機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

104 / 263
PHASE-81 涙を転じて

 

 

 

 

 ──宇宙(そら)へと上がった。

 

 

 

 多くの者達に傷跡を残して、アークエンジェルとクサナギは宇宙へとたどり着いた。

 

 イズモ級宇宙艦クサナギは、カタパルトとなる艦首と、推進部である両弦部、そして艦橋部の3つの構造体で構成されており、宇宙に上がってまずやることが各構成ブロックとのドッキング作業であった。

 

 艦載機であるアストレイ総出でドッキング作業を手伝い、そうして3つのブロックが全部組み上がってイズモ級クサナギが完成した。

 

 艦橋では、艦長となったレドニル・キサカ一佐が、ドッキング作業の終了を確認して、一息つく。

 

「ひとまず、ドッキングは完了した」

『アマノ二尉とカガリさんは、どうですか?』

 

 通信を開いていたアークエンジェルから、不安そうな問いがかけられ、思わずキサカは顔を顰める。

 タケル・アマノとカガリ・ユラ・アスハは、つい先程……大切な国と身内を失った。

 アークエンジェルにいた時から、2人を見ていたマリューとしても、その心傷が人一倍気がかりではあった。

 

「タケルにはアサギ達が。カガリにはキラ君とアスラン君が付いていてくれてるが……どうだろうな。簡単ではあるまい」

『そうでしょうね……お2人とも本当に必死にやってきたんですもの』

 

 アークエンジェルに居た時から危ういとは思っていた。

 砂漠に降り立った時。カガリが遭難した時。

 2人は依存とも言える程、互いを大切に想いあっていた──それは純粋な家族としてであることをマリューは疑っていない。

 カガリは人の痛みに寄り添える。タケルは人に痛みを寄せ付けず。

 方向性こそ違えど、偏に優しい子達だ。

 

 そんな2人が大切な父を失ったのだ。とりわけタケルは、2人の父を……。

 

 喪失の悲しみを乗り越えるのは、キサカの言う通り簡単では無いと思えた。

 

「こんな時に、貴方が居ないのがもどかしいわ…………ナタル」

 

 今は空席となる副長の席を見ながら、マリューはやるせないようにため息を吐く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カガリ……」

 

 クサナギにあるカガリの私室の前で、キラとアスランは部屋からの反応を待つも、返事が無かった。

 

「──カガリ、入るよ」

 

 互いに一度顔を見合わせてから、キラは扉を開いた。

 

 部屋の中で、カガリはベッドに座り静かに涙を流していた。

 

「カガリ──大丈夫?」

「キラ、アスラン……ぅ……うぅ」

 

 顔を上げたカガリは、2人を見た瞬間我慢ができなくなったかのように、泣きじゃくった。

 顔を隠すためにキラの胸へと飛び込み、さめざめと泣いた。

 

 最後まで安らかにカガリを見送ったウズミの顔が頭から離れなかった。

 モルゲンレーテで起きた爆発。あの炎の中に、同じ表情のままでいたウズミを見た気がした。

 否、見えてなかったとしても父達はあの場で死することを決めていた。

 

 可能性など無い。

 

 ──そして、もう一つ。

 

 “それに──お前にはもう一人、兄弟がいる”

 

 どこか迷いを見せた表情の後に渡された写真。

 

 今、縋っているキラと自分の名前が書かれた双子の写真。

 父は隠す気でいた。が、それを隠したままではいられなかったのだろうと思った。

 それはつまり、隠したい理由があったと言う事である。

 

「──キ、ラ」

「ん?」

「──その、これ」

 

 おずおずと、カガリはそれを差し出した。

 疑問符を浮かべるキラとアスランが、カガリの差し出した写真を手に取る。

 

「写真?」

「誰のだ?」

「──裏、を」

 

 写真の裏に書かれた名前を確認して、2人の表情にも驚きの色が浮かんだ。

 

「キラと、カガリ?」

「これ……一体……」

「クサナギが発進するとき、お父様から……渡されたんだ。

 お前には────もう一人兄弟がいるって」

 

 ただでさえ、父を喪った事で一杯一杯だと言うのに、もう一つもたらされた特大の事実に、カガリは惑う事しかできなかった。

 涙で感情を整理しても、次から次へと整理がつかない想いが溢れてくる。そんな状態であった。

 

 物心ついたころより、カガリはタケルと双子の兄妹として生きてきた。

 そんな最初からあった真実が、今更嘘であったなどと……カガリには思えない。

 だが、目の前にある物証は間違いなくそれを覆す。

 

「私とお前は……それなら兄様は……本当は……」

「落ち着いて、カガリ。これだけじゃ何もわからないし……今それを考えてもしょうがないよ」

「──でも」

「あいつは……タケルは、この事を知っているのか?」

 

「知っていますわ」

 

 割り込んでくる声。

 キラ達が扉の方へと振り返ると、そこにはサヤ・アマノがいつものように澄ました顔で立っていた。

 

「サヤ、さん」

「サヤ……どうしてここに」

「お兄様の部屋に向かう途中で不穏な会話を聞いたからです。

 先に聞いておきますが、まさか今のお兄様にそれを確認しに行くつもりではありませんよね?」

 

 ゾクリと総毛立つ程の気配が、若干14歳の少女から放たれ、キラとアスランは思わず息を呑んだ。

 優秀だと言う事は知っている。ユウキ・アマノの娘でタケルからしても完璧な妹だと聞かされていたのだから。

 だが、その完璧の度合いはあくまで年相応──そう、思っていた。

 

 このように、キラどころか本職の軍人であるアスランでさえ気圧されそうな威圧感を、目の前の小柄な少女から放たれるなどと、誰が予想できるだろうか。

 

「その口振り……サヤ、お前も知っているのか」

「存じています、カガリ・ユラ・アスハ」

「だったら」

「知りたいと言うのですか? 今既に悲しみに押しつぶされそうな状態の貴方が?」

「何?」

 

 どこか咎める様な気配で、サヤはカガリを見やる。

 

 涙に塗れた顔。情けなくキラ・ヤマトへと縋る姿。

 そんな精神状態で、あの真実を知ろうと言うのか────あの人の欲望が具現化した愚かな者達が生み出した真実を。

 受け止められるはずがないと、サヤは断じた。

 

「知らない方が良い事もあります。お兄様がそれを身をもって教えてくれました」

 

 あの日、ユウキに自身の出生を問わなければ、タケル・アマノは何も知らず素直にカガリの兄のままでいられただろう。

 

 目の前の”2人”にとって、あの真実は罪とも言える。

 彼等の本当の両親が、タケル・アマノの様な存在を多く生み出し、そして殺してきた。

 無論、その二親の罪を子供である2人に被せる気など、サヤには毛頭ないが、それでも2人にとってタケルは親の罪の証となる。

 きっと、彼等がタケルを見る目は変わるだろう。

 

 そんな事、きっと兄は望まないのだ。

 

「決して、知って良い事はありません。それを全てを覚悟して聞くと言うのならそれも良いでしょう。その時は私の口から語らせていただきます。

 ですが、今のお兄様にそれを問う事だけは断じて許しません。これ以上、貴方達姉弟の事情でお兄様を傷つけないでください」

「なんだよ……なんだよそれは。私とキラが兄様を傷つけるって!」

 

 絶対にそんなことはしない──そうカガリは断じるが、そう言えるのは知らないからだ。

 真実を知れば口が裂けてもそんなことは言えない。

 

「貴方にその意思があるかどうかは関係ありません。真実を知ってしまえば、そうなるのです。ご理解してください、カガリ・ユラ・アスハ」

「くっ……そんな……」

「忘れる事です──知って百害しか無いのであれば、知る意味などありはしないのですから」

 

 そう言って、サヤは部屋を立ち去って行く。

 カガリは辛そうな表情を押し殺してその背を睨む事しかできなかった。

 

 しかしキラは、出て行くサヤの背を見ながらどこか決心した様に口を開く。

 

「アスラン、ごめん。カガリをお願い……」

「えっ、キラ。お前まさか……」

 

 突然のキラの申し出に、アスランは即座に理解する。

 決意秘めた表情──キラはサヤへと全てを聞きに行こうとしていた。

 

「忘れろって言われて、そのまま放って置けるわけないし。僕達が知ってタケルが悲しむのなら、その分僕は、タケルを助けてあげたいから」

「だが、今彼女は聞いても良い事はないと──」

 

 アスランの返しに、キラは首を振った。

 

「何も知らないままでいたら、何もしてあげられない。僕達にタケルを悲しませる様な真実があるのなら、それこそ何も知らないままでいちゃいけないと思うんだ」

「それは、そうかもしれないが……さっきの彼女の口振り、決して良い話ではないはずだ」

「それを怖がって怖気付くのは、タケルへの1番の裏切りだよ。聞きたく無い事から目を逸らして、友達にだけそれを抱えさせて生きるなんて、僕にはできない。僕にとって、タケルはもう大切な友達なんだから」

 

 まるで恐れていないキラの気配に、アスランは感嘆を覚えた。

 アスランが知るキラ・ヤマトは、内向的で臆病で、決して自分から困難に立ち向かう様な性格ではなかった。

 それがどうだろうか。

 戦火の中で大きく成長した彼は、辛い真実が待つであろう話に、迷いもせずたちむかう姿勢を見せている。

 

「良いんだな、本当に?」

「うん。だから、カガリをお願──」

「ま、待ってくれキラ!」

 

 動き出そうとしたキラを遮って、涙を拭ったカガリもまた

 決意の眼差しを見せていた。

 

「私も行く──ちゃんと、全部聞く。キラが言った様に、何も知らないままで兄様にだけ抱え込ませるなんて、そんなの私も自分が許せない」

 

 先程は理路整然と述べるサヤに気圧されて、見えていなかったが、カガリとてキラ同様に──いや、キラ以上にタケルとは縁深い。

 何も知らずにいて良いわけが無い。

 

「良いのカガリ? きっと辛いよ」

「兄様の方がもっと辛い想いをしているんだ。妹の私が弱音なんか吐いてられないだろ」

「──さすがウズミ様の娘、だね」

 

 小さく笑いながら、キラは意図してウズミの名を出した。

 突然放り込まれた真実。だが例え本当の親が居たとしても。

 カガリの名がカガリ・ユラ・アスハである事に変わりはない。カガリの父がウズミである事に変わりはない。

 そう伝える言葉であった。

 

「あー、これって──俺は聞いても良いのかな?」

「アスランは……サヤさんに判断してもらおうか。知ってる人が増えて困るなら遠慮してもらって、もしそれでタケルが助かる事があるのなら、聞いてもらおうよ。もしかしたら────」

 

 カガリには聞こえない様の、キラは顔を寄せてアスランに耳打ちした。

 

「タケルがいつか、アスランの義兄さんになるかもしれないんだし」

「ばっ、キラっ! お前っ」

「冗談じゃないよ。本当にそう思ってる」

「こんな時にふざけるな!」

「な、何だよ2人して」

「何でもない、カガリ。本当に何でもないんだ」

「むぅ、そうやって目の前で秘密の会話とかするなよな。失礼だろ」

 

 少しだけ不貞腐れた様な気配を見せてカガリは部屋を出ていき、キラもそれに続いた。

 1人取り残されたアスランは、成長しすぎた親友に微かな恐怖を覚えて後を追った。

 

 キラ・ヤマトは、これほど友人をからかう様な人間であっただろうか────少しだけ、そんな疑問が湧いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クサナギに用意されたタケルの私室。

 その前で、アサギ達は意を決したように扉へと声をかけた。

 

「アマノ二尉」

「私達です」

「──扉、開けても良いですか?」

 

「────うん」

 

 数秒の後に返された声に、思わずアサギ達は目を伏せた。

 この上なく弱々しい声であった。彼女達が知る、タケル・アマノの気配は欠片も感じられない。

 扉を開いて中に踏み入れば、魂の抜けた様なタケルの姿があった。

 

「クサナギ、ドッキングが終わりました。今はM2を順次宇宙用に調整してます」

「アサギ! こんな時くらい」

「マユラちゃん。違うよ、アサギちゃんが言いたいのは──」

「大丈夫だよジュリ。僕は──大丈夫だから」

 

 少し休んだら、すぐ作業に行くよ。だから大丈夫……そう言って、タケルは俯いてしまった。

 未だ止まらぬ涙が、無重力空間ではポロポロと浮かんでくる。

 地上の時の様に顔を伏せて誤魔化す事はできず、タケルの悲しみの深さが見てとれた。

 

 アサギ達もまた、その姿に目を伏せる。

 違うのだ。大丈夫などと、本当はそんな事を言わせたかったわけではない。

 こっちは問題無いから気にせず休んでいて欲しい──彼女達はそう言いたかっただけだ。

 

 今のタケルはどう見ても言葉通りに大丈夫ではない。

 タケルが親しい人に持つ情の深さを、彼女達もまたよく知っている。

 散々目の前で見てきた。思い上がりでもなんでもなく、彼女達もまたタケルにとって大切な人になっているから。

 彼が誰かを失った時、その喪失感に苛まれるのは嫌でも予見できるものである。

 

「ダメですよ、アマノ二尉」

「今は、休んでください……」

「主任だっていますし」

「ううん。皆一緒なんだ……僕だけ休むわけにはいかないよ」

「でもっ!」

「お願いだから!!」

 

 声を荒げたタケルに、3人は口を噤んだ。

 

「今は、何かしていたいんだ。1人で部屋にいたらどんどん落ちていきそうなんだ。だから、お願いだよ……僕から役目を奪わないで」

 

 まるで呪いの様な強迫観念。

 何かしないといけない。何かしてないと辛い。

 否、思考を別に回していないと、きっとタケルは自責の念に押しつぶされてしまうのだろう。

 いわば自身を守る防衛本能として、今のタケルはアサギ達の提案を拒否しているのだ。

 

「でしたらせめて」

「涙を止めてから行きましょう」

「それまで私達、外で待ってますから」

 

 ジュリがハンカチを差し出して、3人は部屋を出て行く。

 その場に居座られてもきっと嬉しく無いだろう。かと言って、先に行ってますと言ってしまっては彼を1人にしてしまう。

 そうなればいつまでも思考の渦から出てはこれ無いと思った。

 部屋の外に彼女達を待たせてる──その事実を残して行く事で、タケルが涙を拭いて動ける様にしてくれたのだ。

 

「ごめん、ありがとう」

 

 彼女達の気遣いに感謝して、タケルはまたジワリと涙を滲ませた。

 

 ────戦ってきた。

 

 それはMS戦闘だけに限らない。

 父の苛烈な教育と戦い。自身のできる事を見定めてからはオーブの戦力を整えるために戦い。カガリを守るために戦い。アークエンジェルを守るために戦い。自身の出生と戦い。

 そして祖国を奪おうとする地球連合と戦った。

 これまでの自身が戦ってきた結果が、大西洋連邦に危機感を与え、本国への派兵を決めさせたのだ。

 

 全てが無駄となった。

 オーブを守るために戦ってきた事が全て……無意味であった。

 何もできなかった自身が許せなかった。

 

 “私がそれを断じて許さん”

 

 父の声が過ぎる。

 

 自身のこれまでが、絶対的劣勢を覆したと。陥落するはずのオーブを守ったと、父は言ってくれた。

 オーブの国防の柱。アマノの家の当主にして国防軍総括。ユウキ・アマノが掛け値なしにタケルを認めてくれたのだ。

 

 落ちて行く心が救われて行く気がした。

 父の言葉を否定はできない。あれは父がくれた最初にして最後の言葉であった。

 自然と、タケルの心を占めていた自責の念が薄れて行く。

 こうして俯く事がわかってるから、父はあの時全てを負うと言ってくれたのだ。

 父はタケルが思うよりずっと、タケルの事を見て理解してくれていた。

 

 また少し、新たな涙が滲んだ。

 

「──ありがとうございます、父上」

 

 1人になった部屋で涙を拭ったタケルは、鏡の前で自身の泣き顔の跡を誤魔化して、準備を整えて行く。

 

「全てを父上のせいにして、僕は前を向きます。それが、偉大な2人の父親にできる、僕の最大の親孝行ですから」

 

 

 数分後、誤魔化し切れてない顔でありながらも涙を止めたタケルは、アサギ達と合流して格納庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

「むぅ、あの人達に(かかずら)っていたせいで出遅れてしまいました。美味しいところを持って行かれてしまうとは……」

 

 カガリの部屋から向かってきていたサヤであったが、部屋から出てきた、何とか取り繕えているタケルとアサギ達が格納庫へと向かう姿を見送り、不満そうに口元を尖らせた。

 いっそ軽く呪詛を吐きたい気分である。

 裏方に徹して兄の心を守っていたと言うのに、他の女に掠め取られるとはサヤ・アマノ一生の不覚であった。

 

「サヤ、さん」

「サヤ!」

 

 背後よりかけられる声に、サヤは小さくため息を吐いた。

 

 なるほど、そもそも裏方でのサヤの仕事が終わっていなかったと言うことだ。

 振り返り、居並ぶ3人を確認して、サヤは再びため息をついた。

 

「まだ何か用があるのですか。少なくとも私に用はありませんが」

 

 とは言っても、用件など想像に難く無い。

 先程とは打って変わって強い視線を向けてくるカガリを見れば、サヤにはすぐに見当がついた。

 

 

「サヤ・アマノ──覚悟はできてる。お前が知ってる事を教えて欲しい」

 

 

 告げられた言葉に、サヤは3度目の深いため息を吐くのであった。

 

 

 

 




賛否はあるでしょう。
でも、この流れは決して不自然では無いかと作者は思っています。

ご理解いただければ幸いです。


追記
二つ名のアンケート締め切りましたが、結構票が割れてて嬉しいプラス迷い中です。
まぁ本文中に明記されるのは運命編始まってからになりますが

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。