 キラの言葉に、サヤはまたも少しの反感を覚える。

 馴れ馴れしい──そんな程度の小さなささくれの様な気持ちだが、やはりキラに対してサヤの視線は刺々しくなっていた。

 

「────ません。でも」

「えっ?」

 

 小さく呟かれた言葉が拾いきれず、キラは疑問符を浮かべる。

 しかし、サヤは足を止めることなくキラに背を向けて歩いて行ってしまった。

 

 そんな、怪訝な表情を浮かべるキラと対照的に、アスランはサヤの背に鋭い視線を向けていた。

 

 

 “貴方が悪いわけではありません。でも、私は貴方が大嫌いです”

 

 

 すれ違いざまに聞いた言葉は、親友に向けた嫌悪の言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カガリ、問題は?」

「無し。ステータス良好、システムも正常だ」

 

 モルゲンレーテの格納庫で、タケルとカガリは各々の機体に乗り込んで、発進準備を進めていた。

 タケルはシロガネに。カガリはアカツキ・零式を起動している。

 昨夜の調整もあり、アカツキが問題なく起動しているようでタケルは一安心と胸を撫でおろしていた。

 

「カガリ、父さんからは何て?」

「要点は伝え聞かされている。後は思うがままにしろ、と」

「なるほどね。流石父さん、カガリの事を良くわかってる」

「兄様、どういう意味だそれは」

 

 幾分か不機嫌そうな声音の通信が届き、タケルはシロガネのコクピットの中で苦笑した。

 基本的に頭で考えるより、感じたままに行動する性分なカガリの事だ。

 

 余計な事を考えるな。そのままで挑めば良い──そう、ウズミは言いたいのだろう。

 

「僕も同じことを伝えるよ。

 思うまま、感じるままに、カガリはそれを言葉にすれば良いよ──その後は、僕の仕事だから」

「何か含みがあるんだよなぁ。でもまぁ、時間も無いし」

「うん、行こうか。カガリ!」

 

 操縦桿を握り、フットペダルを踏み込む。

 

「タケル・アマノ──シロガネ、出撃する!」

「カガリ・ユラ・アスハ──アカツキ、発進する!」

 

 シロガネとアカツキのスラスターに火が灯り、そのまま2機はモルゲンレーテを飛び出した。

 

 日の出が始まり明るさを取り戻した空を、シロガネとアカツキが翔ける。

 

 

 

 

 

 パウエル艦内。

 艦橋では粛々と再侵攻の準備が進められており、いよいよ開始、と言うところでオペレーターから緊急報告が上がる。

 

「オーブよりMSの発進を確認。数2!」

「港上空で停止した模様。1機は昨日確認されてる銀色のMSです」

「停止? なんなんでしょうね一体」

「いかがしますか?」

 

 シロガネとアカツキを補足したオーブ侵攻軍は、意図の読めない状況に対応を決め兼ねていた。

 再三の会談要請から考えても、オーブ側はまだ講和を諦めないでいる筈である。

 先手をとって攻め入り、その可能性を捨てたりはしないだろう。

 

「攻撃準備を──どうせやる事は変わりませんが、少し様子見です」

 

 そうして、アズラエルが思案している間に事態は次へと動いていく。

 

 全周波通信で、大西洋連邦に通信が届いたのだ。

 

 

 

 

 アカツキのコクピットで、カガリは一つ大きく息を吸う。そして深く吐いて気持ちを落ち着けた。

 

 ──大西洋連邦に平和的解決の意思は無い。

 

 昨夜、ユウキとタケルの両名からウズミとカガリは伝え聞かされた。

 今日の、今この時まで。会談要請への回答がなされず、その上増援部隊まで呼んでいるのだ。確実と言っていい。

 講和の道は、既に閉ざされていた。

 

 オーブを守るためには戦い、そして勝つしか無かった。

 連合が本当に相手取るべきはプラントである。中立のオーブに拘り疲弊しては本末転倒となるだろう。

 無為にこだわれば、接収したいオーブの戦力とて犠牲になるのだ。

 

 打ち負かす必要はない。凌ぎ続ければ、大西洋連邦は諦めざるを得なくなる。

 

 ならば、今必要なのは力。

 戦い、凌ぎ、耐える為の力。

 

 それを齎すために、今カガリはここに居る。

 味方を奮い立たせ、敵の戦意を挫く──その為に。

 

 居並ぶ艦隊へと目を向けて、カガリは全周波の通信回線を開いた。

 

 

「私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハだ」

 

 

 年若い少女の声が戦場に響き渡る。

 敵味方問わず流される声に、両陣営の動きが止まり、戦場は静寂に包まれた。

 アズラエルは怪訝な表情のまま、通信機から届く音声に耳を澄ませた。

 

「大西洋連邦に告ぐ。

 我がオーブは依然として、中立の姿勢を貫くことに変わりはない。そしてまた其方等の侵攻に対して、抗戦する意志も変わらない。

 主権を持つ中立国への侵略──例え今、世界に非の声が挙がらなくとも。これより後の世界で許されはしないだろう。其方等の侵略行為は、大義無き許されざるものである」

 

 明確に告げられた、オーブが示す遺憾の声。

 俄かに、パウエル艦橋内がざわめいた。

 

「未だ回答を得られないオーブの要求を今一度告げよう。

 大西洋連邦が部隊を引き、会談の席に着く事を我が国は望んでいる。これ以上、世界に戦火を広げる理由がどこにあろうか。地球連合の存在意義……戦う理由を、今一度その胸に尋ねてもらいたい。

 これはオーブからの最後通告である。これを聞いて尚、其方等が変わらずオーブの主権を脅かすと言うのであれば……」

 

 数秒──妙に長く感じるその静寂を破って。

 

 

「オーブは全戦力を以て、最後まで其方等に抗うだろう!」

 

 

 強い意志を乗せた声が、オーブ侵攻軍の間に木霊した。

 

 

「ふっ、代表の娘だか何だか知りませんが……わざわざ答えの決まりきった事を伝えにノコノコと。バカなんですかね?」

 

 嘲りを隠そうともせずにアズラエルは艦長のダーレスへと視線を向けた。

 下らない。一考する価値も無し。

 アズラエルの視線が物語るそれを汲み取り、ダーレスは頷いた。

 

「では……」

「えぇ、おバカなお子様を撃ち落したら侵攻再開です。今日こそオーブを落としますよ」

「全艦攻撃態勢。目標、敵指揮官機!」

「あいつ等も出しましょう。今日はディザスターも含めて最初から本気です」

 

 カガリの声を意に介す事なく、大西洋連邦艦隊が動きだす。

 その動きを見て、タケルは通信を繋いだ。

 

「敵艦隊攻撃準備。ジュリ、用意は?」

『もちろん、万全です!』

「上等! 合図を待って」

『了解!』

 

 次の瞬間、アカツキとシロガネに向けて夥しい程のミサイルが発射された。

 後方で見守っていたオーブ軍も、様子をモニタリングしていたアークエンジェルのクルー達も息を呑んだ。

 

「タケル!? カガリ!」

 

 フリーダムに乗ってモニタリングしていたキラは焦燥の声をあげた。

 

 朝焼けの空を、爆炎が彩る。

 最初の1発が爆発してから10秒、20秒と。

 MS2機に撃ち込むにはあまりにも過剰な数のミサイルが絶えることなくアカツキとシロガネに降り続いた。

 

 誰もがその光景に、2機の撃墜を確信した。

 

 

 

 ミサイルの雨が止み、爆炎が消え、爆煙が晴れていく。

 誰もがそこに何も残っていないだろうと目を向ける中……

 

『これが、貴方達の答えという事か』

 

 全周波で再び届けられる、健在を示す声。

 昇り始めた日の光を反射して、金色と白銀に輝くMSは煙の中より現れた。

 

 

 

「なんだと!?」

 

 

 その姿、一点の曇りもなく無傷である。

 ありえない──そんな畏怖の声が上がる。

 ありえない──そんな歓びの声が、戦場を染めた。

 片や理解できないものに恐怖し、片や理解できないものを崇敬する。

 同じ光景を見ながら、人は立場によって真逆の反応を示した。

 

『本当に残念だ──』

「ジュリ、行くよ……」

 

 カガリが駆るアカツキが、威風堂々たる姿でアカツキの腕を敵艦隊へと向けた。

 

 

『オーブ軍──開戦だ!』

 

「電磁投射砲──発射(ファイヤ)!」

 

 

 瞬間、オノゴロの山岳地帯で強烈な閃光が奔る。

 同時、オーブ侵攻軍前線艦隊の5隻が轟音を挙げて沈黙した。

 

「お見事。ジュリ・ウー・ニェン」

 

 シロガネのコクピット内で、タケルは笑みを深めて呟いた。

 

 

 オノゴロ島の山岳地帯。その中腹で、5機のM2アストレイが鎮座していた。

 そのどれもが、スナイプパックを装備した砲狙撃戦仕様。

 ジュリを筆頭に、国防軍でも射撃の実力が高い者を選抜し、山岳部から撃たせたのが改良型の電磁投射砲“シュンライ・改“である。

 タケルが以前試射して問題点を洗ったこの装備だが、結局のところ消費電力とバッテリー容量の問題と、威力への追及で一長一短となり、スナイプパックに組み込むには難しい装備となってしまう。

 そこで根本的な運用方法の見直しと、大幅な改良を加えた結果、超長距離仕様の電磁投射砲へと生まれ変わったのである。

 外付けのバッテリーなどでは無く、電力ケーブルで直接繋いで電力をを確保し、弾頭の改良と巨大化を加えて大きく威力を引き上げ。

 そしてスナイプパックに搭載された高精度照準センサーによって、沖合に並ぶ艦船の艦橋をぶち抜く。

 オーブの防衛戦を想定した、最高性能のレールガンである。

 その理論射程はなんと100kmを超え、その威力は戦艦を真っ直ぐ貫けるほどだ。

 

『私だけじゃ無いですよ、アマノ二尉。皆さんのお力です』

「そうだね。それじゃ第二射をお願い。ここからは──僕の仕事だ!」

 

 突然の事態から動きを取り戻した大西洋連邦艦隊が次々と戦闘行動を開始していく。

 同様に、オーブ海軍とアークエンジェルも発進。

 キラとフリーダムをカガリの開戦の合図に従い、予定通り海上へと駆け抜けた。

 

 カガリのアカツキをその場に置き去りにして、シロガネは最大戦速で敵艦隊へと飛び出した。

 連邦艦隊の対応を、遅すぎるとタケルは嗤う。

 シロガネの速度は昨日見せたはずだ。アカツキに随伴した自身への対策があまりにも疎かな対応である。

 迎撃の火砲が動き出す前に、シロガネは艦隊の懐へと飛び込んでいた。

 

『オーブの勇猛な将兵たち。祖国を守る為に、力を奮え! 大儀無き戦いに邁進する大西洋連邦に、眠れる獅子の牙を突き立てよ! 国の為、国民を守る為ならば、カガリ・ユラ・アスハも皆と共に戦おう!』

 

 背後から飛ばされ聞こえてくる声に、タケルの心が奮い立つ。

 あぁ、ずるい──と、僅かに羨む気持ちがタケルの胸を埋めた。

 最初からやる気満々である自分でさえ、あの声にこうして奮い立たされるのだ。

 数の不利、状況の不利に気圧されていた国防軍の皆にはもっと強い起爆剤となるだろう。

 

 いつだってそうだ。

 カガリの声はタケルを救う。

 まっすぐな言葉が、皆の心に染み入って来る。

 だから、彼女の声には力があるのだ。

 

 愚直かもしれない。考え無しと言われるかもしれない。

 タケルが提案したこの作戦を、カガリはにべもなく了承し引き受けた。

 危険が伴う。タケルが最大限の安全策を用意したがそれでも危険なことに変わりはない。

 だが、だからこそ皆がついてくる。惹き込まれていく。

 共に並び立ち、共に戦う姿を見せるからこそ、戦う者達は奮起できるのだ。

 

 それを──自身が証明して見せよう。

 

 極自然とSEEDの発現に至り、タケルは前線艦隊の内2隻をキョクヤで潰して、旗艦パウエルへと向かう。

 そこへ、ディザスターに乗ったユリスが襲来。シロガネの行く手を阻んだ。

 

「あはっ、兄さんがまた来てくれた」

「また君か。悪いけど、今日の僕は負ける気がしないよ」

 

 シロガネのビャクヤを抜き放ち、タケルは昨夜まで抱いていた恐怖を制して見せる。

 強敵なのは百も承知だ。だが、それで引き下がれる程安いプライドを持ち合わせてはいない。

 MS戦闘はタケルの生命線。ここで負けてはいられない。

 ましてや今日のタケルは、背中に大切な妹の想いを背負っている。

 

「昨日と、何が違うの?」

 

 昨日と変わった様子の無いシロガネを見て、ユリスは不思議そうに首を傾げる。

 そんな彼女に、タケルは不敵な笑みを返した。

 

「後ろで勝利の女神が叱咤してくれてるんだ。これで負けたら男が廃るってものでしょ」

「へぇ、それじゃ今日は思う存分、楽しませてくれるんだね」

「楽しめる余裕があるならね!」

 

 ビャクヤとディザスターのビームサーベルが火花を散らす。

 

 オーブの海の上で、タケル・アマノとユリス・ラングベルトの激戦の幕が、再び切って落とされた。

 

 




カガリはこれで良い。強くなくて良い。
本作だとパイロットとしても十分強いはずだけど、この活躍が彼女の役目。
サヤちゃんはキラ絶許状態。でも肝心のタケルにその気配が無いので必死に抑えてる。

感想お待ちしております。

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