『ラクス・クラインは利用されているだけなのです! その平和を願う心を。そのことも私達は知っています。だから私達は、彼女を救いたい。彼女までをも騙し、利用しようとするナチュラル共の手から。その為にも、情報を、手掛かりを、どうか彼女を愛する人々よ──』
主戦派議員の1人、エザリア・ジュールの呼びかけが街中に響き渡る。
それがラクス・クラインを捕えるために繰り出されるあの手この手と言う事を、プラント市民は知らない。
ナチュラルに利用されているとは良い謳い文句である。市民達もこぞってラクスを探すことだろう。
今や、プラント全体が、クライン派の敵となっていた。
そんな街の中を目立たぬ様に動く、ダコスタの姿があった。
警戒は最小限──周囲を警戒していることを悟られれば、それは不審に繋がる。
そうして人目を引かぬ様に細い路地へと入り、一軒の家屋へ裏口から侵入。
クライン派である彼等の現在の潜伏先である。
「戻りました」
「ご苦労様です」
仲間の1人と、そして守るべき象徴であるラクスに迎えられ、ダコスタは一息ついた。
先日届いた、シーゲル・クラインの訃報。
それを聞いた時こそ瞠目し、悲しみを讃えたラクスであったが、直後にはそれを抑えていつもの雰囲気へと戻っていた。取り繕っているのはわかっている。が、それを全く表には出さない。
元がただの歌姫でとびっきりの箱入り娘である彼女だ。年齢を考えれば、もはや異常とも言える精神性をダコスタはそこに垣間見た。
偶像である自身に涙は許されない──そんな使命感1つで父の死を乗り越え、あまつさえ表に出さず押さえ込んだのだ。
強いではなく、強すぎる。その心がだ。
ダコスタは畏敬の念を禁じ得なかった。
「いかがでしたか、街の様子は?」
「上手くないですね。エザリア・ジュールの演説で、市民はかなり困惑してます」
「そうですか……」
「シーゲル様の事も、まだ公表はされていませんから…………予定よりは早いですが、動かれた方が良いかと」
ラクスの蒼白の瞳が小さく揺れる。
それは、もう戻れない道を行くことを指していた。
だが、それも一瞬。ラクス・クラインは迷いを見せずに頷く。
「わかりました。時なのでしょうね、私たちも行かねばならぬ」
「ダコスタ」
「む、どうした?」
通信の傍受を担当するハッカーから呼ばれて、ダコスタもラクスもそちらへと向かう。
「こちらを……」
「これは──」
「まぁ、これはいけませんわ。どうにかできまして?」
期待を込めた眼差しが、ダコスタを見つめる。
えっ、と僅かに驚きを見せるものの、ラクスの言いたいことが、ダコスタにはすぐにわかった。
「えっ、えーと……はい、なんとかします……」
「はい、お願いしますわ!」
簡単ではない……しかし、この期待の眼差しは無碍には出来ない。そんな葛藤がダコスタを襲い、そして陥落させる。
彼はとうの昔に、彼女に堕とされているのだ。
ニコニコと笑う少女の裏で、マーチン・ダコスタの戦いが始まろうとしていた。
プラントの地へと降り立ち、タケルは周囲を見回す。
市民に紛れ込み、帽子でイヤホンを隠して、襟元のマイクでサヤと連絡を取る。ちなみにサヤは別地点で待機中だ。
「ふぅ、潜入は成功──サヤ、異常は?」
『こちらも特に問題は──狙撃ポイントも確保しております』
「結構ギリギリだったね。アスランの事だから、もう少しケリをつけるのに時間がかかると思ったんだけど……」
『意外と相手にされず諦めたのかもしれませんよ』
「きっついなぁ。もうちょい認めてあげようよ」
『カガリ・ユラ・アスハを手籠にできたら考えてあげなくもないです』
「あ、それなら今のままでいいよサヤ」
『むぅ……そう言われるのも面白くないです』
携帯端末を取り出し、仲良さげに誰かと話してる風を装いながら、タケルは目標地点となる国防委員会の建物へと向かっていく。
『お兄様、発信点、動き出してます』
「こっちはもうすぐで建屋の前だけど……出てくる?」
『エレベーター……降りて出口へと……』
「わかった。アスランを視認したらスモークお願い。30秒で救出するからその後は援護して」
『了解しました』
通話を切った瞬間、サヤはスナイパーライフルのスコープを覗き発信源(アスラン)の移動に注視した。
ロビーを抜け、自動ドアを潜り、その姿を確認した瞬間、手投げ式煙幕を全力投球。
狙撃ポイントである建物の屋上から寸分違わず、出てきたアスランの足元へと投下。
小さな爆発音と共に、真っ白い煙幕が辺り一体に噴出する。
「よし来た!」
その瞬間に、タケル・アマノはかけだした。
煙幕が弾ける直前の人の位置をきっちり把握。
視界がほぼ封じられてる中で、しかし見えているかの様に人々の間をすり抜けていく。
そして、目当ての人物を見つけた。
「居た! アス──」
「アスラン・ザラ、危ない!!」
「へっ?」
突然横から出てきた保安局の人間に、アサルトライフルで殴られそうになり、慌ててタケルは飛び退いた。
「えっ、危ないって言った今?」
「タケルか!?」
「えっ、お知り合いですか!?」
アスラン・ザラ。
タケル・アマノ。
マーチン・ダコスタ。
3者3様に驚きを見せる。
思考が数瞬止まるも、彼らは軍人。この非常時──しかも望んで作り出した非常時に呆けはしない。
「とりあえず、アスランの味方って事で良いですか?」
一応の確認。その間にタケルはアスランの手錠を撃ち壊して自由にさせた。
「こちらはクライン派です。彼を助けに──」
「上等。サヤ、敵の動き!」
『周囲の者は排除します。そのまま建屋右奥へと向かってください』
「OK、掃討お願い。そしたら僕は──」
「わぁ、っと待ってください。こっちのメンバーがもう1人扮してるんですよ!」
ダコスタの制止にタケルは思わず苦い顔をした。
扮してると言えば、恐らく保安局員だろう。この状況で誰がどうと問答している余裕は無かった。
「ちっ、ごめんサヤ。掃討は無し。ルート案内だけ──」
「脱出経路も準備できてるんです!」
「はぁ!? んもぅ……わかりましたよ。援護します、行ってください!」
いよいよを以てタケルは苛立ちを覚える。
なんと無駄な……これなら別にアスランを助けにくる必要は無かったではないか。
「感謝します!」
「アスラン、はい武器!」
「あ、あぁ……なんだかすまない」
「それは無事に帰れてから! ほら行って!」
そう言って、アスラン確保に動いてそうな銃を構えた人間だけに絞ってタケルは疾走。
全員に背後からの当て身で意識を刈り取り、その場を離脱。
「サヤ、ごめん! 予定外が多すぎた。アカツキに戻るよ!」
『既に中央エレベーターに向かっております。先に行って侵入経路は用意しておきますので』
「うん。ありがとう」
通信を切ったところで、タケルの背後には追手が来ていた。
流石はコーディネーターの総本山。簡単に逃してくれないかと、タケルは1人ごちるが──
「追いつけるとは思わないでよ!」
細い路地裏に入った瞬間に跳躍、両側に聳える建物の壁と細かな取っ掛かりを利用して屋上まで一気に飛び上がっていく。
最高のコーディネーターの被験体にして、ユウキ・アマノが鍛えに鍛えたその身体能力。軽く人間を辞めていると言っても良いだろう。
屋上に上がって追手の視界から消えたタケルは、彼らが右往左往しているうちに幾つかの建屋を渡り歩いて、何食わぬ顔で大通りへと降り立ち、そのまま人混みへと消えていった。
そんな、アスラン救出作戦で賑わうプラントの港には、ザフトが開発した新型の戦艦が鎮座していた。
艦船“エターナル“。
フリーダムとジャスティスの両機を運用することを前提に設計された、専用運用艦である。
核エンジンを搭載している両機に合わせた整備環境や機材を搭載し、従来のMSとは比較にならないスペックを誇る両機に随伴するため、高速艦であるナスカ級を凌駕する速力をもつ。
そんな新型戦艦エターナルの艦長に任命された男──アンドリュー・バルトフェルドは、艦長席でその時を待っていた。
「うぅむ、そろそろかね?」
誰にでもなく呟いて、左手を動かそうとしたところで小さな痛みを覚える。
痛みは義手となった左腕の付け根からであった。
あの日──砂漠でキラが乗るストライクに討たれ、バルトフェルドは死んだはずであった。
しかし、副官であるダコスタに救われ、左目と左腕を失うもののなんとか一命を取り留める。
そうして治療後はクライン派であったダコスタと通じて、彼女が動き出す時を今か今かと待っていたのである。
そして、その時は来た。
バルトフェルドは左手の義手で艦内通信を回す受話器を取った。
「あー、本艦はこれより最終準備に入る。いいかぁー、本艦はこれより最終準備に入る。作業にかかれ!」
艦内に流れる、彼の少し陽気な声。
まるで要領を得ない命令──と、艦内にいた正規のザフト軍人達は思った。
しかし、次の瞬間、彼らには銃口が突きつけられる。
「ちょ、ちょっと」
「貴様等、どういうつもりだ」
「良いから、ただ降りてくれればいいんだよ!」
あれよあれよというまに、彼らはエターナルより締め出されてしまった。
そしてそのまま、エターナルは起動シークエンスに入っていく。
バルトフェルドが艦内の制圧報告を聞いていたところで、艦橋へと入ってくる人の気配。
振り返った先には、桃色の髪を持つお姫様が向かってくるのが見えた。
「お待たせいたしました」
待ち人来る。その名はラクス・クライン。
「いえいえー、ご無事で何よりです。では、行きましょうか」
「えぇ、お願いします」
手筈通りなら今ごろ、ダコスタがアスラン・ザラを乗せてプラントの中を飛行している頃だろう。
残念ながらバルトフェルドは、アスラン救出で一悶着あった事を知らない。
「エターナル、発進準備だ!」
彼の声に、艦橋にいるオペレーター達が次々とシステムを起動し発進シークエンスを進めていく。
「出航プランCをロード。強行サブルーチン、1920、オンライン」
「ロジックアレイ通過、セキュリティ解除確認、オールシステムズグリーン」
『おい、何をやっている! 貴艦に発進命令など出ていないぞ!』
しかし、予定外のエターナルの動きを察知して、管制局からの通信が飛び込んできた。
『どうしたのだ、バルトフェルド隊長! 応答せよ──ええい!』
「メインゲートの管制システム、コード変更されました!」
「チッ、優秀だねぇ。そのままにしてくれりゃいいものを」
エターナルの発進を止めるために、管制局が見事な対応をしたおかげで、港のメインゲートが封鎖されてしまう。
その対応を、どこか愉快そうにバルトフェルドは笑うと、艦長席ではなく指揮官席へと座ったラクスへ振り返った。
「ちょっと、荒っぽくなりますよ。覚悟してください!」
「仕方ありませんわね。私たちは行かねばならないのですから」
「主砲発射準備! 照準メインゲート! 発進と同時に斉射!」
ラクスの了承をとって、バルトフェルドは再度指示を下す。
次々と指示通りに準備がされていく中で、ラクスは目を閉じ一つ深呼吸をした。
これは一つの門出。
父の意志を継ぎ、折れることなく平和への道を歩むための第一歩。
いく先には、想いを同じくするもの達がいる。
──迷いは無かった。
開かれた双眸に、求める未来を映して、ラクス・クラインは出発の声を挙げる。
「エターナル、発進してください!」
直後、エターナルに備えられた主砲が斉射。港のメインゲートが破壊され、レッドローズ色の戦艦が宇宙へと飛び出した。
エターナル発進の少し前。
アカツキへと帰還したタケルとサヤは、急いで機体を起ち上げると、ステータスをチェック。
アスランの救出に思いの外時間を使わなかったために、アカツキのバッテリーは十分に残っていた。
「これなら、ミラージュコロイドを展開したままでも逃げられるかな……」
「ヤキン・ドゥーエの防衛網を抜ければ後は逃げるだけですし。一先ずは問題なさそうですね、お兄様」
「それじゃ、すぐに出ようか。一応騒ぎもあったし警戒はされてるだろうから慎重に──」
突然、緊急ハッチから顔を出したところで港全体が揺れた。
タケルがアカツキのメインカメラで確認すると、すぐ隣のメインゲートから鮮やかなレッドローズの装甲をもつ戦艦が出てくるのが見えた。
「お兄様……あれは」
「あの人が言ってたアスランを連れ出すための脱出経路、かな?」
「どうしますか?」
サヤの言葉にタケルは逡巡する。
状況的に見ても、あの戦艦がクライン派と呼ばれる今のプラントにおける反抗勢力なのは間違いないだろう。でなければ、メインゲートをぶち抜いて出てくる様な派手な登場はしない。
アカツキはバッテリーが残ってるとは言え、ミラージュコロイドでステルス頼りの脱出は、時間もかかるし、最悪見つかった時がリスキーな状況ではあった。
「せっかくだし、相乗りさせてもらおうか!」
「お兄様、そんな公共バスでは無いのですから……」
即座にアカツキのミラージュコロイドを解除。
スラスターを噴かして、アカツキを件の戦艦へと寄せた。
そこへ、別方向から小さなシャトルもやってくる。
タケルは偶然のような巡り合わせに、思わず小さく笑う。
「はは、きっとあれ、アスランが乗ってるんじゃないかな」
「恐らくそうでしょうね。私たちも一応シャトル用意しておいたんですけど……」
「言いっこなしだよ。掴まっててサヤ!」
目の前でシャトルが戦艦のハッチに入り込んでいくのを確認して、アスランの所在が半ば確信に変わる。
タケルはアカツキを走らせて、エターナルへと突撃していくのだった。
そんな後方のアカツキなど露知らずで、宇宙へと飛び出したエターナルは、アスランを乗せたダコスタのシャトルを拾っていく。
「ダコスタは後部ハッチへ! こいつは足が早い、一気に振り切るぞ!」
ダコスタが乗るシャトルをエターナルへと収容し、機関最大。
その高い速力を発揮して、駐留軍を振り切るべくエターナルが躍動しようとした時の事である。
「バルトフェルド艦長。すぐ後方よりMS接近!」
「あんだって!? もう対応してきたってのか。そんなバカな!」
「迎撃、間に合いません!」
オペレータの声に、それも当然だとバルトフェルドはすぐにその選択肢を捨てた。
そもそも迎撃システム自体まだ機能させていない。
こっちがまず不意打ちの発進をしているのだ。即応できる機体など、本来いるわけがないのである。
逆に不意をつかれる後方から敵機がくるなど全くの想定外であった。
「ちぃ、いきなり厄介な、衝撃に備えろ!!」
艦橋にいる者全員が、衝撃に備える中、少しした所でエターナルには控えめにも程がある小さな衝撃が伝わってくる。
音を表現するならコツンと言った様子だ。まるで小さなデブリがぶつかった様な動きをレベルである。
「あっ、衝撃……今のか?」
『えっと……どうも。この艦にアスラン・ザラは乗ってませんか?』
バルトフェルドとラクスは、接触回線で聞こえてきた声に目を見開いた。
『もしアスラン・ザラを乗せてるなら、彼の仲間なんで、一緒に運んでもらって良いですかね?』
「おやおや、これは一体また……どんな巡り合わせだ?」
「まぁ、バルトフェルド隊長もこの方をご存知なのですか?」
「むしろお姫様こそ、知ってるんですかい?」
「はい!」
『あのー、聞こえてます? おーい』
聞こえた声はどこかで聞いたことのある、少年の声であった。
噛み合わないねぇ、って話。
あとアマノはオーブにて最強ってユウキが言ってた。