機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

119 / 263
PHASE-93 誘われる世界

 

 

 

「はぁ!」

 

 対艦刀で何機目かわからぬジンを両断し、アストレイ・オオトリに乗るサヤは一度戦況を確認した。

 

 相変わらずアイシャは健在。

 サヤの周囲で良く援護の手を出してくれてるあたり、護衛のつもりなのだろう。実際問題、何度か危険を知らされてもいるし、カバーもしてもらっている。

 流石は優秀な兄をもってして、ズルいとまで言わしめた支援能力だ。見事なものであった。

 クサナギに戻った暁には、きっとコクピットの前で待ち構えて、サヤをまたその胸に抱きしめようとウズウズしているに違いない。ご褒美とでも言い出すはずだ。

 持たざる者として、サヤは二重の意味で面白くない気持ちになること請け合いである。

 

 

 そんな風に過る雑念を排して、再び戦況を確認していく。

 アサギ等、モルゲンレーテの面々も健在。こちらも変わらず優秀で、消耗こそあれ戦果も十分。見事な活躍であった。

 

 味方機の損害は無し。

 

 母艦であるクサナギと、エターナルについても、幾つか被弾の報告はあったが大きな損傷は無し。十分に戦闘の継続が可能であった。

 

「アークエンジェルは……」

 

 依然として互角の戦いという所だろうか。少し距離がある為仔細は判らないが、出撃している面々とアークエンジェルの無事も確認できる。

 

「戦況は膠着。しかし、このままでは──っ!?」

 

 連合かザフト、どちらかを突破しなくてはならないだろう──そう考えた所で、サヤは敵性反応を感知。

 オオトリをいつでも動けるように身構えさせた。

 メインカメラが捉えるのは、白いシグー。

 

「あれは、ジンの上位機体? パーソナルカラー持ち!」

 

 少なくとも手練れ。それだけ分かった瞬間に、サヤはオオトリのレールガンとビームランチャーで白いシグーを狙い打った。

 

「ほぅ、彼等以外にも優秀なパイロットが居たか──面白い!」

「早い!」

 

 難なく回避されて、僅かにサヤは目を見張った。

 反応速度が他のザフト機とは違う。このレベル、少なくとも隊長格であろう。

 

 取り回しの悪い対艦刀をマウントし、ビームサーベルを出力。

 接近してくる白のシグーを迎え撃った。

 

 光の刃がシグーの持つシールドを削る。

 応じるように重斬刀が翻され、サヤもまたシールドで受け止めた。

 

「良い反応だ。ムウよりも侮れん」

「くっ、隙が少ない!」

 

 シグーのコクピットの中で、ラウ・ル・クルーゼが笑う。

 タケルやキラ達の陰に隠れて、まだ実力者を抱えていたこの第3勢力の陣容に、驚きと愉快さの両方を覚えていた。

 

 距離を離すとオオトリが再びレールガンを放つも、まるで射線がわかっているかのようにヒラヒラとシグーは躱していく。

 

「ふむ、この機体では少々荷が勝ちすぎるな」

 

 放たれる砲火を掻い潜りながら、ラウは1人ごちた。

 シグーは元々ジンの指揮官機の様な位置づけの機体だ。優秀な量産機の1つではあるが、性能としては然程高くはない。

 M2アストレイの……それもサヤが駆るオオトリは後期Xシリーズとすら渡り合える機体である。

 先の1合で彼我の戦力差を見極めたラウは、すぐに踵を返して離れていった。

 

「随分勝手な……いきなり現れて襲い掛かってきたかと思えば、すぐに去っていくなんて──不躾にも程があります」

『クサナギのMS隊に通達。これよりエターナルとクサナギの火線を集中してナスカ級を中央突破します──各員援護を!』

 

 飛び込んできたラクスの声に、サヤは再び戦場を確認した。

 見ればクサナギとエターナルがナスカ級に向かって前進を始めているのが見えた。

 

 なるほど、確かに妙案である──サヤは小さく頷いた。

 抜ける事ができれば、ドミニオンに追撃されてもナスカ級に擦り付けられる。そして3隻いるナスカ級の1つを墜として突破すれば、退艦した人員の救助を優先してザフトの追撃も免れる事ができるだろう。

 

 だがしかし──難度は高い。

 ナスカ級3隻の集中砲火を潜り抜けようと言うのだ。

 敵MS部隊を排して、更にはアストレイ隊でナスカ級の火線を引きつけなければならない。

 

「中央突破……無茶をしますわね。全く、これだからお姫様というのは──」

『サヤ、何か言いましたか?』

「ひぇっ!? ラクス・クライン!? な、何も言ってはおりませんよ!」

『何やらサヤの声が聞こえたような気がしたのですが……』

「通信、開いてませんから! 気のせいです!」

『そうですか──ではサヤ。援護をお願いいたします。奮戦を期待しますわ』

 

 聞こえていたのではあるまいか──そう思わせる様な、やけに戦場にそぐわない笑みであった。

 どこかヒリついた通信を終えると、サヤは大きくため息を吐く。

 

 いつの間にか──いや、いつからなのかははっきりしているが、サヤはラクスが完全に恐怖の対象となってしまっていた。

 あの日カガリに暴露され、キラとの関係性を問い詰められた夜。

 父ユウキ・アマノですら気圧されそうな絶対零度の微笑と声で、キラとの接点の全てを事細かに追及され、収まる事の無いプレッシャーに押しつぶされそうになったあの日。

 サヤは心に大きなトラウマを抱える事になってしまったのである。

 

 抗えない──何を言おうと思おうと、サヤは彼女にだけは逆らえなくなってしまった。

 

「うぅ、これも全部カガリ・ユラ・アスハのせいです! あの古妹のせいで、なんでサヤが、こんな!」

 

 ぶつくさと文句の1つも言わなくてはやってられない。

 そう言いながら、きっちり前線へと向かい始めるあたり、既に調教は終わっているようだ。

 

「全く、行きますよアイシャ」

「サヤ、怖い顔しないの」

「してません!」

 

 お姫様の次はこの女狐ときたものだ。サヤ・アマノに心の安息は無い。

 こっちはこっちで、顔を合わせれば抱きしめようとしてくるし、通信開けば可愛いだの子猫だのとからかってくる。良い迷惑であった。

 

「全く、それもこれも全部お兄様のせいです! 帰ったら抱擁と共に接吻くらいやらせて──いえ、この際お兄様に要求させてもらいますから。覚悟していてください、お兄様!」

 

 御し切れなくなりつつある怒りと疲れを、無関係な兄のせいにして欲望を叶えようとする辺り、この子も大概である。

 

 サヤ・アマノは端正な顔を兄への邪な欲望で染めながら、ザフトの部隊を撃破し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!! こんな、ところで!!」

 

 目の前で去っていくディザスターを見送り、タケルは後悔の声を挙げた。

 絶対に逃せないはずであった。ここで彼女を逃せば、戦火は広がる。それもどうしようもない程に──その確信があったのだ。

 

 己の不甲斐なさに絶望しつつも、何か手段は無いかと必死に思考を巡らせるが、限界ギリギリで全てを賭して追い縋っていたシロガネにはもはや、自力で撤退するエネルギーすら残されていなかった。

 

「タケル!!」

 

 ディザスターの援護に回っていたカラミティ、フォビドゥン、レイダーの3機が今度は動きを止めたシロガネを狙うべく追撃に入ってきていた。

 フリーダムがシロガネの前に立ちはだかってシールドを構える。

 

「ごめん、キラ……ユリスを逃がちゃって……」

「そんなことは後だ、撤退するよ!! アスラン、カガリ!」

「あぁ!」

「任せろ!」

 

 バラエーナで牽制をしながらシロガネを掴み、フリーダムがその場を撤退していく。

 その上でジャスティスがファトゥムとビームブーメランでフォビドゥンを退け、アカツキがビームライフルを撃ちながらカラミティの砲火を防ぎ、2人の撤退を援護した。

 

「ディアッカ!!」

「おうよ!」

 

 アスランの声に応え、撤退する先で構えていたバスターが対装甲散弾砲で、レイダーを押し返した。

 

 離れていく5機を見て、これ以上の追撃は不利と悟ったのか、そこでカラミティ等は攻勢を収めて追撃を断念した。

 

 

 

 

 

 その頃同時に、クサナギとエターナルの火線が一斉に放たれヴェサリウスを貫く。

 

 艦の姿勢の維持ができず、ボイジンガーとヘルダーリンの間で徐々に流れていくヴェサリウス。

 ラクス達の目論見通りに、ナスカ級の間に突破口ができた。

 

「突破する! ラミアス艦長!」

「了解です! 信号弾うて! キラ君たちを収容したら現宙域を離脱します!」

 

 アークエンジェルが急速反転。

 甲板へと辿り着いたキラ達を確認すると、即座に機関を最大にしてドミニオンを振り切った。

 

 エターナル、クサナギがナスカ級2隻の間をすり抜けていき、アークエンジェルもそこに続く。

 

 激戦を潜り抜け、彼等はどうにか戦場を離脱する事に成功した。

 

 

 

 そんな光景を見て────ラウ・ル・クルーゼは、ヴェサリウス撃沈に伴い、僅かな感傷を覚えていた。

 

「すまないなアデス。これまで世話になった────イザーク、こちらも撤退するぞ。残存部隊は座標デルタ0に集結するように指示しろ。ここで地球軍とやり合っていても仕方ないからな」

「──了解です」

 

 いつもならはっきりと答えてくるはずの部下の声に、その心中を察する。

 これまでずっと世話になってきた艦の最期。ラウ同様に、イザークにも思う所はあるのだろうとわかる。

 

「悲しんでる暇はない。彼等の無念を晴らすためにも、我々は止まるわけにはいかないのだからな」

「わかっています……」

 

 湧き上がる悲しみを振り払うように頭を振ってから、イザークは指定された座標へとデュエルを走らせる。

 

 

 

 エターナル、クサナギ、アークエンジェルの3隻はザフトを置き去りにして宙域を離れ、ヴェサリウスを喪ったザフトも、時を置いて座標デルタ0へと向かう。

 

 そして残されたドミニオンも撤退信号を出して、月基地へと帰還の途に就いた。

 

 

 

 

 

 こうして、L4宙域での戦闘は終わりを迎えた。

 

 

 連合、ザフト、そして3隻同盟。

 それぞれの結果を重く受け止めながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様──どうされたのですか?」

 

 クサナギの格納庫内にサヤの声が響き渡る。

 彼女の眼前には、輝く装甲を持つ白銀の機体が鎮座している。

 

 カガリが乗るアカツキが、動けないシロガネをここまで運んでハンガーにおろしたのだが、出迎えようとしたサヤがいくら待てども、一向にタケルが出てくる気配がなかった。

 

「ん? サヤ、どうしたんだ」

 

 サヤの声を聞きつけて、アカツキから出てきたカガリもシロガネのコクピットの前までやってくる。

 

「カガリ・ユラ・アスハ……いえ、お兄様がハンガーに固定されたのにシロガネから出てこないのです。機体に損傷は然程ありませんし、怪我をしているとは思えないのですが……」

「ぅん? 撤退する前は応答あったはずだが──兄様、何かあったのか?」

 

 少し大きい声でコクピット内へとカガリが語りかけるも、やはり返事も出てくる気配もない。

 訝しんだ2人は、コクピットハッチの開閉装置に手をかけた。

 

「失礼します、お兄……さ、ま……」

 

 サヤは目を見開く。開かれたコクピットの中では、ぐったりとした様子でシートにもたれかかっているタケルの姿があった。

 

「お兄様!? どうされたのですか、しっかりしてください!!」

 

 サヤがコクピットに入って呼びかけるも反応はなく、タケルは意識を完全に失っている状態である。突然の事態に焦りながらサヤは外傷を確認していくが、その気配は無かった。

 

「おい、どうしたんだサヤ──」

「医療班を! お兄様が意識を失っています!!」

「なんだと!? わかった──シモンズ、医療班を大至急呼び出せ!! 担架もすぐに用意だ!」

 

 外傷であればまだサヤにも何かしか対処ができる。

 しかし、外傷も無しに意識を失っているとなると話は別だ。

 下手に動かせば状況を悪化させかねない。

 

「お兄様、目を開けて下さいませ! お兄様!!」

 

 カガリに医療班の要請を任せて、サヤは必死に呼びかけるが依然として反応は無い。

 突然の事態に皆が焦燥に駆られる中、彼女の悲痛な叫びだけが格納庫に空しく響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドミニオン艦内。

 

 

 宛がわれた私室にて、アズラエルは期待の眼差しで端末を操作していた。

 

 帰還したユリスが持ってきた1枚のデータディスク。

 

 ”彼からの、最後の贈り物です”

 

 これまでも散々情報をもらってきていた。

 ザフトの内情を、作戦目標を流してくれた彼が居たからこそ、アラスカの作戦もビクトリアの奪還も地球軍は容易に事を運べたのだ。

 目的など知った事ではないが、プラントとの戦いを優位にできたのは彼のお陰と言って過言ではなだろう。

 そんな彼から送られてきた最後の贈り物。

 

 ユリスがそう言って渡してきたこのディスクに期待を抑える事はできなかった。

 

 

 開かれていくデータファイル。

 映し出されるのは、鹵獲しようと躍起になっていた2機の高性能MS──フリーダムとジャスティスのデータであった。

 

「こ、れは……」

 

 閲覧していく程に、その性能の高さにアズラエルは脅威を覚えた。

 なるほど、虎の子の新型が良い様にやられてくるわけである。これ程の性能を持つMSであれば、確かに後期Xシリーズでも基礎スペックから数段劣るだろう。

 

 そうして詳しく閲覧していく先で、アズラエルは遂に辿り着いた。

 フリーダムとジャスティスがそれ程の性能を有する事ができる、その理由に。

 

「──やはり、やっぱりか!! 思った通りだっ!」

 

 Nジャマ―キャンセラー。

 プラントが忌み嫌う核の力を用いる為の装置。

 

「ふっふふふ……はっはっはっは!!」

 

 歓喜に震えていく。

 待ち望んだ情報に、アズラエルの全身が歓喜に打ち震えていく。

 

 勝ったのだ──この戦争に。

 忌まわしき宇宙の化け物を滅する光の矢が、再びこの手に戻ってきた。

 

「──やったぁ!!!」

 

 

 

 静かな部屋に、男の狂喜の声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──過労、ですか?」

 

 どこか怯えた様に、サヤは軍医へと聞き返した。

 シロガネから慎重に運び出され、そのまま医務室で検査を受けたタケル。

 彼を見た軍医から、状態の報告をカガリやキラ、アスラン達も交えて聞いたところである。

 

「そんなはずが……出撃前だって無理をしていたわけではありません。確かに今回も激戦の最中ではありましたが、あの程度でお兄様が過労などと」

「しかし、血液検査の結果からはそうとしか診断できません。肉体的な問題については何一つありませんでした。疲労から熱は出していますが、感染症の類もありません」

 

 未だにベッドで目を覚まさないタケルへと視線を向けて、軍医は首を振った。

 

「でも、アークエンジェルにいた時の方がもっと厳しかったし……それでも元気だったタケルが過労だなんて」

「やはりオーブでの事が堪えていたのかもな……精神的に……」

「でも、兄様はその後も何にも変わらなかったじゃないか。お前の為にプラントに行くときだって、意気揚々としてて……」

「それが虚勢でなかったとは言えないだろう。大体、基本的にそういうのを隠したがる奴だし……」

「一先ず、本人が目を覚ますのを待ちましょう。私たちがどれだけ憶測を重ねたところで、何もわかりはしないのですから」

「ラクス──うん、そうだね」

「とりあえず、重大な病気とかではないのなら一安心だ。俺達はエターナルに戻ろう、キラ」

「うん、そうだね。行こうか、ラクス────カガリ、タケルが目を覚ましたらゆっくり休むように伝えておいて」

「あ、あぁ……わかった」

 

 キラ、アスラン、ラクスの3人が部屋を退室していき、軍医もまたその後に続いた。

 医務室には、未だベッドの傍から離れないサヤとカガリの2人だけが残った。

 

 静寂が医務室を包み込む。

 2人共が、何も言わずベッドで寝ているタケルを眺める時間が続いた。

 

「カガリ・ユラ・アスハ────何か、お兄様に兆候はありましたか?」

 

 ふと、サヤが口火を切ってカガリへと問いかける。

 何のことであるのかは、カガリもすぐに理解した。

 

「私も、全然わからなかった。最近はいつも目を光らせていたけど、そんな気配は一度も」

「であれば、オーブや父上達の事……ましてや働き過ぎていた、なんて事は無いでしょう。私と貴女が気が付かないのであれば、お兄様に過労の兆候などあったはずがありません」

「あぁ、私もそう思う。隠そうと思って隠せる程、兄様は嘘が付ける質じゃない」

 

 少しだけ、サヤに認められた気がして、カガリは僅かに嬉しさを覚えた。

 兄を挟んでいがみ合うからこそ、わかる事もある。

 タケル・アマノに最も近しい存在としてあろうとする2人の見解が一致する以上、出撃前のタケルに過労心労の兆候はない。

 

「んぅ……ん……うん……」

 

 何が原因かと、再び思考に入ろうとしたところで、2人は身じろぎするタケルの気配を察知した。

 薄っすらと目を開けていく。目の前に広がる医務室の天井と、ベッドの感触に、どこか混乱している様子なのがタケルからは見て取れた。

 

「お兄様!」

「兄様!」

 

 タケルは聞こえる声にびくりと肩を震わせて、寝たまま視線だけを2人の方へと向ける。

 

「あれ、2人共……というか僕、なんでこんなところへ……」

「覚えがないのですか? お兄様はシロガネの中で意識を失っておられたのです。それで慌てて医務室に来て検査を──」

「軍医からは、過労だと言われた」

「過労?」

「兄様、一応確認しておきたいんだが、思い当たる事はないか?」

 

 まるで身に覚えのない単語に、タケルは訝しんだ。

 過労で意識を失う──そんな事、これまで散々開発等で無茶をしてきても無かったというのに、今更そんなものが自身に降りかかるのだろうか。

 

 キラが言った様に、もっと苦しい状況であったアークエンジェルにいた時ですら、そんな状態に陥る事は無かった。

 

「──あっ」

 

 1つ──たった1つだけ、タケルには思い当たる事があった。

 それはユリスとの戦闘。

 彼女の想いに応え、殺すことを覚悟して陥ったSEEDの感覚である。

 あの時のタケルはいつもよりも更に鋭く、早く、強く、世界を認識していた。

 

 普通の人間であれば脳の能力を20%しか扱えないとしたとき、SEEDの発現でその能力域は拡大され30%になるとする。

 先の戦闘でユリスを殺すことを覚悟した時、タケルはその深度が深まった気がしていた。

 30%から35%。感覚的ではあるがそんな風に、これまでよりも強い感覚を覚えていたのだ。

 

 マルキオとも話してわかった通り、SEEDが本来扱えない領域まで脳の機能を発現させるものであるのなら、その深度が深まるほど、発現した者の負担は増す。

 言うなれば普段全く使わない筋肉に、極端に負担をかける様なものである。発現して、その深度を深めればそれ相応に疲労という反動が来るのは自明の理だろう。

 

「お心当たりがあるのですか!?」

「そうなんだな、兄様!」

 

 ふと漏らした声で、過剰反応を示す2人の妹がベッドに詰め寄る……気圧されそうなタケルは、ベッドの中で僅かに身を引くことを余儀なくされた。

 

「えっと……とりあえず落ち着いて2人共。顔、凄い怖い顔してるから……」

「怖い顔にもなります! お兄様がまた何かとんでもないものを抱えておいでではないかとサヤは心配なのですよ!」

「そうだぞ兄様! 私達が意識を失った兄様を見て、どれだけ心配したと思ってるんだ!」

「ご、ごめん……でもほら、僕のせいではあるんだけど、想定外というか……本気になり過ぎたというか、ね──大丈夫だから」

「本気に──」

「なり過ぎた?」

 

 オウム返しで返してくるサヤとカガリをタケルはやんわりと押し返して、ベッドから身体を起こした。

 

「どういうことだ兄様?」

「本気になり過ぎたと言うのは……それこそお兄様は、いつでも必死で一生懸命ではありませんか」

「うん、まぁ……それはそうなんだけどね」

 

 タケルが戦闘に際して決して手を抜かないこと等、今更確認するまでもない。

 故に、本気になり過ぎたという言葉の意味が理解できなくてカガリとサヤは惑う。

 

「えっと……できればちょっと今は疲れてるから休ませて欲しいなぁ……なんて……」

「お兄様!」

「怒るぞ!」

 

 恐ろしい剣幕で、既に怒っているじゃないかと口を開きかけてタケルは押し黙った。

 

 僅かに涙を滲ませる2人──怒りを露わにするのはそれだけ心配していた事への証左だ。こうしてタケルが目を覚ますまで気が気ではなかったのだろう。

 一度は戦死扱いにもなった身だ……嫌な想像はいくらでも過る。

 そんな心配をかけてしまった事を悟り、そうして心配してくれる2人が居る事を嬉しく思い、タケルはどうにもむず痒くなってしまう。

 

「あぁ、もうホント──2人共可愛いなぁ」

「わっ、こらっ、何をする!?」

「きゃっ、おにいさま、お戯れが過ぎます!」

 

 わしゃわしゃと、タケルは顔を寄せる2人の頭を撫でつけて掻きまわしてやった。

 

「心配しなくても大丈夫だから。この通り全然問題無し。ちょっと戦闘に集中しすぎちゃっただけ。所謂ランナーズハイって奴だよ」

「ランナーズハイ、ですか?」

「知らない? 長距離走なんかやってる選手が、走ってる内に走る事だけに集中しちゃって、疲労とか感じなくなっちゃうやつ。あれで僕も疲労とか苦しいとか、そういうのを忘れて本気になり過ぎちゃっただけだから」

「本当なのかそんな事……短いとは言わないがそれでも長距離走なんかと比べたら、今回の戦闘時間はもっと短かったじゃないか」

「ただ走るだけより、命がけの戦闘の方が疲れるのは当たり前でしょ────ホントに、大丈夫だから」

 

 大丈夫──と、この兄に言われて真に受ける程、彼女達は兄のこの言葉を信用してはいない。

 必然、疑わしき目を向けられてタケルは焦る。

 

「本当ですか、お兄様?」

「隠してないよな、兄様?」

「う、うん……本当だよ」

 

 ぎこちなく返すタケルに、2人の追求の目が厳しくなっていく。

 とは言ってもタケル自身、こうなった以上SEEDの事を気軽に話すことはできなかった。

 元より自身で検証し、確かめてから話を広めるつもりではあったが、今回でデメリットとなる反動の部分が発覚したのだ。

 既に発現していそうなキラとアスランには、この後話しておくつもりだが、安易に広める事はできなかった。

 

 SEEDは諸刃の剣──安易に発現してしまえば、逆に自身へ牙を剥く。

 

「はぁ……一先ず今日はこれまでとします」

「あぁ、どうせ喋らないだろうしな」

「そういえば、2人共いつの間にか仲良くなったん──」

「なってない!」

「なってません!」

「──ですよねぇ。早とちりだったねぇ」

 

 タケルの失言に声を揃えて反発した2人は、そのまま揃って医務室を後にし、ドアを潜った先で綺麗に二手に別れていく。そんなカガリとサヤを見送り、また一つ疲れを覚えたタケル。

 仲良くしてくれないかなぁと、呟きはするものの、それが難しいことは良く良くわかっていた。

 それでも、先程まで心配の表情を見せていた彼女達を思い出して、少しだけ口元が緩んでいく。

 

「幸せ者だね、僕は──特異な生まれ方をしても、変わらず接してくれる妹に恵まれて」

 

 だから、彼の手を取らなかった。

 生まれの事など関係なく、慕ってくれる妹がいる。

 2人の偉大な父を失ってしまったが、タケルにはまだ大切な家族が残されているのだ。

 この世界に未練が無いなどと、そんな風に思うはずがない。

 

 

 

 だが、タケルはユリスを逃がしてしまった。

 

 近い内に、戦争はまた大きな転換期を迎えるはずである。

 彼等が言う終末へと向けて──戦争は、間違いなく激化する。

 

 そうなれば自分達は戦うだろう。戦争を止めるために。

 彼女達もまた、激化する戦場に出るだろう。

 

 そう考えた所で、タケルは一度身を震わせた。

 

 

 ──絶対に喪えない。

 

 

「父さん、父上、どうか……」

 

 

 ──喪えば、自分はきっと壊れてしまうから。

 

 

「どうか、2人を御護りください」

 

 

 

 

 どこか怯えた声は、静かな医務室に溶けて消えていくのだった。

 

 




サヤちゃん真面目に戦ってー。
seedとかズルやん、への解答。
嬉しいそうな盟主王。
結局妹大好き(あくまで家族)に帰結する主人公。

4本立てでお送りいたしました。
ちょっとこの後は最後の幕間といきます。

感想、よろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。