機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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一部の読者にはきっとごめんなさいと謝らなければいけない。
ですが、これが本作の答え。




幕間 集い語りて side girls

 

 

 

「何で、こんな事に……」

 

 そう思いながら、カガリは自身を見つめる多くの視線に萎縮して行く。

 一様に期待を込める眼差しであり、もはや逃げる事は許されない──そんな雰囲気であった。

 

 

 

 

 エターナルは最新の艦だけあって、内部は丁寧に作られた艦である。

 フリーダムとジャスティスの専用運用艦なだけあって、想定する搭乗員は少ない。そのため、居住区画、部屋等についてが非常に大きめに作られている。

 指揮官用の部屋があてがわれたラクスなど、それはもう戦艦とは思えないほど凄い部屋であった。

 

 そんなエターナルの……それも上述したラクスの部屋は、現在大所帯の様相を呈していた。

 

 アークエンジェルからはマリュー・ラミアスとミリアリア・ハウ。

 クサナギからは、アサギ、マユラ、ジュリに加えて、カガリとサヤまで呼ばれている。

 そしてエターナルからはラクス・クラインの参加。

 

 年頃の乙女達が一堂に介して何をするか────それは、パジャマパーティーである。

 

 もう一度述べるが、パジャマパーティーである。

 

 元地球連合のアークエンジェル。オーブのクサナギ。そしてプラントのエターナル。

 第3勢力にして、陣営問わずバラバラに集ったこの3隻同盟。

 となれば、仲間との連帯感は必須。十分な親睦を深めておくべきだろう。

 

 そんな建前によってラクスが主催した、要するに交流会だ。

 

 ちなみにマリュー・ラミアスは皆がハメを外しすぎないよう監視目的で同行している。決して彼女から参加すると言ったわけではない。

 余談だがアイシャは忙しいのでパスとの事。気持ちはわかるが面倒を押し付けられた気がしなくもなかったとはマリューの談である。

 エリカはクサナギの格納庫でタケルと共に色々と進めることがあるらしい。こちらも今後をかんがえれば外す事はできないだろう。つまり参加の要請はできない。

 

 年頃の乙女の真っ只中に放り込まれた大人として、マリューは非常に肩身の狭い思いをしていた。

 ちなみに彼女の年齢は26。ここに集う少女達とはひと回り年齢が違う事を記しておこう。

 

 

 そうして始まったパジャマパーティー。

 予めラクスが用意していたパジャマに皆が着替えて、自己紹介もそこそこに、ラクスの音頭で始まる地獄の提案。

 

「皆さんの恋のお話を聞かせてくださいな!」

 

 悪気なく、しかしもはやそれは当然だろうと言わんばかりに笑顔を向けられ皆が固まった。

 

 自分達はこれより一蓮托生の身。お互いを知るには秘密を共有するのが1番だろう──と言うのは建前で、同世代の女の子達と、そんな友人同士の一幕のような会話がしたい、というラクスの願いである。

 超絶箱入り娘であったラクスの境遇を思えば、断るのも憚られ、年頃の少女としてはこの場に集まった皆のそういう話に興味もある。

 そうしてなし崩し的に話は進み、冒頭に至るというわけだ。

 トップバッターとなってしまったカガリには現在、皆の期待する視線が向けられている。

 

「早くしなさい、カガリ・ユラ・アスハ。たかが意中の殿方をお話しするだけでしょう? 何を迷うことがありますか」

 

 アマノの無敵娘の言葉に、忌々しく視線を返す。

 そりゃあ普段から全力で兄にアプローチを掛けているサヤにとっては、それを話す事など何でも無いだろう。

 だがこちとら胸に秘めた淡い想いなのだ。明かすのには勇気がいるのである。

 

「そもそも、どうせアスラン・ザラだという事はもう周知の事実なのですから、早くどう言ったところに惹かれたのかとか、想いに自覚したのはいつだったのか、とか。そう言った話から──」

「なっ、ばっ、お前! 何でそれを!?」

「何でも何も、見てればわかるでしょう」

「まぁ、そうなのですか、カガリさん!」

「ち、違うんだラクス!? アスランはラクスの婚約者だって聞いてるし、私は決して」

「良いではありませんか。私とアスランの婚約は、すでに解消もされていますわ。カガリさんがアスランに想いを寄せるのに、何も遠慮をする事はありませんわ」

「えっ、そう……なのか?」

「私はプラントにおいて国家反逆罪に問われてる身ですので、ザラ議長の子息であるアスランとの婚約など早々に解消されております」

 

 さらっと投げられる国家反逆罪と言う言葉に、一同目が点になる。

 何でもない事の様に言っているが、少なくとも普通の女の子の会話に国家反逆罪などと言う不穏な言葉は出てこない。

 やはりこの超絶箱入り娘と彼女達には、感性にいくつもの隔たりがあった。

 

「さぁ、憂いもなくなった事ですから早く話してくださいませ。カガリ・ユラ・アスハ。あとがつかえています」

「サヤさん、焦る事はありませんわ。こう言う事はじっくりと気持ちを整理しながらゆっくり聞いたほうが良いのでしょう?」

「ラクス・クライン、それは人と場合によるかと。相談事ならまだしも、こう言った打ち明け話は基本、その人の精神をゴリゴリ削る様なものです。特にそこの古妹はそう言った感情に無頓着だったので、そんな真綿で首を絞める様に問い質しては羞恥に負けて逃げ出します。こちらから聞く事を誘導するくらいでちょうど良いのです」

「まぁ、カガリさんの事を良くご存知ですのね」

「目下、最大の敵でしたので」

「それではカガリさん。アスランのどんなところに惹かれたのですか?」

 

 うっ、と言葉に詰まり、カガリが再び押し黙る。

 期待を込める眼差しは変わらない。と言うか、ちゃっかりマリューまで興味津々なのはどう言う事だ。

 暴走気味な彼女達を止めてくれと視線で救難信号を送るが、彼女はやんわりと笑みを浮かべるだけであった。

 

 もはや逃げ場はない──カガリは意を決して、静かに口を開いた。

 

「あぁ、もう。わかったよ……初めてアスランに会ったのは、私がアークエンジェルに乗ってた時の事だ」

「えっ? あ、もしかして無人島での?」

「あぁ、ラミアス艦長には随分と迷惑をかけてしまった。戦闘機で出撃して帰還途中にザフトと遭遇して戦闘に。それで落とされて不時着した無人島で、同じ様に不時着してたアイツと出会ったんだ」

「うわぁ、戦場での出会いですか」

「でもそこから恋にって……」

「何だか映画みたいですね、姫様」

「アイツは、しっかりしてるんだけどどこか抜けてて。強く在ろうとするんだけど、全然強くなれなくて……何というか、どうにも放って置けなくて。でも、傍にいてくれると、安心できたり……多分、兄様に似てるんだよな。だから私にとって凄く、一緒に……いて……楽……」

 

 ポカンとした表情になってる皆を見て、カガリはようやく、今自分が何を語っているかに気づく。

 つらつらと語った己の心情。自然と抱いていた想いを言葉にしていった結果、あまりにも普段のカガリとは違う、素直な想いがそこには垣間見えた。

 

「やーん、姫様可愛い!!」

「完全に恋する乙女じゃないですか!」

「羨ましいですぅ!」

 

 あまりにもらしくない。年相応の少女の顔を見せてくるカガリにアサギ、マユラ、ジュリの3人が詰め寄る。

 

「な、何だお前等!? こ、こら! 抱きつくな! やめろ、何なんだ一体!?」

「仕方ありませんわ。今のカガリさんはとても素敵な顔をしてましたもの……私も思わずときめいてしまいます」

「私もびっくり。てっきりカガリはお兄さんのアマノ二尉にゾッコンだと思ってたから」

「そうですわね、ミリアリアさん。私もアークエンジェルでお見かけしていた時は同じ様な印象を抱いていました」

「ですよね〜。本当意外だわ」

 

 まさに恋する乙女。

 意中の男の子の事を語るカガリの顔は完全に、堕ちていた。

 

「ふっ…………ふふふ。計画通りです」

「サヤちゃん。貴女、なんて顔してるのよ」

「っと、これは失礼ラミアス少佐。少し気が抜けすぎてしまいました」

 

 端正な顔立ちであるため醜悪ではないが、悪辣という言葉が似合うサヤの表情に、マリューは僅か慄く。

 

「も、もう良いだろ! 私は教えた、次だ次!!」

 

 アサギ達を振り払い、カガリは顔を真っ赤にしてラクスへと吠えた。

 雰囲気に流されて、語ってしまったばかりにこれだ。

 自分を可愛いとか乙女だとか言われるのが、今だにむず痒くてたまらないカガリは、もう絶対に開かんとばかりに口を閉ざした。

 

「うふふ、非常に興味深いお話をありがとうございました、カガリさん。お二人ともとても良くお似合いだと思いますわ」

「や、やめてくれ……私達はまだ、そんな関係じゃない」

「あら。まだ、なのですね」

「そんなことありませんラクス・クライン。既に仲睦まじい様子は確認されております」

「んなぁ!? サヤ、お前いつの間に!」

「まぁ! 本当ですかサヤさん!」

「後程映像データはお渡し致します。あと、私の事はサヤと呼んで下さって構いません」

「それではサヤ。後程、お願いいたしますわ」

「はい」

「待て待て待て! それはやめろぉ!」

 

 嫌な予感を感じて、カガリは慌てて、待ったを掛けた。

 何と言っても直近で思い当たる事がカガリにはある。

 不意にアスランに抱き締められ、しかもそれを跳ね除けることもなく受け入れていた。

 たまたま何の因果か誰にも邪魔されることなく、本当に静かで穏やかで、だけど心がきゅっと締め付けられる様な……今思い出しても顔が熱くなり火が出そうくらい気恥ずかしく温かな時間をすごしているのだ。

 

 まさか、あれを記録されていた? 

 そう思わずにはいられないサヤの表情に、カガリは戦慄する。

 

「さぁ、カガリさんのお話はここまでにしまして、次に参りましょうか」

 

 ラクスが次のターゲットを定めてそちらへと話が進んでしまい、切り出すタイミングを失したカガリは、その後悶々としながらサヤの挙動を監視し続けるのであった。

 

 

 

「さぁ、次は皆さん。お願いしますわ」

 

 次なる標的、アサギ達3人に目を向けてラクスが声をかける。

 何故だろうか──この言い様のない征服感。

 既にこの場を掌握した様な気配が、彼女から伺え、アサギ達は何とも抗えぬ力を感じていた。

 

「あー、えっと……マユラ! バトンタッチ!」

「え、えぇ!? ま、待ってよアサギ……じゅ、ジュリ!」

「──2人共、何でそんなに狼狽えてるの?」

 

 発言権をたらい回しにされ、ついでにラクスの視線も順繰り巡ってくる。

 更に言うなら、サヤ・アマノもまた、彼女達が何を言い出すのだろうかと、先程とはまるで違う視線を投げてきていた。

 集中してくる視線をやんわりと受け流して、ジュリは薄情な友人達に白い目を向けながら、逡巡して口を開いた。

 

「うーん、私達はちょっとご期待に添えないと言いますか……多分意中の人、とまではいっていないんですよねぇ、きっと」

「それは、どう言うことでしょうか?」

「多分私達3人共だと思うんですが、好きかどうかで言えば、きっとアマノ二尉の事が好きです」

「まぁ、3人共タケルの事が」

「軍人としても教官として凄く優秀な方ですし、厳しいけど優しいし頼りになって……」

「そうよねぇ。子供っぽいところもあってそこがまた……」

「マユラはそこ? 私は本気になったときに見せてくれる好戦的な感じが良いなぁ」

「私は、開発とかで色々と考えて真剣な姿が……ってこんな風にそれぞれ惹かれてはいるんですけど……」

「ですけど?」

「意中の男性かと言われると、そこまではいっていないと言うか。今の教官と教え子の関係も凄く心地が良いですし、憧れとかも強くて……うーん、アマノ二尉を見ている事が好き、って言うのが私としてはしっくりくる気がします」

「あぁ、わかる」

「しっくりくるー」

「そうなのですか。少し驚きですわ……不思議な関係なのですね」

「アマノ二尉自身も私達3人には平等というか、姫様を含めても皆平等に扱ってくれますし」

「変に特別扱いも無いから、逆にそういう期待が起きてこないって言うのもあるよね」

「そりゃあ、特別な存在になれたら良いなぁって気持ちが、無いわけじゃないけどー」

「でも、とても素敵ですわね。家族でなくともそれ程までに純粋に想い合えるのですね」

「そんな風にまとめられると、ちょっと照れちゃうんだけど……」

「想い合えるって良い表現ね。今度会ったらドキドキしちゃいそう……」

「2人共、私にたらい回しにしてきたくせに……」

 

 再び白い目でアサギとマユラへと視線を投げたジュリは、最後にこんな所です、と結んで話を終えた。

 貴重な恋愛観を聞けてラクスはえらくご機嫌に。

 そして、カガリを堕とした今、目下最大の警戒対象であった教え子の彼女達が意外にも兄に対して強い感情を抱いていない事に、サヤ・アマノも内心の歓喜を漏らさない様にしながら取り繕った笑みを浮かべていた。

 

 ちなみに彼女は、タケル・アマノが密かに想いを寄せる、ナタル・バジルールという最大最強の強敵が居ることをまだ知らない。

 

 人の夢と書いて儚いとはよく言ったものである。

 

 

「それでは、ミリアリアさん。次をお願い致しますわ」

「えっと……これ、言わなきゃダメな感じ?」」

「そうねー、皆話している様だし、ちょっと逃げ辛いんじゃ無いかしら、ミリアリアさん?」

「艦長まで」

「良い機会だと思うわよ。仲良くなるのと併せて、気持ちの整理……付けても良いんじゃない?」

「あっ…………そう、ですね」

 

 ミリアリアとマリューのやり取りに不思議そうな表情を浮かべるラクス。

 だがミリアリアにはマリューの言いたい事が良くわかった。

 

 キラからも伝えられて、飲み下したはずのトールの死と言う事実。

 だがそれは、悲しみを乗り越えたというだけで、彼の存在は未だミリアリアの心に小さな枷として残っていた。

 芽吹きつつあるディアッカ・エルスマンへの意識も踏まえて、この場で吐き出し、皆から色々と聞いて、気持ちの整理をしても良いのでは無いか。

 そう、マリューは言っているのだ。

 

「ラクスさん、聞いてもらっても良いかな?」

「はい、もちろん。それにラクス、と呼んで下さって構いませんわ」

「ありがとう、ラクス────私ね、この戦争で大切な恋人を失ったの」

 

 瞬間的に、ラクスは視線を落とした。

 気楽にこんな場を設けて何と無神経な話を持ち出してしまったのかと、その表情を自戒の念が染める。

 

「申し訳ありません、ミリアリアさん。私──」

「あ、気にしないでラクス。もう結構前の話になるし……今の私は乗り越えた後なんだから、大丈夫だよ」

「──ありがとうございます」

「それでね、ラクスの質問に答えると……私も一応、気になってる人は、居る……んだよね」

「どなたか、お聞きしても良いのですか?」

「うん……その、ディアッカって言って、元々はザフトのMSパイロット」

「確か、アスランと一緒の部隊の方でしたか……」

「そう……ずっとアークエンジェルを追撃してきて、それで撃破されて捕虜になって。この間のオーブでの戦いで、助けてくれたの」

「それが、気になってる理由……と言う事でしょうか?」

「あ、違うの。確かにそれは関係ないわけじゃ無いんだけど……私ね、恋人を失った直後に初めてアイツと会って、その時に凄く酷い事言われて……それで、許せなくてアイツの事殺そうとしちゃって……」

「まぁ、そんな事が」

「でもその後、ちゃんと謝ってくれて、取り返しのつかない事を言ったから償いたいって。

 それで、私を二度と悲しませないために……オーブを守るために戦うって言ってくれて」

「嬉しかったのですね……一度は殺そうとまで思った相手でも」

「うん。ただ、そう意識したら、死んでしまった彼の事もやっぱり忘れられなくて。

 今こうしてディアッカを意識してるのが、何だか悪い事をしてるみたいに後ろめたくなっちゃって────迷ってるんだ」

 

 意中の相手を聞く……から、思いの外真剣な独白へと変わり、ミリアリアは胸の内の吐露を終えた。

 マリュー以外、それを聞いた一同は改めて戦争がもたらした悲しみを目にして気を沈めていた。

 

「ミリアリアさんは、どうしたいのですか?」

「わからないの。どうして良いか……」

「そうですか──私はまだ大した経験などありませんから、大層な事は申し上げられません。ですが、私もたくさんの同志達の死を見届けて参りました」

「──ラクス?」

 

 徐に語り始めたラクスに、ミリアリアは俯いていた顔を上げた。

 目にしたわけではなくとも、多くの同志がクライン派として、その戦いに殉じて死んでいった事を知っている──聞いている。

 そんなラクスだからこそ、言える事があった。

 

「死者の想いを騙ること勿れ──死した人が何かを想うことはありません」

「──そんな言い方」

「ですが、死した者の願いは残ります」

「願い?」

 

 ラクスの言葉の意図が読み取れず、ミリアリアは疑問符を浮かべる。

 それは聞いていたカガリも、サヤも、アサギ達も同じ。マリューですら、真剣な面持ちでラクスの次の言葉を待っていた。

 

「私の大好きな父も、クライン派の筆頭として死んでいきました。同志達にその想いを託して。私もその後を継いで、ずっと動いてきました。

 ですが、死した父が今何を思うかなど、もはや誰にもわかりません。死した父は語る言葉を持たないのですから────それでも、私には生前の父が遺した、確かな願いがあります」

 

 想い。そして願い。

 ラクスが語るその違いに、皆少しずつ理解が及んでいく。

 

「ミリアリアさんが悪い事をしていると思うのは何故ですか? 亡くなった彼に対して申し訳ないと思うのでしたら、亡くなった彼が遺した願いを考えてみてください──彼は貴女に、どんな未来を願う方でしたか?」

「トールが願う……私の未来……」

「亡くなった方が想いを語ることはありません。ですが、亡くなるその時まで……きっと大切な人達の幸せを願うのではありませんか? それが互いに想い合う程大切な方でしたら、尚更」

「そんな風に考えて、良いのかな?」

「それを悪く思うのは、ミリアリアさんがトールさんを信じていないからではありませんか? 貴方が好きだったトールさんは、貴方の幸せを願ってはくれない方だったのでしょうか?」

「ううん、そんな事ない」

「でしたら、後ろめたく思ってしまう事こそトールさんに対して悪い事ではないかと、私は思います」

 

 ストンと、ラクスの言葉が腑に落ちていく。

 死者が死した後に語る想いは無い。しかし死する前に遺していたであろう確かな想い、願いがある。

 大切な娘の幸せを願っていたシーゲルの様に。大切な想い人を守ろうとしたトールの様に。

 きっとその願いは単純で、遺された大切な人達の幸せを願うはずだ。

 間違っても、その幸せを妬む様なことなど有りはしない。

 

 ラクスの言葉に、ミリアリアの胸の内でつかえていた想いが崩れていく。

 思い返していく、大切で最愛だった彼との思い出。

 そして思い知っていく。彼がどれ程に自分を大切にしてくれていたか。

 

 まだ若い身空での男女交際だ──幸せになって欲しいなどと結婚を前提にする様な言葉は吐かれた事がないが、それでも彼の願いがそれに準ずるものである事はわかる。

 

「うぅ、トール……ありがとう。ごめんね」

 

 溢れる涙と共に感謝と謝罪の言葉を口にした。

 自身を愛してくれてたことに感謝を、彼の愛を信じてあげられなかった事に謝罪を。

 涙を流しながらそう述べるミリアリアに、マリューはそっとハンカチを差し出して背中をさすってやった。

 

 戦火に巻き込んでしまった。その中で大切な人を失ってしまったミリアリアの心が目の前で救われる様をみた。

 深い感謝の念を、マリューはラクスに感じた。

 

「ラクスさん。とても良い話だったわ」

「そう言っていただけるのでしたら、私も嬉しく思います。ラミアス艦長」

「とても興味深く、また楽しい時間でもあったのだけれど、時間も時間ですし、そろそろお開きにしないかしら? ミリアリアさんも、少しゆっくりしたいでしょうし」

「まぁ、それもそうですね……せっかくなのでサヤの話も聞きたかったのですが」

「別に私の話ならすぐに済みますよ、ラクス・クライン。サヤはお兄様を……タケル・アマノを心から愛しております」

「えっ?」

「まぁ!」

 

 ラクスとマリュー。対照的な反応を示す両者。

 ラクスとしては、正に愛していると言う想いを全開で見せるサヤを見て顔を輝かせ、マリューは薄々勘付いてはいたものの、その想いの丈が深すぎたことに驚きを見せた。

 

「想いを抱いたのは4年前。その頃からずっとお兄様一筋で──」

「と思いきやこの間キラに『僕が君を守るよ』って言われて揺れ動いてるんだよなぁ、サヤは」

「はっ?」

「あらっ!」

 

 再び対照的な反応を示す両者。

 思わぬ伏兵の出現に表情を一変させるラクス・クライン。

 そして思わぬ展開に顔を輝かせるマリュー・ラミアス。

 

「か、カガリ・ユラ・アスハ!! 何をふざけた事を!! その話、私は丁重にお断りし……た……はず……」

 

 カガリに詰め寄ったサヤの肩が掴まれる。

 サヤはその時、訓練で培った類稀な危機察知能力を呪った。

 背後を振り返れない強烈なプレッシャー。下手に動けば首を狩られそうな鋭い気配。

 既に巻き込まれたミリアリアとアサギ達は失神しそうな程である。

 

「今日はこれにて解散と致しましょうか。()()()()はカガリさんの映像をお渡ししてもらう約束ですので、少し残って頂きますね」

 

 宇宙空間の、それも艦船の内部にいると言うのに、その場は酷く寒かった。

 ガチガチに震えながら部屋を退散していく者。

 これまでの鬱憤を晴らしたとばかりに浮かれて意気揚々と出ていく者。

 浮かれているが自身もこの後、本人にとっては恥ずかしい映像をばら撒かれるのだか良いのだろうかと彼女を心配そうに見る大人が1人。

 

 そうして皆が退出していった後に残るは、龍に睨まれた蛙の構図を取る少女2人のみであった。

 

「──さて、サヤさんの話はすぐ済むと言う事ですが、早々に聞かせていただいてよろしいでしょうか? 貴方とキラがどの様な関係なのかを。必要であれば、キラもお呼びいたしますが?」

「えっ、いや、ですから、サヤは──」

「サヤさんの胸の内にある全てを語ってもらわねば、きっと私と貴方は分かり合えないと思います。さぁ、お教えくださいな──サヤさん」

 

「い、いやぁあああああ!!」

 

 

 エターナルの艦内に、少女の悲痛な叫びが響き渡るのであった。

 




もはや、語るまい。

なんてわけにはいきませんが、彼女達はこう言う結果に落ち着きました。
ごめんね、彼女達推しの方ごめんね。許して……

これからどんどんと進んでいく物語の前の、全員揃ったらやろうと思ってた最後の日常編でした。

次回はside boys編


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